昭和45年

年次経済報告

日本経済の新しい次元

昭和45年7月17日

経済企画庁


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10. 労  働

近年好況の持続により雇用需要はますます強まり,労働力需給はさらにひつ迫化しつつある。このため失業情勢,労働条件等は大幅な改善をみた。反面,企業経営は深刻な労働力不足,賃金コストの大幅な上昇といつた新しい問題に直面せざるをえなくなつた。以下,こういつた新しい局面へ向いつつある最近のわが国労働経済の動向を概観してみよう。

(1) ひつ迫の度を強めた労働力需給

昭和30年代後半以降労働力需給はそれまでの労働力過剰から労働力不足基調に転じた。最近では雇用需要がさらに強まるとともに,労働力供給力の急速な低下等の要因も加わり労働力需給は一層ひつ迫化しつつある。これはひきつづく好況によつて雇用需要が一層強まつてきているのにたいし,40年度以降生産年令人口(15才以上人口)の増加数は減少していること,進学率の上昇による労働力率の傾向低下がみられることなどのため労働力人口も42年度をピークに増勢が鈍化(42年度2.0%増,43年度1.4%増,44年度0.8%増)を示したこと( 第10-1表 )によるものであるが,さらに潜在的過剰労働力の取崩しがかなり進んでしまつたことなど,雇用労働力の供給源の面からの制約がでてきたことにもよるものである。

第10-1表 労働力人口の増加

まず,新規学卒労働市場をみると,中卒者は38年,高卒者は42年をピークに,また,中卒,高卒,大卒を含わせた新規学卒者全体の供給では41年をピーク(約150万人)に,減少に転じ,43年の就職数は143万人,44年は134万人と減少している。また,学歴別にみると,進学率の上昇にともなつて中卒は減少し,高卒が中心となつており,44年における就職数は中卒32万人,高卒78万人,大卒(短大を含む)23万人であつた。一方,求人は,ひきつづき中卒の不足から高卒への切り換えがみられ,求人倍率は高卒を中心に大幅に高まりをみせた( 第10-2表 )。このため,ほとんどの産業において充足率は低下を示しており,特に需要の強い製造業における充足難が目立つ( 第10-3表 )。

第10-2表 求人倍率の推移

第10-3表 新規学卒求人の充足状況

一般労働市場においてはすでに30年代後半以降過剰労働力はかなり吸収されてしまつているため,求職者数は39年度以降引続き減少を示している。43年度の有効求職者数は42年度にくらべ2.7%の減となつたが,44年度にも3.5%減となつており減少率はやや高まりつつある。こういつた中で近年,求職者のうち男子の基幹労働者および若年層の減少がみられ,求職者の女子化,高令化が進んでいる。

このように一般労働市場においても供給力は低下しているが,求人は引続き増加基調にある。44年初にみられた,いわゆる「景気のかげり」のため,一般の有効求人増加率は一時鈍化したものの,その後再び増勢を強め,特に44年央以降の上昇には著しいものがあつた。このため有効求人数の増加率は43年度の5.6%増から44年度は,15.3%増と大幅に上昇した。

このような求職の減少,求人の増加によつて有効求人倍率は43年度の1.14から44年度には1.37と高まつたことに示されるように労働力需給はさらにひつ迫することとなつた。

(2) 労働力需給のアンバランス

以上のように雇用需要の増大に伴つて労働力の充足率が低下し労働力不足は一層深刻化しつつある。しかし欧米諸国に比べるとまだ一人当り生産性の格差は大きく,しかも,労働力需給にアンバランスがみられる。厳密な国際比較はむづかしいにしても,このようなことからみて労働力の絶対量としてはわが国ではまだ相当余裕があるといえよう(本報告第2部参照)。

第10-4表 地域別求人倍率

労働力需給のアンバランスはたとえば,年令,地域,職種等においてみられる。労働省「年令別常用職業紹介状況調査」(各年10月)によつて年令別の求人倍率をみると若年層を中心とする労働需給のひつ迫が最近では漸次中年層にも及びはじめているが,51才以上ではいぜんとして大幅な求職超過が続いている( 第10-2表 参照)。さらに地域別の労働力需給状況をみると,北海道,四国,九州地域は引き続き求職超過となつている( 第10-4表 )。また,職種別には事務系職種では求職超過,技能的職種では求人超過というように,職種によつてアンバランスがみられ,とくに技能労働者の不足は著しい。技能労働者の不足状況を「技能労働力需給状況調査」によつてみると,44年6月現在で182万人となつており,調査時点における技能労働力総数に対する不足率は19.3%に達している。不足数は前年(184万人,19.3%)を若干下回つている。しかしこれは建設業において,一部地域において大規模建設工事がかなり進んだことなどが,技能労働力不足に対する緊迫感をやや緩和したための一時的な要因も大きく,製造業などでの技能労働者に対する不足は数としても率としても上昇の一途をたどつている( 第10-5表 )。

第10-5表 産業別労働力不足数および不足率の推移

(3) 雇用増勢の鈍化

雇用の動向を長期的にみると,潜在的過剰労働力の取り崩しが進んだため,近年においては求人が大幅に増加したにもかかわらず供給源の涸渇から雇用は伸び悩みとなつている。「毎月勤労統計」(規模30人以上)による常用雇用の伸び率では,42年度の4.0%増から43年度3.8%増,44年度3.2%増と鈍化を示している( 第10-6図 参照)。これを産業別にみると,3次産業は40年代のはじめに大きく増加し,最近はその伸びがやや鈍化している。しかし,近年では建設業および製造業を中心とする2次産業が堅調な伸びをみせている( 第10-7表 )。製造業のなかでは電気機器,一般機械,金属機械関連産業の重工業部門が増加しているが,せんい,出版印刷等軽工業部門は減少ないし伸び悩みを統けている( 第10-8表 )。

第10-6図 常用雇用伸び率の推移(前年同期比)

第10-7表 産業大分類別常用雇用伸び率の推移

第10-8表 製造業中分類別常用雇用伸び率の推移

(4) 労働力不足が企業経営に及ぼした影響と企業の対応

「労働経済動向調査」(44年2月)によると規模100人以上の製造業における事業所のうち「労働力不足により生産活動に影響が生じた」とする事業所は48%となつている。そのうち,「遊休設備が生じている」としているものは11%,「需要に見合う生産増加ができなかつた」とする事業所は79%にものぼつている。

また「技能労働力需給状況調査」(44年6月調査,規模5人以上)によると技能労働力不足が企業経営に及ぼした影響として「計画どおり生産または売上げが伸ばせなかつた」とする事業所は41.1%(1,000人以上事業所25.8%),「機械設備が遊休化した」事業所は22.1%(同8.6%)となつている。同調査によると,これらに対処するため「省力化設備投資を行なっている」事業所は,10.9%(1,000人以上事業所26.6%)となっている。

労働集約的分野の多い機械工業における労働力不足の影響について日本機械工業連合会「機械工業労働力確保対策実態調査報告書」(44年4月)によつてみると,生産活動などに影響のあつた事業所の割合は,「残業時間の増加」42.4%,「外注の増大」41.2%,「生産増強体制に支障をきたした」27.6%,「製造の納入遅延」21.8%などとなっている。また,中卒の採用難等もあり,男子高卒者の現業員化が著しく中卒者現業員と高卒者現業員の採用比率は40年の63:37が44年には38:62と逆転している。このような労働力不足に対処するため,今後「省力投資を積極的に進めたい」と答える事業所は全体の62.0%となっている。これに,「省力投資をできるだけ考慮していく」と回答した事業所(36.2%)を含めると全体の98.2%の企業が省力投資に前向きの姿勢を示している。

企業の対応はこのような労働節約的投資とならんで採用条件の緩和,採用範囲の拡大のほか,パートタイマーの活用,下請や内職への外注を増やすこと等によつて対応している。「雇用管理調査」によれば43年年間に中途採用した事業所の割合は,事務,技術系で58.4%,生産,販売労働者で75.4%となつている。中途採用の開始時期は30年代後半にふえはじめ39~43年に急増している。

(5) 増勢を強めた賃金上昇

労働力需給の一層のひつ迫,企業収益の好調等を背景に賃金は一段と増勢を強めた。「毎月勤労統計調査」による現金給与総額の伸び率では(前年度比)近年加速化し,43年度13.4%増,44年度16.2%増とこの調査はじまつて以来最高の伸びを示した( 第10-9図 )。これを給与種類別にみると定期給与の着実な上昇に加え特別給与の上昇率の加速化が目立つている。特別給与の大幅な伸びは企業業績の好調を反映した受給額,支給率(夏期または年末の特別給与の合計一月平均定期給与)がともに高まつたこと( 第10-10表 )賞与支給実施事業所の割合が中小企業を中心に引き続き増加していること等による。

第10-9図 賃金上昇の推移(前年同期比)

第10-10表 特別給与の推移(調査産業計)

また,定期給与は40年以降年々増勢を強めている。所定内給与の上昇要因としては,労働力需給ひつ迫化による新規学卒や中途採用者の賃金の大幅な上昇が,また,主要企業についてはさらに春闘の影響が考えられる。学卒初任給を「新規学卒者初任給調査」によつてみると,43年3月卒で中卒男子17.9%増(44年3月卒15.0%増),高卒男子15.3%増(同14.6%増),とそれぞれ前年を上回る伸びを示している。また,中途採用者についても新規学卒の充足難から中途採用者で補うため,もともと低かつた賃金の改善が進んでいる。

第10-11表 春季賃上げ状況

主要民間労組における春闘賃上げ額は40年以降増勢を強め45年は8,983円賃上げ率は,18.3%であつた( 第10-11表 )。妥結額は30年に始まつた春闘史上最高のものであるが,これは主として企業収益の好調,労働力需給のひつ迫等によるものとみられる。もつとも春闘が全産業における賃金上昇にどの程度影響しているか明らかではないが,春闘方式の定着にともなつて大企業間においては賃上げ額の決定にあたつて他企業を参考にする企業の割合が高まつていること,賃上げ額の分散が縮小傾向にあることなどから,その波及効果を考慮すると影響は年々強まりつつあるものと思われる。

(6) 賃金構造の変化

賃金の規模間格差(製造業)は43年度にひきつづき44年度も中小企業での伸びが大きく,縮小を続けた。これは中小企業で所定外労働時間が増加し大企業では減少を示したこと,中小企業における労働者の平均年齢が高まつていることなどによる。

規模別年齢別の賃金上昇率は若年層において中小企業の伸びが一時,大企業の伸びを上回つたが,近年,労働力のひつ迫が大企業にも深刻な影響を与えるに至り,再び大企業の伸びが中小企業の伸びを上回る傾向に復し,44年も同様の傾向がみられた。一方,35歳以上の中高年齢層についてはひきつづき中小企業での伸び率が大企業のそれを上回り,規模間格差は縮小を続けている(本報告第1部参照)。

なお,産業計(規模計)の年齢間賃金格差はひきつづき縮小している( 第10-12表 )。

第10-12表 年齢間賃金格差の推移(産業計,規模計,男子)

(7) 賃金上昇と生産性

賃金上昇を生産性との関係でみるとどうであろうか。製造業においては,今回の景気上昇期に岩戸景気時を上回る物的生産性を実現してきた。44年には製造業計で15.0%増と前年の伸び(14.3%増)を上回つた。産業別には鉄鋼業の20.6%増,機械工業の18.4%増をはじめとする金属機械関係および石油,化学などの重化学工業の伸びが目立つている。このような生産性の高まりの中で賃金上昇率も高まりをみせたため,今回の景気上昇期における賃金コストの低下は岩戸景気時よりも鈍く,42年に入つて下げどまりがらみれ,44年に入つてから逆に上昇を示すに至つている(本報告第1部参照)。

賃金コストが景気上昇期にありながら上昇ぶくみに推移することは賃金の硬直性を考慮すると景気下降期において賃金コストの上昇をまねき企業収益の圧迫要因になるとともに,コスト上昇を価格に転嫁する動きが生じ,物価上昇の圧力となる恐れがある。賃金と生産性の関係を業種別にみると賃金上昇率は高まりをみせるなかで平準化の方向にあるが,生産性上昇率は業種間でかなり差がある。たとえば電気機械,一般機械等においては生産性は急上昇しているが,製材,皮革,パルプ,窯業等における生産性の伸び率は鈍化ないし伸び悩みとなつている( 第10-13図 )。

第10-13図 賃金上昇率と物的生産性上昇率


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