昭和45年
年次経済報告
日本経済の新しい次元
昭和45年7月17日
経済企画庁
消費者物価の上昇が問題となつてからすでに10年を経ようとしているうえに,40年代に入り強含みとなつている卸売物価までも44年度には上昇テンポを高めた。
そこでまず産業別にみた相対価格の変動を分析し,次に工業製品および農産物の物価動向とその上昇メカニズムを分析することにしよう。
生産性上昇率格差に基づく物価変動については,本報告において述べたが,ここでは景気循環期別に,やや詳細に分析したい。
昭和30年代後半にはいると,労働力不足の進行とともに所得格差縮小の動きがあらわれた。すなわち前々回の景気循環期(32~36年)においては,低生産性部門である第1次,第3次産業の一人当たりの所得(名目付加価値生産性)の伸びは高生産性部門の第2次産業より低位であつた。しかし,前回(36~39年)では,第1次,第3次産業の所得の伸びはそれぞれ11.5%,15.2%(年率換算)と,第2次産業の100%を上回り,その関係は逆転した。30年代後半の卸売物価,消費者物価の大幅なかい離にみられた相対価格の著しい変動は,こうした所得格差縮小にともなう,低生産性部門の所得増加に起因している。
ついで,今回の景気循環期(39年以降)には,これまでとはちがつた変化がみられるようになつた。それは第2次産業と第3次産業間で,所得格差縮小の動きが鈍化するとともに,高生産性部門の価格に,下方硬直的動きが顕著になつたことである。 第9-1図 にみるように,今回の所得の伸びは第1次産業では,食糧管理制度による価格政策および生産性の増加等により,年率15.8%と著しく伸びたが,第2次,第3次産業では,それぞれ11.0%,12.3%と上昇率の差は,前回(それぞれ10.0%,15.2%)に比べ,大幅に縮小している。この動きは,産業別(22業種)にみても同様である。 第9-2表 でみるように,名目所得の上昇率格差は,36~39年の5.7%から,39~43年は3.8%と縮小している。さらに生産性と産出価格の関係をみると,最近では高生産性部門の価格が下落しにくくなつている。これを 第9-3図 でみると32~36年においては,高生産性部門(比較実質生産性が上昇しているもの)では,大部分価格が下落しているのに対して,39~43年では,価格が低下しているものは,11業種中5業種に減少している。このような動きが,40年代に入り消費者物価と卸売物価の併行的上昇をもたらした基本的要因である。ちなみにこの間の物価の動きを,産業別デフレーターでみると( 第9-1図 ),39~43年では第3次産業部門に上昇率の鈍化がみられる反面,第2次産業部門が従来の下落から上昇に転じたため,第2次,第3次産業間のかい離幅が,かなり縮小している。
第9-1図 一人当たり所得とデフレーターの動き(景気の山→山)
以上のように,所得平準化にともなう,大幅な相対価格の変動を内容とした,いわゆる生産性上昇率格差インフレは,今後物価変動に対する影響をかなり弱めていくものと予想される。本報告でも述べたように,近年卸売物価と消費者物価は結びつきを強めており,両物価の併行的上昇という,欧米先進国型の価格上昇に近づきつつあるといえよう。
44年度の卸売物価は,年度平均3.2%,年度間5.0%の大幅上昇となつた。
今回の上昇をもたらした内容をみると,品目別(類別)では,年度前半は鉄鋼,非鉄金属,食料品の上昇が目だち年度前半の上昇寄与率は,三者で約9割を占めた。これに対して年度後半は,鉄鋼,非鉄金属のひきつづく上昇に,繊維品,木材・同製品,紙・パルプ・同製品などが加わり,全般的な上昇となり,騰勢は一段と強まつた。こうした動きを工業製品,非工業製品別にみると工業製品の上昇が著しく,その上昇寄与率は年度間で85%となつた(本報告 第47表 )。この工業製品の高騰は,従来比較的安定していた大企業性製品が急騰し,それに加えて,年度後半から中小企業性製品が,著しく上昇テンポを強めたことによる(大企業性製品の上昇率は年度前半4.2%,後半4.9%中小企業性製品は前半4.8%,後半8.8%いずれも年率換算)。さらに大企業性製品を,主要企業性製品と中堅企業性製品とに分けてその動きをみると( 第9-5図 ),従来低落傾向にあった主要企業製品が,上昇に転じたのが注目される。非工業製品については,44年度間3.9%の上昇と従来と比べて落着いた動きを示した。これはこれまで大幅に上昇していた,農林水産物の騰勢鈍化が影響している。用途別には,鉄鋼,非鉄金属を中心とした,生産財の上昇テンポが大きく,43年度間0.9%の下落から,43年度間6.9%と大幅反騰となった。これに対して消費財は,非耐久消費財の上昇鈍化から,43年度間3.7%の上昇が44年度間は2.4%上昇にとどまった。
以上のように44年度の卸売物価は,前半は鉄鋼,非鉄金属などの大企業性製品生産財を中心とした上昇であったが,後半にこれに加えて,中小企業性製品や機械器具など加工度の高い商品の上昇テンポも高まり,全般的騰勢となった。( 第9-5図のディフュージョン・インデックス 参照)
44年度の卸売物価上昇は,生産財が年度間上昇寄与率78%と大きなウエイトを占めた。このように生産財の価格上昇が著しい場合には,これが原材料コストをおし上げ,物価上昇圧力として働くことが考えられる。この関係を見るため,製造業各部門の算出価格の上昇が,製造業全体の投入価格を,どの程度上昇させるかをみたのが 第9-6表 である。これによると,一次金属部門の影響が最も大きく,産出価格が10%上昇すると,製造業全体投入価格を,1.9%上昇させると試算される。もちろん原材料コストの上昇が,価格に転嫁されるか否かは,その商品の需給関係や競争条件等に影響されるが,今回の生産財価格の上昇は,一次金属部門に主導されたことから,最近の機械器具などを中心とした資本財の値上がりには,かなりの影響を与えているものと思われる。
つぎに最近の賃金コストの動きをみると( 第9-7図 ),製造業では43年で0.9%(対前年比),44年で2.8%と上昇テンポを強めている。これを企業規模別にみると,44年は景気上昇期ににもかかわらず,大企業においても,賃金コストの上昇がみられたことは注目される。しかしながら本報告でも述べたように,大企業においては労働分配率はむしろ低下しており,賃金コストの上昇が,物価上昇圧力として大きく作用したとは考えられない。一方中小企業においては,賃金コスト上昇テンポの加速化が著しく,44年で7.6%(対前年比)と大幅に上昇している。44年度後半中小企業性製品卸売物価は,騰勢を強めているがこれには 第9-8表 でみるように,賃金の上昇がかなりの要因となつている。
一般に貸金コストは,景気上昇の初期においては,稼働率の急速な上昇にともない,大幅に低下するが,後期には稼働率上昇の頭打ちに,賃金上昇率の加速化が加わり,若干の上昇を示すことが通例である。しかしながら,現在の賃金コストの水準は従来と比較しても,すでにかなりの高さになつている。いま賃金コストについて景気循環期別に,景気の谷を100として景気の山の値をみると,前々回(33年1-3月~36年10-12月)は,82.0と低下しているのに対して,前回(37年10-12月~39年10-12月)では,102.0,今回(40年10-12月~44年10-12月)は,104.2と高まりをみせている(大蔵省「法人企業統計季報」により算出)。
このような賃金コストの変動要因を,一人当たり賃金,需給ギャップ率(稼動率),能力生産性の伸びに分けて分析したのが 第9-9表 である。これによると,すでに現在は需給が最近にないほどのひつ迫を示しており,稼動率上昇による賃金コスト引き下げ効果は,あまり期待できなくなつている。このため今後は,賃金の上昇がそのまま賃金コスト上昇につながるおそれがある。最近の急激な賃金上昇の加速化は,この点から,物価上昇圧力の大きな要因となる可能性があり今後の動向が注目される。
第9-8表 中小企業性製品卸売物価上昇に与える賃金コストの影響
昭和44年度の消費者物価(全国,総合)は,前年度に比べ6.4%上昇した。これは過去3年間の平均上昇率4.6%を上回り,不況時の物価高といわれた40年度と同率の大幅な上昇である。
まず,44年度中の総合の動きを四半期別にみると,対前年同期比で4~6月期5.0%,7~9月期6.6%,10~12月期5.9%の上昇となり,45年1~3月期には季節商品の高騰もあつて8.1%と,全国指数の調査開始(38年1月)以来の高い上昇率となつた( 第9-10図 )。
費目別の特徴をみると,(1)食料品が全体の上昇要因の5割強と最も高い比率を占めている。これは消費者米価の据置きで主食は比較的落着いていたが,夏季の長梅雨,冬季の干ばつから野菜,果物などの季節商品が高騰したほか,中高級魚の魚獲の停滞,操業費の増加,輸入を含む流通機構の立遅れと人件費の増大などから魚介,乾物などが高騰したことによるところが大きい。
(2)その他被服,雑費の上昇テンポがやや高まつている。これは所得の伸びとともに,需要がふえているのに対して,人手不足から供給が十分にともなわないために需給のひつ迫が強まり,貸金コス卜の増加が価格にはねかえりやすくなつているためであろう。
また,特殊分類別にみると( 第9-10図 ),(1)農水畜産物では米麦に代つて季節商品を中心とした生鮮食料品の上昇が著しい。(2)工業製品でも中小企業性製品の騰勢が根強いうえに,大企業性製品でも耐久消費財を除いて上昇テンポが高まつている。(3)公共料金は比較的抑制気味に推移しているが,人口の都市集中傾向の強まりから民営家賃間代が再び騰勢を強めるなど民間サービスの騰勢もやや強まつてきている,などの特徴がみられる。
野菜の消費者物価は30年代後半には年率12~13%の高騰をつづけたが,40年代に入り11.3%,7.3%,7.9%と騰勢が若干鈍化し,43年度には逆に10.0%も下落し,野菜の価格は供給の安定化がら落着いたかと思われた。ところが44年度には生産者米価の据置きにもかかわらず,野菜は前年度が安値であつたこともあつて28.2%も高騰した。そこで野菜が高騰した要因と今後の方向をさぐるためにその需給関係をみてみよう。
まず需要面であるが野菜を葉茎菜類,根菜類,果菜類にグループ化して人員,日数調整をした非農家の購入数量をみると,30年代後半以降あまり変つていない。すなわち葉茎菜類,果菜類では在来の白菜,なすなどの数量は若干へつているが,一方レタス,カリフラワー,ピーマンなどがふえているので,類別にはほぼ同じ購入数量となつている。これは最近の食生活の洋風化にともなつて生食用がふえ,葉茎菜類や果菜類がふえているためである。なお,漬物,煮物用がへつているので根菜類が伸び悩んでいる。以上は家庭で調理するために購入した数量でみたものであるが,所得の増加とともに外食もふえているから,これを含めた1人当たりの野菜の消費量はむしろ若干ふえているとみられる。
つぎに供給面として青果物卸売市場への野菜の入荷量をみるとどのグループもふえている。また,市場別にみると人口の大都市集中と輸送手段の拡充により中央市場へ出荷する範囲が拡がつている。
ところで消費者物価は家庭での購入量を加味した小売物価であるが,野菜の購入量は必需品であるので時期別,品種別のちがいはあるが,全体の購入量はほぼ一定しているとみられる。したがつて卸売ないし小売物価の動きを左右するのは供給にかかつているとみられるから,ひいては卸売市場への入荷量と消費者物価とは逆相関の関係にあるとみられる。
44年度の場合をみると( 第9-11図 ),野菜が春から夏にかけて値上がりしたのは,長梅雨のためにこの時期の主要品目である果菜類が高騰したことによる。その入荷量も例年より少なくかつ出回りが遅れたため,高値となり家庭での購入量も前年にくらべ減少している。例年6月から8月までは生産費の安い露地物の野菜が出回つて,野菜の価格水準は最も低くなるのであるが,44年度の場合は6,7月の高値が8月にも影響したといえよう。
9月から11月にかけては台風の被害も少なく,秋冬物の葉茎菜類や根菜類が最も出回る11月には前年度より若干下落した。しかし,12月以降は43年度1~3月期が暖冬で作柄がよく安値とつた反動もあるが,前年度にくらべ59.8%も高騰した。これはこの時期の主な野菜である葉茎菜類が寒波と干ばつで作柄が悪く,入荷量も前年より減少したため,前年の安値に比べ約2倍に高騰したことによる。
要するに,44年度の野菜の高騰は夏と冬の異常気象や安値だつた43年度の反動によるところが大きかつたといえよう。
ところで野菜の価格の安定は需給の安定にあるが,需要面は前述のようにほぼ一定しているので,それは供給の安定にかかつていると考えられる。暴騰,暴落をくりかえしていては,生産者も投機的となり長期的には物価水準の上昇となりやすい。
野菜の生産は気象条件に左右されやすい。施設栽培はこの制約をある程度打破するものだが,生産費が高いため施設による栽培は一部の高級野菜や冬場の果菜類に限られてしまう。野菜の大量供給にはやはり露地物の大規模生産の確立が必要である。近年野菜の指定産地がふえ,野菜専業農家もふえているのにもかかわらず,暴騰,暴落のたびに作付面積が大きく増減している。野菜の安定供給のため必要条件として作付面積を必要一定水準に維持するには価格補償も一策であり,それがひいては野菜の価格安定にも役立つであろう。また,米の生産調整から水田を改良した畑でできる野菜の栽培がすすめられていることも今後の供給の安定に役立つであろう。
なお,保存がきき入荷量も比較的安定している根菜類は需要がほぼ横這いで,逆に保存がきかず入荷量も不安定な果菜類や葉茎菜類の需要(なかでも生食需要)がふえてることから,こうした需要動向に対応する生産,流通の一貫した対策を確立する必要があろう。