昭和45年

年次経済報告

日本経済の新しい次元

昭和45年7月17日

経済企画庁


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8. 金  融

(1) 昭和44年度の金融動向

昭和44年度は景気調整が行なわれた年であった。国内経済の急速な拡大にともなって,物価の上昇,金融機関貸出の大幅増加を背景とした通貨供給の急伸など懸念すべき現象があらわれたため,9月1日公定歩合が0.41%引上げられ,続いて9月5日には預金準備率の引上げが行なわれた。また,都市銀行等に対する資金ポジション指導も漸次強化されていつた。

金融市場は日銀券の強い増勢と,租税の受入れ好調を中心とした財政資金の大幅揚超から,既に6月ごろから引締りに向つていたが,引締め開始後一層引締りの度合を強めた。その結果コール・レートも次第に上昇して,12月には前回引締め時のピークをわずかに上まわる水準に達した。

一方金融機関の融資態度は,ポジション指導の主な対象である都市銀行などを中心に,調整策発動後は次第に抑制的となつていつた。しかし,前回引締め時のように貸出増加額規制といつた強い手段はとられなかつたこと,全国銀行以外の金融機関もかなりの貸出をつづけたことなどから,貸出の増勢は前回ほどには鈍化していない。

このように貸出がかなりの規模に達したのにもかかわらず,企業金融は漸次引締りに向つた。これは設備投資が高い伸びをつづける一方で,売上げ増加にともなう運転資金需要も多額にのぼつたためである。

こうしたなかで,公社債市況は軟調気味に推移し,発行市場も不振をつづけた。その結果45年3月~4月には,公社債発行条件の改定をはじめとして預金金利を含む長期金利全般の改定が行なわれた。一方,44年度の株式市況は,企業収益の好調や外人投資の増加などから活況を呈した。

以下こうした点を中心に44年度の金融動向を回顧してみよう。

第8-1表 44年度の金融関係事項

(2) 引締り基調で推移した金融市場

44年度の金融市場においては,実体経済の速い拡大テンポを反映して日銀券が年度を通じて増勢を強めた。一方財政資金は散超幅が前年度を下回つた。これは①法人税,所得税を中心に租税の受入れが好調であったこと,②生産者米価据置き,自主流通米による政府買入れ量の減少などから食管の散超幅が前年度を下まわつたこと,③外為資金でも年度前半に円シフトがかなり生じたため,輸出好調による総合収支の黒字にもかかわらず,前年度にくらべ散超減となつたこと,などによる。以上の結果,金融市場は総じて引締り基調で推移し,資金需給実績( 第8-2表 )では,年度間の資金不足額が9,800億円に達して前年度の不足額を5,708億円上まわつた。

第8-2表 資金需給実績

以上の動きをややくわしくみると,4~5月ごろには主として財政資金が地方交付金,公共事業費を中心に前年を上まわる散超となつたため,金融市場は緩和基調で推移した。しかし,6~8月ごろには租税の受入れ好調に好調に加えて食管,外為の散超減から財政の揚超幅が拡大したことなどにより,引締り傾向が強まつた。その後9~11月の季節的資金余剰期に入つてからも,日銀券が引続き増勢を示したことに加えて,日本銀行が引締め基調の市場調整を行なつたことなどから市場は堅調に推移し,12月以降も引続く日銀券の根強い増勢と租税の受入れ好調を主因に引締まり基調で推移している。

また,経済の規模拡大に伴い日銀券や財政資金の季節的フレが拡大して金融市場の資金過不足幅が大きくなるという近年の傾向が44年度にも一層進展した。このため金融市場の季節的な調節手段として,新たに「債券の短期買入れ制度」が採用され,7月より実施された。以上から,日銀信用の動きを年度を通じてみると,9,800億円の増大となつており,主として債券の無条件買入れ(4,526億円),貸出(4,269億円)によつて供給された。日銀貸出の増加の大部分は輸出関係によるものであり,輸出優遇金融など制度的要因によつて増加していることが注目される。

これら金融市場の動きを反映して,コール・レートは4~6月ごろ8%強(月越物,年利)の水準であったものが,7,8月と連続して上昇し,さらに9月にも公定歩合引上げと年利建移行に伴つて上昇した。その後も季節的な低下をみせずに推移し,資金不足期の12月には9.25%へと上昇して前回引締め時のピークを上まわつた。1月以降も9.00~9.25%の水準で一高一低を続けている。

第8-3図 コール市場の動向

後述のように都市銀行の貸出が大きな伸びを示したことやコール・レートの上昇などから,44年度のコール市場残高は近年にみられない大幅増加を示した( 第8-3図 )。これを出し手別にみると,農林系統金融機関と中小企業金融機関の放資増加が中心となつている。農林系統は資金吸収の好調と食管制度転換を控えて資金固定化を避けたためとみられる。また,中小企業金融機関については資金吸収の好調を反映したもので,近年における貸出重点の資産運用態度を最近とくに変化させて,コール・ローンに対する選好の度合を高めているとはみられない( 第8-7図参照 )。

(3) 増加が目立つた金融機関貸出

(一) 44年度の預貸金動向

44年度の金融機関における預貸金の動きをみると,預金,貸出ともに大幅な増加を示している( 第8-4表 )。全国銀行(銀行勘定)の実質預金は4兆8,436億円の増加となり前年度の増加額(3兆6,808億円)を31.6%上まわる著増を示した。一方,貸出も4兆8,605億円の増加でやはり前年度の増加額(3兆4,818億円)を大幅に上まわる39.6%の増加となつた。

第8-4表 金融機関の資金ぐり(44年度)

これを業態別にみると,都市銀行では実質預金が前年度比27.1%増と好調であつた。これは,所得の増加から個人預金が好調であつたことに加えて,法人頂金も引締め以降は伸び悩み傾向がみられたものの年度を通じてみれば貸出の大幅増加や輸出の好調などから総じて順調な稚移を示したことによる。一方貸出は主として9月までの著増がひびき,年度間では前年度比43.2%増の大幅増加となつた。また有価証券保有は,市中売却および日銀による債券の無条件買入れの結果,国債の引受け減等からその増加額は前年度を下まわつた。以上の結果,資金ポジションは年度間9,513億円の大幅悪化(前年度は1,392億円の悪化)となつた。これは主として貸出の増加に加えて為銀段階の円シフトなどがあつたためである。

地方銀行では,個人預金の好調に加えて,法人預金,公金預金(地方交付金の支払増等による)も順調で,実質預金は前年度比35.7%増となつた。また貸出は地元中堅・中小企業を中心とする旺盛な資金需要から前年度比31.2%増となつた。

長期信用銀行においては,起債環境の悪さから債券発行が不振であつたため資金量は前年度比18.3%増となつた。一方貸出は大企業を中心とした設備資金需要の強さを反映して前年度比27.7%の増加となつた。

第8-5図 金融機関の貸出状況(残高ベース)

次に全国銀行(銀行勘定)以外の金融機関についてみると,信託勘定では個人所得の伸びを反映して資金量は前年度を22.9%上まわり順調な推移を示した。また貸出は大企業を中心とする旺盛な資金需要から18.5%増となつた。

相互銀行では実質預金が前年度を45.9%上まわり極めて好調であつた。これは個人預金の好調に加えて,中小企業の資金繰りが余裕含みであつて貸出増に伴なう代り金の滞溜などから法人預金も好調であつたためである。また貸出も企業の旺盛な資金需要と貸出重視の運用態度から,前年度比45.1%増と大幅な増加を示した。

信用金庫では,主体をなす定期性預金が個人所得の増大,土地代金の流入などから極めて好調であつたほか,要求払預金も中小企業を中心とする法人預金の滞留などから好調で,実質預金は前年度比49.6%の大幅増加となつた。また貸出も相互銀行と同様な事情から前年度比77.0%増の著増をみた。

これらの結果,44年度は各金融機関とも高水準の貸出増加となつた( 第8-5図 )。こうした貸出の大幅増加に加えて,国際収支の好調から外為資金を通ずる資金散布も増大したため,預金通貨を中心として通貨供給の増勢が目立つようになり,4~5月ごろ16~17%であつた総通貨の前年同月比増加率が7月18.3%,8月21.4%増と急伸した。

第8-6表 引締め後半年間の貸出増加額

こうした通貨供給の動きは企業の手元流動性や設備投資計画に影響を与えて,経済の拡大テンポを一層加速化させることが懸念されるようになつた。

(二) 引締め後の貸出動向

以上のように貸出の著増とそれに伴う通貨供給の急伸,卸売物価の騰勢などいくつかの懸念すべき徴候が現われたため,9月には公定歩合の引上げを初めとする一連の景気調整策が発動された( 第8-1表 )。

その結果,ポジション指導が強化された都市銀行などを中心に金融機関の融資態度は総じて抑制的となつていつた。ただし,引締め後半年間の貸出動向をみると, 第8-6表 のように前回引締め時に比して今回の場合は貸出の増加率が大きくなつている。即ち金融機関合計でみると,貸出増加額の前年同期比は前回が6%増であつたのに対し,今回は33%増となつている。このように貸出の増勢が前回ほど鈍化しなかつたのは,①最大のウェイトを持つ信用創造機関でありポジション指導の主な対象でもある都市銀行の貸出が,前回のような貸出増加額規制下とは異つて今回はかなりの増加を示したこと,②全国銀行以外の金融機関でも信用金庫,農林系統金融機関を中心に総じて貸出の伸びが高かつたことなどによる。

第8-7図 中小企業金融機関の融資態度

なかでも,前回にくらべて貸出増加率の大きい信用金庫,相互銀行の動きが注目される。特に信用金庫は,引締め後も余資運用比率をかなり高い水準に保ちつつ大幅な貸出増加を続けている( 第8-7図 )。これは本報告でもみたように,中小企業金融機関の資金吸収力が傾向的に強いこと,これに加えて今回引締め時にはこれまでのところ中小企業の倒産が前回のように増加しておらず,貸出を慎重化させる必要性が小さいこと,などがその背景と考えられる。

さらに農林系統金融機関でも,農家の土地売却代金が増大していることなどから資金吸収が好調なため,系統外貸出を前回同様大きく増加させている。また,今回は外国銀行在日支店の円建て貸出の急増が目立つた( 第8-8図 )。これらの資金源は,国内の円資金のほかに海外からの自由円と外貨の円転換とによつている(外銀に関しては円転換について現在量的な意味での規制は行なわれていない)。このように外銀の貨出が急増したのは,引締め下で貨出金利上昇による貸出のメリットが大きかつたことに加えて,長期的な経営方針としてわが国企業に対する融資基盤を強化する意図も働いたものとみられる。

第8-8図 在日外銀の融資態度

次に,今後の貸出動向を予測する意味で金融機関の余資運用比率および余資残高についてみると, 第8-9表 のようになつている。信託勘定,相互銀行の比率は既にかなり低水準となつており今後は資金吸収に見合つた貸出増加となろう。一方,信用金庫,生命保険ではまだ資産の運用比率を変化させて貸出を増加させる余地は若干残つているものとみられることなどから,現在の高い貸出増勢が今後も暫く続く見込も大きい。

第8-9表 金融機関の余資運用比率

(4) 引締まりに向つた企業金融

(一) 44年度前半は余裕含みに推移

44年9月景気調整策が実施されるまでの企業金融は総じて余裕含みに推移した。

これを 第8-10表 の法人企業の資金需給表によつてみてみよう。需要面では技術革新による大型投資,労働力不足のなかの省力化投資,社会的要請の高まる公害防止投資,国際競争力強化などを目的とした設備投資の盛り上りを中心に実物投資が高水準の伸びを示した。同時に最終需要の高い伸びに支えられて企業の販売活動も活発となり売上増加に伴う現預金の積増し,企業間与信超の増加も加わり金融投資も大幅に増加した。

このような資金需要の増大を供給面で支えたのは前節でみたように都市銀行を中心とする全国銀行の大幅な貸出増加であり,(前年比48%増暦年,法人企業向貸出),その他金融機関の貸出も前年にひきつづき高水準であつた(43年37%増,44年39%増,歴年,法人企業向貸出)ためである。

借入金以外では,事業債は債券市場が不振のため調達が困難であつたが,増資は外人投資の増大もあり,株式市況が活況であつたことから順調に進んだ。さらにインパクトローン,外債など外資の流入も高水準であつた。

内部資金調達をみると,法人留保は収益の好調によつて順調に増加しており,減価償却費も要償却資産の累積により大幅に増加した。しかし設備投資の伸びが大きいため設備投資に対する自己資金の比率でみるとしだいに低下してきている。

このように借入金を中心に資金調達が順調であつたため企業の資金繰りは余裕含みであつた。さらに輸出の好調が企業金融を緩和させたことがあげられる。輸出による売上は現金比率が高く,企業間信用がふくらまないため売上増加に伴う運転資金需要が少くてすみ,そのうえ各種の輸出制度金融により借入れが優遇されているので企業の資金繰りを楽にさせている。

(二) 景気調整策の発動と企業金融の動向

引締め政策の実施後企業金融はしだいに引締りに向つた。これは主として企業の資金需要が供給を上回つて伸びていることから生じているものとみられる。

資金の供給面をみると,今回の引締めが都市銀行に対するポジション指導に主眼をおいており,前回のような貸出増加額規制といつた強い手段はとられていない。このためその他金融機関を含めて金融機関全体としては,かなりの貸出規模となつている。それにもかかわらず企業金融に引締り感が生じているのは,設備資金需要が設備投資の高水準な伸びにより増加していることに加えて,売上げの伸びによる運転資金需要も大幅に増加してきているためである。

第8-10表 法人企業の資金需給表

第8-11図 全国銀行貸出約定平均金利の動き

このようななかで,金利は早いテンポの上昇を示した( 第8-11図 )。全国銀行貸出約定平均金利は公定歩合引上げ後7ケ月で公定歩合引上げ幅の68.1%の上昇をみ,過去4回の公定歩合引上げにおける同期間では最高の上昇率となつた。

こうした企業金融の引締りのなかで今回の金融引締めにおいて注目すべき動きとして①中小企業よりむしろ大企業で資金繰り困難を訴えるものが多いこと,②大企業のなかでも鉄鋼,電力,化学など装置産業のため大型設備投資を行つている業種にとくに引締まり感が強いことがあげられる。このように規模別,業種別に引締り感に格差が生じているのはどのような理由からだろうか。

総論で述べたように中小企業の設備投資も増大し,44年に入つてからはむしろ大企業を上回つて伸びており,需要面でも中小企業が落ちついているわけではない。それにもかかわらずこのような規模別に引締り感に格差が生ずるようになつたのは次のような要因が考えられる。

第8-12図 規模別貸出増加額の推移

第1に総論第2に述べたように,金融機関の収益マインドの高まりにより,各金融機関とも金利の安い大企業に対してよりは,高い金利を支払う中小企業向け貸出を拡大し,成長性のある中小企業へ積極的に貸出を行うようになったためである。 第8-12図 により全金融機関の中小企業向け貸出をみると,従来の引締め期とは異なり今回は減少をみせず増加している。

第2には,中小企業金融機関が積極的に貸出を打っていることである。これは長期的な景気上昇過程で中小企業の体質が強化され,不況抵抗力もついてきたためであり,中小4企業金融機関に対して従来のような不安感をもたず貸出を行わせている。また中小企業金融機関が高コストの資金吸収を行い高い資金増加率を示していることはこうした積極的な貸出態度を支えている大きな要因となっている。

さらに今回はコール・レートが36年,39年ほど高騰を示さなかった。このため,中小企業金融機関ではコールローンに対する選好の度合をかつてのように高めなかった。

第3には企業間信用のしわ寄せが中小企業に及びにくくなつていることである。44年頃から鉄鋼,電力,重電など大企業相互間で設備資金の支払いくり延べを中心に企業間信用拡大の動きがみられ,さらに45年初来この動きがしだいに中堅企業から下請企業に対しても及んできた。しかし大企業にとつて労働力不足下における下請企業の確保は重要な問題となつており,従来のように安易にしわ寄せをすることが難しくなつている。このため,下請企業支払遅延防止法も手伝い,企業間信用は必ずしも従来の引締め期のように中小企業に対して一律にひろげるという動きをみせていない。

つぎに大企業のなかでも業種別に資金繰り感に格差が生じているのはなぜであろうか。

第8-13図 業種別設備投資と貸出増加額

第8-13図 にみるように,鉄鋼,電力,化学といつた大型装置産業においては40年以降設備投資は拡大してきているにもかかわらず貸出の伸びはそれに伴つていない。これは電気機械,輸送用機械などで設備の伸びと貸出の増加がほぼ平行しているのと対照的である。こうした鉄鋼,電力などは30年代以降,事業債や長期信用銀行借入れを通じて優先的に低利資金を調達し高度成長を主導してきた。しかし40年代に入りわが国経済の自由化,国際化の進展のなかで,金融機関の競争も強まり,こうした業種は金融機関にとつて必ずしも魅力ある貸付先でなくなつてきた。そのうえ起債市場における調達も従来のようには容易でなく,増資も大型株ということもあつて投資家にとつて魅力的でなく,容易に実行し難くなつている。こうした事情が相まつてこれら業種では資金繰りが一層苦しくなつているものである。

(三) 現局面

引締め政策発動以来,引締りの方向に向かつた企業金融は年初来一段と繁忙の層を加えてきている。今後の企業金融の引締りの度合をみるうえで注目されるのは企業の手元流動性と企業間信用の動きである。

まず手元流動性をみると,引締め後しだいに低下をみせてきた。 第8-14図 により企業の流動性を各種の指標でみてみると,44年度以降しだいに低下しており,最近ではその水準が前回及び前々回の引締め期より低くなっている。このため今後手元取りくずしにより資金繰りを楽にさせる余地はかなり困難になつているとみられる。

第8-14図 大企業の流動性(全産業)

また企業間信用は年初来徐々にひろがつてきている。しかし,こうした企業間信用による資金繰りのバッファーは,結局金融機関貸出によって限界づけられているものである。現在のところは信用金庫などの中小企業向け貸出が順調なため倒産といった大きな摩擦を生じていない。今後はこうした企業間信用のひろがりと同時にこれら中小企業金融機関などの余資水準の動向に十分注目していく必要があろう。

(5) 資本市場

(一) 不振を続けた公社債市場

44年度の公社債市況は前年度に引きつづいて軟調裡に推移した。4~7月にかけて一時底堅い動きがみられたものの,9月以降は金融引締め政策の浸透とともに一段と軟化の度合を強めた( 第8-15図 )。

第8-15図 既発債利回りと発行条件(応募者利回り)の推移

このような市況軟化の背景をみると,売り手の中心をなす都市銀行は,企業の旺盛な資金需要が続くなかで,資金ポジションの悪化を極力抑制するため,大量に債券を売却して資金調達をはかつたことがあげられる。一方買い手側では,農林系統金融機関が食管制度の転換を控えて,資金の固定化をさけるためコール市場に資金を放出すると同時に,中小企業金融機関をはじめその他金融機関も貸出に重点をおいた資産運用を行つたことなどが,市況軟化の要因としてあげられる。

第8-16図 公社債発行状況(純増ベース)

一方発行市場をみると,44年度の起債規模(純増ベース)は1兆5,026億円で,前年度にくらべて849億円の減少となつた( 第8-16図 )。これを債券種類別にみると,金融債が6,613億円で前年比421億円の増加,電力債が86億円の増加となつたものの,一般事業債は1,581億円で前年比189億円の減少となつた。なお政府の減額努力により国債は3,900億円で560億円の減少,政保債,地方債も各々減少となりいずれも前年度の実績を下回る起債規模となつた。なかでも事業債については,企業の高水準な設備投資による根強い資金需要と前年度の起債調整による繰越しから起債希望は多額に達したが,起債実績は前年度を103億円下回り,起債達成率も大きく低下した。

こうした起債市場の不振は,前述したように流通利回りと応募者利回りの大幅なかい離から新発債の引受が不利であつたことに加えて,引締め政策が浸透するにしたがつて金融機関の消化意欲が一層消極化したことなどによるものである。

第8-17表 長期金利改定一覧表

しかしこのように不振を続けた発行市場にも,着実な前進として評価されるいくつかの新しい動きがみられた。まず,第1は発行条件の改定である( 第8-17表 )。発行市場の不振に対処して,45年3~4月にかけて大幅な発行条件の改定が行われた。今回の条件改定は改定幅が従来になく大幅であつたことや,単に公社債のみにとどまらず,預金金利を含む長期金利全般に波及したことが大きな特色であつた。大幅な改定にもかかわらず,事業債,金融債などの流通利回りと応募者利回りとのかい離は依然として大きく,この観点からすれば改定幅は必ずしも充分とは云えないが,市場の価格に応じて弾力的に金利の改定が行われたことは大きな意義をもつものと云えよう。

第2に本格的な時価転換社債の発行が行われたことである。この方式はわが国の硬直的な発行市場にとつて価格メカニズムの導入,証券会社の引受機能の拡充など好ましい効果をもたらすものと思われる。しかしながらわが国の時価転換社債はいまだ初歩的段階であり,漸進的な市場環境の整備が必要であろう(次項株式市場参照)。

第3に事業債,国債などについては個人部門の消化シエアが上昇し,消化構造の多様化のきざしがみられたことである。依然金融機関中心の消化構造に大きな変化はないとはいえ,今後条件改定を契機として個人消化が増えて行くことは,発行市場の拡大にとつて好ましいことといえよう。

以上みたように,44年度の公社債市場は多くの問題を残しながらも,正常化への胎動をみせた。

(二) 国際化の進む株式市場

44年度の株式市場は一時的低迷状態もいくつか見られたものの,全体を通じでみると上昇を続け,45年4月8日には東証株価指数は185.70と史上最高値を記録した。その後,4月30日には12.86ポイン卜(東証株価指数)下落し,史上最高の下げ幅となつた( 第8-18図 )。

こうした44年度の株式市況には,従来になく海外要因に左右される度合が強まつたことや,株価の振幅も大きく跛行現象が強まつたことなど新しい動きがみられた。

第8-18図 株式市場の推移

つぎにこのような株価の上昇を支えた要因についてみてみよう。まず第1に企業収益の増大と国際収支の好調があげられる。45年3月期で9期連続増益決算と企業収益はすこぶる好調である一方,国際収支も大幅な黒字となつた。こうしたこともあつて引締め政策も市況にはほとんど影響を与えず,株価は大幅な上昇を続けた。

第2に外人投資の増加,国内投信の立ち直りなど株式の需給が改善されたことである。 第8-19図 はマネーフロー表により大まかな株式の需給を試算したものである。これによると43年以降外人投資の増大,国内投信の立ち直りに加えて民間各部門の大幅な金融資産の増加から株式の潜在需要も高まり,需給関係は著るしく改善されたことがわかる。

第8-19図 株式需給と株式選考比率

44年度の株式市場では外人投資が激増したことも大きな特色であつた。これは日本経済に対する評価の急激な高まりに加えて海外市場が不振を続けたことなどによるものである( 第8-20図 )。外人投資のもたらした影響についてみると,流通市場ては株価の大きな上昇要因となつたほか,新しい投資尺度として株価収益率を導入させた。企業の成長性に投資するという投資ビヘイビアの変化は,株価の跛行性を増大させ振幅を大きくした。なお外人投資の増加は外為資金を通じて国内の流動性を高め,企業金融の緩和要因として働いた面も少なくない。 第8-21図 はマネフロー表により法人企業の資金調達状況をみたものである。これによると44年の法人企業の海外からの資金調達は5,429億円となつており,なかでも長期対外債務は外人投資,外債の増加などから前年比88%増となつた(マネフロー統計では企業の保有株式の外人に対する売却は長期対外債務の増加として計上される)。法人企業部門の外人に対する株式の売却額は正確には把握できないが,長期対外債務の増加額に占める割合はかなり上昇していると推定される。また個人,金融機関の売却によつて流入した資金も,結果的には金融の緩和要因として働いたとみられる。

第8-20図 海外市場の動きと外人投資

一方44年度の発行市場をみると,増資規模は5,280億円(全国上場会社有償払込額含むプレミアム)と37年度につぐ大型なものとなつた。そして株式の時価発行が相次いで行われ,新しい資金調達方法として時価発行,転換社債が注目を浴びた。わが国では株主割当て額面発行が慣行的な増資形態であり,この制度のもとでは,高業績で高配当の優良企業ほど資金コストは割高となり,発行市場には価格メカニズムが働きにくいという矛盾があつた。こうしたことから時価発行は発行市場にも価格メカニズムが働きやすくし,流通市場と発行市場を有機的に結びつける優れた制度といわれている。

第8-21図 法人企業の資金調達と外人証券投資

しかしながらわが国てはこの制度も漸く試行の域を出たばかりであり,今後慎重な配慮を要する問題点も少くない。まず第1に,企業と株主との信頼関係を一層確立して行くことが基本的な条件としてあげられよう。時価発行のもとでは株主は増資プレミアムやその配当を企業に預託し,将来の利益の還元を期待するものであり,企業自体も経営努力によつて株主の期待にこたえ,収益還元には積極的な意志を示すなど両者の信頼関係を確立して行く必要がある。第2に時価発行会社に要求されるものは,株主の期待に充分こたえうる安定的な成長性である。単に時価発行のメリットのみを追求し,資金繰りのために限界的資金調達の場として時価発行を行うならば,この制度そのものの発展を阻害するものとなろう。このためにも企業内容の完全な公開が一層必要となろう。第3に適正な発行価格の決定である。時価発行における発行価格の決定は投資家の最も関心を呼ぶところであり,払い込み後に株価が発行価格を大幅に下回るといつた事態は,投資家に大きな動揺を与えかねない。こうした点からも,株価動向,企業収益の見通しといつた多面的な要素に,総合的な判断を加えた適正な発行価格の決定が必要である。そして第4に発行会社の選別,発行条件の決定など時価発行の具体的な遂行者,あるいはアドバイザーとしてのアンダーライダー機能の確立が重要な課題となろう。こうした問題点の漸進的な解決をはかりながら,時価発行を円滑に定着させて行くことは,今後わが国の証券市場に課せられた大きな課題となるう。

(6) むすび

44年度の金融の最大の特徴は,国際収支黒字がつづいているなかで,国内均衡を重視する観点から予防的措置として金融引締めが実施されたことである。

国内均衡を目的とした金融引締めは国際収支黒字の累積に伴う諸問題の発生,企業マインドの強気による調整効果のおくれなど,従来の調整期にみられなかつたいくつかの困難な問題をもつている。

それにもかかわらず対外均衡の面で円シフト政策や各種の自由化措置などが行われ,対内面では金融引締めが堅持された結果,企業の高水準の投資により借入依存度も高まり,金融面では引締めの効果があらわれるようになつた。

まず金融機関貸出における都市銀行など全国銀行の抑制的態度,企業の資金需要増大による引締り感の台頭がみられた。この結果貸出金利の早いテンポの上昇がみられ,さらに45年初より企業間信用が一部大手企業相互間より下請中堅・中小企業にも広がつてきた。

一方,資本市場は金融引締め後軟調をつづけ,発行条件と既発債利回りのかい離は大きい起債環境は厳しかつた。

このような企業金融の引締りと起債市場の不振のなかで,金融面において市場メカニズムの一層の活用を図るため,預金金利をはじめとして長期金利体系の全面的な改定が行われた。これは金利の景気調整機能と資金配分機能を今後一層弾力的に活用していくために,一歩前進したものと評価することができよう。


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