昭和45年
年次経済報告
日本経済の新しい次元
昭和45年7月17日
経済企画庁
44年度の中小企業は前年度下期には“かげり現象”がみられたが,そのあとをうけて生産,売上げ活動は総じて拡大基調のうちに推移し,44年9月に実施された今回の景気調整下においても活発な動きを示した。人手不足の深刻化,人件費の上昇,原材料高などの影響をうけたが,生産,売上げの増加に支えられて収益率は大企業と同様に前年にひきつづき高まつた。もつとも今回の景気調整下においても,これまでの景気調整下と同様に中小企業の販売条件は悪化し,借入れ金利の上昇,選別融資の強化などの影響をうけた。しかし,その度合は前回,前々回の景気調整下にくらべて軽微であり,また憂慮された企業倒産の発生件数は高水準を示しているものの,45年年初以降春にかけてそれほどの急増を示していない。
以下,今回の景気調整下を中心とする44年度の中小企業の動向と,最近における中小企業の特徴的な動きをみてみよう。
中小企業の生産,売上げ活動は,44年1~3月には暖冬の影響が尾を引き,繊維など一部業種に停滞がみられたが,その後春以降ふたたび増勢をつよめ,さらに9月以降の景気調整下においても活発な動きをつづけた。今回の景気調整策開始時(44年7~9月)をはさんだその前後の生産活動をみると, 第4-1表 のごとく一貫して増勢をつづけ,引締め開始2期後(45年1~3月)の生産の伸び率は前回(43年1~3月)および前々回(39年7~9月)より高い。
この結果,44年度の中小企業の生産(額)指数(日銀調べ)の対前年度比増加率は21.0%増と,43年度の増加率15.6%増を上回り,また生産(物量)指数(中小企業庁試算)でも43年度の12.6%増から44年度には14.2%増と,ここ数年来の高い上昇を示した。
こうした44年度の中小企業の生産増加は,景気調整下にもかかわらず根強い内外需要に支えられたものであるが,44年度の生産,売上げ動向のなかから特徴的な動きをあげると,規模別には中規模企業の伸び率(対前年同月比)がやや低く,また業態別には非下請け企業に比較して下請け企業の方がわずかに高い伸びを示したことである。下請け企業のなかでは自動車,電機,造船,カメラなどで親企業からの受注増加がつづき,またとくに新しい成長商品である卓上式電子計算機,複写機などの下請け部品メーカーの好調が目だつた。
業種別には総じて軽工業関連にくらべて,重化学工業関連中小企業の生産,売上げの伸び率が大きかつた。重化学工業関連では自動車,電気機械の下請けである銑鉄鋳物,機械加工,板金組み立てのほか,独立中小企業である繊維機械では繊維の構造改善計画の進行,工作機械では活発な設備投資需要,作業工具では一般機械や自動車産業からの受注増に支えられて生産は比較的順調に拡大した( 第4-3図 )。
一方,軽工業関連では,ウール着尺,タオルなどが44年前半に供給過剰におち入つたが,合板,コンクリート2次製品,金属建具,陶磁器,高級絹織物,紙製品,印刷製本などでは,おう盛な建設需要や根強い個人消費需要に支えられて,いずれも前年にひきつづいて生産活動はかなり活発のうちに推移した。
また輸出関連中小企業では,金属洋食器,ミシン,スポーツ用品,衣類,喫煙具など輸出が順調に拡大したものが多いが,クリスマス用電球,養殖真珠,金属製がん具などでは対米輸出の不振から年間を通じて生産活動は低迷した。繊維,雑貨などでは海外市場で開発途上国との競合がますます激しさを加えてきたことも44年度の大きな特徴であつた。
他方,小売業の販売活動は44年はじめには暖冬によつて衣料品,暖房器具などで売行き不振がみられたが,その後44年後半に入るにしたがつて販売活動は尻上がりに増勢を強めた。通産省「商業動態統計季報」によれば,小売業(百貨店を除く)の販売額指数は,前年同期に比べで44年1~3月には8.4%増にとどまつていだが,4~6月10.3%増,7~9月11.3%増,10~12月13.0%増とふえさらに,45年1~3月には15.1%増と増加した。44年度間の伸び率は前半の不振が影響したため12.3%増と,43年度の伸び率(12.3%増)とほとんど変らなかつた。小売業の売上げは44年度下期にかなりの回復を示したが,大型店,スーパーストア,農協系および生協系販売店と,在来小売店との競合がはげしさを加え,とくに地方中小都市での小売店の苦境が目だちはじめてきた。
44年度を通じて中小企業の生産,売上げは拡大基調をつづけたが,今回の景気調整下において,その影響がまつたくなかつたわけではない。中小企業(製造業)の業況の変化をみると, 第4-4表 に示すように,業況が「良い」とするものは44年3月から45年4月にかけて減少し,逆に「悪い」とするものがわずかに増加している。業種別には軽工業関連で「良い」とするものはそれほどの変化がないが,重化学工業関連で「悪化」したとするものが増加している。業態別には,独立中小企業に比べて下請け中小企業で「悪化」したものが増加している。また規模別には,小規模企業で「悪化」したというものが多く,今回の景気調整下において中小企業の業況にも若干の変化がみられる。
こうしたなかで中小企業の決済条件も前回(42~43年)前々回(39~40年)と同様に悪化を示しはじめた。中小企業金融公庫調べによれば,中小企業(製造業)の販売条件は,44年7~9月から45年1~3月にかけて現金入金比率は43.9%から42.7%へと下がり,売掛期間は49.6日から50.1日へ,また受取手形サイトは114.2日から115.4日へと長期化している。
このような販売条件の変化を前回,前々回の景気調整下と対比すると, 第4-5図 のごとく売掛期間が今回の場合わずかに前回を上回つている以外は,それほど極端な悪化を示していない。
これはひとつには41年以降の景気上昇の持続で中小企業の手元流動性水準が比較的高く企業の手元が厚く,このため支払い余力を持ち,中小企業相互間の決済条件がそれほど悪化を示していないこと,いまひとつは大企業の手元流動性は低下を示しているものの,下請け中小企業の確保,育成という観点から安易にシワ寄せしにくくなつていることもかなり影響している。もつとも親企業の下請け中小企業に対する決済条件の悪化は45年1~3月以降,重電,自動車,合繊織物などこれまで好調な歩みを示してきた業種でも親企業の資金ぐり難にともなつて,しだいに散見されるようになり,その範囲も1次下請けから2次層以下へと拡がつてきた点は注目されるが,前回,前々回の景気調整下に比較してそれほど極端に悪化は進んでいない。
第4-6図 中小企業向け貸出残高の推移(対前年同月末増減率)
こうした販売条件の変化とは対照的に今回の景気調整下の特色のひとつとしてあげられるのは,中小企業向け貸出の増加であつた。中小企業の借入れ難易感はたしかに「困難」を訴えるものはふえているが,中小企業向け貸出状況をみると引締め下にもかかわらず増加をつづけた( 第4-6図 )。
中小企業向け貸出(残高増減額)を前回と今回と比較すると,前回は42年7~9月3.5%増(前年同期比),10~12月0.8%増,43年1~3月35.5%減となつているが,今回は44年7~9月52.6%増,10~12月34.3%増,45年1~3月34.0%増となつている。また,今回の景気調整下の大企業向けの貸出が44年7~9月53.3%増,10~12月18.5%増,45年1~3月10.4%増にとどまつたのに比較して,中小企業はそれを大きく上回つている。このような中小企業向けの貸出増加は,抑制的であつた全国銀行に対して資力の高まつた相互銀行,信用金庫,信用組合など民間系中小企業専門金融機関の積極的な貸出がそれを支えたためであつた。こうした金融機関の積極的な貸出態度は,金利が相対的に高く,預金歩どまりのよい中小企業を取引先として確保しておこうという金融機関のビヘイビアが大きく働いたこととともに,小企業自体の経営内容の向上や,土地の値上がりによる担保価値の上昇なども一因と考えられる。もつともこのような貸出増加のなかで,中小企業の借入れ金利はこれまでの引締め下にと同様に上昇を示し,44年9月に比べて45年3月には単名手形の平均金利は2銭3厘0毛(年利8.40%)から2銭3厘1毛(同8.43%)へ,また割引手形の平均金利も2銭3厘2毛(同8.47%)から2銭3厘3毛(同8.50%)へと上昇した。
以上のように,今回の景気調整下における中小企業の決済条件には小幅な悪化がみられたが,中小企業向けの貸出増加などによつて資金ぐり難は44年度下期においてそれほどのひつ迫感を示さず,手元流動性は低下を示しながらも比較的高い水準を保ちつづけた。
44年度を通じて拡大基調をつづけた生産,売上げ活動のなかで,中小企業の収益率は43年につづいて高水準を記録し,41年以降4ヵ年連続の長期的な好決算を示した。大蔵省「法人企業統計季報」により中小企業(製造業,資本金200万~5,000万未満)の収益状況をみると 総論第34表 に示すように,総資本収益率は42年の8.8%,43年の8.9%から44年には9.5%へと上昇,40年の不況時の5.4%を大幅に上回つたばかりでなく,岩戸景気(36年)の9.0%をこえる好収益を示した。総資本回転率は,業容の拡大にともなう固定資産や棚卸資産の増加などもあつたが,売上高の増加もあつて43年(1.79回/年)につづいて44年にも1.79回/年とほとんど変らなかつた。一方,売上高純利益率(税引前)は43年の5.0%から44年には5.3%へとさらに上昇し,総資本収益率の上昇をもたらした。この売上高純利益率の上昇要因をコスト面(対売上高比率)からみてみると, 第4-9表 に示すように,賃金上昇にともなつて人件費比率(対売上高)は43年の15.1%から44年には15.5%へと上昇し,減価償却費比率も設備投資の増加によつてこの間2.38%から2.60%へと上昇している。また一般管理販売費比率も42,43年に比べてやや上昇を示すなどコストの圧迫要因が働いたが,売上高の順調な増加によつて売上原価比率(対売上高)は,43年の77.1%から44年には76.5%へと下がり,このため営業利益率が7.1%から7.5%へと上昇した。さらに営業外収益比率は低下したものの,営業外費用比率は前年と同じほぼ横ばいであつた。この結果,44年の売上高純利益率は5.3%と36年以来の高い水準を記録した。
このような収益率の上昇のなかで,中小企業の財務内容も 第4-10表 に示すように43年につづいてかなりの改善を示している。収益率の上昇による現・預金の増加や,企業間信用がそれほどの増加を示さなかつたことなどもあつて,当座比率,流動比率は大企業に比べてかなり大幅に改善し,短期の支払い能力はさらに高まつた。また収益率の上昇から内部留保はふえ,その結果自己資本比率は大企業と対照的にほとんど横ばいで推移し,自己資本と他人資本の割合である負債比率もほとんど変らず,借入金対自己資本比率も前年にひきつづき低下を示した。また活発な設備投資の増加にともなう長期借入金の増加で,固定長期適合率は大企業とは対照的に低下をたどつている。これに対して設備投資の増加を反映して固定比率は再び上昇を示しているが,41年以前に比べてその水準は低く,資本の固定化度合はそれほど進んでいない。このように44年の中小企業の財務諸比率は43年に比較してかなり改善の方向を示しており,39,40年当時に比べて中小企業の経営の弾力性が高まり,これが後述するように落着きを示す企業倒産の一因ともなつている。
44年の中小企業の設備投資活動は前年に引続いて活発な動きを示した。「法人企業統計季報」(大蔵省調べ)によれば, 第4-11表 にみるように中小企業(製造業,資本金200万~5,000万円未満)の設備投資(有形固定資産新設額)は,44年(暦年)には前年比34.2%増と,43年の伸び率(22.5%増)を上回り,また44年の大企業(資本金5,000万円以上)の前年比増加率18.4%増を大幅に上回つた。また,卸小売業では大企業(資本金1,000万円以上)の増加率40.4%増に比べると,中小企業(資本金200万~1,000万円未満)は26.7%増と増加率は下回つたが43年(26.1%増)とほぼ同じ高い伸びを示した。また個人企業の44年の設備投資活動(総理府「個人経済調査」)も,卸小売業では前年比8.4%増にとどまつたが,製造業では30.0%増,サービス業では52.8増と著増した。
これまでの中小企業の設備投資の動きをみると,中小企業は大企業に先行して盛り上がりを示し,金融引締め前に沈静化している。これは金融緩和にともない中小企業向け貸出がふえ,引締めとその強化にしたがつて減少するという循環変動をえがいている。しかしながら,今回の引締め下では前述のように,中小企業向け貸出がかなり活発に行なわれていることや,中小企業の収益率が高まつていること,さらに加えて人手不足に対応して中小企業でも省力投資の比重が上がり,また人手の確保から福利厚生施設などに対する中小企業の投資意欲はつよく働いた。もつとも,45年4月調査の当庁「中小企業・中堅企業の動向に関する調査」によれば,45年度の中小企業(製造業)の設備投資は前年度比10%台の伸びとなる模様である( 第4-13表 )。
第4-11表 中小企業,大企業の設備投資活動(製造業,卸小売業)
中小企業の設備投資の内容をみると,中小製造業では単なる「生産能力の拡充」よりも「合理化・省力化」を目的とするものがふえ,業容の拡大のための「新製品の生産」や人手不足対策のための「福利厚生施設」に対するものがふえている。
以上のように44年度の中小企業の生産,売上げは増勢をたどり,また中小企業向け貸出も増加を示すなど,今回の景気調整下において中小企業の受けている影響もこれまでの景気調整下と比較してかなり軽微であるが,こうしたなかで中小企業を中心とする企業倒産は,44年には39年以降6年ぶりに前年を大幅に下回つた。その発生件数は,全国銀行協会連合会調べ(資本金100万円以上の法人の銀行取引停止処分者件数)では,43年の13,240件より19.5%減の10,658件,また東京商工興信所調べ(負債金額1,000万円以上の整理倒産件数)では前年比20.9%減の8,523件,帝国興信所調べ(同)では15.0%の8,507件となつている。全会社数に対する企業倒産の発生比率を銀行取引停止処分者件数でみると, 第4-15表 のごとく,42年の3.02%から43年には2.56%へと低下のあと,44年にはさらに1.91%へと下がつている。資本金別には100万~1,000万円クラスの発生比率は相対的に高いが,このクラスを含む中小企業(資本金5,000万円末満)の同比率は42年の3.06%,43年の2.59%から44年には1.93%へと低下している。また業種別(資本金100万円以上)には,小売業,農林水産業,鉱業などの発生比率は前年より上昇しているが,製造業,卸売業,建設業などではいずれも低下を示しており,件数ばかりでなく発生比率の面でも落着きを示している。
こうした発生件数の減少にともない,44年の負債総額も前年を大幅に下回つた。全銀協調べでは前年比26.6%減の3,468億円,東京商工興信所調べでは31.2%減の5,485億円,また帝国興信所調べでも27.0%減の5,627億円となつている。
今回の景気調整期をはさんだその前後の企業倒産の推移をみると, 第4-16図 のごとく43年4~6月をピークに減少傾向をたどり,44年7~9月には期中最低を記録している。その後10~12月にはやや増加したが,季節性を考慮した季節修正値でみると10~12月および45年1~3月ともに落着きを示している。業種別,原因別の発生件数の推移を銀行取引停止処分者件数でみると, 第4-17図 のごとく製造業,建設業,卸売業などでやや増加気配を示しているものの,小売業サービス業などでは減少をつづけ,また原因別には45年度に入つて「設備投資・在庫投資の過大」によるものが増加を示しているが,「売上げ不振」,「売上げ金回収困難」などのいわゆる循環的要因によるものはそれほど増加を示していない。
このように景気調整下にもかかわらず,企業倒産が比較的落着きを示している要因をあげると,中小企業の生産,売上げがひきつづいて増加基調にあること,企業間信用がさしたる膨張を示さず,そのうえ中小企業向け貸出の増加もあつて,資金ぐりひつ迫感がそれほど表面化していないこと,過去4年にわたる収益率の高まりから資本の蓄積が進み,このため中小企業の体質も総じて改善の方向にあることなどがあげられる。もちろん,中小企業をめぐる環境はきびしさをましており,これまでの人件費の上昇のほか,このところ原材料高などコスト圧迫要因もしだいに働きはじめており,また多くの中小企業のもつ経営の不安定性や先行きの景気動向などを考慮すると,今後とも企業倒産は落着きを示すものとはいいきれない面を残している。
今回の景気調整下のなかで中小企業は前回,前々回の景気調整下に比較して,44年度中はそれほどの緊迫感もなく推移したが,45年度に入つて金融引締めの影響は中小企業に漸次浸透しつつある。またその環境は大きく変ぼうの方向をたどり,きびしさをましている。中小企業の経営上の問題点をみると, 第4-18表 のごとく「人手不足」をあげるものが多く,それにもまして「人件費の上昇」を訴えるものが急増している。中小企業にとつて,第1にはこうした労働需給の変化にともなう諸影響のなかで,中小企業がどのように労働から資本への代替を進めるかということであり,賃金コストの上昇を生産性上昇によつてどのようにカバーするかという点である。第2は物価問題の高まりのなかで中小企業の製品価格に対する社会的要請は強まつており,この面からも中小企業の生産性向上が望まれている。第3は資本自由化,残存輸入制限の撤廃,開発途上国の追い上げなど国際化の進展に対して中小企業がどのように対処するかという点であり,個々の中小企業ばかりでなく,業界ぐるみの近代化をより積極的に推進することがますます必要になつてきた。