昭和45年

年次経済報告

日本経済の新しい次元

昭和45年7月17日

経済企画庁


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3. 企業経営

(1) 9期連続の増収・増益

昭和44年度の企業収益状況は,前年度を上回る拡大を示した,日銀「主要企業経営分析」によれば,44年度上期の企業収益は,製造業で10.1%の増収,12.0%の増益となつた。下期についても,上期をさらに上回る増収増益となり,40年度下期以降9期連続の増収増益を達成した(本報告 第31図 参照)。このような好収益の背景としては,輸出,設備投資,個人消費などの総需要が,おう盛であり,量産効果がひきつづきみられたこと,また市況産業を中心として製品価格が堅調に推移したことなどがあげられる。

業種別に最近の収益状況をみると,鉄鋼を中心として市況産業の高い増益率が目だつている( 第3-1表① )。鉄鋼は世界的な鋼材不足による販売数量の増加と需給窮迫による販売価格の堅調が業績に大きく寄与し,43年度下期に増益に転じて以来最高の伸びとなつた。増益寄与率も, 第3-1表② にみるように,44年度上期にひきつづき製造業中最高の割合を占めている。そのほかの業種についても原料コスト高の非鉄が減益となつたほかは,パルプ・紙,化学,繊維などの業績も順調に向上した。また,受注産業においても,根強い設備投資需要を反映して,造船,一般機械,電気機器(とくに重電)とも軒並み増益基調で推移したほか,自動車,精密機器などの消費関連産業においても,堅調な個人消費を背景に一貫して増益をあげている。

第3-1表 業種別増益率および増益寄与率

このように,製造業の収益状況は40年度下期以降息の長い増益基調を持続してきた。この間43年度上期に市況産業の大幅減益にともなつて増益率が伸び悩んだ以外は,すべて増益率が増収率を上回つた。この結果,売上高純利益率は40年度下期以降上昇し,43年度上期にいつたん低下した後,再び上昇を続けた(本報告 第31図 参照)。

ここで,売上高純利益率の動きを規定する各要因についてみてみよう。まず,金融コストや減価償却コストなどの資本コストは,41年以降大幅な低下を示し,コスト低下要因となつてきた。まず減価償却コストについてみるとその一方の構成要素である減価償却率にはあまり大きな変化はないのに対して,もう一方の要素である設備投資効率は,設備稼動率の循環変動を反映した動きをみせている。すなわち,設備投資効率はとくに40年不況期を境にして大幅な上昇を示した後,43年度上期からゆるやかに低下をはじめたが,最近に至つて横ばいに推移している。しかし,おう盛な設備投資の結果,未償却資産の割合が増加していることから,最近減価償却コストはやや上昇傾向を示すようになつた( 第3-2図 )。

第3-2図 減価償却コストの推移 (製造業)

また,金融コストについては,40年不況を境に低下傾向を示し,企業収益の大きな改善要因となつてきた。金融コスト利子率と,製品単位当り借入残の動きによつてきまるが,利子率については,景気局面に応じた動きを示しながら,40年代に入つて傾向的に低下している。ただ44年度下期には金融引締めの影響もあつて金利は若干上昇している,一方,製品単位当り借入残も41年以降急速に低下したあと42年ころから横ばいに推移している。この背景には輸出比率上昇が大きく反映している。すなわち,40年不況後の設備稼動率の上昇による生産量の増大とあいまつて,輸出比率上昇が現金回収の割当を高くし,それたげ借入金の伸びを低く伸びるを抑える働きをしているとみられる。とくに製品単位当り短期借入残の動きをみると,40年代に入つてからの低下傾向は著るしい。また利子率についても,從来輸出貿易手形の優遇措置があつたことや,輸出関係金利が比較的低かつたことから,輸出比率の上昇とともに現実の利子率がそれだけ上昇するのを抑える効果は大きかつたとみられる。これらの要因によつて,金融コストは41年以降低下し,最近時に至つても上昇を示していない( 第3-3図 )。

第3-3図 金融コストとその要因(製造業)

つぎに,人件費コストについてみると,最近賃金の上昇は一段と大幅なものとなり,従業者1人当り名目賃金はこれまでにない高い伸びをしている。このため,人件費コストは今回景気上昇期にはそれほど低下せず,むしろ最近では若干の上昇傾向をみせている。44年度についても,人件費負担の大きくかかる上期に上昇,下期若干の低下という姿を示している。また,原材料コストは,最近の海外需給のひつ迫を反映し,輸入原材料の価格が大幅に値上りしていることや,国内原材料価格も上昇傾向にあることから,上昇を示している( 第3-4図 )。

以上のように各コストは,それぞれ異なつた動きを示しているが,総体としてはしだいに収益圧迫の方向に働きはじめている。それにもかかわらず,企業収益が好調を持続しえたのはつぎのような要因によるものであろう。第1は,44年度も輸出比率がさらに上昇し,設備投資も拡大するなど総じて需要がおう盛であり,それを反映して生産量が一段と伸びを高めたこと,第2は,この結果,コスト面で圧迫要因となりはじめている人件費,資本費の上昇を生産量の拡大によつて吸収していること,第3は,原材料価格の上昇を反映して,原材料費は増加しているが,輸出価格の上昇もあつて製品価格が大きく上昇したことなどによるものとみられる。

とくに最近ではわが国企業は海外から影響をうける度合いが大きくなつている。44年度は輸入原材料価格の上昇はきわめて大きく,原材料費の上昇要因となつたが,一方,輸出価格も近年堅調であり,輸出比率の上昇とあいまつて,企業収益の増加に寄与している( 第3-5図 ,本報告 第32表 )。

第3-4図 各コストの推移

第3-5図 主要企業の輸出比率・輸入原材料比率及び輸出入価格の推移 (製造業)

以上のように最近の企業収益は,数量の増大,価格の上昇という相乗効果がはたらいて大幅な増収,増益を達成した。

(2) 企業収益力の水準

次に企業収益力の代表的指標とみられる総資本収益率の推移をみると,40年度上期を底に急テンポの上昇を示している。43年度上期に市況産業の不振のため小幅の低下を示したが,43年度下期以降ふたたび上昇基調をつづけ,今回の好況局面での最高水準を記録した(本報告 第31図 参照)。

第3-6図 各種回転率の推移

総資本収益率の上昇をもたらした要因は,前述のとおり売上高純利益率の上昇によるところが大きいが,総資本回転率の改善による面も見逃してはならない。そこで 第3-6図 によつて総資本を構成する各資産の回転率の推移をみると,まず有形固定資産回転率は最近の需給動向を反映して,設備稼動率の高水準が続いたため,44年度上期に引き続き上昇し,総資本回転率上昇の主因をなしている。売上債権回転率は若干低下したが,これは金融引締め政策の影響もあつて,鉄鋼,電力などを中心に資金調達か困難となり,一部支払い条件が悪化したためである。また資金需要がおう盛であることから現・預金のとりくずしがすすみ,現・預金回転率は上昇した。また棚卸資産回転率については,企業規模の拡大につれ各種在庫品の保有の必要性は相対的に減少することや,在庫管理技術の向上などによつて,すう勢的に上昇傾向を示していたが,最近ではほぼ横ばい状態かつづいている。これらの結果,総資本回転率は,44年度上期よりも若干改善され,それだけ総資本収益率の上昇に寄与した。

第3-7図 配当率・配当性向,資本金利益率の推移(製造業)

一方,資本金利益率は以上のような好収益を反映して急テンポに上昇し,岩戸景気をも上回る高い水準に達した( 第3-7図 )。これは好収益を背景に増資も順調に進んだが,岩戸景気時にくらべれば増資のテンポはゆるやかであつたことが主因とみられる。このため配当率は一貫して上昇をつづけ,前回好況期を上回る水準に達した。これは好収益の持続で増復配企業が増加していることをあらわしている。しかし,配当性向がひきつづき低下していることから,企業の一段と慎重な決算態度と内部蓄積促進の意欲がうかがわれる。こうした傾向は特別償却引当金,退職給与引当金,各種蓄積性引当金などの積増しがふえていることからも推測される。 第3-8図 にみるように,総資金需要に対する引当金の割合は,今回の場合にはきわめて高い水準を持続している。このため引当金に内部留保,減価償却を加えた自己資金の割合は,岩戸景気よりも高い。もつともこれにさらに増資までくわえた自己資金の割合は岩戸景気時と今回では変らない。すなわち岩戸景気時においては今回と対照的に増資による資金調達の割合が高かつた。このことがその後の配当支払いの増加を通じて社外流出を促進する要因となつたが,今回の場合には,増資テンポはきわめてめるやかなため,内部留保の蓄積が進めやすい環境にある。このような自己資金内容の質的なちがいが,今回における企業金融面ではゆとりをもたせる要因にもなりえたし,企業体質の強化にも役立つた。

第3-8図 主要企業の自己金融力の推移(製造業)

第3-9図 製造業の人件費,減価償却費,金融費用の伸び

(3) 企業経営の今後の方向

(一) 企業収益の方向

すでにみたように企業収益はこれまでのところ好調を持続してきた。しかし,収益環境はしだいに変化をみせはじめている。すなわち,これまでのおう盛な設備投資は,未償却資産の増大から減価償却費負担を高めてきており,借入依存度の上昇は金利負担を増加させる方向に作用しはじめている。 第3-9図 をみても,最近にいたるほど両者の伸びは高まつている。さらに人件費の伸びも顕著である。資本費については企業の自主的な投資活動との関連で,その動きが決定される性格が強いのに対して,人件費の場合には,労働力不足という構造的問題が背景にあるだけに人件費コストの増大を吸収していくことは容易ではない。

第3-10図 労働分配率の動き

そこで以下では,人件費コストの動向についてやや詳しくみてみよう。 第3-10図 によつて労働分配率の動きをみると,岩戸景気時には大幅な低下を示したが,今回の場合には,42年度下期まで若干低下を示したものの,その後ふたたび上昇に転じている。これは今回も労働生産性はかなりの上昇を示しているが,名目賃金の上昇が一段と高めているためである。 第3-11図 にみるように労働生産性は,設備投資効率とほぼパラレルな動なを示している。今回の場合にも,40~42年までは稼動率の大幅な上昇を主因とした設備投資効率の上昇によつて,労働生産性の上昇がもたらされた。その後稼動率水準の伸び悩み傾向から労働生産性の伸びはやや低下したが,おう盛な設備投資による労働装備率の上昇にくわえ,設備投資効率も若干改善されたことから43年度下期からふたたび上昇している。

第3-11図 労働生産性の動き(製造業)

以上は製造業主要企業についての人件費コストの動向であるが,その中でも業種別にみるとかなりの差異が認められる。 第3-12図 によつて賃金上昇率と労働生産性上昇率を比較してみると,岩戸景気の場合には,ほとんどの業種で生産性上昇率が賃金上昇率を上回つていたが,今回の場合には,半数の業種で,人件費コストが上昇していることがわかる。コスト・インフレの著しいアメリカの企業について,最近3年間における両者の関係をみると,ほとんどの業種で賃金上昇率が生産性の伸び率を上回つている。もつとも,アメリカと日本では,生産性,賃金ともに絶対水準に開きがあり,成長性の高いわが国企業と同一に扱うことはできないが,わが国においても人件費コストの動向が企業経営上重要さを増していることは否定できない。つぎに,今回の景気上昇局面を前半(40年上~42年上)と後半(42上~44上)にわけて,生産性と賃金の伸びを比較したのが 第3-13表 である。これによると,生産性の伸び率が賃金上昇率を上回つている業種は,前半では12あつたが,後半では弱電,一般機械,石油など5業種に減り,この結果製造業全体では賃金の伸びが生産性を上回つた。

また,人件費は近年企業経営上費用負担として増加傾向を示し,固定費の増大をもたらしている。 第3-14図 でも明らかなように,固定費の中に占める人件費の割合は,40年代に入つてから高水準で推移しており,損益分岐点売上高の下方硬直化の主因をなしている。今回景気上昇期についてみると,賃金の伸びが生産性の伸びを上回つている業種ほど,損益分岐点売上高の低下幅が小さかつたことがわかる( 第3-15図 )。こうした状況から業種間格差,ひいては企業間格差が今後さらに顕在化していく可能性がある。さらに資本費も増高傾向にはいりつつある現状からすれば,今後の需要動向が企業収益面に与える影響はきわめて大きくなつている。したがつて,今後の企業経営においては,従来にもましてコスト意識を徹底することが一段と要請されよう。

第3-12図 賃金上昇率と生産性上昇率

第3-13表 今回景気上昇局面における業種別,生産性,賃金

第3-14図 製造業の損益分岐点売上高比率と人件費比率

第3-15図 業種別生産性,賃金差と損益分岐点

(二) 輸出と海外企業進出

企業がよりいつそうの成長を遂げていくためには,つねに新たな需要の開拓が必要である。40年の不況期を境にして,企業の輸出比率が急速に上昇し,その後も高い水準を持続しているのは,国内市場の開拓のみならず,海外市場への積極的な進出がみられたからである。そして輸出の増大が,息の長い景気の上昇をもたらすとともに,企業収益の好調を与える大きな要因の一つにもなつてきた。

第3-16図 自動車の海外生産と輸出比率の国際比較

とくに近年,輸出において主導的役割を演じているのは重化学工業部門の大企業である。わが国輸出ランキング上位50社の輸出額の通関額に占める割合をみると,35年の30%から44年には42%へと上昇している。これらの輸出主導企業は,国内販売に努力するだけでなく輸出の伸長を通じて企業の成長を促進し企業体質を向上させてきた。こうした企業では最近海外への資本進出意欲が活発化し,販売支店網の充実や海外生産の推進がはかられている。

もつとも現段階では,わが国の海外への直接投資残高は43年度末で20億ドルで,GNP規模に比較すると1.3%にすぎず,アメリカの7.5%はもちろん,西ドイツの2.5%にくらべてもまだ小さい。また,欧米先進国が,従来の鉱業,石油産業中心から技術的優位を武器とした製造業シエアの拡大へと中心を移しているのにくらべ,わが国の対外直接投資残高に占める製造業のシエアは小さく,43年度では30%にすぎない。

第3-17図 輸出主導企業の海外現地法人数と1法人当り従業員の推移

たとえば,自動車工業について海外生産活動の状況をみると,アメリカについては,ビッグ・スリーの総生産台数に占める海外生産の比率は傾向的に上昇を示し,68年には28%にまで達している。したがつて,アメリカ以外の国に対する輸出は,これら海外子会社による生産ないしは輸出でまかなわれているため,きわめて低水準にとどまつている。これに対しわが国では,いぜんとして輸出が主流であり,海外生産の面では立ちおくれている( 第3-16図 )。

しかしながら,わが国主要企業の海外生産活動も,しだいに活発化の方向を示している。 第3-17図 は主要企業について業種別に海外での活動状況をみたものだが,現地法人数の増加や従業員数が着実に増加していることがうかがわれる。こうした企業の国際化の進展が今後の企業経営にとつても重要な経営戦路の一つとなり,それは同時にわが国経済に有益をもたらすであろう。


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