昭和44年
年次経済報告
豊かさへの挑戦
昭和44年7月15日
経済企画庁
経済の持続的な拡大がつづくなかで,私的な消費の面からみた43年度の国民生活は着実に向上の途をたどつた。以下主として家計の動きからみた43年度の所得と消費の推移をみてみよう。
43年度の家計の所得は順調な伸びを示した。家計調査(総理府統計局)による全国勤労者世帯の所得は,前年度比実収入が10.4%増,可処分所得が10.9%増で,42年度の伸びをやや下回つたものの,40年・41年度の伸びを上回り順調な増加をみせた( 第11-1表 )。内訳けをみると,世帯主収入は10.4%増(うち定期収入9.3%増,臨時収入14.1%増),妻の収入14.3%増,事業内職収入19.8%増などとなつており,世帯主収入は40・41年度の伸びは上回つたが42年度の伸びを下回つている。この点は毎月勤労統計調査(労働省)による43年度の現金給与総額(規模30人以上)が,前年度比13.8%増と29年以降の最高であつた42年度の12.7%増をさらに上回る高い伸びを示したのとは,いくぶん異なつた動きになつている。これは40年頃からやや停滞気味であつた年齢別賃金格差縮小の動きが,43年の初任給上昇率が41年,42年にくらべて大幅な高まりをみせているとこるから推察されるように,再び強まり,賃金上昇が若年層には相対的に高く,中高年層(家計調査の世帯主年齢の平均は41~42歳)に低く働らいたとみられることが影響していよう。
所得階層別に世帯収入の動きをみると,もつとも所得の低い第1分位の伸びが実収入,可処分所得とも17.4%増と最も高く,41年,42年と異なつて,低所得層ほど所得の伸びが大きい傾向が明瞭にみられる。これは世帯主収入の伸びが低所得層ほど高いことによるものであり,この点は40年代に入つて停滞ないし拡大気味に推移していた規模別賃金格差が再び縮小の動きをみせていることに照応するものと考えられる( 第11-2表 。なお賃金については労働の項参照のこと)。
なお,このところ妻の収入や事業内職収入の伸びがかなり高いが,これは主婦の就労(パート・タイマーや内職)が増加している結果であるとみることができる。労働力調査(総理府統計局)の特別調査によると,短時間の女子雇用者(1週間の労働時間が1時間以上35時間未満)は,39年には70万人であつたが,43年度には99万人に増加している。また,女子の内職者数については,労働省調べから推定すると,昭和40年6月末の70万人台から,43年の90万人台へと増加しており,また前記の労働力調査特別調査では,43年10月末現在で98万人の女子内職者が存在している。こうした女子のパート・タイマーや内職者の就労動機を種々の調査から推測すると,生活苦からやむにやまれず働きに出るというよりは,生活をより向上させるために働きに出ている者の多いことがうかがわれる。
個人業主世帯(非農家)についても所得は堅調な伸びを続けているものとみられる。国民所得統計(速報)によれば,個人業主(非農林水産業)所得の伸びは,43年(暦年)は対前年比20.6%増と42年の15.3%増に大幅に上回つている。
農家世帯の所得は43年度前年度比6.4%増と41年度,42年度の伸びをかなり下回つた。これは農業所得が,生産の伸びや,農産物価格上昇の鈍化を主な原因とし,前年度比2.7%増と停滞的であつたことと,農外所得の伸びも前年にくらべれば低くなつているためである。しかし,これらには前年度の伸びが異常ともいえる程高かつたことや,調査集計方法の変更があつたことを考慮する必要があることは「農業」の項でみた通りであり,農家所得は農外所得の順調な増加に支えられてなお高水準にあるものとみられる。42年度に勤労者世帯(全国)の実収入を上回つた農家所得は,43年度においても一世帯当たり1,095千円と,勤労者世帯実収入の1,068千円を上回る水準を維持した(農業の項参照のこと)。
前述のような高水準の所得に支えられて,43年度の家計消費は,堅調な伸びを示した。
家計調査の全国全世帯(非農家)の消費支出(人員日数調整値)は,43年度には前年度比名目で13.0%増,実質では7.8%増と大きくその伸びを高めた。実質でもこのような伸びを示したのは,昭和30年代以降はじめてのことである。四半期別の推移を対前年同月比でみると,42年末に一時伸びが鈍化したが43年に入つて期を追うごとに増勢が高まり,10~12月期には前年の伸びが低くかつたこともあつて前年同期比15.5%増と高い伸びをみせた。44年に入つても1~3月12.8%増とその増勢は大きい( 第11-3表 )。
費目別には食料費が前年度の伸びを下回つたほかは,いずれの費目も前年度を上回る伸びとなつている。食料費の伸びの低下は,生鮮食料品の価格が年度後半に落着いていたためで,実質の伸びでは前年を上回つている。とくに43年度には住居費が家具什器費支出の28%増という大幅な上昇によつて,前年度比25.6%増と大きく伸びを高めたこと,また被服費も12.9%増と42年度の伸びを5.0ポイント上回つたことが目立つほか,雑費も14.4%増と伸びを高めている 第11-4表 ・ 第11-5図 )。
農家世帯については農村消費水準(農林省)によると,43年度の農家の消費支出は前年度比11.9%増であつた。前年度より伸びは低くなつてはいるが,43年度より調査集計方法に一部変更がなされていることを考慮すると,かなり高水準の伸びを維持したといえよう。費目別には,魚介・肉・卵乳類・住居費および小づかい等の雑費の伸びが高かつた(農業の項参照のこと)。
消費の水準が向上するにつれ,その内容がより多様化し高級化して,基礎的な支出からより選択的な支出へと重点が移つていくのは当然の動きである。43年度の家計消費は,こうした動きが,かなり顕著に目立つたことをその特徴としてあげることができる。先にみたように43年度の非農家世帯の消費支出では,家具什器費・被服費・雑費の支出増加が目立っている。またこれらの費目の内容をみると,被服費では和服への支出が前年度比21.3%増と高い伸びを示し,またカジュアル・ウェア的なセーター類,あるいは服飾品への支出の伸びも大きい。雑費では保健医療費,たばこが値上がりの影響でそれぞれ16.9%増,22.9%増と伸びが高かつたが,雑費のなかでは金額がもつとも大くき,かつより選択的な支出項目である教養娯楽費・交際費の伸びもそれぞれ前年度比15.5%,14.3%と高い伸びを示している。食料費でも肉類が10.3%増,飲料が10.7%増,外食が18.0%増など高級化・多様化の方向にある費目の支出増加が大きいことが目立つている。
しかし43年度の家計消費支出の動きのなかで最も顕著なのは家具什器支出の大幅な増大であろう。家計調査(品目分類)によつてその内容をみると,43年度はほとんどすべての品目で高い支出の伸びをみせている( 第11-6表 )。これは,これまですでに普及を終つた耐久消費財についても,買替え,買増し需要がコンスタントにあるうえに,その際例えば全自動式の洗濯機や,冷凍庫付冷蔵庫へ移るなど高級化への動きが進んでいること,また最近の住宅建設の盛り上りによつて,家具・インテリア類への支出が増大していることを反映している。それとともに,自動車・カラーテレビなど新しい耐久消費財が本格的な普及の段階に入つたことが,家具什器支出を高めている大きな要因である。当庁消費者動向予測調査によつてみても,44年2月末のカラー・テレビの普及率は13.9%で43年2月の2.57倍,また乗用車の普及率は17.3%で同じく1.32倍となつており,とくにカラー・テレビの普及の伸びが大きい。
なお乗用車の普及状況をみると,自家用乗用車(軽四輪を含まず)はこのところ年々35%ずつ保有台数が伸びているが,とくに個人所有,なかでも勤労者所有の伸びがいちじるしい。また新車の販売先をみても個人むけ,勤労者むけの販売台数の増加率が大きい( 第11-7表 )。地域別の普及状況をみると 第11-8(1)(2)図 でみるように,東京,大阪などの大都市圏の普及状況は,その所得水準にくらべてむしろ低くその周辺部や近郊農村圏での普及状況が相対的には高位である。普及の伸び(人口1,000人当たりの保有台数の増加数)もこれらの地域で高かつたほか,所得水準による格差はあまり認められず,大都市圏での乗用車の普及の伸びはむしろ頭打ちの形となつている。こうした動きは一つには道路事情などの影響があると考えられるが,同時に自動車を利用しうる層が,地域的にも階層的にも国民全体に拡大しつつあることを示すものでもあろう。
独身者の消費支出の伸びも消費拡大の大きな要因の一つである。43年9月の当庁独身勤労者消費動向調査によると,独身勤労者の消費支出は月当たり27,360円で,前年同月比16.6%の高い伸びを示している。特徴としては耐久消費財購入(54.9%増),被服費(16.3%増),雑費(22.0%増)などが高い伸びを示しているに対し,基礎的支出(家へ渡した金額,寮費,賄料,下宿代,飲食代および光熱費)の伸びは10.3%増にとどまり,この結果基礎的支出の消費支出に対する割合は45.4%へ2.6ポイント低下したことがあげられる。男女別には,教養娯楽費を中心とした雑費が,男女ともに高い伸びを示しており,また耐久消費財購入については男子の,被服については女子の伸びが高い( 第11-9表 )。
消費支出の堅調な伸びがみられたなかで,43年には所得階層間,都市階級間などで消費支出の平準化がすすんだ。
先にみたように,家計調査によれば43年には勤労者世帯で低所得層ほど所得の伸びが高く,所得面の平準化がすすんだが,これにともない消費支出も低所得層ほど高い伸びをみせて平準化が進行している。これまで30年代の後半以降所得階層間の消費支出の格差は縮小の動きをみせていたが,40年代に入つてからは41・42年とその動きは停滞していた。それが再び格差の縮小へと向つたわけである。( 第11-10表 )。43年の家計消費上昇の背景に,こうした30年代後半と同様の動きが現われていることは注目してよい現象とみられる。経済の持続的拡大が3年をこえ,ようやく消費が国民の全階層にわたつて本格的に上昇しはじめたことを示すものと考えられるからである。
また都市の規模間でも43年度は人口5万未満の都市や町村での消費支出の伸びが大きく,都市階級間の消費支出の格差も縮小している( 第11-11表 )。
農家世帯については,42年度に世帯員1人当たりの消費支出額が,勤労者世帯のそれに対して93.1%(非農家全世帯に対しては98.7%)まで縮小した後,43年度には92.0%(全世帯に対しては97.4%)へと若干拡大した。しかし消費支出には世帯員数と関係のない固定的な部分のあることを考えれば世帯員数の多い農家と,世帯員数の少ない非農家あるいは勤労者世帯との実質的な格差はほとんど存在しないとみることもできよう。費目別には内容が異なるので直接的な比較はできないが,43年度には自動車購入費が含まれない農家の家財家具費は年度計で6.9万円であるのに対し,自動車購入費を含めた家計調査全国全世帯の家具什器費は5.3万円で,耐久消費財購入では農家がまさつているとみられる。
家計調査による勤労者世帯の消費性向は,昭和39年度以降,わずかながら低下を続けていたが,43年度は消費支出の伸びが可処分所得の伸びを上回つたため,若干(0.6ポイント)上昇した。このため家計の黒字額の伸びも前年度比7.1%増と42年度の19.6%増を大きく下回つた。43年度の消費性向の上昇は,もともと消費性向の高い低所得層で所得と消費の伸びが高かつたためであると考えられ,消費意欲に変化があつたとは思われない。消費性向の動きを所得階層別にみると,42年にくらべて43年は第4分位で0.4ポイント上昇しているほかは,低下ないし横ばいとなつている( 第11-12表 )。
黒字の内容をみると,預貯金や有価証券など金融資産の純増は前年度比7.3%増で,42年度の22.3%を大きく下回つた。これは預貯金純増が6.3%増と低まつたこと,また有価証券(株・債権)の純増が31.3%の減少をみたためである。一方,土地・家屋等の財産純増は,前年度比41年度23.9%増,42年度22.4%増のあと43年度は62.4%増と大幅な伸びをみせた。この結果金融資産の純増と貯蓄の純増等をあわせた貯蓄純増は前年度比13.2%増と,32年度の伸びを下回つてはいるが,40年度・41年度の伸びを上回る順調な増加を続け,貯蓄率(貯蓄額/可処分所得)も,42年度の14.3%から43年度は14.6%へと上昇した( 第11-12表 ・ 第11-13表 )。
第11-14表 全国勤労者家計実収入以外の収入および実支出以外の支出推移
消極的な意味での家計の黒字である負債(月賦借入金)の純返済は前年度比23.0%の減少となつた( 第11-13表 )。これは借入金や月賦購入掛買の伸びが大きかつたためである( 第11-14表 )。43年度の借入金・月賦購入・掛買の合計額の消費支出に対する割合は9.2%で41年度の7.2%,42年度の6.8%を大きく上回つた。こうした動きは最近の耐久消費財や注宅土地などの購入に対する消費者信用の増大を反映するものとみられる。消費者信用についてその全貌をうかがいうる資料はないが,全国銀行における消費者信用(割賦返済方式)の供与状況をみると,新規貸出および融資残高ともこのところ大きな伸びをみせている。43年では消費財・サービス購入に対する消費者信用供与の伸びが大きい( 第11-15表 )。また全国銀行の割賦販売業者向けの運転資金貸出残高も43年末には41年末の1.8倍となつている。今後こうした消費者信用の増大が,個人消費にどのような影響をおよぼすかを充分注目する必要があろう。
上述のような家計における消費支出の向上により,昭和43年(暦年)の国民所得勘定における個人消費支出(速報値)は前年比15.1%増(実質9.4%増)と,41年の13.4%増,42年の13.8%増をかなり上回る伸びを示した。30年代後半以降個人消費は総需要を年々7~8%引上げ安定的に経済を拡大させる働きをしてきているが,43年も個人も消費はこれまでの傾向と変らず総需要を7.4%引上げる働らきをした(本論第2部参照のこと)。
景気の谷(40年10~12月)から43年10~12月までの3年間をとると,個人消費は総需要を年率8.0%(実質5.1%)引上げている。また総需要増加分に占める個人消費増加分の割合(増加寄与率)は37.6%となつている。岩戸景気当時について同じく3年間をみれば,個人消費支出増による総需要の増加率は7.0%(実質5.2%),増加寄与率は33.5%であり,今回の景気上昇において消費の経済拡大に果たした役割は,岩戸景気時とほぼ同じであつたといえよう。消費が経済の拡大を支える上で最も大きな役割を果たしたのは,上昇期間は異なるが,37年10~12月から,39年10~12月の2年間の景気上昇期であつた( 第11-16表 )。
岩戸景気以降について景気変動と個人消費の関係を 第11-17図 によつてみよう。個人消費全体としては景気の下降期にやや増勢の鈍化がみとめられるなど景気変動に対して個人消費は無関係とは考えられない。しかし個人消費の変動については,より長い中期的な変動要因の方が優先しているようである。景気変動の影響を受けやすいと思われる費目毎に,その動きをみると,雑費・被服費などについては,景気変動との関係はそれほど明瞭ではなく,景気下降期の方がその後上昇期よりも平均的な増勢が強い場合がみとめられる。他方住居費については,耐久消費財支出の変動によつて,きわめて明瞭に景気後退期に,かなりするどく増勢が鈍化する動きが,今回(43年5月)の国民所得統計の改訂によつてあらわれてきている。
第11-17図 個人消費支出増勢の推移(季節修正値の3期移動平均値の前期比)
耐久消費財支出(住居費中のその他)による家計消費支出の増加率を昭和34年以降についてみると,景気のピークでは36年,1.7%,39年2.3%,景気の谷間では37年0.7%,40年0.3%となつており,また43年には2.0%である。その変動の幅は最大値と最低値の間で2.0ポイントであり,家具什器支出のウェイトが低いため,他の費目の変動に相殺され,これが家計消費ないし個人消費を大きく変動させるまでには至つていない( 第11-18表 )。しかし今後耐久消費財への支出が増大し,その個人消費支出に対する割合が高まるにつれ,景気変動と消費との関係はこれまでとはやや異なつたものとなることも考えられる。