昭和44年
年次経済報告
豊かさへの挑戦
昭和44年7月15日
経済企画庁
昭和43年度の企業収益はひきつづき好調に推移した。しかし,ひきつづき好調とはいつても,その前半と後半ではかなり様相が異なつていた。すなわち43年度上期については金融引締めの影響もあつて,製造業の純利益(税引前,日銀調べ)は鉄鋼,紙パルプ,化学などの市況産業の大幅減益によつて,対前期比1.0%増にとどまつた。ところが43年度下期は増収率,増益率とも上期を上回り(44年3月期の東証第1部上場会社の決算では9%の増収,11%の増益,但し税引後)昭和33年度下期から36年度下期までのいわゆる岩戸景気と並び,戦後最長の7期連続増収増益を達成した。このような好収益の背景としてつぎの3点を指摘することができる。すなわち①鉄鋼,紙パルプ,非鉄などの市況産業の販売価格が下期にかなり回復をみせたこと,②個人消費,設備投資などの国内最終需要が好調を持続していること(重電,機械,弱電,医薬品など)③輸出が海外景気の拡大を反映して大幅にのびたこと(鉄鋼,合繊,電機など)以上3点である。業種別の増益率を岩戸景気時と今回について対比した 第3-1表 によると,43年度上期にはいつせいに減益となつた市況産業が再び増益に転じたことは,岩戸景気のときの同じ7期目である36年度下期の市況産業の減益と比較して,きわめて対照的であり,ある意味では今回の好況持続がかなり息の長いものであることを示しているとも考えられる。このことは,これまで景気上昇の初期段階に増益の主役をなしてきた鉄鋼業が,今回7期目にまた25%と他産業を上回る大幅な寄与を示したことからも伺がえる( 第3-2表 )。第3-3図 は製造業の売上高利益率規定要因である販売価格と各コストの動向をみたものである。販売価格が岩戸景気も今回も上昇して,利益率上昇要因となつたことに変わりはないが,原材料その他コストの上昇が今回は価格効果を相殺している。それに対し岩戸景気には原材料費の大幅低下もあつて原材料その他コストは今回ほどの収益圧迫要因となつていない点が特徴的といえよう。しかし,それにもまして,相違している点は,岩戸景気時と今回で,資本コストと賃金コストの売上高利益率の上昇に果した役割が逆転していることである。すなわち資本コストは岩戸景気時には,巨額の設備投資が相ついで行なわれたこと,その末期に需給バランスの悪化から設備効率(生産量/有形固定資産)が急激におちこんだこと(減価償却費の上昇)設備資金の大半が借入金であり,その金利も今回のような低下を見せなかつたこと(金融費用の上昇)から収益圧迫要因として働いたのである(本報告 第17 , 18図 )。ところが今回は製品単位当り借入金残高は低下し,金利も39~40年をピークにすう勢的に低下したことが金融費用の低下をもたらし,一方減価償却費も資本ストック調整の進展を背景に設備効率が大幅に上昇したため,利益率向上に寄与した。これに対して,今回における賃金コストは,岩戸景気時のように売上高利益率の向上には寄与しなかつた。それは賃金コストを規定する1人当たり名目賃金が近時増勢を一段と強めているためである( 第3-4図 )。すなわち岩戸景気時(33年度上期~36年度下期)には年率8.6%にすぎなかつた上昇率が今回(40年上期~43年度下期)は年率12.6%となり,その上昇率は労働需給ひつ迫による求人倍率の急上昇とも相まつて今後も増大していくものと思われる。このような賃金コストの上昇は製造原価に占める外注加工費の上昇にもあらわれている( 第3-5図 )。外注加工費の上昇を労働力不足と直接結びつけることはできないとしても,企業が近年の人件費圧迫から企業内の常用雇用者よりも相対的に安い外部労働力に依存し,その結果外注依存度が高まるという面もないではない。そしてこのような外部労働力の導入は労働生産性の上昇を実勢以上にもたらしている点は否定できない。ただ,その点は統計的に把握が困難なので,単純に岩戸景気時と今回の労働生産性推移を比較したのが 第3-6図 である。これによれば,今回の労働生産性の上昇は,岩戸景気時をわずかながらも上回っている点が注目される。労働生産性は労働装備率と資本生産性の積であるが,岩戸景気時には労働装備率ののびが設備投資の隆盛を反映して,今回を上回つているのに対し,資本生産性は今回の方が改善幅が大きい。つまり今回の労働生産性の上昇は稼動率の上昇などにより資本生産性が大幅に改善していることによるものである。
以上のように今回の売上高利益率の上昇は主として資本コストの低下によつてもたらされた面が大きかつたわけである。
それでは現在の企業収益力の水準はどうであろうか。 第3-7図 は使用総資本収益率などの推移をみたものであるが,今回のピークは岩戸景気時のピークには及ばないとしても,その末期であつた36年度下期に近いのである。それでは業種別の総資本収益率をみてみよう。 第3-8図 は市況産業,受注産業,消費関連産業の9業種についてみたものである。これによれば,市況産業は景気調整局面では需要の減退を背景に,市況の軟化による販売価格の下落によつて収益率はかなりはげしい低下をみせている。つづいて設備調整によつて設備投資が鈍化傾向を示し,機械などの受注産業の収益率が悪化するというパターンを示している。また概していえば,収益率の低い業種ほど総資本収益率も激しく変動し,企業経営面で不安定性があるという関係がみられる( 第3-9図 )。
また個別業種についてみると,鉄鋼,紙パルプ,綿紡,造船などはすう勢的に収益力が低下し,自動車も36年度上期をピークとして低下傾向が目立つている。ただ弱電だけが岩戸景気時の水準にほぼ匹敵し,重電,機械,精密機械なども回復がいちじるしい。
さて製造業全体の総資本収益率はさきにみたように,40年度上期を底にいちじるしく上昇したのであるが,それには売上高純利益率の上昇もさることながら,総資本回転率の改善による寄与が大きい(岩戸景気時9%,今回34%)。そこで総資本を構成する有形固定資産,現預金,売上債権,棚卸資産についてその動向をみると( 第3-10図 )有形固定資産回転率は資本コストのところで指摘したように,設備効率の改善でかなり上昇し,岩戸景気時の水準を上回つており,総資本回転率上昇の主因をなしている。売上債権回転率は,岩戸景気の末期には過大な設備投資による供給力の増大から無理な押し込み販売を行なつた結果,企業間信用が膨張してかなり低下したが,今回は需給バランスの堅調な推移から企業間信用はほとんど横ばいとなつている。(もつとも水準としては岩戸景気時より低い)。現預金回転率も40年度下期を底にかなりの改善をみせた。現預金回転率は企業の手元流動性(売上高に対する現預金の割合)の逆数であり,今回は40年度下期が異常に高い水準であつたため(すなわち当時は金融緩和期で,設備投資需要が弱かつたにもかかわらず,金融機関は積極的な貸出し態度をとつたため,企業は借入金を現預金の形で保有することができた),その後の資金需要に対して手元流動性のとりくずしで対処することができ,そのため現預金回転率は向上し,しかも企業金融にそれほどひつ迫感がなかつたのである。また棚卸資産回転率は企業規模が拡大するにつれ,各種在庫品の保有の必要性は相対的に減少すること,また在庫管理技術も電算機の導入などによつて一段と向上したことなど,すう勢的に上昇傾向にある。ただ先行き稼動率の頭打ち傾向などから,総資本回転率が上昇する余地は乏しくなりつつある。
このような企業収益の好調によつて,企業体質がどのように改善されたかを次にみよう( 第3-11図 )。
企業の内部蓄積の方法には利益からの社内留保のほかに,利益計上前に蓄積性引当金や準備金を積増しする社内留保もある。このような社内留保の水準は今や岩戸景気時に匹敵する高さとなつている。今回の社内留保の充実は,好収益の持続で増復配による利益の社外流出はあつたが,それ以上に資本金利益率の向上(これには資本金増加が従来に比し,少なかつたことも影響している)があつたため,配当性向が従来にない改善を示し,決算態度に一段と慎重さが加わつたことによるものである。また39年度上期の税制改正によつて償却が促進され,その結果純粗比率(償却対象資産に占める未償却資産の比率)が低下したため,企業の内部留保は償却よりむしろ各種引当金,準備金の積増しに向けられていることにもよる。ただ内部留保率は42年度下期をピークに下がりはじめており,今後内部留保を行なう余裕はこれまでに比べ少なくなりつつあるが,それでもその水準の高さは評価されなければならない。
以上のように好調を持続してきた企業収益は,今後どのような方向をたどるのだろうか。
これまでの経験からすれば,好況の初期の段階では,不況過程での遊休設備の稼動率を引上げることによつて生産が拡大されるため,コスト面の負担をともなわずに売上高を増やすことができるので,売上の伸びよりも利益の伸びの方が相対的に高くなる。すなわち増益率が増収率を上回ることになり,売上高利益率が上昇に転ずるわけだ( 第3-13図 )。しかし,景気が成熟段階に入ると,売上高利益率は低下傾向を示す。それはいうまでもなく,増収率にくらべて増益率の伸びが鈍るからである。岩戸景気時には増益4期目をピークにその後売上高利益率は急激に低下している。今回の場合には増益5期目の42年度下期まで売上高利益率は上昇を示し,43年度上期に一たん低下したが下期には再び上昇した。
このようなパターンがえがかれる背景には資本コストの動きがある。すなわち景気の成熟段階では,それまでの設備投資の盛行から減価償却費が増大すること,また自己金融力の低下,借入依存度の上昇から金融費用が増加傾向を示すからである。今回の場合にも基調的にはこうしたパターンがみられるが,資本コストの増勢は,従来にくらべればきわめて軽微である。これは本報告 第122図 で指摘したとおり売上高投資比率が従来にくらべ低い水準にあることも影響している。したがつて今回の場合には,すでにみたように売上高利益率の水準はそれほどの落ちこみをみせずに推移しているのである。
こうした背景には企業の収益動向に対する慎重な配慮があり,それが今回の収益好調持続をもたらす要因ともなつている。したがつて今後の企業収益の問題点は,労働力不足を背景とした名目賃金の上昇からくる賃金コストの圧迫を企業がどのように吸収していくかにかかつている。そのためには設備投資の実施にあたつても,技術進歩を伴つた産出効果の高いものを選ぶと同時に,コスト面での圧迫をさけるような効率的な企業行動がとられなければならない。
40年代に入つてからの企業をとりまく環境は30年代よりもきびしいものになつている。30年代に高収益をあげえた成長産業がもはや成熟段階に達していることやコスト面での圧迫要因が大きくなつていること,さらには国際化の一層の進展,はげしい企業間競争などがそれである。岩戸景気と今回では,同じような好況局面にありながら企業収益率の水準は,今回の方が低いことにもあらわれている。
こうした企業をとりまく環境変化に対して,企業はあらゆる面で積極的な対応を示している。経営の計画化,経営組織の改革など,経営の効率化をはかる動きもさかんになつてきている。それと同時に,新製品の開発研究の必要性は今後ますます増大しつつある。こうした動きに対応して,成長の高い産業では技術開発も盛んである( 第3-14図 )。また,企業の意志決定や計画作成に技術者集団が参加する機会も高まつている。たとえば大企業の重役のうちでも高成長産業に技術系出身重役の割合が高いというのもその卑近な例かもしれない( 第3-15表 )。こうした動向は,企業の意志決定に企業のもつ総合的な力を結集し,企業行動を確実なものにしていこうとするあらわれでもあろう。
一方,企業成長を積極的に進めていくには新たな市場を開拓する必要がある。企業は近年国内市場のみならず海外市場開拓にも意欲をもやしはじめており,40年代に入つてからの輸出比率の上昇はそれをうらづけている。輸出比率が上昇した背景には,30年代から今日までの旺盛な設備投資の結果,商品の国際競争力が強化されてきたことによる面が大きいが,企業内部にも輸出を増大させなければならない要因があつたことも否定できない。それは設備規模の拡大や人件費の上昇などから固定費が増大傾向にあり,損益分岐点売上高比率が高まつていることである。したがつて,操業度を引き下げる余地は岩戸景気時よりも相対的に少なくなつている( 第3-16図 )。こうした両方の要因が重なりあつて輸出比率の上昇がもたらされ,売上高の増大がつづいているわけである。輸出比率の上昇は,企業が世界的視野に立つて行動し,成長していく面でこれを積極的に評価しなければならないが,海外環境の影響もそれだけ多く受けることになる点も留意する必要があろう。
また,企業が発展すれば,ますますその社会的責任も増大し,危険負担の度合も大きくなるが,その一例が公害問題である。 第3-17表 は一部の業種における公害関係コストをみたものであるが,最近の公害問題の深刻化は,企業収益に対して新たな負担となる恐れもないではない。
このように,最近においては企業が積極的に行動しようとすればするほど,将来に対する不確実性が増大する可能性がある点も見逃すことができない。40年代に入つてからの企業をとりまく環境がきびしくなつている点と併せて,これらの変化にいかに対応していくかが企業の成長にとつて重要課題となつている。それだけに,今後の企業経営には慎重かつ効率的な行動が一層強く要請されよう。