昭和43年
年次経済報告
国際化のなかの日本経済
昭和43年7月23日
経済企画庁
昭和42年度の日本経済は,42年9月以来,調整の過程に入つた。こうした状況のなかで,家計の所得と消費が,どのような推移をたどつたかを,景気動向との関連を中心として,以下,順にみてゆくこととしたい。
昭和42年度の,勤労者世帯の所得の伸びは,かなり大きかつた。家計調査(総理府統計局)による全国勤労者世帯の所得は,前年度対比で,実収入11.2%,可処分所得11.6%の増加であつた。
これは,40年度,41年度の実収入・可処分所得の伸びを上回り,39年度にほぼひつてきする上昇であつた。
また,消費者物価の上昇を除いた,実質所得の面でみても,伸びは大きかつた。42年度の消費者物価の上昇が4.2%と,ここ数年来では,もつとも小さかつたこともあつて,実収入(実質)6.7%増,可処分所得(実質)7.1%増と,40年度,41年度にくらべ,いちじるしい伸びとなつた( 第11-1表 )。
好調な実収入の伸びが,どのようにしてもたらされたかを,収入の区分によつてみると,勤め先収入(世帯主,妻その他の世帯員)の増加が大きく,一方,事業・内職収入やその他の実収入は,伸びが低下していることがわかる( 第11-2表 )。勤め先収入の増加が大きいことからもみられるように,42年度の実収入の伸びは,賃金のいちじるしい上昇に裏づけられたものであつた。
毎月勤労統計調査(労働省,事業所規模30人以上)による,常用雇用者の賃金(現金給与総額,調査産業計)は,前年度比12.7%増と,昭和28年度以降最高の伸びを示した(製造業は14.0%増と,28年度の伸びをも上回つた。 第11-3表 )。
これは,42年春闘の賃上げ額が,金額としてはこれまでの最高であり,また上昇率としても39年春闘につぐ高率であつたこと,夏冬の賞与が,企業経営の好調を反映して,いちじるしく伸びたこと,また,生産の拡大と労働需給のひつぱくにより,大企業を中心として,所定外労働時間の増加がつづいたこと,などによるものと考えられる。賞与と時間外給与の増加が,勤労者世帯の所得の伸びを支えたことは,家計調査において,臨時収入の伸びがいちじるしく高かつたこと,からもうかがわれよう。所定外労働時間は,景気調整措置実施後においても,なお増加がつづいており,賃金の増勢もおとろえをみせず,家計調査からみても,勤労者世帯の収入は,年度末まで,堅調な増勢をつづけた。
なお,勤労者以外の個人業主についても,42年(暦年)の所得の伸びは大きかつた。
国民所得統計(速報)によれば,個人業主所得の伸びは,前年対比17.4%増(農林水産業18.9%,その他16.2%増)であつた。これは,昭和28年以来のもつとも高い増加率である。
42年度の家計消費は,着実な伸びをみせた。家計調査による全国全世帯の消費支出は,前年度対比8.7%増と,40年度の9.0%増にはおよばなかつたものの,41年度の8.5%増を上回る堅調な増勢を示した。年度内の動きとしては,10~12月に一たん増勢の鈍化がみられたが年を越してふたたび増勢は旧に復し,年度を通じてみれば,堅調な増勢となつた。勤労者世帯(全国)のみをとつてみれば,消費支出は9.9%増となつて,40年度(8.2%増),41年度(8.7%増)を上回る伸びとなる。
家計消費は,消費者物価の上昇を除いた実質でみても,着実に上昇した。全国全世帯の消費は,42年度において,実質4.7%増(世帯人員数4人換算値)となり,勤労者世帯においても,実質消費は5.5%の増加をみた。実質消費の伸びは,全世帯,勤労者世帯ともに,40年度,41年度の伸びを上回り,好調に推移した( 第11-4表 )。
このような家計消費の着実な伸びや,農家消費の増大などから,昭和42年(暦年)の国民所得勘定における個人消費支出(速報値)は,前年対比13.6%増(実質9.2%増)となり,40年の13.2%増,41年の13.0%増をやや上回る伸びとなつた。
これまでのところ,個人消費支出は,民間企業設備や在庫投資などとくらべ,その伸びが相対的に安定しており,変動の幅が小さく,総需要を安定的に増加させる役割をはたしてきた。
第11-5表 昭和28年以降の個人消費支出,民間企業設備の変動
第11-5表 は,個人消費支出の前期比の変動を,分位数によつて,民間企業設備のそれと対比したものである。この表からみられるように,個人消費支出の変動幅は,きわめて小さく安定的である。
また,総需要と個人消費支出の関係をみると, 第11-6表 のように,昭和35年以降,個人消費支出は,年によつて若干の変動はあるが,総需要を名目で7%前後,実質で3~5%,恒常的に増加させており,経済拡大の安定的要素として働いている。
第11-7表 景気の谷から景気調整期までの総需要と個人消費支出の関係
昭和42年において,総需要は対前年比19.0%増と大きく伸びたが,このうち,個人消費支出の増加にもとづくものは6.7%であり,これまでと大差なく,増加寄与率では35.5%とむしろ低かつた。したがつて,42年において,個人消費支出の増加が,総需要拡大のけん引力になつたとはいえず,消費行過ぎ論も,量的側面からみるかぎり,当をえたものとはいえないであろう。
景気の谷から,景気調整措置実施期までの期間について,同様の検討を行ない,今回とこれまでの局面を比較しても,個人消費支出の増加が,総需要拡大に与えた影響は,前回がもつとも大きく,この点からも,今回の景気上昇において,個人消費支出の増加が,とくに大きな役目をはたした,ということはできない( 第11-7表 )。
なお,個人消費支出増加の経済全体に対する影響をみるためには,最終需要である総需要との関係をみるのみでは,きわめて不十分であり,中間需要を含めた経済の全取引について,その関係をみなければならない。
しかし,この問題については,資料の制約があり,十分な検討は望めない。ただ,産業連関表(30年表,35年表)により,個人消費支出の生産誘発係数を試算すれば,昭和30年,35年,42年の生産誘発係数は,1.876,1.870,1.842とほとんど変つていないことがわかる(42年は,「経済社会発展計画」において推計したものにつき,最終需要を実績ベースにおきかえて計算した)。このことからみて,個人消費支出の経済拡大に対する影響は,傾向として,総需要に対する影響と,ほぼ変らないのではないかと類推される。
家計調査による全国全世帯(農家等を除く)の消費支出は,42年度に入り,前年同期比でみて,第1四半期9.6%増,第2四半期9.6%増と,堅調は増加を続けた。
9月の景気調整措置後,10月6,7%増,11月6.5%増,12月6.4%増と,増勢鈍化の傾向があらわれ,第3四半期の前年同期比は6.5%増にとどまつた。しかし,43年に入ると,1月7.6%増,2月12.2%増,3月9.1%増と,増勢は旧に復し,第四半期の前年同期比は9.6%増と,第1・2第四半期とまつたく同様な増加率を示した( 第11-8表 )。
第3四半期に増加率の鈍化があつたため,42年度下期の消費支出は,前年同期比7.9%増と上期の9.6%増をかなり下まわつた。このかぎりでは,景気調整措置により,消費支出に鈍化傾向があらわれた,といえなくはない。
しかし,前年同期比による増加率の比較には,幾つか問題が残されている。第一は,家計調査における世帯人員数の変動である。世帯人員数が異なれば,世帯当りとして示される消費支出金額は,その結果として当然変動し,前年同期との正確な対比を困難なものとする。第二は,前年同期比は,前年における水準や変動パターンに強く影響され,その年の動向を,必らずしも正しく反映しない,という欠点である。これらの欠点を除かないかぎり,消費支出の動向を正確にみることはできない。
第一の点は,各月の消費支出金額を,世帯人員数4人,日数30.4日の消費支出金額に換算することによりさけられよう。第二の点に関しては,この換算された消費支出金額を季節修正し,季節修正値(名目消費水準)の前期比としてみることにより,欠点を除くことができる。
42年度の全国全世帯の名目消費水準は,前期比で第1四半期1.5%増,第2四半期2.7%増と推移したのち,第3四半期には0.7%増と,増勢の鈍化をみせたが,第4四半期に入ると,3.0%増と,第3四半期の増勢鈍化をおぎなう大幅な増加となつた。この結果,42年度の名目消費水準の伸びは,上期4.1%増,下期4.0%増と,景気調整措置の前後において,ほぼ変りのない増勢となつた。家計消費支出は,景気調整措置により,とくに影響を受けることはなかつたといえよう。
第3四半期に,増勢の鈍化があらわれたことは,注目されており,この点について,ややくわしく検討したい。
第3四半期の増勢鈍化は,ひとつには,9月の消費支出の大幅な増加が影響しているのではないかと思われる。 第11-8表 により,全国全世帯の名目消費水準の動きをみると,42年度おいて,名目消費水準の前月比が大きいのは,5月の2.1%,9月の2,2%,43年1月の2.0%である。このうち,5月は,4月がマイナスであつたことが関係しており,それほど大幅な増加とは考えられない。9月は8月の1.0%増の後の2.0%増であり,9月の支出は,かなり大きかつたと考えられる。 第11-1図 は,各月の消費支出金額を,4人・30.4日に換算した調整支出金額の推移を示したものである。この図からも,9月の支出がきわだつて大きいことを,容易によみとることができよう。
家計において,大幅な支出増を行なえば,その後2~3ヵ月,家計をひきしめることは,常識的にきわめてうなづけることである。9月を含む第2・4四半期の伸びは大きく,そのため,10月の前月比1.7%減,11月の0.4%増という,現象が生じたのではなかろうか。
第3四半期の増勢鈍化の,もう一つの大きな原因は,一般世帯の増勢鈍化である。全国全世帯を,勤労者世帯と一般世帯(商人,職人,個人,法人経営者,自由業者,無職)などに分けて,消費支出の推移をみると,勤労者世帯では,第3四半期において,前年同月比10月8.5%増,11月9.2%増,12月8.7%増と,それほどの増勢鈍化はみとめられないが,一般世帯では,10月3.9%増,11月2.2%増,12月2.3%増と,極端に伸びが低下している( 第11-9表 , 第11-2図 )。家計調査において,一般世帯の全世帯に対する構成比は,月により若干の変動はあるが,37~38%程度となつているので,一般世帯の増勢鈍化は,全世帯にかなり強く影響する。
第3四半期における,全国一般世帯の増勢鈍化を,費目別にみると,10月では,食料費(前年同月比1.6%増)の伸びが小さく,11月では,住居費と雑費が前年同月に対しマイナス(7.8%減,2.3%減)となつてあらわれ,12月では,食料費を除く各費目が,マイナス(被服費1.3%減,雑費0.5%減)あるいは小幅の増加(住居費1.3%増,光熱費1.6%増)となつている( 第11-10表 )。
42年度においては,家計消費支出は,景気調整措置による影響を,特に受けることはなかつた。過去の調整過程では,どのような動きが,家計消費の上にあらわれたであろうか。
昭和28年以降における,個人消費支出(国民所得統計)の動きを長期的にみると,きわめて安定的であり,実数あるいはグラフの上から,景気調整措置による影響を,よみとることは難しい。そのため,個人消費支出の四半期データ(季節修正値)および家計調査の人口5万以上都市全世帯消費支出(人員・日数調整,季節修正値,以下,都市名目消費水準という)について,景気調整措置実施時点の前後6ヵ月をとり,その前期比によつて,増勢の変化をみることとする( 第11-11表 )。
第11-11表 に示されるように景気調整措置後の6ヵ月の増勢が,むしろ前6ヵ月の増勢を上回る局面(32年3月,36年7月)と,下回る局面(28年10月,42年9月)とがあいなかばしており(39年3月は,個人消費支出と都市名目消費水準の傾向が,逆になつており,どちらとも判定しがたい),景気調整措置実施後6ヵ月程度の期間では,景気調整策の浸透によつて,消費支出の増勢が鈍化する,とはいえない。
期間を6ヵ月から1年に延長し,また,景気調整措置実施時点から6ヵ月をおいた,7ヵ月から12ヵ月の6ヵ月間をとり,個人消費支出について,同様の検討をおこなつても,結果は一様ではなく,景気調整措置によつて,消費支出の増勢が鈍化するとは,やはりいいきれない( 第11-12表 )。
第11-12表 景気調整措置後の1ヶ年および7~12ヶ月の個人消費支出の動向
さきに,景気上昇期における,個人消費支出の動きをみたが,このように,景気調整措置後においても,個人消費支出の動向が,まちまちであることを考えると,個人消費支出は,景気循環と,さほど関係なく推移するのではないかと思われる。
こころみに,昭和28年以降,42年までの,個人消費支出(60四半期),都市名目消費水準(180ヵ月),民間企業設備(60四半期)の前期比をとり,それが時系列的な動きを示すか否かについて,連(Run)の検定を行なつてみる。民間企業設備については,無作為性は棄却され,変動は時系列的規則性を有すると判定される。これに対し,個人消費支出,都市名目消費水準の前期比の変動は,無作為性を棄却できず,時系列というよりは,ランダムに変動していると判定される。
このようにみてくると,個人(家計)消費支出は,月々の変動はかなりランダムであるが,長期すう勢としてむしろ安定した伸びをつづけ,景気循環からはほとんど影響をうけない,と考えてよいのではなかろうか。
昭和42年の農家消費は,景気調整措置後においても上昇を示し,1戸当りで前年比15.6%増と,近年にない高い増加を示した(本報告 第14表 )。
消費水準でみても,前年比9%の上昇となるが,年間の動きを,1~6月,7~12月と分けてみると,上期は前年同期比5.6%増,下期は12.1%増と,むしろ下期の上昇率が高くなつている。
消費増のいちじるしかつたものは,家財家具類で,前年比は,実に28.5%の大幅増加であつた。
農家の消費増を支えた要因は,農家所得の増大と,農家の経済構造の変化である。農家所得は,米販売収入の増加を中心とする農業所得の増大(対前年度18.2%増)と,労賃俸給収入の増加を中心とする農外所得の増大から,対前年度18.3%増の大幅上昇となつた。このような農家所得の上昇は,ひとつには,農家の経済構造の変動によるものであるが,また,それは農家消費の増加をひきおこす大きな原因でもある。
農家の経済構造は,自給自足的な分野と貨幣的な分野とか,混合されて成立し,30年当時では,前者の比重はかなり多く残されていた。しかし,経済成長の過程で,農家の経済構造は,兼業進展,現金化比率の増加(たとえば,ガス・石油ストーブの普及増,木炭・薪からガス・石油へ)等の変化が,急速に進展した。
農家の経済循環が,売ることは買うことは買うことという,貨幣経済の中に強く組み込まれ,それは一方では都市との交流を高め,消費もより多く購入に依存することとなつたのである。この傾向は,農家の生活水準が低かつただけに,生活面にとくに強くあらわれ消費をより高める基盤となつたのである( 第11-13表 )。