昭和43年
年次経済報告
国際化のなかの日本経済
昭和43年7月23日
経済企画庁
昭和42年度は,企業の投資活動を中心に国内経済の拡大がつづくなかで国際収支が大幅な悪化をみたため,財政金融両面から景気調整措置がとられた年であつた。
金融政策面では,日銀が8月から都市銀行に対する資金ポジション指導を強化したのを皮切りに,9月早々公定歩合の1厘引上げを実施するとともに都市銀行等に対して貸出増加額規制をはじめた。その後貸出増加額規制は期を追つて強化され43年1月には公定歩合の1厘再引上げが実施された。
このため,すでに日銀券の増勢と財政収支の大幅揚超から自律的な引締まり傾向を示していた金融市場は,一層引締まりの度合を強め,コール・レートはしだいに上昇した。しかし,その上昇幅は従来の引締め時にくらべれば小さかつた。
こうした情勢から貸出増加額規制の対象金融機関の融資態度は抑制色を強めたが,そのなかで中小企業向け貸出は融資基盤拡大への含みもあつて,従来の調整期とは対照的に目立つた減少をみなかつた。他方規制対象外金融機関の貸出は引締め後も,根強い増勢をつづけた。
こうした金融機関の融資態度にくわえ,実体経済面が堅調に推移し,売上代金の回収が順調であつて,企業の自己金融力はひところにくらべればかなり落ち込んできたにもかかわらず,企業金融の引締まり感は従来の引締め期ほどにはみられなかつた。
こうしたなかで公社債市場はしだいに軟化の度合を深めていつた。資金ポジション指導が強化されたこともあつて都市銀行を中心とする大量の債券売却が行なわれたため,既発債市況は軟化の一途をたどり,新発債の消化状況も月を迫つて悪化した。こうしたこともあつて国債,政保債,事業債等の発行量圧縮が行なわれ,43年に入り各債券ともついに発行条件の改定をみることとなつた。
以下こうした点を中心に42年度の金融動向を回顧してみよう。
42年度の資金需給実績( 第8-2表 参照)によれば,年度間の資金不足額は7,790億円に達し,前年度6,701億円の資金不足を1,089億円上まわつた。
まず年度上期には,日銀券が景気の上昇による企業の現金決済需要の増大や個人消費のたかまりを反映して前年同期比460億円の発行増となつた。
また財政も粗税や郵便貯金受入れの好伸,4,5月に暫定予算が編成されたことに伴う支出の遅れなどから前年同期比2,000億円の揚場超増となつた。こうした事情から,資金不足額は4,506億円に達し,前年同期の資金不足額(1,585億円)を大幅に上まわつた。
年度下期に入つて,日銀券は消費がひきつづき堅調な伸びを示したこともあつて前年同期比523億円の発行増となつた。
第8-1図 によれば,42年度後半は景気調整期としては日銀券の増勢が強かつた点が特徴として指摘できるが,年度末近くになつて増勢もやや鈍化してきた。
一方財政は,食管が生産者米価の引上げと豊作による買入れ増から前年同期比2,101億円の大幅な散超増を示し,運用部の散超増,公共事業関係費の支出増加もあつて前年度下期とは様変わりに散超となつた。以上のような日銀券と財政資金対民間収支の動きから,42年度下期の資金不足は3,284億円となり,前年度下期の資金不足額(5,116億円)を1,832億円下まわつた。
このような金融市場の動きに対し,年度を通して日銀は市場の引き締まり実勢を尊重する態度で臨み,ことに9月1日の公定歩合引上げ以降は,短費業者に対する政府短期証券のキメ細かな売却操作(9月以降年度末までの売却額は累計で8,500億円)によつて市場の引きゆるみ要因を吸収し,さらに日銀貸出の縮小(9月以降1,703億円の減少)を図つた。このため,前述の食管会計支払いの増蕎などによる資金余剰の発生も例年のように金融市場の緩和要因となることなく,年度を通じて市場は徐々に引締まり傾向を強めていつた。
この間,コール・レートは42年4月に季節的要因もあつて各条件物とも1厘低下して,いつたん前年末の水準までもどしたが,その後,6,7,9,12月,43年1,2月に各条件物とも1厘づつ通算6厘上昇した。
さらに43年度に入つて6月には各条件物とも1厘上昇し月越物のレートは日歩2銭5厘と40年2月以来の水準となつたが,今回の場合過去の引締め期程急激な上昇はみられなかつた。
42年度中の全国銀行(銀行勘定)預貸金の動きをみると( 第8-3表 ),実質預金増加額は,2兆7,536億円(前年度の増加額は2兆7,291億円)とふるわなかつたが,貸出は法人企業の資金需要の台頭から,3兆1,701億円の増加(前年度は3兆770億円の増加)となり,預貸差の悪化幅は前年度よりも大きかつた。
まず実質預金増加額の動向を業態別にみると,都市銀行では年度当初来法人預金が伸び悩んだことから,前年度にくらべて9%減と不振であつた。
また,長期信用銀行の実質預金(債券発行を含む)増加額は金融債の消化環境悪化や法人預金の不調から下期に前年同期比26.3%の減少となり(上期は同13.3%の増加),年度間でも前年度比8.4%の減少となつた。一方,地方銀行では,個人預金が順調であつたこと,下期に財政資金の多額な支払いがみられたことなどから,前年度比15.3%の増加となつた。この結果,年度間では地方銀行は都市銀行を上回つた。
一方,貸出は,中小企業向け貸出の増大を反映して,地方銀行では40年後半から,また都市銀行では41年後半から,それぞれ増勢に転じており(総論 第10図(I) 参照),42年に入ると大企業の資金需要もしだいに台頭してきたため,全国銀行貸出増加額は上期中前年同期比18.7%の増加となつた。しかし,貸出増加額規制の開始により,下期には逆に9.1%の減少となり年度間の増加額は前年度比3.0%増にとどまつた。なお,全国銀行信託勘定の貸出増加額は大企業の設備資金需要の増大と前年度に伸び悩んだ反動もあつて大きな伸びをみせた。
その他の金融機関の動向をみると,全国銀行にくらべて,資金の吸収および貸出ともに総じて好調に推移した。たとえば,相互銀行,信用金庫では,賃金所得の上昇や米代金支払の大幅増加などから個人預金が順調であつたことを背景に実質預金が大幅に伸びた一方,貸出も下期にやや慎重化したとはいえ好伸した。
農協系統金融機関は,今回緩和期において表面化した余資運用難,収益の低下等から打開策の一つとして系統外貸出を増加させる方向にあつたため,農中および信農連を合わせた系統外貸出は年度間で約1,000億円増加し年度末の残高は,ほぼ6,000億円に達した( 第8-2図 )。
また42年5月からみとめられた全共連・共済連の一般企業向け貸出増加のテンポはいちじるしかつた。
今回の緩和期中資金運用難に悩んだ保険会社の貸出増加額も,42年度に入ると増勢に転じ,前年比137.7%の大幅な増加とたつた。
42年9月の景気調整措置実施以前にも金融市場は,すでにみたように自律的な引締まり傾向がみられたが,金融機関の融資態度は総じて積極的であつた。なかでも長期金融機関すなわち長期信用銀行,全国銀行信託勘定,保険会社などでは41年度中の貸出が伸び悩んでいたことの反動もあつて(総論 第11図 参照),こうした傾向が目立つた。また相互・信金などの中小企業金融機関も融資基盤の強化拡大を図つた。
一方,企業の資金需要についてみると, 第8-3図 にもみられるように実体経済の活発化を反映して,まず中小企業の設備資金や運転資金の借入れ需要は,41年半ばごろから,もり上りをみせていたが42年度に入つても引続き根強い動きを示した。また,大企業の借入れ需要も42年春頃から増加運転資金を借り増す動きが広まり,設備資金需要も42年に入つて漸次増加の方向へと向つた。ただ,前述のような金融機関の積極的な融資態度から上期中の企業金融には強い引締まり感はなく企業の借入れ態度は総じて落ち着いていた。
第8-3図 全国銀行(銀行勘定)規模別使途別貸出残高の対前年同期比増減率の推移
このように国内経済は設備投資を中心に予想を上回る拡大を続け,国際収支は海外景気の低迷と相まつて年初来赤字基調で推移した。このため日本銀行は景気の先行きについて警戒的態度を強め8月から市中銀行の資金ポジション指導を強化していたが,さらに9月1日,公定歩合を1厘引上げるとともに,都市銀行等に対して7~9月期から貸出増加額規制(ただし,輸出貿易手形,輸銀協調融資分は運用上別枠扱い)を開始することとした。
今回の引締め措置の特色としては,①賃出増加額規制の対象金融機関が都市銀行,長期信用銀行,信託銀行(銀行勘定),上位地方銀行と,その範囲が拡大されたことである。また,貸出増加額の対前年同期比削減率を都市銀行についてみると,実質的に規制が開始された9月および10~12月期15%減,43年1~3月期29%減,4~6月期22%減と,前回(39年1~3月期10%減,4~6月期12%減,7~9月期,10~12月期22%減)よりも大幅になつている。また,②都市銀行に対する資金ポジション指導が強化され,その良否が貸出規制枠の各行別配分に反映されたことである。
以上の結果,規制対象金融機関の全金融機関に占める融資シエアは貸出増加額ベースでみて約5割(41年度中実績)となり,前回,前々回を上回つた。また都市銀行は前回の引締め期のように預貸差の悪化にコール取りいれで対処するという態度はとりにくくなつたとみられる。
第8-4表 業態別にみた金融機関の貸出増加額の対前年同期比の推移
このように貸出増加額規制が実施されるとともに,その対象となつた金融機関の融資態度はしだいに抑制色を強めていつた。 第8-4表 からみられるように規制対象金融機関の貸出増加額の対前年同期比は引締め開始1・四半期後から減少へと転じている。これに対して規制対象外金融機関の貸出増加額は対照的な動きを示した。すなわち,相互・信金などの中小企業金融機関の貸出増加額は,引締めから2・四半期後には,ようやく減少に向かつたものの,全国銀行信託勘定,保険会社,規制対象外地方銀行ではいぜん増勢を保つている。
このような引締め措置実施後の金融機関の貸出の動きには従来の調整期にくらべ,次のような特色がみられた。まず第1に,今回の場合,規制対象金融機関の貸出増加額削減率は従来にくらべてもつとも大きいものであつたが,規制対象外金融機関の貸出は,引締め開始後,2・四半期間も,おおむね強い増勢をつづけた。これは前回の引締め期には規制対象外金融機関の貸出増加額も減少したのとは対照的であるといえよう。第2に,中小企業に対する融資態度の変化である。 第8-5表 にみられるように,全国銀行の引締め開始前6ヵ月の時点における中小企業向け貸出残高のシエアを引締め開始後6ヵ月の時点におけるそれとをくらべてみると,今回の場合は,いずれの業態においても,横ばいないしは上昇していることが特徴的である。
以上のような特色をもたらした背景としては,①全国銀行信託勘定や保険会社などの貸出が今回の緩和期中伸び悩み,資力にゆとりがあつたこと,②相互・信金などの中小企業金融機関が今回の場合コール・レートが以前のように高騰し,かつそれが長期間持続するとはみていなかつたことや,40年以降の金融緩和期の経験から引締め期に取引先企業との結びつきを強化しておきたいという意向が強まつていること,③都市銀行などでも長期的な観点から優良中小企業との取引を拡充しておこうという意識があるとみられることなどがあげられよう。
もつとも,規制対象外金融機関でも全国銀行信託勘定,保険会社などでは,余裕資金はしだいに減少しつつあり,今後は従来のような貸出の増勢は保てないものとみられている。また,相互・信金などの中小企業金融機関の貸出態度も倒産の増加などから,年度末になるとやや慎重化した。このように金融機関の融資態度が抑制色を強めていくにつれて企業金融もしだいに引締まりの方向に向かつていつた。
以上にみたような預貸金動向を反映して,都市銀行の資金ポジション(末残ベース)はかなり悪化した。とりわけ景気上昇による資金需要のもり上がりがみられた上期中の悪化がいちじるしかつた(もつとも期中平均残高では,上期中若干の改善(231億円)を示したが,下期中は1,264億円の悪化を示した)。
一方,都市銀行以外の金融機関の資金ポジションは,中小企業金融機関を中心に総じて好転した( 第8-3表 参照)。
このような地銀,相互,信金における余裕資金の増加は,公定歩合引上後のコール・レートの上昇が,余資への運用条件が有利になつことと無関係ではないが,余資運用比率は従来の引締め期にくらべて格段に低く(総論 第21図 参照),積極的にコールに運用替えをしようとする動きはほとんどうかがわれなかつた。
第8-6表 引締め前後の企業の資金運用・調達状況の比較(主要企業・製造業)
従つて,このような余資の増加は,むしろ今後,優良な取引先からの借入れ需要が強まる場合に備えて余裕を残しておこうという配慮とみられる。
すでにみたように42年度上期十を通じて都市銀行の資金ポジション(末残ベース)はかなり悪化したが,このため,都市銀行は資金ポジション対策として,42年春頃から,ひきつづき債券売却意欲を高めた。一方買手金融機関筋は先安期待による買控え傾向にあつた。8月以降,日銀の都市銀行に対する資金ポジション指導の強化が行なわれ都市銀行の債券売却意欲は一段と強まり,公社債市況軟化の大きな要因となつた。このような市況の軟化にともなつて公社債の既発債利回りと,新発債の応募者利回りとの格差はしだいに拡大していつた。
40年1月の公定歩合引下げ以来長期間にわたり緩和基調を持続してきた企業金融は,42年央の引締め開始を契機に漸次引締り基調に転じた。
これには,前述したように規制対象金融機関を中心に金融機関の融資態度が総じて抑制色を強めていつたことと並んで,企業の生産,売上げ,受注は堅調に推移し,投資活動が引締め後もひきつづき活発であつた,など実体面での落ち込みがほとんどみられなかつたため,企業の資金需要が高まつたことによる面も大きかつたと思われる。
これを 第8-6表 の主要企業の資金運用・調達表によつてみると,運用総額に占める実物投資の割合は前回,前々回を大きく上回つている。とくに引締め後の42年度下期の設備投資の前期比伸び率が19.5%と高かつた(前回の39年度上期は17.8%,前々回の36年度下期は3.5%)ことからもうかがえるように企業の投資態度はかなり積極的であつた(ただ,実物投資の規模を売上高との対比でみると,とくに今回が大きいとはいえない)。
一方,先行きに備えた現預金の積み増しや売上げの増加にともなう与信超過の増大など金融資産に対する投資も増加したが,前回のような積極的な借りだめや押し込み販売による与信超過はみられなかつたので,運用総額に占める金融資産投資の割合は前回にくらべて小さかつた。
こうした投資活動に対する資金調達はどのようにして行なわれたであろうか。
まず内部資金についてみると,調達額全体に占めるその割合は,42年度上期37.9%,同下期31.7%と,前回,前々回の同局面をそれぞれ上回っている。これは,前回にくらべると企業収益力の向上を反映して内部留保の割合が高まり,また前々回にくらべると要償却資産の累積により減価償却費の割合が高まつているためである。しかし,設備投資額に対する内部資金比率でみると,今回は,前々回を上回つているものの前回を下回つており,とくに高くはない。これを時系列でみたのが 第8-5図 である。最近時点では41年度上期の109%をピークにかなり急激な低下傾向がみられ,42年度下期には56%と,しだいに高度成長期の水準に近づいていることがわかる。これには設備稼働率の上昇にみられる供給力不足を背景にした設備投資対売上高比率の高まりによる面が大きいと思われる。ただ,今回の場合,これを業種別にみると,本報告 第23表 のように顕著な業種間格差が存在しており,鉄鋼,石油,食品,紙パルプ,造船などで低下がいちじるしい反面,電機,一般機械,窯業・土石,化学,合繊などの業種ではなお80%以上の高水準に保つている。
つぎに外部資金による調達についてみると,引締め後の金融機関借入金,とくに長期借入金の急増が目立つている。
長期借入金が著増したのは,上述したように旺盛な設備資金にともなう自己金融力の低下に見合うものであつて,規制外金融機関借入れやインパクトローンの導入などによるところが大きかつた。すなわち 第8-7表 の産業資金供給状況によつてみると,設備資金は全国銀行よりも規制対象外金融機関である「その他金融機関」による供給の増大が前回や前々回の同局面にくらべいちじるしい。また長期インパクトローンは,4~6月期までは返済超過であつたが,7~9月期以降流入超過に転じ,7~9月106億円,10~12月224億円,1~3月382億円と期を追って増加している。
他方増資や起債による資本市場からの資金調達割合は,前回,前々回に及ばなかつた。これには上述したように長期借入金によつてほぼ資金需要の充足が可能であったということとならんで,後述のように株式市場,公社債市場とも企業の増資,起債意欲を満たす環境にかなつたことが大きく響いていると考えられる。
また,短期借入金は引締め後かなりの増加を示したが,調達総額中のウエイトは前回,前々回を大きく下回つている。これは,①借りだめや借り急ぎが前回にくらべれば目立つて少なく,また前々回のような短期借入金の設備資金への流用がみられなかつた,②短期借入金対売上高比率が今回の場合きわめて低いことにもみられるように,企業による資金効率の向上が図られた,などによるものと思われる。
このように企業金融はしだいに引締りの方向にむかつたが,引締め政策実施後少なくとも本年3,4月ごろまでは従来の同局面と比較して逼迫感が少なかつた。
本報告 第16表 による企業自身の資金繰り状況判断をみても大企業,中小企業とも「苦しい」の割合が半減している。
そこで企業の資金繰りの指標である手元流動性の推移を 第8-6図 によつてみると,現預金対売上高比率でみれば40年12月期をピークに低下をつづけ,43年3月期ではすでに前回のボトムを大きく下回つている(ただ,商社についてみると,手元流動性はほとんど低下しておらず,従来の引締め期にくらべ高水準を持続している)。これはある時点までは過剰流動性が解消される過程であつたともいえるが,この間,買入債務に対する支払準備の程度を表わし,ある水準以下には下りにくい性質をもつといわれる現預金対買入債務比率もほぼ前回のボトムに達している。それにもかかわらず企業自身が当面の水準を少な目と判断する割合が2月時点で13%,4~6月期予想で24%にすぎないのは,主としてつぎの2つの理由にもとづくものと思われる。
まず第1に,現預金対売上高比率が低下した主たる要因は,本報告で指摘したように総資本回転率がひきつづき上昇し,また借入れ依存度が低下していることによるものであり,現預金対借入金比率の低下,すなわち現預金のとりくずしは3,4月ごろまでは本格化していなかつた。第2に流動資産の効率的運用を図るため既発債を中心とする当座性有価証券の保有割合が大きくなつていることである。
このように企業の資金繰りがなお余裕ぶくみである状況は企業信用間の動きにも反映されている。 第8-7図 にみるように40年の金融緩和以降収縮を続けていた企業間信用は,42年度前半はなおゆるやかな解きほぐしが行なわれていたが,引締め後は再び拡大過程に入つている。しかしそのテンポは従来の引き締め期にくらべておそいのが目立つた特徴となつている。
これは,基本的には①製品在庫率がきわめて低い水準にあり,需給バランスの崩れが少ない,②稼動率が高いことなどから損益分岐点対売上高比率も低く,前回のように押し込み販売をする動機が弱い,③総資本回転率もいぜん上昇傾向にある,など実体面が堅調に推移し売上金の回収が好調であることなどが大きく働いていると思われる。すなわち前回は与信条件を悪化させながら押込み販売が行なわれた時期で買入債務対売上債権比率は低下傾向にあつたのに対し,今回は買入債務対売上債権比率はむしろ上昇傾向にあり,この点では程度は異なるが前々回と同様の傾向を示している。しかし,前々回は大企業(製造業)から商社や中小企業へのしわよせという型で買入債務対売上債権比率が上昇したのに対し,今回は,これまでのところ中小企業金融がさほど逼迫していないため,むしろ中小企業側から与信率を高めているという傾向がみられるようである( 第8-8図 参照)。また業種別にみると,概して鉄鋼,化学,石油,一般機械など設備投資の急増した業種に買入債務対売上債権比率の上昇がいちじるしい点が特徴である。
第8-8表 全国銀行貸出約定平均金利の上昇に対する各種貸出金利の上昇寄与率
以上のような金融機関の融資態度と企業金融の動向を反映して,引締め後の貸出金利の上昇幅は, 第8-8表 のように今回が最も小さい。
40年1月以降32ヵ月にわたり低下を続けてきた全国銀行貸出約定平均金利は,9月の公定歩合引上げによつてようやくゆるやかな上昇に転じ本年1月の公定歩合再引上げ後は上昇テンポを早めた。
しかし,引締め後8ヵ月間の上昇幅は,前々回9毛2糸,前回8毛8糸に対し,今回は6毛5糸にとどまつている。これは,基本的には企業金融面での引締りの度合いが弱かつたことによるが,そのほか金融機関側の要因として従来にくらベコール・レートの上昇が小幅であつたことがあげられる。すなわち,これによつてコール資金の出し手はより貸出優先の態度をより,取り手にとつても貸出金利に転嫁すべき圧力が弱かつたからである。一方企業側の要因としては,金利感覚が従来にくらべシビアーになつたこと,などが考えられる。
なお, 第8-8表 から今回の特徴として,総貸出金利に対する種類別上昇寄与率は中小企業向け(短期小口貸出)金利のそれが最も低かつた点と長期貸出金利がひきつづき下落している点があげられる。
以上みてきたように企業金融は,過去の引締め期ほどの逼迫感もなく推移している点が大きな特色として指摘されよう。もつともやや詳細にみると,今回はいろいろな面で業種間,企業間の格差が目立つており,すでに窮迫化のいちじるしいものも見受けられ,引締めの効果は漸次浸透しつつあるといえる。
前年度,金融緩和を背景に順調な拡大をみたあとをうけて,42年度の起債市場も,起債総額(発行ベース)は3兆5,408億円と前年度比6.3%の増加となりひきつづき拡大した。
債券種類別にみると( 第8-9表 参照),一般事業債が前年度比41.6%の起債増加となり,特に伸びが大きかつた。これは,①設備投資の増加に伴つて企業の長期安定資金導入に対する意欲がたかまつたこと,②公社債投信発足当時(36年1~3月)の大量発行分の借り換え発行が多額に上つたこと,などによるものとみられる。
しかし,すでにみたように,金融市場の引締まり傾向にもとづくコール・レートの上昇や日銀のポジション指導強化などを背景に,需給関係が悪化して,42年度の既発債市況は軟化の度合いを強め,これにともなつて公社債の既発利回りと応募者利回りのかい離はしだいに拡大し,また景気調整策実施後,保険,信託,相互・信金,農協系統金融機関などの金融機関の消化態度の後退もあつて,新発債消化状況の悪化が目立ちはじめた。
これに対処してまず公社債の発行量の圧縮がはかられることとなつた。すなわち,まず国債については景気調整策の一環として7月に700億円減額が決定され,その後さらに金融情勢の推移に応じて弾力的な政策運営が行なわれた結果,年度間(42年4月から43年3月まで)の起債額は当初計画を1,900億円下まわることとなつた。
一方,政保債も982億円の減額が行なわれ,このため国債,政保債,地方債をあわせた公共部門債の起債シエア(純増ベース)は,前年度の58%から56%ヘ低下することとなつた。
金融債については利付金融債の主要な消化先である都銀に引受け削減の動きがみられた。その背景は,①日銀の資金ポジション指導が強化されたため,有価証券負担を軽減しようとしたこと,②金融債が日銀オぺの対象でなくなつたこと,③長期資金需給の緩和期における経験などから,都銀が金融債引受け額に応じて債券発行銀行から取引先に長期資金を還元してもらうというメリットが喪失したと観念されたこと,などがあげられよう。
また,43年に入り長期信用銀行が発行する金融債について自主調整が行なわれた。金融債の消化先では都銀のウエイトが低下した( 第8-9図 参照)。
一方,それまで比較的順調に消化されてきた事業債も,42年秋から起債関係者による起債量の圧縮が行なわれ,43年1~3月期は379億円の純減となつた。
さらに引締めの長期化に伴う起債環境の悪化が予想されたため43年2月以降公社債の発行条件の改定が次々に行なわれ,発行条件と既発債利回りのかい離の縮小がはかられた。また,国債の受取利子については税制上の優遇措置(現行の少額貯蓄非課税制度に加え国債について額面金額の合計額50万円を限度として利子を非課税とする)が実施されることになつた。
今回の公社債発行条件の改定は,公社債流通市場において需給関係を反映して形成される価格に応じて,発行条件を改定するという慣行を確立した,という点で大きな意義をもつものであつた。
なお,金融債,事業債などの改定幅は,既発債利回りとのかい離幅にくらべ必ずしも十分ではなかつたともみられるが( 第8-10表 参照),長期金利は将来にわたる金融動向や金利体系のあり方などを総合的に考慮して長期的観点からきめられるべきものであろう。
42年度は本格的な開放体制移行の年として,証券市場でも株主安定化工作や制度改革をめぐつて活発な動きがみられた。
まず,増本自由化を控えて,外資の進出に対し企業を防衛するというねらいもあつて,株主安定化工作が活発に行なわれ,年度上期では相場を下支えする要因ともなつた。
次に,投資家保護の徹底化,証券市場の基盤強化をはかる観点からいくつかの制度改革が行なわれた。
まず,証券取引法の改正により,証券会社は,財務内容の健全性等について審査を受け,43年3月31日までに免許を受けなければならないこととなつた。これは「証券不況」といわれた39年度以来,証券市場が投資家の信頼を失なつたのにかんがみ,投資家保護を確立することによつて,証券市場の基盤強化をはかるためであつた。
つぎに,東京証券取引所は10月以降バイカイ等の慣行を廃止して,すべての売買を取引所に集中させることによつて公正な価格形成をはかることとした。
一方,42年度の株式市況は波乱含みに推移した。まず年度当初は企業収益の好調や資本自由化をひかえた株主安定化工作の活発化から活況を呈した。しかし7月末来一連の景気調整措置が実施されたのにともない市況は軟化に転じ,さらに国際通貨不安もあつて年末にかけて株価は急落した。とくにイギリスのポンド切下げが行なわれた直後の11月20日,東証第1部旧修正平均株価は67.30の大暴落を演じたが,これは下げ幅ではケネディ・ショックの64.41を上回る史上最高,下落率では史上第4位の記録となり,株価の水準は40年11月以来の最低となつた。もつとも新年に入つてからの市況は堅調に推移したが,ことに年度末近くになつて,海外の金価格の上昇から,含み資産株が物色されて活況を呈し,4月8日には東証第1部旧修正平均株価は1,406.32と8ヵ月ぶりに1,400の大台を回復した。しかし,日証金差引融資残高が急増し,取引高に占める信用取引売買高の比率が上昇している( 第8-10図 参照)。
以上のように,42年度の株式市況は波乱含みのうちに推移したが,東証第1部1日平均出来高が8,2百万株で,「証券不況」といわれた39年度の1億株を18%下まわつた。これは上述のようにバイカイ等の慣行が廃止されたことによる面もあろうが,総じていえば不振の色が濃かつたといえよう。
市場をとりまく上述のような環境悪化もあつて,年度間の増資額(上場会社有償増資分)は2,490億円と39年度の4,436億円を44%下まわり,産業資金供給増加額にしめる増資の比重も低下した( 第8-11図 参照)。
一方需要者側についていえば,前年度にひきつづき株式投信が大幅に減少した。また株主安定化工作の影響で個人の保有割合が低下し,かわつて金融機関のシエアが増大した( 第8-11表 参照)。
最後に今後に残された問題点についてふれておこう。
そのひとつは,今回の場合,国際収支の項でみたように,幸い海外景気の好転を主因に国際収支はめざましい改善をみせており,ほぼ均衡を達成したが,国内経済面では企業金融面への政策効果の浸透が従来の同局面にくらべて弱く,したがつて実体経済面への政策効果が十分及んでないということである。今回の場合は,海外景気の好転という好条件があつたから,政策効果の浸透のおくれは表面的には大きな問題とされずにすんだが,今後の景気対策のあり方に関連していえば,重要な問題点であると思われる。政策効果の浸透がおくれた背景としては,すでにみたように,貸出増加額規制対象外の金融機関の積極的な融資態度や企業の自己金融力の増大といつた諸事情があつた。こうした諸事情に対処して必要な程度の政策効果の浸透を実現していくためには,今後の景気対策においては,公定歩合の変動幅の拡大など金利政策のより弾力的な活用を図る必要が生じてこよう。また本報告でも述べたようにポリシーミックスによる景気政策の機動性を高め,早期に景気動向を察知し,その微調整をはかつていくことも重要となろう。
第2の問題としては,資本市場とくに公社債市場の育成という基本方向を堅持し,いつそうその整備をすすめるとともに,公社債市場の実勢に応じて発行量や発行条件の弾力的調整を実施していくことである。株式市場においては,先述のようにその健全性の確立や公正な市場価格形成のための努力がなされているがなお大衆投資家の復帰は十分とはみられない。また公社債市場においては,先述のように発行条件の改定がなされ,その意義は高く評価される。今後これら資本市場を健全に育成していくためには,政策面からいつそうその努力をつづけるほか,公社債市場における実勢を尊重して,発行条件や発行量を弾力的に調整する慣行を確立していく必要があろう。