昭和43年
年次経済報告
国際化のなかの日本経済
昭和43年7月23日
経済企画庁
昭和42年度の農業経済動向は42年9月からの金融引締め下にありながらも好調に推移した。もとより農業が景気の循環過程でその主導的な役割を果すことは少ない。しかし,その背景にあつて,景気が上昇に反転する場合,そのよりどころの1つになつていることも否定できない。引締めの場合,農業がその渦の中に巻きこまれないのも,上昇時にほぼ圏外にあつたことと同様である。
引締めに強く影響されなかつたのは,今までの引締め期間が短かつたことと,農業金融の動きが,農業生産の特性とからみあつて,やや独自的な推移を示し,引締めに強く影響されにくい仕組みになつていること,さらに国による価格推持,買上げ,あるいは貿易制限による輸入の調整等の政策があり,また一方で,農産物需要が安定的に増加していたこと等,それぞれの諸要因が働きあつていたからである。
農家所得の増加から消費増大への一連の動きや,農協金融の動きなどは,引締め政策の効果の及ばない部分の存在として注目されている。しかし,その反面,深刻な不況局面への突入が防止され,とくに弱い立場にある地方産業の苦境等の事態が,農家経済力のたかまりによる購買力によつて防がれている事実も見逃しえないことである。
42年の農業経済の動きを一口に特徴ずければ「豊作下の価格上昇」であつたといえる。一見,この予盾した特徴づけは,まさに日本農業の今日的存在を如実に示すものであろう。それはまた,それなりに多くの問題点が内包されていることも否定できない。ここでは42年度の農業経済動向を概観しながら,第(1)に史上最高の水準に達したといわれる農業生産の評価と,第(2)にはそれにともなう農産物需給の緩和,とくに米需給の緩和を如何にみるかということ,第(3)は供給増の下での価格上昇,なかんずく米価上昇とその波紋に力点をおいて検討したい。これはまた42年度における農家所得と消費の大幅な増大を可能にした要因分析にも連なることになろう。
42年度の農業生産は,農業就業人口の減少にもかかわらず,対前年度比8.6%の上昇を示した。最近時の農業生産は,37年をピークに,それ以後あまりふるわず,過去5ヵ年の平均上昇率が,わずかに2.2%にすぎなかつたことを思えば,42年は異常なまでの上昇であつたとさえいえる。
第6-1表 によれば,従来から傾向的な生産減を示していた麦類等を除くと,ほとんどのものが上昇している。なかでも生産上昇のもつとも大きな担い手は米である。42年の米の農業生産上昇寄与率は,41年の32.3%をはるかに越え,71.4%に達した。まさに米の豊作によつて,農業生産全体が引き上げられたといつても云いすぎにはなるまい。
米の生産は,陸稲も含て37年の1,300万トンを記録した以外は,年により増減はあるが1,200万トン台で推移していた。ところが,42年産米は実に1,445万トン(うち水稲1,425万トン)と,いままでにない生産を示した。これは日本農業にとつて画期的なできごとであつたといえよう。
米の生産がこのように高まつた主要な原因は,第(1)に,従来やや停滞気味であつた北海道,東北,あるいは山間地域の反収が,いちじるしく高まつたことにもみられるように,天候が非常に良かつたことである。第(2)は,良好な天候を生産増に結びつけることのできた技術あるいは生産基盤の整備等が進んでいたことである。たとえば,品種改良,施肥,病虫害防除等々の一連の技術が,中小型機械による省力化と結びついて,再編され,しかもそれが共同作業等生産の組織化とからみあつて,土地基盤の整備された上で展開されたのである。第(3)は,農家の生産意欲が旺盛であつたことである。米の収益性は,ミカンを除くと他の農産物にくらべはるかに高い。これは全体の耕地面積の減少するなかで,ひとり水田面積のみが増加していることにも現われている。こうした諸条件が,因となり果となつて上述の生産を示したのである。
記録的な豊作を反映して,国の米買上げ量はいちじるしく増大した。過去5ヵ年の年平均政府買上げ量は715万トンであつたが,42年産米のそれは実に980万トン程度に達した。前年にくらべても約180万トンの増加である。生産に対する政府買上げ比率も,このところ年々上昇し,前年の63.3%から本年は67.8%へと上昇した。
米の買上げが増えたのは,生産増によることはもちろんであるが,そのほかにも,農家消費人口,1人当り消費量の減少等によつて農家の米保有が小さくなつたことと,一方での価格の相対的有利性による販売増のあつたことも見逃せないことであろう。
米の1人当り需要は,37年まで年々増加してきたが,38年以降漸減に向い,最近では30年頃の消費量とほぼ等しい水準になつたとみられている。政府の1人1ヵ月当り売却量も,37年の6.8kgから41,42年には約6.4kgに低下している。しかし,人口増や工業用消費があるので,米の政府売却所要量は,年々わずかではあるが増加し,42米殻年度の700万トン余から,43米殻年度には750万トン程度になつている。
米の供給増が,とび抜けて大きかつたため,政府の米需給は非常に緩和した。 第6-1図 にみるように,10月末現在の古米在庫量は,41米殻年度まで,1ヵ月分の売却量にみたないものであつたが,43年10月末には約240万トン,4.2ヵ月分で,今までの低い水準にくらべれば異常なまでの増加である。この在庫は,米価の値上り,食管の赤字増等とむすびついて,いろいろ問題をかもし出している。
しかしながら戦前の自由な時と在庫水準を比較すれば,43米殻年度のそれは戦前水準に比適するほどになつているが,しかし過去4~5年をふりかえれば43米殻年度の在庫を安定した水準とは受けとれないであるう。もとより,戦前と現在の米流通の条件は全く違うので,比較して云々することには問題があろうが,おおよその目安としてはそう高くないといつてさしつかえないであろう。米の生産水準にしても,42年産米のような高い水準が,今後持続的に保たれるとは,まだ判断しかねる状態である。したがつて,43年10月末の在庫だけをとりあげて,今後の米需給について速断は出来ないであろう。
42年の農産物輸入額(農林省分類)は, 第2表 にみるごとく,23億5,千万ドルと前年比3.9%の増加にとどまつた。35年から41年にかけて年率17%の増加を思えばいちじるしい鈍化である。
農産物輸入が鈍つた主要因は,第(1)に42年の国内農業生産が高まつたことによる。それがもつとも強く現われたのは米である。 第6-2表 によれば,米輸入は前年比37.4%の減少である。
ここ数年,米の国内生産が停滞していたため,国内産米のみによる需給操作は苦しくなり,外米輸入を漸増することによつてバランスを保つてきた。たとえば,政府操作の米需給をみると,政府買上総量のうち輸入米の割合は,35米殻年度の場合3.6%にすぎなかつたが,40,41米殻年度にはそれぞれ11.8%,12.2%となり,その輸入量は90万トン近くに達した。
43米穀年度には,前述のごとく国内生産がいちじるしく高まつたため,わずかに23万トンの輸入にとどまつたのである。
第(2)は国内の畜産生産の伸びの鈍化を反映して,飼料用穀類の増加率が鈍つたことである。42年の大麦,とうもろこし等飼料穀物輸入は,前年比13.6%の増加であるが,これを過去5年間の年率26.2%増に較べると,かなり低いものである。第(3)は輸入価格の低下による輸入の減少である。これにはいろいろのものが入るが,農産物輸入全体の鈍化に大きく寄与したのは粗糖である。粗糖の輸入数量は前年比4.9%増えたが,輸入金額では3.1%の減少である。第(4)は大豆を中心にした油脂原料の減少である。これは主に食用製油業界の在庫が過剰気味になつているので,在庫調整のため輸入を手控えたことによる。
農産物輸入鈍化の理由からすると,42年のそれは,その多くが一時的,偶然的要因によつたものであるといえよう。35年以降41年の個人消費支出に対する農産物輸入弾性値は1.24である。また, 第6-2図 にみるように飲食費支出に対する輸入食用農産物の割合は,名目,実質とも急速な上昇を示している。農産物輸入は経済成長につれ,今後ともかなりの速度で増加するとみなければならないだろう。
農産物輸入の増大は,国際収支の健全性の確保といつたような国民経済的な問題からも,注目しなければならないだろうし,また,農業にとつても,自給度あるいは国際比価等いくつかの点から検討をせまられる問題がある。一方42年は世界的な豊作に恵まれ,在庫増,輸出価格の低下もみられたが,ここ数年をとおしてみれば,世界の食糧需給事情は,かつての過剰時とは違い,在庫は減り,輸出価格は堅調気味にさえなつている。農産物輸入の条件は従来とかなり趣きを異にしてこよう。さきの自給度,あるいは国際比価等の問題も,そうした新しい条件を加味して,検討しなければならない。
42年度の農産物価格は,対前年度比10.4%の上昇を示した。過去5ヵ年の年平均8.2%の上昇率をはるかに越えるものである。まさに「豊作下の価格上昇」であろう。 第6-3表 によれば,価格上昇はほとんどすべての農産物にわたつている。農産物価格の上昇は,周知のごとく,農村労働力の減少,非農業部門における賃金上昇の影響等によつて,農業雇用賃金あるいは家族労働の評価賃金が急激に上つたこと,さらに加えて肥料,農薬,機械等の生産資材費の増大等コスト増加を生産性の上昇によつて相殺できないという長期的構造的要因の働いていることはもちろんである。
42年度もその埒外ではないが,より直接的要因をさぐれば,(1)政府買上げ価格の上昇,(2)需給のアンバランスということを付け加えなければならない。後者には需要増に生産が伴わなかつた野菜,畜産物等々が入る。たとえば野菜の場合,42年度価格は前年度の3.5%から19.4%上昇へと高まつた。これは需要が強いのに,生産が前年の8.8%増から3.4%増といちじるしく鈍化し,需給バランスを崩した結果である。前者はいうまでもなく,米,麦である。42年度の農産物価格上昇のもつとも大きな要因も,実はこれであつた。( 第6-3表 )
前掲 第6-3表 によれば,米価(自由売りも含む)は前年度比9.3%の上昇を示し,米の農産物価格上昇寄与率は,前年度をこえ37.3%となつた。米価上昇が農産物価格上昇のもつとも大きな要因である。この価格上昇は,政府買上げ価格が150kg当り19,521円(基準価格)対前年比9.2%も引上げられたことが大きくひびいている。
米の政府買上げ価格は「生産費および所得補償」の考え方に立つて,「積上げ計算方式」によつて決定された。この方式によれば,過去3年の10アール当り生産費から,都市労働賃金の上昇等によつて評価替して計算される。したがつて42年度の高まつた反収は,この計算の中に反映されず,43年産米価格から入ることになる。米価が収穫時以前に決定されるからである。米作労働費は,製造業5人以上規模の平均賃金(現物給与含む)の推移を,その年の4月頃まで加味して決定される。そのため,これら部門の賃金上昇率が激しいだけに,米作労働費は米労働生産性の上昇を上回り,それがひとつの原因となつて価格を引上げる結果となつている。
農家の所得は,米作部門に限つてみれば,この価格上昇等によつて,後述の如くたしかに高まつていよう。しかし,全国的にみれば,米作だけに頼つている専業経営農家はいたつて少ない。たとえば,米作の所得(家族労働報酬+自作地地代+利潤+税負担)を所得率56%(41年産米生産費調査より)とし,10アール当り収量450kg,価格150kg当り19,500円とすると,10アール当り米作所得額は約32千円となる。いまもし,42年の全国平均1戸当り(世帯員5.13人)家計費777,千円(農家生計費調査)をまかなうとすると,約2.2ha以上の水田作付面積が必要になると推計される。ところが,2ha以上の水田経営農家数は,米販売農家数(498万戸)のうち,わずかに5%程度とみられるにすぎない。全国平均一戸当りの水田面積は0.6haにすぎず,前述の必要面積の3分の1にみたない。他方裏作の後退,米の他農産物に対する収益性の相対的有利さ等から,米に変り得るような農産物は少ない現状にある。このため米に依存しようとする傾向は,いよいよ強まることになろう。それは米価上昇によつて,零細経営の下での所得補償をはかろうとする動きを強めることになる。しかし一方で,米価上昇が経済的社会的にいろいろと問題をかもし出していることも否定できない。本報告でも述べたように,規模が大きければ大きいほどいいわけではないが,現状のような零細経営の下での米価はこの面からも矛盾につきあたつている。需要の大きく伸びている農産物生産が遅れ気味であること等を考えると,米だけでなく,その他のすべての食料も含めた食料政策が,長期的展望に立つて,価格政策等も含めて検討される必要があろう。
米価の上昇による物価への影響は,本報告で指摘したとおりであり,主要食料であるだけに,その社会的影響は小さくない。ところで,消費者米価は,40,41年の引上げにつづいて42年10月には精米10kg当り1,395円(内地米,乙地)と14.4%上げられた。米価上昇による消費者家計への影饗をみると, 第6-4表 のようになる。家計支出増加に対する影響度合は,40年11.1%41年5.3%,42年2.5%である。また,米価の上昇は,一方で大きな問題をかもし出した。食管赤字の増大による財政への影響である。食糧管理勘定による赤字は,30年代前半には,それほど大きなものではなかつたが,36年度頃から漸次増加し,42年度には実に2,469億円と見込まれるにいたつた。そのうち国内勘定の赤字が2,429億円と,そのほとんどを占めている。
国内産米の赤字は,玄米150kg当りにして,42年産米の場合,政府買上げ価格に,集荷粁,運賃等の政府経費を加えたコスト価格が21,616円になる。ところが,政府の売渡価格は17,475円である。差引赤字分(コスト逆ざや)は4,141円となる。この赤字分に政府買上げ量を乗じたものが,さきの赤字額になる。
一般会計から食管への繰入れ額は,36年度の660億円から41年度には1,205億円になり,42年度にはさらに2,145億円に増大した。 第5表 によれば,一般会計補正後予算に占める食管繰入れ額の比重は,36年度の3.1%から41年度4.5%,42年度4.6%へと高まつた。しかし,食管繰り入れも含めた農林関係予算の一般会計予算(いづれも補正後)に占める割合は,36年度の10.8%から41年度12.3%,42年度11.9%である。
食管の赤字は,この点では一般会計予算を強く圧迫したというよりも,むしろ農林関係予算を強く圧迫しているともいえる。 第5表 でも,農林関係予算に占める割合は,36年度の28.9%から41年度36.8%,42年度39.1%へと増大している。
第6-5表 一般会計予算に占める農林関係予算,食管会計予算の割合
食管の赤字を一般会計からうめることの意義について,それを評価するにやぶさかではないが,しかし,年々農林関係予算を圧迫する度合が強まり,政策的費用がそれだけ窮屈になることは問題としなければならない点であろう。とくに今日,日本農業の体質改善が強く要請されているときだけに,政策的費用の必要性は従米より一層強まつている。検討しなければならないことである。
42年度の農家経済は,農業生産の増,価格の上昇という,またとない好条件の上に,非農業部門での雇用増,賃金上昇等が加わり,従来,あまり経験したことのない有利な条件に恵まれた年であつた。
農業所得をみれば, 第6-6表 の如く前年度より22.6%ふえ,ここ数年にない高い増加を示した。農業販売収入は前年度比21%の増である。収入増の大きな要因は,前述したことからもわかるように米作収入である。政府への米販売量は前年度より23%ふえ,それに価格上昇が加わり,実に29.4%増となつた。農業収入増加に対する米の寄与率は前年度の41.3%から52.8%へと高まつた。
ついで,収入増の大きな要因は畜産物収入である。畜産物の場合,生産は対前年度比6.1%増と,従米の増加率にくらべれば低いものであつた。しかし,そのため生乳,豚等を中心に需給バランスの崩れたものの価格が急激に上がり,全体として畜産物価格は前年度比10.2%の上昇となつた。このため畜産物収入は前年度より14.1%の増加である。農業収入増加に対する畜産物収入の寄与率は17.8%となり,米と合わせると実に70%余になる。
他方,農業用品価格は対前年度比6.1%の上昇(農林省「農業観測」)とみられ,農産物価格の上昇を下回り,しかも,例年より生産増の割合には生産資材投入も増えなかつた。農業支出(購入支払)をみれば,対前年度比10.5%の増加に止まつている。
42年度は,農業生産が異常なまでに高かつたので,農業生産性は従来になく高まつたとみられる。「農家経済調査」が速報のため確たることはいえないが,農業所得率(農業所得/農業粗収益)は40,41年度の57.2%,57.0%と従来低下傾向にあつたが,42年度は59.1%へと高まつた。
42年度農外所得は,40,41年度の13.7%,13.9%の増加をこえ,前年度比14.9%増を示した。非農業部門における全産業賃金の12.7%,雇用の3.3%増という好況現象が反映されたことはいうまでもない。
農林省「農家就業動向調査」によると,42年の農家世帯員の他産業への就職流出数は,対前年比0.7%の減少であるが,兼業就職のそれは,前年より3.6%増加している。つまり,賃金の上昇に加えて,兼業就業者の増加があつたのである。農外収入のほとんどを占める労賃俸給収入は,引締め下でもなお増大し,前年度より17.6%と,ここ数年にない高い上昇である。
農家所得に占める農外所得の比重は,農業所得の特別の増加があつたので,前年度より若干低下しだが,それでもなお54.7%と,いぜん農家所得の過半数を占めている。
こうした,農業,農外所得の増加により,農家所得は前年度より18.3%増となつた。40,41年度の増加率にくらべれば,とび抜けて大きなものである。租税公課を差引いた可処分所得でも18.3%増となる。
農家消費は,すでに年次経済報告でふれたとおり,前年度より17.5%増と,これまた,ここ数年にない増加であつた。都市世帯(人口5万人以上の勤労者世帯)と世帯員1人当り支出額を比較すれば,38年時には都市より約3割低かつたが,42年には2割程度になり,格差は縮少している。
42年度の農業経済動向は,引締めの影響をほとんど受けなかつた。それよりも,豊作と価格上昇,さらには兼業所得の増加等,特別に恵れた年であつたため,ここしばらくの間にみられない好調な推移を示した。しかし農業面に限つていえば「豊作下の価格上昇」であるだけに,一方で諸種の問題点を強く表面に浮び上がらせた。米需給の緩和,米価上昇,食管赤字の増加等一連の米問題はとくにそうであつたといえよう。また,その反面,他農産物の需給,バランスが崩れ価格の上昇したことも見逃せない。一口でいえば,米を中心にした零細農耕制の矛盾が42年の豊作を契機に,いつせいに現われたともいえよう。
30年代と40年代とでは,日本農業をめぐる諸条件は大きく変つてきている。その中でいえることは,国際的にも,また,国内的にも,効率的な農業を育成することが,今までになく重要になつたことである。42年度にみられた諸問題も,その基盤に,構造的あるいは政策的,制度的な事柄をもつているだけに,これらの問題を,日本農業効率化のための一里塚として取組まなければならない時にきている。
昭和42年の用材需要は,前年を上回る景気上昇を反映して8,595万立方mとなり,前年比では11.8%の増加となつて41年を上回る大きな伸びを示した。用途別にみると,製材用,パルプ用,合板用はそれぞれ前年に比べ10.0%,18.3%,19.5%と大きく増加したが,坑木,電柱用等のその他用は4.4%の減少を示している。
製材用需要は5,540万立方mと大きく増加し,用材中に占める比率は64%となつた。これは,その約70%が建築用需要であり,個人住宅を中心とするおう盛な住宅建築と,活発な設備投資にともなう非住宅建築の伸びによるものである。すなわち42年の建築着工量は,前年比で住宅21.8%,非住宅29.0%とそれぞれ大きな伸びをみせている。また,構造別にみると木造建築着工量の伸びは21.3%を示し,最近では35年の11.7%をはるかに上回る最高の伸び率を示した。
さらに,木造建築の約87%を占める住宅についてみると,42年の建築着工戸数は100万戸をこえ,また,住宅のうち木造率のもつとも高い(約89%)持家住宅の伸びがとくに大きく,これらが建築用針葉樹製材の需要を急増させた要因となつている。
パルプ用需要は,木材チップへの依存がますます高くなつており,原木消費量の約57%を占めるに至つている。
合板用については,ラワン合板の輸出ほ減少傾向にあるものの,おう盛な国内需要を反映して生産量の伸びが大きく,原木需要の前年比19.5%の増加率は,41年にひきつづいて用材中でもっとも大きい。
坑木,電柱用等のその他需要は非木質製品への代替も進んでおり,37年以降ひきつづいて減少している。
薪炭材については,家庭燃料の消費構造の変化により,プロバンガス,灯油等への代替がさらに進み,木炭生産は前年に比べ13.0%減の45万トン,薪材も9.2%減の242万層積立方mとなり,薪炭材合計の原木需要は前年に比べ12.0%減の485万立方mとなつている。
用材の国内生産は,ひきつづき増大する需要に十分に対応できず36年以降停滞をつづけており,42年は前年比1.7%増の5,274万立方mにとどまつている。一方,外材輸入量は前年にひきつづき増大し,32.6%増の3,321万立方mとなつて,用材総需要量の38.6%を占めるに至つた。
用材の国内生産がひきつづき停滞している主な原因としては,戦前の造林停滞期の影響による資源的な制約があり,また,最近の農山村人口の流出による林業労働力の不足,林道開設の遅れによる奥地林開発の困難性や,林業経営の規模の零細性,森林所有の資産維持的性向などがあげられよう。
薪炭材の生産についても,需要のいちじるしい減少にともない,35年の1,476万立方mから480万立方mへと激減している。この薪炭材原木である低質広葉樹資源については,国内用材生産が停滞している現在,用材としての利用開発の途をさらに積極的に考えていくべきであろう。
一方外材は,需要のとくに増大した建築用針葉樹を中心に急激な増加をみせ,針葉樹1,416万立方m,前年比47.5%増,広葉樹1,412万立方m,前年比14.3%増となつている。また,パルプ用木材チップの輸入も前年の268.2%,135万立方mへと大幅に増加している。
輸入針葉樹は,米材(米国,カナダ材)が59.3%,北洋材(ソ連材)は34.5%を占めており,広葉樹はラワン材が88.3%を占め,フィリピン,マレーシヤ産が主体となつている。
また,丸太は外材輸入量の約90%を占めているが,輸出国の国内資源,産業保護等の事由から,今後は従来のような大幅な増加を期待することは漸次困難になるものと思われる。
現に,米材丸太買付けの集中している米国オレゴン,ワシントン両州においては,地元木材加工産業保護を理由として,43年4月に連邦林の丸太輸出規制措置が発表され,さらに,フィリピンのラワン丸太についても同様の動きがある。
一方,製材,合板等製品の最近の輸入の伸びは丸太輸入の伸び率をかなり上回つており,今後さらに増加することが予想されるだけに,この製品輸入の増加の傾向は,丸太輸入についての動向とともに,国内関連産業にとつて大きな問題と考えられよう。
41年半ば以降,大幅な値上りをみせた木材価格は,42年の前半には横這いで推移したものの,需要期に入り,7月以降さらに前年を上回る上昇を示した。
日銀の卸売物価指数(40年=100)でみると,木材・同製品の前年比上昇率は11.8%となつており,41年の8.0%にひきつづき高い率を示している。
この前年を上回る木材価格の上昇は,2ヵ年連統していちじるしく増加した需要と,ひきつづき伸びなやんだ国産材供給との需給の不均衡がそのもつとも大きな要因と考えられ,また,人件費,輸送費等の高騰による生産,流通コストの上昇もその要因の一つになつているものといえよう。
とくに,住宅を中心とするおう盛な建築の伸びにともなう製材用針葉樹の需要増大に対し,スギをはじめとする国産針葉樹の生産は停滞しており,また,増大した外材もヒノキ等の針葉樹高級材に対しては代替性が不十分である。したがつて,これら建築用材,とくにヒノキを中心とする高級材の価格上昇が大きく,これがまた木材価格全体を引き上げることとなつたものといえよう。
さらに外材価格についても,わが国の輸入量増大等の影響を受けて輸出国の産地買付け価格の上昇もあり,輸入原木の卸売物価指数でみても前年比9.2%とかなり大きく上昇しており,これもまた木材価格全体の上昇の一因となつているものとみられる。
このような木材価格の動きは,43年に入り,景気調整措置の影響や季節的要因等により若干下落し,停滞を示している。
森林は,林産物の供給とともに,国土保全や国民の保健休養等の公益的機能を通じて,国民経済の発展,国民生活の向上に寄与しており,とくに最近の急速な産業の発展と都市への人口の集中は,森林の持つこの面における機能をいつそう重視させることとなつている。
森林法にもとづく制度によつて,森林の持つ災害防止,国土保全の機能を十分に発揮させるために保安林が指定され,この目的に沿つた施業が行なわれているが,その面積は43年3月現在で約487万haとなつており,前年同期に比べ約52万ha増加している。さらに保安林整備臨時措置法に基づく配備計画では,昭和45年度末までに全森林面積の約27%に当る666万haへと整備強化されることになつている。
また,森林の国土保全機能を強化するために,荒廃地の復旧,予防治山および地すべり防止等の治山事業が行なわれており,42年度の治山事業に対する国の投資額は,前年度比17.3%増の363億円であつた。
さらに43年度からは,最近の災害の増大と経済社会の発展に対応するため現行計画を改定した新治山5ヵ年計画によつて,国土保全機能の充実と拡大を図ることとしている。
森林の保健休養の機能については,最近の都市過密化の傾向はますますその必要性を高めており,また所得水準の向上と交通機関の発達はその利用をより容易なものとしている。
第6-12表 前治山5ヶ年計画に基く実績と新5ヵ年計画の投資計画
現在,国立公園,国定公園,都道府県立自然公園等の,約472ha万の自然公園に占める森林の比率は約75%であり,これらの森林は自然の景観と環境の維持を主眼として経営されている。最近,より密度の高い利用のために,自然休養林,県民の森等の計画が新たに加わり,42年度には明治の森高尾,箕面の両国定公園が設定された。
最近の外材への依存度の高まりや木材価格の動向からみて,経済の発展にともない今後とも増大の予想される木材需要に対応するために,まず国内生産力の充実を図ることが必要であろう。
わが国は森林国といわれながらも,国民一人当たりの森林面積はわずかに0.2haであり,世界でも下位にある。しかし多雨,温暖な気候条件は林木育成には最適であり,かつ長期的にみて,海外資源への依存は困難が予想されることからも,国内生産力の充実によつて自給率の向上を図ることがもつとも重要な課題である。
このためには,成長率の低い天然林から生産力の高い人工林への転換を図ることが必要であるが,この転換は最近はむしろ停滞傾向にあり,造林事業をさらに積極的に推進する施策が必要であろう。
また,奥地資源の利用開発のみならず,生産性の向上の面からも欠くことのできない林道については,その整備の遅れが目立つており,いつそうの努力を傾注すべきである。
つぎに,民有林の計画的な施業を促進するために43年5月,森林法の一部改正が行なわれたが,さらに経営基盤を強化し,企業意識の増進を図るためには,税制,金融の面を含めて積極的な施策の推進が必要と考えられる。また,近年,農山村人口の流出によつて林業経営の隘路となつている林業労働力の確保についても,具体的な対策を進めて行かなければならない。
最後に,外材については当面増加をつづけ,木材需給に占める地位はさらに大きくなるものと考えられる。したがつて今後,その輸入については適正円滑な輸入態勢の整備が望まれるが,同時に植物防疫,港湾設備等,受入れ体制の整備も必要である。さらに外材対象の製材設備増加等により,木材の加工,流通機構に及ぼす影響もますます大きくなるものとみられるので,国産材,外材を含めた加工,流通機構全体の整備近代化の促進についても,また早急に検討を進める必要があろう。
昭和42年の漁業生産量(捕鯨業を除く。)は782万トンで,前年にくらべると,数量で72万トン,比率で10%増加し,前年にひきつづきわが国漁業生産量の記録を更新した。これは,主として,あじ,さんま等の不漁にもかかわらず,すけそうだら,さば,するめいか等が豊漁であつたことによるものである。
42年の漁業生産の動向を部門別にみると,つぎのとおりである。
海面漁業は,724万トンで前年より10%増加したが,このうち遠洋漁業は,240万トンで前年より26%の大幅な増加を示している。これは主として,ねり製品原料の冷凍すり身を船上で製造する母船式底びき網船団の増強,北洋およびアフリカ西岸における遠洋底びき網の伸び等によるものである。沖合漁業は,286万トンで前年より3%増加した。これは,主として,東シナ海のあじまき網と,三陸沖のさんま棒受網が不漁であつた反面,北部太平洋のさばまき網およびいか釣等が増加したためである。沿岸漁業は197万トンで前年より5%増加したが,これは主として,いか釣,採草等が増加したためである。
浅海養殖業は,45万トンで前年より10%増加した。これは,主として,のり,かきの増加によるものであるが,はまち,わかめ等の養殖も大きく伸びている。
内水面漁業・養殖業は,14万トンで前年より,1%減少したが,これは内水面漁業が水質汚濁,河川工事,湖面埋立,干ばつ等により減少したためで,内水面養殖業は,配合餌料,網いけすの普及など養殖技術の向上により増加傾向を維持している。
なお,捕鯨業の捕獲実績は21,088頭で前年より7%減少したが,これは国際規制の強化に伴なう南氷洋捕鯨の大幅な減少によるものである。
41年の漁業経営体総数は,22万4千経営体で,前年にくらべ0.2%とわずかながらも増加し,近年ひきつづいた減少傾向が横ばいに転じている。
このうち,主体をなす沿岸漁業の経営体は,21万5千経営体で,ほぼ前年並みを維持し,減少率は停滞している。過去5年間には3.2%減少しているが,総経営体数にしめる割合は96%前後でほとんど変つていない。しかし,その内部では,無動力船層と定置網・地びき網層が大幅に減少して,その割合が小さくなつた反面,動力船層と浅海養殖層が増加して,前者の減少を補完しているなど,急激な構造変化が進行している。
一方,沖合・遠洋漁業では,最近経営体数が増加傾向にあり,前年より2.4%増加して,9.1千経営体となつた。なかでも経営規模の大きな1,000トン以上層の増加がいちじるしい。
水産物の輸出は,近年順調に伸びてきたが,42年には,前年より9.9%減少して326百万ドル(1,174億円)となつた。これは,主として,水産かん・びん詰が増加したにもかかわらず,生鮮冷凍水産物,真珠等が大きく減少したためである。すなわち,水産かん・びん詰は,前年減少したイギリス,オーストラリア向けのさけ,ますかん詰が若干持ちなおしたのと,欧米向けのまぐろ類かん詰,東南アジア向けのさばかん詰が順調に伸びて,157百万ドルと10.7%増加した。
一方,生鮮,冷凍水産物は,おう盛な国内需要の増大によりアメリカ・イタリア向けの冷凍かつお・まぐろが大きく減少し,83百万ドルと前年より19.8%減少した。魚油および海獣油も,主体をなす鯨油が,ここ数年来の南氷洋捕鯨の規制強化により,本年も大幅に生産が減少したため9百万ドルと前年より20.2%減少した。また,真珠も41年後半からはじまつた欧米の景気後退と値下りを警戒した海外業者の買い控え等により,国内でも生産調整が行なわれ,輸出も55百万ドルと前年より14.9%減少した。
つぎに水産物の輸入は,最近における食生活の向上にともなう需要のいちじるしい増大により,えびをはじめとする高級魚介類や畜産飼料向けの魚粉を中心に年々急速な伸びを示している。
42年には,えび,かつお,まぐろ等の生鮮,冷凍水産物が28.1%,さけ・ますの卵,干のり等の塩干水産物が18.9%,いわし等の水産かん・びん詰が82.5%とそれぞれ大きく増加して,前年を14.3%上回る192百万ドル(690億円)となつた。
輸入水産物の主要品目は,輸入金額の41.6%をしめる,えび(生鮮,冷凍)が第1位で,以下魚粉,えび以外の甲殻類・軟体動物(生鮮,冷凍),干のり,さけ・ますの卵の順となつている。また,輸入先は,世界各地の94ヵ国にわたつているが,主要国をあげると,干のり,寒天,えび等を輸入している韓国が第1位で,以下,メキシコ(えび,寒天原草),中共(えび,くらげ,さわら),アメリカ(さけ・ますの卵,貝殻,えび),タイ(えび)の順となつている。
水産物の産地市場における価格は,需要の増大傾向にともなつて近年上昇基調にあるが,42年の年間総平均価格は,するめいか,すけそうだら等の多獲性魚の水揚げが大幅に増えたため,1キログラム当り65円で前年と変らなかつた。これを魚種別にみると,生産量の減少したあじ,かつお,まぐろ等が値上りし,生産量の増加したするめいか,すけそうだら,ぶり等は大きく値下りしている。最近では産地における冷凍工場,加工施設の整備等も進んでいるが,なお依然として多獲性魚では生産量の変動によるかなりの価格変動がみられ,42年においても,1~6月はあじの不漁により前年並みないし若干高目に推移したのに,7~12月ではするめいかとすけそうだらの大量水揚による値下りが要因となつて,やや低目に推移している。このように生鮮水産物の産地価格は,需要の強い一部の高級魚を除いては,生産量と価格との間に逆相関の関係がみられる。
消費地への水産物の入荷は,人口の都市集中化と食生活の高度化,多様化にともなつて年々増加している。42年の6大都市中央卸売市場への水産物の総入荷量は,生鮮品73万トン,冷凍品48万トン,加工品46万トン,鯨肉4万トン,計171万トンで前年より3%増加している。近年生鮮品が減少ぎみであるのに対し,冷凍品は着実に増加しており,38年以降では年率14.4%で伸び,生鮮品と冷凍品の入荷割合も38年の7:3から42年には6:4となり,市場における冷凍品のウエイトが大きくなつているのが注目される。この冷凍品の急速な伸びは,さんま,するめいかを中心とする多獲性魚の産地における冷凍向け比率の増大,かれい,ぬぬけ,まだら等の北洋底もの,およびたい,たこ,もんごういか等の遠洋トロールものの増大によるものである。
6大都市中央卸売市場における水産物の年平均卸売価格は,供給を上回る需要の伸びにより年々上昇しているが,42年は生鮮品が1キログラム当り187円で前年にくらべ13%高,冷凍品が176円で16%高,といずれも上昇基調を保つている。魚種別にみると,入荷量の多かつたすけそうだら,たちうお等は値下りしたのに対し,入荷の少なかつたさんま,あじ等が大きく値上りしている。産地価格が前年とほどんど変らなかつたのに,消費地市場価格が高い上昇率を示しているのは,産地市場では魚体の大小こみで上場され,また豊漁で安値を示したするめいか,すけそうだら等の加工原料向けとなる魚種のウエイトが大きいのに対し,消費地市場ではこのような魚種の入荷ウエイトが比較的小さいうえに,同一魚種でも一般に魚体の大きい鮮度のよいものが入荷していることが一因となつている。
また,都市における魚介類の消費者物価指数も年々上昇しているが,42年の対前年上昇率は11.4%であつた。
最近における生鮮食料品の消費者物価の上昇傾向のなかでも,とくに水産物の値上りが目だつている。これは,主として水産物需要の増大,消費構造の変化等にともなう需給の不均衡によるものであるが,生産コストおよび流通コストの増大による影響も大きい。
水産物の需要は,近年国民所得水準の向上にともなつて,中高級魚および高次加工品を中心に全般的に増大傾向を示しており,これに対して供給は,遠洋漁場における国際規制の強化,沿岸・沖合漁場における水質汚濁,海況変動など漁業生産をめぐる環境条件の悪化により,需要に対応して増大することは非常に困難となつている。
さらに,水産物の生産コストは,操業技術の合理化,省力化等の生産性向上の努力にもかかわらず,漁場の遠隔化,労働力の不足等により上昇をまぬがれず,また流通コストも需要の高度化,周年化および広域化により輸送費,包装費,保管費等の増大のほか,流通段階における労賃上昇,小売業の零細性等のため年々上昇傾向にある。
このため,今後のわが国水産業は,長期的見通しのもとに水産物需給の不均衡を改善し,国民に対する動物たん白の重要な供給源としての水産物の安定的供給を確保する必要がある。
そのための対策としては,新漁場の開発等による水産資源の維持増大,漁港等の漁業生産基盤の整備,沿岸漁業および中小漁業の近代化等によつて,水産物の供給量の増大と漁業生産性の向上を図るとともに,水産物の流通加工施設および生産者と消費者を結ぶ流通体制の整備等による流通の合理化を推進する必要がある。