昭和43年

年次経済報告

国際化のなかの日本経済

昭和43年7月23日

経済企画庁


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3. 企業経営

(1) 好調だつた企業経営

42年度の企業経営関係の主な動き(月誌)

昭和42年度下期の企業収益は,景気調整下にもかかわらず,引き続き順調に推移した。

日銀調べ『主要企業経営分析』(製造業)によれば,42年上期の企業収益は9.3%の増収,16.0%の増益であつた。42年下期については未発表であり,同一ベースによる増収率,増益率は目下のところ,正確にはわからないが,各証券会社の3月期決算速報などから推定してみると,おおむね10%弱の増収,5%強の増益となつたものとみられる。( 第3-1図 参照)

第3-1図 製造業の増収率,増益率

いま日銀調べ「主要企業経営分析」と,42年下期については日銀「主要企業短期経済観測」やその他の経済指標をもとに当課で行なつた推計値をもちいて,今回の景気調整下における企業収益を分析してみよう。 第3-1表 は前々回(36年7月),前回(39年3月)および今回(42年9月)について企業収益力の指標である総資本収益率をとつて比較したものである。

これによれば,今回も前々回および前回同様に,引締め後1期目の総資本収益率は低下しているが,その低下幅は0.2ポイントと小さく,景気調整策の影響が比較的軽微であったといえよう。

それではなぜ42年度下期の企業収益が好調だつたのか,その理由を考えよう。その第1は,販売価格の上昇である。企業収益に与える価格変動の影響はきわめて大きいものであるが,前々回,前回とも引締め直後から価格は低下をたどり,これが売上高利益率低下の大きな要因となつていた。しかしながら今回は引締め→需給悪化→価格低下という過去の調整期にみられたコースをたどらず,このことが今回の景気調整の大きな特徴であつた。ただ,市況産業といわれる鉄鋼や化学の一部で需給悪化による価格の低落がみられたのは過去の調整期と同様であつた。また,これと多分にうらはらの関係にあるが,今回は原材料価格の上昇がいちじるしく,原材料コストの上昇を招いていることも注目すべきである。第2に,賃金コストが低下したことである。賃金コストは労働力不足からは今後は大きな収益圧迫要因となると考えられるが,42年度下期は稼働率の上昇等による労働生産性の上昇により賃金コストが相対的に低下し,企業収益好調の要因となつた。第3は,総資本回転率が低下しなかつたことである。総資本収益率は売上高純利益率と総資本回転率の積であるが,前々回,前回とも両者が低下を示したが,今回は前者が低下しただけであつた。前々回は設備投資が活発に行なわれたためもあり,有形固定資産回転率が大幅に低下したし,前回は企業間信用の膨脹によつて売上債権回転率の低下がみられたのに対し,今回はそのいずれもが低下していない。

第3-2図 賃金コストの業種別動向

第4は金融コストが前回,前々回とくらべてあまり収益圧迫要因とならなかつたことである。

金融コストがそれ程悪化しなかつたのは主として借入依存度が低下したからであり,それは今回のばあい企業が借りだめ,借りいそぎをしなかつたためである。その背景には,国債発行によるマネーフローの基調変化という前回,前々回になかつた事情があつたことも見逃がせない。

第3-1表 景気調整局面における総資本収益率とその変化要因(製造業)

(2) 賃金コストの動向

労働力需給のひつ迫による賃金コスト上昇の問題は40年代の企業経営にとつて最大の課題の1つといえる。 第3-2図 は賃金コストを42年度上期と35年度上期について対比したものであるが,これによれば賃金コストの圧迫を受けている業種は食料品,ゴム等の軽工業および重化学工業の中でも労働集約的な非鉄,電気機械,金属製品等があり,賃金コストがむしろ低下しているものは鉄鋼,繊維,化学,紙パルプ,印刷等である。また, 第3-3図 は賃金コストの推移を業種別にみたものであるが,これによれば景気調整局面で賃金コストが圧迫要因となつている業種が多い。(非鉄,ゴム,窯業・土石,鉄鋼,一般機械,繊維など)これは後述するように,需給悪化による稼動率の低下ひいては労働生産性の低下によつてもたらされるものにほかならない。

第3-3図 賃金コストの業種別推移

いま賃金コストを分解すれば次式のようになる。

さらに労働生産性を分解すれば次のとおりである。

上式をみてわかるように,賃金コストを下げるには一人当たりの賃金上昇を抑制するか,あるいはまた労働生産性を上げることが必要であるが,賃金の下方硬直性および労働力需給の窮迫化などから,賃金の抑制ははなはだ困難であり,労働生産性を上げる以外に方法はない。したがつて,生産を機械化,省カ化することによつて企業体質を強化し,かつ生産設備の効率的運用をはかることが必要である。

(3) 企業経営の現在水準と業種別動向

つぎに今回の景気調整期における業種別の特徴をさぐつてみよう。 第3-2表 は景気調整第1期とみなされる今回の業種別増益寄与率のパターンを前回,前々回の時のそれと対比したものである。それによると,第1の特徴は,減益業種が,前々回は7業種,前回が9業種(製造業全体でも減益となつた)であつたのに対し,今回は鉄鋼,食料品,紙パルプ,金属製品の4業種にとどまつたことである。

つまり,今回は景気調整期にもかかわらず増益業種が全体の75%と非常に多くを占めたいということである。

第2は,今回増益寄与率の高かつたのは輸送用機械,電気機械,一般機械および化学であるが,これらは前回,前々回においても増益寄与率の高い好調業種としてランクされていることである。第3は過去3回の景気調整期を通じて,鉄鋼,紙パルプ等の市況産業が減益の中心業種になつていることである。

第3-2表 増益寄与率の業種別比較

したがつて,今回はその景気調整策の影響が比較的軽微にとどまつているという点を除いては,業種別には従来の景気調整期とかなり類似のパクーンをとりつつあることがわかる。

それでは今回の景気調整過程で企業経営の実体はどの辺の水準に位置しているであろうか。 第3-4図 に示すように42年度下期の利益率諸指標は42年度上期をピークにいずれも若干低下しているが,総資本収益率がいまだ前回の好況期のピーク38年度下期を上回つているのをはじめ,利益指標は概して38年のピークの水準を維持しているとみなすことができよう。もつとも30年代前半の異常に高かつたころとくらべると,総資本収益率や企業収益率のグラフが示すように利益指標は低くなつている。

第3-4図 利益関連指標の推移

一方,総資本回転率は 第3-5図 にみるとおり,景気調整策の実施にもかからわず42年度を通じて好転をつづけ,前回ピークはもちろんのこと,36年度上期の水準にまで達した。これは第1には,有形固定資産回転率がストック調整の進展から40年度下期以降急ピツチの上昇を示してきたが,設備投資が大幅増勢に転じた42年度にいたつてもその上昇がつづき,前々回のピークである35年度上期の水準をも越えるにいたつたことである。

第2は,流動性の多様化等資金効率を良くするための企業努力の結果,現預金回転率が40年度下期をボトムに急速に好転してきたことである。第3は,棚卸資産回転率が生産ラインの同期化等在庫管理技術の改善による企業内の合理化努力や流通革命の進展にともなつて,30年代を通じて傾向的に上昇をつづけ,42年度上期には6.4回転と戦後の最高水準を記録するにいたつたことである。

第3-5図 回転率諸指標の推移

つぎに企業決算面をみると, 第3-4図 にみるとおり,今回は配当率が上昇したにもかかわらず配当性向が大幅に好転(低下)したという特徴がある。前回は配当率が低下したにもかかわらず配当性向は悪化(上昇)し,前々回は配当率の上昇にともなつて配当性向も悪化したという事実を対比するとき,今回は5期連続の増益決算ということもあつて内部留保にあてられる部分が多く,企業の利益蓄積はかなり大きかつたものと推定される。

しかしながら,42年度に入つて設備投資の自己金融力は大幅に低下した。 第3-6図 にみるとおり41年度には110%にも達し,構造的に好転をみせたと思われた自己金融力は,設備投資の再燃にともなつて,42年度末には56%に急減している。わずか1年にして,ほぼ半分の水準にまで低落せざるを得なかつたということは,自己金融力が現在の内部蓄積の程度においては,純資本ストックの成長率の短期循環的な関数にすぎないことをものがたるものといえよう。

第3-6図 自己金融力の変化と要因(製造業)

(4) 企業間信用と資本構成

(一) 企業間信用の最近の動向

今回の景気調整過程では企業間信用の膨脹が従来にくらべ軽微であつたことがあげられる。 第3-7図 は企業間信用を売上債権/月売上高,買入債務/月売上高の比率でみたものである。今回の場合には,引締め後これらの比率は若干上昇に転じてはいるものの,前回,前々回の上昇(悪化)にくらべればゆるやかであり,その水準も前回を下回つている。それはなぜか。その背景をつぎにみていくことにしよう。

第1は,製品在庫比率が前回,前々回にくらべてきわめて低水準であるのにくわえ,引締め後の上昇もゆるやかなことである。このことは製品需給の緩和がさほど進んでいないことを示すとともに,企業にとつては,在庫圧迫減がほとんどないことを意味している。

第3-7図 企業間信用と輸出比率,製品在庫比率の推移

第2は,製品在庫比率の動きとも関連しているが,稼働率低下の弾力性が高まつていることである。すなわち 第3-8図 は稼働率と損益分岐点稼働率の推移をみたものであるが,今回の景気上昇局面では,稼働率は大幅に上昇を示したが,損益分点稼働率の上昇は相対的に小さかつた。このため,両者のポイント差でとられた稼働率低下の弾力性を示す指標は,従来のピークである35年度上期の水準にまで達している。このことは企業が損失をださないで稼働率を低下させうる余地がそれだけ大きいことを示している。したがつて,損益分岐点稼働率からのつきあげで生産を維持しなくてもよいという事情から,無理な押し込み販売をする必要もなかつたわけである。

第3は,売上高に占める輸出の比率が上昇していることである。引締め後,輸出が増勢に転じているのは前回も前々回も同様であるが,今回の場合にはその水準が前2回の場合より高い。輸出は輸出金融等により債権の現金化が国内取引より容易であるから輸出比率が高まれば,企業の資金ぐりを楽にし,企業間信用依存度を小さくする。

第4は,公共部門に対する売上げが増大していることである。 第3-3表 は部門別の資金過不足を示したものであるが,公共部門の資金不足(投資超過)は前回,前々回よりも増大している。公共部門への売上げは通常現金支払いされるから,その比率が高まれば,輸出と同様の効果をもつ。

第3-3表 部門別賃金過不足(△)

以上のような背景が今回の場合,企業間信用の膨脹を軽微にしているわけだが,これはあくまで短期的な動向としての現象であつて,30年代の高度成長期に累積された膨大な企業間信用を収縮させるほどのものではないことはいうまでもない。そこでつぎに構造的側面から企業間信用と資本構成との関連をみてみよう。

第3-8図 損益分岐点稼働率の推移

(二) 企業間信用と自己資本比率の低下

資本構成の悪化,すなわち自己資本比率の低下は,30年代以降今日までほぼ一貫して続いている。自己資本比率の低下は 第3-9図 に示すように物的資産を自己資本でまかなう割合が低下するか,総資産に占める金融資産の割合が増大するかによつてもたらされる。すなわち,金融資産には現預金,売上債権,投融資勘定があるが,その割合は2:6:2程度である。したがつて売上債権が全体の金融資産の動向に大きな力を与えるし,売上債権が増加すれば,それに見合つて買入債務が増加する。しかも,これらの企業間信用が膨脹すると支払準備のための現預金を増加させねばならず,それに伴つて借入金が増加する。

第3-9図 自己資本比率の低下要因

こうしたメカニズムによつて,総資産の膨脹と,そのなかに占める金融資産が増大した。

物的資産に対する自己資本の割合は,投資が急増する時期には,投資に自己資本の増加が追いつかず低下する。しかし,その割合は30年代から今日まで,おおむね50%前後を上下している。これに対し総資産に占める金融資産の割合は,30年代初期の20%台から最近の40%台へと大きく増加し,自己資本比率低下の主役となつている。そこで 第3-10図 によつて,36年度上期から42年度上期の期間について,企業間信用の膨脹と自己資本比率の低下の関係をみると,企業間信用の膨脹がいちじるしい業種ほど自己資本比率の低下が大きいことがわかる。

したがつて,企業間信用の膨脹と投資の急増がかさなると自己資本比率はさらに低下する可能性をもつている。

いうまでもなく,自己資本比率の低位は,企業の不況抵抗力を弱める。他人資本のウエイトが高ければ支払金利が大きいから,利子率が企業収益率(利子支払前総資本収益率)を上回る時期にはとくに問題になる。いま,企業の安全性を示す指標の1つとして金利負担力をとりあげ,その推移をみたのが 第3-11図 である。これは金利支払い額に対して何倍の利子支払い前利益をあげているかを示したものである。好況期に企業収益率が上昇すれば,それにともなつて金利負担力も増大するわけだが借入依存度が高い水準にあり,金利も上昇すると,金利負担力の増大はさまたげられる。したがつて低位な自己資本比率は企業の安全性をそこなうわけである。

以上みてきたように景気調整下の企業経営は一部業種を除いて比較的順調のうちに推移している。増収,増益がつづき企業の利益蓄積は進んだ。しかしながら企業体質の面でみると自己資本比率は低下傾向をつづけている。当面する国際化の進展のなかで企業の競争力の強化はますます要請されており,資本構成の改善は当面の急務といえるだるう。

第3-10図 自己資本比率の悪化と企業間信用

第3-11図 金利負担力とその要因


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