昭和43年
年次経済報告
国際化のなかの日本経済
昭和43年7月23日
経済企画庁
42年度の鉱工業生産は,前年度にくらべ18.6%増(41年度は前年度比17.1%増)と高い伸びを示した( 第2-1図 )。これを期別にみると,季節修正値の前期比で,42年4~6月4.3%増,7~9月5.2%増,10~12月5.2%増と大幅に増加したが,43年1~3月は2.0%増にとどまつた。43年1~3月には,船舶および食料品が一時的要因によつて著減しているため,これらを除くと前月比3.7%増となる。4月には生産が反動もあつて前月比3.3%の大幅増となり,さらに5月も2.8%と高い伸びを示しているが,景気調整策がとられた後,43年に入つていぜんとして根づよい増加傾向にあるものの増勢に若干鈍化がみられるようになつた。
一方,42年度の鉱工業出荷も,前年度比17.0%増(41年度の前年度比16.7%増)と,生産の伸びをわずかに下回るものの大幅な増加を示した。これは41年度初め以来の一貫した強い需要増加をものがたるものであるが,43年に入り,増勢に落着きがみえはじめてきた。
生産,出荷の伸びが鈍化した主な業種は,市況産業といわれるもののなかで代表的な鉄鋼,繊維である。鉄鋼は 第2-2図 にみるように,生産は42年秋ごろから伸び率が鈍化し,出荷も42年中ごろから国内需給がゆるみ,代わつて輸出が増加したものの,全体としては42年末ごろから高水準横ばいに転じている。繊維の生産については,前々回とほぼ似た動きをして景気調整策後5ヵ月目に伸びの鈍化がはじまり,出荷は綿糸で42年急増した流通在庫の調整が行なわれたことなどから,43年1月ごろから横ばいとなつている。
また41年を通じて横ばいに推移した鉱工業生産者製品在庫は,42年に入ると生産能力も逐次高まつてきた結果,42年春から増加の度合いを強めてきた。したがつて,製品在庫率も42年年初に下げ止まり,年央以降上昇気味となつている。
上にみたような鉱工業生産の拡大をもたらした需要要因を産業連関分析によつて最終需要別にみると,42年度上,下両期を通じての主役は民間設備投資(民間住宅投資を含む)であつた( 第2-3図 )。生産の増加に対する設備投資の寄与率は42年度上,下期それぞれ50.2%,56.4%と5割強を占めている。また,42年度上期から下期へかけては,在庫投資の役割が低下し,代わつて遅れていた政府支出の増加,次第に回復してきた輸出が生産増加にかなりの寄与をしている。また個人消費は,上期,下期を通じて生産を支える安定的な需要要因であつた。こうした生産拡大の背景を反映して, 第2-1表 に示すように設備投資に直接関連する資本財と堅調な個人消費に裏づけられる耐久消費財の生産は,42年中増勢をつづけた。景気調整策開始後も資本財は43年1~3月に船舶が一時的に下落したため,伸び率としては低下したものの,根づよい上昇をつづけており,耐久消費財も1~3月に電気機械を中心に一時的に伸び率が鈍化したものの,いぜんとして高い伸びをつづけている。
まず,資本財のうちとくに急増している品目をみると,集積回路を応用することによつて小型化,軽量化に成功し爆発的な売れゆきを示す電子式卓上計算機,また事務能率向上に大きな役割を果たす複写機などの事務用機械,また,コンピューター革命とまでいわれるほど急速な普及をみせ始めており,近い将来は情報産業の立役者としての活躍の場を約束されている電子計算機などである。これらの生産は42年度の前年度に対する伸びが7割以上と,鉱工業全体の伸びをはるかにしのいでいる。また労働力不足に対処して,省力投資の促進が大きな問題となつてきているが,こうした事態を反映して数値制御機械など自動機械の生産が活発化しようとしている。
つぎに,耐久消費財については,とくに1,500cc以下の乗用車,クーラー,カラーテレビなどは急伸した。所得水準の向上とともにこれらに対する需要の伸びは目覚しく,ウエイトの大きい1,500cc以下の乗用車においては,軽自動車が画期的な性能向上と手ごろな価格によつて,また,1,000cc前後の小型乗用車がざん新なスタイルの新型車の相次ぐ登場と,性能向上を兼ねたモデル・チェンジなどによつて,一般の人々の購買欲をかき立て,国内向けを増やす一方,アメリカをはじめオーストラリア,東南アジア,そしてヨーロッパなど世界の多数の国々に対する輸出もこのところ期を追つて増加している。42年度における1,500cc以下の乗用車生産台数は151万台と対前年度伸び率は56%ときわめて高い。クーラーも爆発的な売れゆきを示し,これを反映して生産も40年度14万台であつたのが41年度22万台,42年度は45万台とうなぎ登りに上昇している。カラーテレビの生産も40年度15万台,41年度65万台,42年度160万台と急増し,色彩がより鮮やかになるとともにカラーの放送時間の大幅増,従来の豪華な19インチコンソール型に加え,卓上型,16インチ型など普及型が多種発売されるなど需要増加に拍車がかけられている。
今後,鉱工業生産は景気調整措置の浸透とともに,総需要が落ち着いていくにつれてさらに増勢を弱めていくものと思われる。しかし,つぎにのべるような点から考え過去にくらべて伸びが鈍化しにくくなつているものと考えられる。
第1は,鉄鋼,船舶,自動車,家電製品,化学製品など日本の代表的な重化学工業がその国際競争力の強化を通じて,輸出産業として定着し,または重要性を高めてきていることである。日本の輸出は上記業種を中心に本年春以来目覚しい増勢を示しているが,このような伸びの達成できる背景には価格面,品質面で各々の業種に海外の商品に十分たちうちできる競争力が備わつてきたからである。したがつて今後国内需要が多少ゆるんでも,世界景気は基調的には根づよいものがあるので輸出でカバーされる可能性がますます強まるものと思われる。
第2は,景気変動に対して比較的安定している耐久消費財に対する需要が生産を支える度合が他の需要に対して相対的に大きくなつてきていることである。前々回(37~39年)においては耐久消費財生産の鉱工業生産全体に占める比率は8.8%であつたのが,前回(37~39年)にはそれが10.0%となり,今回(40~42年)は10.2%(43年1~5月では11.8%)と次第に高まつてきている。また, 第2-4図 をみても消費財の生産上昇に対する寄与の度合いは不規則な変動を示した食料品を除いて考えてみると,前回,前々回にくらべて今回は大きくなつてきている。
さらに第3として,後に述べるように,今回は在庫調整がそれほど大規模にならないと思われること,また設備投資にも根づよいものがあることなどがあげられる。鉱工業生産は今後,以上みてきたような構造的要因,ならびに循環的要因によつて,増勢に落着きを示しながら安定的に推移するであろう。
当庁国民所得統計によつて民間企業在庫品増加(名目,在庫品評価調整・季節修正済み,以下在庫投資という)の動きをみると,41年7,900億円のあと42年は1兆9,500億円に急増していることがわかる。四半期別にみると42年1-3月期2兆1,400億円のあと4-6月期2兆500億円,7-9月期1兆8,900億円,10-12月期1兆7,200億円と減少傾向をみせてはいるが,四半期の在庫投資の大きさとしては各期ともかつてない大規模なものであつた。しかし,経済規模も同時に拡大しているので,国民総支出に対する在庫投資の比率は,在庫投資のピークであつた42年1-3月期でも5.5%と,前回のピーク(38年7-9月期5.9%)あるいは前々回のピーク(36年1-3月期6.6%)を下回つており,在庫投資が経済規模にくらべてとくに大型化したわけではない。
四半期別の動きを形態別にみると(本報告 第8図 参照),流通在庫投資は42年1-3月期をピークに減少へと転じたが高水準をつづけ,メーカーの製品在庫投資は年間を通じてほぼ横這いに推移した。仕掛品在庫投資は増加傾向をつづけたが,原材料在庫投資は増加のあと7-9月期に頭を打つた。こうした動きのなかで,流通在庫投資の大型化と製品在庫投資が低水準であつたことが目立つている。 第2-2表 は引締め期以前1年間の在庫投資の大きさをまとめたものであるが,今回は流通在庫投資のメーカー在庫投資(製品,仕掛品,原材料合計)に対する割合が前回,前々回にくらべて一段と高いことがわかる。
このように流通在庫を大型化させた要因については本報告でのべてあるので,ここではその内容を検討してみよう。
第2-5図 は主要商品の流通在庫投資指数および流通在庫率指数を示したものであるが,まず38年以降の流通在庫指数の推移をみると,①やや長期間にわたる在庫調整を終えたのち41年ごろから積増しに転じたもの(普通鋼々材,電気洗濯機,電気冷蔵庫,電気掃除機,テレビジョン),②すう勢的な上昇をつづけているもの(小型四輪自動車,小型トラック,普通トラック,合繊糸,合繊織物),③その他の3グループに大きく分けることができる。42年にはほぼ全般にわたつて需要拡大とともに流通在庫が増加し,その中でも設備投資との関連の強い普通鋼々材,輸出や新たな消費需要に支えられた合繊糸・織物,自動車,買替え需要に支えられた家電製品の動きがめだつている。しかし,在庫率指数の動きをみると,横ばいに推移しているものが多いなかで普通鋼々材,綿糸は42年初来,電気掃除機,テレビ,綿織物は年央から上昇に転じている。この点からも流通在庫投資の誘因がやや弱まつてきたことをうかがうことができる。
つぎに,今回の景気拡大過程で大きな役割を果した設備投資との関連で在庫投資を眺めてみよう。
在庫投資は総需要の拡大につれて増加するので, 第2-6図 にみるように設備投資の上昇局面では在庫投資も増加する。また,設備投資が増加するときは一般に供給力不足の傾向にあるので,在庫投資とくにメーカー在庫投資はその影響をうける。いま,在庫残高の循環的な動きを残高のすう勢線からのかい離でみると,メーカー在庫残高は前回を除いて,設備投資が上昇しはじめたあと1年間程度は供給面の制約からすう勢残高を下回つてかい離が大きくなりつづけ,上向いたあともすう勢に戻るだけでほぼ同じ期間を要している。今回の場合でも,メーカー在庫残高がすう勢を下回ると同時に企業の在庫積増し意欲が増大し在庫投資が行なわれたものの,意図したほどの積増しが実現できなかつた様子をうかがうことができる。このように,設備投資が活発な局面では流通在庫投資が堅調な需要を背景として高水準で推移し,またメーカー在庫も積増し意欲は強いので設備投資の供給力化とともに高水準の在庫投資が行なわれていくものと考えられる。
第2-7図 によつて引締め時点を中心とした形態別在庫投資の推移をみると,前回,前々回にくらべて今回は①引締め以前から流通在庫投資が減少に向つている,②引締め後に仕掛品在庫投資が急増している,③製品在庫投資の規模が小さい,などの点が目立つている。また,原材料在庫投資は従来とほぼ同様な動き方をみせている。これは(三)で述べたようにメーカー製品在庫の積増しに供給面からの制約があつたこと,流通在庫の積増しはほぼ一巡したこと,仕掛品や原材料在庫投資は生産拡大のテンポに見あつたものであつたことを示すが,この間の推移は本報告にある形態別在庫率の動きからも明らかである。観点をやや変えて形態別在庫残高のすう勢からのかい離率を検討すると( 第2-8図 )流通在庫はすでに従来にくらべてかなり高水準に達しているのと対照的に製品在庫は非常に低い水準にあることがうかがえる。
また,企業の在庫水準に対する判断をみても,製造業,卸小売業とともに過大感は減少から増加へと変つているが,卸小売業にくらべて製造業の過大感はいぜん低水準にある( 第2-9図 )。在庫投資の動向に影響を与える他の要因である売上高( 第2-10図 )もその騰勢は一時にくらべて鈍化しており,資金ぐりもしだいにつまつてきているので,今後,在庫投資は漸減してゆくと考えられるが,従来の引締め期にみられた在庫調整にくらべてその程度が今回は軽微になるであろう。なぜなら,それにはつぎにのべる3つの要因があるからである。第1は,今設備投資需要をはじめとする最終需要が根づよさを持つていることである。第2は,製品在庫水準が低く積増し余力があること,第3は,流通在庫の減少が起りにくくなるような新しい動きが現われてきたことである。第3の点に関してたとえば鉄鋼業界の動きをみると,需要家に対する納期サービスの必要性,あるいは地方小口需要開拓などのため,メーカー,商社による大規模なサービスセンターの建設がここ1,2年の間,急速に増加している。これは今回の流通在庫投資を大きくするひとつの要因であつたが,同時に今後の流通在庫投資を従来にくらべれば安定したものとする要因となるであろう。
41年度に前年度比17.5%の伸びを示した民間企業設備投資は,その後さらに増勢を強め,42年度には前年度にくらべ約33%の大幅な増加となつた。この結果,民間企業設備投資の規模は,40年度4.8兆円,41年度5.6兆円から,43年1~3月期には,年率8兆円に達するまでに大型化した。
今回の設備投資上昇を,まず製造業,非製造業に分けてみると, 第2-11図 にみるとおり,非製造業部門は,年率15%の傾向的上昇線に沿つた伸びを示しており,しかも38年以降ほとんど景気に関係なく安定的な上昇をつづけている。また,投資総額に占める比重も製造業より大きい。この安定的でウエイトのより大きな非製造業部門の設備投資を土台として,製造業設備投資が,景気回復と同時に盛り上つてきたわけであるが,前半,すなわち41年中の投資の増加は,中小企業が主体であり,また後にみるように,業種別にはまだ上昇過程に入らないものがあるなど,製造業設備投資の本格的上昇とはいえない面があつた。これが42年になると,製造業設備投資の増勢は規模別には大企業へ,業種別には全業種へと急速に波及して,設備投資全体の急上昇をもたらすとともに,経済全体の拡大過程を大きくリードしていつたのである。
このように,急上昇した設備投資が,現在,国民総支出のどの程度の割合を占めるに至つているかを,価格上昇を除いた実質ベースで過去と比べてみると(本報告 第7図 参照)民間設備投資全体では,43年1~3月期には21.3%に達し,前回のピーク(39年7~9月期20.7%)を越え,前々回のピーク(36年7~9月期23.2%)に近い割合になつている。さらに,傾向的に比率を高めている民間住宅,社会資本の充実要請から,最近ウエイトを増している政府固定資本形成を加えた,総固定資本形成の割合でみると,現在すでに36%と36年のピークとほぼ同じ高さに達しており,現在の投資比率は,きわめて大きなものであることがわかる。
次に,今回の設備投資上昇過程における業種別の動きとその特徴をみてみよう( 第2-12図 )。
化学,石油精製,自動車を中心とした輸送機械,食料品,化合繊を中心とした繊維,紙パルプ等の主として消費需要に支えられた業種では,前々回,前回,今回と,景気の短期的な循環の過程で傾向的に上昇しており,製造業の中では比較的安定的に伸びる業種である。しかし,これらの業種においても前回のピークを今回オーバーしたのは,42年に入つてからだということは注目される( 第2-12図その1 )。
一方,鉄鋼,電気機械,一般機械,非鉄金属,金属製品等主として生産財,投資財に関連した業種では,前回ほとんど投資の盛上がりが見られなかつたか,あるいはあつても前々回のピークに達しなかつたのが,今回42年になつて,いずれも6年ぶりに前々回のピークを上回つた投資規模になつたことである( 第2-12図その2 )。
また,非製造業部門では,いずれの業種も比較的安定した上昇を示す中にあつて,物的部門に関連する度合の大きい運輸通信,電力等よりも,主として個人消費者に対する最終サービス提供としての機能をもつ卸小売業,サービス業等での投資上昇が最近大きいことがめだつ( 第2-12図(非製造業) )。
これらすべての業種において設備投資が活発化したのは,35年以来のことであるが,それぞれの業種が,設備投資全体の上昇にどのように寄与したかを 第2-13図 によつてみると,前回との比較では,前述の生産財,投資財関連業種すなわち,鉄鋼,一般機械,電気機械,非鉄金属,金属製品の寄与率増大がめだつ。そして製造業内部の相対関係では,前々回と非常に似通つた寄与率となつているが,ただ,今回,紙パルプでは,その寄与が小さくなつており,また石油精製業を含む「その他製造業」の増加が大きく寄与している点が異なつている。非製造業では, 第2-12図 でみたと同様,卸・小売業,サービス業が寄与率の面でも大きい。
41年度にひきつづき,42年度に製造業設備投資を一段と拡大させた背景は何であつたか。その第1は,顕在化した供給力不足が,企業の投資マインドを強く刺激したことである。第2は,労働力不足に対処すべく省力投資,合理化投資が促進されたことである。
第3には,資本の自由化や関税引下げ等,国際化の一層の進展にともない,対外競争力の強化,すなわち大規模生産によるコスト引下げを目的とした大型プラントの建設が,折からの需要増加を背景に,一せいに着手されたことである。また企業の利潤率が急速に改善したのに加え資金的にも内部資金がふえていたことなどがあげられよう。
このような種々の要因により,民間設備投資は,急速な拡大をみたが,以下では,供給力要因と労働力要因について詳しくみてみよう。
製造業の生産能力は 第2-14図 にみるように34年から36年に至る大規模な投資ブームで一挙に年率2割近い増加を示し,その後も,継続ないしは補完工事が実施されたことから,39年まで増加率の低下傾向を示しながらも,年率14%という生産のすう勢的成長率を上回る能力増加がつづいた。この結果,供給能力と現実の生産とのかい離,いわゆる需給ギャップは,かなり大幅なものとなつて,40年の深刻な不況をもたらしたのであつた。
当然のことながら,この時点では,設備投資は急激に沈静し,また,企業のコスト負担軽減,あるいは合理化目的のため,老朽設備や効率の悪い機械設備の廃棄が進む等,ストック調整が急速にすすんだ。一方,需要面では,この間にも,個人消費を中心に,それに関連した第3次産業の設備投資,個人住宅,財政支出さらには輸出が着実な伸びを示し,このため需給のバランスは徐々に改善の方向に向つていた。そして41年に入ると,極度に圧縮されていた在庫の積み増しが始まり,これら総需要の拡大は落ち込んだ生産水準を押し上げる作用を示しはじめた。
この対応策として企業は,回復過程の初期には,設備稼動率の引上げ,労働時間の延長等で対処して,すぐには設備能力の増加を企図しなかつた。41年度後半景気上昇が本格化するに及んで,製造業大企業を中心とした設備投資が本格化したわけである。しかし 第2-14図 にみるように,投資の上昇と生産能力の増加との間には時間的ズレがあり,生産能力の増加率上昇,すなわち資本ストックの増加率上昇は41年10~12月期からであつた。その後の設備投資(資本ストックの増分)は,先にもみたように,非常に大きなものであつたが,ストック全体の伸び率としては,まだ生産のすう勢成長率に達しない低い水準で,その結果,かなりの業種で生産が需要に追いつかないという部分的需要超過の様相を呈し,製造業全体でも,需給ギャップは急速に解消していつたのである。(本報告 第6図 参照)。
この部分的需要超過が顕著に現われた業種は, 第2-14図 にみるように,資本ストックの伸びが業種の平均成長率を大きく,しかも長期間割り込んで,ストック調整が大きくすすんだ業種,また投資との関連でいうなら38~9年にも投資の盛上がりがみられなかつた業種,すなわち鉄鋼,一般機械,電気機械等であつた。こうした需給の逼迫化のため,それまで上昇傾向にあつた輸出が停滞し,関連製品の輸入が急増するという結果を招き,42年9月以降,一連の景気調整策がとられる一つの原因ともなつたのであつた。
この間の推移を,とくに輸出入との関連でみると, 第2-15図 からも明らかなように,需給ギャップの幅が拡大していた40年には内需が沈静している反面,輸出の大幅な伸びがみられていたが,内需が増加してギャップが縮少していく過程では,輸出の伸びが急速に減退していくとともに,輸入が急増していつた。景気の上昇局面ではいずれもこの傾向がみられるわけであるが,前回(38~39年)は,景気の山の時点でも需給ギャップがまだかなり大きく,したがつて輸入の増加も,一部の加工製品を中心に前年同期比30%程度の増加にとどまつたのに対し,今回は31~32年の「神武景気」,34~36年の「岩戸景気」と同様,需要の国内生産能力超過分が輸入に代替される分も加わつて,前年同期比50%以上の増加を示している。
今回の設備投資は,以上のように,設備能力の不足を背景として大きく盛り上がつていつた。こうした42年度の大型投資は,設備生産能力の増加をもたらしつつあり,一方,景気引締めの影響で,国内向け生産がようやく沈静化傾向を示すなかで,需給逼迫度は,緩和しつつある。最近輸出が回復してきていることも,海外環境の好転という要因があるとはいえ,しだいに鉄鋼などを始めとして輸出余力が生まれてきていることによる面も大きいものと思われる。
つぎに,今回の設備投資の盛上がりを労働力不足との関連でみてみよう。昭和30年代の高度成長を通じて,労働需給は,しだいに窮迫化し,年とともに,雇用の伸びは低下してきている。「岩戸景気」のころ対前年15%前後の伸びを示した製造業の雇用も,前回の拡張局面(昭和39年)では,5%に落ち,さらに今回は,41年0.4%,42年2.1%と,きわめて低い伸びになつている。こうした人不足の進行につれて賃金コストが上昇し,人手作業の機械化,機械による生産の連続化,ライン化,工程の簡素化など,相対的に低コストとなる資本への代替が進められるようになつてきた。
本報告 第10表 にみるように,生産の増加は,昭和37年以前においては,その10%以上が労働力の増加によつてもたらされていたが,昭和41年以降は,これが大幅に減り,代わつて,設備の増加およびその稼動率の上昇によつている。
こうした生産増加に対する労働力の寄与率の低下は,労働代替投資によつて可能となつたものであるが,設備投資の中で,この割合はどのように増加してきているだろうか。
現実の設備投資は,多くの場合多面的な目的のために実施せられ,同時にいろいろな効果を持つているので,労働代替投資だけを抽出するのはむずかしいが,資本の報酬率に対する1人当り賃金の比率の上昇に基づく投資を労働代替投資と考えて試算してみたのが, 第2-3表 である。
どの業種でも,労働代替投資の割合が増加しており,製造業全体でも,労働力増加にともなう単純な拡張投資の割合が大幅に減少している。
すでにかなりの資本集約的産業となつている石油精製,石油化学等の装置産業は別として,労働集約的な繊維,一般機械,ゴム,陶磁器などの窯業土石,鉄鋼の鋳鍛造部門,非鉄金属の電線ケーブル,ダイカスト部門,化学のソーダ,油脂,合成樹脂加工部門などでは,労働節約を主たる目的とする設備投資が多くなつている。もつとも,その内容は,これまでのところ多くの場合,部分的な自動化,省力化であり,本格的な省力化は,今後の問題といえよう。
また,規模別に設備投資の推移をみると,中小企業の設備投資は,回復初期から根づよい盛り上がりを示しているが,これには,労働力不足にともなう賃金上昇,必要労働力の充足難などの影響をもつとも敏感に受け,折からの金融緩和もあつて,労働代替投資が活発化していつたという事情もあろう。
このように最近の投資には,労働代替的な要素が強くなつてきているが,このことは,設備投資に,次のような性格をあたえるであろう。一つは,技術の進歩によつて資本の効率性が高められないかぎり,労働代替投資の増加は,資本単位当り生産量を,代替された労働力による生産量だけ少なくし,同じ生産量をうるのにも,多くの設備投資が必要となることである。 第2-16図 は,生産量単位当たり資本量(資本係数)の変化をみたものであるが,限界資本係数は,しだいに上昇し,昭和37年ごろを境にして平均資本係数を上回るようになつている。このような限界資本係数の上昇は,昭和30年代後半以降,だんだんと労働代替投資の割合が高まつてきていることによる面が多いと考えられる。そして,このことが,今回の設備投資を大規模なものとした一因となつている。
2つは,今後,労働力が緩和の方向に向かうことがないとすれば,労働代替の要請はつねに作用し,一種のビルトインされた投資誘因となろう。そして,設備投資にある程度安定的かつ持続的な性格を与えるであろう。
これまでのべたような要因により,景気調整措置開始後も民間設備投資は大きく伸びているが,設備投資の先行指標である機械受注額の推移をみると, 第2-17図 に示すとおり,42年10~12月でピークを打つており,従来設備投資のピークは,ほぼ2四半期程度のラグを持つていることからみて,民間設備投資も43年央ごろを一応頂点とするものと考えられる。当庁「法人企業投資予測統計調査」(昭和43年2月調査)によつても,資本金1億円以上の法人企業においては,1~3月期前期比12.4%増(実績見込)4~6月期5.2%増,7~9月期4.3%減の投資が計画されている( 第2-4表 参照)。
また,同調査によつて自己企業の生産設備についての判断をみると,不足とするものの割合が1~3月期以降急減し,一方過大とするものの割合も下げどまつて,適正感が強くなつてきている。
なお,中小企業の設備投資は,年下期に入るとともに,しだいに沈静化の方向をつよめてきている。
これらのことからみて民間設備投資は,43年下期以降落ち着いた動きになつていくものとみられるが,①鉄鋼,石油化学,自動車などの産業で国際レベルへのスケールアップのため大型プラントの建設が進められていくこと。②安定した増大を続けている民間消費支出に支えられた消費財関連の電気機械,石油精製等の設備投資が今後とも拡大していくこと,③ここ数年, 第2-5表 にみるように,設備規模がますます大型化してきており,着工から完工までに数年を要するものが多くなつてきているが,旺盛だつた42年度の設備投資には,新たに着工された工事が大きな割合を占めており,これらの工事が,43年度以降継続されていくこと。④非製造業の設備投資が,景気に関係なく安定的な拡大を続けていくと考えられること。⑤労働力不足の進行とともに,労働の資本への代替の要請がつねに投資誘因として作用していくことなどからみて,今後当分,設備投資は,底固い動きを示していくものと思われる。
しかし,反面において,①今回の設備投資は,需要の急増にともない顕在化してきた供給力不足を補填しようとするものであり,昭和30年代央にみられた大規模な技術革新をめざした独立投資的色彩は薄く,総じて誘発投資的性格が強い。したがつてこれまでの設備投資の供給能力化が進み,総需要が落ち着いていくにつれて,おのずから安定的なものとなる面があると考えられること。②また昭和30年代央の設備投資は,機械工業などの資本財提供部門の供給能力がきわめて不十分であつたため,投資の盛上がりとともに,いわゆる投資が投資をよぶという過程を通じて,設備投資が加速度的に波及拡大していつた。これが 第2-18図 にみるように,36.7年以降機械工業の資本ストックの構成比を高めたわけであり,またそれ以降のストック調整の原因となつたわけであるが,今回の景気拡張局面では,こうした一応の供給力ができているうえでの供給力不足であり,したがつて設備投資も根つこからの供給力の形成というよりはむしろ追加的な能力の増加という性格が強かつたこと,また資本財提供部門自体も,その需要構造面において,自動車,民生用電気機械など設備投資にくらべれば比較的変動の少ない消費支出に依存する度合を高めてきていることなどから,投資が投資をよぶプロセスの働く余地が相対的に少なくなつてきていること。③最近の設備の大型化は,投資実行に際し,従来にくらべいつそう需要の見通しとか資金計画などについての十分な考慮を要請し,企業の投資態度は,慎重かつ許画的なものとなつていること。④さらに,今後,資金調達面で,内部資金の比率が低下し,外部資金とくに民間金融機関,社債等に依存する割合が高くなつているが,その調達が必ずしも容易でないと思われることなどから,今後,さらに設備投資が急増することはなく,全体として落着きをみせながら底固い動きを示していくものと考えられる。