昭和40年

年次経済報告

安定成長への課題

経済企画庁


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昭和40年度年次経済報告

むすび

 39年の始めに実施された金融引締政策は、国際収支の改善という目標が達成されたので40年1月と4月の2回にわたる公定歩合の引き下げによって解除された。しかし、景気は回復せず、鉱工業生産も、39年12月から40年の5月にかけては、減少傾向をたどり市況も弱含みとなっている。これまでの日本の景気循環の型であると、引き締めを解除すると、在庫投資の回復がはじまり、景気が上昇に向かった。今回も、そうした要素がないわけはないが、このような引き締めの解除だけで直ちに、景気の自律的な回復がおこると期待することはできない。それは、現在の景気調整が、短期の在庫投資の減少ばかりでなく、次のようないろいろな要素が重なって起きたものであり、経済活動が沈滞しているからである。

 その第一は、設備能力と需要との間のアンバランスである。39年度の上期中は、引き締めにもかかわらず、設備投資はかなり高率のテンポで増加し、また、設備の稼動率も高かったが、生産が減少してくると、生産能力は需要をこえ、40年に入ってからは、稼動率もかなり低下してきた。特に、既に供給超過傾向にあった工作機械、重電機、家庭電器、合成繊維等では、設備の過剰が一層大きくなってきた。

 こうした生産能力と需要とのアンバランスがあるため設備投資意欲が低下したが、さらに、市況の低迷に加えて、コストが上昇して企業の利潤が減少していること、企業の財務構成が悪化し企業間信用が高水準となっていること、公定歩合を引き下げても現実の貸出金利の低下はわずかであること、企業の倒産が多く信用不安が強いこと、株価が値下がりしていること等が、企業の活動を一層沈滞させている。

 一方、原材料や流通在庫の調整がかなり進んでいること、金融が緩和していること等景気回復をうながす要因も現れているが、製品在庫の整理は遅れているし、消費需要の増大も緩慢であり、経済の自律的な動きにまかせておけば、景気の回復には長い期間を必要としよう。景気が過熱する危険がある時は、これを抑え、逆に、景気が沈滞に落ち込むおそれがあるときは、その回復を促進することは政府の任務である。

 そこで6月に入って、公共事業や財政投融資支出の促進、公定歩合の1厘引き下げ等の措置がとられ、また7月に入ってからは40年度予算の留保の解除、財政投融資の拡充、政府関係中小金融3機関の基準金利の引き下げなど、各種の景気対策が実施された。

 幸い、貿易収支は40年に入ってから、月平均1億ドルをこす受取超過となっており、国内需要を拡大しても、当面の国際収支のバランスがくずれる危険は少ない。従って、対外バランスの面からも、景気対策を実施する条件が整っている。

 他面、現在の景気調整は、構造的な問題をうちに含んだものであるから、景気を人為的に刺激するだけでは真の問題の解決にはならない。経済の内部にあるゆがみを新ため、経済が自己の力で成長と安定とを両立できるような条件をつくり出していくことが大切である。この点で、企業の資本構成を改善し、過度の信用依存経済が持つ不安定性をとり除くこと、行き過ぎた競争を改め、企業のコストを引き下げ、コストと価格の関係のゆがみを改めることが特に重要である。

 また、消費者物価の安定のための思い切った対策が必要である。景気対策の実施にあたっても、消費者物価の安定については十分注意を払わなくてはならない。

 国内対策と並んで重要なのは、輸出の振興である。どのような国内政策も、国際収支に不安があっては十分に実行することができない。現在世界経済は、ポンド不安や後進国の金外貨準備の減少等の問題があるが、アメリカの好況が持続し、ヨーロッパでもドイツの好況とイタリア、フランス経済の好転の兆しがあること等から大体順調な推移が予想される。日本の輸出競争力も強化されているので、当面貿易収支の相当な黒字が維持できるだろう。しかし、貿易外収支は大幅な赤字であるし、アメリカの資本流出の抑制措置も強化されているので、一層、輸出の拡大に努めなくてはならない。輸出が拡大し、経済が成長し、増大した生産力が十分に活用されるのでなければ、企業経営の安定も、国民生活の向上も不可能である。

 日本経済は、生産力が充実し、国際競争力も強まっており、基本的には健全な発展をする力を持っている。政府と民間の協力によって、内在する不安定要因をとり除き、その潜在力を十分に生かしていくならば、遠くないうちに安定成長の軌道に乗ることができるに違いない。


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