昭和40年

年次経済報告

安定成長への課題

経済企画庁


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昭和40年度年次経済報告

経済成長と企業、国民生活の安定

 昭和30年代は、経済成長の時代であった。この期間の実質国民総生産の伸びは、年平均10%であって、これは日本のどの年代と比べても、また世界のどの国と比べてみても、ほとんど例を見ない高さだった。

 経済成長が高かったことは、どのような利益をもたらしたか。

 まず、賃金や利潤の増加である。国全体の生産が大きくならなければ、勤労所得や企業の利潤も増えることができないのはいうまでもない。昭和30年以降39年までの勤労所得と企業所得(個人業主及び法人所得)の動きをみると、 第37図 の通りで、勤労所得は約3倍に、また企業所得は約2.5倍となっている。もちろん、勤労者の数が増えているし、消費者物価も上昇しているのでこれが実質的な所得の増加を意味するわけではないが、これらの点を調整して、1人当たりの実質所得の上昇をみても約2.5倍の増加となっている。1人当たり所得水準の国際比較でもイタリアに近くなった。

第37図 分配国民所得の推移

第19表 主要国の経済成長率 年率

第38図 購買力平価による一人当り国民所得

 第2は、賃金格差も縮まったことだ。日本では、過去において、企業の規模別の大小によって賃金の開きが大きいのが特徴であった。しかし、経済が成長して、労働力が不足してくると、安い賃金では人がやとえな<なるから、賃金の差が縮まってくる。 第20表 に示すように、従業員1,000人以上の企業の賃金水準を100とすると、従業員10~99人という小規模企業の賃金は昭和29年には6割弱であったが、39年には8割にまで接近している。30歳未満ではかえって、小企業の方が高く、中小企業は低賃金という常識は通用しなくなってきている。

第20表 製造業、年令別にみた規模別賃金格差の推移

 第3に、資本量が増えたことだ。資本は、所得を増やす元本となるわけであるが、また、所得の伸びが大きければ、そこから貯蓄される分が積み重なっていってだんだん資本が大きくなるわけだ。日本では所得の伸びが大きい上に貯蓄率が高かったから資本の増加のテンポもはやかった。日本の資本の総額の調査としては、5年ごとに行われている国富調査があるが、これをもとにして推計すると昭和28年には12兆8千億円(再生産可能な有形固定資産)であったが、38年には35兆3千億円となっている。また就業者1人当たり資本額も、 第39図 にみられるように急速に伸びている。1人当たり資本量が増えるということは、労働生産性を高める条件となるわけだ。

第39図 国富の推移

 第4に、輸出が増大して、国際収支の天井が高まったことが挙げられる。輸出が伸びたから、成長率が高まったということもあるが、また、高い経済成長は、日本の産業の国際競争力を強め、輸出を伸ばすのに役立った。10年前には、日本の輸出は、世界で第8位であったが、日本の輸出成長率は年15.4%と著しく高かったため、昭和39年には、米、独、英、仏、加に次いで第6位になった。工業品輸出額だけでは、1964年の第4半期には、第4位に躍進した。

第40図 輸出の推移

 しかし、総体的な成長の反面、個別的に企業や国民生活の内容に立ちいってみると、かえって不安定性が強まるという面も認められた。企業については、利潤率の低下や、資本構成の悪化、個人については、消費者物価の上昇や住宅難、公害等はその現れである。

 所得や蓄積が増えて、日本経済は豊かになっているのに、企業の経営や個人の生活が不安定になるというのは矛盾である。昭和40年代の経済が直面する重要な課題は、成長と安定とをどのようにして両立させていくかということであろう。以下にこの課題をとくための基礎として、企業経営と個人生活にみられる諸問題の性格を分析したい。

企業経営の安定の課題

企業利潤の低下

 前に述べたように、39年度は2期続けて、売上高は増えるが、利益は減るという、増収減益となった。また、日銀の「主要企業経営分析」で売上高利益率と総資本利益率をみると 第41図第21表 の通りで売上高利益率はあまりかわらないが、総資本利益率はだんだん下がる傾向にあるようだ。それに企業は、景気がよい時は償却を厚くしたり、引当金等を増やして、表面の利益を少なくし、不況の時、それをはき出して、利益を多く見せる等いろいろな操作を行っており、それをとり除いてみると、利益の変動はもっと大幅である。公表利益でなく、超過償却分や諸引当金の増減を調整した後の利益をみると 第42図 の通りで、34、35年のブーム期の実質利益は、表面利益をはるかに上回っており、その後の落ち込みは、決算の表面に現れたのよりも大きいことがわかる。

第41図 製造業・売上高純利益率・総資本収益率

第21表 利益率指標

第42図 主要企業の公表利益率と実質利益率

 特に39年は、売上高は年に1割も増えながら利潤が減ったので、企業収益は、今後も低下し企業の経営状態は悪くなり続けるのではないかという不安が一部に生まれてきた。こうした利潤の低下はなぜ起きたのだろうか、またそれは長く続くのだろうか。

引き締めの影響

 39年の利潤率の低下が引締めの影響を強く受けていることは明らかだ。引締め期に利潤が減少することは当然でこれまでも景気調整期にはいつも利潤が低下した。売上げが増えているのに利潤が減ったことが、かえって企業の不安感を強めたという面もあったが、日本のように成長力の大きい経済では、高い成長がつづくことが、企業の均衡の条件となっており、売上げの伸び方が鈍くなるだけでも、利益は減少する。

 第22表 でみるように昭和26年度下期から39年度下期までの27回の決算中、減益決算は、11回あったが、そのうち7回は増収減益であった。売上げは伸びているのに何故伸び率が鈍っただけで利益は減少するかといえば、それは、価格面とコスト面との両方からの圧迫があるからだ。引き締め期には、売上げが増えても、市況は軟化し、製品価格は低下する。販売価格と費用との僅かの差が利潤となったわけだから、価格の小幅の下落も、利潤を大幅に圧迫する。他の条件を一定とすれば、製造業平均で、価格の1パーセントの下落は、純益額の17%の低下を引きおこす(30年度上期~39年度上期の製造業主要企業の平均では、売上高税引前純益率は6%だから、販売価格1%の下落は、純益額では1÷6%=17%の低下になる)。もちろん、製品価格が下落するような場合には原材料価格も低下することが多いからこう簡単にはいえないが、販売価格の僅かの下落が利潤に大きな影響を与えることになる。不況の時には企業は表面の取引価格は維持しても、リベート等で実質的には価格が低下している場合も少なくない。また成長経済では、引き締めで売上げの増加が鈍っても、償却や金利負担は、前と同じテンポで増加する。これまでの例だと、資本費用(償却、支払利息)は平均して半期9%程増加してきた。粗利潤に占める資本費用の割合は約6割だから、資本費負担が、粗利潤に食い込む分は、半期毎に、9%×0.6で5.4%である。単純化していえば粗利潤が5%しか伸びなければ、金利・償却にくわれて純利益は低下してしまうわけだ。企業は、利潤を前期なみに維持するだけでも売上げをかなり増加させることが必要であり、成長率がおちれば、利益は減少するわけだ。過去の例をみても、前掲表のとおりで、売り上げの増加率が半期で5%未満の時は減益となることが多かった。

第22表 純売上高、粗利潤、純利益の前期比

供給力の先行

 しかし、現在の利潤率の低下を、39年度の引き締めの結果だけとみることは正しくない。利潤が低いのは、昭和34、35、36年に投資ブームがおこり、その後も投資は高水準を続けているため、現在では、供給力が需要に先行するようになっていることが大きくひびいている。昭和34~36年には設備投資は毎年3割ずつも増加を続けた。投資が大幅に伸びるときには、投資の需要拡大効果が、生産効果よりも大きくなり、超過利潤をもたらすが、投資ブームが終わったごろに、生産効果が現れて、需給を悪化させる。需要は、投資が伸び続けなければ増えないが、生産力は高い投資水準が続く限り速いテンポで増加を続けるからだ。

 過去の設備投資の増加は、極めて急速だった。実質国民総支出に占める民間投資の比率は、30年度の10%から36年度には23.5%に達した。こうした投資ブームの過程で、投資財の需要超過がつよまり、 第43図 に示すように、工業品物価に比べて投資財の価格は上昇した。

第43図 実質投資比率と投資財の相対価格および利益率

 この結果、35、36年には投資財産業を中心に異常な高利潤が発生した。前掲図にもみるように、製造業の35、36年の総資本純益率は過去のピークに及ばなかったが、一般機械では戦後のインフレ期よりも利潤率が高くなった。投資のブームは、乗数効果によって所得を増やすが、次には、消費財の需要を高め、全産業の利潤水準を引き上げることになった。

 しかし、投資ブームがおさまり、供給力が大きくなってくると、供給超過となり、売り上げは増えても利益があがらない産業が増えてきた。企業の収益水準が、昭和37年の調整期からほとんど上昇しないで、停滞を続けているのはこのためである。 第44図 に示すように主要企業の利益率は、38年度にわずかに回復したあと、39年度はまた低下したので、企業収益に十分なうるおいを与えるひまがなかった。そこで、これまでのように企業は、好況期には、利益を内部にた加えて、不況期にそれをはき出してしのぐことができなくなっている。

第44図 製造業の需給バランスと利益率

 37年以降、供給力が需要に先行していることは、企業間信用の拡大にも現れている。企業間信用が大きくなっているのは、取引規模の拡大や産業構造が変化して賦払い信用で売り上げを伸ばす業種が大きいウェイトを占めるようになる等いろいろな原因によるものだが、 第44図 にみられるように、36年度下期を境にして売り上げ債権を売上高て割った比率も高くなっており、これは、企業が延べ払いで販売したものの割合が増えていることを示している。最近の設備は量産する方がコストが下がり投資効果がよくなるものが多いし、企業間の競争が激しいから、すぐ現金化されなくても。企業は販売の増大に努めた。延べ払いが増えると、それだけ資金がねかされるから金利がかさむ。しかし、販売競争が激しいと、金利分を販売価格に転嫁することが難しくなり、企業間信用の膨張を通じて、実質的な値下げが行われている。以前は、引き締めで一時的な供給超過が起こって、販売価格が下がり、減産で製造コスト(金融費用を除く、以下同じ)が上がって、利潤が低下した。

 しかし、37年以降は、販売価格はそれほど下がらず、製造コストも低下しながら、しかも利潤が低下している。これは、企業間信用の膨張によって売り上げは増えているが、総資本の回転率がおちて金利負担が増えているからだ。

 もちろん供給超過といってもそれが全産業に起こっているわけではない。

 成長率が高い時には、需要の変化も大きいので、供給がそれに適応しない産業では利潤の低下が特に激しくなる。

 需要の大幅な変化の原因は二つある。1つは耐久消費財の普及の一巡であり、他は設備投資ブームが過ぎさったことである。過去の成長業種で37年ごろを境にして、著しく伸びが鈍ったのは、テレビの33年から36年までの年率16%より37年から39年までの年率6%、同じく工作機械の52%より10%などへの需要の鈍化である。これはテレビの普及が進んだり、投資の伸びが減ってはん用工作機械の需要がすくなくなったからだ。しかし、生産の方は過去の需要の伸びに見合って増大してきたから、需要の変化にすぐ適応するというわけにはいかない。需要が伸びなくなったものを生産し続けていれば、利潤が下がるのは当然だ。成長テンポが大きかっただけに、これらの業種の利潤率は高かった。 第45図 にみるように、総資本純益率で10%以上もあった家庭電器、一般機械、総合電機などが下がったことから、利潤率全体の浮揚力がよわめられている。また、需要の伸びは依然高いが、後発企業が増えて先発企業の創業者利潤が失われるようになった合成繊維のような業種もある。発展は常に変化を伴う。企業は、その変化に適応していかなければならない。変化への適応が遅れると、利潤は低下し、企業経営は不安定になる。

第45図 業種別総資本純益率(税引前)

労働力過剰状態の解消

 利潤率が低下傾向にあるのは、戦後の日本に見られた資本不足、労働力過剰という状態が解決に向かっていることにも因っている。労働力が余っている時には、賃金の上昇率は労働生産性の上昇に遅れ、その結果労働コストが下がり、利潤が高くなりやすい。

 日銀調べによる製造業の主要企業について、昭和30~35年度、35~39年度(いずれも上期)の2期に分けて、賃金と労働生産性の関係をみるとこの点がはっきりする。労働力に余裕があった前期では、労働生産性上昇率(実質付加価値)が年14%増に対し、名目賃金は7.6%の上昇に止まった。後期は、生産性10.6%の上昇に対し、賃金の方は10%と大体肩を並べるようになった。このため、 第23表 に示すように、労働費用は35年までに急速に下がったが、36年以後は横ばいとなっている。この間、労働生産性を引き上げるために、機械化が進み、資本費用が増えてきた。資本の生産性があがったり、原料価格が低下するといった他の条件の変化がなければ、賃金上昇率以上に労働生産性を引き上げないと、資本費用の上昇分だけは総生産費が上昇してくるわけだが、現実には原材料価格の低下や原材料の効率的な使用等が行われたために、総コストは大体安定していた。しかし、労働費用の低下によるコストの下落という要因は、昭和36年以降は弱まっている。

第23表 主要企業(製造業)のコスト諸要素の変化

 労働費用が高まるかどうかは、今後の労働生産性の上昇や、労働力の流動性等いろいろな要素によってきまってくるので、それが今後上がっていくという必然性を持っているわけではない。 第46図 にみられるように、39年になると、過去の投資効果が現れてきて、36年以降の傾向が逆転し、生産性が14%と著しく高い上昇を示し、労働費用は低下した。しかし40年に入ると景気の停滞から労働生産性の上昇率が鈍り、労働費用が上昇している。生産性の上昇のためには、経済全体が順調に成長していくことと、企業自体の努力の両方が必要である。労働生産性を高める努力を怠って、労働力に十分な余裕があった時と同様な経営方法を続ける企業は利潤をあげることは困難であろう。

第46図 生産性および名目賃金の対前年上昇率の推移(製造業)

減価償却費の増大

 現在の利潤率の低下には、一時的・過渡的な性格のものも含まれている。それは35~36年に大きな設備投資ブームがあったために、償却を必要とする資産が増え、償却費負担が重荷となって、純利益(粗利潤から、資本費用を差し引いた利益)を減らしたことだ。 第47図 にみられるように、製造業の投資は、昭和35~36年に急増し、それが1年遅れて、償却を必要とする資産を増やすようになった。37年以降償却費負担が増えたが、これにはこのような原因による面が多い。また、39年の春には自己資本充実を目的として税法が改正され、償却率が引き上げられたので、これも償却費負担を高める原因となった。

第47図 製造業の投資と償却

 償却費負担の大きさを決めるものは、一定の売り上げのために必要な未償却資産の大きさ(純資本係数)と、償却率の高さである。同じ売り上げを行っても、償却が終わっていない機械を多く使う場合には償却費負担は重くなる。また、企業が早く償却を済まそうと思って償却率を引き上げる時も、その償却費は大きくなる。純資本係数や、償却率の動きをみると、 第48図 の通りで、両者をかけ合わせたものが償却コストとなって、償却費負担を高めてきたことがわかる。

第48図 償却コストと変動要因(製造業)

 しかしこうした負担はこれから軽くなっていく。投資ブームがおさまり、償却が進んでくれば、償却負担は軽くなっていく。これからは、過去の設備投資の収穫期に入り、償却ずみの設備で生産を行っていける分が増えてくるからだ。38年度下期には、既に、償却コストには幾分の低下がみられた。39年の上期には、その春に行われた税法改正による償却率の引き上げで、償却コストが上がったが、税法改正による効果は一時的なものに過ぎないし、また、それによる償却費の増加は、これまでなら利益となっていたものが制度の変化で資本費用に振りかえられたもので、実質的に利潤が減ったわけではない。償却負担が利潤率を圧迫するという作用はこれからはうすらいでいくものと考えてよいであろう。

 以上のように、利潤率の低下は、一時的原因、景気循環的原因、構造的原因などいろいろなものが重なって起こっている。投資が年々3割も増えて投資ブームがおこり、一方労働力には余裕があって、賃金はあまりあがらないといった状態は、戦後の特殊な時期にみられた現象で、今後は繰り返されることはあるまい。従って企業が、戦後の資本不足、労働力過剰時代にみられたような、高利潤の再現を期待して経営を行うことは危険である。しかし、設備能力が増え、供給力が増加し、経済が高い成長を続けながら、企業の利潤が減るというのも常態ではない。それは、償却負担の増加という過渡的な理由や、引き締めの影響もあるが、生産物の需給構造のアンバランスや供給力が需要に先行して伸びたことによる面も無視できない。

資本構成の悪化

 企業にとっての第2の問題は、資本構成が悪くなっているということである。企業に必要な資本は銀行からの借り入れ、社債、買掛金などの他人資本と、株式を発行して調達した資本金や、内部留保などの自己資本とからなっているわけだが、日本の主要企業についてみると、戦前(昭和9~11年)は、総資本の6割以上は自己資本であった。しかし、自己資本比率は、昭和30年には40%に下がり、39年上期には30%を下回るようになった。また 第25表 に示すように、アメリカ、イギリスに比べても、他人資本への依存度が高いうえに、他人資本の中でも買掛金や短期の借入金など流動負債の割合が大きく安定性が乏しい。

第24表 企業の資本構成(全産業)

第25表 資本構成の国際比較(製造業大企業)

 このように、現在の日本の企業は、戦前と比べても、欧米諸国と比べても、他人資本への依存が大きく、これが企業経営を不安定にする1つの原因となっている。

 自己資本比率が低下したのにはいろいろな原因がある。

 その1つは、戦争中の傷が、そのまま持ち越されていることだ。戦争中、軍需産業では政府資金や銀行の貸し出しによって生産が行われたので、終戦時には自己資本比率は30%以下になっていた。また、戦争の被害や敗戦による海外資産の放棄なども資本構成を悪くした原因になっている。 第25表 をみると、アメリカやイギリスに比べると、日本と並んで西ドイツの資本構成が悪いが、これも戦争を影響によるところが少なくないと思われる。もっとも西ドイツは、戦後、資産再評価、租税、償却制度などの面で、積極的に企業資本の蓄積を進める政策をとったため、日本よりは自己資本比率が高い。

 第2は、企業の投資の増加が極めて大きかったことである。技術革新のテンポが速く、また、全般的に資本不足の状態にあったので、新投資によって利潤を獲得するチャンスが大きかった。一方、金利は固定的で、利子率は期待利潤率を下回っていたから、企業は、利子を払って銀行から借金を増やしても十分引き合った。そこで、企業は自己蓄積をこえて投資を拡大しようとした。 第26表 に示すように、法人企業部門の総投資(設備投資及び在庫投資)は、大幅に総貯蓄を上回っている。企業の総投資に対する総貯蓄の不足率は、34~36年度の3ヶ年平均で46%、37~38年度平均で36%に達した。

第26表 部門別総貯蓄、総投資バランス

 第3に、物的な投資増大ばかりでなく、売り上げ債権の増加や、投融資勘定の膨張など、金融資、産あるいは、経営外資産が増加したことが挙げられる。( 第49図

第49図 資産構成の変化

 また企業が、資金の余裕をもとうとして、銀行に密着して借りだめを進め、銀行も企業に対して十分な効果を見極めないで積極的に貸し出しを行う場合があったことも、企業の借り入れ依存度を高めた一因となっている。

 第4は、資本市場の発達が遅れたことである。戦後の日本では、企業は投資超過、貯蓄不足であったが、家計は貯蓄超過であったから、それが資本市場を通じて企業へ回ってくれば、企業の借り入れ依存度はそれほど高まらなくてすんだはずだ。しかし、長期資本市場、とりわけ株式発行市場や新規起債市場は、国民経済全体の規模からみて、発達が遅れていたために、こうした途による資金の供給は少なかった。 第27表 にみるように、資本市場からの資金供給は、この10年間平均20%で、その比重は戦前の40%から大きく低下した。そればかりでなく、変動幅も大きい。資本市場からの資金供給比率は、36年には29%に達したが、30年、37年にはそれぞれ16%、17%に過ぎなかった。これは、資本市場自体が、まだ十分に発達していないことを示すものである。 第50図 にみるように、38年以降の自己資本比率の低下が、内部留保の低下よりは、むしろ総資本の伸びに対する資本金の伸びの相対的な低下によって起こっていることに注目しなければならない。

第27表 産業資金供給構成の推移

第50図 資本構成の推移

 第5に、企業にとって、借り入れの方が、増資よりも有利であったという事情がある。例えば、株式配当には課税されるが、借り入れ利子は費用として税金がかからないから、企業は、借金をして資金を調達する方が、増資をするよりも資金コストが低くて済む。

 また、利益の絶対額が等しい場合、自己資木比率が低い方が、自己資本に対する利益率が大きいということもある。経営者の能力が、会社の資本構成や財務内容よりも、売り上げ規模や株価水準で評価されることが多かったので、過少資本のまま、高率配当の維持を図ろうとする傾向があった。こういう時には、増資による資金調達は、銀行からの借り入れができない場合や、あるいは、銀行からの借り入れを増やすためにある程度自己資本を増やすことが必要な場合でないとあまり行わない。銀行も、企業の返済能力や担保能力からみて、自己資本が不足するという場合のほかは、特に資本構成に注意をはらうことなく、優良貸し出し先を確保するため、積極的に企業との結びつきを強めていったのである。

 企業の自己資本比率の低下には、このようにいろいろな原因がある。それが低下したからといって、直ちに成長の行き過ぎだとすることは正しくない。もともと企業が、高い成長に必要な資金を全部自己蓄積で賄うことは不可能なことである。各国企業の資金調達方法を比べてみると、 第28表 の通りで、高い成長を遂げた日本と西ドイツは、アメリカ、イギリスに比べて、借り入れ依存度がはるかに大きい。また企業の自己資本比率が低下しても、ただちに、経営の健全性が損なわれたとみることも早計である。 第51図 に示す通り、企業の固定比率(自己資本に対する固定資産の割合)は、設備投資の増加につれて急速に悪くなったが、固定長期適合率(自己資本に固定負債を加えた長期性資本に対する固定資産の割合)をみると、幾分低下気味で、長期資金需要は一応長期性の資金でまかなっているからだ。

第28表 主要企業資金調達の国際比較

第51図 固定比率と固定長期適合率の乖離

 しかし企業の自己資本比率があまり低下し、他人資本への依存度が大きくなると、銀行の企業に対する干渉がつよまり、企業の自主性が失われることになりがちだ。また、不況期における企業の抵抗力を弱め、景気の回復をおくらせる。それが、企業の国際競争力を低下させることにもなろう。 第52図 にみるように、企業の金融費用負担率は全体として上昇傾向にあり、特に36年から37年にかけての増加が目立っている。その間に、利子率は低下したが、借り入れ依存度が増え、資本回転率も低下しているからだ。

第52図 金融費用の変化と要因

 資本構成に占める他人資本の割合が大きくなった結果、利子の支払いが増大することは当然だが、それは不況期には著しく利潤の分配を圧迫することになる( 第53図 )。また、資本構成が悪化すると、 第29表 のように企業の自己資本純益率の変動幅も大きくなる。このことは、企業の増資能力を弱め、逆にまた、資本構成の悪化をつよめる結果をもたらす。

第53図 粗付加価値配分構成(製造業)

第29表 資本構成と企業の利潤変動

 企業の資本構成が、戦前や欧米諸国に比べて悪いからといって、それをただちに企業の放漫な経営によるものだとすることはあたらない。それは急速な経済の復興と成長を実現するために、設備資本を拡大しなければならないという実体的な必要性、他人資本依存を有利にするような財政金融制度、企業や銀行の行動様式などいろいろな原因が集まって起こったものである。今後、設備投資の成長率が一時ほどでなくなれば、それは資本構成を改善する1つの条件にはなると考えられるが、借り入れ依存度の増大には、前述のように、そのほか多くの原因があり、投資の拡大テンポがゆるんだだけで、自然に資本構成がよくなるというわけではない。

 資本構成改善の条件として、企業や銀行がより慎重に行動することが大切なことはもちろんであるが、それと並んで、企業に対して、長期の安定した資本を供給する体制をつくりあげることが重要である。そのためには、証券発行形態の多様化、金利の自由化、税制の改革など、ひろく財政、金融政策全般に検討すべき点が多い。

中小企業と農業の経営

中小企業

 企業経営の問題点も大企業と中小企業ではかなり異なる。景気後退に伴うシワ寄せ、借り入れ難などは中小企業の経営をおびやかす不安定要因であるが、中小企業経営にとって大きな問題は賃金上昇の圧迫が、大企業よりも中小企業の方が大きいという点である。大企業は、平均してみれば、生産性の上昇は賃金一上昇を上回り、労働費用は上昇しなかった。しかし、中小企業では、賃金上昇率は大企業よりも大きく、労働費用の増大が経営を圧迫している。賃金上昇が大きければ、労働費用の上昇を防ぐためには、設備投資を増やして、生産性を引き上げていくほかはない。そこで中小企業は、盛んに設備投資を行ってきた。中小企業(製造業)の資本装備率(従業員1人当たりの有形固定資産額)をみると、 第54図 の通りで、32年の259千円から35年には308千円、38年には510千円と上昇している。このため資本装備率という点では、中小企業は、35年ごろからはだんだん大企業との差を縮め始めてきた。

第54図 資本装備率の推移(製造業)

 賃金上昇が機械化を進める重要な原因となっていることは、 第55図 をみてもわかる。賃金が高まるにつれて、資本装備率も高まっている。しかし、中小企業の機械化はまだ十分とはいえない。例えば年間1億円の生産に必要な資本と労働の組み合わせを工業統計表から試算してみると、中小企業(製造業、30~299人)は昭和32年には平均して60人の従業者と13百万円の有形固定資産を使用していたが、38年になると、賃金上昇もあって、従業員は42人に減り、固定資産は22百万円に増やすという、資本集約的生産方法をとるようになった。業種別、経営形態別、規模別に最も適当な機械化の程度は大きく異なり、簡単に結論を出せないが、いまこれらを捨象して38年の資本費用と賃金の関係から平均的な試算をしてみると、年間1億円当たりの生産のためには従業者30人、有形固定資産27~28百万円程度の組み合わせが計算上最もコストが安くなることになる。このような計算には統計上のいろいろな制約があるが、先にみたように現実の機械化の度合いはこれをかなり下回っていることが注目されよう。このことは、おそらく中小企業が資本調達能力が低いために、機械化を十分に行うことが出来ない実情にあることを示すものと考えられる。

第55図 賃金と資本装備率(製造業)

 中小企業の機械化は、労働不足をのり切るために不可避の方向だが一方では財務構成の悪化に伴う経営の不安定化という矛盾がある。中小企業の財務構成変化をみると、総資産に占める固定資産の比率は32年から39年にかけて30.9%から32.9%に増加したが、自己資本は設備投資の伸びに追いつけず、逆に低下した。このため固定比率、流動比率、負債比率はそれぞれ悪化し、特に設備投資の活発となった35年以降の財務構成の悪化が目立っているが、このような財務構成の悪化は資金繰り難をもたらし、不況抵抗力を低下させた。

 また収益面では労働から資本への代替が進むにつれて、総資本回転率は低下し、売上高純益率も人件費の増加、企業間信用膨張と設備資金借り入れなどによる金利負担の増加により低下した。このように生産性を高めるための機械化を進めることが借り入れ依存度を高め、財務構成を悪化させ、経営の不安定化を招き、かえって資本調達力を弱めるという悪循環をおこしていることが問題である。

第56図 労働と資本との代替関係(製造業)

第57図 財務比率の変化(製造業)

 世界のどこの国でも中小企業問題の解決はなかなか難しい。全体の企業の中に占める中小企業の数からいっても、 第30表 に示すように、日本がヨーロッパ諸国に比べて特に多いというわけではない。実数でも99人以下の製造業の事業所数はアメリカは27万、イギリスは7万と少ないが、西ドイツは82万、フランスは102万、イタリアは60万で日本の48万を上回っている。日本の特殊性は中小企業の数が多いということよりも、大企業に比べて、中小企業の生産性が低いという点である。 第31表 は、従業員1人当たりの規模別の比較生産性を対比したものだが、アメリカ、イギリス、西ドイツでは日本に比べ規模別生産性格差は小さい。製造業の従業員1人当たりの付加価値をみると、50~99人の企業は、1,000人以上の大企業に比べ、日本では約5割であるが、アメリカ、イギリスは7割、西ドイツでは6割だ。

第30表 事業所数、従業者数構成の国際比較(製造業)

第31表 主要国の規模別比較生産性

 もっとも企業の経営そのものの不安定性は各国とも共通である。アメリカの中小企業平均の自己資本比率55%、流動比率は200%と日本の中小企業の21%、104%に比べるとはるかによいが、アメリカの年間整理倒産企業数14,374件(63年)の大部分は中小企業であった。また 第32表 に示すように欠損会社の割合は、日、米共に規模の小さい企業ほど高い。

第32表 全法人社数中の損失法人社数の比率

第33表 日米の規模別自己資本利益率と損失比率(全産業)

 欧米で中小企業の付加価値生産性が、大企業に比べて必ずしも低くないのは、中小企業が独自の分野を持っているからであろう。アメリカの規模別付加価値生産性格差を業種別にみると、第1次金属、輸送機械、食品、紙パルプなどでは規模別格差は大きいが、木材木製品、出版印刷、窯業土石では、中企業の生産性が高く、繊維、衣服、皮革などではかえって小規模企業の方が高い。

 また西ドイツ、フランス、イタリアなどでは、中小企業の分野と、近代的な大企業の生産分野とがかなりはっきり分かれており、同一部門で中小企業とが併存し、系列ないし従属関係を形成することが少ない。

 例えばイタリアでは、自動車、時計、造船、化学などは、ほとんどが1,000人以上の大企業であり、紡績、機械では中企業(200~999人)、ビール、砂糖、絹織物、ボタンなどは小企業(50~199人)、衣服、皮革、家具、乳業、印刷などは零細企業(49人以下)が多い。西ドイツ、フランス、イギリス、オランダなどでも程度の差こそあれ、ほぼ同様な型をとっており、中小企業と大企業とが、同一業種内で競争するという例は流通部門を除いて総じて少ない。ヨーロッパの中小企業問題は、大企業との競争よりも、産業そのものの盛衰と、ヨーロッパ共同体の結成による国際間の競争である。例えば、イギリスの綿業、オランダの家具の斜陽化、イタリア、フランス製品による西ドイツの繊維、染色業の後退、アメリカの食品資本の流入によるフランスの缶詰産業への影響などはその例である。この点は日本でも、後進国の工業化によって輸出市場で、合板、造花、織物などが影響を受けるようになったこと、開放体制に入って外国製品の流入によって余波をうけた清涼飲料水、外資系会社の進出で影響をうけた紙加工品、親企業の自由化対策によるコスト切り下げの影響をうけている自動車部品など同様な問題が発生し始めており、ヨーロッパの先例には注意を払う必要があろう。ヨーロッパ共同体の成立は市場の拡大をもたらしたが、同時に競争の激化、整理倒産の増大、大企業への吸収合併が目だち始め、構造変化に適応した近代化の必要が強まっている。ヨーロッパにおけるこうした変化への対応策の一例として、例えば、フランスでは10前後の中小企業が協同して別会社をつくり、各企業は独立性をまもりながら、各企業が単独では適正規模に達しない原料購入、製品販売、資金調達などを管理させるという中小企業の集団的行動がとられ始め、政府も税制や資金面でその発展を側面から援助している。

 中小企業の専門化といい、協同化といっても、その実行にはいろいろな困難はあるが、賃金水準の低い労働力を使って大企業と競争できる条件はせばめられてきた。中小企業をとりまく不利な諸条件を改善することも必要であるが、中小企業者もその特性を生かして専門分野を開拓し、また協同化等により、生産性を高めて新しい環境に適応していくことの必要性が高まっている。

農業

 農業の経営についてもまた、固有の問題がある。経済が高成長を続けたため、農業から、工業やサービス業へ多くの労働力が移動した。過去に農業がかかえていた過剰人口がはけていくことは、農業の1人当たりの生産性を高め、農業経営を改善する条件となるはずであり、畜産部門などにはそうした方向も若干みられる。しかし全体的には、労働移動が経営規模の拡大に結びつかないこと等もあって、経営の改善は進まず、他産業との生産性格差は縮まらない。それは、基本的には、人手が減ったけれども、少ない人手で高い生産性をあげていくような体制が十分整っていないからである。

 人手が減れば、機械をいれそれを補っていかなければならないが、こうした点の変化はかなり進んでいる。農業の純投資額は38年度は802億円で、32年度に比べると、16%増加している。しかしその機械化が農家経営の改善にあまり役立っていない。その理由の1つは人手は減っても、農家はそれほど減らず経営規模が、従来と同じく小さいままにおかれているためで、耕運、整地等では機械化は普及しているが、その反面刈り取り、収穫等の分野では機械も入らず、各作業分野を通じる一貫した機械化体系の開発が遅れている。

 経営規模別の農家数をみると、 第58図 の通りで、1.5ha以上の層がわずかに増えているが、あまり目立った変化はない。3ha以上層はほとんど停滞しているといわれている。規模が拡大しないことや資本集約的な生産部門のウェイトが高まったことのため、投資の能率はあまり上がらず、農業固定資本1,000円当たりの農業純生産額をみると、34年度は690円だったが、38年度は631円に下がっている。機械化によって生産性はたしかにあがったけれども、機械が十分活用できないので、そのコストが高くついて経営の収益性はよくないわけだ。農業の純生産額から、時価で評価した地代と資本利子をさしひいて、税金、企業経営利潤、労賃にあたる剰余分を計算してみると、 第34表 の通りで、年額約18万円(一戸当たり平均)に過ぎない。これを労働時間当たりにすると、57円でほぼ農業日雇い賃金の水準である。

第58図 経営耕地規模別農家数構成比

第34表 39年度の農家純生産の配分

 こうした経営状態でも、農家所得はあがっているが、それは兼業化が進んでいるからだ。総農家数に対する兼業農家数の割合は、38年には76%に及び、そのうち、農業以外の仕事を主業とする第二種兼業農家は42%に達している。

第35表 専兼別農家の所得及び生産性

 兼業が進んでいることは、農家の生活水準を引き上げるのに役立っているが、農業生産の発展にとっては妨げとなっている。上地当たりの生産性の低い、第二種兼業農家は総耕地面積の22%を占めているが、それは、土地資源の利用度を低めているわけだ。

 農業生産は図の通り、36~39年平均の平均伸び率は32~39年平均の4.2%に対して2.3%と鈍化し、麦、大豆、なたねの減少ばかりでなく、米生産の停滞、野菜の鈍化さえみられ、耕種部門全体の上昇率は鈍化している。

第59図 農業生産動向

 今後とも食料を中心に農産物需要は増大傾向を続けると考えられるが、農業生産の一層の発展がなければ、農産物価格が上がって、消費者物価にはね返ってくるし、また、食糧の輸入が増大して国際収支を圧迫する心配があろう。35年まで8億ドル程度であった輸入は36、37年度には10億ドル台に上り、38年は15億ドル、39年は18億ドルとなっている。これには、品目により種々な原因が考えられるが、基本的には、我が国の所得水準の上昇に伴う食料消費の増大と構造変化に対して、国内生産が主として経営の零細性によって十分対応していけないことによる。特に、我が国の場合、その資源状態等を考えれば、経済構造の高度化に伴って農産物輸入がある程度増加するのはやむを得ない面もある。

 しかし、輸入の増加が国内の潜在的な農業生産力を生かしていないために起こってくるのでは、問題であろう。

 農業所得を高めていくためには、農産物の価格を引き上げるなり、経営規模を大きくして生産性をあげるなどの方法があるが、価格を引き上げるばかりでは、消費者物価が上がってしまうし、外国の農産物と競争できなくなってしまう。農業の経営は、土地の流動化、国有林野の適正な活用等による耕地の拡大や日本の経営規模に適した機械化技術の発展などを通じて農業生産力を高める方向で改善されるものでなくてはならない。

 また、農業経営高度化のためには、以上の経済諸施策と並んで、農村の生活環境や一般的な産業的環境の整備等を含めた社会及び経済の地域的開発の推進が必要である。


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