昭和40年
年次経済報告
安定成長への課題
経済企画庁
昭和40年度年次経済報告
昭和39年度の日本経済
輸出増大による国際収支の改善
生産が拡大しながら、国際収支のバランスを回復することができたのは、輸出が増えたからである。国際収支は、輸出が増えても輸入が減ってもよくなるわけだが、輸入減少で国際収支バランスを改善しなければならない場合には、生産規模全体を小さくすることが必要だ。しかし、今回は、輸出が増加したから、経済を拡大しながら国際収支の均衡を回復することに成功した。引き締めの強さは生産規模を縮小し、輸入需要を減らすほど激しくなく、生産上昇の速度を鈍らす程度で国際収支は均衡したわけだ。この点は、昭和32年の引き締めと非常に違っている。国際収支の改善の原因を見ても、前々回は輸入減、前回は輸出増と輸入減がほぼ半々であったが、今回はすべて輸出増加に因っている。
輸出の増加は、目ざましかった。39年1~3月に、月平均492百万ドルであった輸出為替受取額は、4から6月524百万ドル、7から9月570百万ドル、10から12月594百万ドルと増加し、40年1~3月には654百万ドルと前年同期を33%上回った。39年度全体としても、7,036百万ドル前年を26%上回った。
なぜこのように輸出を伸ばすことができたのだろうか。その理由として、第1に、世界経済の好調が挙げられる。工業国の景気は1961~62年ごろから好況期に入り、62年末から一次産品の値上がりで後進国の購買力も増えてきた。1964年には、ポンド不安、イタリアの景気後退、フランスの下期の生産停滞等もあったが、アメリカ、ドイツ、イギリス等で経済の拡大が続き、それは、後進国の経済にも波及して、世界貿易の全面的な拡大をよびおこした。64年の世界の輸入増加率は11%と大幅であった。過去5年間の平均では、世界の輸入の増加率は7.4%であったから、1964年の世界貿易は極めて好調であったことが知られよう。
このように、国際環境が恵まれていたために、輸出は大洋州(対前年度比49%増)、EFTA(40%増)、アメリカ(28%増)向け等を中心に増加した。また共産圏向け輸出が51%増と大きかったのも特色であった。輸出増加に対する宿与率では、アメリカが最も大きく28%であった。
第2に、日本の生産能力の増加が大きく、世界需要拡大の波にのることができたことも、輸出増加の原因であった。鉄鋼、石油化学製品では、世界的に供給力が不足し、日本へ対する発注が急増した。
第3は、下期になると、引き締めの効果が浸透して輸出圧力が強まってきたことである。特に、生産力が増え、内需とのギャップが大きくなった合成繊維やテレビ等では、その差が輸出圧力となった。しかし、世界需要が強かったため、過去の引き締め期にみられたような大幅な価格引き下げはなく、特に引き締めのあと、半年は輸出価格が安定していたことが特色である。もっとも後半からは輸出価格も低下してきたが、引き締め1年後の輸出価格の変化を比較してみると、前前回が7.4%、前回が2.8%下落としたが、今回は1.0%の下落に止まっている。
第4に、新しい輸出商品が発展したことも重要だ。昭和39年は、アメリカの景気が好調であったため、ここ数年間停滞していた繊維品や雑貨など軽工業品の輸出も増加したが、やはり金属41%増、機械40%増、化学製品29%増と重化学工業品の伸びが大きく、その増加寄与率は72%という大きな割合を占めた。特に最近の増加のめざましいのは合成繊維と乗用車である。合成繊維は糸、織物合わせて約2億5千万ドルで綿織物の輸出額の8割になった。また、乗用車の輸出も倍増して1億ドルに近づいた。
第5に、輸出競争力の強化が挙げられる。1964年には、日本の労働生産性は14.3%と大幅に伸び、西ドイツの9.4%、イギリスの5.0%、フランスの4.0%等を上回った。
第8表 主要工業国の生産性、賃金、労働コストの推移(製造業)
一方、賃金は、10.8%に止まったので、労働コストが低下した。過去6年を比べてみても、表の通りで日本は西ドイツやイタリア等に比べ年々労働コスト面で優位性を強めていることがわかる。こうして欧米で価格が上がっているのに対し、日本ではコストが安定していたために、日本の輸出競争力は強まり、また、輸出がだんだんに、採算にのるようになってきた。過去には、商社にとって利益があるのは輸入であって、輸出は妙味が少ないといわれたものであるが、こうした現象はだんだんに変わって来ている。これも輸出の著しい増大をたすけた見逃せない原因であろう。
このように、日本の輸出能力に余裕があり、輸出圧力が働き、また価格競争力が強まったこと等は商社メーカー等の輸出体制の整備と相まって、日本の輸出力を強化し、世界の輸入が1%増加した時の日本の輸出の増加率、すなわち輸出弾力性も38年の1.4に対し39年は2.0と高まった。
一方、輸入は、39年度中大体横ばいに推移し、40年1~3月の水準も、前年に比べてわずか1.5%増に止まっている。これは、1つは前年の1~3月が、凶作による食料輸入の増加であって異常高であったためもあるが、40年に入ってから、生産が低下し、原材料在庫が減少していることにも因っている。
39年度全体としても輸入総額は為替ベースで65億ドル、前年度比8.7%増に止まった。その原因は 第6図 にみられるように、生産上昇率が鈍り原材料消費があまり増えなかったこともあるが、そのほか輸入原材料在庫投資が減少したこと、砂糖等食料品価格が下落としたこと、機械や木材等の輸入がほとんど増加しなかったことによるものだ。輸入原材料在庫の投資は、38年度に1億ドル弱を積み、39年度に1億ドル弱を取り崩したものとみられる。景気調整下の動きとしてやや意外なのは、製品原材料の輸入が増えていることで、銑鉄や、非鉄金属地金等が増加した。通常の調整期では、これらの輸入は減少するのであるが、39年度の景気調整が経済規模が拡大を続け、製品原材料の一部に不足が激しくなるという特殊な型をとったためである。
こうした、輸出増大、輸入の横ばいの結果、貿易収支の黒字が大幅となったわけであるが、最近では、貿易収支が黒字になったからといって、それだけで国際収支に心配がないというわけにはいかない。
国際収支については、貿易収支のほか、注意しなくてはならない点が2つある。
1つは、貿易外収支だ。貿易外収支は35年度以降赤字幅が拡大しているが、39年度も485百万ドルの赤字となり、前年より76百万ドル悪化した。運輸関係の収支は、港湾施設使用料の値上げなどから幾分改善したが、投資収益、特許権使用料等の支払いが増えたことや、特需の受取が減ったことが赤字幅拡大の主因となった。
国際収支について注意しなくてはならない第2の点は資本収支の動きである。38年度は871百万ドルの黒字であったが、39年度は157百万ドルに止まった。その理由としては、長期資本では、アメリカのドル防衛策の影響で受取が減少したことで、特に証券と外債が大幅に減った。日本の外資導入は、アメリカの金利平衡税法案が提案された38年7月ごろを境に漸減へ転じている。また、借入金の返済の急増も見逃せない。短期資本収支では、輸出の急増、輸入の落ち着きで払い超となったことが挙げられる。すなわち、輸出増加、輸入停滞という時には、輸出ユーザンスが増え、輸入ユーザンスは横ばいとなるからである。もともと、経常収支の赤字を短期資本の受取でカバーするというのは不安定な状態であるから、39年度の国際収支が短期資本に依存せず経常収支の黒字によってバランスをしたということは、めだった改善であったといってよい。短期資本収支が赤字となっているので日本の外貨保有高はあまり増加せず、年度末で20億53百万ドルであったが、表にみられるように外国為替銀行の純資産は増えており、この点では、日本の実質的な対外準備は改善の方向にあるといってよい。長期資本の純流人がアメリカの資本流出の抑制や、日本の借入金返済の増加等で小幅となり、月によっては赤字となるような現状では、輸出増大による貿易収支の黒字の拡大に一層努力する必要があることはいうまでもないが、輸出拡大によって、経常収支の均衡が引き締め後わずか7ヶ月で回復できたことは、世界経済の好況、引き締めの影響にもよるとはいえ、日本の経済力が強化されている証拠としてよいであろう。