昭和40年

年次経済報告

安定成長への課題

経済企画庁


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昭和40年度年次経済報告

昭和39年度の日本経済

39年度の景気調整の性格

 昭和39年度は、国際収支の改善という点では、めざましい成功をおさめた年であった。38年度は、日本の輸出は、輸入を賄うことができず、長期、短期を合わせて9億ドル近くの資本をいれることによって対外バランスを合わせたが、39年度は、輸出が非常に増えたため経常収支で黒字を実現することができた。また経済規模の拡大率もかなり高く、39年の実質国民総生産は前年に比べ14%増大した。しかし国内には、一企業経営の悪化、中小企業の倒産、株価の不振等いろいろな不均衡が目立った。国際収支のバランスが改善したので、昭和40年1月、4月と2回公定歩合を引き下げて、引き締めを解除したが、こうした不均衡は緩和せず、景気の回復感がないままに推移し、国民経済全体の拡大のテンポも鈍ってきている。そこで6月に入って公共事業や財政投融資支出の促進や公定歩合の1厘引き下げ等の措置がとられ、また7月に入ってからは40年度予算の留保の解除、財政投融資の拡充、政府関係中小金融三機関の基準金利の引き下げなど、各種の景気対策が実施された。

 このように、国際収支がよくなりながら、かえって不況の色が濃くなってきたのはなぜだろうか。

 39年度の景気調整をみると、これまでの不況と二つの点では、同じ性格を持っている。1つは、景気後退のきっかけが、国際収支の不均衡を是正するための金融引き締めであったこと、第2は、引き締めによって、在庫投資の減少がおこり、それが需要減少の中心的要素となっていることである。もっとも、設備投資は、引き締めの影響を受けることがこれまでより遅く、39年中は上昇を持続し、40年に入ってからようやく下降に転じたが、これは、景気がまだ成熟段階に達しないうちに引き締めが行われたため、設備投資はかなり強い上昇力を持っており、引締効果の浸透には時間がかかったことによるところが大きい。今までのところ、生産や物価の低下の度合いは、概して過去2回に比べて小幅である。このように、今回の景気調整は、一面では従来と同様の短期の循環的性格を持っており、景気の先行きを過度に悲観することは正しくないであろう。

 しかし、他面これまでに見られなかった重要な相違もあり、不況が単なる在庫調整に止まらない可能性を含んでいることに注意しなければならない。

 その1つは、構造的変化が底流として進行していることである。構造的な変化は、景気に対してすべてが不利に働くというわけではない。例えば、労働力の需給構造に変化がおこり、労働力不足が不況下でも進行していることは、企業倒産が増大しても失業の発生を少なくしている七、また、中小企業などで労働節約的な投資を高めるなど、一面では景気後退の厳しさを緩和する役割をはたしている。しかし、労働力不足のために、不況下でも消費者物価が上がり、賃金の上昇率が高いままで続いている。36年以降は、製造業で賃金の上昇率が労働生産性の上昇率を上回るようになった。この傾向は38年後半から39年にかけて一時逆転したが、40年に入ると再び賃金上昇率より生産性の伸びが低くなっている。このことは資本費の増加と相まってコストを高め、一方、引き締めの影響をうけて製品価格が軟調となっているので、費用・価格構造のバランスをくずし、企業の利潤を圧迫する原因となっている。また、消費の構造が変化して、耐久消費財ブームが一巡したことは、消費需要の伸びを鈍くしている。

 過去の不況と異なる第2の点は、昭和35─36年のブームの調整過程が尾をひいていることである。最近の不況現象は、39年の引き締めの影響と、過去の設備投資ブームの調整過程とが二重写しになって現れたものである。これまでの調整期と比べると、今までのところ価格や稼働率などの下落幅は割合に小さく、利益率の低下も小幅である。それにもかかわらず、企業間信用の残高が大きくなっていること、株価が不振なこと、中小企業の倒産が多いこと、工作機械、重電機等前回のブーム期に投資を増やした産業で設備が過剰となり、特に利益率の低下が大きいこと等は、36年のブームに対する調整がまだ終わっていないことを示すものであろう。企業間信用の増加、中小企業の倒産の増大、株価の下落、企業利潤の低下等はいずれも36~37年の調整期中に発生し、それが38年の短い景気回復期にさしたる改善をみせないまま39年の景気調整期に持ち越されているのである。特に企業は、規模拡大に必要な資金の多くを、借入金等他人資本で賄ってきたので、利潤があがらなくなると、経営の不安定性はにわかに表面化してきた。企業経営の悪化や株価の不振から、企業の投資態度は弱気となり、民間からの機械の受注や、建設受注は減少している。また、製品在庫の整理は遅く、商品市況の低迷も続いている。小売りの売り上げの不振は、先行き消費需要の増大が鈍いことを予想させる。

 このように、現在の不況には、過去と違った深刻な面があるが、一方設備投資が結実したために、日本の輸出は、世界の好況の波に乗ることができ、重化学工業品を中心に著しい増加を示し、40年1~6月は前年同期を33%も上回り、経常収支も月平均69百万ドルの黒字となっている。過去の設備投資はこのように、経済全体の観点からいえば、労働生産性を高め、国際収支の天井を高めるなどの効果を持ったものであるが、反面、35~36年の投資ブームの行き過ぎは企業の体質を弱め、利潤を低下させるなど現在の不況を激しくしている。経済が拡大し国際収支が好転しているのに、高率の投資によって供給力の増加が先行し、需要が遅れているために、企業が苦しいという状態が現れているのである。

 しかし、現在、供給力が先行しているからといって、単に人為的に需要を増やし、景気を刺激するだけでは問題は解決しない。今回の景気調整は、企業の財務構成の悪化、需給構造の不均衡、コストと価格の関係のアンバランス、消費者物価の上昇等構造的な問題をうちに含んだものであるから、単純な景気刺激政策だけでは、ひずみを拡大するおそれがあるからである。社会資本の充実、金融の正常化、消費者物価対策の強化等の構造的な対策と、企業の経営態度の健全化が併せて進むのでなければ、景気対策も十分効果をおさめることは難しい。

 現在の課題は、経済を安定成長の軌道にのせることである。安定成長とは、決して低成長を意味しない。企業や国民生活の安定と調和していくような成長を続けていくことである。経済の成長がなければ、個々の企業や個人の繁栄も不可能だが、企業経営や個人生活の不安定が激しければ、経済の成長もざせつする。企業や個人は経済全体の成長の背後にあって、それをおし進めている基本的な力だからである。昭和40年代の経済が当面する課題は、経済の内部に現れた不安定性をとりのぞき、大きくなった日本経済の力を安定成長のために活用する条件をつくり出していくことである。

第1表 総需要と総供給

第1図 四半期別総需要の推移(季節修正済年率)

第2表 39年度の主要経済諸指標


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