昭和37年
年次経済報告
景気循環の変ぼう
経済企画庁
総説
日本経済の基調変化
昭和36年度の日本経済は、前年度に対し一層その規模を拡大し、実質国民総生産で約15%の増大となった。昭和34年度から36年度に至る3ヶ年平均の経済成長率は、実に15%以上の高さとなっている。日本経済が3年続けてこのように持続的かつ高率な経済成長を遂げたことは、史上かつてその例をみない経験であった。
36年度経済は、このように前2年に引き続く高度成長の累積という点で大きな特色を持っているが、しかし年度間を通じて一様な拡大テンポを示したわけではない。年度前半の景気の行きすぎと後半における景気調整策の進行という、対蹠的な推移を画いている。
過熱から引き締めへ
景気過熱の様相
企業の強気感の増大
いま昭和36年度の前半の情勢をふり返ってみると、企業は過去2年にわたる高率な成長の自信の上に立って、投資を一層積極化する動きにあった。将来の需要増大に応じ、新製品の開発、工業化を図るためには、在来工場の拡充では間は合わなくなり、新工場、コンビナート工場の建設が増えていく段階にあった。加えて貿易自由化計画の促進は、企業の近代化投資をスピードアップさせる要因となり、また35年秋以降の金融緩和や成長政策の心理的作用もあって、企業の投資意欲は一層かきたてられることになった。さらに、36年1~3月の公社債投信発足などによる起債の急増を中心として企業の流動性が高まり、かつ国際的に割高な金利水準を是正するための金利引き下げが行われたことが結果的に設備投資の強成長持続の足場となった。前年度には落ち着いていた在庫投資も36年前半にかけて急増し、建設投資も設備投資の強成長やビル建築ブームなどによって増大した。このような盛んな投資活動に促されて、36年度上期の鉱工業生産指数は年率にして22%その増勢を示したのであった。
国際収支悪化と金融引き締め政策の発動
企業の投資活動を起動力として、景気の山はいやが上にも盛り上がりをみせた。卸売物価は、形鋼、木材を中心に上昇し、消費者物価も大幅な上昇を示した。また日銀券発行高や日銀貸し出しも、36年度に入って増勢を強めることになった。
高度成長政策の行く手に現れたこれらの現象は、必ずしも注意信号として受け取られなかったが、景気の行きすぎに対する決定的な停止信号となったのは、国際収支の急速な悪化であった。経常収支が赤字に転じたのは36年1月以降のことで、その幅は拡大傾向にあった。しかし、輸入ユーザンス残高やユーローダラーの増大による短期外資の流入が大きかったため、総合収支が黒字を維持し、外貨準備高も4月までは増加し続けたことは、国際収支の先行きに対する判断を難しくさせることになった。また、アメリカの景気が36年はじめを底にして回復に向かいつつあり、経済の拡大持続によって輸入が増加しても、輸出の増大によって、やがて経常収支の黒字が回復されるであろうという期待が抱かれていた。さらに、貿易自由化の早期実施のためには、将来の果実をうむべき自由化投資、近代化投資は抑えるべきでないとする見方も極めて強かった。これら諸般の事情は、金融引き締め実施の決意と実施時期の判断に、少なからぬ影響を与えた。しかし、国際収支の悪化の根因が景気の行きすぎにあり、景気調整策が不可避であることは次第に明らかとなっていった。
5月にはいると輸入が一段と高まったために、総合収支も赤字となった。さらに8月をピークとして輸入ユーザンスも減少に転じ、国際通貨基金出資円の英国による引き出しもあって、8月以降は経常収支の赤字の上に資本収支の赤字が積み重なるという事態が現れ、外貨準備高は急速な減少をはじめた。輸入は思惑は少なかったけれども、経済の実体的な拡大を反映して、一貫した増大をたどった。35年度中低下を続けてきたアメリカ向け輸出は36年度上期には増加に転じたもののなお低水準にあり、東南アジアやアフリカ向けでは減退したため、上期中輸出は停滞したままであった。また、多くの商品では内需が盛んなために、輸出意欲が減退するという面もあった。このような事情によって、国際収支の赤字幅は8、9、10と3ヶ月、月々1億ドルを超え、外貨準備高も、4月末の2,035百万ドルをピークとして9月末には1,610百万ドルに落ち込むことになった。
国際収支の急速な悪化に対処して、5月ごろから日銀の窓口規制が強化され、7月には公定歩合の1厘引き上げが行われていたが、さらに9月には、輸入担保率の引き上げが行われ、国際収支の37年度下期均衡を目標とする「国際収支改善対策」が打ち出されるに至った。これによって、36年度財政支出の一部繰りのべなどが行われ、また36年度補正予算も、多額の自然増収がみられたにもかかわらず、つとめて小規模に抑えられた。これら財政面の対策はあったにしても景気調整策の主役は金融が引き受けることになった点は前回の場合と変わりなかった。9月末には、公定歩合の1厘再引き上げ、預金準備率の引き上げ、高率適用制度の強化の手がうたれ、ここに景気転換へと局面が切り替えられていくことになったのである。
引き締めの波紋
金融引き締めを主役とする景気調整策の影響は、企業の金語りを引き起こしながら、ほぼ順を追って経済実体面に波及していった。その第1波は、株価の急落に現れた。株価は、既に第1次公定歩合の引き上げを契機として7月18日をピークに急落としたが、その下落幅は32年の引き締め時のそれをしのぐものであった。株価の大幅な急落は、景気上昇過程における行きすぎた騰勢の反動を意味するものであったが、企業の資金繰りの悪化に伴う法人手持ち株の大量放出、資金繰りに追われた企業の増資急ぎ気運の影響も加わっている。
第2波は、企業間信用の拡大となって現れた。金融引き締めに対しても、いったん着工した設備投資はできるだけ仕上げを急ぎ、また需要堅調期待とシェア維持の動機によって生産をできるだけ高水準で支えようとする企業の態度は、金繰り操作による企業間信用の膨張を現出した。景気調整局面の初期段階においては、いつの場合でも企業間信用が増大するが、今回の場合は、企業が容易に強気の姿勢を変えなかったこともあって、特にこの傾向が強かった。
第3波は、需要者の在庫仕入れ手控えと、換金売りの増加による卸売物価の低落であった。金詰まりのなかで流通段階の在庫投資はいち早く減少に転じ、メーカーの原材料在庫投資も漸次圧縮される推移を示した。企業の意図した在庫投資の減少は卸売物価の低落の要因となって、8月まで時勢を維持してきた卸売物価は、9月から低落に転じ、その後も下げ足を速めた。好況の成熟期において既に過剰気味となっていた商品ほど下落幅も大きく、特に繊維の急落が目立った。しかも11月ごろには、従来堅調であった形鋼や、卸売物価の上昇をリードしてきた木材価格も下落に転じ、市況軟化の品目範囲も、次第に広汎となっていった。
第4波は、機械受注の急減という形で現れた。機械受注は10~12月期から明瞭な減少過程を画き、1~3月期には前年同期の5割の水準に低減した。着工中の設備工事はともかく、新規着工分については、37年度投資計画との関連で様子を眺めながらできるだけ戦線を整理していこうとする動きが加わったためと思われる。
第5波は製品在庫の増大であった。メーカーの製品在庫は、10月以降かなり顕著な累増をみせた。製品在庫の増加は、引き締め直後の時期には、繊維、紙・パルプ、鉄鋼などにおいて目立ったが、漸次その範囲が拡がり、自動車、民生電機など好況過程で著しい成長を示してきた業種においても、相当の製品在庫増がみられるようになった。
第6波は、鉱工業生産の低下である。金融引絞め以後、生産はなかなか下降に転じなかった。しかし引き締め下で高水準漸増の姿勢を保ってきた鉱工業生産も、製品在庫累増の圧力を受けて、37年度に入ったごろから、下降過程に移ったとみられ、ここに景気調整の影響は、主要指標について一般化する段階を迎えることになった。
以上にみられるような金融引き締めを契機とする景気調整の影響の現れ方は、ほぼ順を追って定石通りであったといえよう。だが、今回の景気調整は、景気の山の盛り上がりが高かった割には、なだらかな推移を示してきた。
次に、特に金融引き締め後の経済情勢に焦点をあてながら、項を追って、36年度経済の特色を明らかにしよう。