昭和36年
年次経済報告
成長経済の課題
経済企画庁
高度成長下の問題点と構造変化
高度成長に伴う4つの問題点
高度成長と設備投資
設備投資を軸とした経済成長
近年の設備投資の増勢には、きわだったものがある。最近5ヶ年間の民間設備投資は、実質値で年度平均29.4%の拡大テンポを示しており、30年度以前5ヶ年間平均の13.7%をはるかに上回っている。最近年次である34・35年度の拡大テンポも約40%近い増勢を続けている。かかる民間設備投資の増勢は、また大方の予想をも大幅に超えるほどのものであったといえよう。
この民間設備投資の著しい拡大は、最近の経済成長の牽引力となっている。
例えば昭和30年から35年にかけて鉱工業生産は実質額で約2.3倍の拡大を遂げたが、産業連関分析によって需要要因別の内わけを検討すると、 第I-1-1表 の通りで、生産の拡大分の41%までが民間設備投資の増大によって誘発されていることになる。産業部門別にみると生産上昇への寄与率の大きいのは重化学工業部門で、とりわけ民間設備投資の増大と密接な関連で動いていることがわかる。これを35年に限ってみると、第2部で述べたように設備投資増大の鉱工業生産上昇への誘発効果はさらに高い。
第I-1-1表 30~35年における鉱工業生産上昇の要因分析
このように民間設備投資が、大方の予想を超えた顕著な増大を相当の長い期間にわたって継続しながら、しかも最近の投資予測調査にも現れているように企業がいぜん根強い投資意欲を示しているのは、なぜであろうか。つきに設備投資の増大をもたらしている基本的因と増幅要因について項を分けて分析しよう。
設備投資増大の諸要因
速い工業高度化のスピード
民間設備投資の拡大テンポを著しく高めているのは、第1に、基本要因として、工業高度化が予想以上の急スピードで進んでいることによるものである。工業高度化とは、労働者1人当たりの資本装備率を高める方向に工業構造が変化していくことを意味するが、それは需要の面からも、供給の面からも重化学工業化が促進されていく過程に通じている。いま工業高度化の一般的な目やすとして、工業構造における重化学工業化進展率を図り、これと民間設備投資の拡大との関連をみると、 第I-1-2表 の通りで両者はかなり密接に相関しあって推移している。すなわち戦後の民間設備投資は昭和22年から30年度にかけて8ヶ年かかって2倍に増大したが、その間の重化学工業化は目立った進展をみせなかった。しかし31年度以降になると民間設備投資は著しく拡大のテンポを速め、2~3年で投資規模が倍増する勢いを示すと同時に、その間に重化学工業化も急速なスピードで進展している。この数年間に工業高度化が急ピッチで進んでいるのは、31年度以降の技術革新の影響が需要、供給両面に集中して現れているからである。その場合に日本の技術革新の特質として、先進国水準における合成化学、石油化学、電子工業等の部門の技術進歩が急速に行われているだけでなしに、乗用車、産業機械、石油精製など我が国では遅れてきた部門の革新的な作用が同時集中的に行われていることが、工業高度化のスピードを速め、民間設備投資のうねりをひとしお急にしているという事情が存在する。次章にものべているように戦後に日本の工場でつくられた新製品はかなりの勢いで需要構造を変えつつあるが、旧い製品から新しい製品への急激な構造変動に対応していくために、各企業が先行的あるいは競争的にくりだす設備投資は巨額化してきている。技術進歩と新製品開発のための設備投費は、各工業部門で各様に行われているが、現在我が国の革新的な投資は石油化学、合成化学、自動車、電気機械(電子工業を含む)および鉄鋼業に集約的に表現される。これら5柚部門の大企業の設備投資は、35年度で大企業の投資総額の約3割に達している(通産省調査)。これら革新的投資部門が重化学工業に属していることからも、重化学工業化の勢いは急である。また、天然繊維を紡績する場合よりも合成繊維を生産する場合の方が資本装備率を高める関係があると同時に、消費財的機械についても、ミシンやカメラをつくる場合よりも民生電機や乗用車を生産する方が資本装備率が高まる関係があり、現在の技術革新の進行は、総じて資本集約度が高まりながら、工業高度化が進む方向を示しているといえよう。
このように日本の工業高度化のスピードが速いことが民間設備投資の著しい増大を支えている。前述の重化学工業化進展率と設備投資の拡大テンポの関係を、世界の主要国について比較しても 第I-1-3表 のように重化学工業化の速度の速い国ほど、民間設備投資の拡大ぶりも大きい。日本は、どの国よりも重化学工業化のスピードは速いし、設備投資の増勢も飛び抜けて高い。
投資が投資を呼ぶ効果
現在の我が国の民間設備投資の増勢を強めさせている第2の要因は、投資が投資を呼びあう効果、すなわち設備投資に関連の深い部門間で相互いに需要を拡大させていく連関効果が大きく作用していることである。
一方では消費革新が着実に進行しているにもかかわらず、30年度以降の民間設備投資が急激な拡大を続けてきた結果として、国民総支出における設備投資比率の顕著な拡大と、個人消費比率の後退という対照的関係がうまれている。また民間設備投資の伸び率と個人消費の伸び率の関係を国際比較してみても、 第I-1-4表 のように、日本は諸外国に類例のないほど、民間設備投資へ偏向した特異な相関を示している。このように国民総支出の構成変動でみても、あるいは国際的に比較してみても、民間設備投資が、個人槽費に対して不均等成長の姿を呈しながら、しかも過剰設備が生ぜず、需給が均衡を保ち続けているメカニズムは、1つには、投資財部門が相互いに設備投資需要を誘発し合う効果が強く働いてきた点に求めることができよう。
第I-1-4表 主要諸国における経済成長と、民間設備投資および個人消費の増加率
これを産業連関表によって試算してみると、家計消費輸出政府支出額増加に対応した設備投資増加もこの数ヶ年の間に相当の伸びを示しているけれども、設備投資の増加に対応するための設備投資の増大ぶりはさらに著しい。その結果、民間設備投資総額のうちで、設備投資によって呼び起こされずいる部分の割合は、30~34年平均の24%から、35年には42%へと自立でた比重拡大を遂げている。
設備投資が設備投資を呼ぶ過程を、要約的にみると 第I-1-2図 の通りである。いまある期間に諸産業の設備投資が1兆円増加するとすれば、その設備投資は直接の需要効果として産業機械、建設等の部門の1兆円の生産を誘発する。さらに機械をつくり建設工事を行うためには、基礎資材である鉄鋼、非鉄金属、プラスチック材料、セメント、電力、石油の需要が誘発される。
これら間接需要まで含めた設備投資の生産誘発額は現在では約2兆7000億円にも上がるのである。 第I-1-6表 にも示されているように、同じ額の最終需要が増加した場合でも設備投資の総生産誘発額は、家計消費に比べて数等大きい。これらの設備投資が総生産の誘発を通じてどのくらい設備投資を誘発するかは、操業度や資本係数の状態を勘案しなければならないが、現在では2兆7000億円の設備投資関連部門の生産が誘発されると、それは2兆円程度の設備投資を誘発するという関係がある。このように1兆円の民間設備投資の増加が、誘発投資まで含めて、2兆円の設備投資を生ずるというように、極めて回転の早い誘発投資が相互拡大を遂げる過程が存在することが消費の伸び以上に民間設備投資を増大させる1つの介在要因となっている。そして設備投資に関連の深い個々の部門をとりあげてみても、 第I-1-3図 のように産業機械、金属など、30年から35年にかけて、国内の設備投資需要依存度は全体的に高まっている。
第I-1-3図 主要部門の設備投資依存度の上昇(民間設備投資)
このように投資財を中心とする誘発投資が相当の期間にわたって増大を続けることを可能とするためには、前提をなす幾つかの条件がなければならない。もしも投資財部門の資本蓄積の絶対水準が高く、相当の設備余力を有している状態では、投資財部門では生産が誘発されても操業度をあげさえすればすみ、誘発投資は操業度上昇によって吸収されてしまうであろう。あるいは投資財部門のうちに供給余力の大きい部門が存在するならば、設備投資の、誘発効果は途中で半減してしまうはずである。しかしながら、日本の場合に誘発投資の増大過程が相当の期間続いてきたのは、技術革新、消費革新が急速に投資機会を創出する一方、革新作用が従来の均衡をいったん破壊し、投資財部門の資本蓄積がアンバランスに低い状態を生じさせたこと、例えば新製品をつくりだすためにも投資財部門の資本蓄積の増強を必要ならしめたことが、投資が投資を呼ぶ効果を大きくさせてきたといえるであろう。
他面において、設備投資の需要誘発効果が大きいわりに、供給力効果がこれに大幅に遅れる場合には、隘路現象が生じ、それが投資の誘発的拡大を阻むことは、既に31~32年の投資ブーム時に経験したところであった。
これに比べて35年の状態は、設備投資の誘発需要が非常に高まりながらも、それが設備投資のうみだす供給力効果とタイムラグを持って釣り合いをとりつつ、投資が投資を呼ぶ作用が勢いよく拡大する過程にあったといえよう。
それは、最近2~3ヶ年の間に、投資財関連産業の供給力水準が、相対的にもかなり高まってきたことを物語るものである。
以上のような投資が投資を呼ぶ効果は、いずれにせよ、我が国における技術革新の急展開が、特に投資財部門の資本蓄積にアンバランスに低い状態をつくりだしたこと、それが急速な迂回化投資を必然ならしめたという条件のもとで、はじめて起こりえた現象であった。そしてそれが、民間設備投資が、個人消費に対して、不均等拡大のような外見をとりながらも、急速な増勢を相当期間にわたって持続させてきた大きな要因であった。
限界資本係数の上昇
第3には、限界資本係数の上昇が、民間設備投資の増幅要因として働き、設備投資が増大しているほどには産出力効果が発現しないできていることである。戦後の限界資本係数をマクロ的に民間設備投資額との国民総生産の増加額比率でとらえると、短期的には景気変動によって波を画いているが、これを3年、5年というやや長期的にみると、すう勢としては上昇傾向を示し、特に30年以降の上昇は従来に比べても高目となっている。世界の主翼国とマクロ的に比べても、日本の限界資本係数のいまの水準が特に高いとはいえないようであるが、日本経済が技術革新の急進展という際立った姿で欧米先進国の発展パターンに近づこうとしている30年以降の時期には限界資本係数もまた集中的な上昇を示してきたといえよう。従来、設備投資と産出力(あるいは所得増加)の関係については、タイムラグをおけば本来一定と考え、この数ヶ月の設備投資の累積額が総需要増加の累積額を超えていることを目して、それは算出力が十分高まりながら需要がつかないからだとする見方も往々にして行われてきた。しかしこの問題は、単にマクロ的な比率からだけで限界資本係数の動きを判断することはできない性格のもので、その比率を動かしている産業の条件に立入って検討しなければならない。
次に産業別の限界資本係数について、設備投資に対するそれぞれの産業の所得増加の関係として、やや長期的な変動態様をみよう。
鉱業、建設業製造工業、商業、運輸通信業など、大体おしなべて上昇傾向を示してきている。中でも、民間設備投資中で大きな比重を占め、かつ供給力の性格も直接的な製造工業の限界資本係数の高まりが大きく、これが全産業の限界資本係数の上昇に影響している。製造工業の個々の部門の限界孫本係数も、それぞれ上昇しているが、以下その諸条件を、特徴別にみよう。
まず、限界資本係数の30年以降の上昇が、産出力は充分あるのに需要がつかないことから上昇している部門は、紡織、レーヨン等わずかの分野に限られており、大方の部門は技術革新過程の特殊条件が加わって、産出力をうみだすまでに今までよりも多くの設備投資を必要としていることから限界資本係数が上っている。特にこの点について、これまでの限界資本係数を増嵩させてきた条件を吟味すると、つぎの通りである。
第1には、既存工場内で設備の増設、近代化を進める場合と異なって、新しい工業地帯における新工場の建設工事が増える傾向にあることが、限界資本係数を上昇させていることである。この傾向が最も現れているのは鉄鋼で、第2から第3次合理化計画へと後年に入るに伴い、新工場建設が増大する動きにあるが、その際、土地造成、用水、港湾施設の整備など各種の付帯設備向けの投資からはじまって、懐妊期間の長く圧延部門にくらべると相対的に投資効率の低い銑鉄部門への投資比重が大きくなっている。このため、“粗鋼能力1トン増加当たりの設備投資額”も目立って上昇している。これまで鉄鋼業は第2次合理化投資期にも製銑─製鋼─圧延の一貫化を図るために限界資本係数は若干の上昇傾向をみせてきたが、最近では新鋭工場の建設と相俟ってその上昇が強まっている。
第2には、旧来の部門から新規部門に向かって、設備投資の重点移動が急速に行われていることが、限界資本係数を高める影響をしていることである。例えば化学工業では、石油化学の急速な基礎形成が、化学工業全体の限界資本係数をあげることになっている。化学製品1トンをつくる場合の設備費は、ソーダ、肥料、カーバイト等の無機化学よりも、石油化学や高度の合成化学品の方が、かなり高くつく。これは石油化学のような新規部門を興すために、先に述べたような土地造成、用水、港湾施設等の基礎建設費の多くかかることも影響している。しかし、そればかりでなく、大型プラント、高度に設計された高性能の連続装置を据付けるためには在来化学部門よりも多くの資金投下単位がいるのである。在来の無機化学部門を増設する方が設備費としてはやすくついても将来需要の伸びは少なく、それよりはさし当たりの設備費が高くついても将来需要が大きいとみられる石油化学製品に向って、企業の投資が増大していることが、化学工業全体の限界資本係数にあげている。その場合に無機化学よりも石油化学の方が将来は高い附加価値造出力がある見込みで投資をしているのであるが、企業は少なくとも市場開発が軌道にのろまでは、限界資本係数が高まることを予知しながら、投資を急いでいるのである。
第3には、多角経営という観点から、企業が多部門への投資を進めていこうとしていることが当面の限界資本係数をあげる一因として働いている。たとえは石油化学の経営上の1つの重要性はナフサ廃ガスに含まれている資源を最も有効に利用することにあるとみられているが、そのためには基礎形成の当初から企業は手広く各製品を開発していきたい意欲を持っている。化学工業におけるごとき多角経営の効果は適正規模の問題と結びあうことによって充分の威力を持つはずのものであるが、企業数が多く競争投資が強い状態では、限界資本係数と多角経営の関連もそれだけ複雑な性格を持つのである。
第4には、国際競争力上から将来の生産規模を高めてコスト切り下げを可能とするために、本格的な量産体制の確立を急いでいることから、過渡的に限界資本係数が高まる傾向にあるものである。例えば乗用車は、これまで月産規模が小さく旧い設備を動かし、トラック製造設備を多分に共有しながら増産を図っていた段階では月産1台当たりの設備投資額は100万円程度であったが、月産1万台の新鋭乗用車工場をつくるためには1台につき200万円以上の設備投資を必要とするといわれている。組立メーカーのみならず自動車部品メーカーも、設備近代化によってコスト引き下げを要請されているためにこの面まで含めて、さし当たって限界資本係数は上昇気味である。また石油精製についても、精油所の規模を拡大して将来のコストを下げるために、原油処理能力を急速に拡充し、また貯油施設や販売施設の拡大を急いでいることから、当面の限界資本係数は増嵩する動きにある。このように量産体制の確立の過程で現在の限界資本係数が高まっているものは、国際的にみて生産規模が小さいことが不利とみられている部門に多い。
第5に、機械工業におけるように、大企業のみならず中規模企業にまで技術革新作用が伝播し、単に製品が安いことを売物にするのでなく高性能の製品の納入を要求されてきたために、これまでの労働多投入型生産から、近代機械を導入し、できるだけ流れ作業方式をとり入れようとする過渡期で、資本装備率が高まるのみならず限界資本係数が上昇を示しているものもみられる。
さらに産業構成の変化と限界資本係数との関連をみると、同じく車化学工業化といっても、現在の設備投資が鉄鋼、石油化学のような装置工業部門における比重を増大させていることが、限界資本係数を高めさせている。しかし、金属部門から機械加工部門へ、基礎化学部門から加工化学部門へと重化学工業化の重点が移り変わっていく時期には、それは産業構成として限界資本係数を低める働きをするであろう。
このように現在の限界資本係数の上昇にはいろいろな条件が影響しており、またこれらの条件が相互に絡まりあって働いている。かかる限界資本係数の高まりという要因は、それ自体単独の要因として考えるならば、企業の投資意欲を鈍らせる方向に働くはずである。一方では少なからぬ限界資本係数の上昇がありながら、しかも企業の投資意欲が強かったことは、 ① 技術進歩のための投資機会が拡大し、 ② 企業が先行投資に対する期待利潤を持って設備投資を推進してきたこと ③ その期待が一応のタイム・ラグを持って報われ、原材料費、人件費の低下に少なからぬ効果をあげてきたこと ④ 技術進歩の激しい時期には、企業間の競争投資もまた激しいことなどの事情が存在してきたからである。これらを考慮すれば限界資本係数の上昇も、急速な工業高度化のスピードと一応の関連を持つものであったといえるであろう。
加えて最近の経営体制は、大企業におけるほど目さきの採算にとらわれず、将来性ある分野には、かなり積極性を持って大規模投資を継続的にやっていこうとするタイプのものが多くなっている。またせっかく新工場を建設するならば、いまは資金がかかってもできるだけ将来条件まで勘案した大容量最新装置の生産力体系を持った工場をつくろうとしている。
以上の、限界資本係数を上昇させている条件のなかには多分に過渡的な性格を持ったものが含まれているのであるが、とにかく、限界資本係数の上昇は、投資が投資を呼ぶ効果と並んで、設備投資と消費の増勢に乖難を生じさせてきた要因であった。
設備投資の問題点
以上みてきたように、我が国の民間設備投資が非常な勢いで増大し続けてきたのは、技術革新や消費革新を中核としておし進められた急速な工業高度化を基本的要因とし、これに投資が投資を呼ぶ効果、限界資本係数の上昇という増幅要因が加わってきたからである。また工業高度化のスピードが一きわ遠かっただけに、投資が投資を呼ぶ効果や限界資本係数の上昇が促される面も少なくなかったといえよう。
今後の設備投資の動きがどうなるかについては、これまで設備投資を急速に拡大させてきた要因がどう変化していくかの可能性の問題である。まず工業高度化の方向については、技術革新が電子工業、石油化学、合成化学等をはじめとして今後も相当の展開をみせるであろう。しかし工業構造における重化学工業の比率がわずか5ヶ年間に50%から65%への比重増大を示したことが、従来車化学工業の技術水準の先進国との開きが極めて大きかったことから生じた面をも考慮すれは、工業高度化のスピードも従来よりも落ち着いたものに変わっていくとみられる。
またこれまでの設備投資増大の要因のうち、投資の誘発効果や限界資本係数の上昇は、工業高度化要因に比べても不安定性を内在している。投資が投資を呼ぶ誘発効果は、らせん的に無制限の拡大を遂げていく性格のものではない。それは技術革新の急展開のなかで投資財部門の供給力水準が低い状態から発生し、拡大してきたが、投資財部門の資本蓄積が進み、バランスのとれた新たなる経済状態が形成されるにつれて、次第に収れんしていく性格を有している。その場合に我が国の投資財部門が老朽設備を未だ相当に有していること、需要が増加すれば企業は陳腐化資産を切り落とすことを織り込んで設備投資を増やしていく余地があることは、投資の誘発効果を急速に収れんさせることにはならぬとも考えられる。しかしこれらの条件を勘案しても投資が投資を呼ぶ効果はいまの状態よりも次第に希薄になっていくものとみられる。
限界資本係数については、今後もこのままの勢いで上昇し続けると、みることはできない。企業の量産効果が本格的収穫期に移り、多角経営が果実をあげるようになれば、それ自体は限界資本係数の低下の条件として働きはじめるであろう。月産1万台規模の新鋭乗用車専用工場がフル生産を遂げる時期かくれは、その限界資本係数は相当に下がりうるであろう。4万バーレルから6万、8万バーレルに大規模化した精油所が本格稼動をしたあかつきには、オペレーション・コストとの関係でも限界資本係数は目立って低下するであろう。また新工場において最初の高炉1基が建設されるまでは限界資本係数が上っても、2基、3基目が建設される段階になると限界資本係数は下がる方向に働くであろう。現在の設備投資は、将来そのような潜在威力を秘めた性格のものである。しかしこの場合にも新製品が抬頭、拡大するかたわら、企業が意図する最適規模の需要を見い出すまでの研究投資、市場開発の期間まで入れて、投資の懐妊期間が長くなる傾向があること、最近の労働力関係の変化から中小企業も次第に資本装備率を高める型の経営に移行しようとしていること等は、限界資本係数を底固くさせる条件として働く可能性を持っている。しかしこれまでの限界資本係数の上昇は、各部門の技術革新下の特殊条件が一時期に集中的に現れることによって生じた面が多く、その条件にも過渡的性格が多いのであるから、それが民間設備投資の増幅要因として働く作用は減退していくであろう。
このように設備投資は少しく長い眼でみると、今までのような調子で急速な拡大テンポを続けていくとはみられず、それは落ち着いたテンポに移行していくに違いない。これまでの民間設備投資は国内要因によって支えられる面が極めて強かったが、今後の民間設備投資が安定的拡大を遂げながら長期的な経済成長路線を維持していくためには、国際協力関係のなかで一層の輸出拡大に努めていくことが望まれよう。特に投資財産業については輸出部門や消費財部門の比重拡大を遂げていく配慮も必要とみられるのである。