昭和36年

年次経済報告

成長経済の課題

経済企画庁


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昭和35年度の日本経済

設備投資

投資景気の展開

設備投資の増大と経済効果

 昭和34年度後半から増勢に転じた設備投資は、35年度及び36年度上期にかけて、一層増加の速度を加えている。

 国民経済計算による35年度の民間設備投資総額は、約3兆円に達し、34年度の2兆1,669億円を40%近く上回るものと推定される。固定資本形成額で国際比較をすれば、 第3-1図 に示すように、資本主義国では、アメリカに次ぎ、西ドイツに匹敵するもので、またその増加率においては、世界でも類をみない高さである。(総論第21図参照)次に31年を中心とした前回の投資ブームと比較すると、民間設備投資規模は、約2倍に拡大したばかりでなく、国民総支出に占める比率が、14.7%から約20%に著増し、経済におよぼす、設備投資の相対的な影響力は、格段に高まっている。

第3-1図 世界各国における固定資本形成額

 まず、設備投資は、その需要効果を通じて、35年度の鉱工業生産を、上昇させる原動力となった。 第3-2図 に示すように、設備投資によって誘発された、直接、及び間接需要を、産業連関表によって試算すれば、鉱工業総生産額の約30%を占め、また、生産上昇分に占める寄与率は、実に約50%に達している。

第3-2図 鉱工業生産の最終需要

 同時に、設備投資の誘発需要が、機械、鉄鋼を中心とした車化学工業に集中することから、産業構造の高度化を、一段と推進させている。

 設備投資は、またその生産力効果を通じて産業全般にわたる生産能力の量的、質的な拡充と、国際競争力の急速な向上をもたらしている。前回の投資ブーム時におけるごとく、鉄鋼、電力等にボトルネックが生じなかったことや、輸出の着実な増加は、この効果の大きさをものがたっている。特に、従来弱体であった、資本財機械を中心とする設備投資関連産業を、著しく強化している。

 以上のように、設備投資が35年度における経済の拡大と、工業力の強化に果たした役割は、極めて大きかった。

 次に、35年度の設備投資内容について、概観してみよう。

設備投資の業種別態様

 大企業を中心とした設備投資の動向を、当庁調べ「法人企業投資予測統計調査」(資本金1億円以上、1793社)についてみれば、 第3-1表 及び、 第3-3図 の通りである。対前期増加率は、34年度下期20.7%、35年度上期19.6%、35年度下期22.2%と推移し、しり上がりの上昇過程をたどり、年度間では前年度より45.4%の増大となっている。

第3-1表 産業別設備投資額

第3-3図 設備投資の推移

 業種別の大分類でみると、運輸、通信業をのぞいて、ほとんどすべての部門が、34年度の水準を大幅に上回ったが、特に、製造業の増勢が著しく、34年度の水準を61.0%上回った。また増加の寄与率でみれは製造業が約71%と圧倒的に大きく、次いで、電気、ガス業の約13%と、この両者で全体の8割以上を占めている。

 一方、中小企業や、個人企業における設備投資の盛行も、めざましいものがある。中小企業金融公庫の調査(従業員10人以上300人未満の企業5.307社)によれば、35年の設備投資は、前年度を63%上回ったもの脱されている。

 設備投資の動向を、ややこまかく、主要業種別にみると設備投資の増加率と、その変動性によって、 第3-2表 のように、いくつかのグループに分けてみることができる。

第3-2表 業種別設備投資の動向

 第1は、技術革新下の高成長グループで、電気機械、輸送機械(特に乗用車)、産業機械及び石油化学、合成樹脂等が含まれる。33~35年の投資増加率は、年率64%と、極めて高く、36年度上期にかけての増勢も、かなり強い。成長力の高い反面、企業間の競争もきわめてはげしく、他部門からこれら部門への進出も目立っている。

 また、研究投資が、急速に増大しているのも、このグループの特色の1つである。

 第2は、産業構造の重化学工業化に伴って、比重を高めつつある基礎産業部門で、鉄鋼、非鉄、石油精製等がそれである。33~34年の増加率が年率52%と、前記のグループに次いで高く、36年度にかけての増勢もかなり根強い。

 第3は、繊維、紙パルプ等の軽工業グループで、33~35年の設備投資増加率は、年率45%に達し、需要の伸びに比べて、投資の伸びが著しい。これは、合成繊維、上質紙、クラフト紙等、需要の増大と、多角化に応じた設備増強投資と共に、繊維では、綿紡、レーヨン等、操短を継続している設備過剰気味な部門でも、設備の合理化と更新をめざして、かなりの投資が行われたことや、パルプ部門では、針葉樹から広葉樹へ原料転のため投資が増加したことが影響している。また、合成繊維におけるように企業間の激しい競争が投資を一層増大させた面もみられるが、36年度は、投資の増勢も、幾分鈍化する模様である。

 第4は、電力、運輸(除く海運)等の産業基盤に関係するグループで、設備投資は、経済の高成長に、遅れ気味であった。この部門は、投資の懐妊期間が長い上、公益事業として、経営の弾力性が低い事も影響して、経済の急激な拡大下で、需給もかなりひっ迫している。しかし、電力では、35年後半には、工事の大幅な繰り上げ着工が行われるなど、今後の投資増大が見込まれる。

 第5は、停滞的なグループで、石炭、海運、肥料等がある。設備投資の増勢は、他のグループに比べて低く、また、その内容も、生産力の拡充よりも、合理化投資が多い。

 以上のように、業種によって、投資の不足気味なもの、過剰気味なもの、あるいは、今後の成長を期待して、投資競争が激化しているもの等、さまざまな動きを織り交ぜながら、全体としては、極めて活発な設備投資が、展開されている。

35年度設備投資の特徴

 次に、35年度の設備投資の特徴を、その盛んな拡大を可能にさせた諸要因と関連ずけながら、概括的に吟味しよう。

 35年度における投資増加の要因は、第1には 第3-4図 にみられるように景気上昇の過程で、操業度が高水準を持続し、企業の高収益も加わって、設備投資を誘発するという、好況局面からもたらされた投資の増大であった。

第3-4図 設備投資と稼働率の関係

 これは35年度において多くの業種に共通に働いた要因であった。

 第2には、引き続く高度成長の過程で、多くの主要部門における長期投資計画が台替りする動きを示したことである。たとえは鉄鋼は第2次合理化計画から第3次合理化計画へと大きく比重を移すと同時に、製鋼ベースの生産目標も時期的にくり上がる動きにある。石油化学としても第1期工事から第2期工事へと移行し電子工業5ヶ年計画も改訂される動きにあった。また、電力では新長期開発計画により、トン1源開発速度を著しく高めることになった。このように主要部門の投資計画も大規模な新規計画への台替り期にあったことが、35年度の設備投資を高める作用をしている。

 第3には貿易自由化に備えて、量産体制の強化、生産技術の向上を目的とする投資も促進されてきたことである。これも多くの部門に共通してみられるが、特に乗用車、産業機械、特殊鋼、アルミ等についてこの種の投資増強が目立った。

 これらの諸要因が35年度の設備投資を高める働きをしているばかりでなく、より基本的な要因として、技術進歩のための設備投資の増大が、全体として設備投資の基調を強くしていることも充分考慮に入れねはならない。技術革新的投資は諸種の内容を持って展開しているが、35年度中に現れた特徴はおおよそ次の通りである。 ① は新製品開発を企図した先行的な設備投資がいぜん強いことである。たとえば、石油化学におけるポリプロピレン、アルキルベンゾール、合成樹脂におけるポリーカーボネート、合成ゴムにおけるクロロピレン、合成繊維におけるプロピレン繊維、電子工業における電子計算機、工業用計器などがあげられよう。 ② は、新しい工業立地による新工場建設への胎動がみられることである。千葉、名古屋、堺、水島、鶴崎などの新工業地帯における新工場建設の動きはかなり活発化している。従来の工場内部のイノベーションから、いわば‘‘工場ぐるみのイノベーション“へと移行するに従って、設備投資規模も一層大型化しているし、 第3-5図 にみられるように土地造成、港湾整備、工業用排水施設など、基礎的な産業関連施設向けの投資も増大している。 ③ には、これとも関連するが、企業集図による設備投資の増大していることである。典型的な例は、石油化学、石油精製、鉄鋼業などの新工場地帯におけるいわゆるコンビナート投資の増大に現れており、また、自動車工業についても、組立メーカーと部品メーカー、下請けメーカーが一体的な生産近代化のために、企業集団による設備投資を進めている。“工場ぐるみのイノベーション”は、また企業集団化による“工場群のイノベーション”を呼びつつある段階とみることができよう。 ④ には革新的投資の伝播がこれまでの大企業中心から、中小企業分野にいきおよぶ動きを示しはじめていることで、この傾向はとりわけ機械工業において強い。

第3-5図 産業関連施設工事比率およびその内容

 最近の労働力需給関係の変化は、さきゆきの中小機械工業に対しても、資本装備率を高めながら生産性を向上させる必要を促進し、この面からも近代投資の増加要因となるものと思われる。 には、35年度において各企業の研究投資が一段と拡充される推移を示していることである。技術競争の激化のなかで、各企業とも現存商品の改良と新製品の技術開発、市場開発に力を入れ、研究分野の拡充を図っている。このように技術革新過程における現在の投資領域は裾野を拡げているが、各企業とも既存部門の需要拡大に対応した設備投資を行うばかりでなく、より積極的に将来性があると目される部門に経営の重点を移行させようとする意欲が強まっていることが、競争投資の激化となり、設備投資に増幅作用をもたらしている点は否めない。

 現在の設備投資は、多くの要因が相乗し合って著しい増勢を示しているが、そのうちには第3部「高度成長と設備投資」の項でのべているように、やや長い眼でみると不安定要因をもはらんでいる。いまのような設備投資の拡大テンポがこのまま恒常化するのではなく、やがて次第に落ち着いたテンポに行していく時期が近い将来に想定されるけれども、それはいま急速にテンポがゆるむという性格のものではない。当面の課題はやはり設備投資と国際収支の問題を矛盾なくつながらしめていくことにあるといえよう。


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