昭和34年
年次経済報告
速やかな景気回復と今後の課題
経済企画庁
各論
労働
昭和33年度の労働経済概況
33年度の労働経済を概観すると、賃金は、定期給与が生産の回復に伴い年間を通じ上昇を続けたが、臨時給与が停滞したため現金給与総額としては伸び悩みの状態にあった。これに対し雇用失業情勢は上期は雇用の停滞、失業の増加、労働市場の悪化など32年度後半からの悪化傾向が続いたが、下期に入り景気回復が本格化するとともに雇用失業の全般にわたり次第に明るさを増して、34年3~4月の入職期の雇用増加は前年をかなり上回る大幅なものとなった。
一方、労使関係では解雇、値下げ反対などの消極的理由による争議と中小企業の紛争が増加し、加えて勤務評定反対などの労働争議も増加したので労働損失日数は28年度以降の最高を示した。
これらの33年度の労働経済についてまず年間の推移からみよう。
前年に引き続く生産年齢人口の増加
33年度の生産年齢人口(15歳以上人口)は32年度に対して136万人増の6343万人となった。総人口の増加が93万人であったのに比べると生産年齢人口はそれを43万人も上回る大幅な増加であった。このような傾向は28、9年来のもので33年度も変わりはない。生産年齢人口の増加数のうち非農林業雇用者として就業した者は下期における景気回復の影響を受けて前年度の増加数をやや上回った。
停滞した上期の雇用失業状勢
32年度来の景気後退の影響は新規学卒者の就職状況にあらわれた。
毎月労働統計によると33年3~4月の新規学卒者を中心とする入職率は前年をかなり下回り、近代的産業部門における雇用の停滞を明確にあらわしていた。すなわち33年の入職期の常用雇用増加率は3%にとどまり前年に比べると半減した。学卒者全体としては前年に比べ5万4千人(2%)減の282万人であったが、就職者の減少はこれよりもさらに多く6万7千人(5%)減の133万人となった。これには、上級学校への新学者が増加したこともあるが、景気後退による就職率の低下が影響している。
さらにその就職先をみると比較的労働条件の低い卸小売業、サービス業、消費財産業などの中小零細規模の比重が高まり、就職率の低下以上に景気後退の影響がみられた。
入職期を過ぎた雇用は30人未満の小零細事業所まで含まれている失業保険の被保険者数でみると、製造業の中の食料品、衣服、印刷、軽電機を中心とした電気機器などの消費財部門、卸小売業、サービス業などの中小零細企業の多い部門での増加を中心におおむね漸増を続けていた。これに対して比較的近代的部門の雇用の動きを示す毎月勤労統計の常用雇用指数(規模30人以上)は上期はほぼ持ち合いの状態で推移した。製造業では3、4月の入職期を過ぎると停滞傾向が続き、繊維、紙パルプ、化学、鉄鋼、輸送用機械等の業種で常用雇用の低下はかなり目立ち、鉱業でも減少傾向が続いた。しかし卸小売業を中心とする第三次部門でも逆に増加しつつあったので、産業総数ではおおむね上期中は横ばいに推移した。他方臨時日雇延人員指数は前年度下期に大幅な減少を示し、33年度に入っても低い水準のまま横ばいの状態で推移した。近代的部門での常用雇用の減少は操短による希望退職、臨時工の整理等が前年度に引き続き行われたことを示すものであるが、その結果は企業整備と失業の増加となってあらわれた。
企業整備による整理人員は上期半ばまでは毎月2万5千人ないし2万8千人と、前年同期の約3倍に達し、そのため失業保険の初回受給者も、毎月8万5千人から9万人に近く、冬季の季節的増加を除くと今回の景気後退のうちで最も高い水準で推移した。
特に繊維工業、化学工業、第一次金属、輸送用機械等での整理が大幅であった。
すなわち上期は生産の低下による過剰人員の整理が進められるとともに、駐留軍、特需関係部門での整理が激しくあらわれた時期であった。このため労働市場においても求人の減少と求職者の増加傾向が続き、労働の受給関係は悪化の一途をたどり、最悪期には求人一人に対して求職者は3.5倍に達するという状態であった。
しかし一方ではこの期間内においても製造業の中の食料品、衣服、身回品、印刷出版などの消費財部門や卸小売業、サービス業などからの求人は以前増勢を保ち続けた。これらの産業は小、零細企業が多く労働条件が低いため、好況期には労働者を雇用しようとしても雇用できずに身充足求人が残っていたうえに、不況期に入っても消費需要が伸び続けていたためであった。日雇の有効求職者(登録日雇労働者)は上期には前年同期に対して7%増の49万人となったが、これに対して民間事業からの求人は大幅に減少し、その就労延数も前年同期に対して2割減となった。しかし失業対策事業などの増加では全体としての就労延数は前年同期とほぼ同じであった。
景気回復に伴う下期の雇用好転
下期に入ると32年の新規学卒者の採用を手控えたり、従業員の自然減少を補充せずに過ごしてきた繊維工業の一部などでは過剰雇用の整理が進み、また電気機器製造業などは旺盛な消費需要を背景とし、また新設備が完成、稼動し始めるなど、これらの産業の雇用需要(主として女子、年少者)が新規求人としてあらわれた。さらに生産の回復が本格化すると、金属製品、精密機械、ゴム、化学などの業種でも、求人が増加し始め、労働市場の需給関係は改善の方向に向かい、殺到率(求人一人に対する求職者の割合)も学卒入職者を除き2.8~2.9倍にまで低下した。
このような求人の増加にあらわれた雇用状勢好転の影響は、企業整備や失業保険初回受給者の激減をもたらし、毎月勤労統計の常用雇用指数も下期に入ってわずかながら上昇に転じた。公共事業の繰上げ実施などによる建設業での雇用増加も目立ち、製造業でも繊維などでは引き続いて減少傾向にあったが、紙パルプ、鉄鋼、化学などの業種では生産の回復に伴い雇用の増加傾向が次第に明らかとなってきた。また年度初め以来増加の趨勢にあった食料品、印刷出版、電気機器、精密機器などの消費需要の堅調に支えられた業種では下期に入っても増勢を保ち続け製造業全体の雇用を増加に転じせしめた。34年に入ると雇用の増加傾向は急速に強まり、年度末における増加率は神武景気の31年度末当時にほぼ等しく、雇用状勢は新たな発展の段階に達するに至った。日雇労働者に対する民間事業からの求人も下期には増加し、就労延数は前年同期の5%(失対、公共事業等を含んだ就労延数は7%)の増加となった。34年3月の学校卒業予定者の就職状況も好転を示した。中学と高校を合わせて卒業見込者は約15万人(6%)増加する見込みでそれに伴って、最低10万人程度の就職希望者の増加が予想されたが、景気回復が本格化し、見通しが極めて明るくなったことと、前年に学卒者採用の手控えが行われたことなども影響して3月末の就職率は中学94.4%(前年同月は93.4)、高校97.9%(76.6%)と、33年を上回る好調な就職状況を示すに至った。
しかしながら製造業を中心とする景気循環からはややおくれて不況に入り、しかもその不況が構造的なものにまで発展しつつある石炭鉱業では大手炭鉱においても配置転換、人員整理は避け難い状勢となっている。また労働市場においても32年下期頃から大量に発生した駐留軍関係離職者が比較的年齢も高くまた離職前の賃金水準も高いため、再就職がかなり困難となっている。さらに「林業・水産業」の項でみるように沿岸漁業の不振により零細漁民の失業問題も深刻の度を加えつつある。これらの産業は地域的にも密集しており、大都市を中心とした一般労働市場と隔たっているため失業者の多発地域を形成しているが、これらが今後短期的に解決をせまられる問題となっている。
上昇を続けた定期給与と伸び悩んだ臨時給与
33年の春闘によるベースアップは小幅にとどまったが、3、4月頃からの生産の回復に伴って定期給与は上昇傾向をたどった。労働時間、特に所定外労働時間は年度初め頃を底として増加に転じ、操短中の産業でも過剰人員の整理が進み生産が回復に向かうと、超過勤務給、能率給などの生産の動きに伴って変動する賃金部分が増加し始め、これによって定期給与は年率4~5%の上昇率でほぼ一貫した増勢を続けた( 第11-2図 参照)。毎月勤労統計の「定期給与の変動理由」 第11-6表 によっても「生産や売上高等の増加」に伴う賃金増加は下期初めから前年同期を上回り始め、反対に「生産や売上高の減少」による賃金減少も同じころから前年同期を下回り始め、景気回復の影響が定期給与のうえに明瞭にあらわれたことを示している。
さらに、定期昇給制度によって不況下にあっても定期給与が上昇したことも注目にあたいする。 第11-6表 の「定期昇給」によって賃金が上昇した事業所の割合は前年度と比べてほぼ同じであるが、29年、30年頃の年平均2%前後に比較するとかなり多い。また労働省「給与制度特別調査」によってみると30人以上の事業所で31年10月から32年9月までの1年間に定期昇給のみによって昇給を実施した事業所の割合は64%、定期以外の昇給をもあわせて行ったものは19%で、合計83%が定期昇給を実施している。30~99人の小企業でも66%が昇給を実施している。また 第11-7表 のように人事院「職種別民間給与実態調査」によると30年度以降の民間企業の賃金ベース引上率は、ベース・アップよりも昇給の実施による方が大きいことが明らかにされている。以上のことから昇給制度が不況下にあっても定期給与を上昇せしめる一因となったことがわかる。
定期給与のこのような上昇傾向に対して、夏季及び年末の賞与を中心とする臨時給与は上下期とも企業収益の悪化を反映して伸び悩んだ。特に年末賞与は前年水準をやや下回るに至った。このように定期給与の上昇にもかかわらず、臨時給与の停滞により現金給与総額は伸び悩みの状況にあったが、一方企業の収益はさらに激しく景気変動の影響を受けたため、分配率は景気の後退期から停滞期にかけて上昇した。すなわち、 第11-8表 によって32年以降の分配率の動きをみると、32年4~6月期までは一人当たり賃金も雇用も増加して人件費は膨張しているが、企業の収益はさらにこれを上回って増加したので分配率は低下していた。景気後退期に入ると雇用や賃金の増加率は鈍り、人件費の増加も鈍ってきたが、企業収益は停滞から大幅な低下に転じたので分配率は上昇した。しかし、景気回復に伴い企業収益が上昇に向かうとともに分配率は低下傾向を示し始めた。
33年度の年度間の賃金の動きは以上のようであったが、年度平均の賃金は32年度に比べ3.8%の上昇にとどまった。この対前年度上昇率は戦後最低であった32年度をさらに下回っている。
規模別の資金格差をみると33年も前年に引き続き拡大がみられた。500人以上の事務所の資金を100とすると100~499人の中規模事務所は前年の70.8から69.7、30~99人の小企業では前年の56.0から54.7となった。このような規模別賃金格差の拡大には労働者構成の変化がかなり影響を与えていると考えられる。すなわち中小企業では若年低賃金の雇用が増加し、平均賃金を相対的に低めているからである。
以上のような名目賃金の上昇鈍化に対して実質賃金はやや大幅な上昇を示した。これは消費者物価が年度平均の水準としては31年度以降はじめて下落したことによるものであるが、実質賃金の上昇率は産業総数で4.2%、製造業では3.6%と32年度より若干高まった。
労働者一人当たりの賃金としては以上のような動きを示したが、賃金の支払総額でみると、 第11-9表 のように32年度に対して7.2%増となっている。31年度、32年度の16%~13%の増加に比較するとその増勢は著しく鈍化しているが、これは雇用も一人当たりの賃金も増加率が鈍化したからである。このような賃金支払総額の増加は「国民生活」の項でみるように、消費の堅調をもたらし、景気後退を支える柱となった。
賃金の不払状況をみると33年度においては微増の傾向をみせたが、その水準は件数、金額ともに前回の景気後退期にあたる29、30年当時に比べて著しく少なく、社会的影響も軽微であった。これは神武景気における企業の蓄積が極めて大きく経営基盤が強化されたこと、企業に対する金融面の下支えがあったことなどによるものであろう。また後述するように中小企業が景気後退の影響をあまり激しく受けなかったことも大きな原因である。
労働組合組織の拡大と労働争議の増加
さらに労使関係の面をみると、単一労働組合数は20132、組合員数は698万人(労働省「労働組合基本調査」33年6月末現在)で戦後の最高といえる。しかし組合員数の増加は大中企業の雇用の停滞を反映して32年を下回った。また推定組織率(組織労働者の雇用労働者全体に占める割合)は35.7%で32年(37.0%)より低下した。これは中小企業で末組織労働者の雇用量が増加したことによるものである。
33年度の労働争議(争議行為を伴ったもの)は件数では1740件で戦後最高、参加人員は355万人に達し、23年以来の最高であった。また作業停止争議による労働損失日数も645万日に及んだ。これは不況下において人員整理や賃下げに対する反対等の争議が大企業のみならず中小企業でも激しく行われたことと、勤務評定や警察官職務執行法反対などの政治的理由による争議も多かったことが原因している。