昭和34年

年次経済報告

速やかな景気回復と今後の課題

経済企画庁


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各論

鉱工業生産・企業

景気循環過程の企業経営

企業経営のデフレ感度

 今次の景気後退は、大規模の投資ブームの反動として企業経営にかなり深刻な影響を及ぼすものと予想され、また確かに産業、企業の一部には、例えば繊維、肥料工業のごとく工場閉鎖、賃上げの抑制、雇用整理等の問題が発生したものもあった。しかし29年の後退期と比較すると、前回は在庫調整がほとんど1・四半期に集中したのに対して今回は約一ヶ年かけて徐々に行われ、その間に、滞貨融資等のかたちで金融の支えがあったことが、採算の悪化を食い止める役割を果たしている。また、繊維、塩ビ等をはじめとする広範な操短体制の実施、あるいは鉄鋼の公開販売制度等、生産、流通部門を通じてデフレを切り抜けるための企業の調整行為が前回より進展していることも採算悪化を防ぐ一応の効果をもったとみられよう。かくして産業全体としてみれば、今回の景気後退において、経営の悪化がそれほど深刻な社会問題に波及する傾向はみられなかった。次に、景気の変動過程が企業の経営面にどのようにあらわれたかを検討しよう。

今次デフレの深度

 企業経営にあらわれた今次デフレの深度を総資本純利益率によって29年のそれと比較してみると、前回は全産業製造業とも利益率の底は29年下期にあらわれ、今回の底は33年上期で全産業は29年とほとんど同水準で、製造工業では若干の低下となっている。その間に経済の相対的な規模の拡大があったことを考えれば、経営の実態は予想以上に堅調であったといえよう。また利益剰余金の処分状況をみても、内部留保率はやや減少したものの、前回では極めて少なかった次期繰越剰余金が今回はデフレの下にあってもかなりの高水準で計上されており、内部留保とこれを合わせた企業の蓄積源泉は、むしろ強化されているとみられる。

 総資本利益率は売上高利益率と総資本回転率の相乗積であるから、それぞれの変動についてみると、売上高利益率の水準は全産業、製造業とも29年当時と大きな開きはない。従って製造業にみられる総資本利益率の低下は結局総資本回転率の低下によってもたらされている。総資本回転率のうち棚卸資産回転率、固定資産回転率のいずれも29年当時より悪化している。悪化の度合は設備投資の急増したあとであるだけに、固定資産回転率の方に目立った。棚卸資産回転率も長期にわたって低落を続けたが、在庫調整の進展伴い33年上期を底に好転し企業収益も7~9月を境にして1年半ぶりに再上昇の軌道に乗りつつある現状である。

第2-3表 企業利益率の推移

業種別の変動態様

 前述のごとく産業全般としてみれば、デフレの影響は比較的軽微であったが、業種別にみると、そのあらわれ方にかなり大きな差異の見られることが今次デフレの一つの特徴である。すなわちそれぞれの主要業種の企業収益率の推移をみると、先に需給の項でもみたようにおよそ次のごとき類型に分けることができよう。

 第一は、生産の面でデフレの影響を受けることが少なく収益率においても前回のデフレを上回る部門で一般機械、輸送用機械、電気機械が挙げられる。前回のデフレ時には、これらは大きな打撃を受けた業種の一つであった。今回のデフレは生産財を主体として低下するという性格がより強かったので、上述の業種は、デフレの影響をまともに受けずにすんでいる。すなわち、ブーム時から累積された大量の機械受注残高、あるいは電気器具、自動車等の耐久消費財に対する根強い需要が不況への大きなバッファーとなり、これらの産業の経営を安定させるうえにあずかって力があったといえる。

 第二は景気循環の影響が企業の収益にも特に著しく反映された部門で、化学、鉄鋼を挙げることができよう。在庫調整による今次の景気後退はこれら生産財産業に及ぼす影響が大きかった。化学は趨勢的には利益率減少の方向にあるが、在庫調整が一段落したあとの回復は比較的順調に進み、収益もそれにつれて持ち直してきている。ただ肥料は輸出不振のあおりを受けたために、化学工業全体の採算を悪化させ、利益率の水準は前回のデフレのそれを下回った。鉄鋼は、化学工業と様相は異なるが、前述のように投資財産業の根強い堅調に支えられ前回のデフレよりも若干高い利益率水準で回復段階を迎えている。

 第三は利益率の低下が前回のデフレと比較して著しい部門で、繊維、紙、パルプがこれに属する。これらの産業はいずれも競争の特に激しい分野で、設備競争を通じて生産力は飛躍的に増大したが、それはまた販売面での価格競争を激化させるところとなった。加えて、需要の不振は物価を長期にわたって低迷させ、繊維のごときは前回に比べると、収益率が半減し、戦後最低の水準を記録している。過剰設備の圧力は固定資産回転率を低下させ、企業収益の悪化に一層拍車をかけた。

 これらの他に、需給構造の面で収益が低迷状態を続けている部門として石炭、海運があり、また景気変動にあまり左右されなかったものとして食料品等がある。海運は今次の世界的な運賃の下落が採算を大幅に悪化させたものである。また石炭は産業活動の循環的収縮に伴って、エネルギー需要の絶対量が減退したため売上が落ちたことも直接の原因であるが、コスト高がわざわいして価格競争の面で不利を招き、競合材の重油に市場を大幅に侵蝕され、一層採算を悪化させた。先のブーム時にはエネルギーが隘路となり、石炭はかなり高い価格でも需要が均衡したがそれだけにその後の景気後退に際しての反動が大きく、他業種に比較しても一段と回復が遅れている。

 かくのごとく、今次のデフレはその進行過程において、企業の収益面にも明暗を生ぜしめたが、在庫調整に伴う生産の上昇と並行して、一部の業種を除き33年の下期にはおしなべて企業の収益は好転してきている。

第2-19図 主要業種の収益率変動

企業経営力の評価

 今次のデフレ過程において企業財務は以上のごとき変動を示したが、それではこのたびの景気の一循環を経て、企業の経営力は、どのように変わったかについてみよう。

物的資本の拡大と借入依存

 昭和30年以降の産業全般及び製造業の主要企業における資産、資本内容の変動は 第2-20図 に示される通りであって、設備、在庫の物的資本の面では明らかに強化されている。

第2-20図 資産及び資本内容の変動

 特に景気循環の拡充と収縮の各局面を通じて、設備投資が根強い拡充基調にあることが特徴的である。しかも、かかる物的資本の拡充に対して、企業の自己蓄積力が相対的におくれを示しており、一貫して外部からの借入資金が増加傾向となっている。

 30年以降33年度上期までの設備投資の累積額に対する企業の内部資金(内部留保と減価償却の合計)の累積額の割合をみると、全産業で40%となっており、内部資金に株式、社債を加えた比率でみても、設備投資の累積額に対して65%に過ぎない。在庫投資やその他の資産への投資にふりむける資金の全てを外部からの借入金に依存すると仮定してさえ、企業の内部蓄積資金と株式増資や社債発行等これに準ずる長期安定資金をもってしては、たかだか設備投資所要額の3分の2程度を賄い得るに過ぎなかったわけである。

 かように景気の一循環を通じて設備投資に伴う外部借入依存傾向がさらに高まる動きを示したのは、企業の収益力が低下したことによって自己蓄積力が弱まったためではなく、投資ブーム以降の設備投資の増勢テンポがはや過ぎたことの結果であり、はや過ぎた物的資本の拡充は、生産力的には深刻な過剰設備をもたらさなかったにせよ、経営面においては、資本構成の悪化などにみられるように、不安定性を残している。業種別にみても景気の一循環を通じ、その設備資本の増勢に対して、企業の内部資金の蓄積が比較的よく一致した動きを示したのは、自動車、船舶を中心とする輸送機械部門にとどまり、その他の業種ではいずれも設備資本の増勢が外部借入依存度を強める動きを示している。

 このような動向を反映して、各期末における企業の資本構成も、ブーム期に自己資本比率が低下したまま、32年下期以降のデフレ期に入っても、それ程の好転は示していない。それは、重化学工業を中心とする部門では設備投資が、デフレ期にはいっても依然堅調を続けたため、資金需要は引き続き旺盛であり、また設備投資の減少したその他の部門でも、採算の低調に伴い、運転資金の整調が必要なため、借入依存度を下げにくかったことによるものである。

第2-4表 自己資本比率の推移

企業損益採算の均衡

 それでは、設備資本の拡大は、企業採算にとって、どれだけ重圧となってきたのであろうか。

 設備投資拡大の結果として、当然減価償却や金利支払いなどの資本費負担は高まってきている。これらの減価償却費や金利は、原材料費のように生産や売上高の増減に比例して増えたり減ったりする費用ではなく需要のいかんにかかわらず負担しなければならない固定的な費用である。しかもこのような固定費的性格をもつ費用としては、減価償却費や金利などの資本費の他、本社の管理費とか、労務費のうちの7割程度を占める定期給与といったものも固定費とみなされる。

 ここ数年来、設備投資を中心とした固定費の増嵩に支えられて、これ以上売上を落すと赤字になるという損益分岐点売上高は 第2-21図 にみるように、ほとんど趨勢的に上昇している。これに対して実績売上高は、景気循環に応じて増減するから、特にデフレ時には、両者が接近して、利幅の縮減が企業採算を悪化させている。今次デフレの底の決算期において実績売上高が損益分岐点売上高を下回って実質的に赤字を示したとみられるのは繊維、パルプなどブーム期の設備投資の増加に対して売上高や操業度の低落の激しかった部門であった。その他の工業部門では、機械、化学、鉄鋼など、損益分岐点売上高は上昇したけれども、機械はデフレ中も売上高が伸び、化学は落込みが軽く、鉄鋼は相当落ちたがデフレまでの売上高の伸びが極めて高かったことなどによって、経営採算を特に大きく圧迫するには至らなかった。

第2-21図 売上高と損益分岐点

 資本費の増嵩が、企業の損益採算にとって、さほどの負担とならずにすんできた第一の原因は、右に述べた売上高の伸びが高かったことによるが、さらに第二の点としては、売上げの伸びに比べて、総費用のうちの変動費的部分の伸びかたの低いことが指摘されよう。

 企業採算における売上高と総原価及びその内訳たる各原価構成要素の実績額の変化について、昭和30~31年度と32~33年度の両期間について比較してみると 第2-5表 のごとくである。おおむね各業種にわたって、原価償却費、金利、あるいは一般管理販売費が増加した反面、原材料費のような変動費の相対的減少がみられ、かつ労務費についても同様の傾向が認められる。労務費は本来変動費よりは固定費に近い費用であるが、最近における固定費の増嵩は、主として減価償却費によって増えているため、労務費の動向としては、原材料費などの変動費と似通って相対的に減少傾向を示しているわけである。

第2-5表 原価変動費と企業採算

 ここで変動費の相対的減少というのは、30~31年度と32~33年度の比較において、売上高の増加率ほどには変動費が増えていないということであり、変動費の相対的減少傾向があると売上高に対する変動費の割合は小さくなり損益分岐点をそれだけおしさげる方向に働く。従って、固定費の増加があっても、企業採算は変動費の相対的切りつめの行われた分だけ改善されるのである。

 以下に個々の原価構成要素ごとに最近の傾向をみよう。減価償却費は、各企業とも軒並みにその増加傾向が高まってきている。もっとも、鉄鋼や、石油精製のように売上高の伸びの比較的高いところでは、減価償却費の伸び率は売上高の伸び率の範囲内に収まっている。石炭も設備投資があまり大きくなかったため、その増加傾向は売上高のそれを下回っている。減価償却費の増え方の大きいのは、化学のような装置産業や、繊維、紙パルプのように短期間に設備投資の集中した業種である。金利につてもその伸び率は、ほとんど各業種とも売上高の伸び率を上回り、業種別の動向としても、減価償却費と類似している。

 このように減価償却費と金利は、各業種とも増加傾向にあるが、総コストに占める比重は、製造業全般でみて、両者を合わせて約1割程度であって、原材料費が全体の半分以上の約6割、労務費、一般管理販売費、諸経費がそれぞれ1割前後を占めている。

 一般管理販売費は、近時各企業とも、その管理機構や販売網の拡充につれて次第に増加する傾向にあるが、業種でみると、化学、繊維などにその増加傾向が強い。

 労務費の伸びは、これまでの企業の売上高の伸びが高目に推移したため、大体どの業種でも売上高の伸び以下にとどまっている。ただ石炭の労務費の伸びの大きいのが目立っている。

 変動費の相対的減少として最も典型的な費用は原材料費である。原材料費の減少は、価格面の低下と原単位の向上とに分けて考えられる。繊維は、29年度の前回のデフレのころと32年度下期から33年度上期にかけての今回のデフレでは、原料価格は2割方低下したのに、製品価格は1割5分程度の低落にとどまったため、それだけ原料安となり、それがそのまま売上高に対する原材料費の相対的減少をもたらしている。もっとも、このような原料価格の低落は30~31年度頃からあらわれ始め、また製品価格がその後原料価格以上のテンポで低落を示したため、ここ2~3年の動きからみると原料価格の相対安の効果はあまりあらわれていない。鉄鋼や機械は、製品価格、原料価格とも景気変動に対応して上下しているが、両者の比価の推移はおおむね均衡しており、比価による原材料費の割安傾向はあまり大きくないものと思われ、最近における原材料価格の相対的減少は、主として原単位の向上などの合理化に基づくものといえよう。

 ここでいう原単位の向上とは、普通いわれている製品単位量当たりの原材料所要量という技術的方面だけではなく、製品の加工度の向上によって製品単位価格当たりの原材料所要分が減ることをも含んでいる。例えば、機械においては、鋼材などの品質の高度化によってロスが少なくなり、製品単位当たりの原単位が向上するとか、工業薬品における製造方法の合理化によって、原液の消費量が少なくてすむようになるといった事例の他に鉄鋼業において丸棒から圧延鋼板にその販売対象が移行すると、同じ材料を使っても製品の価格が高くなり、売上高に対する原材料費率は小さくなるとか、化学工業において廃ガス利用によって、従来は高い原料から生産していた製品と同じものを、安い原料から作るようになるといった例が挙げられよう。

 業種別にみて原材料費の相対的減少が認められるものは、機械、鉄鋼、化学、食品などであるが、石油精製、セメント、紙パルプなどでは原材料費は逆に上がっている。

 以上述べたように、景気の一循環を経た現在、企業採算は資本費負担の増嵩にかかわらず、平均してみたところでは、それほどの悪化を示してはいない。それは、売上高の比較的高い伸びと原価構成面で原材料費や労務費の節減によって総費用の均衡が保たれているためであって、売上高の伸び率の低い業種や原材料費、労務費などの減少のみられない業種では採算は悪化しており、その場合、資本費の増嵩は企業の負担を一層高める要因となっている。

 このような損益収支の動向も、今後なお資本費負担が増加し、しかも売上の伸び率が鈍化する場合には、均衡を破ることも予想され、また原材料費や労務費の節減の効果にも一定の限度があろう。加えて資本構成の自己資本比率が低下し続けてきていることは、企業の安定的発展からいって、決して好ましいことではない。

 今後の企業にとっては、損益採算のバランスと資本構成の是正を念頭に長期安定的な経営が望まれよう。そのためには、産業界全体の一層の自主性の確率と相まって、金融の正常化など企業に対する経済環境の整備とともに、個々の企業が健全経営の基礎を確立することが必要である。


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