昭和32年

年次経済報告

速すぎた拡大とその反省

経済企画庁


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各論

中小企業

好況の中小企業への波及過程

活発化した企業活動

 昭和29年度には、金融引締政策の影響を最も強く受けて、極度に沈滞した中小企業の企業活動も、その後の景気上昇に伴って次第に活発化した。統計資料上の制約はあるが、実体調査等若干の資料に基づいてその波及過程をたどってみよう。

生産の動向

 昭和31年度の生産全般の伸びを、当庁調べの鉱工業生産指数によってみると、総合で23.4%(前年度12.5%)、うち製造業は24.4%(前年度13.4%)と極めて大幅に増加している。このような情勢の中で、中小企業の生産活動は、いかに推移しただろうか。これを当庁試算の生産指数によってみてみると、 第46表 にみるように機械器具工業では63%(前年度1%増)、織物20%(同18%増)、油脂及び塗料18%(同13%増)、雑貨21%(同29%増)と、それぞれ大幅に増加しており、とりわけ機械器具工業の伸びが大きかった。これを実体調査でみても同様の傾向がうかがえる。第47表は業種別に販売額の増加率を示したものだが、平均24%の増加に対して機械器具41%、金属製品38%、精密機械36%、電気機械31%等資本財を中心にした増加がやはりここでも特徴的である。これは旺盛な設備投資や耐久消費財の需要増加に伴って、大企業の下請外注利用度が急激に増加していることを反映している。輸出船ブームによって造船関連下請工業では、業種の如何を問わずフル操業状態が持続されたし、自動車関連工業でもコスト引下げのための増産や、補修部分の需要増大に伴って同様の活況を呈した。

第46表 中小企業生産指数

第47表 31年の販売額の対前年増減率

 次にここ2、3年来の推移をたどってみると 第59図 に示すごとくである。昭和29年度は全体として停滞的であるなかでも、とりわけ機械器具工業の生産低下は著しかった。これに比して繊維や雑貨は、秋頃からの輸出の支えによって不況からの回復も早く、その後も昭和30年度、31年度を通じてほぼコンスタントな上昇傾向を示している。このように輸出関連部門の生産増化の反面、機械器具工業の低迷状態はほとんど30年末まで持続されたのである。しかし30年末に至って、機械器具部門もようやく長い不況から脱して急速な上昇過程に入り、先にみたように31年度の生産活動をリードするに至るのである。全国銀行の業種別中小企業向け貸出をみても、やはり金属、機械工業への増加率が目立っている( 第48表 )以上の動向は、30年秋頃から目立ち始めた設備投資の動向に照応しており、好況の中小企業への波及過程が、30年度の輸出関連部門中心から、31年度には内需関連部門へと、次第に全般化していることを反映している。

第48表 全国銀行中小企業向け貸出増加率

第59図 中小工業生産の推移

 一方商業活動も内外需要に支えられて、 第49表 及び 第60図 にみるように活発化した。すなわち卸売業の販売額の伸びは、逐月前年度を4~5割も上回っており、また小売業も前年度を1割以上上回る水準で推移している。そして取引規模が拡大するにつれて流通在庫も前年度に比しかなりの増加を示した(「鉱工業生産、企業」の項参照)。

第49表 商業販売高の推移

第60図 商業販売高の推移

 このように生産、流通を通ずる企業活動の活発化は次の 第50表 からもうかがうことができよう。すなわち製造業では「前年に引き続き順調とみられる業種数」は、30年の18業種から31年は52種に著増しており、「今年順調に転じたとみられるもの」を含めた割合は、30年の64%から31年は75%へ、卸売業でも47%から77%へと、ともに大きく高まっている。

第50表 業種数よりみた好、不況の度合

波及過程のタイム・ラグ

 前述したような2年続きの好況の中小企業への波及過程も、さらに企業規模別にみると、決して一様な推移をたどってはいないようである。

 さきに掲げた 第47表 からもうかがえるように、中小企業販売額の対前年度増加率は、30人未満(19%)、30~100人(27%)、100~300人(29%)、と規模の大なるに従って大きくなっている。

 さらに中小企業庁が調査した「昭和31年度経営調査アンケート」によってみても、30年に比して生産が増加した企業数は、1~9人の規模で29%、10~29人で49%、30~99人で70%、100~300人で73%というように、ここでも規模が大きくなるほど企業活動が拡大しているのである。このように好況の波及の強度も、企業規模の大小によってかなりはっきりした相異を示していることは注目すべきである。また企業整備の実施状況をみると、好況の波及のテンポも、企業規模の大小間に遅速のあることがはっきりと認められる。労働省の統計は業務統計であって、全体を反映するものではないという制約はあるが、過去2年間の推移を指数化して示したのが 第61図 である。企業整備件数は、昭和29年度には経済情勢を反映して激増した後、30年度には若干減少し、31年度に著減するという推移をたどっている。しかし全体としては減少傾向にあるものの、グラフが示しているように、企業規模間には極めて特徴的な傾向がみられるのである。まず500人以上の大企業の整備件数は、昭和30年の7~8月頃から基準時(昭和28年度平均)を下回っているが、同様に各規模毎に基準時を下回った時点をみると、100~499人が31年2月~3月頃、15~99人が31年5~6月頃となっており、14人以下の零細企業になると増減の起伏が大きく、やっと31年末から32年初に至って、基準時の水準を下回るようになったのである。これを前にみた生産の規模別動向とあわせ考えれば、好況の中小企業への波及過程も、企業規模間にタイム・ラグを有し、その強度にも格差があることを知ることができよう。

第61図 規模別企業整備件数の推移

設備投資の盛行

 昭和31年度には、好況の波及につれて、中小企業でも設備投資を積極的に行うようになってきた。次にそれをみてみよう。

量的側面

 第51表 に示すように、31年度中の中小企業向け設備資金貸出は、各金融機関とも著増しており、特に全国銀行で5倍近く増加していることが目立っている。業種別にも全般的に増加しているが、とりわけ機械部門の投資が旺盛であったのは、好況の性格を反映している。また商業部門でも取引規模の増加や競争の激化によってかなりの伸びをみせた( 第52表 )。このように貸出面からも中小企業の設備投資が極めて活発であったことがうかがわれるが、その伸び率もかなり大きかったようである。例えば全国銀行の中小企業向け設備資金貸出の31年度中の増加率は91%で、大企業向け貸出の増加率36%をはるかに上回るものであった。

第51表 中小企業向け設備資金貸出増加額

第52表 31年度の中小企業向け設備資金貸出増加率

 さらにこのような動向は、実体調査によっても裏付けられる。 第53表 によって六大都市における31年の実績をみると、大企業が前年に対して2倍強増加しているのに対し、中企業で2倍弱、小企業で2倍半とかなりの伸びを示している。もっとも小企業で著増しているのは注目すべきだが,これは後述するように、必ずしも当該規模全体の動向を反映するものではない。

第53表 規模別設備投資動向

 次に同調査によって昭和32年中の設備投資予定をみると、全体的にも昭和30年の3倍以上と極めて高いが、規模別では小企業(対前年比21%減)、中企業(同42%増)、大企業(同52%増)となっていて、大規模企業ほど旺盛な投資意欲を示しており、31年に著増した小企業の設備投資はかなり低調となってきてる。これは当該企業における設備投資の一段落とみるべきではなく、この階層は31年下半期以降の金融情勢の変化の影響を、特に強く受けているために主として資金調達面からブレーキをかけられているものとみるべきであろう。ちなみに30-32年の3年間を通じて、投資実績及び計画の全くない企業は大企業7%、中企業21%、小企業41%で、中小企業、とりわけ小規模企業の資金調達難の一面を反映しているといえよう。

質的側面

 中小企業の機械設備は極めて老朽化しており、従来からその更新、特に近代化が強く内外から要請され、種々の施策がとられてきているが、何ぶんにも資力が弱いため、改善も思わしくなく、企業の近代化を阻んでいるのが現状である。

 中小企業における機械設備の老朽化状況の一例を示すと、 第54表 の通りであるが、綿、スフ織物業の小幅織機、絹人絹織物業の広幅及び小幅織機、ミシン業、自動車部品及び附属品業の施盤フライス盤等の主要機械設備は、全保有台数の30%内外が経過年数15年以上の老朽設備となっている。しかも新たに取得する際にも、新品よりも中古品の取得率が概して高い。この現状は単に中小企業だけでなく、産業全体の高度化を阻害するものであり、その意味で31年度の中小企業における積極的な設備投資は、世間の注目するところとなったのであった。

第54表 中小企業機械設備老朽化状況の一例

 しかし実体調査に反映された限りでは、合理化、近代化投資は比較的少なく大部分は新増設によって占められているようである。

 第55表 をみよう。31年中の設備投資に占める「機械及び装置」の比重は、中小企業(300人以下)でも大企業と同様に5割余となっているが、このうち「改良または更新」を合理化、近代化投資とみれば、大企業では4割強がそれとみられるのに対し、中小企業では、2割内外にとどまっている。

第55表 設備投資の内容

 このことは資金面その他で脆弱な基盤に立脚している中小企業は、好況を受けて立つことに精一杯で、長期的な見通しに基づいた投資を行う余裕がなかったことを意味している。

 それにしても中小企業において機械装置を主とした投資が積極的であったこと自体が、広い意味では中小企業の合理化を一歩前進させたともいえよう。そしてこの傾向は32年の投資計画面では、さらに強まっており、とりわけ小企業の合理化意欲が強くでているが、このことは計画に過ぎないにしても注目してよいであろう。

 以上述べたように、中小企業の設備近代化は、まだ道遠しとはいうものの、31年度中を通じて一部ではかなり積極的な動きもみられた。これは特に親企業の指導、援助を受けて、系列企業で一層進展したとみられる。従って好況がさらに持続されるならば、中小企業の設備水準は相当向上したであろう。

 ところで31年度の中小企業の旺盛な設備投資の背景には先にみたような金融の積極的役割があったことを見逃してはならないであろう。

 第56表 をみても、設備投資のための借入金依存度は、31年には中小企業では5~60%に達している。そして32年の投資計画でも、過半を借入金で賄うべく予定している。従って金融引締めの程度如何では、さきの投資計画は大きく変更を余儀なくさせられるであろう。現に全国銀行の中小企業向け設備資金貸出残高の31年4~6月間の増加率は18%(大企業向け4%)であったのが、32年1~3月間のそれは9%(大企業向け10%)と次第に低下してきているのである。

第56表 規模別設備投資資金調達内訳構成比

 注目された中小企業の設備投資も、このように他人資本に依存する面が大きいということは、反面では企業の弾力性を失わせ、不況に耐える力を弱めていることに注意しなければならない。

資金繰りと採算状況

資金の需給状況

 企業活動が活発化し、その規模も拡大するに従って、中小企業の資金需要は飛躍的に増大した。中小企業庁の実体調査によると、1、2の例外を除けば、ほとんどの業種で過半の企業が、資金の借入を必要としており、その資金の使途は「増産に伴う増加運転資金」が大部分を占めている。

 このような旺盛な資金需要に対して、民間の金融機関もかなり積極的に貸し応じた。 第57表 の借入成功度をみても製造業、卸売業ともに好転しており、この間の事情を反映している。これをみると、各規模とも前年より好転してはいるが、特に注目されるのは200~299人の規模では100%の成功度をみせたことである。これは別の調査 (同表その(2)) によっても同様の結果がでている。さらに運転資金の場合には、成功度は各規模ともほとんど接近しているが、設備資金の場合には、200~299人の規模とそれ以下の規模との間には、実に50%内外の格差がみられるのである。この辺にも好況の波及度の相異の一端がうかがわれよう。

第57表 金融機関借入成功度

 かくして31年度の金融機関の中小企業向け貸出は 第58表 にみるように前年度を73%も上回る増加であった。このような貸出増加の過半は全国銀行によるものであるが、そこは前年度とは極めて異なった特徴点がみられる。というのは都市銀行の役割が相対的に低下していることである。30年度には都市銀行は、全体の中小企業向け貸出増加額の約50%を賄っていたのが、31年度には増加額では前年度を上回ってはいるものの、全体に占める比重は35%に低下している。そしてそれに代って、地方銀行の比重が25%から29%に高まり、増加額も前年度の2倍強と著増している。

第58表 金融機関別中小企業向け貸出増減

 昭和30年度来の金融の緩慢化は都市銀行に最も強く現れ、そのため資金の運用先を求めて中小企業へも積極的に貸出しを行うに至った。(29年度に32億円減少していたのが、30年度には1,562億円と著増している。)これが中小企業の好況に与えた影響は極めて大きい。この傾向は31年の5、6月頃まで続いたが、その後金融情勢に変化が現れて以来、都市銀行は選別融資を強化する方向に転じたのである。同表に明らかなように第2、四半期までは前年度を上回っていてのが、第3、四半期以降は逆に下回るに至り、その結果、中小企業向け貸出総量の前年同期に対する増加率は期を経るにつれて次第に低下している。

 以上みたように、31年度の中小企業の資金の需給状況は、上半期まではかなり緩和されたものの、下半期以降は次第に逼迫し、特に国際収支の悪化によって32年5月公定歩合が引き上げられて以来、中小企業金融は都市銀行を中心に次第に引き締められつつあり、そのうえ地元産業に積極性を示した地方銀行の態度如何によっては、中小企業に与える影響は決して無視できないであろう。

企業の資金繰り

 第59表 によって企業の資金繰り状況をみると、中小企業においても前年に比して「苦しい」という企業が減って「楽になった」という企業が増加している。これに「何とかなっている」という企業を含めて両年を比較してみても、79%から82%へ好転しており、全般的には31年度の中小企業の資金繰りは、かなり改善されたとみてよいであろう。

第59表 規模別資金繰り状況

 これは先に述べたように、金融緩和ということもあるが、より基本的には売上高が増加し、それに伴って資金の回収も円滑化するというように、好況の浸透という背景があったからである。従来とかく親企業からのしわ寄せを受けやすい立場にあった下請企業にも、現金支払の増加や、手形期間の短縮によって好転した面が強くみられた。(第24国会で「下請代金支払遅延等防止法」の成立をみ31年7月施行された)

 中小企業庁の実体調査によって支払状況をみてみると、前年に比較してよくなったというものが、平均で49%を占め、「悪くなった」というものはわずか3%にとどまっている 第60表

第60表 下請代金支払い状況

 代金の受取形態も現金が67%と前年の61%より高まっており、特に通信機械工業や時計工業では現金受取率は90%以上という高率を示している。手形期間も60~90日のものが51%で最も多く、ついで90~120日の25%となっているが、90日未満の比重は64%で前年(60%)より増加している。

 このように中小企業の資金繰りは、全般的にはかなり改善されたのであるが、規模及び業種間のアンバランスは解消されていない。

 30人未満の小及び零細企業では、むしろ苦しくなっている企業の比重が高まっているし(前掲 第59表 )、国民金融公庫が31年末に実施した調査にも、小規模になるほど金融機関からの借入金は減っている企業が多く、さらに掛売、手形の期間が長期化している反面、仕入代金の支払は逆に短期化しているという結果がでている。東京商工会議所が行った実態調査をみても、全体的には好転しているものの輸送機械、電気機械、紙及び印刷、窯業、機械等の一部には手形の長期化がみられ、それも小規模企業に多い。

 また 第61表 に明らかなように、好況過程でも不渡手形が依然として減少していないということは、一部に手形制度に不慣れなためや、悪質業者による面を含んではいるが、小規模企業の資金繰りが好転していないことの反映であろうし、 第62表 は、業種間の跛行性を物語るものであろう。

第61表 不渡手形発生状況

第62表 不渡手形の業種別動向

 なお、前記中小企業庁の実態調査は、主として31年度前半の事情を反映しているから、その後は金融情勢が変化しているので、中小企業の資金繰りは、次第に悪化してきているようである。金融機関からの借入難、手形期間の長期化、設備投資計画の変更、または中止等々の傾向が強まっていることに注目すべきであろう。

採算状況

 企業活動が活発化し、資金繰りも改善されたにもかかわらず、昭和31年度の中小企業の採算状況には、目立った好転はみられなかったようである。 第63表 に示すごとく、売上高営業利益率は製造業、卸、小売業とも前年度よりも低下している。従って企業は売上高を増加させて、これをカバーしようと努力したため、経営資本回転率は高まっているけれど、収益性(経営資本営業利益率)の低下はまぬがれ得なかった。もちろんこれは平均的な指標であるが、好況過程で収益性が低下していることには注目してよいであろう。これは製造業の場合には鉄鋼を主とした原材料価格が高騰したことによるものと思われる。中小企業は建値による入手が困難なところから、市中物に依存せざるを得ない立場にあるので、需給逼迫時には特に強く影響を受けることになる。そのうえ中小企業相互の過当競争は原材料価格の高騰分を製品価格に織り込むことを阻み、むしろ逆に値下げすら余儀なくさせている向きが強い。31年度はこの傾向が強くみられたようである。

第63表 中小企業の収益性

 第64表 によって31年度中の卸売物価の騰落傾向をみてみよう。鉄鋼は年度初来上昇し続け、9月には前年度に比して35%の高騰をみた。その内容をみると、素材(鉄鉱石、銑鉄等)の30%高に対し、一次製品(棒鋼、型鋼、薄板、厚板等)は40%とこれを上回っているが、ブリキ、亜鉛鉄板、針金、釘等の二次製品は、年度初来10月までは逐月一次製品を下回っている。中小企業は二次製品部門に多いのであるから、この時期頃までは原料高、製品安に悩まされたとみられる。例えば伸線業界の一部には、鉄鋼ブーム下にありながら原料不足や受注量の減少によって操短や、休業等の現象がみられた。

第64表 卸売物価の動向

 このような鉄鋼価格の高騰に対して機械の価格の推移をみると、9月までにはわずか4%足らずしか上昇していない。危機のなかでも中小企業に関連が深いとみられる4品目(配線器具、農機具、自動車部品、自転車)の動向をみると、その騰貴は微々たるもので、自動車部品などは、自動車の値下げが行われたためむしろ年度間で8%ほど下落しているのである(実態調査によれば、親工場から下請単価の値引要求を受けたことがあるものは、自動車工業とオート三輪及びオートバイ工業がもっとも多く、ともに5割を占めている)。しかし中小企業のなかでも系列下にある一部の優良企業は、親企業からの原材料支給によって比較的安定的であったとみられよう。

 また商業部門では、競争が激しいため、値引販売傾向が強まる一方、他方では営業比率の上昇にみられるように、顧客に対するサービスの必要から経費が増加するというように両面から採算を不利にしたものと考えられる。


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