昭和32年

年次経済報告

速すぎた拡大とその反省

経済企画庁


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総説

結語

 高率の投資の維持とこれに基づく経済の速やかな成長は長期目標としては至上最高の要請であり国民的悲願である。しかし、その時々についてみれば投資が外貨獲得力の限度以上に出ることは許されない。国内均衡と国際均衡は盾の両面である。国内における貯蓄以外の投資は必ず対外的に実力以上の輸入となって現れる。経済の発展に近道はない。実力以上の拡大テンポはやがてインフレと国際収支の悪化をもたらし、かえって成長スピードを抑制することを余儀なくされる。

 我が国経済はいまや財政金融総合政策によって調整過程に入った。昭和32年の経済の推移はこのディス・インフレ策がなお残存する投資ブームの惰性に打ち克って効果を発揮するまでの時間の遅速によって左右される。この措置によって国際収支の改善を達成し得る時期を正確に予測することはなかなかに難しい。しかし、増えるべき理由あって増えた輸入は、その根源たる経済界の過度の強気を冷却する措置さえ誤らねば、そして、その効果が浸透しさえすれば減るべくして減るであろう。

 総合政策の目標は内需の抑制によって輸入の減少をはかり、いままで国内に吸収されていた商品を外へ向ける輸出圧力を作り出すことである。このような需要の抑制はコスト及び物価の引下げにも寄与するであろう。ディス・インフレ策は何人にも歓迎されない。それにもかかわらず、日本経済の現状にとってはそれは絶対に必要なのである。断固たる決意と国民的支持によってこの計画が円滑に遂行されるならば、我が国の経済は再び確固たる発展への足がかりを取り戻すことができるであろう。国際収支の安定した均衡のうえに立ってはじめて我々は投資の拡大、経済の成長、国民生活の向上を期待し得るのだ。しかし、我が国経済が今後長期にわたって安定した繁栄を享受するためにはさらに、工業生産と産業基盤間の不均衡の是正、二重構造落差の縮小等、解決すべき多くの課題が横たわっている。国際収支改善の短期措置を均衡的発展のための長期的政策に接続する用意を欠くならば、かりに縮小均衡によって国際収支の改善に到達し得たとしてもそれでは振りだしに戻ったに過ぎない。拡大スピードの調整期にあたる現在こそは景気循環、経済成長、そして構造是正という相互に矛盾しがちな、しかも不可分な三目標を三位一体的に総合する長期的プログラムを用意すべき時期ではないだろうか。

 近代化を急ぐ我が国経済は今までより余分に投資しなければ同じだけ国民所得を増やせず、また今までより余分に輸入しなければ同じだけの生産増大を達成し得ない段階に直面している。そこで当面の急務である経済の安定と長期的な課題である発展政策とを結ぶ基本的方途はインフレなしで投資を賄うために貯蓄を増やし、世界需要の増大の方向に沿って産業構造の改編を行いつつ輸出を増大することでなければならない。

 思えば国際情勢によって影響を蒙ること多く、その構造に独特の複雑性を持つ我が国経済において、均衡的発展を達成することはなかなかに容易ではない。事後に過去の数字によって論ずることはできても、事前に予め最善の道を選ぶことは極めて困難である。しかし、この難事を克服せざる限り、日本経済の進路は多くの中断によって脅かされなければならない。28年及び31年の経験は日本経済の今後の運行について、極めて多くの教訓を残した。この教訓を体して、政府、民間を問わずそれぞれの職場において最善をつくし障害を乗り越えようとする国民の努力は、ついには均衡的発展の条件を自己のものとし、将来におけるより豊かな生活を約束する手形をかちとるであろう。


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