昭和29年
年次経済報告
―地固めの時―
経済企画庁
社会保障
社会保険
我が国の社会保障は公的扶助と社会保険を中核とし、これに社会福祉と公衆衛生、失業対策事業等を伴うものである。
まず社会保険の普及状況をみると 第107表 のように28年12月現在において、医療関係においては被用者1090万人、その扶養家族1904万人、一般国民2650万人、合計5859万人が社会保険に加入しており、総人口8730万人の約65%が社会保険に適用を受けている。
これに対し失業、災害補償、老齢廃疾等はいずれも被用者のみを対象としているので、加入者数は医療関係保険よりもかなり少なく失業保険808万人、災害保障保険1049万人、老齢廃疾1039万人で未加入者をかなり多く残している。しかも、人口及び被用者の増加、制度上の改善等により逐年保険加入者は増加しその普及率を拡大しているが、社会保険の最も必要な零細経営主及び規模5人未満の事業所の被用者が適用除外されていること、及び中小企業の被用者にはなお相当数未加入者があることは今後の問題点の一つと考えられよう。
社会保険による社会保障には未加入者が相当数残されていることのほかにその給付水準にも問題を残している。すなわち、被用者の医療関係の現物給付は欧州諸国に遜色のないものといい得るし、失業保険の平均賃金の60%給付もほぼ妥当の水準と考えられるとしても、老齢廃疾年金の給付水準は29年5月の厚生年金法の改正によってもいまだ極めて低く生計を維持するには十分のものとは言い難いであろう。
公的扶助
社会保険とともに我が国社会保障の中核をなす公的扶助は昭和25年の生活保護法の改正により制度的には欧米先進国に遜色のないものとなった。そのうち主なものは生活扶助と医療扶助、住宅扶助、教育扶助である。
28年被保護世帯及び人員数は月平均69万世帯193万人となり、前年より月平均で約2万8千世帯、約13万人の減少となった。これは遺家族援護法による援護が行われたための影響である。この世帯数及び人員数は総世帯数の4.1%及び総人口の2.2%を占める。このうち生活扶助を受けているものの数は、172万人に達するが、一人当たり扶助額は月720円であり、扶助総額としては月額12億4,000万円で保護費総額の41.5%となる。これに対し医療扶助を受けているものは約35万人で被保護総数の18%に過ぎないが、そのうちの約半数は長期入院を要する結核患者である。このため一人当扶助額は月平均4,165円の高額を要し、扶助総額は月額14億6,000万円と保護費総額の49.2%を占めるにいたっている。
特に医療扶助の被保護人員は他の種目の補助人員数とは異なり逐年増加を続けており、その一人当たり扶助額の増加率の大きいことと共に生活保護費増加の主要な原因をなしている。なお現在の公的扶助の水準は労働力再生産には十分のものとは言い難く総理府統計局家計調査によるx出水準の約4割に過ぎない。
さらに世帯主が労働力を有しながらも失業と低所得のために生活保護を受けねばならないものが全体の55%を占め、その中日雇労務者が約20%、自営業主16%が最も多くの割合を占めている。一方世帯主が労働力を有しないものが約45%であるがそのうち約半数に当たる20%は傷病者である。
その原因についても厚生省の調べによると「生計中心者の病気」及び「家族の病気」が最も多くの割合を占めており、貧困の主たる原因は疾病にあるといえよう。厚生省の調べによると第110表のように収入の少ないものが有病率が高く、月収5,000円未満の世帯の有病率は40,000円以上の世帯の約3倍に達しており、疾病と低所得とは深い関係にあることが明らかにされている。
第110表 耕地面積3反未満の世帯及び非農林業における家計上の収入階層別有病率
社会保障と階層
前述したように我が国の多くの人が社会保険か公的扶助かによって社会保障の恩恵を受けているが、 第111表 にみるごとく概観すると低所得階層は被保護世帯、高所得階層は社会保険加入といった差が認められる。このように社会保障を必要とする比較的低所得、低支出階層が社会保険に未加入で貧困と疾病の発生により低水準の生活保護を受けざるを得ないというアンバランスがうかがえる。
社会保障と費用
社会保障の費用は主として租税収入または保険料によって準備されているが、我が国の社会保障費総額は、 第112表 にみるごとく28年度において、3,768億円であり、国民所得総額に対して6.3%を占めている。その中国庫負担は1,437億円で全体の38.1%地方財政負担は411億円で11.2%、事業主及び被保険者の保険料負担、その他は1,920億円となり、総額の50.7%となっている。
この社会保障総費用を国民一人当たりとすると年額4,342円となり逐年増加を続けている。このうち国庫負担の社会保障費用と一般会計予算の比率は28年で12.5%(軍人恩給を除くと7.5%)となり、24年の3.2%に比較するとかなりの増加をみている。しかしながらこれを世界の各国に比較してみると、我が国の社会保障総費用の国民所得に占める比率は極めて低く 第82図 にみるごとく最も低所得国の平均9.3%さえ大きく下回っており、人口一人当たりの社会保障費においても極めて低い水準にある。これは社会保険適用をほとんど受けない農林業就業者や零細企業の従業者の構成比が大きいこともかなり影響を与えているものと思われる。
むすび
前述したように28年の拡大経済は雇用の増加、実質賃金の上昇等労働者の生活に好影響をもたらした。しかし、その拡大の基礎には輸入増大による国際収支の悪化という不安定の要因を包蔵し、かつ景気もそれほどの冴えをみせなかったため、臨時工、日雇等景気後退に対し抵抗力の弱い不安定雇用と潜在失業的な就業者が増加しており、また賃金面においても臨時給与、超過勤務給等景気の動きとともに変動する給与が多くの比率を占めるに至っていることは景気後退が本格化する場合には労働者の生活に少なからざる影響を及ぼすのではないかと考えられる。既に29年に入ってからの雇用状勢は中小企業の企業整理による人員整理数と失業保険受給者数の増大が現れている。また実質賃金も29年に入ってからはほとんど停滞を示し賃金の遅払額の著増を示している。かかる失業及び生活困窮者の増加に対しては社会保障制度の拡充強化と社会保障費増額による生活保障を確保するとともに遅払賃金の融資対策等も考えられるべきであろう。しかし基本的には労働力を有するもの、及び今後増加する生産年齢人口が有効に就業機会がえられるよう輸出産業の積極的振興による経済の拡大均衡と、より多くの労働力を吸収し得る国内資源産業の発展が望ましいものとなろう。