昭和29年
年次経済報告
―地固めの時―
経済企画庁
経済収縮の過程と問題点
以上みてきたように鉱工業は28年まで拡大過程を続けてきた。ところが財政、金融政策が引締め方針をとって以来情勢が一変し、29年に入って収縮の傾向が漸次あらわれてきた。すなわち本年1、2月頃は、季節的にも荷動きが停滞するのに加えて、緊縮政策の影響から需要家に買い控えの傾向が生じた。それゆえ卸売物価が2月以降下落するとともに、決済条件が悪化して、現金決済の減少、手形決済期限の長期化が著しくなった。企業は前にもふれたように膨張過程において金融に依存する度合が強まっていただけに、緊縮政策に転ずるとともにこのような資金面の支柱を失うこととなり、資金繰りが全般的に苦しくなってきている。
ことに卸売業ではもともと企業基盤が脆弱なうえに、28年後半から繊維を中心として在庫の増加が顕著だったので、金繰りが窮迫し、倒産したり不渡手形を出したりするものが増えた。いま東京信用交換所調による繊維商社の倒産件数をみても、本年1~6月計479件と前年同期の111件に比べてかなり増加している。そして末端に近い買継商や、地方集散問屋の経営が特に苦しく、売掛金の決済も滞留している。また鉄鋼でも28年になってメーカーが代金回収の強化をはかったので、問屋のメーカーに対する支払率が上昇したにもかかわらず、需要先からの入金状況が大して改善されず、問屋の資金負担が増えている。そのうえ29年に入って入金率、入金中の現金比率が低下し、平均手形決済期日が長期化して、資金繰りが一層悪化した。( 第49図 )
また中小メーカーでも「金融」の項にふれるごとく食料品、衣服及び身回品製造業、ゴム皮革などにおいて不渡手形が増大しており、機械の下請企業においても親企業の代金支払いが遅延しているために、賃金の支払いが難しくなっているものがある。そして本年2月頃から第42図にみるように製造業者の在庫増大が目立ち、金融引締めの影響が流通段階からメーカー段階に及んできたことがうかがわれる。
このように本年に入って緊縮政策の影響が卸売業から中小メーカー、さらには大メーカーに浸透してきたが、反面企業内部には、生産を縮小させ難くしている要因が潜んでいる。すなわち設備投資が増大した結果、生産能力が増大し、また設備拡大に伴って金利負担や減価償却費が増加しているので、企業の採算上からも操業度を維持しなければコストの引下げが難しい。また前述したように設備投資によって資産が固定化したために、経営の弾力性が乏しくなっている。このことが資金繰りをつけるために生産、取引規模を維持しようとする動きとなってあらわれている。
一方景気の後退、価格の低下に対処するために、一部の産業では、企業間の協調をはかり、あるいは下請メーカー、商社に対する系列を再編強化する動きがみられる。しかし借入金や債権、債務の依存関係から、金融機関と企業あるいは企業相互間のからみ合いが複雑化していること、あるいは多額の建設費を要した新鋭設備が、金利、償却、借入金の返済等を考慮した場合に、低評価の旧設備に比べて必ずしも有利とならないことなどもあって業界再編成の方向は、いまださほど明らかになっていない。
これらのことは、膨張過程で生じた諸種の歪みと直接、間接の関連性をもっており、各企業が収縮過程において経済正常化に対する真の適応性を示すには、なお若干の時日を必要としよう。