第3節 経済成長と財政健全化
本節では、財政をめぐる現状と今後の課題について、三つの論点を取り上げる。第一に、経済成長と財政健全化の関係、第二に、歳入改革をめぐる論点、第三に、医療・介護に係る歳出の効率化について検討する。
1 経済成長と財政健全化の両立に向けた課題
我が国においては、急速な高齢化を背景とする社会保障費の増加、景気低迷等による税収の落ち込み、リーマンショック後の経済危機への対応等もあり、財政収支は大幅に悪化した。債務残高対GDP比を安定的に低下させ、財政を持続可能なものとするための取組が必要となっている。経済再生が財政健全化を促し、また、財政健全化の進展が経済再生の一段の進展に寄与するという好循環を実現することが重要である。
ここでは経済成長と財政健全化の関係、経済成長を下支えする財政健全化策はどのようなものか、デフレ脱却と財政健全化の両立への留意点について考察する。
(1)経済成長は財政健全化に寄与するか
ここでは、デフレ脱却や経済成長と財政健全化の関係について検討する。最初に我が国の財政状況を振り返っておこう。
●債務状況の悪化は基礎的財政収支赤字の拡大が主因、名目経済成長低迷も影響
我が国における国・地方の政府債務残高対GDP比は、1992年以降、上昇を続けており、2012年度末に239%67に達している。債務残高対GDP比の変化幅を、基礎的財政収支要因、利払費要因、実質GDP要因、GDPデフレーター要因に分解すると、90年代初頭以降、急速な高齢化を背景とする社会保障費の増加、景気低迷による税収の落ち込み、度重なる経済対策に伴う歳出拡大と減税の影響もあり、基礎的財政収支要因が悪化に最も寄与している(第1-3-1図)。利払費要因は、金利低下の影響もあり寄与度は縮小傾向にあるものの、2%ポイント程度で推移している。また、リーマンショック後の2009年以降に注目すると、名目経済成長要因(実質GDP要因とGDPデフレーター要因の合計)が、2010年を除き悪化要因となっている。このように、我が国の債務残高の増大は、基礎的財政収支の赤字が長期にわたり持続的な悪化要因として寄与する中で、特にリーマンショック以降は、名目経済成長の低迷も悪化に寄与してきた。
●アメリカ、ドイツ、英国では、名目成長率回復が財政健全化に寄与
諸外国においても、リーマンショック以降、政府債務残高対GDP比は上昇している。OECD諸国の2009年~2012年の名目経済成長率(平均)と、当該期間の政府債務残高対GDP比の変化幅の関係を描くと、名目GDP成長率の高い国の方が、政府債務残高対GDP比の変化幅が小さい傾向がみられる68(第1-3-2図(1))。
次に、リーマンショック後、主要国の中で比較的早期に経済の回復傾向を示したアメリカ、ドイツ、英国について、名目経済成長要因(実質GDP要因とGDPデフレーター要因の合計)の政府債務残高対GDP比の変化幅への累積寄与(2008年から2012年にかけて)を我が国のそれと比較してみよう。ドイツを除く日本、アメリカ、英国においては、基礎的財政収支の悪化により政府債務残高対GDP比が、それぞれ30%ポイント弱、35%ポイント程度、25%ポイント程度上昇している。また、名目経済成長要因をみてみると、我が国においては、政府債務残高対GDP比を5%ポイント強上昇させているのに対し、アメリカ、ドイツ、英国については、いずれも政府債務残高対GDP比を低下させており、その寄与は、アメリカで10%ポイント弱、ドイツ、英国でそれぞれ6%ポイント程度となっている(第1-3-2図(2))。
こうしたことから、基礎的財政収支を改善するとともに、名目経済成長率を引き上げることが財政健全化に有用であり、デフレ脱却と成長戦略の着実な実行が必要である。
●直近20年では長期金利が成長率を上回る傾向、更なる収支改善努力が必要
では、経済成長率を高めれば、財政健全化も実現できると無条件にいえるだろうか。名目GDP成長率が名目長期金利を上回っている場合、基礎的財政収支が均衡していれば政府債務残高対GDP比は低下していくが、名目GDP成長率が名目長期金利を下回っていると、基礎的財政収支が十分に黒字69でないと政府債務残高対GDP比は安定化しない。そこで、直近20年(1993年以降)について、我が国、アメリカ、ユーロ圏、英国の名目長期金利と名目成長率の関係を描いてみると、いずれの国・地域についても、名目長期金利が名目成長率を下回る時期もあったが、総じて名目長期金利は名目成長率を上回る(図中の45度線より上の領域にある)ことが多い(第1-3-3図(1))。名目成長率と名目長期金利の差の分布をみると、名目成長率が名目長期金利を下回る時期が多いことが改めて確認できる(第1-3-3図(2))。
名目長期金利と名目成長率の関係は、常に一方が他方を上回る関係にあるとはいえないものの、直近20年については前者が後者を上回る傾向もあることから、基礎的財政収支の赤字を着実に改善し、黒字化を実現していく必要がある。
(2)成長を下支えする財政健全化策にはどのようなものがあるか
経済再生と財政健全化の好循環に向けて、財政健全化策の中で経済成長と親和的な策、経済成長を下支えする策はどのようなものかを過去の研究例を基に検討する。また、我が国がデフレ脱却と財政健全化を両立していくに当たっての留意点について考察する。
●税の歪みの削減、労働供給を高める歳出削減策が一例
リーマンショック後の経済停滞の影響で、主要先進国では、財政収支が大幅に悪化した。ここではその時期に、財政健全化策がGDPに与える影響を整理した研究について紹介する70。
理論的な整理であるが、経済成長と両立する財政健全化策としては、労働供給を増加させる年金支給開始年齢(定年)引上げや医療の効率性改善等が歳出面の取組例として示されている。歳入面の例としては、所得税(法人・個人)に係る課税ベースを拡大して税率を低く保つこと、税によって生じている資源配分の歪みを是正することや不動産課税の強化等が示されている(第1-3-4表)。
こうした取組が経済成長に与える経路について、過去の実証研究をみると、例えば、年金支給開始年齢引上げについては、英国で財政健全化期間中の95年に女性の支給開始年齢の60歳から65歳への引上げを決定したが、この支給開始年齢引上げが、60歳の女性とその夫の労働供給を有意に高めたとの研究事例がある71。年金支給開始年齢引上げは、近年、主要国において実施されている。例えば、ドイツにおいて財政健全化期間中の2007年に65歳から67歳への引上げ(2012年から2029年にかけて)を決定した72ほか、英国、イタリア等73も支給開始年齢を67歳以上に引き上げることとしている(付表1-8(1))。また、所得税の課税ベース拡大策については、税率引下げを併せて実施した過去の税制改正が、主に女性の労働供給にプラスの影響をもたらしたと指摘する研究例がある74、75(付表1-8(2))。
我が国においても、経済成長と財政健全化の好循環を目指して取り組んでおり、今後の取組の参考になると考えられる。
●デフレ脱却と財政健全化という二つの課題への着実な取組が必要
財政健全化に取り組む際には、景気動向への影響に一定の配慮が必要と考えられる。今やデフレ状況ではなくなったものの、2%の物価安定目標へは道半ばである。
ここでは、OECD加盟17か国において、78年~2009年の間に実施された財政健全化期間における財政収支改善幅のデータ76を用いて、財政健全化期間初年度の消費者物価上昇率が前年度比2%未満の場合(ケース1)と2%以上の場合(ケース2)にそれぞれ財政健全化を実施した場合の経済への影響を比較する。ケース1には7か国、全11期間が該当し、ケース2には同じ7か国の残りの財政健全化期間、全18期間を考慮した77。各ケースにおける財政健全化の経済への影響をみるため、実質GDP成長率、実質家計消費成長率、財政収支改善幅対GDP比の3変数からなるVARモデルをそれぞれのケースのデータを用いて推計しその特性を比較した78。
まず、対GDP比1%分の財政収支改善をもたらす場合の実質GDPへの影響をみると、ケース1では、ケース2に比べ、2年目の実質GDP成長率への下押しの影響が大きい傾向がみられる(第1-3-5図(1))。次に、同じ財政収支改善をもたらす場合の実質消費への影響をみると、実質GDPへの影響と同様、ケース2では2年目に実質消費への下押し圧力がかなりの程度改善するが、ケース1においては2年目の実質消費への下押し圧力がみられる(第1-3-5図(2))。
上記の分析においては、物価上昇率が低い方のケース(ケース1)において、それ以外のケースに比べ財政収支の改善が経済を下押しする効果が強く、また下押しが長引く傾向がみられる。これに関しては、物価上昇率が低い状況下では金融政策により実質金利を低下させることがより困難だったことが考えられる79。
今やデフレ状況ではなくなったものの、こうしたことにも留意しつつ、デフレ脱却と財政健全化という二つの課題に着実に取り組む必要がある。
2 歳入改革の必要性と課題
経済再生と財政健全化の両立に向けて、持続的成長と財政健全化を共に実現する税制の構築が重要である。ここでは、財政健全化に向けた歳入面の取組が必要な背景を振り返ると共に、法人税をめぐる論点について、考え方を整理する。
(1)歳入面の取組と課題
高齢化等を背景に、社会保障給付の増加は名目成長率を大きく上回っている80。こうした中、社会保障・税一体改革が実施されているが、その取組の内容、背景を整理すると共に、海外との比較を通じ、我が国の歳入面の課題を検討する。
●社会保障・税一体改革による消費税率引上げは改革の一里塚
まず、社会保障・税一体改革の内容をみていこう。社会保障・税一体改革の一環として、消費税率が2014年4月に5%から8%に引き上げられ、2015年10月には10%への引上げが予定されている81。これらによる増収分を含め、消費税収(従来の地方消費税収分の1%は除く)は、全て社会保障財源化されることとされている82。消費税率5%の引上げ分は、約1%分(2017年度時点見込みで2.8兆円)が子ども・子育て支援、医療・介護、年金の各分野の充実83に、残りの4%分(2017年度時点見込みで11.2兆円程度)が年金国庫負担比率二分の一への恒久的引上げ等及び後世代の負担軽減分(2017年度時点見込みで7.3兆円)とされている(第1-3-6図(1))。こうした社会保障安定化のための財源確保は、結果的に、財政健全化にも資すると考えられる。
しかし、内閣府の「中長期の経済財政に関する試算」(平成26年1月公表)によると、2020年度の国・地方の基礎的財政収支の対GDP比は▲1.9%程度となっており、2020年度までの黒字化目標を達成するためには、更なる収支改善努力が必要である84(第1-3-6図(2))。
●我が国は消費税収、個人所得税収が低い
財政状況が厳しいということは、歳入が歳出に見合っていないということである。そこで、政府の社会保障支出(対GDP比)と租税及び社会保険料負担率(対GDP比)のバランスをOECD諸国との間で比較すると、我が国は支出側がOECD諸国の中で中位(対GDP比25.4%)にあるのに対し、負担側は低位(対GDP比32.1%)に位置している(第1-3-7図(1))。
次に、OECD諸国と我が国の租税及び社会保険料負担の構成を比較すると、我が国と同程度若しくは我が国以上に充実した社会保障を提供している各国では、我が国よりも租税負担率が重く、その中でも消費課税や個人所得課税の割合が高い(第1-3-7図(2))。我が国の消費課税割合が低いのは、税率(付加価値税率)が低水準のためであり、税率が10%に引き上げられたとしても、他のOECD諸国との比較では、依然として低水準である(第1-3-7図(3))。
(2)法人税をめぐる課題
法人税については、成長志向に重点を置いた法人税改革に着手することが決定された85。ここでは、財政健全化と両立する法人税改革について検討する。
●我が国の法人課税は税率が高く、法人税依存度が高い
OECD諸国との国際比較により、我が国の法人課税の特徴を示そう。年度によって変化があるものの、2012年度においては、まず、法人税率(国・地方政府の合計である実効法定税率)と法人税負担率(法人税収対GDP比)をみると、我が国は相対的に法人税率が高い(第1-3-8図(1))。次に、課税ベースはどうだろうか。我が国は、GDPに占める企業所得比率は高くなっており、法人税負担率が高いのは、法人税率と企業所得比率が高いことが要因であることが分かる(第1-3-8図(2))。一方、法人税収を法人税率で割って得られる課税所得の対企業所得比をみると、我が国は相対的に低くなっており、GDPに占める課税ベースは相対的に小さい86(第1-3-8図(3))。最後に、法人税負担率と税収に占める法人税の割合(法人税依存率)についてみると、我が国は相対的に法人税負担率も法人税依存率も高いといった特徴がみられる(第1-3-8図(4))。
●長引いたデフレの中、税収が侵食
税収の規模は税率の高さと課税所得(利益)の大きさによって決まる。そこで、まず、我が国企業の所得の動きについて、欠損法人の所得、利益法人の繰越欠損金控除前所得、利益法人の繰越欠損控除額の対GDP比の推移によってみてみよう。欠損法人の所得対GDP比は、80年代は平均-1.4%(約-4.7兆円)にとどまっていたものの、90年代半ば以降悪化し、平均-4.3%(約-22兆円)となった(第1-3-9図(1))。一方、利益法人の繰越控除前所得の対GDP比は、80年代の平均9.7%(約32兆円)から、90年代前半に若干低下がみられるものの、90年代半ば以降、平均9.3%(約46兆円)で推移している。利益法人の繰越欠損金控除額は、欠損時期に積み上げた欠損金の残高と利益法人である時期の利益額の大きさに連動するが、80年代の平均0.6%(約2.1兆円)から、2000年以降は2.0%(約10兆円)へと増加・高止まりしている。
こうした欠損法人所得の大きさをマクロ経済的に評価すると、供給能力を有する事業体として存続している法人は多く存在するが、それらが十分な付加価値を生み出せていないということになる。こうした状況が90年代半ば以降続いた背景としては、企業所得が影響を受けるマクロ経済環境として、デフレ状況にあったことや、金融危機の顕在化、リーマンショックをはじめとする内外の経済ショックなどが挙げられる。そこで、欠損法人の赤字額と利益法人の繰越欠損金控除前所得の比と定義する赤字率と物価(GDPデフレーター)の推移をみると、赤字率は、デフレ期と見做せる90年代半ば以降、それ以前の平均約-20%から平均約-50%へと大幅に水準をシフトさせていることが確認できる(第1-3-9図(2))。赤字率は、90年代初頭のバブル崩壊の頃から悪化がみられるほか、99年度、2003年度、2008年度に一時的かつ大幅な赤字率が平均を押し下げている。これは金融危機の顕在化やリーマンショックの影響が考えられる。他方、月例経済報告がデフレと記載しなくなった2006年年央以降には、一時的ではあったものの赤字率の水準が-20%近くにまで回復した。
こうしたマクロ経済要因が法人税収に与える影響を、定義的に分解しよう。具体的には、法人税収の平均変化率を物価変動、潜在GDP成長率、税率、需給変動、需給変動要因を除いた課税所得対GDP比の各変化に分解する。80年代以降を四期間に区切った結果からは、需給要因、すなわちその時々の景気状況が法人税収に影響を及ぼしていることが分かる。また、税率引下げも法人税収低下の要因になっていることに加え、潜在GDP成長率の増収寄与が、期を追って低下していること、デフレを反映した物価変動要因が税収を下押ししてきたことが分かる(第1-3-9図(3))。
デフレからの脱却と潜在成長率を高める成長戦略は、税収の回復を図る観点からも重要である。我が国の法人税収の水準については、景気の動向による企業収益の変動や租税特別措置等の制度増減税が影響しているが、デフレ等によって企業所得が伸び悩んできたこと等も踏まえて評価する必要がある。
●赤字法人の多さには、給与所得控除の適用を受けるための節税行動が影響
欠損法人の動向とデフレによる欠損法人の赤字額についてみたが、企業規模に着目すると、欠損法人割合(欠損法人数の法人数に占める割合)87に構造的な側面を見出すことができる。中小法人に欠損法人が多い理由としては、従前より「法人成り」という節税行動があるといわれてきた88。すなわち、個人事業者が法人化した上で、所得を自らに給与として分配し、法人に利益を留保しないことが有利となるという制度の問題である。特に家族経営の小規模事業者は、個人形態にするか、法人形態にするかという事業形態選択を、税等を考慮して行うことが比較的容易であると考えられる。この選択に際して、個人形態を選択すれば、所得は税務上事業所得となり、青色申告者として、青色申告特別控除が適用される一方、法人形態を選択し、所得を法人から給与として受け取ると、その所得には給与所得控除が適用される89。法人形態を選択することで、給与所得控除が適用され、税負担を軽減できるため、法人化が促されている可能性がある。
そこで、配偶者と子二人(扶養者)の世帯が、事業を通じて年間1000万円の名目所得90を得た場合について、<1>青色申告者(個人事業主)として税を支払った場合の税負担率と、<2>法人格を取得し、事業所得を法人所得とした上で、同額を事業主と配偶者に給与として支払って、給与所得控除の適用を受ける場合の世帯全体の税負担率を比較した91。これによると、90年代後半以降、個人形態を採る場合の方が、法人形態を採る場合に比べ、税負担率が4.7~6.3%(47~63万円)継続的に高い(第1-3-10図(1))。
このような税負担の差が生じた要因をみると、個人形態を採った場合に青色申告者の受ける青色申告特別控除よりも、法人形態を採った場合に受ける給与所得控除の方が大きいことから、個人形態を採った場合の個人所得税・個人住民税負担が大きくなることが専ら寄与していることが分かる(第1-3-10図(2))。これは、所得計算上、一度必要経費の控除を受けているにもかかわらず、法人化された場合には、事業主に分配された給与について、更に必要経費の控除分の性格を有する給与所得控除が重畳的に適用されているためである92。
事業者が個人形態を採るか、法人形態を採るかは、所得税に係る給与所得控除の適用といった他税目に係る制度の影響を受けている可能性がある。こうしたことから、法人税率の引下げ、課税ベースの拡大に関する検討の際、事業主(同族会社の役員)等に対する給与所得控除のあり方について検討し、その水準を見直すことは重要な課題となろう。
3 医療・介護費の動向と歳出改革
財政健全化のためには、歳入面の改革とあわせて、歳出面の改革を進める必要がある。ここでは、増加圧力の強い社会保障費、とりわけ医療・介護費を取り上げ、増加を続ける背景とその効率化のための方策について検討する。
(1)医療・介護費の増加の背景
社会保障費は、2000年度に一般会計歳出に占める割合が19.7%から、2014年度予算では31.8%に増加するとともに、給付費総額も2000年度の78.1兆円から、2014年度予算ベースで115.2兆円へと大幅に増加すると見込まれている93。経済成長を大幅に超えて増加する社会保障費の効率化は、歳出改革にとって不可欠な課題である。ここでは、46.6兆円(2014年度予算ベース)と社会保障給付費の大きなウェイトを占める医療・介護費94に焦点を当て、その増加の背景を考察する。
●医療・介護費の伸びの主因は調剤医療費、入院医療費、介護費の増大
我が国の医療・介護費は、高齢化の影響等を背景に2003年度以降年度平均で約1.2兆円増加している(第1-3-11図(1))。2003年度から2011年度までの累計では9.3兆円(医療7.0兆円、介護2.3兆円)増加しており、2011年度の水準は46.6兆円(医療38.6兆円、介護8.0兆円)となっている。このうち医療費を診療種類別にみると、調剤医療費の増加が最も大きく、次いで入院医療費、診療所外来の増加が大きい(第1-3-11図(2))。
日本の医療・介護費の増加は諸外国と比べて際立っているのだろうか。医療・介護費(対GDP比)を主要国(アメリカ、ドイツ、フランス、英国)と比較すると、リーマンショック後の経済の落ち込みを受けて、2009年以降各国とも水準が高まるなかで、日本はドイツやフランスより増加傾向がやや強い。しかしながら、水準としては英国と並んで低く、増加幅も主要国と比べて突出したものとなっているわけではない(第1-3-11図(3))。
一方、薬剤費(対GDP比)については、同様にリーマンショック後の経済の落ち込みの影響に留意する必要があるが、ドイツ、フランスが横ばいもしくは低下傾向を示す中で、我が国の伸び率は他国と比較して最も高い伸びの傾向を示している。その結果、2000年代半ばにはドイツと並んで低い水準にあった我が国の薬剤費の水準は、アメリカと並んで主要国の中で最も高い水準になっているものと考えられる95(第1-3-11図(4))。
●医科診療費、調剤医療費は一人当たり費用の上昇等により増加
医療・介護費の増加を、一人当たり費用要因96、高齢化要因97、診療報酬等改定要因等98に分解すると、2003年度以降の増加(約9.3兆円)のうちの約8割(約7.1兆円)が高齢化要因、約4割(約3.8兆円)が一人当たり費用要因で増加しており、その約2割(約▲1.6兆円)を診療報酬等改定要因が押し下げている(第1-3-12図)。なお、高齢化要因の5割弱(約3.3兆円)が85歳以上人口の増加によるものであり、75歳以上人口の増加の影響は9割超(約6.6兆円)となっている。
医療・介護費の増加は、人口構成変化を反映した高齢化要因だけではなく、一人当たり費用の上昇にもよるが、一人当たり費用の増加はどの診療種類で生じているのだろうか。医療・介護費の内訳についても、同様の要因分解を行うと、医科診療費(入院、入院外)は高齢化要因による伸びが大きいが、一人当たり費用要因の寄与も大きい。介護費は、その増加のほぼ全てが高齢化要因による99。なお、医科診療費については、2008年度と2010年度にそれぞれ診療報酬を引き上げたことから、薬価を除く診療報酬等改定要因が増加要因となっている。
薬剤費を含む調剤医療費については、医薬分業の進展が最も大きく寄与しているが、その影響を除いた場合、一人当たり費用要因が占める割合は、高齢化要因より大きい。2003年度から2011年度まで医科診療費は年率平均約2.1%の伸びである一方、調剤医療費は年率平均約6.9%と増加しており、院外処方比率の増加を考慮しても調剤医療費の増加率は大きい。医療・介護費の一人当たり費用要因による増加の大半は、医科診療費(入院、入院外)と調剤医療費の一人当たり費用増加によりもたらされている。
(2)調剤医療費の伸び率抑制策
調剤医療費の一人当たり費用が大きく増える要因は何であるのか。ここでは、調剤医療費の増加を診療報酬項目別に要因分解し、さらに内服薬の薬剤料の増加要因を探ることで、調剤医療費が増加している背景を別の角度から探り、その抑制策を考える。
●調剤医療費の増加の原因は投薬数量の増加
調剤医療費100の増加について、薬の本体価額である薬剤料(数量、価格)と薬剤師の調合等に係る技術料(数量、価格)に要因分解してみると、調剤医療費増加(2004~2011年度)の約8割が薬剤料の数量要因、約2割が技術料の価格要因による(第1-3-13図(1))。また、薬剤料の価格要因は、診療報酬改定年には低下がみられるが、そうでない年には低下がみられない。
薬剤の数量が増加している点について、内服薬を例として、その変化を処方箋数要因、投薬種類数要因、投薬日数要因、価格要因に要因分解すると、増加の約6割が処方箋に記される投薬日数の増加、約4割が処方箋数の増加寄与によることがわかる(第1-3-13図(2))。また、内服薬での薬剤料の価格要因は、診療報酬改定がある年には減少し、ない年には増加に寄与している。これは、薬価を引き下げて既収載医薬品の価格を低下させている一方、高価な新薬が登場し徐々に普及していくことにより処方される薬剤の平均価格が上昇し、個別薬剤単価の引下げ効果を相殺しているためであると考えられる。薬剤科の増加は、特に、投薬日数や処方箋数の増加101など薬剤需要の増加に加え、新薬の普及による薬剤の単価上昇といった要因によって生じている102。
●薬価の算定方式の見直し等により薬剤料の適正化が必要
我が国では投薬数量の増加によって薬剤料が増加している面があるが、薬剤料を抑制し、調剤医療費の伸び率を抑えるためにはどのような取組が必要だろうか。
我が国では保険収載と薬価算定を同じプロセスで行っており、新医薬品については、既存類似薬があるものは、既存類似薬の一日薬価を基準に有用性や新規性、外国との価格差を加味して新薬の一日薬価を設定し、既存類似薬がないものは原材料費や製造経費等を積み上げた原価計算方式で原価を算定することにより薬価を設定し、保険収載している。既収載医薬品については、収載後に定期的に薬価の改定を行っており、卸の医療機関・薬局に対する販売価格の加重平均値に消費税とともに、薬剤流通の安定のための調整幅として改定前薬価の2%を加えることによって算定している(第1-3-14図)。
我が国では、薬価の設定や保険収載においては、新医薬品については一部の効能の評価を行っているものの、既収載医薬品については効能の評価を行っておらず、医薬品の効能や特性等の実績の評価は行われない。一方、諸外国の薬価算定方式をみると、英国を始め生活の質(QOL)を考慮した生存年(QALY)一単位が改善するのにいくらの費用が必要かを定量的に求める費用対効果分析を用いて薬価算定と保険適用の要否の判断を行っている。また、患者の自己負担額については、フランスでは生命に直接の影響がない医薬品については自己負担率を高く設定するなど、医薬品の種類に応じて自己負担率を変えている国もある。
費用対効果の低い薬剤については、効能や特性ごとに費用対効果評価を保険償還価格へ反映することや、費用対効果評価が一定水準を下回る医薬品については保険適用を行わないこと103等により、医療保険財政への影響を考慮することが考えらえる。我が国で医薬品の保険適用の評価に際して費用対効果の観点を導入することについては、イノベーションの評価との整合性も踏まえつつ、平成 28 年度診療報酬改定における試行的導入も視野に入れながら、引き続き検討していく必要がある。
(3)医療・介護サービス供給体制の効率化
医科診療費と介護費の増加の多くは高齢化要因で説明されたが、医科診療費と介護費の水準自体をどう評価するかは別問題である。ここでは、特に医療費のうち大きなシェアを占める入院医療費に焦点を当て、現状の課題を分析するとともに入院医療費を適正化していくための課題を検討する。
●社会的入院の解消には病床数の適正化が重要
入院医療については、従来から、治療の必要性が低いにも関わらず長期入院を続けるいわゆる社会的入院が問題視されている。長期入院患者の多い療養病床の平均在院日数が長いこと等が、我が国の平均在院日数が諸外国と比べて著しく長くなっている原因であると指摘されている104。ここでは、社会的入院の問題を中心に入院医療について考察する。
我が国の平均在院日数は近年緩やかに減少しているものの、依然、主要国の約4倍~5倍の長さである(第1-3-15図(1))。また、長期入院患者(ここでは6カ月以上入院している患者)は、2000年代を通じて25万人程度と大きく変化していない。入院患者に占める長期入院者の割合(長期入院率)は低下しているものの、25%前後の水準にあり、長期入院者が療養病床105の約6割、一般病床の約1割を占めている(第1-3-15図(2))。ただし、近年の平均在院日数の減少率は入院患者数の増加率を上回っており、総需要(入院患者数×平均在院日数)は減少している(第1-3-15図(3))。
医療機関は営利組織ではないが、運営の安定を図る必要に鑑みれば、適正な収支尻を実現しようと行動するものと考えて差し支えないだろう106。したがって、病床利用率はある程度高まるように行動すると考えられる。そこで病床利用率の動きをみると、病床数が減少している以上に総需要が減少しているため、低下傾向にある107(第1-3-15図(4))。また、都道府県別データを用いて、横軸に病床数ギャップ(実際の病床数と人口、面積、高齢化率から求めた必要病床数との差分)、縦軸に平均在院日数を取ると、病床数ギャップの大きい都道府県ほど平均在院日数が長く、過剰な病床数を抱える都道府県ほど平均在院日数が長くなっている108(第1-3-15図(5))。このように医療機関が収益を確保しようと行動する結果、患者数に比して病床数が多い地域では、医療機関が患者の在院日数を増やして病床利用率を高めているものと考えられる。
患者は、長い期間入院することで身体機能が低下したり、認知症や抑うつなどの精神症状を発症する等、かえって容体が悪化する可能性が高いことが指摘されている109。社会的入院の解消は引き続き重要な課題であり、社会的入院の解消、平均在院日数の短縮には病床数の適正化が重要であると考えられる。
●医療機関の行動を考慮に入れた上での価格設定が必要
平均在院日数は依然長く、長期入院患者も減少していないが、過去にも社会的入院の解消に向けた取組は行われてきた。ここでは2006年度の政策とその帰結を示そう。
2006年度の診療報酬改定では、<1>急性期入院医療110について、平均在院日数が短く、看護師一人当たりの入院患者が少ない病床の入院基本料111を高く設定し、<2>慢性期入院医療について、医療の必要性の薄い患者に係る療養病棟入院基本料を大幅に引き下げる改正が行われた。このことによって、相対的に医療の必要性が薄い患者が入院している療養病床で収益が減少し、当該療養病床が介護施設に転換することなどを企図していたものと考えられる。
上述の入院基本料の改定が病床数に与えた影響をみると、2006年には5万床あった7対1病床112が2012年には36万床に増加している等、急性期の病床の入院基本料が増加すると同時にその供給が大幅に増えている(第1-3-16図(1))。このような病床数の変化が生じた背景には、病床区分ごとの一病床当たりの収益113に差があることが考えられる。実際の病院収支は様々な収支が合算されているため、限界的に得られる収益と費用によって、病床区分ごとの収益性を比較してみよう。病床区分には看護職員の配置密度が用いられていることから、簡便な方法として、限界的な収入を病床の入院基本料、限界的な費用を看護職員の人件費によって表現する。収入(入院基本料(日額))から費用(看護職員の給与(日額))を引いた額をみると、看護師配置の厚い病床ほど限界的な利益率は高くないものの、利益幅が大きい。医療機関は営利法人ではないため、収益率を念頭に置いた行動を取るのではなく、総収支の差を改善することを目指し行動することも見込まれ、こうした観点からは、医療機関が一病床当たりの収益が多い7対1の病床を増やしたという結果も合理的だと考えられよう(第1-3-16図(2))。
一方、慢性期入院医療については、療養病棟の入院基本料算定において、医療の必要性、日常生活区分を基とした区分とし、医療の必要性の高い患者の基本料を引き上げる一方、医療の必要性の少ない患者の基本料を引き下げる内容の改正が行われた(第1-3-16図(3))。改正前の2005年度と改正当初の2007年度を比較すると、この改定により、療養病床を有しない病院の収入には大きな変化が生じていない一方、療養病床を有する病院の収入は大幅に落ち込んだ(第1-3-16図(4))。しかし、その後病院が入院患者を入れ替えて医療の必要性が低い患者(医療区分1)を減らし、高い患者(医療区分2ないし3)を増やしてきた114ことで、療養病床を有する病院の収入を回復させている。医療機関が行動を変化させたため、採算が合わない療養病床の介護施設への転換を促すという当初の目的が達成されなかったものと考えられる。
このように、病院は入院基本料の算定方式の変化を前提として、一病床当たりの収益の多寡に応じて病床の供給を変えており、必要な原価に基づく価格付けが行われていない。診療報酬の改定を行う場合には、医療機関の行動の変化を十分に考慮に入れた上で価格設定を行う必要がある。
●地域の医療・介護需要に応じた医療・介護提供体制の構築が重要115
2006年の健康保険法等の一部を改正する法律では、介護療養型医療施設116を2011年度までに廃止するとともに前述の診療報酬の改定と併せて療養病床を再編成し117、当初約38万床あった療養病床を医療保険適用療養病床約15万床と介護老人保健施設等に再編することを意図していた。2012年において約33万床の療養病床が存在するため、転換期限を6年間延長するとともに、引き続き再編成を推進している(第1-3-17図(1))。
病床数と介護保険施設の2次医療圏118ごとの過不足感の現状について考察するため、まず、人口、2次医療圏の面積、高齢化率から求めた平均病床数と実際の病床数の差分を横軸、2次医療圏の面積、65歳以上人口から求めた平均介護施設収容数と実際の介護施設収容数の差分を縦軸にプロットすると、現状、介護施設収容数が不足、病床が過剰になっている2次医療圏が多いことが分かる119(第1-3-17図(2))。
さらに、現在の地域間の病床数の偏在について、医療と介護の連携がなされているといわれている長野県120をベンチマークにした必要最低病床数と現在の病床数を比べてみると、西日本を中心に病床数の過剰感が強くなっていることが分かる(第1-3-17図(3))。
これらのことから、医療提供体制については、各地域の医療需要を考慮し、各医療機能や在宅医療の必要量を定めた地域医療構想の策定やその実現に向けた地域の病床の機能分化・連携が重要である。また、在宅医療・介護連携を推進し、地域包括ケアシステムの構築が求められよう。