まえがき
「世界経済の潮流」(以下「潮流」という。)は、内閣府が年2回公表する世界経済の動向に関する報告書です。今回で44回目となる潮流は「AIで変わる労働市場」との副題を付しています。
第1章では、AIの労働者への影響について分析しています。近年、AIは人とおおむね同等、分野によっては人を上回る質のアウトプットを驚異的な速度で生成するようになり、ビジネスや学術活動などに幅広く活用され始めています。その影響は、AIに職業が「代替」されるという可能性のみならず、労働者の生産性を高め、職業を「補完」する可能性もあります。さらに、こうしたAIがもつ「補完」と「代替」という2つの側面による労働者への影響度合いは、先進国と新興国の間で異なるとともに、教育水準や性別等の労働者の属性に応じて異なる可能性があります。今回の分析を踏まえると、現状では、必ずしも全ての労働者がAIの「補完」による便益を得られるとは限らない状況ですが、その状況を改善するとともに、更にAIからの便益を得るためには、労働者のリスキリングが重要です。欧米諸国においては積極的にリスキリングが進められており、その概要を示します。さらに、AIを最大限活用できる人材を育成するために必要な教育についても考えます。
第2章では、2024年前半の世界経済の動向を分析しています。世界の景気動向をみると、アメリカでは、潜在成長率が移民流入の上振れにより上昇する中で、力強い国内需要を背景に、景気拡大が続いています。欧州では、物価上昇を上回る名目賃金上昇の継続等を受けて、景気は総じて持ち直しの動きがみられています。このように、欧米の景気は力強さを増しつつありますが、物価上昇率の低下ペースは鈍く、そのため政策金利が高止まる可能性がある点には留意が必要です。一方で、中国では、不動産市場の停滞により構造的に内需が不足する中で、政策効果は内需の好循環につながらず、景気は足踏み状態となっています。家計の所得・雇用環境の実感は厳しく、物価上昇率はゼロ近傍であり、若年層を中心にミスマッチ失業も深刻化しています。中国経済の停滞が更に長期化する場合には、世界経済全体を更に下押しする可能性があり、今後の情勢を注意深くみる必要があります。
今回の分析が世界経済の現状に対する認識を深め、その先行きを考える上での一助になれば幸いです。
令和6年7月
内閣府政策統括官(経済財政分析担当)
林 伴子