第1章 世界金融危機後の成長鈍化(第5節)

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第5節 グローバル化と格差

国境を越えた物資、サービス、資金の流れや、人の移動の活発化は、世界経済の成長に寄与してきたと考えられる。こうしたグローバル化が進展すると、各国の一人当たりGDPは平均的にみて上昇するが、他方、国内の所得格差の拡大が進む可能性も指摘されている12。この指摘によれば、グローバル化の進展に伴い製造拠点の国際分業が進むと、先進国では低スキル労働者に対する需要が減少し一層賃金が下がる一方、高スキル労働者は補完的に生産活動を行うようになることで賃金が上昇し、スキル及び賃金の二極化現象が起きる可能性がある。

また、第3章で論じるように技術革新も高スキル労働者に対する需要を増やし、低スキル労働者との賃金格差を拡大させうるとされている。こうした格差の拡大は、1990年代以降OECD諸国を中心に顕著になってきたとの指摘があるが、今後も継続することが予想される。所得格差拡大は貧困問題につながるだけでなく、社会的及び政治的な不安定さと関連しやすい。このため、多くの国で教育投資などによる所得格差の縮小が政策の目標とされてきた。

本節では、先進国での近年の格差拡大の実態を紹介するとともに、構造政策と格差の関係を議論し、本章前段で議論したように先進国・新興国ともに低成長時代が続く中、格差が拡大する現状をどう考えるべきなのか、簡単な考察を行う。

(先進国での所得格差の動向)

G7諸国で近年所得格差が拡大しているのかどうか、2つの指標で確認してみよう。第1-5-1図では2000年と最新年(12~14年)のジニ係数の動向を、第1-5-2図では2000年と最新年(12~15年)の所得第9十分位点と第1十分位点の水準比の動向を国別で比較している。どちらの指標でも、国別では格差の度合いはアメリカで大きくドイツやフランスで小さいことが、また2000年と比べると最近特にアメリカとドイツで格差が広がっていることが示唆されている。特にアメリカでは、2000年時点ではジニ係数の値は日本や英国とほとんど変わらなかったが、14年までの間の上昇幅は最も大きかった。対照的に、日本、英国、カナダでは2000年以降格差の度合いはほとんど変わっていない。以上をまとめると、G7諸国では近年所得格差が拡大傾向にあるか、少なくとも縮小はしていないことがわかる。

第1-5-1図 G7諸国のジニ係数の動向:一部の国では格差拡大方向
第1-5-1図 G7諸国のジニ係数の動向 (備考)OECD. Statより作成。
第1-5-2図 G7諸国の所得上位10%水準と下位10%水準比率の動向:一部の国では格差拡大方向
第1-5-2図 G7諸国の所得上位10%水準と下位10%水準比率の動向 (備考)1.OECD. Statより作成。 2.対象世帯の所得を高低順に並べ100分割したとき、低い方からn番目の所得をPnと表記しており、P10は低い方から10番目、P90は90番目の所得を示す。そのため、P90/P10はP90とP10の比率を算出したものとなる。

こうした格差拡大の背景にはどのような要因が考えられるだろうか。前述のとおり、グローバル化の進展と技術革新はいずれも格差拡大と関係しているとの指摘が多い。グローバル化の中でも人の移動の増加は、家族に帯同するなど必ずしも職を求めて移動するケースに限られないが、例えば、15年の英国のデータでは、移民の48%が仕事に関係する理由で移動したと区分されているなど、移民の増加に伴い国内労働市場への影響が強くなり、賃金分布、さらには所得格差の動向にも影響を及ぼしていると考えられる13

第1-5-3図はG7諸国における95年以降の千人当たりの人口増減数とネットの移民数の推移を示している。ドイツ、英国、イタリア及びカナダでは、2000年代以降純移住者数の伸びが人口の自然増加率を上回って推移し、特にドイツや英国では直近数年間で移民が急増していることがわかる。これに対しアメリカやフランスでは純移住者数の伸びは横ばいまたは逓減するなど大きな変化はみられず、また人口の自然増加率を常に下回っている。この図から、例えば最近のドイツや英国のように純移住者数の伸びが急激に高まり、かつ人口増加率を大きく上回っている場合には、社会における移民の存在感が急速に大きくなっていることが想像される。

第1-5-3図 G7諸国での人口と移民人口の伸び:一部では純移動率が近年急増
第1-5-3図 G7諸国での人口と移民人口の伸び (備考)1.OECDStat.より作成。ただし、英国の純移動率及び自然増加率は、英国統計局より作成。 2.自然増加率は、年間の出生数から死亡数を除いた人口1000人当たりの増減数。 3.移民の定義は、当該国に3か月以上滞在している外国人の内、娯楽・休暇等を目的とする者を除いた人数。 4.純増加率は、他国から自国に入国する移民数から自国から他国に出国する移民数を除いた人口1000人当たりの増減数。

グローバル化や技術革新は、一人当たりGDPの成長につながる要素である。同時に、前述のような所得格差拡大や社会的・政治的不安定等の結果につながる可能性も否定できない。このため、それに対応する適切な政策を講じることが重要である。

(構造政策と賃金・所得格差)

持続的な経済成長のためには各種労働市場政策14の見直し、技術革新の推進、人的資本投資、競争政策等の構造政策を進めることが重要であるが、こうした政策にはイノベーション活性化等、技術革新を通じて結果的に所得格差が拡大する可能性のあるものが含まれている。また、労働参加率を引き上げるための施策は失業率を引き下げることから労働力人口の中での所得格差を小さくする一方、失業保険給付の所得代替率引下げや雇用保護法制の見直しが含まれているため、非正規労働など賃金面での労働条件が悪い職の増加や労働者の留保賃金の低下につながる場合もあり、仕事に就けたとしても就業者の中での賃金格差を広げる可能性が高い。他方、教育水準の底上げを図る施策や積極的労働政策でのトレーニングプログラム等は、格差の縮小につながることが多い。OECD (2015)は主な成長政策の格差への影響を評価しており、技術革新や競争促進に係る施策は賃金格差拡大的なのに対し、教育水準引上げは賃金・所得格差ともに縮小的、グローバル化に係る施策の影響は明らかでないとしている15

グローバル化を始めとする構造政策は、賃金格差を拡大する面もある一方で、雇用機会の拡大を通じて所得格差を縮小する面もあると考えられる。これら2つの経路はお互いに相殺しあうことから、構造改革を進めながら所得格差にも目配りする政策運営が必要である。また、グローバル化による人の移動の自由化において典型的にみられるように、構造改革による賃金格差の拡大は主に低賃金労働者間で起こりやすいとの指摘がある16。移民の増加を例にとれば、移民が就く仕事が自らの仕事と補完的ではなく代替的である場合、人々は失業リスクの高まりや賃金水準の低下が移民政策の帰結であると感じやすい。こうしたことにも配慮し、成長の成果を国民に還元していくことが重要と考えられる。


12 Maskin (2015)
13 The Migration Observatory (2016)
14 具体的には、雇用保護法制の緩和、最低賃金引下げ、失業保険給付の所得代替率の引き下げなどが含まれる。
15 OECD (2015)
16 脚注15に同じ

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