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第1章 先進国経済:金融危機による景気後退の深刻化

第2節 アメリカの景気後退の深刻化と金融危機の長期化

4.消費の減少

   個人消費は、08年後半以降大幅な減少が続いていたが、09年に入り減少のペースは緩やかになっている。個人消費はアメリカのGDPの約7割、世界全体のGDPの約17%を占めており、その動向と背景を把握することは、アメリカ経済、さらには世界経済の動向をみる上で非常に重要である。以下では、個人消費の動向とそれに影響を与えている要因について検討する。

(1)個人消費の動向と内訳

   アメリカ経済が減速し始めた06年後半以降も、景気を下支えする役割を果たしてきた個人消費は、07年末以降、エネルギー価格や食料品価格の上昇により、実質可処分所得が伸び悩んだことから減速した。その後、08年2月に成立した緊急経済対策法に基づく個人への戻し減税(6) の効果により一時的に押し上げられたものの、減税の効果がはく落した08年6月以降は、大幅な減少に転じた。個人消費は、08年7〜9月期には前期比年率▲3.8%、10〜12月期には同▲4.3%と、1947年の統計開始以来初めて、2四半期連続で3%を超える大幅な減少を記録した。その後は消費の減少のペースは緩やかになってきており、09年1〜3月期の個人消費は、前期までの大幅減の反動や特殊要因等の影響もあって、同1.5%とプラスに転じた(前掲第1-2-1図)。
   消費の内訳をみると、消費支出が大きく減少し始めた08年6月以降、特に耐久財消費の減少寄与が大きくなっている。その中でも自動車や家具の落ち込みは大幅となっている。自動車については、所得環境が悪化する中で買換えのインセンティブに乏しく、また、信用収縮による自動車ローンの利用可能性の低下の影響もあって、新車販売台数は大きく減少している。過去10年間、自動車とトラックを合わせた新車販売は、年平均1,700万台程度で推移していたが、08年には1,310万台と16年ぶりの低水準を記録した。さらに、09年に入ってからは、1,000万台を下回るレベルまで低下している。また、家具及び住宅設備については、住宅販売の低迷等により、前年比で08年10月以来減少傾向が続いている。

(2)雇用環境の悪化

   こうした消費の減少の背景には、第一に、雇用環境の悪化が続いているということがある。雇用環境については、時間当たり賃金は引き続き増加しているものの伸びが低下していることや、雇用者数の大幅な減少や、労働時間の減少が続いており、雇用者報酬は08年11月以降5か月連続して減少している。こうした雇用者報酬の減少は、可処分所得の減少を通じて消費の抑制につながっている。
   また、雇用環境の悪化は、所得だけでなく消費者マインドの低下を通じても消費の下押し圧力となっている。失業率の上昇等に伴う所得の見通しの悪化は購買意欲の低下を招き、消費の減少を引き起こしていると考えられる。消費者マインドを表す消費者信頼感指数は、08年12月以降3か月連続で統計開始以来最低の水準を更新した(前掲第1-2-14図)。足元では将来の景気回復への期待から改善がみられるが、今後雇用環境が引き続き悪化すると見込まれることから、消費者マインドの改善が消費に与える影響は限定的なものとなる可能性が高い。

(3)金融面からの影響と家計のバランスシート調整

   さらに、個人消費の減少の背景には、(i)金融危機に伴う信用収縮によって家計が借入制約に直面していること、(ii)住宅価格や株価の下落により逆資産効果が働いていること、(iii)家計が過剰債務を解消するため、消費を抑制していることもあると考えられる。

(i)家計の借入制約
   家計の借入額については、08年秋以降、消費者信用残高が減少に転じている。この背景には、景気後退に伴い資金需要側の借入意欲が減退していることに加え、資金供給側の金融機関における貸出態度の厳格化(前掲第1-2-8図)の影響が大きいと考えられる。こうした貸出態度の厳格化により家計が借入制約に直面していることも、個人消費の減少につながっていると考えられる。

(ii)逆資産効果
   家計のバランスシートをみると、家計の保有資産残高は、住宅価格の低下や株価の下落の影響等を受け、07年7〜9月期以降減少に転じ、08年10〜12月期には、ピークから▲16%(約12兆6,800億ドル減)と減少している。可処分所得比でみても07年4〜6月期をピークに減少している(第1-2-34図)。内訳をみると、実物資産(住宅等不動産が約8割)と株式以外の金融資産(保険等)が、▲10数%程度の落ち込みとなっているほか、株式資産については、▲44%(約4兆3,500億ドル減)と大幅な減少となっている。こうした家計が保有する資産残高の減少は、逆資産効果を通じて個人消費の減少の一因になっていると考えられる(7)

(iii)過剰債務の解消
   90年代終わり頃から住宅価格上昇に伴う借入可能額の増加や金融機関の貸出の積極化等を背景に、家計の借入れが急速に拡大したことから、家計の債務残高(可処分所得比)は急速に上昇し、07年には140%程度とわずか8年の間に40%も高まった。こうした債務残高の拡大は資産価格の上昇による担保価値増大等を前提としたものであったことから、株価や住宅価格の下落により、家計はバランスシート調整を迫られていると考えられる。
   家計貯蓄率をみると、可処分所得の増加がみられない中、05〜07年平均の0.5%から、09年3月には4.2%(09年3月)まで急速に上昇しており、過剰債務の圧縮に向けて家計が債務返済を行っているとみられ、これが消費を抑制している可能性もある。

(4)物価変動の影響

   ガソリン価格や食料品価格の高騰は、08年前半までは家計の実質可処分所得の減少を通じて消費の下押し圧力となっていた。しかし、08年夏をピークに原油等の商品価格が急落したこともあって、PCEデフレータは、10月から12月まで3か月連続で前月比でマイナスとなり、結果として実質可処分所得を増加させた。
   消費者物価の内訳をみると、物価に対する影響が大きい原油価格の推移について、WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエイト)先物価格でみると、08年7月には、一時、過去最高水準となる1バレル当たり147ドルまで上昇した(第1-2-35図)後、世界経済の減速による原油需要の後退等から、急速に下落した。09年2月半ばには、終値で1バレル当たり34ドルまで低下したが、現在は60ドル台まで持ち直している。ガソリン価格に関しては、08年12月末の1ガロン1.6ドルを底に、09年4月末には2.0ドル台まで上昇している。
   また、消費者物価指数のウェイトの15%を占め、変動の大きい食料品価格については、07年以降、新興国の需要の増大、バイオ燃料の生産による需要の増大、一部諸国における干ばつによる生産量の減少等により小麦、大豆、トウモロコシ等の商品価格が上昇したために、高い伸び率で推移してきた。しかし、消費者物価の食料品価格の前月比の伸びは08年8月に鈍化し始め、09年2月にはマイナスに転じている。
   原油価格等のこのような動向を受けて、消費者物価の上昇率(総合)は08年秋以降低下し、09年4月には前年同月比▲0.7%とマイナスとなっている(第1-2-36図)。さらに、総合物価からエネルギー価格等を除いたコア物価について、コアPCE(個人消費支出)デフレータの動きでみると、FRBが望ましい物価上昇率の上限としている前年比2%を04年4月以降上回っていたが、景気後退の進行に伴う需要低迷等によって08年12月以降、2%を下回って推移してきている。
   今後の物価動向を展望すると、原油価格は2月中旬以降上昇傾向にあり、足元では60ドル台後半まで上昇しているが、他方、景気後退が深刻化する中で、GDPギャップが拡大しており、時間当たり賃金の伸びも低下していることなどから、コア物価の下落圧力はむしろ強まる可能性が高い。
   こうした物価の下落は、実質個人消費に対して短期的にプラスの影響を与えると考えられる。しかしながら、更に物価が下落し続けることになれば、いわゆるデフレにつながる可能性もある。この場合、債務の実質価値が高まるとともに実質金利が高止まりすることから、投資や消費にマイナスの影響を及ぼすおそれがある。とりわけ、家計の債務残高が大きいアメリカでは、デフレは家計のバランスシート調整を困難なものにし、消費にも大きな影響を及ぼすリスクがある。

(5)個人消費の先行き

   個人消費の先行きについては、雇用情勢の急速な悪化や、家計のバランスシート調整から、10年までは本格的な回復に向かうことは難しいとみられる。このため、過去に世界経済の回復をけん引したアメリカの個人消費だが(第1-2-37図)、今回はその役割を果たすことが期待できる状況ではない。

コラム1-3:アメリカの貯蓄率の動向

   08年後半以降、個人消費が大幅に減少した。この背景には、雇用者所得の減少に加え、貯蓄率の急速な上昇がある。貯蓄率は08年8月以降、わずか5か月間に0.8%から4.4%にまで急上昇した。引き続き雇用が悪化を続け、家計の所得環境が悪化すると見込まれる中で、家計の貯蓄率が今後更に上昇していくのかどうかは、今後の個人消費の動向をみる上で非常に重要である。
   まず、アメリカの貯蓄率の長期的な推移をみると、貯蓄率は第二次大戦後から80年代初め頃まで緩やかに上昇し、82年には11.2%まで上昇した(図1)。その後は、金融自由化の進展等に伴って80〜90年代の間一貫して下がり続けた。90年代後半には2%強で安定的に推移していたが、02年以降は一段と低下し、05〜07年には平均貯蓄率が0.5%前後という非常に低いレベルにまで落ち込んだ。
   02年以降の貯蓄率の低下の背景には、アメリカの家計が債務(借金)を拡大して消費を増加させたことがある。アメリカの家計は、この間、所得の伸びを大幅に上回る借入れを続け、家計の債務残高(可処分所得比)は02年の1〜3月期の105%から07年7〜9月期の138%に上昇した。それまでも家計の債務残高は金融自由化等により上昇傾向にあったが、02年以降はトレンドから大きくかい離して異常な上昇を示しており、家計の返済能力から考えれば債務の過剰感は急速に高まった(図2)。こうした家計の借入拡大は、(i)資産価格の上昇により家計の借入制約が緩和したこと、(ii)サブプライムローン問題に象徴されるように、金融機関が十分なリスク管理を行わず、高レバレッジで資産(貸出)を拡大したことなどにより可能になったと考えられる。このような資産価格上昇や金融機関の高レバレッジに依存した債務の拡大は持続可能なものではなく、資産価格が下落し、さらに金融機関がバランスシートの健全化の過程で消費者向け与信を縮小し始めると、家計は直ちにバランスシートの調整を迫られた。
   また、一国の貯蓄投資バランスの観点からみれば、こうした家計の借入拡大に伴う消費拡大は経常収支赤字の拡大に対応していた(図3)。すなわち、アメリカの消費拡大は各国からの資金フローで支える構造になっていたが、大幅な経常収支赤字それ自体も持続可能なものではなく、いずれ調整が必要とされていた。
   それではこうした過剰消費の是正としての貯蓄率上昇はどこまで続くのか。家計の債務残高をトレンドの水準まで是正するという意味では、08年の債務残高はトレンドに比べて20%高いことから、これは貯蓄率に換算しても同じく20%分の上昇が必要となる。
   こうした要因に加えて、短期的には、(i)借りたくても借りられない(流動性制約)、(ii)将来への不安で消費せず貯蓄を増やす(予備的動機)、(iii)資産価格下落により消費を抑制(逆資産効果)などの要因がある。このため、現在の株価や住宅価格を巡る状況が変わらなければ、今後の貯蓄率の動向は、現在の4%から上昇していく可能性が高い。



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