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第II部 世界経済の展望――2003年前半は弱い動き

第2章 回復力が弱まるアメリカ経済

第1節 アメリカ経済への下押し圧力となったイラク情勢

 本節では、イラク情勢の緊迫が与えた経済への悪影響を検討する。

1.イラク情勢の緊迫とアメリカ景気回復の弱まり

 2002年1月の一般教書演説において、ブッシュ大統領はイラク・イラン・北朝鮮の3国を「悪の枢軸」として名指しで批判し、特にイラクに対しては強い対決姿勢を示した。9月以降は国連安保理を中心にイラクが保有するとみられた大量破壊兵器の査察を巡る動きが加速した。イラクの対応によっては武力行使実行の懸念も生じたことから、市場では不透明感の高まりが意識されるようになった。特に2003年に入ってからは、アメリカの強硬姿勢もあり武力行使は不可避との見方が広がった。こうしたイラク情勢の緊迫は、アメリカの景気回復にマイナスの影響を与えたものと考えられる(参考3 湾岸危機以降のイラク大量破壊兵器査察をめぐる経緯)。
 イラク情勢のマイナスの影響として、第一に、昨年後半に企業部門の設備投資や雇用の回復を抑制したことがあげられる。企業会計に対する不信から、株価は年前半から下落していた。イラク情勢の緊迫による先行き不透明感の高まりは、さらなる株価下落要因となるとともに、企業のマインドを悪化させ、設備投資や雇用の回復を抑制した。
 昨年前半頃には、年後半には設備投資がプラスに寄与することで景気は本格的な拡大へ向かうと期待されていた。しかし企業部門は回復が遅れ、むしろ雇用の伸び悩みを通じて家計部門へと波及し、回復の勢いを抑制する方向で働いた。
 イラク情勢のマイナスの影響の第二は、家計部門、特に消費の伸びを鈍化させたことである。先行き不透明感の高まりと、それによる株価の下落、企業の雇用抑制は、昨年秋以降消費者マインドを大きく悪化させた。年明け以降はマインドの悪化に加え、原油価格が大幅に上昇し、雇用も大きく減少したことから、消費の伸びが鈍化した。
 今回の回復局面においては、当初から個人消費が回復を牽引してきたが、個人消費の伸びの鈍化によって、回復力は弱いものとなった。
 1990年の湾岸危機(8月イラク軍のクウェート侵攻)の際にも、原油価格上昇・株価下落を背景に消費者マインドの悪化、個人消費の減速が起こり、すでに景気拡大の勢いが鈍化していたアメリカ経済は同年7月をピークに景気後退に入った。今回のイラク情勢の緊迫は、景気の回復局面で起こったという違いはあるものの、やはり景気の勢いを弱めることになったと考えられる。


2.回復力を弱めたと考えられるイラク情勢の影響

 上述の通り、イラク情勢の緊迫は原油価格の上昇、株価の下落、消費者マインドの悪化などの経路を通じて、アメリカ経済の回復力を弱めたと考えられる。以下では、これらの要因について個別に検討していく。

●原油価格の上昇
 原油価格は2002年初から上昇基調にあったが、アメリカの対イラク強硬姿勢が明確となった8月からは大きく上昇し、武力行使が現実味を帯びてきた12月以降にはさらに一段の価格上昇がみられた。特に北米市場においては、ベネズエラのゼネストによる原油供給の低下、北米の寒波、低水準の原油在庫などの事情もあり、他の市場よりも価格上昇が大幅となっている。北米市場の指標油種であるWTI(ウェスト・テキサス・インターミディエイト)の価格は、2002年初は20ドル/バーレル以下であったものが、年後半には20ドル台後半へ上昇、2003年に入ってからは30ドル台後半へと大幅に上昇した。3月上旬には湾岸危機以来となる37.8ドルに達した(第II-2-1図)。
 こうした原油価格の上昇は、日常生活のエネルギー価格まで波及しており、CPIにおけるエネルギー価格の上昇率は2002年末には前年同期比で10%を超えた。ガソリン価格は高騰し、特に西海岸では1.5ドル/ガロン前後だったものが2.0ドル/ガロンを超える水準となった。こうしたエネルギー価格の上昇は、実質個人消費の伸びを鈍化させた一因となったと考えられる。

●株価の下落
 エンロン(エネルギー)、ワールドコム(通信)等の粉飾決算が明るみに出るなど、企業会計に対する不信から、株価は2002年前半も下落基調で推移していた。秋以降イラク情勢の緊張による不透明感の増大は、投資家のリスク回避的な動きをもたらし、さらなる株価下落要因となった。株や社債などリスクの大きな資産が売られる一方、安全資産とされる金や国債などが買われ、またドル売り、ユーロ買いの動きがみられた(第II-2-2図)。
 こうした動きから、株価は2002年後半に弱含んだ後、2003年の年明け以降、3月中旬までほぼ一本調子で下落した。株価の下落は消費者マインドの悪化などを通じて消費の伸びを抑制する一因となり、また企業の設備投資および求人への意欲を削いだものと考えられる。

●消費者マインドの悪化
 消費者マインドも、2002年の半ば頃から株安や雇用の弱さを受けて、低下基調で推移していた。これに秋以降はイラク情勢緊迫による不透明感の増大が加わったことで、10月には大幅な下落となり、消費者信頼感指数は1993年以来の低水準となった。2003年に入ってからは、イラク情勢が緊迫度を強めたことを反映してさらにマインドが悪化しており、昨年末と比べてもより一段と低い水準になっている。
 消費者マインドの悪化は、先に述べた原油価格の上昇、株価の下落などとともに、個人消費を押し下げる要因となったものとみられる(第II-2-3図)。
 こうした経路を通じて、イラク情勢は実際の戦争が始まる前から、景気の回復力を押し下げていたと考えられる。今回の景気回復局面においては、もともと過剰設備や企業会計不信で企業部門の回復の足取りが重かったが、さらに2002年後半以降イラク情勢の緊迫が悪影響を及ぼすことで、回復の基調が弱まることになったといえる。


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