見通しに係るリスクは、以下の上振れ、下振れの両方があるが、リスクは下方に偏っている。
●下振れリスク
(i)ヨーロッパの財政状況への懸念による金融システム問題の再燃
ギリシャ財政危機に端を発した金融資本市場の混乱と、他のヨーロッパ諸国の財政状況やヨーロッパ諸国の金融システムに対する懸念の広がりは、10年5月のIMF、EU等によるギリシャ支援策の決定及び欧州金融安定化メカニズム(7,500億ユーロの基金)の設立合意や、7月の欧州銀行監督委員会によるストレステストの結果の公表により、落ち着きを見せた。しかし、ヨーロッパの一部の国々の財政状況は依然として深刻な状況にあり、10年11月には、アイルランドが欧州金融安定化メカニズム等に基づく支援を受けることを決定するなど、10年秋から問題が再燃している。
こうした懸念が国際金融市場全体に広がれば、株価の下落など資産効果を通じて世界各国の個人消費の伸びを抑制するほか、ヨーロッパの景気の悪化を受けて、アメリカ、中国等の輸出が減速する可能性があり、ヨーロッパを震源に、再び景気が世界的に低迷するおそれがある。
(ii)新興国への過度な資金流入
先進国では、緩和的な金融政策が継続しており、先進国と比較して好調な成長見通しであることなどを背景に、アジア等新興国に資金が流入している。こうした資金の大量の流入は、アジア等新興国の資産価格の急速な上昇をもたらしており、一部では資産バブルの懸念が高まっている。これに対し、アジア等新興国の一部の国・地域では、政策金利を引き上げるなど金融引締め策を採っている。仮に、こうした引締めの効果が予想以上に現れた場合には、資産価格の急落を通じて内需の冷え込みをもたらす可能性がある。他方、もし何らかのきっかけで国際金融資本市場の流れが変わり、アジア等新興国から急激に資金が流出した場合には、新興国の金融システムやマクロ経済全体の安定性を脅かす可能性がある。世界金融危機発生以降、アジア地域は世界の成長のけん引役となっており、アジア経済が大幅に減速した場合には、世界全体の景気回復が阻害されるおそれがある。
(iii)同時的な過度の財政緊縮による景気回復の遅れ
世界金融危機発生後の世界経済の回復は、いまだ緩やかである。しかし、欧米を始めとする先進国では、08年の世界金融危機発生以降に打ち出した前例のない規模による財政拡大や、景気の減速による税収の減少により、財政状況が悪化している。
こうしたことから、10年6月のG20トロント・サミットにおいて、日本を除く先進国では、13年までに財政赤字を少なくとも半減することが合意されているが、各国がこうしたコミットメントを具体化していく過程で、仮に、景気動向に照らして過度の財政緊縮が前倒しで同時に実施された場合、景気回復が阻害されるおそれがある。
(iv)保護主義の台頭による世界貿易の収縮
世界金融危機の震源となった欧米諸国では、高い失業率や信用収縮、家計のバランスシート調整のため、内需の回復が緩やかなものとなっており、輸出への期待が高まっている。例えば、アメリカでは、5年間で輸出を倍増することを目標に国家輸出戦略を実施している。また、アジア等新興国へのインフラ輸出や新規市場開拓をめぐり、政府を巻き込んだ各国の競争が激化している。こうした中で、10年11月のG20ソウル・サミットでは、各国は、いかなる新たな保護主義的措置も是正することに合意した。しかしながら、こうした合意にもかかわらず、仮に、各国が自国の利益を優先し、保護主義的な対応をとった場合には、結果として世界貿易が収縮し、景気回復が阻害されるおそれがある。
(v)国際商品価格の上昇
先進国において緩和的な金融政策が継続していることにより、世界的に過剰な資金が滞留している状況にある。こうした資金が投資先を求めて、原油、金属(銅等)、穀物等の国際商品市場に流入し、国際商品価格が上昇していく場合には、実体経済に悪影響を及ぼす可能性がある。
●短期的な上振れリスク
景気の短期的な上振れ要因として、以下の点が考えられる。
資産価格等の上昇
前述のように、世界的に過剰な資金が滞留している状況にあり、こうした資金が投資先を求めてアジア等新興国に流入し、一部で資産価格の上昇をもたらしている。既に一部の国・地域では、資本流入規制や不動産価格抑制策を採っているものの、資産価格の上昇が今後も継続する場合には、資産効果を通じて短期的には成長率を高める要因となる。ただし、資産価格の上昇が続き、景気が過熱する場合には、更に大幅な金融引締めを行わざるを得なくなり、この場合、結果として資産価格が急激に下落し、実体経済に悪影響を及ぼす可能性がある。