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第1章 世界経済の回復の潮目の変化

第3節 アメリカ経済

2.アメリカ経済の現状と先行き

(1)個人消費動向

  個人消費は09年半ばに下げ止まり、緩やかな持ち直しを続けている。特に10年2~3月には、自動車・同部品や家具・家電等の耐久財及び衣料品等の非耐久財を中心に、名目で前月比0.5%増と所得の伸びを上回って消費が増加し、貯蓄率が低下するなど、力強い動きがみられた(第1-3-12図)。しかし、4月には所得の伸びは続いたものの消費はほぼ横ばいとなり、5月以降も消費の増加基調は続くものの、増加のペースはより緩やかになっている。4月以降の実質個人消費の内訳をみると、耐久財は、自動車・同部品の減少や同月末の住宅減税終了に伴う家具・家電の伸び幅低下を反映して、3か月連続で減少したが、7月以降は増加傾向が続いている。また、非耐久財は、衣料品や食料品を中心に伸び幅が縮小している。他方、個人消費の約65%を占めるサービスについては、ヘルスケアや娯楽を中心に緩やかな増加が続いている。

●所得環境
  個人所得は、雇用者数の減少幅が縮小し、労働市場が改善に向かい始めた09年4~6月期以降に持ち直し、労働時間や雇用者数の回復に伴って同年7~9月期以降は前月比で緩やかな増加基調が続いている(第1-3-13図)。ただし、09年6月の景気後退終了から1年以上経過したにもかかわらず、個人所得の約65%を占める雇用者報酬の伸びは過去の回復局面に比べて低水準にとどまっており、依然として減税や失業給付金等の移転所得が個人所得を下支えする状況が続いている。
  10年7月には、上院共和党の反対によって一時的に失効した緊急失業補償延長法(4)が成立し、失業保険の延長給付に関する適用期間が11月末まで延長された。しかしながら、中間選挙における共和党の躍進によって再延長は更に困難になるとみられ、失業率が高止まりする中、今後の政策対応が注目される。また、低所得者向け補完的栄養支援プログラム(フードスタンプ)(5)の受給者数は、増加幅は緩やかになっているものの引き続き増加しており、10年3月には4,000万人を超えて過去最高を更新している(第1-3-14図)。全米の7.3人に1人が低所得者としてこうした援助を受けていることは、景気が回復しつつある反面、個人消費の裾野が広がらない可能性を示している。
  80年代以降の景気後退及びその後の回復局面における名目個人所得の平均的な伸びを比較すると、いずれの景気後退においても所得は増加しているが、今次後退局面(07年12月~09年6月)における伸びは平均0.1%程度と僅少である(第1-3-15図)。また、景気の谷以降の4四半期をみても、今次回復局面(09年7月~)における所得の伸びは平均0.6%と最も小さい。
  この主な要因は、所得の約65%を占める雇用者報酬の不調にある(第1-3-16図)。雇用者報酬は四半期ベースでマイナスとなること自体が極めて稀であるが、01年の景気後退期においては平均▲0.1%、今次後退局面においても同▲0.3%となっている。特に、08年7~9月期から09年1~3月期にかけての3四半期には3.8%減少するなど、雇用情勢の急激な悪化を反映して雇用者報酬は急速に減少した。また、回復局面においても、ジョブレス・リカバリーといわれた02年の雇用者報酬の伸びを今回は更に下回り、平均0.3%と非常に緩やかな伸びにとどまっており、景気後退終了から5四半期経過した10年7~9月期になっても、ピーク(08年7~9月期)の水準を回復するに至っていない。
  このように、所得面において家計が受けたダメージは、雇用者報酬を中心に過去と比較してより大きく、回復スピードもより緩やかであることから、GDPの約7割を占める個人消費の回復の足を引っ張る大きな要因となっている。こうした中で所得を下支えしているのは、失業給付やその他給付金等、主に移転所得の伸びであり、個人消費の拡大余地は限定的であると考えられる。このため、本格的な消費の回復には、雇用環境の更なる改善と、それに伴う雇用者報酬増を待つ必要がある。

●家計のバランスシート調整と信用状況
  家計は引き続き債務削減を進めており、バランスシート調整が進展している(第1-3-17図)。家計債務残高は02年頃から住宅ローンを中心に拡大ペースを速めたが、08年7~9月期をピークに減少に転じ、10年4~6月期にはピークから▲4.5%と04年末の水準まで低下した。足元までの減少幅は消費者ローン(ピークは08年10~12月期)が▲7.3%と最も大きく、中でもクレジットカードを中心とする回転信用残高の削減が進んでいるとみられる(第1-3-18図)。一方、資産は07年4~6月期をピークに減少に転じ、09年1~3月期にかけて大きく減少したが、4~6月期以降は住宅価格の下げ止まりや株価を始めとする金融資産価格の上昇を背景に持ち直した。こうした動きを受けて、純資産は07~09年初めにかけて約30%減少した後、持ち直したが、ギリシャ危機の発生によって金融資産価格が再び下落したことから、10年4~6月期の家計純資産は5四半期ぶりに減少し、94年末頃と同水準となった。
  金融危機発生に至るまで、債務残高が高水準にありながら家計が消費拡大を続けた背景の一つとして、住宅等の資産価格上昇による純資産の増加が、家計の債務負担感を軽減していたことが考えられる。現在、債務残高の減少によって元利返済負担率は2000年頃の水準まで低下しているものの、純資産が大幅に目減りしている中で、純資産に対する債務残高比率はトレンドを大幅に上回る状況が続いている(第1-3-19図)。また、依然として大量の住宅差押えや個人破産の増加が続いており、銀行のチャージ・オフ率(債務不履行となった不良債権の償却率)が高水準にあることも債務残高の減少に寄与しているとみられ、元利返済負担率の低下が直ちに消費余地の拡大につながるとは考えにくい。さらに、可処分所得に対する債務残高比率についても、徐々にトレンドに戻りつつあるものの、依然として高水準にある。このため、10年7~9月期には金融資産価格が上昇したことから純資産は持ち直すとみられるが、住宅市場の低迷によって住宅価格の大幅な上昇が見込まれない中、家計の債務負担感は高止まりし、当面の間は家計のバランスシート調整とそれに伴う貯蓄率の高止まりが続くと考えられる。

●政策動向
  中間選挙における共和党の躍進によってオバマ政権の議会運営が困難になる中、01年及び03年に導入された所得税や遺産税等の減税(ブッシュ減税)の期限切れを10年末に控え、延長の可否をめぐって議論が続いている。富裕層(年間所得25万ドル以上)向け減税の廃止を主張するオバマ政権・民主党と、富裕層向けを含む延長を求める共和党が、議会で妥協点を見出せないまま10年末に全て失効する場合、もしくは調整に時間がかかる場合には、ブッシュ減税以前の税率が適用されることとなるため、家計負担が急増し、個人消費の減少を通して経済全体に影響を及ぼす可能性がある(第1-3-20表(6)。また、同じく10年末に期限を迎えるARRAに基づく勤労者向け所得税減税(Making Work Pay:勤労者一人当たり年間最大400ドルを税額控除)についても1年間の延長が予算案に盛り込まれているが、共和党の反対により、延長困難との見方がある。

(2)生産・投資動向

●生産の現状と先行き
  鉱工業生産の推移をみると、08年以降の大幅な減少からの回復基調が続いている。09年半ば以降、企業では在庫余剰が解消に向かうとともに、受注の回復を受けて生産は増加に転じた。特に、自動車産業や半導体等のハイテク産業が生産の回復をけん引し、鉱工業生産は09年7月から10年8月まで14か月連続で前期比増となった。また、設備稼働率(製造業)も、09年6月の65.4%から10年10月には72.7%まで上昇し、2000年から07年までの平均である76.7%には届かないものの、回復基調を維持している(第1-3-21図)。 
  一方、先行きについては、今後回復のペースが鈍化する可能性がある。在庫循環図をみると、全産業では在庫は増加基調が続くものの、製造業では出荷の伸びが鈍化しつつある(第1-3-22図)。とりわけ自動車産業では、再び在庫調整局面に向かいつつある。また、生産の先行指標となる製造業受注をみると、10年半ば以降、回復に頭打ち感がみられるほか、ISM製造業景況指数の輸出受注指数についても、10年5月以降、低下傾向がうかがわれる(第1-3-23図)。こうした動きを反映して、生産の伸びは10年5月をピークに鈍化し、9月は15か月ぶりに前月比減となっており、今後の動向を注視する必要がある(前掲第1-3-21図)。

●設備投資の現状と先行き
  民間設備投資は、世界金融危機の発生以降、7四半期連続で前期比マイナスが続いていたが、10年1~3月期にプラスに転じ、4~6月期には同17.2%と大幅に増加した。さらに、7~9月期には、同10.3%(改定値)と増加幅は縮小したものの、回復が続いている。内訳をみると、IT投資は、更新需要の回復等により、09年4~6月期にいち早く前期比増に転じ、その後も堅調に増加している。また、足元ではIT以外の部門においても回復が広がっており、10年7~9月期には、産業機械、自動車や航空機等の輸送機器等、多くの部門で前期比増となっている。ただし、構築物投資は、商業用不動産市場の低迷を背景に08年半ば以降9四半期連続で減少を続けており、回復が遅れている。
  このように設備投資は堅調な伸びを示しているが、先行きについては現在のペースで回復は続かないとする見方が強い。ニューヨーク連銀とフィラデルフィア連銀による企業の6か月後の投資動向に関するアンケート調査をみると、10年前半をピークに低下傾向にあり、足元では下げ止まりの動きもみられるものの、設備投資の回復テンポが鈍化する可能性がある(第1-3-24図)。

●先行き不透明感を背景に投資に慎重な動き
  足元では、企業の内部資金を蓄積する動きが続いており、企業のバランスシートは比較的健全である。また、大企業では、資本市場での資金調達も容易な状況にあり、投資しやすい環境にある。しかしながら、政策の不透明感や景気の先行きに対する不安の高まりなどから、事業拡大のための投資を控える動きがみられ、企業の潤沢な内部資金は設備投資よりも自社株買いやM&Aに向かう状況となっている。アメリカ企業の関わったM&Aの金額は、10年1~9月に前年の同期間に比べて21.9%増となり、07年以降で初めてプラスに転じている(7)。また、同期間のアメリカ企業による自社株買いは、過去最大の伸びとなっている(8)
  また、政府の進める医療保険制度改革や金融規制改革により、今後企業の負担は増加することが見込まれるが、現時点では規制の詳細が定まっていないことも、企業が投資を控える背景にあるとみられる。

●中小企業の動向
  大企業では業績の回復が続き、またバランスシートの健全性も高く、資金繰りにも比較的余裕がある一方、中小企業では、経営環境は依然として厳しい状況が続いている。中小企業の景況感を示すNFIB中小企業楽観指数の動きをみると、04年をピークに低下傾向が続き、09年初に底打ちしたものの、その後は横ばい傾向にある(第1-3-25図)。足元の状況は、同指数の90年代の最低値よりも低い水準にとどまっており、中小企業の景況感の低迷を示している。特に同指数の内訳をみると、設備投資指数は35年ぶりの低水準にある。
  また、アメリカ経済の需要の回復の遅れや景気の先行きに対する不安等から、企業の資金需要も低下している。NFIBが行ったアンケート調査によると、対象企業の91%が「現在資金は間に合っており、新たな融資を申請する予定はない」と回答しており、多くの企業が事業拡大を抑えている理由として、景気低迷や売上見通しの不透明感を挙げている。借入れを行って新規投資に踏み切っても十分な収益は得られないと考えている中小企業が多く、このことが投資低迷の背景にあると考えられる。NFIBは、「中小企業オーナーの多くは、景気回復を実感していない」とコメントしている(9)。さらに、FRBの調査でも、中小企業の資金需要に改善は見られない。
  他方、資金の供給側をみても、厳しい状況にある。中小企業の多くは、大企業のように金融資本市場を通じた資金調達手段を持っているわけではなく、主に中小金融機関からの借入れに依存している。しかしながら、10年に入り金融機関の中小企業に対する貸出態度に改善の動きがみられるものの(10)、中小金融機関の経営は厳しい状況にあり(11)、こうした間接金融の回復の遅れも、中小企業の活動を低下させる一因となっている。
  中小企業は、民間雇用の半分を占め、また、過去15年間の国内新規雇用の64%を創出するなど重要な役割を担っており(12)、こうした状況が長引けばアメリカ経済に深刻な影響が出ることから、オバマ政権も中小企業支援策を次々に打ち出している。10年1月には、企業の雇用拡大と賃金・労働時間拡充に対する補助を内容とする「雇用回復促進法」が成立した。また、同年3月には、中小企業による輸出促進と雇用拡大を促す「国家輸出戦略」を発表した。さらに、同年9月には「中小企業雇用法」が成立した(第1-3-26表)。同法は、総額300億ドルの中小企業向け貸付ファンドを設立し、中小企業への貸出割合の多い金融機関に対する出資を通じて、中小企業の資金繰りを支援することを目指している。しかしながら、中小企業の資金需要の低さと中小金融機関の回復の遅れを考慮すると、政策効果は限定的なものにとどまる可能性もある。

(3)雇用動向

●民間部門雇用者数は緩やかに増加しているが、失業率は10%近傍の高い水準
  雇用の現状をみると、非農業部門雇用者数は、国勢調査の臨時雇用(13)で10年5月にかけて大幅に増加したが、10年6~9月にかけて、調査終了による政府部門の雇用者数の減少を背景に、前月差では減少した(第1-3-27図)。また、国勢調査の臨時雇用の影響を除いた非農業部門雇用者数は、10年3~4月にかけて、在庫積上げの動きに伴う生産増や政策効果、景況感の改善を背景に、前月差15万人超のペースで増加したものの、10年5月以降は、政策効果のはく落や在庫積上げの一服、ギリシャ財政危機等による景況感の悪化等を受けて、増加幅は同10万人前後となり、緩やかな伸びにとどまっている。一方、失業率をみると、09年10月に10.1%まで上昇した後も、10%近傍の高い水準で推移している。アメリカでは、2000年以降労働参加率が低下傾向にあるものの、人口増に伴い労働力人口は年平均0.9%増で推移している。労働力人口がこのペースで増加する状況下で失業率が低下するためには、就業者数は1か月当たり12万人を上回るペースで増加する必要がある。しかし、10年1~4月では、就業者数の増加幅は1か月当たり41.6万人増となっていたものの、10年5月以降では、同6.6万人減となっており、失業率が低下するほどには就業者数が増加しておらず、実質的にはジョブレス・リカバリーの状況に陥っている。
  10年初からの雇用者数の変化について産業分野別にみると、住宅取得減税の終了に伴う政策効果のはく落もあり、建設業では住宅関連の雇用者数を中心に減少傾向が継続している(第1-3-28図)。また、製造業は在庫積上げの一服に伴い、増加幅が緩やかになっている。さらに、専門サービス業でも雇用者数の増加が続いているものの増加幅は緩やかになっており、常用雇用も含めた雇用全体の先行指標といわれている人材派遣業の増加幅も緩やかになっている。
  一方、政府部門では、地方政府を中心に雇用者数の減少幅が拡大傾向にあり、10年1~4月では、1か月当たり1.5万人減であった減少幅が、10年5月以降は同3.1万人減となっている。地方政府の雇用者数は、税収の落ち込み等による厳しい財政状況下で、教員の雇用等を中心に大幅に減少している。

●雇用の回復の遅れの要因は循環要因に加えて構造要因が影響か
  このように09年7月以降の景気回復局面入り後も雇用の回復が遅れていることについては、循環要因に加えて構造要因が寄与している可能性がある。労働市場の需給の状況をUV曲線でみると、09年7月以降の景気回復局面では、欠員率と失業率の関係は01~07年の曲線から大きくかい離している(第1-3-29図)。また、欠員率と失業率の関係を時系列でみると、欠員率は09年7月以降の景気回復局面で上昇に転じているのに対し、失業率はわずかな低下にとどまっている。過去の欠員率と失業率の関係から推計した失業率は10年9月時点で6%台となっている。このため、構造要因によりUV曲線が上方にシフトしている可能性が想定される。

●雇用のミスマッチの発生
  構造要因として、技能と地域等に関して雇用のミスマッチが発生している可能性がある(14)。技能のミスマッチについて、10年9月の職種別の求人倍率をみると、建設や清掃、生産等の職種では低い一方で、技術者や医療関連、財務・法務の専門家等の職種では相対的に高くなっており、職種間によって格差が大きい(第1-3-30図)。建設や生産等の職種では、07年12月の景気後退入り以降失業者が大幅に増加したが、これらの職種と医療関連や技術者、財務・法務の専門家等の職種では、求められる専門技能に大きな違いがあることから、職種を変更して就業することが困難な状況となっている。このような技能のミスマッチのため、失業者の多くが、労働需給がひっ迫している職種に就き、失業率が低下するような状況になっていない。
  また、失業期間の長期化が技能のミスマッチの深刻化につながる可能性もある。失業期間の推移をみると、10年10月における失業期間は平均で33.9週間となり、過去のピークと比較して大幅に長期化している(第1-3-31図)。バーナンキFRB議長は10年7月の議会証言で、失業期間の長期化により、技能が陳腐化する可能性に言及している。長期間の失業は、異職種間だけでなく、同一職種内でも技能の低下や陳腐化に起因するミスマッチを発生させる可能性につながり、技能のミスマッチと失業期間の更なる長期化の悪循環に陥る危険がある。
  一方、地域のミスマッチについて、10年9月の州別求人倍率をみると、自動車産業の再編があったミシガン州等の五大湖周辺地域や、住宅バブル崩壊の影響が大きかったカリフォルニア州等の西部地域、及びフロリダ州等の南部地域で低い一方で、北東部等の州は相対的に高くなっており、地域間での格差が大きい(第1-3-32図)。一般的に、地域間で労働需給に格差がある場合には、労働者は転居することで雇用を確保することも可能となる。実際、10年9月の州別求人数を07年12月のものと比較すると、27州では求人数が増加していることから、障壁がない場合には、転居して雇用を確保することもできる。しかし、特に西部や南部地域では、06年半ば以降大幅に住宅価格が下落したことにより、多くの世帯が住宅の売却によって損失が発生する状況下にある。このため、住宅価格が上昇しない限り、転居して雇用を確保することは困難な状況となっている。このような地域のミスマッチのため、失業者の多くが、労働需給がひっ迫している地域に転居して職に就き、失業率が低下するような状況になっていない。

●構造的失業率は上昇か
  以上のように、雇用のミスマッチが雇用の回復の遅れに寄与していることから、07年12月以降の景気後退を経て構造的失業率が上昇した可能性がある。アメリカの構造的失業率は、07年12月の景気後退以前には一般的に5%前後とみられていた。しかし、IMFは、雇用のミスマッチの影響により、07年以降で構造的失業率は1~1.75%程度上昇した(15)と試算している。このように構造要因により雇用の回復が遅れているとすると、今後仮に景気回復が継続したとしても、産業構造の転換や失業者に対する職業訓練の強化、住宅価格の上昇等により構造要因が解消されない限り、雇用者の増加幅は抑制された状況が続くとともに、高い失業率が更に長期にわたって継続する恐れがある。
  これに対し、政府やFRBでは、雇用の回復の遅れは構造要因というよりはむしろ、深刻な景気後退に伴う循環要因が寄与しているとする見方が大勢となっている。UV曲線の上方シフトの可能性については、欠員率は景気回復に伴う労働需要の回復を相対的に早く反映し上昇する一方で、失業率は雇用回復局面の初期には、雇用環境に失望して求職活動を断念していた者が労働市場に再参入することで低下への移行が遅れるとし、09年7月以降の動きについても、景気循環の回復期に共通した現象(16)としている。また、技能のミスマッチや地域のミスマッチについても、実証可能な十分な証拠が不足していると指摘している。これらの点に関して、バーナンキFRB議長は10年10月の講演において、景気後退以降の一連の失業者の増加は、構造要因というよりはむしろ、世界金融危機による経済活動の急激な落ち込みや需要不足の継続によってもたらされているとしている。

●雇用見通し
  雇用を取り巻く周辺環境をみると、企業の雇用に対する姿勢は、製造業・非製造業両部門で緩やかに改善している(第1-3-33図)。さらに、インターネット上の求人広告件数や企業の雇用意欲に関する調査をみても、企業は緩やかに雇用を増加させる方向で検討しているとみられる。一方、民間部門の新規雇用創出に大きく寄与している(17)中小企業の雇用に対する姿勢は、一進一退が続いている。また、求人件数やヒアリング調査の結果を職種や地域の観点でみると、雇用のミスマッチが発生している可能性もあり、企業側の雇用に対する姿勢が実際の雇用につながらず、雇用者数が横ばいとなるおそれがある。加えて、失業率については、雇用者数の増加幅が失業率を低下させるために必要な増加幅(約12万人)を下回る状況が継続した場合には、低下しない可能性がある(第1-3-34表)。さらに、11年にかけては、雇用環境の悪化等を背景に労働市場から退出していた者が労働市場に再参入してくることなどもあり、再度10%程度まで上昇するおそれがある。

(4)貿易動向

  08年後半、世界的な金融危機の発生に伴う内外の需要低迷を受け、輸出入ともに大幅に減少し、貿易赤字は急速に縮小していたが、09年半ば以降、輸出入ともに回復基調が続いている(第1-3-35図)。内需の回復により、輸入の伸びが輸出の伸びを上回っているため、財・サービス貿易赤字額は、10年6月には497億ドルとなり、09年5月の248億ドルから、ほぼ1年で倍増した。輸出入ともに、回復基調にはあるものの、世界金融危機発生以前のピークの水準には達しておらず、また、足元では回復のペースにやや鈍化もみられる。
  オバマ政権は、今後のアメリカの成長の柱として、輸出の拡大を挙げており、今後5年間で輸出を倍増させ、200万人の雇用を創出することを目標とした「国家輸出戦略(National Export Initiative)」を進めている。10年9月には、「輸出促進閣僚会議(Export Promotion Cabinet)」による、国家輸出戦略開始以来6か月間の取組と進ちょく状況の発表が行われた。同会議は、貿易ミッションの派遣、中小企業の貿易拡大支援プログラムの実施、輸出入銀行を通じての輸出信用の拡大等の実績を挙げ、これまでのところ、目標達成に向けて計画は順調に進行していることを強調した(18)

●ドルの減価がアメリカの貿易に及ぼす影響
  10年半ば以降、ドルの主要通貨に対する減価が進んだ。10年1月初め、ドルの実質実効為替レートは、同年5月の水準と比べて5%以上減価し、08年以来の水準となった(第1-3-36図)。ドル減価の背景には、10年半ば以降、アメリカの景気回復が事前の市場予想よりも緩やかなものになるという観測が強まり、FRBによる追加金融緩和への期待が高まったことなどが挙げられる。ドルの減価は、アメリカの輸出競争力向上への寄与を通じて、経済成長を下支えする要因になるとみられており、ドルが主要通貨に対して10%減価すると、経済成長を1年目と2年目にそれぞれ0.5%押し上げる効果があるとする試算もある(19)。なお、10年11月のG20においては、通貨の競争的な切下げを回避することにつき合意がなされたところである。


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