雇用・労働ワーキング・グループ報告書自由で活力のある労働市場をめざして

 経済審議会行動計画委員会の雇用・労働ワーキング・グループは、日本経済の構造改革を推進する一環として、人材資源のより効率的な活用、人的能力のさらなる向上、それらを通じた国民の福祉の一層の増進を目指す観点から、次のような雇用・労働分野における諸制度、規制、政策等の改革案を提示する。

I.基本認識

1.日本経済の歴史的転換と構造改革

 日本経済をめぐる内外の諸条件は大きく変化しつつあり、日本経済は今、大きな歴史的転換点に立っていると言える。日本経済が21世紀においても、引き続き繁栄を維持していくためには、この歴史的ともいうべき構造変化に即応して、適切な自己改革を実行する必要がある。そのような改革が実現できなければ、衰退の道に陥るおそれが大きい。

 必要とされる構造改革のなかでも、労働市場にかかわる改革はとりわけ重要である。貴重な資源である労働力について、構造変化に対応した適切な配分がなされて、個々の労働者がその能力を十分に発揮するとともに、必要な能力をより高めていけるように、労働市場を律する制度的枠組が改革され、有効な政策的支援が行われることが急務である。

 歴史的変化の多くは一度始まると長期間にわたって続くものである。一方、制度の方も一旦定められると、経済に対して長期にわたって影響を与えるものである。しかも、制度を改革すること自体、多大の時間を要するのが通常である。それだけに、制度が経済社会に起こっている歴史的変化とずれてしまうことは許されないし、改革が必要とされる時、その実現に向けての必要な取組は急がれなければならない。

 かかる観点から、以下、改革の必要性に関する基本認識を述べるとともに、改革のための具体的な提案を行うこととする。

2.キャッチアップの終了と求められる経済構造改革

 過去1世紀あまりにわたる人々の懸命な努力により、日本経済はめざましい発展を遂げ、とりわけ、1980年代後半以降の為替レートの大調整を経て、日本人の一人当たり名目国民所得は世界のトップクラスとなった。これは、欧米先進諸国に対して後発国の立場にあった日本が、歴史的なキャッチアップの段階を終了したことを象徴するものであると言える。

 高い名目所得を達成した日本が名実ともに豊かになるためには、市場を広く開放して海外の安価な財・サービスを利用するとともに、一層の技術革新を進めて国内の産業構造を高度化し、日本経済全体の生産性を高めることが必要である。この方向に向けて官民双方において様々な努力が払われてきたが、それは十分なものではなかった。市場開放や生産性向上に向けた取組が十分でないことは、一つには、1980年代後半以降、急速に拡大した内外価格差が現在も依然として縮小していないことに示されている。

 さらに近年では、冷戦の終焉による旧共産圏諸国の市場経済化、技術革新や情報化の目ざましい進展などを背景として、「メガコンペティション」とも言うべきグローバルな競争の激化が進んでおり、国境を越えた経営資源の移動が加速している。大きな内外価格差に象徴される日本国内の立地・投資に関する不利な条件が嫌われて、日本が本来比較優位を持つ分野においてすら企業、産業の海外流出が続いている。
 プロアクティブな(問題先取り型の)構造改革が行われずに、このような傾向が続けられるならば、日本経済はやがて真性の空洞化の状態に陥って衰退するおそれが大きい。

 衰退を回避し、新たな繁栄を実現するためには、抜本的な行財政改革及び戦略的な規制緩和などの構造改革によって税負担を軽減するなど、経済全体としての資源配分を効率化することが必要である。すなわち、労働力、資本、土地、技術開発力などの基本的な生産資源の能力を最大限に活用するための制度、政策及び戦略の改革が必要である。これらの改革によって国内の投資条件を大きく改善し、産業・企業における創造的開発力を飛躍的に向上させることが求められているのである。

 そのような構造改革の推進とその成否の大きな鍵を握るのが労働市場の改革である。経済構造が変わり、産業構造が高度化していくなかで、労働力が常に「適材適所」の状態に再配置され、個々の労働者の潜在的な能力を十全に発揮できる条件が整備されていなければ、経済の構造改革は成功し得ないからである。また、そうした改革が成功しなければ、勤労者も国民全体も真に豊かになることはできない。「適材適所」の実現を通じた構造改革の究極の目的は、経済の活性化を通じて人々の生活を豊かにすることにある。

3.高齢化社会の到来と労働力の活用

(1)高齢化社会と社会的費用増大への対応

 いまひとつの歴史的な条件変化は、人口の高齢化である。日本経済が高度成長を享受した1960年代は人口構成において若い層のウェイトが高かったが、1970年代以降、高齢化が加速してきている。
 日本では、欧州諸国が経験してきたスピードの3~4倍の速さで人口の高齢化が進んでいる。65歳以上人口の全人口に占める比率でみると、1970年には7%に過ぎなかったが、1995年には14%となり、今後は、2000年には17%になって、2025年には世界史上空前の27%になると予測されている(厚生省人口問題研究所の低位推計による。以下同じ。)。

 こうした急速な高齢化に伴って、それを支えるための年金、医療、介護等の様々な社会的費用が増大することは避けられない。そうした費用の増大は、義務的な財政支出を膨張させることになり、国民負担を急速に高めていくこととなる。国民負担の過度の増大は国民の生活を圧迫するだけでなく、人々の勤労意欲や企業の投資意欲を衰弱させ、そのことがさらに負担力を低下させてしまうというおそれがある。
 従って、この面からも抜本的な行財政改革によって国民の負担の軽減を図るとともに、高齢者に必要なサービスを無駄なく効率的に提供できるように社会保障システムを適切に改革していく必要がある。

(2)高齢化社会を支える社会的能力の確保

 高齢化社会でいまひとつ十分に留意すべきことは、高齢化によって不可避的に増大する社会的費用をまかなう社会的な能力をいかに確保し、強化するかということである。その能力は、国民の稼得力つまり国民所得であり、それは労働力と1人当たり生産性との積として表される。

 高齢化社会をゆとりと活力のあるものにしていくためには、国民負担率の上昇を適切な範囲に抑えることが肝要であるが、そのためには、一方で、上記のように負担率の分子である税負担及び社会保障負担を軽減するための改革が必要であると同時に、他方で、分母である国民所得をできるだけ大きくしていくことが極めて重要な戦略となる。

 分母となる高齢化社会を支える力すなわち国民の稼得力を強化するための戦略について、その成否を大きく左右する鍵もまた労働市場の改革にある。なぜならば、国民の稼得力は、労働市場への参加をどれだけ増やすことができるか、そして労働生産性をどれだけ高められるかによって決まるからである。

(3)労働力人口の減少

 労働力の規模は、21世紀に入ると高齢化による社会的費用の増加趨勢とは対照的に、減少することを避けることはできない。

 まず人口については、1995年、2000年、2010年、2020年の時点でみると、65歳以上人口はそれぞれ約 1,860万人から、 2,170万人、 2,775万人、 3,274万人へと増加していくのに対して、20歳以上64歳以下の「生産年齢人口」はそれぞれ約 7,834万人の後、 7,838万人、 7,520万人、 6,742万人と減少することが見込まれている。

 次に、労働力人口については、1995年現在の労働力人口(実績値)は約 6,666万人であるが、厚生省人口問題研究所の人口推計(低位推計)と雇用政策研究会(労働省)の労働力率推計を用いて計算すると、2000年、2010年はそれぞれ約 6,861万人、 6,754万人になると予測され、さらに、2020年については5%強減少して約 6,399万人になると予測される。しかも、労働時間の短縮もあり、マンアワーベースでみた労働投入量はさらに減少せざるを得ない。
 言い換えれば、高齢従属人口が増大していく一方で、その社会的費用を支えるべき労働力人口は21世紀に入ると減少していく。その減少幅は、2000年から2010年までの間に約 107万人、2010年から2020年までの間に約 355万人であり、特に技術革新を担うべき20~44歳層では2000年から2010年までの間に約93万人、2010年から2020年までの間に約 531万人と大きく減少する。

 ところで、労働力人口の減少率は総人口のそれを上回る。すなわち、労働力人口の総人口に対する比率は21世紀には低下していく。この比率はこれまでは上昇していた。総人口に占める子供の割合が低下してきたからである。このように、現在は労働し、生産する層の割合が反転して低下し始める時期であるという意味も「転換期」である。

(4)労働市場への参加率、労働力の質

 こうした人口動態の趨勢の下で、労働力人口の減少幅を小さいものにとどめるためにはどうすればよいか。

 男子の25~59歳層は、労働力率がほぼ100%に近く、これ以上高めようがなく、労働力率を高める余地があるのは、高年齢層及び既婚女子層である。これらの層の労働力率1%の上昇につき、全体としての労働力人口は0.6%程度づつ増加する。さらに、高齢者の労働力率の上昇(就業参加) は、国民所得を高めるという効果だけではなく、例えば、高齢者自身の健康増進にも貢献し、ひいては医療費コストを減少させるという形でもメリットをもたらす効果がある。

 しかしながら、最大限の政策努力が行われてきたとしても、この労働力率の上昇だけで上記のような労働力の減少をカバーすることは不可能であるし、また、女子労働力の多くが、これまでのように、パートタイマー的なものである限り、その国民所得増大効果はさほど大きくない。ちなみに、上記の新たな労働力(労働力率1%相当) が年収 100万円の就業を行うにとどまるとすれば、労働力の増加に伴う資本の生産性向上という間接的効果を含めても、国民所得の増加は 4,200億円、0.1%にとどまる。

 そこで、より長時間の就業機会が増えるような政策、さらに、労働力の質を高めるような政策が重要となり、特に、政策効果が大きいのは、やはり女性と高齢者であると考えられる。ちなみに、女性のパートタイマー(週労働時間が34時間未満の短時間労働者) のうち、その労働の質が改善され、技能を生かした労働へ変わって、年収が 300万円アップするという人が増えるとすると、その割合が1割(90万人) 増えるごとに、国民所得は 3.1兆円、0.8%増加する。また、上記の既婚女性、高年齢層の新たな就業が年収 300万円のものであるとすれば労働力率1%の上昇につき、国民所得は 1.3兆円、 0.3%増加する。

(5)貯蓄率の低下と人的投資の重要性

 労働の質を高めるためには、技能及び技術の向上が必要であり、それは人的資本への投資及び物的な投資によって支えられれねばならない。しかし、それをとりまく条件については、長期的には必ずしも楽観できない。なぜならば、人口の高齢化に伴って、貯蓄率が長期的には低下し、物的な投資の原資の減退が予想されるからである。
 また、一層の開放経済化、グローバル化の進展の下では、日本国内の投資環境に目ざましい改善がなければ、投資が海外に向かうことになり、生産性向上のための国内投資が長期的は減少してしまうという懸念もある。
 このような国内での企業立地や設備投資などの物的投資環境に厳しさが見込まれるとすれば、人的投資の意義は一層重要になろう。実際、人的資本への投資は、直接国民所得を高めるだけでなく、それが国内の物的資本の生産性を高めて、投資が海外に向かわずに国内に向かうようにして国内での物的投資を促すことを通じても国民所得を高める効果を持つ。

 以上のように、前人未踏の高齢化社会を迎える日本経済を支えるためには、貴重な労働力資源の一層の活用を可能にする制度的・政策的な条件整備を戦略的に進めていくことが重要である。そして、そのことは同時に、21世紀の日本の人々に豊かな生活を実現するための基礎条件となることは言うまでもない。

4.労働政策改革の課題

 以上の問題意識に基づき、本ワーキング・グループは、労働市場を律する制度的枠組及び労働政策についての改革の提言を経済審議会行動計画委員会に対して行うものである。

(1)日本の労働市場を律する法制度の経緯

 冒頭においても指摘したように、制度は一度形成されると、よほどの事態の変化がない限り長期的に存続し、その影響を保持し続ける傾向がある。その過程では、制度の影響を受ける組織や人々の利害が複雑に絡み合い、制度自体がいわば惰性を持ち続けることになりやすい。
 しかるに、経済社会の実態は時々刻々と変化しており、機動的かつ適切な制度の見直しが行われなければ、制度と実態の間で矛盾が拡大し蓄積していくことになる。そして、結局は国民がその害を被るのである。

 日本の労働市場を律する法制度は、第二次世界大戦直後に抜本的な改革が行われ、今日に至っている。とりわけ、労働基準法(1947年制定)、職業安定法(1947年制定)、労働組合法(1945年制定、1949年全文改正)などはその根幹をなす。
 また、それらの制度的枠組の主管官庁である労働省は、労働省設置法(1947年制定、1949年全文改正)によって設置された。

 これら一連の制度的枠組は、第二次世界大戦前の日本の労働市場や経済社会における様々な問題や矛盾に対する根本的反省に立ち、戦後改革の総合的な枠組のなかで設定されたものであって、当時の歴史的状況の下では、適切な意義を持ち、必要な役割を果たすものであった。

 当時の労働市場は、経済の発展途上段階に見られる労働供給超過状態にあったことが特徴的であり、戦災による生産力の破壊がその需給アンバランスを一層深刻なものとしていた。かかる状況のもとでは、良好な雇用機会は乏しく、不完全就業が一般化していた。
 それを受けて、労働供給者すなわち労働者の立場は、需要者すなわち使用者に対して極めて弱く、いわゆる「搾取」が行われがちであった。従って、政府が市場を直接、管理することによって、限られた雇用機会をできるだけ公平に配分し、またそうした市場原理を通じ労働者の立場を守ることには十分な意義があったといえる。

(2)日本経済の発展と労働市場の変化

 しかし、日本経済は、その後めざましい発展を遂げた。
 労働市場をみても、1960年代には既にいわゆる「転換点」を過ぎ、先進国型の労働需要超過型経済に入った。こうした基礎的条件の根底的変化に伴い、当初の制度的枠組と実態との間に様々な乖離や矛盾が発生してきたが、それらの問題に対して、行政当局において適宜様々な対応がとられてきた。
 こうした行政運営の成果は過小評価されるべきではない。しかしながら、第二次世界大戦直後に設定された基本的枠組と今日の日本の実態との間には、個別的、状況対応的な姿勢では対処しきれない極めて大きな懸隔が既に生じているというのが我々の偽らざる認識である。

 職業安定法には、「国民の労働力の需要供給の適正な調整を図ること」( 第4条第1号)が政府の行う業務として定められているが、これは公共職業安定所をはじめとする職業安定機関が行う職業紹介でなければ労働力の適正な需給調整とは言えないという発想の下に定められた規定である。
 こうしたいわゆる「職業紹介の国家独占」の考え方は、労働基準法の「何人も、法律に基づいて許される場合の外、業として他人の就業に介入して利益を得てはならない」(第6条)といった規定にみられる「人材ビジネスの原則的否定」の考え方等によって補完され、労働市場の「市場」としての機能を麻痺させてきた。
 これら基本法規の考え方は、労働省設置法の労働省の任務にかかわる規定において「労務需給の調整」(第3条第4号)を行政事務及び事業の1つとして掲げていることにもあらわれている。

 日本が第二次世界大戦後の破壊と疲弊から立ち上がるためには、乏しい人的資源の配分を国の判断によって管理し、産業・企業に「配給」するシステムが一定の有効性を持っていたことは否めない事実である。

 しかし、先進国となった今日の日本において、多様なニーズを持って、かつグローバルな変化に即応しつつ時々刻々と動いている巨大な市場における経済行動を、国が一元的に管理しようとすることには本来的に無理がある。
 その矛盾は労働行政のみならず、他のほとんどすべての経済官庁が行っている行政活動に当てはまるものである。

(3)労働政策の転換の必要性

 近時、行政改革が叫ばれ、中央省庁の抜本的再編が政策論の俎上に上がっているが、それは第二次世界大戦後における各省庁の行政運営の基本原理について見直しを迫るものであり、戦後半世紀にわたる制度的矛盾の蓄積への反省として、重要な意義を持つものと考えられる。

 とりわけ、上述のように21世紀の日本の将来を展望した時、グローバルなレベルでの厳しい経済競争のなかで、高い名目所得にふさわしい豊かさを実現するために、日本は産業構造の高度化など根本的な構造改革を迫られるとともに、人口の高齢化と減少という長期的な趨勢の下で、労働力の一層の活用と労働の質の飛躍的な向上が求められている。
 また、さらに、家族の態様、概念が変わるなど、個人の多様な選択を重視する社会のあり方の変化に直面している。

 これらの時代的要請に応えて、豊かで活力ある経済社会を再構築していくために、半世紀前に作られた基本的枠組を根本的に改革していくことが急務であることは自ずから明らかである。それは、旧時代の基本的法制の解釈の変更で対応できる問題ではなく、枠組自体を新たな時代に相応しいものに創り換えていかなければ対応できない課題である。
 そして、このような改革への取組は、時代の転換期において適切な改革であったと後世の歴史家の評価に耐えるものでなくてはならない。

 以上が経済審議会行動計画委員会に対する雇用・労働ワーキング・グループの提言の基本的スタンスである。
 かかる基本認識の下、長期的な将来に向けた改革の方策として提言すべき政策・制度上の課題は多いが、以下では本ワーキング・グループの直接の責務にかかわる課題、すなわち主として雇用・労働をめぐる規制緩和にかかわる課題に焦点を絞って具体的な提言を行う。

5.提言の4つのテーマ

 提言は次のような4つのテーマに大別される。

(1)労働力供給の拡大及び質的向上を促進する改革

 第1は、労働力供給の拡大ならびに質的向上を促進する改革である。人口の高齢化と減少が予想される長期的将来に向けて、労働力供給の量の拡大及び質の向上を図ることは最も重要な戦略的課題である。

 具体的には、既婚女子及び高齢者の労働供給意欲を高め、労働の質的向上を目指す意欲を促進するため、税制及び社会保険制度等の限界的労働供給に対する制限的効果を緩和するための制度改革を提言する。

 旧来の制度は、歴史的には、日本が発展途上にあって所得水準も低かった時代に、低所得者や家族の支援あるいは所得の公平などを担保する意味で一定の意義があったが、日本が所得の高い成熟国となり、限界的労働力の活用と質的向上が強く求められている現在、長期的将来に向けた根本的な見直しがなされるべきである。

 すなわち、能力と意欲に応じた所得の向上の機会には制約を課すべきではなく、勤労意欲と向上意欲を十分に促進するような制度とすべきである。
 一方、低所得者や真の社会的弱者に対しては、むしろ生活保護や社会保障給付のような直接的給付によってその救済を図るべきであり、「結果の平等」までを強く求めるような所得再分配要素を混入させることで、資源配分の効率性を損ね、経済活力を阻害すべきではない。言い換えれば、経済の効率と最低生活保障は別個の原則として追求すべきであって、「結果の平等」までを指向して経済効率を犠牲にすべきではないということである。

(2)需要側における労働力の一層の活用を促進する改革

 第2は、需要側における労働力の一層の活用を促進する改革である。具体的には労働時間の弾力的な運用、裁量労働制の活用、女子の時間外労働の弾力化等を一層促進するため の改革を提言する。
 言うまでもなく、労働力のより弾力的な活用は、労働力供給者自身にとっても、能力の発揮、自己実現、そして収入の増加などの意味でメリットが大きい。

(3)労働需給のより効率的できめの細かいマッチングのための改革

 第3は、労働需給のより効率的できめの細かいマッチングのための改革である。具体的には、民営の有料職業紹介事業の自由化ならびに労働者派遣事業の規制緩和を提言する。

 産業構造の高度化など経済構造の大規模な転換が要請される一方、労働力資源が長期的にはますます減少することが予想されるなかで、貴重な労働力の有効活用を図るためには、豊富な職業情報の提供を行うとともに、情報提供と職業紹介とを効率的にきめ細かく結びつけて活用する必要があるからである。

 しかし、労働力人口が 6,000万人を超える巨大な労働市場で、個々の人々の需要に応じてきめの細かい職業紹介サービスを広範に展開するためには、公共の職業紹介機関だけでは不十分であり、また効率的ではない。

 もとより納税者そして国民に対する最低保障としての公共職業安定所の機能は不可欠のものであるが、人々の多様なニーズに対応した民間部門による職業サービスの提供を原則的に禁じている現行法制は「時代錯誤」と言える。

 原則禁止、例外許可のいわゆるポジティブリスト方式を採っている有料職業紹介事業の取扱職業の範囲にかかわる規制は、原則自由、例外禁止のネガティブリスト方式へ変更するとともに、実際の事業運営にかかわる規制を大幅に緩和するべきである。

 それと同時に、紹介先や手数料等に関する情報の開示を幅広く事業者に義務づけるとともに、このように開示された情報に基づいて求職者自身が実際に紹介サービスを受けるか否かを判断するという情報開示と自己責任を重視する方向への変革もなされるべきである。

 なお、有料職業紹介事業の自由化については、経営者・使用者を利するよりは労働者側にメリットが大きい。なぜなら、それは情報の乏しい労働者に有益な情報を入手しやすい環境をつくることによって、労働者の使用者に対する交渉上の地歩(バーゲニング・ポジション)をより強化するという効果を持つためである。

 また、情報化の急速な進展によって、近い将来、多くの人々は職業情報をネットワークを通じて入手し、情報ネットワーク上で事実上の職業紹介が行われる状態が現実化するであろう。
 民営職業紹介事業を厳しく規制してこうした活動を闇の中に放置するよりは、むしろ民営職業紹介事業者の自由な活動を認めた上で、これらの職業紹介事業者の協力を得て、ネットワーク型職業紹介における安全と公正を確保する行政の枠組を構築する方が望ましいと考えられる。

 我々は、労働市場における市場取引すなわち職業紹介を行政が直接管理するのではなく、取引活動そのものは自由に行わせるが、同時に取引活動の公正と安全の担保のためには行政が最大限の努力を払う、という姿になる必要があると考える。

 職業紹介事業を自由化すると悪質な業者による犯罪を誘発するという議論があるが、それは警察と司法が対応すべき問題であって、自由化を否定する理由になるものではない。
 しかしながら、労働市場における取引活動の公正と安全を確保するために、行政による検査・監督機能を適切に強化することは、健全な労働市場を維持していくために必要である。

 労働者派遣事業も、需給調整を円滑にすることによって労働力の稼働率を高めるとともに、労働者の就業形態をめぐる意識の多様化に対応するものであって、その役割は大きい。
 労働者派遣事業についても、適用対象業務を原則自由にするなどの規制緩和を図るべきである。

(4)自己啓発による職業能力の向上のための政策的支援

 第4は、自己啓発による職業能力の向上のための政策的支援である。経済構造の変化は、産業構造を変え、就業構造を変える。これに即応して人々の仕事の中身も変わらざるを得ない。急速な技術の変化に対応して、働く人々はその知識や技能を常に新しくし、磨き込んでいかなければ、そのような変化についていけなくなる。

 人口構造が高齢化するということの要因の1つは長寿化であるが、そのことは、個々の人々にとっていえば職業生活の期間が長くなることをも意味する。今後の勤労者は従来に比べると、はるかに長くなった職業生活期間を、はるかにテンポの速くなった技術革新に適応しつつ生きていかねばならないのである。

 しかも就業構造、職業構造の面では、ブルーカラーの比重が減り、ホワイトカラーの比重が増している。それは上からの指揮命令に従って集団で働くという就業形態が比重を減じ、個人が自分の判断で処理し、行動していく業務の比重が増していることを意味している。

 ホワイトカラーの仕事は本質的に判断業務であるから、ブルーカラーのような集団訓練はなじまない。自分の知識や技能を向上させるためには、自分で自分を啓発し、自己投資をするのが基本である。
 日本の企業も行政も、組織を活用した生産労働者などに対するOJT(職場での業務を通じた教育訓練)や、Off-JT(座学等、通常の業務を一時離れて行う教育訓練)の普及・強化には力を入れてきており、大きな成果をあげてきた。  しかし、ホワイトカラーの職業能力、とりわけ個人の判断を基本とする高度な能力の向上については、適切な方法論が未だ開発されていない。それは、企業や行政が企画して集団的に実施するには本来無理なものなのである。組織的な展開が行われる頃には、市場価値のある本当に必要な能力は、その遙か先を行っているからである。

 従って、これからの産業社会でますます重要になるホワイトカラー(経営管理者だけでなく先端技術の研究者も含まれる)の能力を育成するためには、適切な自己投資、自己啓発を基本に据えなければならない。

 行政や企業がなすべきことは、そうした個人の自己啓発努力が奨励され、実を結びやすいように支援することである。そのためには、長期休暇制度の普及、キャリア・ガイダンスの充実、情報提供、そして何よりも自己啓発、自己投資の経費に関する控除など税制上の優遇措置が有効である。

II.提言

1.労働力供給の拡大と労働の質的向上を促進するための改革

[改革案]

[給与所得者の配偶者の取扱に関する見直し]
1 所得税制における給与所得者の配偶者の取扱の見直し
2 年金・医療保険における給与所得者の配偶者の取扱の見直し
3 企業の配偶者手当支給の見直し
[高齢者への年金支給に関する見直し]
4 高齢者の年金支給の所得制限、部分年金等に関する見直し

[理由等]

( 配偶者、高齢者の重要性の高まり)
 給与所得者の配偶者や年金受給年齢に近い高齢者など、労働市場において比較的限界的地位に近い人々の労働力は、日本経済が成熟化し、人口が高齢化していく中で、日本の経済社会の稼得力として益々重要な役割を占めるようになるであろう。

( 配偶者、高齢者の就業に対する障害)
 しかしながら、現状では、これらの人々の就業・社会参加意欲、職業能力向上意欲は潜在的なものにとどまらざるを得ない状況になっている。

 使用者、求人者にとっても、様々な理由からこれらの人々の意欲は十分なものとは認識されず、そのために「良い仕事」に就かせにくくなっている。そして、使用者側のそのような姿勢が、これらの人々の向上意欲を弱めるとともに、実際に職業経験を通じて知識や技能を習得する機会を狭めることとなり、さらに、そのように職業能力を向上しなくなっていることが、これらの人々に対する雇用需要を一層減退させるという「悪循環」が存在している。

( 配偶者、高齢者の労働供給に対する制度的なディスインセンティブ)
 そのような「悪循環」は、次のような税制、社会保険制度の仕組によって補強されている。すなわち、給与所得者の配偶者や高齢者の労働供給行動は、前者については、所得税制における給与所得者の配偶者の取扱(「少額所得の非課税制度」)、被用者年金・医療保険における配偶者の取扱、企業の配偶者手当制度等により、また、後者の高齢者については、厚生年金支給の所得制限(部分年金を含む)等によって、それぞれ事実上の制限を受けている。

 これらの制度は歴史的にはそれなりの存在意義があった。すなわち、日本がかつて発展途上段階にあり、人々の所得水準が低く、女子労働力に対する就業機会が不十分で、しかも既婚女子の就業は家計補助的なものに限られるとの通念が支配的であった時代において、これらの制度は低所得者の救済、家計の安定及び所得の平等化による社会の安定等の意義を有していたと考えられる。

 しかし、配偶者控除の限度額や年金支給に関する所得制限額の設定などについては、その額の近傍における就労所得と手取り所得との間に著しい「逆転現象」が発生するなどの矛盾を生じ、そのことが広く指摘されることとなった。すなわち、年間所得額がある一定の額を超えると控除の適用外となる等の仕組となっている場合に、その額の近傍で就労収入が増えると手取り収入はかえって減少してしまうという「逆転現象」である。
 この場合、当該額を超えて就労所得を増加させていくと、いずれは手取り所得は回復することになるが、それは労働時間を増加させ余暇を犠牲にした上でのことであるから、その余暇の犠牲を補ってあまりあるほどの手取り所得がなければ、積極的に労働供給を増やそうという行動にはつながらない。このため、このような所得制限は、一見する以上に労働供給制限的である。その意味では、単に「逆転現象」と表現される以上のものである。

(講じられた改善策)
 いくつかの点については、改善策が図られてきた。例えば、配偶者控除や年金支給に関して「逆転現象」が改善された(それぞれ1987年、1994年の制度改正)ことは評価されるべきである。具体的には次のような改正である。

  •  所得税制における配偶者特別控除の創設(1987年)による「逆転現象」の改善
     配偶者の所得が一定額以上になると、本人の所得に課税される一方、配偶者控除の適用は認められなくなるため、配偶者の所得が当該限度額を超えると税引前の所得が増加しても夫婦を合算した手取所得は逆に減少する現象が起こっていた。このため、配偶者は所得を限度額の範囲内に抑制する傾向にあった。
     1987年の所得税法改正により配偶者特別控除が導入され、収入の増加に応じて控除額が徐々に減額される仕組がとられ、従来の「逆転現象」は大幅に改善された。( ただし、給与所得者の所得が1,000 万円を超える場合は、配偶者特別控除が適用されないため、従来のままである。)
  •  被用者年金支給に関する改正(1994年)による「逆転現象」の改善
     1994年改正前の在職老齢年金制度においては、老齢年金は退職支給が原則であり、例外として就業していても賃金が低い場合に限定して支給することとされていた。このため、当時の在職老齢年金における年金と賃金の調整方式では、賃金が増加しても年金と賃金の合計額はほとんど増加しないか、場合によっては低下することもあり、高齢者の就業意欲を阻害していると指摘されてきた。
     1994年の改正では年金制度を雇用促進的にするため、賃金が増加するにつれて年金支給額と賃金の合計額も増加するような仕組となった。具体的には、
    1 賃金収入がある場合に、年金額の2割を支給停止とする点は従来と同様であるが、賃金と年金(8割支給)の合計額が22万円に達するまでは賃金と年金は併給され、
    2 これを上回る賃金がある場合は、賃金の増加2に対し、年金1を停止し、
    3 賃金が34万円を超える場合は、さらに賃金が増加した分だけ年金を停止する、
    というものである。

(残されている問題と改善の方向)
 しかしながら、給与所得者の配偶者の取扱、高齢者への年金支給の仕組のいずれについても、以下のような問題が依然として残っている。

・給与所得者の配偶者の取扱に関する問題点

 所得税制については、上記のように、1987年の税制改革で新たに配偶者特別控除が導入されたことによって、いわゆる「逆転現象」は改善された。(ただし、給与所得者の年間所得が 1,000万円を超える場合には、配偶者特別控除が適用されないため、従来のままである。)
 しかしながら、控除対象となる者の所得の範囲は、それまでの「年収 103万円まで」から「 141万円まで」へと拡大され、また、年収 103万円以下の者についても従来より控除額が増額され、控除が適用されない年収 141万円以上の者とのギャップはむしろ拡大することとなった。
 このように労働供給を抑制することとなっている配偶者控除、配偶者特別控除は撤廃すべきである。

 被用者年金においては、給与所得者により生計を維持する配偶者(現行では原則として年間所得 130万円未満の者)は、国民年金の被保険者として認定され、保険料を納付することを要せずに老齢基礎年金等を受給できるため、配偶者は所得を 130万円未満に抑制するような就業調整を行うことが多い。
 この公的年金制度における給与所得者の配偶者すなわち第3号被保険者のあり方については、就業配偶者との間の不公平の問題としても、つとに指摘されているが、この問題の解決は、より大きく年金制度全体のあり方、その財源のあり方にかかわるものであり、従って最終的には制度全体の見直しとして、多様な選択肢を視野において検討すべきである。
 また、医療保険においては、給与所得者により生計を維持する配偶者(現行では原則として年間所得 130万円未満の者)は、被扶養者として認定され、保険料を負担することなくその療養等に要した費用について保険給付(現行では入院の場合8割、外来の場合7割等)を受けることから、現行制度の下では自ら保険料を納め保険給付(現行では9割)を受けるよりも実質的には有利であることの方が多いと考えられる。これは、就業に対して中立となるように見直すべきである。

 企業の配偶者手当については、配偶者の所得額を基準に支給制限を設けている企業が多いため、配偶者は年間所得を支給制限額以下に抑制しようと就業調整を行う者が多数に上る。
 このような企業の福利厚生制度は、第2次大戦直後の生活困窮時代に一般化した生活給制度の残滓の色彩が強いものである。賃金制度は経済発展に伴って、その基本を能力と成果に応じた配分へと移行させてきており、先進成熟国の賃金制度として家族手当を残しておくことは合理性が乏しい。
 この問題は社会慣行と深く結びついており、本来、労使間の協議によって決めるべき問題であるが、グローバル化の中でのメガコンペティションが進み、企業の国際的な市場価値がますます問われる将来には、根本的な見直しが必要になろう。

 以上の税制や社会保険制度、企業の福利厚生制度を総合的に勘案した時に問題とされるべきは、これらの制度がおおむね所得水準の近い範囲で連動もしくは重複していることである。そのことが、労働供給行動にもたらしている総合的な効果は軽視できない。とりわけ企業の配偶者に対する家族手当などの福利厚生制度まで連動していることが、労働供給制限的効果を大きく増幅する傾向がある。

・高齢者の年金支給に関する問題点

 60歳台前半層の高齢者の労働供給制限的行動については、1994年年金制度改正によって、賃金が増加するにつれて年金と賃金の合計額も増加するような仕組に在職老齢年金制度が改正されたことにより高齢者の就業意欲阻害要因はある程度除去された。しかしながら、

1 賃金がわずかしかない者にとっては年金しか受給しない場合と比べかえって年金と賃金の手取り合計額は減ってしまうという点、
2 賃金の上昇に伴い年金額が減額されるという面がある点、
3 及び依然として所得制限はあるという点、

で労働供給制限的な側面は残っている。
 また、60歳台前半層( 支給開始年齢未満) に対する年金の支給については、繰上げ減額方式の年金ではなく、65歳以降の年齢支給とは別個の給付を行う「部分年金」の方式がとられることとされているが(2001 年の特別支給の老齢厚生年金から段階的に切り替え) 、部分年金受給者は65歳になっても年金額が減額されないことと、在職老齢年金制度の適用によって賃金が増えると受取年金額が減ることとを併せ考えると、労働供給に対して中立的であるとはいえない。

(労働力の質的向上を阻害する効果)
 以上のような労働供給に対する制度的な制限効果は単に、直接的な量的抑制効果を持つということのみならず、労働の質的向上を妨げるという効果をも持つ可能性が大きい。なぜなら、人々は勤労の継続による経験の蓄積によって技能を向上させ、より高い能力を生かした所得の多い仕事への従事へと、自らを発展させてゆくのが通常であるが、上記の制限的効果があれば向上意欲、発展意欲がそがれ、向上過程、発展過程を自主的に断念することになる。また、そうした人々に対しては使用者も向上の可能性のある職務に就かせることができない。このように、二重の意味で労働の質的向上が制約されてしまうのである。

 確かに、どのような職務や仕事を選ぶかは本人の自由であって、限定的な少額の所得の仕事を自主的に選択している人々には問題ないであろう。しかし、技能と所得の向上を望みながら制度的な制約のためにそれを断念している人々は、そうした制約から開放されるべきである。貴重な人的能力の向上と活用を抑制してはならない。

2.労働者の能力の弾力的活用を促進するための改革

(1)労働時間制度の弾力化等

1)裁量労働制に関する規制緩和
[改革案]
1 対象業務についての大幅な拡大(ホワイトカラーの行う業務、特に企画立案や調査分析等の業務への拡大等)
2 現行のみなし労働時間制度に代えて、労使の合意や対象労働者の同意を要件とする適用除外方式(イグゼンプション方式)の導入により、休日労働は別として時間外労働、休憩及び深夜労働に係る規制の適用を除外
[理由等]

(裁量労働制のメリット)
 裁量労働制は、使用者の具体的な指揮監督になじまず、従来の方法による労働時間の算定が適切でない業務について、労働者に自らの労働時間の管理に関する裁量を持たせるものである。
 裁量労働制の導入によって、労働者の自主性が尊重されるため仕事の成果が高まり、また効率化な業務の遂行が可能となるため仕事以外の日常生活においても自由度が高まる。同時に、仕事に関する果志向が徹底されるが、これは近年の労働者意識の変化の方向にかなったものであり、結果として労働者の仕事に対するインセンティブの向上、ひいては企業の生産性の向上にも資することになる。

(現状の問題点及び対象業務の拡大)
 しかるに現行の裁量労働制のあり方をみると、情報システムの分析や記事の取材等といった極めて限定的な業務に、その対象が限定されており、多くのホワイトカラーについては制度を活用する道が開かれていない。
 このため、裁量労働制の対象業務の大幅な拡大によって多くのホワイトカラーにその活用の道を開き、人事労務管理面における年俸制の導入や自己申告制度の定着等の動きと相まって、経済全体の生産性の向上に資するようにするべきである。特に、日本企業が一層高い付加価値を生み出していくためには、企画立案や調査分析等の業務に従事するホワイトカラーのワークスタイルを自律的かつ創造的なものに変革していくことが求められており、これらの者に対する制度の適用拡大は喫緊の課題である。

(イグゼンプション方式の導入及び留意点)
 また、現行の裁量労働制は、実際に働いた時間にかかわらず協定で定めた時間だけ働いたものとみなす制度であり、時間外労働、休日労働、休憩及び深夜労働に係る規制の適用について従来の規制をあてはめているが、休日の付与といった点は別として、こうした規制のあり方自体を見直し、規制の適用を除外する(イグゼンプション方式を導入する)ことは、個々のホワイトカラーによる自由かつ創造的な業務の遂行を一層促進する。
 ここで留意しなければならないのは、イグゼンプション方式を導入した場合、使用者が必ずしも自らの業務について十分な裁量を有しない労働者に対して、時間外労働や深夜労働等を強制する手段として、裁量労働制が用いられるおそれがあるのではないか、という点である。
 かかる懸念を払拭するため、個々の職場におけるイグゼンプション方式の下での裁量労働制の適用にあたっては、労働組合又はそれに代わる従業員代表組織と使用者との協定や、対象労働者本人の同意を、適用に係る要件とすることを、併せて提案するものである。

 こうした仕組を採ることにより、多くの労働者が安心して裁量労働制を活用し、自律的かつ創造的な業務の遂行を通じて生産性を向上させ、企業ひいては経済の発展に貢献することが可能となるものと考えられる。

2)変形労働時間制の一層の弾力化
[改革案]
1年単位の変形労働時間制について
1 労働日ごとの労働時間の特定に係る要件の緩和
2 1日及び1週間の上限時間の引き上げ
3 適用除外の労働者の季節労働者への限定
等の実施
[理由等]

(変形労働時間制のメリット)
 1年単位の変形労働時間制は、閑散期に休日を集中的に設定することや繁忙期に労働力を集中的に投入することを容易にするものである。
 上述の弾力化は、より多くの労使にこうした変形労働時間制の活用への道を開き、休日の増加による労働時間の短縮や業務の効率化を促進するものである。

(改革の方向性)
 現在、労働日ごとの労働時間の特定に係る要件としては、労使協定において、対象期間を1年以内の期間とし、対象期間を平均し1週間当たりの労働時間が40時間を超えない範囲内において、1日9時間(対象期間が3か月以内の場合は10時間)、1週48時間(対象期間が3か月以内の場合は52時間)を限度とし、かつ、1週に1日の休日が確保されるようにすることが求められている。
 こうした硬直的な要件の緩和は、今後、一層の制度活用を図るために是非とも行うべき改革である。

 なかんずく1日及び1週間の上限時間については、対象期間にかかわらず1日10時間、1週52時間程度にまで引き上げ、制度をより柔軟なものにしていくといった改革が必要である。

 さらに、適用除外の労働者を季節労働者に限れば、現在適用の認められていない中途採用者、異なる事業所への配置転換対象者、対象期間中の定年退職予定者等に対する制度の適用が可能となる。今後、企業を取り巻く環境変化のスピードが増す中で配置転換対象者への適用を可能とすること、高齢化が進展していく中で定年退職予定者への適用を可能とすること、そして転職による労働移動が活発化していくものと見込まれる中で中途採用者への適用を可能としていくことは、いずれも極めて重要な改革である。
 なお、期間中に退職する労働者等への変形労働時間制の適用にあたっては、労働時間の清算方式を採用し、制度の趣旨を逸脱した長労働時間を回避することも重要である。

(労使の合意の重要性)
 なお、既に変形労働時間制の導入にあたっては労使の合意を重視する考え方が採られているが、労働者が安心して働けることを重視する観点に立って、労使が納得した上で制度を最大限に活用していくことが重要である。

3)有期の労働契約期間制限の緩和
[改革案]

 現行では1年とされている有期の労働契約期間の上限の3年ないし5年への延長

[理由等]

(有期の労働契約期間制限の緩和のメリット)
 現在、期間の定めのある労働契約については、一定の事業の完了に必要な期間を定める場合を除き、1年を超える期間について締結してはならないこととされているが、これは長期労働契約による人身拘束の弊害を排除するためであるとされている。
 今日の経済社会情勢の中で人身拘束のおそれは著しく小さくなっており、同時に、外国人研究者の招聘、経験と意欲のある高齢者の嘱託としての再雇用又は専門的能力のある契約社員の雇用等、多様な労働契約へのニーズが高まっている。

(改革の意義)
 上記の改革は、こうしたニーズに応えて多様な労働契約の締結を促進し、能力と意欲のある労働者の活躍の場を広げ、同時に比較的長期の事業プロジェクトの遂行等をより円滑にするものである。

(上限の設定理由)
 なお、改革案において労働契約期間の上限を3年ないし5年としているが、5年としているのは民法における雇傭の期間に関する取扱いを考慮したものであり、さらに制度改正の実現性を勘案して3年という選択肢をも付したものである。

(2)「女子保護規定」の解消

[改革案]

 「女子保護規定」(時間外・休日労働、深夜業をめぐる規制)の解消

[理由等]

(「女子保護規定」の解消の必要性)
 現在、女性が現実に家庭責任を有している状況等にかんがみ設けられている労働基準法上の「女子保護規定」は、企業の女子労働力に対する需要を制約し、男女の均等な取扱の障害となっている。
 「女子保護規定」のうち例えば深夜業をめぐる規制については、看護婦等が行う保健衛生業務、スチュワーデスの業務、放送番組制作業務等については既に適用除外とされている。
 しかし今日、高度情報化、サービス経済化及び企業行動のグローバル化が急速に進展しており、広告・宣伝を含む広義の情報関連、金融、貿易、商業、サービスなど多くの産業分野において、高度な分析力、判断力を必要とする密度の濃いプロジェクト型の業務遂行が広く行き渡り、高度な専門性を持った女子労働者が深夜業を行わざるを得ない局面も増加している。
 かかる経済社会の状況変化は、時間外労働及び休日労働についても当てはまる。

 労働者福祉を増進する観点から時間外労働の適正化等を図っていくべきことは言うまでもないが、かかる取組は性別を問わず一般的な労働時間の短縮策として強力に推進されるべき問題であり、女子のみを対象とする保護規定はかえって女子労働者の能力発揮と高度な就業の機会を奪うデメリットが大きいことを認識しなくてはならない。

 実際、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保のあり方並びに「女子保護規定」についての検討を現在進めている婦人少年問題審議会婦人部会においても、「女子保護規定」について解消を目指す方向で労使の意見は一致をみている。

 解消に向けて労使の意見が一致していることも、「女子保護規定」が有能な女子の高度な業務への参入を阻む逆差別の役割を果しており、女子労働者に対する不当な差別の原因とさえなっているという認識が広く定着していることの現れである。

(改革の意義及び留意点)
 上記の改革は、こうした障害を除去し、企業の女子労働力に対する需要を一層引き出し、女子労働者の就業意欲をも一層引き出すという好循環の源泉となり、さらに長期的にみて、女子労働者の職業能力の向上、就業年数の延長及び女性の社会的な地位の向上に資するものである。
 なお、女性の社会的地位の向上のためには、「女子保護規定」の解消の一方で、募集・採用、配置・昇進、教育訓練、福利厚生、定年・解雇等、様々な面での男女均等な機会及び待遇の確保に向けた取組が必要であることは言うまでもない。

3.労働力需給調整(労働市場におけるマッチング)機能の強化

(1)有料職業紹介事業に関する規制の緩和

[改革案]
1 取扱職業の範囲の原則自由化(ネガティブリスト化)
2 サービスの多様化・複合化に対応した料金徴収の自由化・多様化
  • 求人者から徴収するサービス料金額の自由化
  • 求職者からの実質的なサービス料金徴収の容認
3 許可要件の緩和、許可等の手続の簡素化・明確化
4 「ネッ職」(ネットワークを通じた就職)時代における職業紹介事業のあり方についての検討
[理由等]

(「適材適所」の実現の必要性)
 Iの「基本認識」において強調したように、現在の日本では産業構造の高度化を軸とする経済構造の大きな転換が求められており、また少子・高齢化の進展により長期的には労働力が減少すると見込まれている。こうした中で、一層貴重となっていく労働力について「適材適所」を常に実現し、かつ個々の労働者の能力が十分に発揮され得る条件を整備することは、日本の経済社会の将来にとって最も重要な戦略である。
 労働力人口が6000万人を超える広大な労働市場において「適材適所」を実現するためには、高度化、多様化する労働者のニーズに即応して有効な職業情報を提供し、きめ細かく職業相談、職業紹介を行うことが不可欠である。

(職業安定法を取り巻く時代背景)
 現行の法制度において職業紹介事業は一義的には国家の独占事業とされており、民間の有料職業紹介事業は例外的にしか認められていない。
 職業安定法が制定された1947年当時には前述のように、労働市場は労働力供給の超過状態であり、労働者保護を図る観点から職業紹介事業を国家が原則として独占することには一定の意義があったと言える。

 しかし、その後の目ざましい経済発展を経て、労働力供給の超過状態は解消され、むしろ若年層を中心にして労働市場は基本的には労働力不足基調となった。
 その結果、労働力供給が過剰であった時代に懸念されていた交渉力の弱い労働者に対する不当な搾取などのおそれはほぼ解消した。無論、現実には強制労働や中間搾取、具体的には人身拘束を行い暴力を以て労働させ賃金をピンハネするといった類の労働事犯は依然存在する。しかし、それらを犯罪行為として取り締まるべきは警察及び司法の任務であり、労働力需給調整機関が負うべき任務ではない。

(諸外国の動向)
 21世紀を迎えるにあたり、少子・高齢化が進展し、労働力が益々貴重になってきていることは先進諸国に共通した現象であるが、1991年にはオランダが、1993年にはスウェーデンが、1994年にはオーストリア及びドイツが、それぞれ職業紹介事業における国家独占原則を放棄している。その共通の誘因は、経済社会の構造改革の一環として、労働市場の活用を進める必要が強まったことである。また、イギリスやアメリカ等、そもそも国家独占原則を採って来なかった国も多い。
 加えて、国際労働機関(ILO)においても、こうした先進国の趨勢等を踏まえ、1997年の総会において、第96号条約(有料職業紹介所に関する条約)が改正される見込みであることに留意することが必要である。

(国による職業紹介事業の意義と職業紹介の国家独占)
 今後、日本が取り組むべき課題は、半世紀前に制定された職業安定法の解釈やILO第96号条約をかたくなに守っていくことではない。最重要課題は、21世紀の日本の繁栄を築くために、貴重な労働力に関して労働市場における適材適所を実現することによって、その能力が常に最大限に発揮され、高い生産性を実現する条件を整備していくことである。

 国の公共職業安定所のみによってこうした機能を十分に満たすことは果して可能であろうか。また、こうした機能を国民の租税や社会保険料により負担することが、果たして最も望ましい選択と言えるだろうか。

 もとより、国による職業安定行政の運営や公共職業安定所の意義は、以上をもって否定されるものではない。むしろ、国による職業紹介事業の運営は、国民への最低限のサービスを無料-----現実には全国民の共同負担によるサービス提供という意味では有料そのものであるが------で提供するものとして必要不可欠な存在である。

 しかし、国による職業紹介事業が必要不可欠であることは、職業紹介の国家独占を正当化する根拠とはならない。
 国が最低保障としてのサービス提供を国民による共同のコスト負担により行い、民間部門が人々の多様なニーズに対応したきめの細かいサービスを提供することこそが自然な形態であり、こうした自然の姿こそが望ましい在り方と考えられる。

(市場における労働者の地位を向上させる有料職業紹介事業の自由化)
 有料職業紹介事業の自由化は、経営者、雇用主を利するものであって労働者を不利な立場に追い込むといった見方が一部にあるようだが、それはむしろ逆である。
 労働者は通常、雇用主に比べて労働市場における情報が不足しているが故に、交渉上の地歩(バ-ゲニング・パワー)が不利になることが多い。
 労働者が現在就業している職場以外における就業可能性に関して、きめの細かい現実的な情報を手にすることができれば、現在の雇用主に対する交渉上の地歩が強まり、ひいてはその待遇の改善に資することは明らかである。従って、有料職業紹介事業の自由化は労働者の立場を強化する効果を本源的に有するのである。

(「ネッ職」時代の到来と国の役割)
 さらに長期的趨勢として、高度情報化が進展しており、コンピューターネットワーク上において個別求職・求人情報の提供、すなわち事実上の職業紹介が行われるという新たな状況が新卒労働市場等において生まれつつある。また、在職求職者等がネットワーク上の求人情報をみて、転職の可能性を探るといった行動も広まっていこう。

 しかるに、全ての求職者が求人企業のホームページを充分に検索する時間や技能を持つことは期待し難いし、まして求職者自らがホームページを設けて求人者への情報提供を行っていくことは困難である。
 そこには、何らかの形で個別求職・求人情報の仲介業者(すなわち職業紹介事業者)が介在し、何らかの形でユーザーから手数料を徴収せざるを得なくなる。仮に、こうした事業活動を違法行為として整理すれば、コンピューターネットワーク上における求人・求職情報のマッチング活動が「闇市場」と化し、市場における公正と安全の担保は期すべくもない。

 そもそも、コンピューターネットワーク上における情報の流通に関しては、多様な情報が瞬時に得られる反面、現実面での担保の無い情報が氾濫することや個人のプライバシーが侵害されること等が危惧されるところである。
 こうした危険性を除去し、公正な取引と安全を確保していくためには、むしろ、利用者から料金を徴収して個別の情報を提供する事業者を職業紹介事業者として扱っていくべきである。その上で、国はこれらの事業者の資質を十分に審査し、事業者の理解と協力を得ながら高度情報通信社会におけるいわゆる「ネッ職」(ネットワークを通じた就職)市場の公正と安全の担保する新しいシステムを構築すべきである。

(改革の意義)
 以上が上記の改革を提言する理由であり、改革の意義等は以下の通りである。

 第1の改革は、有料職業紹介事業の取扱職業の範囲について、現行の29職業のみを掲げるポジティブリスト方式から、取扱を認めることが社会的問題を惹起するおそれのある職業を個別禁止するネガティブリスト方式へと転換し、禁止職業以外は原則自由化することにより民間の活力、ノウハウを活用することに資することを狙いとする。

 第2の改革は、求職者・求人者のニーズの多様化、高度化、複合化に対応したきめ細かなサービスの提供を促進するため、料金徴収の自由化・多様化を図るものである。
 料金徴収のうち求人者からの紹介手数料の徴収に関しては、現在、家政婦やマネキンといった職業と経営管理者や科学技術者といった職業との間に特段の差を設けない形になっているが、実際には高度な専門性を有する後者の職業紹介は、コンサルティング等のサービスと複合化した形で行われることが多く、画一的な紹介手数料規制を強制することは不適切であることに留意が必要である。
 また、求職者からの実質的なサービス料金の徴収に道を開くことには、それによって職業紹介事業者が求人者よりのバイアスを持つことが防止され、労働者の雇用主に対する交渉上の地歩を強めることに資するものと考えられる。

 第3の改革については、現在の許可等手続の実情を把握することが重要である。
 例えば紹介責任者の職務経験年数について当該職業又は当該職業の紹介の経験が通算10年以上であることとしていたり、事務所のフロアスペースについて一定以上の面積を具備することを求めたり、許可申請から許可証の交付まで相当の時間を要し、その間、法定の書類以外にも相当の書類の提出を求められることもあるなどの指摘が事業者等からなされており、民間の活力、ノウハウの活用を図る観点から、速やかな見直しが必要である。

 第4の改革については、「ネッ職」時代の本格的な到来が、取扱職業、料金徴収、許可要件及び許可手続等職業紹介事業をめぐる各般の法制度に大きなインパクトを与える事象であることにかんがみ、「ネッ職」時代における職業紹介事業のあり方について官民の叡知を結集した検討を早急に行っていくことが必要である。

(2)労働者派遣事業に関する規制の緩和

[改革案]
1 適用対象業務の原則自由化(ネガティブリスト化)
2 一般労働者派遣事業の許可要件の緩和、許可等の手続の簡素化・明確化等
[理由等]

(労働者派遣のメリット)
 労働者派遣は、マクロ的には労働力の稼働率を高めることに貢献する。また、個々の派遣先企業にとっても、労働者派遣の活用は、必要に応じた人材の活用に道を開き、「固定費」を節減することに役立つ。また、ベンチャー企業がその創業時に派遣労働を活用すること等を可能にすることにより、そのような企業の育成を促進し、経済全体の活性化にも資する。

 さらに、労働者の就業形態をめぐる意識の多様化に伴い、労働者派遣により就労することを希望する労働者も増加しており、労働者派遣事業をめぐる規制を緩和していくことは、潜在的な就業意欲を持つ者に実際の就業機会を与える効果も有する。

(適用対象業務の現状)
 しかるに、現時点では60歳以上の高齢者のみによる事業等を除けば、適用対象業務は16業務に限られており、近日中に施行が見込まれる制度改正においても、育児・介護休業代替要員について適用対象業務の原則自由化が図られる外は、12業務が追加されることが決まっているに過ぎない。
 現行法制においても建設、警備等の業務はネガティブリストとして列挙されており、労働者保護にもとる蓋然性の高い業務をこれに追加する方式で見直しを進めることは十分可能である。

(適用対象業務のネガティブリスト化の必要性と意義)
 今後、労働力供給制約が強まっていく中で、労働力の稼働率を高め、個々の労働者が自らの意欲に応じて働くことを可能にするためには、労働者派遣事業の適用対象業務について、業務全般を視野に置き、労働者派遣の導入が不適切な業務以外における労働者派遣事業を認めるべきである。
 こうした観点に立って、第1の改革、すなわち適用対象業務の原則自由化(ネガティブリスト化)を早期に実施すべきである。

(許可等の手続の簡素化・明確化等の必要性)
 第2の改革については、現在の許可等手続の実情を把握することが重要である。
 例えば、同一の事業者が労働者派遣事業と職業紹介事業を併せて行おうとする場合、それぞれの事業を行う事業所を区分せねばならず、従業員も両事業には従事できないとしていたり、事業所を近隣へ移転しても所管の公共職業安定所が異なれば事業所開設時と同様の膨大な手続が必要となるなどの指摘が事業者等からなされており、民間の活力、ノウハウの活用を図る観点から、速やかな見直しが必要である。

4.ホワイトカラーの自己啓発等推進戦略

[改革案]

1 ホワイトカラーを中心とした労働者の職業能力診断・評価システムの構築等
2 自己啓発を可能にする就業時間面での条件整備
3 自己啓発優遇税制の導入

[理由等]

(従来の職業能力開発システムの限界)
 これまでの日本の職業能力開発システムは、対象者としてはブルーカラーを、また方式としては企業等の組織を活用したOJT(職場での業務を通じた教育訓練)やOff-JT(座学等、通常の業務を一時離れて行う教育訓練)を、そして教育訓練の背景にある雇用システムとしては新卒一括採用、長期雇用、年功的処遇等の「ストック型雇用」を、それぞれ理念形として発展し、大きな成果をあげてきた。

 しかるに、今後の職業構成についてはホワイトカラー化の一層の進展が見込まれ、労働者は自らのキャリアや職業能力への関心を強めており、雇用システムについても通年採用の導入や年功賃金の見直し等の変化が生じつつあり、産業構造の変化に伴う転職も増大して「フロー型雇用」が一般的になっていく等の変化が見込まれる。
 さらに、Iの「基本認識」で示したように、経済社会の構造変化の中で、今後、労働を通じて高い付加価値を生み出していかなくては、日本の経済社会は真の「空洞化」にさらされる危機に瀕している。

(ホワイトカラーの自己啓発の必要性)
 個々の労働者の潜在的能力を活かして高付加価値労働を実現するためには、自律的な判断業務に携わるホワイトカラーに相応しく、実力重視時代における「フロー型雇用」に見合った職業能力開発システムとして、自己啓発の重視を図る方向への改革が必須である。

(職業能力診断・評価システムの構築)
 第1の改革は、個々のホワイトカラーの知識・技能や経験・経歴等を客観的に分析するシステムの開発や、ホワイトカラーの職業能力を外部労働市場で客観的に評価する尺度を社会的に定着させることを柱とするものである。

 前者のシステムが構築されれば、教育訓練機関は、従来その職務が多岐にわたり明確な整理がなされて来なかったホワイトカラーに対して、こうしたシステムの分析結果に則ったきめ細かいキャリアカウンセリング等を実施していくことが可能になる。

 後者の尺度が定着していけば、「フロー型雇用」の時代にあって外部労働市場で転職求職者の職業能力を客観的に評価することや、企業に対する個々の労働者の貢献を適切に評価することが可能になる。これにより、経営幹部を外部労働市場に求める創業者や年俸制、裁量労働制の広がり等に応じて従業員の評価が重要な業務となる人事担当者等の活動に資することになる。
 既に行政、産業界、労働界の協力の下に「ビジネス・キャリア制度」等の取組が進められているが、こうした制度についても学習成果が企業内の処遇に結びつくような方向で活用されることが必要である。

(就業時間面での条件整備)
 第2の改革は、具体的にはフレックスタイム制の活用、時間外労働の適正化、有給教育訓練休暇制度の普及促進、職業生涯の節目ごとに付与される長期休暇制度の導入促進等により、多くの労働者が自己啓発の障害としてあげる就業時間面での問題を解消しようとするものである。
 特に、今後の自己啓発の有力な手段と考えられる社会人大学院への通学については、こ うした改革が行われて初めて可能となる場合も多いものと考えられる。

(自己啓発優遇税制の導入)
 最後に、職業能力を高める目的で自己啓発投資を行う労働者の投資経費についての所得控除の導入を行うことの意義について述べる。
 まず、労働者各自の意欲を尊重した自己啓発の金銭面での支援策として税制を活用することは、税に対する人々の関心が高いこともあって、その効果が広範に及び政策の実をあげることを可能とする。
 次に、働き盛りの労働者の人的投資には機会費用も含めて高いコストがかかるが、この改革によって、コストを個人、企業そして国の税制という三者が分担することとなり、人的投資の促進につながる。
 さらに、この優遇税制は直接的には税収を減少させるが、教育訓練事業者の生産の拡大に資するとともに、長期的にみれば国民の人的能力、生産力が上昇するため、むしろ税収の増加に寄与するものと考えられる。