グローバリゼーション部会(第5回)

議事録

時:平成11年4月20日

所:官房特別会議室(436号室)

経済企画庁


グローバリゼーション部会(第5回)議事次第

日時 平成11年4月20日(火)16:30~18:30

場所 官房特別会議室(436号室)

  1. 開会
  2. 議題1:21世紀の経済協力のあり方について
  3. 議題2:グローバリゼーション部会報告スケルトン(案)について
  4. 閉会

(配付資料)

  1. 資料1 「21世紀の経済協力のあり方」
  2. 資料2 「グローバリゼーション部会報告スケルトン(案)」
  3. 資料3 「グローバリゼーション部会スケルトン案に関する追加論点ペーパー(案)」
  4. 参考資料1「21世紀の経済協力のあり方」の参考資料
  5. 参考資料2「考慮すべきリスク要因について」

グローバリゼーション部会委員名簿

部会長
八城 政基  シティバンクジャパン会長
部会長代理
田中 明彦  東京大学東洋文化研究所教授
糸瀬 茂   宮城大学事業構想学部助教授
國谷 史朗  弁護士
高阪 章   大阪大学大学院国際公共政策研究科教授
篠原 興   国際通貨研究所専務理事
下村 恭民  政策研究大学院大学教授・埼玉大学教授
高木 剛   ゼンセン同盟会長、連合副会長
中西 輝政  京都大学総合人間学部教授
浜  矩子  株式会社三菱総合研究所経済調査部長
ロバート・アラン・フェルドマン モルガン・スタンレー証券チーフエコノミスト
  グレン・S・フクシマ アーサーD・リトル(ジャパン)株式会社取締役社長
松本 大   ゴールドマン・サックス・グループLPリミテッド・パートナー
若林 之矩  労働福祉事業団理事長


 

〔 部会長 〕 ただいまから、第5回のグローバリゼーション部会を開催させていただきます。

 本日は、ご多用中のところご出席いただきまして、誠にありがとうございます。

 本日の議題に入らせていただきますが、前半で「21世紀の経済協力のあり方」について議論を行った後、後半では、当部会の報告スケルトンに関しましてご議論をいただきたいと思います。

 それでは、まず、「21世紀の経済協力のあり方」につきまして、事務局からご説明をお願いいたします。

〔 事務局 〕 経済協力のあり方について、資料に基づきましてご説明させていただきます。配付資料の資料1と参考資料1を見ていただきたいと思います。資料1の冒頭に書いてございますように、私どもは経済協力の今後のあり方について研究会を設けまして、ここにご出席のA委員を座長にお願いし、議論をしてきました。それらの議論も含めまして資料1のメモをまとめております。

 まず初めに、私どもがODAやOOFと気楽に使っておりますが、なじみのない方には非常にわかりにくいということがございますので、参考資料1の方を見ていただきまして、まず経済協力の現状について簡単にご説明させていただいて、それから今後の方向についての事務局の考え方を申し述べさせていただきたいと思います。

 参考資料のまず1ページでございますけれども、広い意味の国際経済協力、あるいは経済協力の中には、ODA(政府開発援助)と呼ばれるものと、輸銀等が資金協力として行っているOOF(アザー・オフィシャル・フロー・その他政府資金)、それから、PF(プライベートフロー)、民間からの資金協力等でございますけれども、それから、民間非営利団体等による贈与。この4つを広い意味の経済協力と見ております。DAC、OECDの開発援助委員会等でも、こういう基本的な整理をしているわけでございます。

 ODAの中には、二国間の援助と国際機関への出資・拠出がございまして、二国間援助の中には贈与(グラント)があり、そのグラントは無償資金協力と技術協力に分かれます。それから政府の貸付。円借款と我々は言っています。金利の低いグラント・エレメント25%以上といった譲許性の、援助性の高い、そういう貸付をODAの中の政府貸付と言っております。それから、OOFの中にも二国間資金協力があるわけでございまして、輸銀等が行っているいろいろな輸出入金融、投資金融等です。国際機関に対する融資の方はOOFとして分類されております。基本的にこのような分類でデータが成り立っており、OECDのDAC等でこういう形で整理しているわけでございます。

 2ページにまいりまして、これらの途上国に対する資金協力がどういう形で推移してきたかということで、ODA、OOFも含めまして、全部データのある1996年では、日本の資金協力全体で約 420億ドルとなっております。その中の、96年ですと2割強がODAで、プライベート・フローの方が77%、年によって大分違いますが、ODAの方は大体通常全体の途上国への資金協力の3~4割ぐらいでございます。最近、傾向的には、ややOOFやプライベート・フローが増えてきているという状況にあります。ODAについては予算的な制約もございまして、平成10年度には1割予算をカットしたわけでございます。

 3ページにまいりまして、これは国際比較でございまして、全体的な資金の供与。DACというのは、OECDの援助をしている国21か国の合計でございまして、DAC合計では、全体的には資金量としては 1,969億ドル、約 2,000億ドルの供与になります。そのうちODAが 554億ドルで、全体の28%になっているわけです。国別に見ていきますと、アメリカが全体として 558億ドルで一番多く、2番目が日本ということになっております。ただ、斜線のODAだけを見ますと、日本が94億 3,900万ドル。アメリカは93億 7,700万ドルということで、ODAの供与実績では日本が世界で一番トップということになっております。

 4ページにまいりまして、そうした中で、今度は日本のODAだけに着目してみますと、対GNP比で見ますと、北欧諸国、デンマーク、ノールウェー、オランダ、スウェーデン等が1%近くで、比率としては高くなっております。日本は0.22%ということで、下から3番目ということになります。国民一人当たりのODA供与実績では、同じく北欧諸国が多いわけですけれども、人口等の関係もありまして、日本は一人当たり74.4ドル供与しているということで、中の上ぐらいの位置にあるわけでございます。

 5ページにまいりまして、我が国のこうしたODAの供与がどういう地域にいっているかということです。それは日本の経済協力、戦後の賠償から始まったせいもありまして、アジア諸国が圧倒的に多かったわけで、例えば1980年でも7割はアジア地域でございました。ただ、最近は5割を切っておりまして、上の方にある中東や中央アジアなど、社会主義から市場経済に移行した国々への比率も増えてきているわけでございます。

 6ページにまいりまして、ODAの分野別の割合でございます。日本は一番左にありますけれども、経済インフラのシェアが45.1%ということで、諸外国に比べてこの部分が比較的ウェイトが高いという点が特徴であろうかと思います。DACの平均でも2割強でございます。最近は、一番下にあるプログラム援助等ということで、特に特定のプロジェクトということではなくて、セクター全体の構造調整等を促すという観点からの融資等も増えていまして、これは日本のみならず、諸外国でもそうした形態の分野が2割程度のウェイトになっているということであります。

 7ページの(資料8)は、「政府開発援助大綱」でございます。これは平成4年6月に閣議決定されておりまして、これが日本の経済協力、特にODA(政府開発援助)の基本的な考え方になっておりまして、現在のところこれに基づいて行われていると考えていただいて結構だと思います。基本理念としては、人道的な見地や、相互依存関係の認識等を謳っておりますし、途上国のテイク・オフを助けるとか、最近では、途上国のよい統治(グッド・ガバナンス)の確保を支援していくといったことが重要になってきて、その点も謳われているわけでございます。

 原則といたしましては、国際連合の諸原則を考えながらやっていくわけですけれども、(1)の環境の両立や、(2)の軍事的用途及び国際紛争助長への使用を回避するといった観点、それから、民主化促進や市場指向型経済導入の努力の促進等も謳われております。

 重点事項としては、重点地域でございますけれども、引き続きアジア地域に重点を置く。ただ、同時にほかの地域にも行っていくということ。特にLLDC(後発開発途上国)に配慮するということを謳っております。項目的には、地球的規模の問題とか、基礎生活分野(ベイシック・ヒューマン・ニーズ・BHN)への援助、人造り及び研究技術協力、インフラストラクチャーの整備、構造調整の支援等を謳っているわけでございます。

 ODAの効果的実施のための方策といたしましては、相手国からの要請・考え方を十分勘案して行っていくことや、9ページにまいりまして、いろいろな形態の援助を連携して行っていく等々、それからNGOの連携や、環境問題等々を謳っております。10ページでは、情報公開等が謳われております。

 11ページにまいりまして、これはメモの方にも書いてあるのですけれども、輸銀と基金の統合法案が先週通りまして、新しい国際協力銀行という資金協力の大きな主体ができます。

 12ページにまいりまして、今いろいろな形で途上国のニーズに合った援助ということで、その一つの例としてグラミン銀行に対する円借款の供与を挙げております。グラミン銀行というのは、バングラデシュにある農村開発信用事業を行っている銀行でございまして、非常に貧しい土地のない貧困層に、5人グループで無担保で資金供与を行っています。非常にきめの細かい援助で貧困層の自立の促進を促すということで、借款の資金は30億円程度ですけれども、大変ありがたがられ、評価されていると聞いております。

 13ページにまいりまして、環境重視ということの具体例として、最近は特別環境金利というものを平成9年に設けまして、原則、金利が0.75%、償還期間40年という極めて長期で低利の資金を、環境保全のためのプロジェクト等に円借款で貸しまして、これが全体の円借款供与の4分の1に現在達しているところでございます。

 以上が、かいつまんで現状をご紹介させていただいたわけでございます。

 資料1に戻りまして、最後の7ページに横長の図をつけております。今いろいろ申し上げましたけれども、それをもう一度整理してみますと、真中が途上国をあらわしていまして、周りが、日本の形態別、実施主体別にいろいろな援助の形態を見ておりまして、下が他の援助供与国、国際金融機関となっております。途上国のニーズは、いろいろありますけれども、主なものをここに書きますと、BHN、人づくり、環境保全、民主化・人権・良い統治、経済・社会インフラ、産業の発展、適切な経済政策及びそのための制度となっております。それに対するいろいろなサポートとしては、モノの流れとして、物を作ったり、インフラ整備をしたり、工場を作ったりすること。右の方にヒトの流れがございます。さらに右の方には実施主体として、民間、政府機関、有償資金協力の機関、JICA、国、NGOがあり、左には先ほど冒頭に申し上げました援助の形態を書いてあります。こういういろいろな形態をどうやって組み合わせて効果的な経済協力を行っていくかということが極めて重要な点でございます。それを最近のいろいろな国際経済の変化、あるいは我が国の変化等も十分考えて、最も効果的な経済協力を行っていくということが、基本的に重要な点だと思われます。

 「メモ」の方を見ていただきますと、1~2頁は、今申し上げました現状の話でございまして、2ページの真中に「今後の経済協力の方向」がございます。今まで経済協力に日本は相当力を入れてやってきたわけでございまして、その経済協力の重要性は変わらない。ただ、国際的にいろいろな環境変化の中で、現時点で経済協力についても総点検が必要ではないか。具体的に、ではどういう方向で考えるのかというのが、1の「経済協力の目的」以下でございます。ODA等実施の理念・原則ということで、これはODA大綱の中でも謳われるところでございまして、それに加えて、アジア通貨危機等の最近のいろいろな変化に対応してどのように考えていくのか。途上国の方も、社会主義から市場主義国に移行している国もありますし、もっと制度的なものを重視しようという国もありますし、そういういろいろな情勢をもう一回見て、我が国の理念・原則が今のままでよいのかどうかということを検討する必要がある。

 3ページにまいりまして、その中で受け手の途上国の課題をしっかり踏まえる必要がある。2として、「実施主体(アクター)間の分担・連携と最適経済協力」と書いてありますけれども、実施主体は大変多様でございます。それはますます多様化していくと思いますけれども、そういう多様な実施主体をどうやって分担・連携していくかということが重要でございますし、一番下に書いてある「現地実施主体間の分担・連携」も重要です。東京で観念的に考えているだけではなかなかうまい経済協力ができにくい面もありますから、現地の情報を大切にして、現地の実施主体の分担・連携、責任をどうやって全体の経済協力の中に位置付けていくかということも、現時点で検討していく必要があるのではないか。

 そのほか、4ページにまいりまして、NGOの役割や、NGOに限らず青年海外協力隊等、そういう草の根的な、あるいは国民参加型の経済協力をどうやって確保していくかということも重要な点であります。

 それから、プランナーです。全体をコーディネートしたり、あるいはプランを立てていくという役割。この辺が若干欧米に比べても弱い点もあろうかと思いますので、こういう役割の機能をどうやって充実していくかということ。

 3で「分担と連携における基準」と書いてありますけれども、分担と連携を有機的に進めていくということは極めてもっともなことだと思います。ではそれをどのように具体的に行っていくか。そういうルールや基準を、1つ1つの分野、1つ1つの問題にあてはめて考えていく必要があるのではないか。一番下では「国際開発金融機関等との連携」です。世銀・IMF等の国際金融機関、開発金融機関の役割が今改めて問われているところですけれども、日本としてどのように連携してやっていくかという、そのクライテリアをもう少し詰めていく必要があるのではないか。なお書きでは、今、重債務貧困国、最貧困国の債務をどうするかということが、今度のケルン・サミットに向けても重要なイシューになっておりますけれども、そういう債務の救済をどのように考えていったらいいかという点も少し触れております。

 5ページにまいりまして、4の「効果的な分担・連携の方策」です。そういうクライテリアを考えつつ、今後どういう方向でいったらいいかということで、これはやや繰り返しにもなっていますけれども、一番上では「ODAと非ODAの担当機関における連携」です。これは先週、国際協力銀行法が成立しまして、今年の10月1日から海外経済協力基金の業務と日本輸出入銀行の業務が統合されるということで、もちろんそれぞれ性格が違いますので、ODAと非ODAの勘定を分けて行っていくわけですけれども、いろいろな情報・ノウハウも一元化・共有するわけであり、そうしたメリットを効果的な経済協力の推進に役立てていくこと、また、そういう方向でこの機関が今後活動していくことが期待されているわけです。

 それから、いろいろな政府、実施機関、NGOの連携や、途上国の改革の支援、途上国のニーズ等のタイムリーな把握等が必要だと考えております。

 そうした極めて多岐にわたる問題があり、今直ちに結論をなかなか出しにくいこともございまして、グローバリゼーション部会、あるいは経済審議会全体でも議論されているところだと思います。内外経済環境の変化を踏まえた我が国のあるべき戦略、特に経済戦略を踏まえながら、また、その前提として、途上国全体の資金のニーズ、あるいは個別の途上国の資金のニーズがどんなところにどのようにあるのか、そういう点なども把握しまして、これからの21世紀における、ベストミックスな、最適な経済協力のあり方を検討していかなければならない。ここではビジョンという言葉を使っていますけれども、最適な経済協力のビジョン、即ち経済協力の展望と政府の明確な基本方針を明らかにしていくことが大切ではないかということで、具体的な施策として掲げているわけでございます。

 大変端負って恐縮でございましたけれども、説明は終わらせていただきます。

〔 部会長 〕 ありがとうございました。

 それでは、審議に入りたいと思いますが、先ほど事務局から言及がございました、「21世紀の経済協力のあり方」に係る研究会の座長を務められましたA委員、何かご発言をいただければと思います。

〔 A委員 〕 ここにおられるB委員と私、そのほかに数名の方々で研究会を開いて若干の検討をしておりますが、このグローバリゼーション部会の作業との関連で2点、私どもの基本的な問題意識についてお話ししたいと思います。

 第1点は、非常に簡単なことですけれども、21世紀の世界を考える上で、90年代半ばの時点で人口の85%が途上国におり、21世紀になるともっとこの比率は高くなると思いますので、途上国の人間が世界の総人口の大半であるということを踏まえておく必要があろうかと思います。

 2点目として、21世紀の世界を考える上で、途上国にとって、あるいは途上国に関わるものにとって極めてグルーミーな、明るい展望を持てない状況を覚悟しておかなければいけないということだと思います。1つは、従来から言われていますグローバル・イシューという、いろいろな世界全体で直面しているような難しい問題がなお深刻化していくだろうということです。貧困、新しいタイプの伝染病、難民の問題、内乱の問題など、いろいろな新しいグローバル・イシューが深刻化していくだろうと思います。

 それに加えまして、私どもが今議論しているグローバリゼーションというものが、もちろんプラスの面とマイナスの面とがあり、そのマイナスの面が途上国にとって非常に大きな問題になっていくだろうと思います。1つは、よく言われていますグローバリゼーションの中で途上国が阻害されていく、マージナライズされていくという問題。2つ目として、マージナライズされなかった途上国の場合は、今度はいろいろな新しいタイプの金融的なリスクに直面せざるを得ない。

 このような状況を考えてみますと、21世紀は相当ハイ・リスクの時代になっていく。途上国にとって、あるいは途上国の問題に関わる人間にとってハイ・リスクの時代になっていくとすると、経済協力、あるいはその中で、ODAとそれ以外の協力、モードとの連携がキーワードになっていくのではないかということで、連携というところに焦点を合わせております。基本的な認識はそういうことであるということを付け加えさせていただきます。

〔 部会長 〕 ありがとうございました。

〔 C委員 〕 今、現在行われている経済協力のあり方について、非常に簡潔、明瞭なご説明をいただきまして、どうもありがとうございました。今伺っていたところで、十分ご認識を伺えていないのでは、と思った点は、今、日本が様々な形で行う経済協力をやっていくことがなぜ必要なのかという切実感について十分ご議論が展開されているのだろうかという感じがしたわけであります。

 1980年代から90年代の初めぐらいの経済協力の議論だと、日本はこれだけ金持ちになったのだから、国際貢献をやって少しは応分の負担をしなければいけないといった観点が、経済協力の面でも言われることがあったと思うのですけれども、これから21世紀の初めのある程度中長期ビジョンといったときに、なぜ今日本は経済協力をやるのかということについて、もう少し切実な理由なり、あるいはもう少しポジティブな理由を打ち出す必要があるのではないかと思うわけです。

 これはA委員たちがご議論になっているときにも多分、この何年間かの経済協力に関して、そんなに増やす特別項目ではないのだという議論があったと思いますので、その辺は十分ご議論になっているのだと思うのですけれども、私は経済協力というのは非常に重要な、日本にとっての必要な政策手段であると思っておりますので、この正当化の理由を相当綿密に、積極的に出していかないと、なかなか重要な役割を果たしていくことができないのではないかと思います。

 例えば最貧国、後発開発途上国に対しての今度のケルン・サミットでの問題がなぜ起こっているか。そこには日本にとっての切実な利益はないのだけれども、人道的にかわいそうだからやるのか。私はそうでもないのではないかという気がします。グローバリゼーションという中で、発展途上地域に非常に莫大な人口が存在する中で、単に応分の負担というのではなくて、相当程度日本、あるいは先進工業国が一緒になって経済協力について効果的な面を作っていかないと、日本自身やアジアにとっても世界全体が大変住みにくく、危険になるという認識をもう少し強調することが必要なのではないだろうか。危険になるというのは、多分いろいろな意味があって、1つは安全保障面で危険になるという面もありますし、環境面、いわゆる地球的問題で危険になるという面もあります。経済協力についてもう少し国民に切実感を持ってもらうプレゼンテーションが必要なのではないかと思います。

 もう一つは、「ODA大綱」ができて、原則のところで、「環境と開発を両立させる」、「軍事的用途及び国際紛争助長への使用を回避する」、あるいはその次の「軍事支出、大量破壊兵器・ミサイルの開発・製造、武器の輸出入等」云々の、いわゆる政治的条件ということがここに書かれたことから、この7~8年を見ますと、日本政府は事実として政府開発援助をかなり政治的に使ってきているわけです。核実験を行った国で、中国に対しては無償援助を凍結しましたし、インドとパキスタンに対しては新規円借款の凍結をしているわけです。そうしますと、こういう経済計画の一環としての政府開発援助という面もありますけれども、政治的な対外政策の手段としての政府開発援助という面も存在して、この面をどのように考えるか。今後も非常に有用なものとして認識していくか。あるいは、短期の政治的なものに対してどのぐらい役に立っているのかといった評価も必要な時期にきているようにも思います。

 政治的な立場として政府開発援助を使うのは必要だと思います。現実にパニッシュメントとしてそれが本当に相手の国の政策を動かすかどうかということも、もちろんあればいいですけれども、そうでない場合は概ね政府開発援助を使うということは、日本のポジションやアイデンティティーといったもののために使われている場合が多いわけです。これはこれで必要なのですけれども、とりわけ必要なのは、その辺のバランスです。何が何でも日本人が気に入らないことをやったら直ちに援助を止めろという話になるのでは、政策としてニュアンスに欠ける面があるし、ほかの政策目標との兼ね合いもあるということで非常に難しい問題があります。その辺りのやや政治的な面についても、政府開発援助、あるいは経済協力の今後を考えると考慮していく必要があろうかと思います。

〔 D委員 〕 私はこの分野に関してはあまり知識がありませんので、初歩的な質問を3つほどさせていただきまして、あとは最後に感想を申し上げたいと思います。

 質問の第1は、参考資料1の1ページですが、対外経済協力審議会というのが関係19省庁と書いてあります。これは大変数が多いと思うのですが、これに関して改善する余地があるかどうかということを1つ伺いたいのです。例えば今回の行政改革によって、審議会のあり方、あるいは関係官庁の数の削減など、それについて伺いたいのです。

 2点目は、6ページの資料7ですが、日本とほかの国の一番大きな違いは、日本の場合は明らかに経済インフラのシェアに重点が置かれ、ほかの国は大体社会インフラ、あるいはプログラム援助に重点を置いているように見えるのですが、これは確か日本のODAの理念や哲学を反映していると前に伺ったことがあるのですが、なぜ日本の場合は経済インフラに特に重点を置かれているのか。

 3点目は、日本の海外援助の場合、資金的には多いけれども、ソフトの面でいろいろ改善する余地があるということが一般的に言われていたのですけれども、この資料ではそういうことはあまり書かれていない。このソフトの面の強化というのは、人材やアイデアやプランナー、プランナーについては少し書いていますけれども、ソフトの面での改善は、相当満足された形でなされているからあまり触れていないのかということが3点目です。

 最後に申し上げたいことは、これはC委員のご指摘にも関係があると思いますけれども、日本の海外援助に関する理念や哲学をもう少し明確にはっきり書いていただければ、わかりやすいのではないかと思うことが1つ。

 もう一つは発信です。説明、悪くいえばPRなのですけれども、発信をもう少し、日本国内だけではなく海外に戦略の一環として、ぜひ考慮していただきたいと考えます。最近の例を申し上げますと、ある新聞記事を読んで驚いたのですけれども、香港にある研究所が、アジア・太平洋地域で仕事をしている外国のビジネスマン、欧米の人が多いと思いますが、 400人対象でアンケート調査をした。アジア通貨危機に対して、アジアの諸国がどれだけいい対策をとったか。その調査によりますと、最もいい対策をとったのが中国で、2番目がシンガポール、3番目が韓国。確か15ぐらいの国がありまして、一番最後がベトナムで、下から2番目が日本なのです。私の理解では、アジア通貨危機で最も援助しているのは日本なのですが、なぜこれだけ日本が評価されていないか。

 報告書そのものをまだ入手していないので詳しいことは知りません。単なる1つの例として、その新聞記事にしか頼っていないのですけれども、実態として日本は世界第一の金額を援助しているわりには、あまり評価されていないという印象です。そういう意味では、国内、あるいは国外へのPRを、説明よりは理念や哲学の明確な発信を、戦略の中の一環として考慮する必要があるのではないか。

〔 E委員 〕 3年ぐらい前、OECFの中期計画を考える委員会がありまして、その中に、国策、国益という言葉が大変たくさん使われていたのです。

 そういうことを問いかけないと、それは国民がわかりやすいとか、切実感があるといったことにならないと思うし、その点の問いかけが、むしろ3年前よりは希薄になっているという感じがします。少なくとも民主主義的に言うならば、49%の反対者が賛成せざるを得ない51%のコンセンサスぐらいは作り上げて、その前提でこれがコンセンサスなのだということで、メディアもエコノミストたちも学会も産業界も挙げて、その国策ということを頭に入れ、腹にしまった上で、いろいろな形で展開していくという、ほとんど全国民挙げての取組みをどう作っていくかということの方がはるかに重要なのだろうと思います。

〔 部会長 〕 最初の「経済協力のあり方」についての議論は、あと大体12~13分で終わりませんと第2の議題までいきませんが、今のところ、4名の委員がご発言になりたいということでございますので、できればお一人2分ぐらいでやっていただければありがたいと思います。最後に、C委員がご発言になった点についていろいろな方がコメントされているので、再び最後にA委員から、それについての総括的なご意見を、座長を務められたということですから、お話しいただければと思います。よろしくお願いします。

〔 F委員 〕 私も個人的には、国策や戦略性というものを出す部分と、人道的なものを出す部分とを明確に分けて、意識的に使っていくべきだと思います。ただ、これは言葉遣いが非常に微妙な問題です。

 経済大国も含めまして、いろいろな国が、いろいろな閣議決定なり、それに近いものを持っていると思うのですが、どういう目的意識でしているのか。それが効果の検証です。効果があったのか、なかったのか。この辺りはどのように国ごとに分析しているのか。目的と効果の分析。これをもしできましたら、各国比較でフィードバックしていただければ非常に参考になるのではないかと思います。

〔 B委員 〕 やや概論めいた話をやりたいと思いますが、グローバル化の中で援助の必要性ということは2つの側面からきていると思います。

 まず1つは、グローバル化が進展する中で、南南格差が非常に拡大しているということ。もう一つは、先進国側の財政の問題がかなり深刻化していて、援助、国際協力に使えるリソースが減ってきている。これが2つの大きな流れとしてあるわけでありまして、そういうものを受けて、どういう効率的な国際協力のシステムを組むかということを、恐らく21世紀の課題として我々は考えさせられている状況だと思います。

 その中で、南南格差の拡大にしろ、途上国の経済発展の促進にしろ、大きな意味での国際公共財としての国際経済システム、あるいは国際システムそのものの安定性をいかに我が国の立場から維持、発展させていくかという問題、まさにそれを突き詰めれば国益ということになるでしょうが、そういう大義のために援助政策というのはあり得るのだろうと思います。

 ただ、問題は、財政の問題からきているように、リソースが非常に限られてきているということ、もう一つは、中所得国の場合と最貧国の場合と当然条件は違うわけでありますけれども、途上国の発展にとって、経済発展の基本となる資源の移転をどう進めるか。リソースの足りないところをどうやって進めるかということであります。公的なフローがだんだん先細りになって、リソースをそうやって途上国に移転していくという、特に資金のリソースのトランスファーというのは非常に難しくなってきている。それともう一つは、中所得国のケースなどですと、リソースの必要な額が巨大になってきている。そういう幾つかの資源上の制約がある中で、ますます政府開発援助、ODAは、リソース・モビリゼーションに果たす馬力がなくなってきてしまう。馬力がなくなってくるが、民間のマーケット・メカニズムだけではリソースがうまく移転しない分野があって、むしろそこに特化していく。そういうことがこれから求められている国際協力のあり方であり、公的援助の役割であると思うのです。

 例えば東南アジアの諸国の場合には、財政は結構黒字であるにもかかわらず、インフラ開発のためのすべて自国でマネージするだけのスキルがないという問題があります。そういうカネ以外のノンマネーのリソース、人的資源、経営資源の不足という問題。それから、最近は非常に大きくなってきているリスクの負担の問題。それから、例えばNGOの協力なども盛り込まれていますけれども、グローバル化が進む一方で、ローカルな情報というのは意外にわかっていない。そういうローカルな情報不全をどうやって補うかという問題。さらに、参加型という議論で出てきていますように、セルフヘルプと同じ精神でありますけれども、自国の情報の不足や資源の不足をどうやって満たし、それを実現していくか、そういうモティベーションをホスト・カントリーに与えるということも必要になる。

 そういう意味で、リソースはますます限られるけれども、ノンマネーの資源不足の問題、マネーの資源不足の問題、リスクの負担の問題、情報の不完全性の問題、モティベーションを高めるという問題という幾つかの点で、公的部門のコーディネーションの役割が非常に重要になってきている。もちろんコーディネーションの役割というのも、実はトライ・アンド・エラーのプロセスにあって、なかなか我々の知識をそのまま移転すればよい、といったことにはなっていないわけであります。

 それから、民間と公的部門の役割分担です。例えばリスク負担などもそうですが、そういうときにどういう役割分担のルールを作るのか。そこをクリアしないと、援助の効率化、あるいは財政の問題、リソースの不足の問題を前提にした公的な国際協力の枠組みは考えられてこない。それがグローバル化の流れの中で要請されている国際協力のあり方につながってくると思うのであります。

 その辺が、例えばプランナーの問題や、幾つかの援助形態、国際協力の形態の中のハーモナイゼーションの問題ということで整理されなければいけない。そういう問題が今ここに書かれていることでもあり、我々が部会で、ワーキンググループの中で議論した問題であります。

〔 G委員 〕 資料1の4ページのNGO等の役割として、「国民参加型の援助の推進」と書いてございますけれども、これは非常に重要なことで、もっと強調されていいのではないだろうか。2ページに「経済協力の方向」ということが書いてございますが、このペーパーの中で言えば、この「方向」の総論に入れるような事柄ではないだろうかと思います。経済協力というものをもっと国民に身近なものとすることが重要ではないか。これは日常の生活の中で感じるのです。もちろん経済戦略をもって経済協力をすることが前提でございますけれども、それには日本のNGOをもっと強くすることが必要である。

 日本のNGOは、国際機関ともっと協力していろいろな仕事ができるようなNGOを強くすることが必要なのだろうと思っております。そして、日本のNGOがもっと一般の個人の資金を動員、吸収できるようなシステムを作っていく。もちろん税制等もありますが、そういったことを作っていくことが必要ではないだろうか。そして、日本の経済協力のGDPに対する比率を、ODAやNGOなどに集まったお金を合わせて大きくしていく。ODAをさらに大きくというのは、なかなか財政の面で難しいでしょうけれども、民間資金をもっと吸収すること、国民がそれに参加していくことがこれから10年の日本の大きな課題ではないだろうかと思っております。

〔 H委員 〕 アジア通貨危機の議論で最近よく言われているのが、アジアはドル・リンクで、アメリカはアジアのものを買ってくれるけれども、結局日本は買ってくれないという議論があります。それがアジア通貨危機の背景の一つだったという議論があります。21世紀の経済協力ということまで展望するのだったら、日本は実際にアジアからモノ、あるいは労働力を買うとか、そういった視点の議論をしていかなければいけないのではないかと思います。

〔 部会長 〕 ありがとうございました。皆さんからご発言があったことを一々まとめるつまりは全くありませんし、時間もありませんので、事務局の方で、今日のご発言をこれから最後にレポートを書くときに織り込めるものは織り込んでいただきたいと思います。

 ところで、A委員にご発言いただく前に、確かD委員から具体的なことでご質問がありましたので、簡潔にご質問にお答えいたたければありがたいと思います。

〔 事務局 〕 それでは、D委員から3点ご質問がございました。

 まず1点、対外経済協力審議会。これは中央省庁再編、行政改革の中では廃止されることになっております。

 それから、19省庁、極めて多いのではないかということですけれども、これはそれぞれの官庁が技術協力、特に専門家を派遣したり受け入れたり、そういう関係がどの省庁にもありますので、結局全省庁になっているわけでございます。経済協力中心にやっているのは、外務省、私ども経済企画庁、通産省、大蔵省などが比較的関わり合いが多くて、これまでもやってきたわけですし、中央省庁再編後もそれぞれの役割で担っていく必要がある。経済企画庁の方は内閣府の方に移行することになっておりますけれども、全体的な経済財政政策その他、国全体の基本政策と関係するわけですから、それなりの役割を担っていく必要があろうかと思います。

 2番目の経済インフラのウェイトが多いということですが、これは歴史的経緯もございまして、日本は円借款のウェイトがほかの国に比べて多いわけでございましす。円借款の中では、最近、環境などいろいろな分野に広がっておりますけれども、伝統的にいわゆる経済インフラ、道路を作ったり港湾を作ったり鉄道を作ったり、そういう部分がまだ比較的相対的にはウェイトが高いということもございまして、全体的に見ると経済インフラのウェイトが高くなっております。

 3番目に、ソフト面の役割ということで、これは非常に重要な点であると私どもも認識しているわけでございまして、少しずつは改善しております。例えばコンサルティングにいたしましても、欧米系のコンサルティング会社の方が非常にエフィシェントで、まだまだ日本の会社に比べて活躍しているという面がございます。これは言葉の問題などございますけれども、分野によってはかなり伸びてきている点もございます。

 いずれにしても、人材も含めて、まだ経済協力の層は必ずしも厚くないわけでございます。この点は非常に重要ですけれども、すべて書くと全く総花的になってしまうということで、今回はプランナーのことだけしかメモでは書いていないということでございます。

〔 A委員 〕 C委員から、ODA大綱の原則の運用、政治的手段としてのODAという面、ご発言いただきましたが、運用のあり方、あるいは手段としての使い方については、私は基本的にC委員がおっしゃったことと同感です。というのは、7ページの資料8の2の「原則」の前文に書いてありますように、日本のODA大綱の原則は、いろいろな制約条件、留保条件をつけながら、政治的コンディショナリティーという役割を担っている。国連憲章の諸原則、特に内政不干渉の原則ということと、総合的に判断という、この辺のキーワードが留保条件の中核だと思います。かなりソフトな政治的コンディショナリティーといえるものだと思います。

 これが92年にでき、それ以降の運用ぶりを見ますと、いろいろな普遍的な理念や、日本の国益、あるいはアイデンティティーを総合的に判断しながら、全体として言うと、かなりうまく運用してきているという感じはいたします。ただ、徐々にソフトな政治的コンディショナリティーからかなり思い切った手段として使うようになっているという変化はできていると思います。この辺、非常に新しいテーマでもありますし、重要なテーマでもありますので、引き続き検討していくべきことだと思いますので、大変心強いご意見だと受けとめました。ありがとうございました。

〔 部会長 〕 まだいろいろご意見があろうかと思いますけれども、時間の関係で次の議題に移りたいと思います。

 続きまして、「グローバリゼーション部会報告スケルトン(案)」につきまして、事務局からご説明をお願いいたします。

〔 事務局 〕 それでは、お手元にお配りしてございます資料2と資料3に基づきまして、スケルトン(案)のご説明をさせていただきたいと思います。

 その前に、資料2の前につけてございます「経済社会のあるべき姿と各部会報告スケルトンについて」というメモ書きがございますので、恐縮ですけれども、ご覧いただきたいと思います。

 現在、経済審議会の各部会におきまして、「経済社会のあるべき姿と経済新生の政策方針」の策定に向けて検討を進めているところでございます。先般この部会でもご紹介しましたように、基本理念委員会、企画部会の名におきまして、基本的考え方について大きな方向づけを示した『「経済社会のあるべき姿」を考えるに当たって』というペーパーをまとめて先だって公表し、広く国民の意見を求めるという手続きをとったところでございます。今後、国民からの意見等をもとにしながら新しい経済計画の目標としての「経済社会のあるべき姿」が最終的に明らかにされていくということになろうかと思います。

 各部会の報告は、基本的にはこの最終的な「経済社会のあるべき姿」を前提として取りまとめられるべきものではないかと考えられるわけでございますが、スケジュールの関係もあって、本日ご議論いただきますスケルトン(案)は、先般公表されました『「経済社会のあるべき姿」を考えるに当たって』を前提として準備されております。したがいまして、今後、最終的な「経済社会のあるべき姿」が明らかになるに伴いまして、当部会報告の構成、内容については、本日のスケルトン(案)と異なったものにすることが必要になる場合もあり得るということでございまして、その点、念頭に置いていただければと存じます。

 それを前置きにいたしまして、資料2、資料3に基づきまして、当部会の報告スケルトン(案)について簡単にご説明いたします。当部会の報告のスケルトンは、6つの構成にしたらいかがかと考えております。1ページの上の四角に書いておりますような6つのポイントにまとめては、ということであります。

 最初は、「グローバリゼーションの進展と国民経済」ということで、現状認識をまとめております。(1)で「グローバリゼーションとは何か」ということで、グローバリゼーションの定義をここで考えております。経済的な側面から、様々な経済主体が効率性の追求を全地球規模で行うようになることといった定義で考えたらいかがかということであります。また、グローバリゼーションの推進力については、冷戦構造の終結、貿易・投資の自由化、高度に発展した情報通信技術等が考えられるということであります。(2)では、「グローバリゼーションの進展と我が国経済社会の変化」として、我が国への影響をまとめております。(3)として、「グローバリゼーションの進展と世界経済の変化」ということで、世界への影響をまとめております。それが全体の話の導入部です。

 2番目で、「21世紀の我が国経済社会の姿-我が国が目指す方向」ということで、目指すべき姿をまとめております。これは世界における我が国の役割、アジア地域での役割、国内の姿という3つの観点からまとめております。

 (1)が、「世界経済の発展と安定化を積極的に促進するコア・メンバーとしての役割」ということで、世界の中での日本の役割をまとめております。2010年頃の経済の展望ということでは、引き続き我が国は世界の主要な国であり、それにふさわしい世界的な制度設計等における役割を担うことが重要であるということであります。企業活動面、あるいはそれにとどまらず、文化的、社会的活動面でも、世界へ貢献する活動を拡大するといった姿を考えたらいかがかということであります。

 2ページにまいりまして、(2)として「世界経済のコア・メンバーとしてのアジア地域における役割」ということを考えております。また、アジア地域の中で考えましても、2010年頃における我が国の経済規模は、NIES、ASEAN、中国にインドを加えたものに匹敵するぐらいであるということでございます。こういうアジアの中での我が国の位置付けを踏まえまして、世界経済の主要な地域が域内統合を通じて一層の自由化を進めると予想される中で、アジアの各国間での制度調和等を通じて、域内の経済自由化のモメンタムを維持・高揚する指導的な役割を担うということを考えております。

 また、アジア危機、ないしそれに類似した危機への対応といたしましては、我が国が単なる緊急避難的な支援のみならず、長期的な域内諸国の成長、発展を念頭に置いた経済活性化方策策定と実施に中心的な役割を担うことが引き続き求められるであろう。また、アジア通貨金融危機の世界への伝播を防ぐという我が国の役割も重要であるという認識であります。

 (3)で、これは我が国のあり方ということでありますが、「グローバリゼーションの中で「豊かで開かれた経済社会」を創造」していくということですが、これはまた後ほど触れますので、ここでは省略いたします。

 3番目に、「21世紀初頭の世界経済-リスク要因とその対応-」ということでまとめております。(1)「考慮すべきリスク」としては、6つ挙げております。

 【1】食料、一次産品問題として、価格変動のリスクが考えられるわけですが、供給面では、世界の気象変動、輸出国の輸出余力の変動に起因するような影響。需要面では、開発途上地域の高度成長に伴う需要拡大等があろうかということであります。

 【2】エネルギー問題としては、同様に価格変動で、供給面では産油国・地域の政治的混乱等の問題。需要面では、同様に開発途上国の需要拡大等が考えられるわけであります。

 【3】国際通貨・金融問題につきましては、アジア危機に代表されるような非常に大きな通貨・資産価格の変動のリスク。こういうことがまた起こる可能性がどの程度あるかということであります。

 【4】難民問題として、開発途上地域からの経済的、政治的理由による難民発生のリスクをどの程度のものと考えておくかということです。

 【5】情報通信技術問題として、情報通信ネットワークの技術がどんどん整備されているわけですけれども、一方で制度がそれに追い着いていかないというところもあり、そういった問題に伴うシステミックリスクが存在する。例えば2000年問題などをどの程度考えるか。あるいは情報テロといったことも最近話題になっておりますが、そういったリスクをどの程度ととらえておくかということがあります。

 3ページにまいりまして、【6】地域紛争、政治問題として、今もヨーロッパの方では紛争が起こっているわけでありますが、地域紛争による経済活動への影響をどの程度考えておくかということであります。

 (2)の「リスク要因への対応策」として、今申しました6つについてどのように対応を準備しておく必要があるのかということでございます。この点については、資料3の「グローバリゼーション部会スケルトン案に関する追加論点ペーパー(案)」の第1番目に挙げております。このリスクの問題については、これまで当部会であまりご議論いただく機会がなかったので、この機会に、それぞれ6つ挙げたリスクの妥当性、これでいいのかどうか、このリスクが現実のものとなる蓋然性、発生した場合の深刻さをどのように考えておくべきかといった点について、ご意見をいただければと考えております。

 資料2に戻りまして、4として、これ以降、先ほど21世紀の姿として挙げましたそれぞれについて具体的に項目立てをしております。「世界経済の発展と安定化を積極的に促進するコア・メンバーとしての役割」ということで、まず(1)「21世紀の貿易・投資体制構築とWTOの新ラウンド」と書いております。新ラウンドが始まることが予想されるわけですが、その中で、保護主義が台頭することを防止して、世界的な自由貿易体制の維持に努めること、あるいは国際的な投資ルール、競争制度等の整備と透明性の確保等においてリーダーシップを発揮していくことが必要ではないかということであります。

 (2)で、「21世紀の新しい国際通貨・金融体制の構築」ということで、そのシステムの構築について積極的に貢献していく必要があるということを書いてございます。具体的な事項としては、国際通貨金融体制の改革、先進国の機関投資家のリスク管理改革、あるいは途上国、市場経済移行国の自由化プロセスの改革の支援等が考えられるということであります。

 4ページにまいりまして、(3)に「対外的な情報発信の在り方」ということを書いてございます。対外的な経済的な活動だけではなく、文化的、社会的な活動の面でも我が国からの多面的な情報発信を積極的に拡大することが必要という考え方でありまして、具体的事項として、国際コミュニケーション手段としての英語、日本語のとらえ方。それから、情報発信の中身の問題になりますけれども、経済社会データ、情報の集積・発信拠点の設置を通じた知的蓄積の推進ということを挙げております。

 この論点につきましては、これまであまりご議論いただいておりませんでしたので、資料3の「追加論点」のところで、2番目の論点としてご提示してございます。「対外的な情報発信の在り方について」として、最初に、(国際コミュニケーション手段としての日本語について)ということを書いてございます。コミュニケーションの手段としては、英語がもちろん広く用いられておりまして、これに対応して、我が国の国民の英語によるコミュニケーション能力を高めることが当然必要とされているわけでありますが、一方で、我が国の情報の対外発信、あるいは諸外国における我が国に関する理解等を促進するためには、国際的に日本語の利用範囲を拡大することも必要ではないかという考え方であります。もしそれが必要であるとして、その場合にどの程度の目標、例えば諸外国の外国語教育における日本語選択比率を高める、日本語の公用語としての範囲を拡大するといった目標を設定して、どの程度の費用をかけることが望ましいのだろうかということでございます。この点について、ご意見をいただければありがたいと思います。

  また、(対外的な情報発信の内容について)という点でございますが、コミュニケーション手段としての言語の選択だけではなくて、発信する情報の中身も重要になるわけであります。具体的には、日本の文化、政策、出来事といった国内の情報を発信することだけではなくて、世界的な課題に関するデータ、情報、見解を求めて諸外国から我が国に対してアクセスしてくるような状態を生み出す必要があるのではないか。少し高い目標ということになるかもしれませんが、そういう状態を作り出していく必要があるのではないかということであります。我が国の経済社会が、このような「世界のシンクタンク」というべき集合体になるためには、基本的には、個別コンテンツを発信する個人や組織の能力にかかっているわけでありますけれども、このような社会を醸成するために政府として取り組むべき課題はどういうものがあるのか。また、こうした機能を発揮する阻害要因があるとすれば、それはどのようにして克服できるのかといったことでございます。こういう点についてご意見を伺えれば、まとめる際に非常に参考になると考えております。

 次の世界との関わりでは、(4)として「地球環境問題への対応」ということを書いております。この点についても、当部会で突っ込んだご議論をいただいたわけではこざいませんけれども、課題と、それへの我が国の対応のあり方ということを、基本的な点についてまとめたいと考えております。

 (5)は、今日前半ご議論いただきました「新たな国際経済協力の在り方」ということで、本日の議論も踏まえながら、まとめていきたいと考えております。

 次の柱が、「我が国のあるべき姿」の2つ目ということになりますけれども、5「世界経済のコア・メンバーとしてのアジア地域における役割」ということでありまして、まず(1)で「WTO補完的なアジア地域における貿易・投資の自由化、制度調和の推進」ということを挙げております。アジア地域内における貿易・投資の自由化に向けたモメンタムの維持・発展、あるいはアジア地域において、民間の直接投資が主導する経済発展の流れを加速するための制度設計支援と調和の促進。長期的には、我が国との間に自由で開かれた共同市場を形成することを念頭に置いた二国間協力等の促進ということを内容としてまとめたいと考えております。具体的事項としては、例えば【2】で、日韓等の二国間における共同市場形成に向けた作業といったことも書き込んでいきたいと考えております。

 (2)は、「アジア地域における通貨金融危機防止への枠組み作り」ということでありまして、地域的に流動性を融通する仕組みを強化することや、国際的な資本移動のモニタリングを実施するといったことを通じて、IMFのグローバルな危機管理を積極的に補完していくということを考えたいということであります。

 5ページにまいりまして、6番目、これは我が国の経済社会、グローバリゼーションの中での国内のあり方ということでありますが、「「豊かで開かれた経済社会」を創造するための構造改革」ということを挙げております。(1)は「規制改革の推進と魅力的な事業環境の構築」ということでありますが、この観点からは、ここでの議論も踏まえながら、構造改革推進部会というもう一つの部会がございまして、そこで具体的な方策については取りまとめを行うことにしております。

 (2)で、「企業風土と勤労意識の多様化」ということを書いてございます。特に外資系企業の参入を拡大する条件を整備する。さらに、外資系企業の導入、拡大ということで、企業の多様化、働き方の多様化が生み出され、異質なものが共存する「開かれた社会」への基礎となるという考え方を出していきたいということであります。

 最後に、(3)として「移民・外国人労働者問題への対応」ということを書いてございます。グローバリゼーション、あるいは少子・高齢化、さらには人口減少という大きな潮流の中で、これから21世紀において我が国が様々な環境変化への適応能力を向上させ、国民福祉の向上と地球社会への貢献という課題に応えていくためには、移民・外国人労働者の積極的な受入れについて検討を進めることが望ましいという考え方でございます。

 特に、グローバリゼーションの進行に伴い、世界的なレベルで大きな状況変化が様々な形で起こってくることが予想されるわけですが、こうした事態への我が国の適応能力を高めるためには、我が国経済社会をより開かれたものとし、その内部に多様性の芽をはぐくんでおく必要があると考えられる。こうした観点から、移民・外国人労働者の受入れ拡大は、我が国経済社会の多様性を増すという面での役割を果たすことが期待されるということ。また、専門的、技術的労働者につきましては、我が国企業活動の効率化、高付加価値化等に資すると考えられるということでございます。

 こうした考え方に立って、次の諸点について検討を進め、国民的コンセンサスを形成していくべきであるとして5つ挙げております。具体的事項として、【1】移民の受入れ、【2】専門的・技術的職種の外国人労働者の受入れ、【3】その他の職種の外国人労働者の受入れと入国管理制度の機能強化、【4】外国人に対応した社会保障制度と地域における社会的統合の促進、【5】アジアにおける国際労働力移動に関する連携の強化といった点でございます。また、この問題については、我が国の社会のあり方に大きな影響を及ぼすということで、国民各層での十分な議論が必要でありますので、政策決定に至るプロセスをできるだけ透明にして、十分な情報開示を行いながら検討を進めることが必要ということでございます。

 以上のような形で報告をまとめていきたいと考えておりますので、いろいろご議論いただければと思います。

 それから、参考資料2に、先ほど申しました「考慮すべきリスク要因について」ということで準備してございます。時間の関係で省きますけれども、図表1~3までが、食料問題についての参考資料。図表4~7までが、エネルギー問題に関する参考資料。図表8が国際的な通貨金融問題。図表9が難民の問題。図表10~12が、国際的な情報・通信技術の問題。図表13が、地域紛争の問題に関するそれぞれ参考資料を添付してございますので、ご覧いただければと思います。以上でございます。

〔 部会長 〕 ありがとうございました。

 それでは、審議に入りたいと思いますが、その前に少しご報告申し上げたいのは、I委員が今日ご欠席ですが、「グローバリゼーション部会報告スケルトン(案)」についてご意見を提出されております。もう一つは、H委員から、前回話題になりました外国人労働者の問題について関係のある「労働コストの変化と新しい時代の働き方」というペーパーをいただいておりますので、それもご参考にしていただければと思います。

〔 J委員 〕 どのリスクが大きいかということと、コミュニケーションとしての日本語の役割の話だけ、少しコメントをさせていただきたいと思います。

 リスクはどちらが大きいかということですけれども、地域紛争やユーゴスラビアの問題が今非常に大きくなっていますが、それに比べて、むしろ食料問題はかなり大きいという気がしています。人間が、あるいは大衆が騒動する理由として食料問題は大きいという面もありますし、先ほど伝染病や新しいコンテージョンが発生したらどうなるかという問題を取り上げられましたけれども、もし食料状況が悪化した場合に、いろいろな難民問題が発生するため、この問題はかなり大きいという気がしています。

 それ以外は、金融問題も大きいかと思いますけれども、一番心配しているのはエネルギー問題と環境問題です。この環境問題とエネルギー問題の密接な関係を忘れて書いたら批判されるのではないかと思います。

 それで、コミュニケーションのところですけれども、これは言葉の問題よりも、論理の構造の問題の方が大きいような気がします。日本語の表現のやり方と英語の表現のやり方とはかなり違っています。ですから、英語能力をもっとアップさせるいうことよりも、むしろ外国人と話すときに、どのように論理構造を整えて話すかといった講座を学校で作ったらどうか。

〔 K委員 〕 国際コミュニケーション手段としての日本語を海外でももっと利用範囲を広げる云々という話があるのですけれども、私が思うには、それはほぼ無理ではないかという気がします。例えば通貨としての円という話も以前ありましたけれども、みんなが使うからコミュニケーションとして使えるわけなので、無理やり増やしていくというのはかなり無理があると思います。

 インターネットなどは今は世界中で使われていますが、すべて英語で書かれていて、もともとフランス語でインターネットはできたものであったけれども、結果的にアルファベットだけで書ける英語でデファクトとなりましたし、コンピュータ言語や機械語などはすべてアルファベットで書かれているわけです。そういった形で、すべて簡単な道具としての英語が浸透しているので、日本語を海外で使われるようにするよりも、言語というよりも、手段としての英語が日本でもっと教育されていくようにした方が早いという気がいたします。

 それから、個別コンテンツを発信できるような個人や組織の能力にかかっているという話なのですが、まず、海外から日本に、日本を世界のシンクタンクと見ていろいろなアクセスがくるという状況になる前に、まず日本の中でいろいろな考え方が自由に作られて発表できるような風土ができないと、海外から日本にアクセスすることはないように思われます。それに関しては日本はいまだ、ラインとスタッフで比べますと、ライン的な発想が極めて強く、なかなか新しい考え方や自由な考え方が表に出にくいといった部分があると思いますので、そういった部分からまず直していくことが一番重要ではないか。そういったことが民間の世界でより活発に行われるようになるためには、民間企業の作られ方というのも、監督官庁等の作り方に似せている部分が随分あると思いますので、まず官庁の方からそういったものが変わってくると、民間の方も変わるのが早いのではないかという気がします。

 それから移民の話なのですけれども、これは私の語感に若干問題があるのかもしれないのですが、5ページに「移民・外国人労働者の積極的な受入れについて検討を進めることが望ましい」とありますけれども、これはそういう移民等の検討をまず進めるべきであるという感じに読めるのですが、下の方にありますように、これは大変大きな問題なので、まずそういうことに関して、国民の中で本当にそういうコンセンサスがあるのか、ないのか、そういったことをまず確認し、その上で具体的な検討を進めていく、そういったニュアンスでないと、若干雰囲気が違うのではないか。

 最後に、同じ部分で、「我が国の経済社会をより開かれたもの」とするために、「多様性の芽をはぐくんでおく必要がある」という話なのですが、それはまさにそのとおりであって、その部分は検討すべきだと思うのですが、その際に、これは前にも申し上げましたけれども、外から人を入れるだけではなく、もっと日本人を積極的に海外に出していくような形で考えるというのも大変重要ではなかろうかと思います。日本語しかしゃべれない環境の中で、無理やり日本語をしゃべれるようになった人を外から招くよりも、日本人が頑張っていろいろな言葉をしゃべれるようになって、その国に行っていろいろな文化に触れてきて、また帰ってくるという形の方が、ある意味では多様性の芽をはぐくめるのではないかという気がいたします。

〔 G委員 〕 5ページの移民・外国人労働者問題について申し上げたいと思います。今、K委員のおっしゃったことと重複する点もあるかもしれませんけれども、「国民福祉の向上と地球社会への貢献という課題に応えるためには、移民・外国人労働者の積極的な受入れについて検討を進めることが望ましい」と書いてございますが、この前も申しましたように、外国人労働者を受け入れることが福祉の向上になるのか。高齢者や女性の雇用の問題、あるいは労働市場の二重構造化など、こういった面からみるとマイナス面があるわけであります。

 また、国際貢献という面で、外国人労働力を入れれば国際貢献になるのか。OECDなどでは、そうではないと言っております。むしろそれぞれの国に雇用を作ること、投資をすること、あるいはODAを強化することが一番大事なことなのだということが言われているわけで、外国人労働者を入れることが国際貢献にむしろならないといった議論もあるわけです。

 したがって、プラスの面とマイナスの面の両方をよく書いて、そして、今お話しのように、これを国民がこれからこの計画にかけて真剣に議論していくということが私は必要ではないかと思っております。したがって、外国人労働者を入れるということに立って、国民的コンセンサスを形成するというのではなくて、両論を国民に提示し、国民に議論してもらうということが必要ではないかと思っております。

 それから、ここにある「専門的・技術的労働者」については、むしろ積極的に受け入れていくということをどんどん打ち出していくべきでございます。なかなか来てくれないという点があるわけですから、そういう方々が来られるようにする条件を整備していくということで、議論するのではなくて、どんどん推進していくべきではないだろうかと思います。

 難民の問題は、これは別でございまして、難民は、そういう事態になったときは日本は積極的に受け入れていくという姿勢を打ち出していくべきだろうと思います。私どもはベトナムの難民の方々のことで若干の経験をしたわけでございますが、まだまだ経験が浅いわけです。そういった経験も踏まえながら、積極的に受け入れていくという姿勢を打ち出していくべきではないだろうかと思っております。

〔 D委員 〕 3点ほど短く申し上げたいと思います。

 第1点は、コミュニケーションの問題なのですが、これは大変重要な課題だと思います。、英語を日本で普及させるのと、日本語教育を外国で援助することは、どちらの方が重要かといいますと、私はむしろ日本国内で英語の教育を、単なる情報収集だけではなく、表現、あるいは発信のために、重点を置くべきだと思います。

 しかし、K委員も言われたように、日本語というのは大変難しいものです。例えばフランス語の6倍、ロシア語の2倍時間がかかる。少なくとも英語が母国語ではそうであるという研究結果もありますけれども、逆に考えますと、それだけ難しいからこそ人為的に援助をしなければ日本語を勉強する人はあまり外国では出てこないのではないか。バブルの80年代の終わりや90年代の初めは少し例外的なのですけれども、そういう特別なインセンティブがなければ、日本語というのはあまり外国では普及しないということもあります。そういう意味では、私は逆説的には日本語の教育の援助もある程度はしなければ、と思います。

 英語に関して、論理構造が日本が外国と接触する場合に大変重要だと思うのですけれども、私は日本語の教育の中でそれを入れることがはたして可能なのかという疑問があります。いわゆる使い分けになってしまうと思いますけれども、日本の国内では日本語であいまいで以心伝心のコミュニケーションをしていて、外との接触はむしろはっきりした論理構造を明確にした形のコミュニケーションが有効ではないかと思います。アメリカ国内においても、いわゆるクリティカル・シンキングという形で、もう15年ぐらい前から、論理を明確にするということを中学、高校、大学でも相当勉強しているわけなのです。それが第1点の情報、コミュニケーションに関する意見です。

 第2点目は、「豊かで開かれた経済社会」ということなのですが、この言葉そのものは大変美しい言葉で、一般論、あるいは総論的には多分誰も反対しないと思うのですが、私が考えるに、これは何らかの形の具体的な指標、あるいは基準や目標を設定しなければ、単なる美しいアイデアで終わってしまうのではないかと思うのです。

 具体的に申しますと、例えば直接投資額をどれだけ増やすかという努力目標です。日本に投資するためのどういうインセンティブがあるかということに関して、何らかの形で目標を立てることが一つの重要なポイントだと思います。例えば一つの例を申し上げますと、中曽根政権の時、留学生を2000年までに何人入れるといったことです。残念ながらその目標は達成されないわけですが、そういう具体性をもう少し盛り込まなければ、抽象的な総論的な話で終わってしまうのではないかという懸念があります。

 最後に、「世界のシンクタンク」ということなのですけれども、私はこれはいかがかなと思います。それは、日本に関する情報について本、資料、あるいはインターネットなど、いろいろな形で日本に関する具体的な情報を発信することは可能だと思うのですけれども、世界のシンクタンクという考えになりますと、いわる一枚岩的な、むしろ多様性を否定するような形の情報発信になってしまう危険性があるのではないかと思います。

 特に、これは一つには民間がやるか、あるいは公共的にやるかにもよると思いますけれども、むしろ私が今感じることは、日本においてはなぜ経営コンサルティングが育たないのかという一つの理由は、中央官庁がその役割を果たしていることだと思います。ですから、今、日本ではコンサルティング産業の民営化が少しずつ実現されていると見ているのですけれども、それと同じように、シンクタンクという構想そのものが、あまりにも一枚岩的な発想に結びつく危険性があると思います。むしろ多様性を尊重し、競争や議論を促進するためには、ほかの表現を使った方がよろしいのではないかと思います。

〔 E委員 〕 2つだけ。1つは、4ページの5の(2)「アジア地域における通貨金融危機防止への枠組み作り」ですが、ここに書いてあることはそのとおりなのですけれども、この線に沿って新しくインスティテューショナライズしていくアジアのための危機管理を作っていこう、あるいはそれを重要な課題として検討を続けようというぐらいのところまで踏み込んでいただけたらと、これは希望ですが、思います。全体の構造、あるいは枠組みとしては、このとおりで結構なのだろうと思います。

  日本語について一言だけ。ASEANにおいて、はやり廃りはありますけれども、日本語を学びたいという向こうの人たちのボランタリーな欲求は、実はかなり無視できないぐらい強いのです。それに対して、日本はどういうことをどのように応えているか。ほとんど組織だった公的な格好では応えていません。現場で何をしているかといえば、日本人会が、国語の先生をやったことのあるような奥さんを動員したりして、これまた全くボランタリーでやっているわけです。べつにアリアンス・フランセーズだゲーテ・インスティテュートだブリッテッシュ・カウンシルだとは言いませんけれども、あのぐらいの予算規模のものを日本語のために延々と使い続けるというのは、非常に大きな国策としていいのだろうと思います。

 もう一言。世界のシンクタンクという言い方は一枚岩的であって、多様性を否定するのではないかというD委員の意見は、私はとりません。そんなことはないのではないか。

〔 B委員 〕 3点申し上げたいと思います。

 まず最初に、グローバリゼーションの部会なのですが、リスクのファクターとしてもありますし、今の教育や言語の問題でも出てきているわけですが、グローバル化の片方でリージョンやローカリティーというものとのコンフリクトはこれから大きくなってくる可能性が一つあると思います。それは、文化の構造や論理の構造というのはいろいろな多様性がありまして、そういうものはたった一つに収束していくのは非常に難しい。そういう問題はこれからも残ってくるだろうし、それがリスクのファクターになる場合もあるだろうし、文化の構造というのはある程度は相対的なもので、それはお互い認め合わないとうまくいかないということもあるのだろうと思います。

 第2点は、それに関わるのですが、今例えばアジアの経済危機に対して、IMFの危機管理政策に対する批判がかなりあり、もちろん全体としての通貨体制の構造改革、アーキテクチャーの再構築という問題は長期的には検討されているわけですが、危機管理のあり方として、いわばトリピカル・ストラクチャーにまで踏み込んだ形の構造調整のあり方をマルチの機関がやることに対するチェック・アンド・バランスはどうなっているのかという問題がある。それはある意味ではリージョナルな、ローカルな、あるいはナショナルな、そういう側面からのチェック・アンド・バランスである必要があると思いますし、そういうシステム化も、例えば日本が一つそういう問題意識を持ってグローバリゼーションの時代に対処するということも必要なのではないかなと思います。

 第3点は、「豊かで開かれた経済社会を創造するための構造改革」。最後の6番目のポイントで書かれていることでありますけれども、これについては、グローバリゼーションを前にして、日本がこれから21世紀に向かって進んでいくときの一つの重要な目標は、一人当たりにどれだけ所得なり豊かさなり資産なりが成長していくか、ということだろうと思うのです。そうしますと、それは結局何によって達成されるかというと、人口の増加率は大して高く望めないわけでありますし、資本の蓄積も戦後のようなプロセスでは進みようがない。そうすると生産性が上昇する以外にないわけで、その生産性を上昇させていくためには何が必要かということなのですが、2つあると思います。まず1つは、移民の受入れということはむしろ生産性の成長のモチベーションを損なうと思います。いわばそういうアンスキルドレイバーが不足して、そこに対して、日本がそういうリソースで相対的に不利な状況にあれば、それを節約するような技術改革なり、生産性の上昇のための投資なりをするモチベーションを与えることが必要であって、現状で比較優位を固定するような形の政策は基本的には間違いではないか。これはむしろ中長期の議論かもしれませんが。これは必ずしも受入れ国にとってだけの議論ではなくて、送出し国にとっても、それぞれの送出し国の雇用を確保し、そういうモチベーションを尻抜けさせガス抜きしてしまう。そういう意味では、送出し、受入れ、両方の国にとって生産性を高めていく、豊かさを増進させていくという面では、一人当たりの所得、成長のエンジンである生産性の上昇のためには、むしろアンスキルドレイバーが足りなくなって、それに対する生産構造の対応があった方が、結局日本が比較優位の梯子の下から上へだんだん上がっていくということであって、長期的には望ましいことではないかと思います。

 それに関して言えば、言語の話などが出ていますけれども、生産性の上昇の基本は何かといいますと、人材の育成であるわけです。人材の育成、例えば言語能力、コミュニケーション能力の問題が今議論されているわけですけれども、そういうことがあまりここに書かれていなくて、もっぱら移民の話になっています。「豊かで開かれた経済社会」、特に国内向けの構造改革政策はどうあるべきかというところでは、教育という問題、あるいはグローバルに学問的な貢献に対して日本がどれだけ寄与できるか、といった視点がないとまずいのではないかと思います。

〔 C委員 〕 まずスケルトンの構成ですけれども、大体こんなところでよろしいのではないかと思います。

 2番目、リスクの件で言いますと、私随分前に言いましたけれども、政治的な面や地域紛争で言えば、その経済的リスクは計算したら面白い、あるいは必要だろうと思います。例えば日本の近隣諸国で軍事衝突が起きたら、これは一体どういう経済的コストをもたらすのかというのは、公表すべきかどうかはともかく、計算してみる必要はあるのではないかと思います。

 3番目で、これは皆さんおっしゃったことで、日本語の話なのですが、私は日本語についてはややナショナリストでありまして、世界の言語と言語の間というのはコンペディションだと思うのです。今、英語は大変流通していますけれども、べつにこれは過去からずっと英語だけが流通していたわけではなくて、言語の間のコンペディションがあると思うのです。その場合に、例えばウィンドゥズが85%ぐらいになったから、マックOSはもうコンペディションは勝負あったからやめてしまおうかということではないのではないかと思うのです。人類の言語能力のためには世界諸言語が競争しないといけないと私は思うのです。だから、日本語を強くするというのは日本人がやったらいいことだと私は思っております。もちろん日本人が英語をうまくなるということは必要なことですし、英語でいろいろなものを出すということも必要だと思うのですが、その前提としては日本語が強くならなければ、それを習おうという気が起きないと思うのです。

 具体的にどういうことかといいますと、例えばインターネットの中で日本語の使われる比率は今3~4%ぐらいでしょうか。少なくとも日本人でインターネットを使っている人のほとんどは日本語で見ていると思います。その面で言うと、日本語のコアというのはないわけではないのです。ただ、問題は、そこで日本語であらわされている内容の面で、英語と比べて非常に見劣りがする面がある。

 これは、例えば英語で著作権の切れたクラシックのテキストというのがあります。シェイクスピアやバイブルやアリストテレスの翻訳やプラトンの翻訳など。大体昔に英語の翻訳をしていますからみんな著作権は切れているのです。この世界のクラシックの遺産のほとんどはインターネット上で今ただで全文読めるのです。それに比べると、日本語でも古典のテキストをインターネット上で公開しているところはありますけれども、源氏物語の全文テキストというのはまだないのではないか。言語の競争ということから言うと、インターネットができたのは、英語以外の国にとってみると有利な点もあるわけです。というのは、インターネット上で言うと、例えば南アフリカの人が日本語のものを読もうと思えば読める。今までの出版流通手段からいったら、日本語の本を買おうと思っても世界中の人は買えないわけです。ですけれども、インターネット上ですと、ちょっとしたシステムを直しさえすれば世界のどこにいても日本語を読める。

 そうなると、勝負は日本語のものとしてどれだけ面白いものがあるかという話になるわけです。これはやや問題があって、経済的にはどうかよくわかりませんけれども、例えば源氏物語や平家物語、太平記、古事記のテキスト全文と詳細な注など、それの英語解説が日本語のサイトの中にあるというのは、その言語能力を競争の面で強める面があるのではないかと思っています。そういうことをやらないと、私は、日本人の日本語能力も低下すると思います。だから、日本でみんなインターネットで発信だ発信だと言っていて、全部日本語ではなくて英語に翻訳して出そう出そうとやっている間に、だんだん日本語のものがなくなってしまうので、この面ではややナショナリスティックに頑張る必要があると思っています。

 最後に、世界のシンクタンクは、単数系で言うと何となくそうかもしれないです。だから、世界の知的フォーラムや、世界の知的ハブという形の言い方の方が、シンクタンクよりはいいのでは、という感じはしました。

〔 A委員 〕 2点申し上げます。第1点は移民・外国人労働者ですが、前回も申し上げましたが、この問題が含んでいる極めて複雑でデリケートなインプリケーション。ほとんどと言っていいと思いますけれども、分析、研究、調査しないでこういう問題について何らかの方針を打ち出すのは、極めて危険だと思います。

 第2点は、4ページの国際コミュニケーション。これについて少し気になることがあるのですけれども、グローバリゼーションの世界、あるいは21世紀の世界について非常に危険な動きとして出ているのは、一つの規範、一つの考え方、一つの理解の仕方、一つのアプローチ、一つの表現の仕方、そういうものに収斂していかなければいけないという強迫観念が我々の間に出てきていると思うのです。グローバル・スタンダード、これは適切な言葉かどうかは別にして、そこに代表されるような考え方だと思いますけれども。そこで、それでは我々は論理構造をしっかりして我々の意図を発信するということだけ一生懸命やればいいのか。そうではないのです。それはあくまでも日本と西欧、あるいはそれに近い文化、アプローチを持っている国との関係では重要です。それももちろんやる必要があると思いますが、同時に必要なのは、発信や論理構造ではなくて、一つのことをやるのに違ったアプローチをとり、違った表現をし、違った感じ方をする。そういう人たちもたくさんいるわけで、空が青いという話をするときに、日本人よりもはるかに間接的で回りくどくてわかりにくい表現で考える人、感じる人、表現する人はたくさんいるわけです。つまり我々の周りにいろいろな人がいるのだということを認識して、いろいろな人の感じ方、声に耳を傾ける。そういう感性を養い、視線を養うという教育をしなかったら、極めて危険なサイボーグみたいな人間がたくさんできるのではないでしょうか。放っておいても今の日本の若い人たちは、論理構造という面では少なくとも相当国際競争力を持てる人が出てきていると思います。日本人に一番欠けているのは、大東亜戦争以来、アジアの人、途上国の人の聞こえない声、見えない文化、見えないビヘイビアなどについて耳を傾けて一生懸命理解しようとする姿勢のなさ。こういうところにあるのではないかと思います。

〔 部会長 〕 どうもありがとうございました。大変貴重なご意見をたくさんいただきました。事務局の方で、それを取り上げて、今後お書きになるときに、今日のドラフトをさらに最終的なものに練り上げていくプロセスに真剣にご検討いただきたいと思います。  今日は時間がございませんので、これで審議を終えたいと思いますが、次回以降の日程について、事務局からご説明をお願いいたします。

〔 事務局 〕 次回は、5月14日、午後2時から4時まで、本庁舎4階の 407号室で予定しております。別途通知を郵送し、ご案内させていただきます。

〔 部会長 〕 それでは、第5回のグローバリゼーション部会の審議は以上にいたしたいと存じます。本日は、長時間、どうもありがとうございました。

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