グローバリゼーション部会(第1回)議事録

経済企画庁

グローバリゼーション部会(第1回)議事録

グローバリゼーション部会(第1回)議事次第

日時 平成11年2月22日(月)14:00~16:00

場所 共用第2特別会議室(407号室)

  1. 開会
  2. 委員紹介
  3. 塩谷経済企画庁事務次官挨拶
  4. グローバリゼーション部会の公開について
  5. グローバリゼーション部会の今後の進め方について
  6. 閉会

(配付資料)

  • 資料1  経済審議会 グローバリゼーション部会委員名簿
  • 資料2  グローバリゼーション部会の公開について(案) 
  • 資料3  「新たなる時代の姿と政策方針」の諮問文
  • 資料4  経済審議会の今後の運営について
  • 資料5  「新たなる時代の姿と政策方針」の策定手法の多様化について
  • 資料6  グローバリゼーション部会について(案)

グローバリゼーション部会委員名簿

部会長
八城  政基  シティバンクジャパン会長
部会長代理
田中  明彦  東京大学東洋文化研究所教授
糸瀬  茂   宮城大学事業構想学部助教授
國谷  史朗  弁護士
高阪  章   大阪大学大学院国際公共政策研究科教授
篠原  興   国際通貨研究所専務理事
下村  恭民  政策研究大学院大学教授・埼玉大学教授
高木  剛   ゼンセン同盟会長、連合副会長
中西  輝政  京都大学総合人間学部教授
浜   矩子  株式会社三菱総合研究所経済調査部長
ロバート・アラン・フェルドマン  モルガン・スタンレー証券チーフエコノミスト
グレン・S・フクシマ  アーサーD・リトル(ジャパン)株式会社取締役社長
松本  大  ゴールドマン・サックス・グループLPリミテッド・パートナー
若林  之矩  労働福祉事業団理事長

〔 事務局 〕 ただいまから、第1回のグローバリゼーション部会を開催させていただきます。

 本日は、皆様ご多用中のところご出席いただきまして、誠にありがとうございました。

 去る1月18日の経済審議会総会におきまして、小渕内閣総理大臣より「新たなる時代の姿と政策方針」の策定について諮問が行われたところでございます。また、その検討体制といたしまして、「企画部会」、これは従来から経済審議会の中に設けられておりましたけれども、そのほかに、新たに「構造改革推進部会」、「国民生活文化部会」、「グローバリゼーション部会」、「地域経済・社会資本部会」の4部会を設置することとされたところであります。

 その折りに、各部会の部会長及び委員につきましては、経済審議会の豊田会長が指名することとされました。本部会の部会長には、八城委員が指名されたところでございます。

部会長、よろしくお願いいたします。

 また、委員に指名されました方々は、お手元の委員名簿のとおりでございますが、今回は初回でもございますので、事務局から、本日の出席の委員の皆様をご紹介させていただきたいと思います。

 それでは、私どもの方から向かって左側からでございますが、糸瀬委員、國谷委員、高阪委員、篠原委員、下村委員、木委員でございます。田中委員、浜委員は遅れて参られるようでございます。フェルドマン委員でございます。フクシマ委員も遅れて参られるようでございます。松本委員、若林委員でございます。

 なお、今回ご欠席でございますが、以上の方々のほかに、中西委員がおられます。

 本日の事務局の出席者につきましては、お手元の座席表のとおりでございます。

 以後、進行は八城部会長にお願いいたしたいと存じます。部会長、よろしくお願いいたします。

〔 部会長 〕 当部会の部会長をさせていただきます八城でございます。どうぞよろしくお願いいたします。当部会の運営につきましては、皆様のご理解とご協力をいただきまして、円滑に運営していきたいと存じておりますので、よろしくお願いいたします。

 なお、部会長代理の指名をさせていただきたいと思っておりますが、部会長代理には、今ちょうどいらっしゃいました田中委員にお願いしたいと思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。

 それでは、本日の議題に入る前に、事務次官よりご挨拶をいただきたいと存じます。よろしくお願いいたします。

〔 事務次官 〕 経済企画事務次官の塩谷でございます。よろしくお願い申し上げます。

 本日は、ご多用中のところをご出席いただきまして、誠にありがとうございます。本来でありますと、堺屋経済企画庁長官が出席いたしまして、直接ご挨拶申し上げるべきところでございますが、実は本日から参議院の予算委員会の総括質疑が始まっておりまして、そちらの方に大臣は出席しております。大臣に代わりまして、私から一言ご挨拶を申し上げさせていただきたいと思います。

 我が国は、明治以来 130年、殖産興業を旗印に規格大量生産型の近代工業の育成に努めてまいりました。その目標は1980年代までに達成したと言ってよろしいかと思います。

 ところが、世界経済と人類文化の歴史的な潮流は、規格大量生産型の近代工業社会を超越いたしまして、多様な知恵の時代、堺屋経済企画庁長官の言葉をお借りいたしますと知価社会、知恵が価値を持つ社会へと、そういう時代に変わりつつあると考えております。

 また、今後、我が国は、先進国にも例を見ない急速な高齢社会に突入いたします。

 こうした歴史的変化の中で、21世紀初頭には、我が国はどのような国になっていればよいのか、国民の暮らしはどのようになり、人々は何を幸せとして生きていくのか、といった問題に答えることは、今後の経済社会を考える上で極めて重要な課題であると考えております。

 このため、先月、小渕内閣総理大臣より、経済審議会に対しまして、新たなる時代の我が国経済社会のあるべき姿と、その実現に向けての経済新生の政策方針の策定につきまして、諮問が行われたところであります。

 本日、ご参加いただきましたグローバリゼーション部会においては、世界経済における我が国のあるべき姿について、その大きな方向性をまずご議論いただきたいと思っております。そして、そのあるべき姿を実現するために必要な方策及び重要な課題への対処方針などにつきまして、ご検討をお願いいたしたいと存じております。

 委員の皆様には、短期間のうちに幅広い観点から精力的なご審議をいただくこととなりますが、ご指導とご協力を賜りますよう、心からお願い申し上げまして、はなはだ簡単でございますが、ご挨拶とさせていただきたいと思います。

〔 部会長 〕 どうもありがとうございました。

 それでは、本日の議題に入らせていただきます。

 まず、本部会の公開方法についてお諮りいたしたいと存じますので、事務局からご説明をお願いいたします。

〔 事務局 〕 それでは、お手元の資料2に基づきまして、本部会の公開についてお諮りしたいと思います。この部会の公開に関しては、各部会共通でこのようにしたいと考えているものでございます。読み上げさせていただきます。

 グローバリゼーション部会の公開については、以下によることとする。

1.原則として議事録を会議終了後1か月以内に作成し、公開する。ただし、発言者の公開は行わないものとする。

  また、原則として議事要旨を会議終了後2日以内に作成し、公開する。

2.配付資料は、原則として議事録と併せて公開する。

3.会議開催日程については、事前に周知を図るものとする。

 以上でございます。

〔 部会長 〕 それでは、ただいまご説明のありました本部会の公開について、ご意見がございましたら、どうぞいただきたいと思います。

〔 A委員 〕 公開はどういう手段をもって行うかということを少しご説明いただけますか。

〔 事務局 〕 これは基本的には記者配付ということで考えております。それ以降はどなたでもアクセスがあれば、それに対して応じるというものです。

〔 A委員 〕 それは印刷物で用意しておくということですか。また、インターネットのホームページに載せるのですか。

〔 事務局 〕 ホームページにも議事要旨を載せて公開いたします。

〔 部会長 〕 よろしゅうございますか。それでは、本部会の公開については、本日の会合の冒頭にさかのぼって、そのようにさせていただきますので、よろしくお願い申し上げます。

 続きまして、事務局より、先日の経済審議会総会で行われました「新たなる時代の姿と政策方針」の策定についての諮問の内容、及びそこで了承されました経済審議会の今後の運営等について、ご紹介いただきます。引き続き、本部会の進め方などについても、ご説明をお願いいたします。

〔 事務局 〕 それでは、先般、諮問の行われました「新たなる時代の姿と政策方針」等について、資料によりながらご説明させていただきます。

 まず、資料3でございます。1月18日に小渕内閣総理大臣より、経済審議会会長宛に諮問が行われました。

 内容は、「内外の歴史的な大転換期に当たり、『新たなる時代』の我が国経済社会のあるべき姿と、その実現に向けての経済新生の政策方針いかん」というものでございます。

 「説明資料」の方で、それについて幾つかの説明がございますが、時間の関係もございますので、そこは省きまして、下から2つ目の段落に、その検討期間等が書いてございます。「こうした時代認識を踏まえ、21世紀初頭の我が国経済社会のあるべき姿を描き、国民が自信と誇りを持って未来に臨めるよう、平成11年から21世紀初頭までの10年間程度にとるべき政策の基本方針の策定を求める」ということでございます。

 また、「なお、策定に当たっては、全国規模で広く国民の生の声を聞くとともに、海外からも意見を求めるなど、内外に開かれた活発な議論が求められる」ということで、諮問がございました。

 これを受けまして、資料4でございますが、「経済審議会の今後の運営について」ということで資料がございます。「新たなる時代の姿と政策方針」の策定のため、経済審議会の下に従来、企画部会が置かれていたわけでございますが、新たに、構造改革推進部会、国民生活文化部会、グローバリゼーション部会、地域経済・社会資本部会の4部会を設けるということでございます。また、経済審議会会長、さらには各部会の部会長等によって構成されます基本理念委員会が設けられることになりまして、新たなる時代の基本理念に関する考え方の取りまとめを行うということにされたところでございます。

 各部会につきましては、2ページ以降、簡単に説明がございます。

 まず、企画部会は、政策指針を策定するに当たって、総論としての大きな方向づけを行うという役割を持っております。マクロ経済の展望、あるいは経済社会のあるべき姿を描くということ。また、各部会での議論を総括して、全体の取りまとめを行うという役割を担っている部会でございます。

 構造改革推進部会は、これまでの我が国における構造改革の取組みについて、進捗状況、さらには必要性を点検して、今後の問題点を整理するということ。さらには、21世紀において目指すべき経済社会を実現させるために必要な諸課題とその方策を明らかにする。さらには、構造改革の経済効果について数量的な分析を行うという役割を担っております。

 3番目の部会が国民生活文化部会でございます。中ほどで、カギ括弧にて書いてございますが、「高齢者及び女性の雇用・社会参加」、「新たな社会を支える人材育成・教育」、「家族、地域活動、コミュニティネットワーク等人々を結びつける機能」、「応報と安全ネットのあり方」等についての施策なりを検討するという役割でございます。

 4番目はグローバリゼーション部会で、また後ほど詳しくご議論いただきますけれども、これからの世界における我が国の位置づけ、あるいは様々な世界的な課題への取組みのあり方。また、円の国際化等々も含めまして、グローバリゼーションの流れの中で必要とされている我が国の経済、経営の構造改革について検討をいただくということでございます。

 3ページにまいりまして、地域経済・社会資本部会でございます。我が国の長期的な持続的成長のために、国際競争力のある都市、あるいは独自の産業等を持つ地域づくり、さらには良質な生活空間の拡大、ゆとりのある生活時間の創出、高齢社会にふさわしい社会のあり方及びその実現のための方策などについて検討する。また、併せて、21世紀型の社会資本の戦略的・効率的整備の在り方を検討するという課題を担っております。

 4ページに、今申しましたことが図であらわされております。経済審議会の下に、それぞれ首都機能移転委員会と計量委員会は従来からあったもので、そのまま引き続き存置するということでございます。基本理念委員会というのがありまして、これはそれぞれの部会の部会長、部会長代理、及び経済審議会の会長からなるものでございますが、基本理念について検討を行って、大きな方向づけを行うということでございます。それから、各部会がありまして、企画部会の下に広報委員会が設けられております。それにつきまして、簡単に追加的な資料で説明したいと思います。

 資料5にございますように、今回、「新たなる時代の姿と政策方針」の策定に当たりましては、策定手法の多様化ということで、様々なところから広く意見を求めながら策定作業を進めていこうということでございます。

 まず、マスコミへの特集企画ということで、様々な特集企画を組みまして、国民への周知なり、あるいは参加意識について問題意識を持ってもらうということでございます。

 2番目は、シンクタンクへの短期集中委託調査ということであります。4つほどテーマを考えて現在実施をしているところでございます。国際的な労働移動に関する調査、あるいは会社人間からの脱却等に関する調査。さらには、生活空間の拡大方策等に関する調査。あるいは創業・起業に対する日本的風土の改革に関する調査といったものを短期集中的にやって、今回の策定作業のインプットにしていこうというものでございます。

 3番目は、国民等からの提言募集ということが挙げてございます。インターネットによって広く意見募集を行う。あるいはシンポジウムを開催して、いろいろな方の意見を伺うということを考えております。

 さらに、各国有識者からのヒアリング、あるいは意見募集ということで、これもインターネットで外国へ情報発信をしていろいろな意見を伺う。あるいは国際的なエコノミストなり有識者へアンケート、あるいはヒアリングといった形で調査を行うということを考えております。

 また、モニターによる意向調査も実施をすることにいたしておりまして、いろいろな国民生活等に係る事項についてアンケートを実施したいということであります。

 そのような形で集まった意見、提言につきましては、各審議会、各部会で活用するということ。併せて、企画部会の下に広報委員会を置きまして、適宜、記者レクで対外的に公表していくということを考えております。

 2ページには、広報委員会の設置について述べております。

 以上が概略でございます。

〔 部会長 〕 どうもありがとうございました。

 それでは、ただいまのご説明のありました点について、ご質問等がございましたら、どうぞご遠慮なくご質問ください。よろしゅうございますか。

 それでは、本日の主な議題であります本部会の進め方につきまして、説明をお願いいたします。

〔 事務局 〕 それでは、本日の主要な議題でございます、本グローバリゼーション部会の進め方に関して、お諮りしたいと思います。

 これには2つの論点がございまして、一つは、「あるべき姿」における我が国の国家像についての議論というものでございます。今回は、総理から諮問を受けまして、非常に短い時間の中で、いろいろ幅広い課題について議論を行い、取りまとめを行っていかなければならないという状況にございます。そうした中で、それぞれ5つの部会が設けられ、課題を検討するということになったわけですが、まず、これからの我が国のあるべき姿、その国家像といったことについて、各部会でできるだけ共通認識を持って、個別の課題についての議論を行っていこうという問題意識でございます。これからご紹介いたします論点については、非常に大きな論点でもございまして、完全に意見が一致するというものは少ないかもしれませんけれども、それでもできるだけ議論に参加いただく皆様の共通の認識を作った上で、個別の課題に入っていくというふうにしたらいかがかということでお願いするものでございます。

 本日は、「あるべき姿」における我が国の国家像について、論点を紹介した後で、グローバリゼーション部会の固有の検討テーマについて、引き続きご紹介し、併せて、議論をしていただければと考えております。

 まず、「あるべき姿」における我が国の国家像をどう考えるかということで、資料6の「別紙」でございますが、このご紹介をいたしたいと思います。7つございます。

 まず初めは、「世界における我が国の位置づけについて」ということでございまして、これは本部会での検討テーマとも重なるところでございます。後ほど、またこれに関連した本部会でのテーマの紹介があると思いますけれども、我が国は、大国として世界秩序の形成に積極的に関わるべきか、あるいは世界秩序を与件としていくのか、といった問題設定でございます。また、尊敬される国であるべきか。もしそうであれば、コストはどれだけ払うことになるのかということであります。

 2番目は、「自由と社会的秩序などのトレード・オフ」ということでありまして、これも非常に難しい問題でございますが、自由と社会的秩序、あるいは個性と組織、応報と安全ネットという相反する関係にあるものを、どういう水準に設定していくのか、ということは大きな課題ではないかと考えております。

 3番目が、「産業・技術等のワンセット主義」でございます。農業から各種工業までの各産業、あるいは技術のワンセット主義をどこまで維持していくのか。グローバリゼーションが進む中で、こういった考え方がどこまで妥当するものなのかということであります。ワンセット主義をとらない場合には、それぞれの段階、産業の段階、あるいはそれを支える技術の段階、また、それを支える教育の段階、あるいはそのために必要な情報、最終的には常識といったことを、どこの段階までを放棄するというのか。産業を放棄しても技術は依然として保持すべきなのか。あるいは技術は放棄しても教育は保持すべきなのか。

そういった問題意識でございます。

 4番目が、「日本固有の良さ」ということでありまして、グローバル化の下でも、将来にわたり絶対に守るべきであり、かつ、一度失うとなかなか取り戻せない日本固有の良さは何であろうかという問いでございます。

 5番目が、「経済成長」でありまして、経済成長は引き続き重要な要素なのか。あるいは追求すべき価値はほかにもあるのではないかといったことでございます。また、人口減少の中で、移民を受け入れてでも経済成長を追求するということなのかどうか。また、移民の問題については、もっと幅広い論点があろうかと思います。

 6番目が、「個人の帰属先」の問題でありまして、会社人間から脱却した後に、会社、地域、家族などの姿が大きく変容する中で、日本人、我々はどこに帰属先を求めることになるのか。家族、地域、NPO、あるいは人のネットワークばどうなっていくのか。また、経済単位として個人を考えるべきなのか、家族を単位として考えるべきなのかという問題意識であります。

 最後が、「地域のあり方」であります。これもグローバリゼーションと大きく関係してくるものがあるわけでございますが、人口減少の中で、広大な過疎・無人地帯が存在するおそれが出てくるわけでありますが、これを許容するのかどうかということであります。

また、それとも関連いたしまして、地方自治、国土保全、環境についてどう考えていくのかということでございます。

 今回は、この7つのテーマと併せて、グローバリゼーション固有の検討テーマをこれからご紹介いたしますが、それも併せてご議論いただければと考えております。

〔 事務局 〕 それでは、グローバリゼーション部会固有の検討テーマについてご説明します。ただいまの資料6の本体をご覧いただきたいと思います。

 固有の検討テーマにつきましては、大きく分けて4つほど柱を立てております。

 1つ目は、我が国の世界における位置づけ、そのあるべき姿ということで、まず現状認識、あるいは将来の状況の認識ということで、①21世紀初頭において想定される世界の状況ということでありますが、「これからの世界における我が国の位置づけを考える前提として、21世紀初頭において概ね次のような状況が想定されるのではないか」ということで、事務局の方で幾つかの検討の柱を案として立てております。

 1つ目は、様々な面でのグローバリゼーションの進展。すなわち、経済面での市場原理、いわば資本の論理の徹底ということでございます。人の移動の拡大、情報・文化の伝播力の強まりといったことでございます。次に、国の枠を超えた関係の強まりということで、ユーロの誕生に伴うヨーロッパの求心力の高まり、南北アメリカの経済的統合の進展と文明の衝突的な状況の顕在化。さらに、日本の近隣、すなわちアジア経済、特に中国経済の巨大化ということを踏まえて、中国を含めたアジアの経済発展とそれに伴う構造変化。

最後に、緊密な日米関係の継続といったことが検討の柱としてあり得るのではないかということでございます。

 それから、②世界における我が国の位置づけでありますが、以上のような状況を踏まえて、世界の中で我が国をどのように位置づけるか。引き続き、主要先進国の一員としての位置を確保することを目指すべきではなかろうか。そのためには、覚悟を持って、必要な国内の所与の改革を進めることが求められるのではないか。次に、他国、他地域との関係をどのように考えるか。特に、中でもアジアとの関係をどう考えるか。アジアと先進各国との架け橋ということにとどまらず、アジアの一員としての立場をより鮮明にしていくべきではないか。その場合に、日、米、中との関係構造についてどのように考えるべきか。

世界的な課題の解決や自国の国益の維持拡大のためにどのように対応していくべきか。EU、NAFTAといった巨大な地域経済統合の進展に対して、我が国はアジアを中心に据えて、二国間、地域内、そして多国間の枠組みを形成することで問題への対応を行うべきではないかということでございます。

 2ページにまいりまして、2つ目の柱でございますが、豊かで開かれた社会の創造のために、グローバル・スタンダードの受容が重要となるのではないかということでございます。世界経済の流れは、市場原理の徹底の方向に進んできているのではないか。結果として、これがグローバル・スタンダードと呼ぶべき仕組みになっている。我が国が今後とも経済的活力のある豊かな国であり続けるためには、このグローバル・スタンダードというべきものを積極的に受容し、適合していくしか道はないのではないか。

 そうした認識に立って、我が国経済の現状から見て変革すべき点は何か。具体化する必要があるのではないかということでございます。

 さらに、経済面においてグローバル・スタンダードに合致する国際的な制度調和を図ることに加えまして、文化面においても、いわば均質社会の色合いの濃い日本的な文化のあり方につきましても、諸外国の異質な文化と共存するものへ、すなわち、開かれた社会への変化を積極的に進めるべきではないかということでございます。

 第3の大きな柱といたしまして、国際的な労働移動への対応であります。グローバリゼーションが進展する中、専門的な職業人に対する自国以外での就業に係るニーズや、単純労働者の国際労働移動へのインセンティブが高まると予想されることから、人のグローバリゼーションへ対応も必要となってきているのではないか。

 また、我が国においては、多様で開かれた社会への変化と急速に進行する少子高齢化への対応等の観点から、外国人労働者の受け入れを進めるべきか否かについて、ここで改めて議論を行うことが必要となっているのではないかということでございます。

 第4の大きな柱といたしまして、我が国の位置づけ等のこれまでの議論を踏まえて、世界的な課題への取り組みについて、日本としてはどう対応すべきかということでございます。

 1つ目には、21世紀の国際貿易・投資体制ということで、大きく関連しますWTOの新ラウンドでございますけれども、WTO新ラウンドの中でも、我が国の構造改革とも関連の深いサービス、競争(政策)、投資(協定)といった分野に注目してはどうか。また、これらの論点については、先進諸国間、あるいは先進国と途上国間といった形で意見の違い等が見られるのが現状でありますが、アジア諸国との関係のあり方も含め、我が国としての基本的な対応のあり方を検討してはどうかということでございます。

 世界的な課題への対応の大きなテーマの2番目といたしまして、21世紀の国際通貨・金融体制並びにそれに関連して円の国際化ということであります。近年の国際金融体制の不安定化は、現行の体制による秩序維持への疑問、先進国の投資家のリスク管理能力への疑問、途上国及び市場経済移行国の自由化プロセスへの疑問等を呼び起こし、国際機関やG7を通じて、現在、活発に議論が行われているところでありますが、今後、我が国経済の対外取引がより活発になると予想されることから、経済安定化に向けた国際金融体制のあり方、通貨・金融危機管理の枠組み、円の国際化などについて検討してはどうかということでございます。

 国際的な課題の第3といたしまして、グローバリゼーションの進展と我が国の経済協力のあり方でございます。経済協力は、我が国の国際経済社会の中において主体的に行使し得る政策手段の大きな柱の一つでございます。今日の国際経済システムにおいて、国際経済協力が我が国経済、あるいは途上国経済、ひいては世界経済に及ぼす影響を考慮し、政府開発援助だけではなく、その他の公的資金、あるいは民間資金をも含めた国際経済協力全般の今後のあり方を検討してはどうか。

 以上が事務局の案でございます。

 さらに、審議スケジュール案でございますが、6回ほどスケジュールを予定しておりまして、ただいまご説明しました検討事項について、ご覧のような形で審議を進めていただければと思っております。最終的には5月中旬の第6回で当部会としての意見を取りまとめるということを前提に、第5回の4月20日の前半までに各テーマを終えまして、4月20日総合検討の第1回、最終的に部会としてのご議論をおまとめいただくものを5月中旬に予定しております。以上でございます。

〔 部会長 〕 どうもありがとうございました。

 それでは、いままでご説明いただきました資料6の1(別紙)の「あるべき姿」における我が国の国家像も含めて、資料6の2「グローバリゼーション部会の進め方について」、固有の検討テーマについてご説明いただいたわけですが、特に順序にとらわれることなく、今日は初回ですから、今日出ました問題についてご自由にご発言いただいて、将来はテーマごとに多少順序づけてやりたいと思いますけれども、今日はまずご自由にご発言いただければと思いますので、どなたでもどうぞ。

〔 B委員 〕 大変初歩的な質問で恐縮なのですが、グローバリゼーションのテーマというのは、主に経済、経営、あるいは若干文化社会も触れられましたけれども、期間は10年間と理解してよろしいですね。その場合の政治、あるいは安全保障の環境はどのような前提として考えたらよろしいのでしょうか。例えば、10年後に日米安全保障条約は今のままで残っていると理解したらいいのでしょうか。安全保障の状況によって多分、経済の目標とか、あるべき姿というのはある程度は影響されるのではないかと思いますけれども、そこの前提はどのように考えたらよろしいのでしょうか。

〔 事務局 〕 私どもその辺の問題について、どう考えたらいいかということは悩ましいところだと思っておりますが、あまり政治的な状況について深くご議論いただこうとは考えておりませんで、とりあえず、今、おっしゃった点については、資料6の最初の「21世紀初頭において想定される世界の状況」というところに、「緊密な日米関係の継続」というのを一つ載せさせていただきましたけれども、一応、そのぐらいの期間においては、まだ日米関係は現在のような緊密さを保っているという前提で物事を考えたらどうかと考えております。その一方でまた、中国が出てくる。そういうことで考えております。

〔 C委員 〕 中身に入ってしまうかもしれませんけれども、今の点で言うと、実質的なことで、「緊密な日米関係の継続」の上の「日本の近隣」のところで、「アジア経済、特に中国経済の巨大化:中国を含めたアジアの経済発展とそれに伴う構造変化」というところが触れられているわけですけれども、もし安全保障との関係を考えると、ここのところにもう少し不安定化の可能性もあるという認識を示すことが必要ではないかという感じが私はしています。

 この経済審議会の目標が安全保障政策を組み立てることではないでしょうから、そこから、さらにそちらに行くというよりは、どちらかというと、混乱の可能性ですね。例えば、朝鮮半島ですね。あとこれから2010年ぐらいまで考えると、もちろん、今の北朝鮮がそのまま続くということもあり得ますけれども、この10年ぐらいの間にかなり大きな変化が起こるということも想定できないわけではない。私の見方ではそちらの方が大きいと思うのですね。それが非常に好ましくない戦争という形をとるか、それとも最も安全な形で変化が起こるか、わかりませんけれども、仮に安全な形で変化が起こったとしても、その経済面に与える影響はかなり大きいと思うのですね。平和的な形で南北統合ということが仮に起こったとした場合でも、今の北朝鮮の状態を考えたら、そこにとてつもない資金需要なり何なりが発生するし、韓国もはたして韓国だけでそれが賄えるかどうかわかりませんし、今の状況ではとても無理だろうと思うのですね。ですから、そういうことも経済面ではやや考慮しておく必要はあろうかと思うのですね。中国にしても、中国経済が巨大化するだけかどうかは、ややクエッションマークがつくわけですね。

 ですから、その辺、そういう状況を考えると、先ほどのB委員のご質問ですけれども、日本にとって日米関係を継続しないというオプションがこれから先10年の間にあるとはちょっと思えないのですけれどもね。ですから、その面で言うと、安全保障についても日米関係が非常に緊密だというのは、そのようなことを考えると、ほとんど私の目には自明に近く見えるのですけれども。

〔 D委員 〕 グローバル・スタンダードということについてでございますけれども、ここで一つには、市場原理の徹底の方向に進んでいく、開かれた社会へというのが非常に重要な認識だと思います。けれども、何をもってグローバル・スタンダードと言うのか、何がグローバル・スタンダードと言うにふさわしいかというところについては、ここにいみじくも「受容」という言葉がありますけれども、受け入れるという受身的な発想でこれを考えていることがいいのかというところに、私は少し疑問を感じています。

 そこについて、受け入れという受身ではない発想で、何がグローバル・スタンダードなのかという考えがありませんと、本当にグローバライズした位置づけを持っていく、あるいは、最初の方にありました尊敬される国になる、これは当然、尊敬される国であるべきであると思いますけれども、そういう位置づけを持つということは、積極姿勢でこういうテーマを考えていくということでないと、なかなかそこにはつながっていかないのではないかという感覚を持ちます。これは、質問というよりは感想といいますか、コメントでございますが、この辺はきちんとした認識を持っておく必要があると思います。

〔 E委員 〕 事務局の書かれた意図は、恐らく私が考えているというか、今からコメントを申し上げる点を含んでいると思いますが、さらにクリアにするという意味で1つコメントをさせていただきます。

 2ページの2)、今、D委員が触れられた点に関係するのですけれども、グローバリゼーションには当然、光と影、プラスとマイナスの面があるわけです。恐らく、ここの基本的な姿勢は、プラス面は積極的にそれを推進し、マイナス面はできるだけそれを克服、あるいは減少させていくということであろうかと思います。

 そういう姿勢で考えると、1ページの「世界における我が国の位置づけ」で、もう少しはっきりさせた方がいいと思いますことは、グローバリゼーションのマイナスの面が一番深刻に出るのは、特に途上国や弱いものであって、どちらかというと強いものに恩恵がいくということがあるわけです。日本の位置づけを考える上では、世界の中で途上国側に起きるであろう、あるいは、起きているマイナスの面を、できるだけ途上国が克服するのを日本がどのようにサポートしていくかという視点がもう少し明確に出た方がいいのではないか、ということです。

 そういう意味で、アジアだけでなくて途上国一般、あるいはもう少し広く言うと、途上国というよりも、立場の弱いものがグローバリゼーションの中でどれだけネガティブな影響を最小限にし、その結果、ポジティブな面の恩恵をできるだけ広く得られるようにするか、そういうことを日本の立場の一つの軸として立てていくことが必要ではないかと思いました。

〔 A委員 〕 今のお二方のご意見と遠くないところにコメントいたします。グローバライゼーション、グローバル・スタンダードと我が国という対峙のほかに、例えば、ヨーロッパとかアメリカで動いているリージョナリズムみたいなものに対する対応ということは、我々にとってみれば、広い言葉の使い方でのアジアということになるのだと思います。97年7月以降、金融危機を迎えたアジアの諸国に向かっていろいろなことが言われた中で、アジアはアジア的であったから必然的に危機を迎えたのだと言わんばかりの論も多かったわけです。けれども、本当にそうだろうか。言ってみれば、30年前にアジア開銀を創ったときに、どこかにエイジアン・ウェイというのを僕たちは大切にして追求していきましょうといった言い方があったはずなのですけれども、その結果、90年代の半ばに、どこかの誰かが「東アジアの奇蹟」か何かを書いてくれて、エイジアン・ウェイ、エイジエン・バリューみたいなものに対する極めて肯定的なパーセプションが広がった直後に、全部、今、逆にそれが否定されかかっているような気がする。

 ですから、その真中を埋めるような意味で、取って付けたみたいにアジアにも目を向けていますよということではなくて、例えば、あるべき国の姿の中に、「日本固有の良さについて」という問いかけがありますが、同じようなことで、アジアの固有の良さみたいなものに対する認識を、我々は、改めて共有する必要がありそうな気がしています。

〔 F委員 〕 3点ばかり申し上げたいと思います。

 まず一つは、全体を読みまして、いつもお役所の作文というのは危機感と小国意識に満たされているという感じがするのですが、例えば、大国として関わるべきかという話がありますけれども、日本は好むと好まざるとにかかわらず大国であります。したがって、超大国ではないかもしれないけれども、むしろ大国としてどう振る舞うべきかということを言わないといけない。何となく小国意識があちこちにありまして、例えば、先ほどのグローバル・スタンダードを受容すべきか、すべきでないかという非常に受動的な立場もその一つだと思います。グローバル・スタンダードというのは、ある意味では、非常に広い意味での知的基準、ノルムみたいなもの、そういうものを作り出していくということも大いに考えるべきことであって、それは受け入れるのを、イエスかノーかではなくて、自分が何を発信するのか、あるいは自分がどういう発信をするものを作り上げていくのか、そういう見通しというか、あるいは意思をはっきり持つ必要があると私は思います。

 その点は、例えば、ワンセット主義をどこまで維持すべきなのかというときに、ものづくりとか、そういうものでは、国際競争が働いていきますと、当然比較優位が移っていきまして、比較優位を失っていく部分があるわけです。それでも保護しながらそれを守るというのは愚の骨頂でありまして、むしろそうでなしに、比較優位が移っていくとすれば、どういう方向に比較優位が移っていくのか、そこで比較優位が移っていくときの基本になるのは知的財産であり、知的な能力を持った人材だと思うのですが、そういうものをどうやって作っていって、そういうことが恐らくグローバル・スタンダードをこちらが発信していくことにもつながる問題だと思うので、そういう前向きのパースペクティブも一つどこかに入れた方がいいのではないか。

 特に知価という言葉が使われておりましたけれども、まさに、おっしゃるとおりでありまして、グローバリゼーションというときには、ここで議論されておりますのはヒトの動きとモノの動きとカネの動きでありますけれども、その中に少し散りばめられているのが知恵という問題。ナレッジ。確か98年の世界開発報告、世界銀行のレポートでありますけれども、ここではナレッジ、あるいはナレッジ・キャピタルということが、これからの一つのキーワードであるといったことが議論されていたと思います。そういう知恵の問題というのは、人間に対価された知恵もあれば、あるいは、知恵そのものが取引されるという側面もありますし、まさに、知恵の世界でどういうスタンダードを作り上げていくかという側面もあると思いますし、または、知恵そのものがグローバリゼーションの乗物といいますか、ビークルでもあると同時に、取り扱われる対象そのものでもあるということをどこかで書かれると、それもよろしいのではないか。

 つまりカネ、モノ、ヒトという議論は比較的よく見えているわけですが、実際のところはグローバル・スタンダードを作っていくのは広い意味での知恵だと思いますので、その辺の配慮があればもっとすばらしいものができるのではないかと思います。今は一応これで終わります。

〔 G委員 〕 今も出てきたのですけれども、私はグローバライゼーションという言葉自体には抵抗はあまりないのですが、グローバル・スタンダードという言葉には、少なくともここで今書かれているような位置づけであるとすると少し抵抗がございます。

 といいますのは、2ページに、「市場原理の徹底の方向に進んできており、結果としてこれがグローバル・スタンダードと呼ぶべき仕組みになっている」ということがございますが、今、これに対して批判がたくさんあるということは皆さんご承知のとおりです。EUにしても、むしろ規制の方向にいくのではないかというのが一般的観測になっておりますし、アジアの諸国では、この方向づけに関してはかなり抵抗があるというのは争えない事実でございます。

 したがいまして、日本の方でグローバライゼーションということを進めていく中で、何をグローバル・スタンダードとして位置づけるか、この議論をまずしなければいけないのではないかと思っております。

〔 H委員 〕 2点ですが、最初、B委員とC委員のおっしゃった安全保障の話なのですけれども、個人的には日米関係の継続というのは、異論はないのですけれども、例えば2010年、2020年といったところまで展望すると、朝鮮半島の危機的な状況は、今よりはかなりよくなっているはずですし、米中がかなり緊密な関係になって、同時に、アメリカはいろいろな意味で社会的なコストが内側に発生して、政治経済的、さらに安全保障面でのアジアにおけるプレゼンスが低くなると思うのです。そういう点で、安全保障面では、日本はどうしてもアメリカに代わって主導的な役割を果たしていかなければいけないという前提で、私は物事を考えていました。ですから、そこも改めて議論した方がいいのではないかと思います。

 もう一点は、グローバル・スタンダード。G委員のおっしゃったこととは私自身はかなり違和感を持っているのですけれども、むしろ、市場原理という言葉に直してしまって、経済システム、あるいは社会システムにおいて、市場原理を導入すべきかどうかということで議論するのも一つの手だと思うのです。EU、ヨーロッパやアジアとかが市場原理そのものに対して違和感を持っているという見方ももちろんあるのですけれども、例えば、ヨーロッパというのは市場原理を一旦受け入れた上で、その後の副作用についてどうしようかというところに逡巡している時期ではないかと思うのです。日本はまだ市場原理をほとんど導入していない段階ですから、それを導入するかどうかという議論はすごく大事な議論だと思います。

〔 I委員 〕 3点申し上げたいと思います。

 別紙の2番目に、自由と社会秩序の話がトレード・オフになっているという話がありますけれども、この件に関しては、自由と社会秩序というところは恐らくトレード・オフになっているのではないかと思います。しかし、今までは公正、あるいは公平と効率が代替関係にあるとずっと思われてきたのですけれども、逆に、現時点での日本の社会は補完関係になっているのではないかと思いますね。ですから、市場原理をもっと徹底して導入しない限りは、公正な社会、あるいは公平的な社会は実現できないということだと思います。経済戦略会議も、「頑張っても頑張らなくても結果が同じということが日本の欠点」ということをはっきり言っていますから、何が代替関係で、何が補完関係なのかをよく考えておかないといけないということが一つの点です。

 別紙の4番目の点で、「日本固有の良さ」ということですけれども、もちろんこういう点はたくさんあるかと思いますけれども、具体的にどこがいいかということを書いておかないと、どうやってそれを守るかということがわからないわけですね。私が見ますと、まず犯罪が少ないということが一つ。もう一つは、チームワークが非常に発達している。いろいろほかにもあるかと思いますけれども、良さを守ることを考えるのと同時に、悪いところはどこをなくすべきかということも、はっきりどこが悪いかを書かないといけない。例えば「慣行」という言葉が下の行にありますけれども、例えば、建設業界で談合という慣行がありますよね。これは守るべき文化かといえば、そうではないですね。東山魁夷の絵はもちろんいい文化だということですが、はたして漫画がいいのか、これは消費者に任せることかもしれないけれども、具体性を書きながらこういう文章を前提にして話しましょうということは、少し躊躇します。

 別紙の5番目ですけれども、今の経済水準を守ることが可能だという前提が、暗黙的に入っているような気がします。ただし、今のままですと、人口減少もありますけれども、生活水準が下がってしまいます。ですから、今の経済のやり方でやりますと、少し危機感を欠くなという感じがします。ですから、経済成長を重要にするかということよりも、どうやって生活水準を守る、あるいはよくするかということをはっきり書いておいた方が、多分意味が通るのではないかなと思います。

〔 J委員 〕 グローバリゼーションということを考えますと、その裏といいますか、表裏として、国の役割といいましょうか、そいうものは何か。グローバリゼーションの中で、果たすべき国の役割は何かということが一つの議論になってくるだろうと思うのでございますけれども、このあるべき国家像というものは、恐らくそういうものを含むのではないか。

 そして、今のお話にありました、日本のいいところをどうやって守っていくかというところも国の役割なのだろうと思うのでございます。けれども、そういう中で、どこの国でもそうでございますけれども、国民の生活の安定、特に雇用の安定を守っていくというのは非常に重要ではないだろうかと私は思っております。

 特に21世紀は人材の時代でございます。先ほどのお話で、知価の時代でございますし、日本は人材以外の資源はない国でございますから、これまでの労使の血の出るようなご努力で一つの雇用安定のシステムを作ってきているわけでございます。これは、今日的な視点でいきますと、いろいろな問題を抱えているということは事実でありますけれども、これを改善し、克服することができるのではないか。我が国のような人的資源のみの国は、基本的に雇用の安定と人材の育成のシステムをこれからも守っていく必要があるのだろう。さらに、これを改善して、先ほどのお話に、例えばこれを発信していくということを目指すべきではないだろうかと思っております。

 もう一つは、格差の問題でございまして、日本のこれからの社会の中で格差をどう考えていくかということも、当部会ではございませんでしょうけれども、どこかで考えていただきたいと思うのでございます。一方で、だんだん能力主義が強まってまいりますから、所得における格差は拡大傾向をとっていくだろうということは容易に想像されるわけでございます。そういった中で、現在、相対的にこの格差を世界的に比較した場合にどうなるかとか、我が国がその中でどのように位置づけられるかにつきまして、いろいろな議論が恐らくあるのだろうと思うのでございますけれども、相対的に格差の少ない社会を維持していく。そうすると、所得の格差が能力主義に出てくる中で、どうしたらそういうものを維持できるのだろうか。税制、教育制度などでどういった手段があり得るのだろうか。その辺もご議論いただければありがたいと思っております。

〔 K委員 〕 グローバル・スタンダードですけれども、私も受容する、しないという議論はどこかおかしい気がします。あくまでもグローバルという言葉のとおり、我々もその一員であるので、我々の事情とか希望、文化なども入った上でのスタンダードでなければいけないと思うのですが、はたして日本がそういったことを、しっかりコミュニケートできているのかということは、大変疑問です。例えば、日本が世界最大の債権国である一方で、今、日本がいろいろ困っているときに、外国の資本をなるべく呼び入れたいといった議論はどこかおかしく、しっかり議論ができていないような気がします。

 これは論点の中に書かれていないことですけれども、教育の問題は大変大きいと思います。極めて簡単なことで言うと、言葉の問題ですとか、英語でしっかり議論ができるのかとか、あるいは、アメリカのいろいろな考え方が本当にわかっているのか、そういったことを抜きにグローバリゼーションという話をしてもなかなか難しい点があろうかと思います。放っておいてもグローバリゼーションが始まってしまっていて、人の移動の拡大ということが書いてありますけれども、放っておいても住みやすいとか働きやすい場所があればみんな移っていってしまうので、しっかり現状での日本を抜いたグローバル・スタンダードがどういったものであるかといったことがわからなければいけない。例えば、大々的に留学生を送れるようなシステムを作るとか、同じ土俵で議論ができる教育といったものをもっと考えた方がいいのではなかろうかと思います。

 もう一点、この部会の論点とは直接には関係ないですけれども、広報委員会の話が最初の方にありましたが、いろいろな形でインターネット等を通じて広く意見をとるというのは大変いいことだと思いますが、今日のこの部会にしましても、かなりしっかりとした文章が既にできているわけであって、どういったプロセスでこういう議題が決められ、書かれ、議論されていくかというのは極めてわかりにくい部分であります。広く意見をとった場合にも、その意見がどのように利用されるのか、解釈されるのかといった点は大変興味があって、一方で、そういったものがしっかり見えてこないと、そういう意見を言った人も興味がなくなってしまって、ポリティカル・バッシーみたいになってしまうと思いますので、そういう意見を広くとった後には、どういった意見が集まってきて、その結果、それに対してどういう対応を考えているのかとか、そういったものをすべて公表した方がいいと思います。

〔 部会長 〕 今、K委員が出された最後の問題ですが、事務局の方から何かございましたら、どういう形でこういう論点ができてきたのか、今日お出しになったもののプロセスと将来のことを少しお話しいただけますか。

〔 事務局 〕 今日出させていただいたものは、経済審議会の事務局が、いろいろな方々の意見もお聞きしながら、どういう論点が大切なのかということでまとめたものでございます。

 その論点でいいのかどうかということ、あるいは抜けているものがあるのかどうかという点について、またはその論点についてどういう意見をお持ちかということについて、本日この部会でお諮りして、委員の方々からご意見があればこれからの審議の中でそれを踏まえた方向で検討していこう、そういうことでございます。

〔 部会長 〕 今日の皆さんのご意見は、事務局の方で記録をとっておりますので、それもこれからの将来の論点として取り入れる面も出てくるだろうと思うし、いろいろな討議をされるときにも、そういうご意見をどんどん反映すべきだと私は思っています。最後に実はそのことを申し上げようと思っていたのですが、既にいくつかの重要な論点が皆さんの意見の中で共通のものとしてありますので、参考にさせていただくということでいかがでしょうか。

〔 事務局 〕 わかりました。いろいろなところからいただいたご意見については、適宜まとめて、どういう意見があったか、これも公表も考えています。また、どういう形で生かしていくのか、どういう意見が今集まるのか、フタを開けてみないとわからないというところもございますが、もちろん、できるだけ生かせるものは生かすという形で考えております。また、そのプロセスについてできるだけはっきりした形で、ある段階、段階で対外的に公表していくということは必要だと思っております。

〔 部会長 〕 今日は、あまりご意見がなければ指名して下さいと事務局から言われていたのですが、皆さんからたくさんご発言がありますので、今の問題についてご意見があれば伺いたいし、よろしければまだご発言されていないL委員にご意見を伺わせていただきたいと思います。

〔 L委員 〕 このペーパーを拝見して感じますのは、例えば、グローバル・スタンダードとは何ですかということについて、どういう意味でそれをとらえて議論するかによって中身はかなり違ってくるのではないか。私もいろいろなところに出ているわけではありませんが、最近のグローバライゼーションなり、グローバル・スタンダード、あるいはマーケット・エコノミー、こういったことをめぐる論議については、例えば、ここにも「市場原理の徹底の方向」ということですが、市場原理というのはそもそも何なのですか。当然、光と影、両面持つわけで、その辺の本質的な光と影の分析がどこまでできて、こういう方向に進むべきではないかと断ぜられるのか。そういった面での吟味が、私は不十分なままに議論が走り過ぎているという印象が非常にするわけでございます。

 「受容」とか「適合」とかいう言葉についても、吟味次第によって、我々が受容していく、あるいは適合していく、もっとアグレッシブにチャレンジしていくとらえ方がいろいろ出てくるのだろうと思うのです。そういう意味で、そういう言葉が引き起こすであろういろいろな行為について、どこまで先々のことまで予測して議論ができるかということで、難しい面もあろうかと思いますけれども、まず最初に、そのことを申し上げたいと思います。

 例えば「開かれた社会」という言葉でも、あのソロスさんもオープン・ソサエティー・ファンド等をやっておられて、では、カール・ポッパーの言うオープン・ソサエティーをここでは含意してこんな言葉を使っているのか、もっと抽象的な一般論でとらえるのか、そういうことを含めまして、いろいろ詰めてよく吟味して議論をしなければいけないということです。

 それから、この中に雇用という言葉が一つもないですね。「人のグローバリゼーション」というのは雇用も含んでいるということなのか。経済が自由に動きたがるということは経済の本性でしょうが、一方で、経済が社会に引き起こすいろいろな現象を、社会政策等の観点から当然フォローしていかなければならない事態がいろいろ生まれるのだろうと思います。今、日本の多くの国民がグローバリゼーションという言葉を聞いて非常に不満に思うのは、その辺の経済の走り方と、それに伴う社会が受容しなければならないであろう部分をフォローする議論が、国民にきちんと伝えられていない。そういう意味では、国民は非常にグローバライゼーションという言葉を聞けば不安だと思う。

 もっと言えば、こういう表現が適当かどうかわかりませんが、ザ・ベスト・アンド・ブライテストみたいな世界で対応していける人たちの論理で、この議論が進んでいるのではないか。あまり斜めに見るだけが能ではないと思いますけれども、その辺の国民の感覚をどのようにとらえて議論をしていくのか。基本的には、自由というのは自己規制のない世界で乱暴に闊歩する本性を持っていると僕は思うのですが、そういうものが行き過ぎたときには、こういう問題がこういう形でフォローされるのだといった、正反合というのでしょうか、そういうフォローのない議論に国民は非常に不安を感じているということをあえて申し上げたいと思います。

 ですから、ここで人のグローバライゼーション、移民などという言葉も使われたり、外国人労働者問題をまたやるのだという議論もここに書かれておりますが、これは先ほどの中国の見方とも関わりますが、一度こういうことを日本が国際的なメッセージとして発したときに、どれぐらいの供給圧力があると思ってこういう議論を提起されようとしているのか。

 それから、ここ10年ぐらいというタームの設定で議論をしろということでございますが、これからの10年ぐらい、私にも10年後までよくわかりませんけれども、少なくともここ2~3年の期間で見ましたときに、日本の労働需要の動向等はそういうことを議論するに耐える状況になると思ってこういう提起をされるのか。そういうことも含めまして、私自身は、中国の雇用の現状等、また来月は中国にこういう問題で行ってきますけれども、恐らく 5,000万人近い失業、あるいは潜在失業のまだ前にある人たちのレベルで考えても、それぐらいの数の人たちが、今、中国で仕事がなくて大変な目に合っている。そういう状況等をどのように分析され、こういう議論をされようとしているのか。その辺の意図についても、もう少し吟味をしてみる必要がありはしないか。

 とりあえず思いついたことだけでございます。

〔 B委員 〕 実は、1時間ほど前から私は大変苛立ちを感じている。なぜかと申しますと、皆さんのご意見を伺って感じたことなのですけれども、資料6と別紙というのは大変あいまいな言葉がたくさんあるわけですね。例えば、別紙を見ますと、大国というのは定義は何であるか。あるいは、世界秩序とは何であるか。あるいは尊敬される国とは何であるか。自由、あるいは社会的秩序、ワンセット主義、日本固有、経済成長、会社人間。ほかにも、グローバル・スタンダードも市場原理も規制緩和もたくさんありますけれども、日本の皆さんは言葉をそれぞれ理解されているかもしれませんけれども、私は、英語でこれを訳したらどのように訳すかなと考えたら、訳しようがないのですね。大国というのは、グレート・パワーですかね。例えば大国というのはGDPで計るのか、国民の所得で計るのか、政治力で計るのか、その定義が私にはよくわからないのですね。

 ですから、グローバル・スタンダードという言葉一つでも、私も実は去年、一昨年、いろいろグローバル・スタンダードという言葉の語源を調べてみて勉強しているつもりなのですけれども、今でもわからないのですね。いろいろな人がいろいろな形でグローバル・スタンダードというのを勝手に解釈して使っている言葉で、それぞれ勝手に自分の定義をつけているわけなのですね。

 ですから、私が少し懸念していることは、一つのキャッチフレーズとか、あるいはショート・ハンドでこういう一つ一つの言葉が、皆さん理解されているのか、あるいは、実際理解されているのかどうか知りませんけれども、定義をはっきりして議論しなければ大変混乱する危険性があると感じるのですね。

 ですから、私の具体的な提言としては、こういう言葉を一つ一つ定義をしていただけないか。一つの辞書を作って、大国というのは何であるか、世界秩序とは何であるか、尊敬される国というのはどういう尺度で計るのか。そういう具体性を持たなければ、日本人の間でも、例えば、「ケイレツ」という言葉そのものでも、いろいろ解釈がありますしね。本当に混乱する危険性があると思うのですね。ですから、定義をはっきりさせるというのが一つ。

 もう一つは、先ほどのお話にございますけれども、前提条件ですね。実は先週、私は沖縄に用事があって行ってきましたが、私も沖縄に行ってみて、ああいう状態が10年先に続くかなと大変疑問に思いました。先ほどのお話のように、日米関係そのものは10年後でも重要視されているかもしれませんけれども、例えば朝鮮半島が統合して、統合されれば、アメリカとしても10万人もアジア太平洋地域に兵隊を置く必要はないと思います。ですから、ある程度は撤退することになると思うのです。朝鮮半島からある程度、あるいは日本本土、あるいは沖縄からですね。ですから、安全保障とか政治状況というのは私は必ず10年先には変わると思うのです。どういう形で変わるかということは、この部会で議論することはもちろん適当ではないと思うのですけれども、前提条件をはっきりさせておかなければ、非常に誤解を招く危険性があると思うのです。

 ですから、言葉の一つ一つの定義をはっきりさせるということと、前提条件をエクスプリシットにするということの2つを、ぜひお願いしたいと思います。

〔 部会長 〕 一つ発言させていただきたいのですが、定義に時間を費やすことはまずできないと思います。それで時間が全部終わってしまいますから。だから、一般的な世間で理解されていることはこういうことだなということで、言葉の持つ意味を全体で同意した上で、議論を進めるという方法がいいのではないかと思います。

〔 B委員 〕 私の提言は、ここで議論をするということではなく、事務局の方で一つのグロッサリーを作っていただいて、我々がそれに共通意見を持っているかどうかというのを少なくとも確認する機会があった方が、皆さんも多分議論しやすいのではないかと思うのです。

〔 部会長 〕 そういうグロッサリーを作るよりも、グローバリゼーションと世間で言われている言葉、このように理解してというふうに話を進めたらどうかと思います。ですからそれは多少、あなたのおっしゃることはそこでカバーできるかなという感じがします。要するにB委員はグローバル・スタンダードは英語でないと言うけれども、そういうのを僕はときどき英語で見ますけれどもね。その使い方はみんな違うのですよ。ですから、ここで議論するときには、このことについてはこのようなことを意味するものとして話をしているということが共通の認識としてあれば、話は前に進むと思うのです。それでよろしいですか。

〔 事務局 〕 B委員が言われた中で、グローバル・スタンダードは、B委員の書かれたものを読ませていただきまして、まさにおっしゃるとおりにいろいろな人がいろいろな使い方をして、グローバル・スタンダードといかにもわかったように言っても、違うことを意味しながら使われている。ここではあえてそういう言葉を使ったわけですが、これは問題としては、非常に重要な問題で、議論の過程でいわばグローバル・スタンダードということ自体何なのかということも明らかにしながら、それと我々がこれからやらなければいけないこととの関係を明確にできれば、それは非常にいいことだなということで、あえて、グローバル・スタンダードということは、多分、いろいろなご批判はあると思いながら使わせていただいております。

 ただ、そうは言っても、あまりそういうことばかりもいきませんので、議論をしていただくときにはできるだけそれが何を意味しているのかということははっきりさせた上で、完全には難しいと思いますけれども、議論をしていただきたいと考えております。

〔 F委員 〕 私の今から申し上げるコメントの幾つかは言葉の問題にも関わると思いますが、基本的にはデフィニションをある程度明らかにするというのは賛成ですし、先ほど少し申し上げました、大国であるべきかどうかよりも大国だよという話をしましたけれども、通常言われているのは大体GNPで計ればよろしいかなと思います。

 その意味で言うと、日本は世界で最も大きな閉鎖的な経済であって、通常、経済学者がスモール・オープン・エコノミーとかラージ・オープン・エコノミーという言い方をしますけれども、そのときのオープネス、開放度というのは、例えば、自国の生産力に占める輸出向けのもの、海外向けのものを比率をとったものを言うわけですが、例えば、輸出のGNPに占める比率などで見ますと、日本は10%を切っていて、昔はアメリカが10%を切って、アメリカは非常にクローズドなラージ・カントリーだと言われていましたけれども、今ではOECDの中で日本が最もクローズドなラージ・カントリーであるということを、少なくともモノとサービスについては言えるのではないかと思います。

 大国とかグローバリゼーションとかを言うときに、そういう現状をきちんと把握しておいた方がいいかなというのが一点です。

 もう一つは、先ほどH委員が市場原理は日本にないと、少し刺激的な発言をわざとされたのだと思いますが、市場原理のない国というのはないわけです。それはいろいろな形で、例えば、バザール経済でも市場原理はあるわけです。市場原理というのは要するに、モノとかサービスを欲しい人と提供する人の間で価格を決めて、価格だけを見て皆さんが需要する、供給するということを決めることが原点だと思うわけです。それを妨げるいろいろな制度的な障害とか、あるいは法制的な枠組み、あるいは文化的な要素などがいろいろあるわけで、そういう意味では、アメリカ型の市場もあるし、日本型の市場もあって、ただ、市場そのもののメカニズムはそう変わらない。あるいはそれのワーキング、あるいは非常に教科書的な意味で働いている部分が大きい経済と大きくない経済。そういう差はあっても、市場原理のない国はないと私は思います。

 それから、GNPの話に戻りますけれども、先ほど何人かの方が生活水準というお話をされた。恐らく、ここでも移民の問題をどう考えるかということも絡んで、問題は、先ほどの経済大国と言うときのサイズの問題ではなくて、一人当たりどれだけの生活水準、あるいは生活水準を達成するための手段として見るならば所得、一人当たりの所得。そういうものがどういう目標値を達成しているかということが、恐らく、例えば、10年先の我々の経済生活を見るときの一つの手立てになる。もちろん、それだけではないわけでありますし、所得水準と生活水準にはかなりギャップがある。恐らく今、日本固有の良さの話がメモに書いてありますけれども、ここでもライフサイクルで考えた個人的な豊かさというものを考えていくときには、それが住宅の問題、教育の問題、老後の保障の問題等を含めた生活水準でなければいけないと思いますし、その点ではいろいろな問題点があって、解決しないといけない問題はまだまだたくさんある。達成したものもたくさんあるけれども、克服しないといけない問題もたくさんあると思います。

 それから、人の移動が一つのグローバリゼーションの中で取り上げられているわけですが、人の移動の議論をする機会が2~3週間前にありまして、その中でフィリピンの方としゃべる機会があったのですが、最も人の移動が激しくて、移民、あるいは出稼ぎ労働者による所得送金が一番大きいのはフィリピンなのです。

 基本的な問題は、受入れ国、あるいは送出し国、あるいは移動する人たちにとっても、それがいいことなのかどうかという問題を考える必要があって、もちろん受入れ国側から見れば、それがいろいろな社会的、文化的摩擦を生んで社会的費用がかかるとしたら、それをどう払うのかといった問題もありますでしょうし、例えば、経済発展といったことの関心から見ると、一つのまとまった経済の中で、そこに所得機会がなければすぐ外に出ていくといった経済のあり方は、その経済の発展にとっていいことなのかどうかというのも考える必要がある。だから、その意味では、人の移動がグローバルになっていくということは本当にいいことなのかどうかという問題は、国内の過疎化の問題というよりは、国と国との間の過疎化の問題という感じでとらえる視点が要るかもしれないと思います。

 最後から2番目に、アジアとアメリカ大陸と欧州の一種の3つの大きな地域統合、あるいは地域統合化している地域の話がここに出てきているわけでありますが、これは、特に将来像を描くに当たって、あまり現状をそのまま伸ばさない方がいいという気がいたします。

 というのは、まずヨーロッパについては今、通貨統合で非常にもてはやされているわけですが、これが実際にヨーロッパのいままで以上の生産性の伸びを達成するような梃子になり得るのかどうかという問題は、まだウェイト・アンド・シーの状態だと私は思います。

 それから、南北アメリカの経済統合の問題も、ラテンアメリカの国に限って言えば、60年代以降捗々しいパフォーマンスを示すことができなくて、そういう問題はいまだに残っていて、NAFTAとかメルコスールとかをぶち上げてはいますけれども、それが経済的な成果を生むのかどうかというのも、これまたウェイト・アンド・シーだという気がいたします。

 アジアについては、中国がまさに期待とリスクと両方反映していて、中国の動向が非常に注目されるというのはもちろんのことでありますし、ある予測によれば、中国は日本を早々と追い越すだろうというのもありますけれども、そうではないシナリオも書ける。アジアについて言えば、今は、もちろんクライシスの状況であるわけですけれども、それが5年先、10年先にはどうなっているかというのは、私はそう悲観的に見るべきではないのではないかと思います。

 ですから、そういう意味で、アジアと米大陸と欧州の見方というのは、今の時点で単純に現状を引き伸ばして考えるのは間違いではないかなと思います。

 最後に、たくさん申し上げましたけれども、自由と社会的秩序のトレード・オフという話がありますが、日本の一つの人材形成とか人的資産を、グローバル・スタンダードをどう見るかによりますけれども、グローバル・スタンダードを発信するということの一つの障害になっているのは、個人と社会の間にトレード・オフがあるというよりも、社会の中のミニ組織ですね。例えば、学校に行く年代の人たちにとっては、学校という組織。学校を出てしまった人にとっては会社という組織。そういう組織の中での自由が比較的ないというのが日本の特色で、ある意味ではそういうところの制約がどれぐらい人的資本の形成に妨げになっているのかという見方もないと、個人と社会、日本社会という非常に大きな二分法ではうまくいかないのではないかという気がします。

 たくさん申し上げて申し訳ありません。

〔 D委員 〕 手短に3点ほど申し上げたいと思います。本当は2点だったのですけれども、B委員がおっしゃったことに非常に触発されて、3点になってしまいました。

 言葉の定義の問題というのは非常に重要だと思います。そういう意味で、この部会の議論をグローバリゼーションという言葉を使わずにできないものだろうかと思ったりいたします。確かに、ショート・ハンドが一人歩きするというのは結構問題があるので、その辺をきちんと突っ込んで考えておく必要はあろうと思います。それが第1点です。

 それとの関わりで、グローバリゼーション、即ち市場原理化と置き換えてもいいのではないかというお話もございましたけれども、なぜグローバリゼーションなのであって、なぜインターナショナライゼーションではないのかというところをきちんと踏まえて考えていく必要があるのではないだろうか。ここにも多少そういうニュアンスが出ておりますけれども、ネーション・ステイト、国民国家というものに対するチャレンジとしてのグローバリゼーションというとらえ方が、単に市場原理化ということだけではなくて、必要ではないかなと思います。

 インターナショナライゼーションではないグローバライゼーションということを考えるときには、それと同時に、端的に言ってしまえば分権化といいますか、既存の国民国家という枠組みの中に抱き込まれていた、あるいは封じ込められていた内なる多様性が、グローバルに開かれることの中で出てくるという側面に注目しておく必要があるのではないかと思います。

 そういう意味で、地球化はすなわち地域化ではないか、そういう側面を併せ持っていると私は考えております。この場合の地域化というのは、決して地域統合という意味での地域化、ここにございます国の枠を超えた関係という意味ではなくて、むしろ、超えたというよりは、内からそういう枠組みを破壊していく、過激な言い方をすれば破壊していく力学ではないかと思います。そういう多様化、分権化、地域化という力学を、従来の集権的な体制との関わりで、その綱引、せめぎ合いが、このグローバリゼーションという動きの中でどうなっていくのかという辺りには、注目しておく必要があるのではないかと思います。つまり、20世紀の後半、20世紀の中で形成されてきた一つ秩序を壊していくのがグローバリゼーションであるとすれば、その辺は見落とせない点かなと思います。

 あと、簡単に最後、第3点。先ほどから出ております日本固有の良さというお話。これも若干修辞学的な話にもなってしまうのかもしれませんけれども、何が日本に本当に固有なのであるかということの見極めが、こういう議論をするときには非常に重要だと思います。I委員が先ほど談合のお話をされていましたけれども、談合というのは、不可分に日本に固有な体質であるのかということもきちんと考える必要があると思います。今の社会システム、あるいは制度も、これは日本に固有のものなのか、あるいは20世紀後半の日本、もっと言えば戦後体制の中の日本に固有のものなのか。この辺の識別をきちんとしておかないと、この議論はかなり錯綜していくことになるのではないかと思います。以上です。

〔 C委員 〕 B委員のおっしゃった点で、定義は大事ですけれども、学者は大体、いつも定義ばかりやって満足な結論に至らずに一生を終わるのですね。だから、政治という定義は誰も納得している定義はないですし、大国もおっしゃるようにグレート・パワーというのも、日本語だけではなくて、英語の定義だってほとんど全員が合意するようなものはないですよ。ですから、部会長おっしゃるように、ある程度こんなところかということは、こうやって話してみないと、実はよくわからないというところがあるのですね。ですから、ややフラストが溜まっても、いろいろ話し合わないとダメではないかというのが一つです。

 もう一つは、事務局側の「参考資料」として添付していただいたもので、経済審議会の前の「21世紀世界経済委員会報告書」というのがついていますけれども、これは平成9年3月のもので、今となってみるときっと、クロノロジカルに言うと古くなってしまったと言えそうなものなのですけれども、ここで書いているグローバリゼーションの考え方はかなりよく整理された考え方だと思うのですね。ですから、もし考え方としてここに出ているグローバリゼーションの考え方、もう2年経ちましたから、おかしいということがあれば、これをこの次辺りからの会議でもご議論していただけると、私どもが何を意味するのかといったことに参考になるのではないかと思いました。それが一つレスポンスのようなことです。

 それ以外に実質的なことで言うと、「「あるべき姿」における我が国の国家像をどう考えるか」というのも事務局がご用意されたのは、あえて意図的に小国ラインいうか、今の日本人の世相のもうダメだなというのを、このダメだなという国をそのままダメだなというのをやっていくとどのようになるのですかというのを、意図的に対比させようとしたのではないかという気がするのですけれどもね。だから、もし私どもがここで、そんなダメだダメだと言っていてもダメだといくのかどうかということなのだろうと思います。

 ただ、細かいことを言うと、「尊敬される国であるべきか」というのは、もし「ない」と答えるというのは、日本国憲法前文には「名誉ある地位を占めたい」と書いてあるわけですから、憲法改正しなければいけなくなるので、そういうことはいけないので、尊敬される国であるべきだといかないといけないと思いますね。

 それから、先ほどおっしゃられたように、大国というのもよくわかりませんけれども、概ね多くの大国の軍事的意味を取り去ったものは、システムに与える影響度の比較的強い国といった意味だろうと思うのですね。そうすると、日本は多分システムに与える影響度は、先ほどからおっしゃられるように、放っておいても強いのだろうと思うのですね。何もしないというだけで相当な影響を与えますし、変なことをすれば相当悪い影響を与えるわけであります。だから、ここでの設問は、「積極的に関わるべきか」というのはそういうことで、それに加えて、どちらかというと自覚的に関わるべきかという話なのだろうと思います。自分がシステムに与える影響が強いということをどうするかということだと思います。

 そして、その中で、「世界秩序」と書いてあるところから言うと、先ほどから知的な面とかいろいろなことが言われているわけですが、まさに世界秩序というのはどういうものかということに対しての理念をある程度出していけるようなことでなければ、積極的、自覚的に関わったことにあまりならない。その意味で言うと、逆にグローバル・スタンダードとは何かというのは、ここで議論になっていますけれども、おっしゃるように、受容するというよりは、この報告書自体が、こういうのがグローバル・スタンダードであるべきなのだということを出していくことが、世界秩序の形成に積極的に関わることになるのだと思うのですね。ですから、グローバル・スタンダードという言葉をそのまま使っていくかどうかはともかく、どういうことを日本はやっていくかという議論の過程ででき上がったものが、こういうのが世界的に望ましいやり方なのだと言えれば、それが世界秩序の形成に関わることにつながるのだろうと思います。

 もう一点だけ、最後に申し上げますが、「個人の帰属先について」というのが「あるべき姿」の中にありますが、ここで設問がみんな“or”でつながっているのですね。これにいくのか、これにいくのか。「家族か、地域か、NPOか」というのですけれども、恐らく今のグローバリゼーションの進む世界において起こっていることは、全部“and”でつながる話なのであって、多くの人は非常に多様な帰属意識を持たざるを得ない。そういう状況になっていくのだろうと思うのですね。それはひょっとすると多くの人にとってみるとかなりきつい話で、きついから、それはいやだからやめてしまおうというのは多分先ほどの小国ラインといいましょうか。もうきついなと、そういう話ですね。ただ、そうはいかないのではないかなと思いますね。

 「日本固有の良さについて」ですけれども、私は日本固有の良さを非常に長期にとってみると、先ほど言った積極的と少し矛盾するように聞こえるかもしれませんけれども、非常に高い適応能力だと思うのですね。日本の歴史の長い間のいいところというのは、いろいろなものが変わっていく中で、自分をどんどん変えていって、何とか活力を維持していくということだと思うのです。

 だから、どちらかというと、こういうきつい状況の中にそれを克服していくようなことをやっていくのが日本固有の良さなのではないかと思うのですね。だから、きつい、きついと言って、きついからやめてしまおうというのは、そもそも日本固有の良さを失うことになるといった感じを持っております。

〔 H委員 〕 少しさかのぼってしまうのですけれども、J委員とL委員の話で雇用の安定と格差の話が出たのですけれども、雇用の安定自体が日本経済を今の状況に至らしめた原因の一つだと思うのですね。今から申し上げるのは個人的な意見ですけれども、雇用の安定というのは、むしろ雇用の流動化とか、雇用の流動性をどう確保するかとか、そういった観点の議論をぜひ進めていきたいと思います。

 それと、格差がなさ過ぎたことも大きな問題で、市場原理を導入すると当然格差が出てくるわけですけれども、かといって、いきなりアメリカみたいになるわけではないので、むしろ、今まで格差がなさ過ぎたことが経済が停滞している原因だと思うので、競争原理を導入すれば当然格差が出てくるのですけれども、それも受け入れざるを得ないのではないかという気がしております。

 それから、グローバル・スタンダードについての議論がずっと多いのですけれども、例えば、先ほどL委員が、国民の多くが違和感とか反感を抱いているのではないかといったニュアンスのお話があったのですけれども、例えば、グローバル・スタンダードを私がとらえている市場原理とか資本の論理という意味で言うと、これに違和感を持ってうろたえているのは大企業の中高年のサラリーマンだけだと思うのです。中小企業のサラリーマンはまさにアングロサクソン的な人たちですし、スポーツにしても芸能にしても自由業の人たちもそうです。それから、特に世代間の格差が非常に大きくて、いろいろな統計を見ていても、20代、30代の人はそういった機会平等とか自由競争を非常に受け入れる土壌があると思うのです。ですから、国民が必ずしも違和感を持っているかどうかというのは予断できない部分ではないかという気がします。

 それで、先ほどのF委員のお話はF委員のコンテキストだとそのとおりなのですけれども、私はどちらかというと民間の意識がすごく強いもので、実務家の立場から言うと、特に金融システムなどを見ていると、市場原理の導入はほとんど行われていないと思うのです。先ほどI委員が少し言ったのですけれども、これを導入しないことにはどうしようもないところまで我々はきていると思うのです。そうすると、それを導入する、グローバル・スタンダードは何ぞやという議論は確かに大事ですけれども、市場原理とか資本の論理といったことに立ち返って、さらに機会平等とか自由競争ということで括ってしまって、むしろ、そのための制度調和、具体的にそのためのインフラとか規制緩和をどうするのかとか、そちらの方の議論にも入っていった方がよろしいのではないかと思います。

〔 E委員 〕 私なりにこの部会の使命というか、我々に提示された課題を考えると、グローバリゼーション、この定義は別にして、これは普通に使われている言葉で、しかも、これは進んでいるというのが現実ですから、その現実の下で、我々は何をするべきかということを、どうしたらいいかということを議論するわけですけれども、何をするかということだけでなくて、誰のために、誰の視点から考えるかということも重要だと思うのですね。

 それについて考えるべき点が2点あるのですけれども、一つは、冒頭申し上げたように、グローバリゼーションの議論がどうしても南側というか、途上国の立場をあまり考慮しないで進められているということが一点。

 それから、先進国の中でも、弱者、恵まれない人の視点、立場をともすれば軽視する形で進められているということもまた事実、現実なわけで、誰のためにということを考える必要がある。今までどうも、グローバリゼーションを進めるとか、経済成長をするとか、資本にとっては収益性を高めるとか、生産性を高める。それはそれで結構ですけれども、その結果、誰が恩恵を受けるのか。それは全体がよくなればみんなに、弱者についても途上国についてもある程度よくなるのだというのは、非常にナイーブなトリックル・ダウンの仮説、あるいは論理なのであって、それがうまくいかないということは、既に戦後何十年の間に証明されたことですから、誰にとってかという視点を常に考えながら進めるべきだと思います。

 その点で、誰にとってかが非常に抜けがちになるのは、1ページの「グローバリゼーションの進展」のところで、「市場原理(資本の論理)」と書いてあるのですけれども、当然、市場原理と資本の論理というのは同一ではないわけで、ここは事務局が同一視しておられるという意味ではなくて、ともすればこれが過度にリンクされて議論されているというのが今の問題なのではないかと思うのですね。

 それで、資本の論理だけが優位に立つと、市場原理は結局窒息するような状況になってしまうということは、マルクスが共産党宣言を書いたときからずっと資本主義が模索し、何とかそういう落とし穴に落ちるのを克服しようと思って模索してきたわけで、その結果起きたいろいろな日本型のシステムとか、あるいは北欧型の福祉社会とか、社会主義、共産主義も入るのかもしれませんけれども、そういうものが必ずしもうまくいかないということは当然、今までわかっていることですけれども、しかし、そうかといって、資本の論理と市場の論理で単純に考えるということになれば、非常に古典的なおかしなことが起こるということも我々にとって自明なことではないかと思いますから、市場原理のよさを生かしながら、資本の論理の優越、暴走を抑えるということが、一つの誰にとってということを考える上での基本的な視点ではないかなと思います。

〔 K委員 〕 1点なのですけれども、経済審議会ということで、実質的な経済成長力というか、そういったものをよく考えるべきなのだと思うのですが、そういった中で、日本固有の良さとか、文化、人の帰属というのはかなり個人的な問題であって、あまりこういうところで議論するのがどうなのかという気もします。

 一方で、国の政策として、ある業態に対して規制があるとか、あるいは保護をしているというのはいまだにいろいろあると思うのです。先ほどH委員の話にもありましたけれども、グローバリゼーションというのはいろいろな意味があろうかと思うのですが、一つの意味は、情報とか技術がかなり流動化されて、海外の安くていい技術なり考え方がいくらでも入ってくるようになってきて、何かアンシャン・レジューム的なものがあるときに、そういったものを保護して我慢すれば我慢するほど、いずれはそれが開放されて同じような方向にいくときに、保護してしまえばしまうほど後で払わなければいけないコストは大変高くつくと思うのです。金融とか、あるいは情報通信といったところで未だにかなり保護されている部分が多くあって、そういったものを政策によって保護しまうと、せっかく日本の国民はすごく優秀で潜在的な競争力があるにもかかわらず競争力が落ちてしまって、潜在的な成長力も落ちてしまうということがあると思うのです。このペーパーを読みますと、そういう緩和の話はあまり書いていないのですが、そういった点についても話すといいのではないかと思います。

〔 J委員 〕 先ほどL委員が移民の問題、外国人労働力の問題についてご発言になりましたが、私も認識においてはL委員と同じなのでございますけれども、ご承知のように、バブルのときに外国人労働力の導入問題は非常に大きな議論になりまして、私もそのときに議論に参加したのでございますけれども、是非についてはいろいろな議論がありますから、それは今後議論していくことでございますけれども、そのときに痛切に感じましたのは、移民の問題とか外国人労働力の問題は、労働力需給が逼迫しているときに議論してはいけないということでございます。労働力需給が非常に緩んでいるとき、あるいは厳しいときに、落ち着いて冷静に、しかも、時間をかけて議論すべき問題だということをそのときに痛切に感じまして、以来そういうことを言い続けているのでございます。

 そういった点から言いますと、今はこういう雇用情勢でございまして、じっくりこの問題を議論すべき時であり、また、今議論しておかなければならない問題だろう。国家の50年、場合によっては 100年の問題でございますから、じっくり議論しなければならないと思うのでございます。ですから、これからいろいろなご議論がありましょうけれども、これから10年というタームでのこの審議会の議論とすれば、恐らくその期間に落ち着いて国民的な議論を展開する。そのためのいろいろな論点を十分に整理して提供していくというのが当面の大きななすべきことではないだろうかと思います。

〔 L委員 〕 ここは雇用審議会とか職業安定審議会ではないので、H委員とそんな論争をするつもりはありませんが、例えば雇用の流動化ということがあるのですが、これをどうとらえるかの問題ですが、日本の労働事情というのは、流動性で見たらヨーロッパの労働市場よりずっと高いわけです。であるがゆえに、例えば技術革新などにも対応することができてきたわけです。

 だから、一人一人の個の流動化という世界と塊の流動化という世界。ですから、この産業が衰退してきたときに、企業が経営を多角化するという世界で流動化している部分もあるでしょうし、それが企業の内外両面で行われる世界もいろいろあると思います。そういう意味ではもっと吟味して議論すればいいと思いますけれども、昨今の流動化論も、内部労働市場型の世界が持っている弊害だというお立場での議論が多いようですけれども、内部労働市場型の市場というのはどんどん小さくなってきているわけです。例えば製造業の世界は、この1年間に60万人も外へ出したわけです。だから、日本の製造業はある意味で競争力があるのは当たり前で、生産性があっても外へ人を出しているわけですから。

 そういったことも含めて、流動化の問題のルーツみたいなものは吟味していかなければいけない。これは感想です。またご意見があったら議論したいと思います。

〔 部会長 〕 どうもありがとうございました。

 そろそろ時間もまいりましたので、スケジュールのことについてどなたかご意見があればお聞かせいただきたいと思います。よろしければこのスケジュールで進めたいと思っています。

 それから、私自身のコメントですが、冒頭にC委員が言われた、もし、例えば朝鮮半島の問題とか、あるいは日米の安全保障といった前提が崩れたらどうなるのだという問題は、非常に大事な視点なのですが、バブルが崩壊した後の日本経済の現状を考えると、あるところで考えていた将来のシナリオが崩れたときに何も用意がなかったということは問題だと思うのですね。どういうシナリオになるかを論ずることは難しいかもしれないけれども、前提が崩れたときに一体日本はどうあるべきかということはどこかで少し皆さんの意見を聞きたいなという感じがいたします。

 それから、大体、本部会の進め方についてはご了承いただいたと思うのですが、本日の資料6の別紙の方ですが、これは皆さんに既にお願いしてあると思いますが、月末までにご意見があれば、これは実は全体の基本理念委員会でときどき全体について話が出るので、私は皆さんのご意見をときには代表して申し上げなければいけない立場にありますので、そのことも含めて、どうぞ経済企画庁の事務局の方に月末までに、全部についてでなくても結構ですし、特にこの分野について意見を言いたいということがございましたら、ひとつご提出いただければ大変幸いだと思います。よろしくお願いいたします。

 では、次回以降の日程について、事務局の方からご説明させていただきます。

〔 事務局 〕 次回は3月5日(金)午後2時から4時まで、同じ部屋で開催することを予定しております。別途、通知を郵送し、ご案内させていただきます。

〔 部会長 〕 最後に、5分ほど余ってしまいましたので、ぜひとも今日これだけは最後に言っておきたいという方がございましたら、どうぞ。

〔 I委員 〕 グローバリゼーションの今の役割、定義は別にしますけれども、何か 150年前の黒船の役割を果たしているような気がします。というのは、もし黒船が来なかったら、日本は恐らく植民地になってしまったのではないか。不平等条約もあったわけですけれども、もし、さらに20年、30年たってから黒船が来たら、日本はそれに対応できない状態になってしまっているのではないかと思います。ですから、その時代の知恵を生かして、黒船はいやだという気持ちはよくわかりますけれども、自分たちが自分の将来を決めるための刺激になるというようにグローバリゼーションをとらえたらどうかなと思いました。

〔 部会長 〕 おっしゃる意味は、黒船が来ることに対しての近代化しなければならないという日本の反応がよかったということですか。

〔 I委員 〕 まあ20年間かかったのですけれども、植民地になることは避けられたということでしょう。

〔 部会長 〕 今度はグローバリゼーションに対する対応が大事だということですね。

〔 I委員 〕 そういうことです。

〔 部会長 〕 わかりました。どうもありがとうございました。

 それでは、第1回のグローバリゼーション部会の審議は以上で終わりたいと思います。

 なお、皆さんから大変貴重なご意見を伺いましたので、私どもといたしましても大変うれしく存じますが、この後、記者クラブでブリーフィングをさせていただきますが、できる限り皆さんのご意見のうまく反映できればと思っております。

 どうも長い時間、ありがとうございました。

--以上--