経済社会のあるべき姿と経済新生の政策方針
平成11年7月5日
経済審議会
目次
第一部 「経済社会のあるべき姿と経済新生の政策方針」策定の意義
序章 知恵の時代へ
1998年度に、日本経済は厳しい不況を経験した。政府としては、不況対策に取り組むと同時に、この不況から立ち直ったあとの日本の経済社会の「あるべき姿」とそれに至る政策を、はっきりと提示しておくことが必要である。20世紀末の現在は、世界の文明が大きく変ろうとしている最中だからである。
目下、進行中の世界文明の変化は、通常の「進歩」や「高度化」ではなく、新たな歴史的発展段階を創るものであろう。つまり、近代工業社会を超越して、新しい多様な知恵の社会に至る転換である。
今日の不況から立ち直った日本の経済社会は、知恵の社会にふさわしい姿を志向していなければならない。それ故、この経済社会の「あるべき姿」においても、経済構造や経済活動だけではなく、新しい経済社会の根底をなす条件、目標、概念および価値観についても明確にしておくべきであろう。
そうすることによって、自信と誇りを持って、新しい時代を切り開くことができる。
第1節 最適工業社会の達成と新時代への転換
日本は、明治維新以来、ひたすら近代工業社会の形成に励んできた。そのために日本が採った手法は、欧米先進国の技術や組織を学び、その最良と思われる規格や制度を採り入れ、官の主導と産業界の協調によって全国に普及する、というものだった。特に第二次世界大戦後は、すべての資源と能力を経済の発展、とりわけ近代工業の成長に振り向けるようになった。そこでは、おおよそ次のような社会的合意が存在したと考えられる。
ア)国際的位置付けでは、西側自由主義陣営に属して専ら経済発展を目指す。
イ)産業経済においては、官の主導と産業界の協調を重視して、規格大量生産型産業を育成する。
ウ)情報と地域構造では、主要な知的活動を首都東京に集中し、全国が同じ規格の施設と同種の情報を持つ統一市場とする。
エ)教育では、規格大量生産に適した辛抱強さと協調性と共通の知識や技能を持つ人材を育てる。
オ)社会構造は、地縁や血縁が薄くなり、職場に強い帰属意識を持つ「会社人間」で構成された職縁社会を軸とする。
カ)企業経営では、長期継続雇用の慣行と先行投資と集団主義構造を備えた「日本式経営」を良しとする。
こうした合意が国民多数の間に形成された背景には、効率と平等と安全の三つを正義とする価値観があった。戦後の荒廃から立ち上がり、経済的繁栄を実現する方法としては、この選択は誤っていなかった。そのお蔭で、戦後の日本経済は急速に復興し、長期にわたる高度成長を続けることができた。
この結果、1987年、日本の一人当たり国内総生産は米国を上回り、人口1千万人以上の国では世界最高にまで昇りつめた。この時日本は、最も完成度の高い近代工業社会、いわば「最適工業社会」を形成していたといえる。明治維新から120年、近代日本の夢は達せられたわけである。
しかし、1980年代後半になると、日本でも規格大量生産型産業の拡大は限界に達した。収益性の高い実物投資対象が十分に見出せない中で、余剰となった資金は、海外投融資と土地や株式などの資産投資の二つに向かった。
80年代末、日本の地価や株価は急騰、全国の土地資産総額は2,137兆円、米国の2.7倍にもなった。株式の方も東証の株式時価総額が630兆円に達し、ニューヨーク市場をも上回った。
しかし、経済実態を反映しない高値は必ず崩壊する。日本の株式は1989年末を頂点として、翌90年から急落、地価もこれより少し遅れて大幅な値下がりを見た。日本経済の成長循環は突如、停止したのである。
この結果、多くの企業が行き詰まり、金融機関は巨額の不良債権を抱えてしまった。そしてそれを契機に日本経済は、現在(99年夏)に至るまで、本格的には立ち直っていない。
90年代の不況、とりわけ97~98年度の大きな落ち込みは、単なる景気循環の周期的調整ではないし、金融機関や企業の経営悪化から生じた経営不況だけでもない。
そこには、戦後の成長を支えてきた近代工業社会の規範が、人類文明の大きな流れにそぐわなくなったという根本的な問題がある。その中でも、21世紀の豊かな国造りには製造業が知恵と技術を活かして、この国の経済基盤をしっかりと支えることが必要である。先人が蓄積したものづくりに見られるような生産の技術と精神を発展させつつ、多様な知恵の値打ちを生み出す機能と才能を拡大する仕組みと気質が不可欠である。
従って、本答申においては、まず最初に「集約」として、2010年を目途とした経済社会の「あるべき姿」の概念(コンセプト)を明確に示すことにした。今、求められているのは個々の政策や制度の改善の集計としての世の中の変化ではなく、総体としての経済社会の発想と構造の改革を目指した具体的な制度や政策の改革だからである。既に始まっているいくつかの改革も、そうした位置付けと役割を持っているといえる。
第2節「あるべき姿」の条件(未来変化への対応性)
2010年頃までに到達する日本の経済社会は、次の諸条件にかなったものでなければならない。
1.知恵の社会化対応
これからの多様な知恵の社会においては、絶えざる新しい知恵の創造による経済と文化の活性化が行われることになる。これに対応するため、世界からの情報知識が入り易く、世界への発信がし易い状況を創るとともに、個性と創造性に富んだ組織と人材を育成する仕組みと社会的気質が必要である。そのためには、育児、教育、雇用慣行や地域、家族などのあり方が、それにふさわしいものに変わっていく。
2.少子高齢化対応
人口の少子高齢化は、21世紀に入ると一層深化する。これに対応するとともに、2005年頃から始まる労働力人口の減少に耐え得るシステムと慣習、そして絶えざる変革の活気を内蔵し、不足する機能と要素を補充し得る多様な供給の源泉を持つべきである。
3.グローバル化対応
20世紀はイデオロギーを基本とした国家群の対立抗争が続いた時代だった。21世紀はそれぞれの地域で国家集団が成立し、各国がその中でも外に対しても経済と文化の影響力を競い合う時代になるだろう。ここでは、モノ、カネ、情報知識、そしてヒトや企業が国境を意識することなく移動する状況が想定される。日本の「あるべき姿」の経済社会では、モノ、カネ、情報知識が自由に出入りするだけではなく、世界の流動の「集散」の場となるべきである。
将来の日本は、内外様々な人や企業に、活動の場として選ばれるような社会的利便性と経済的効率性と生活の楽しさを目指すべきである。
4.環境制約対応
規格大量生産型の供給体制は、大量消費、大量廃棄の側面を併せ持つことから、環境保全との関係でも、その転換は不可避である。資源を使って製品を造る製造業に加え、製品を資源に戻す逆製造業も形成されるべきである。
第3節「あるべき姿」の目標:「最大自由と最少不満」
1.「個」を基盤とした自由と「公」の概念
近代工業社会においては、近代化が普遍的な正しさを持つという観念が社会生活にも拡大し、国民の生活にも幸せの基準(又は尺度)があると考えられていた。規格大量生産による効率向上効果が高かった時代には、商品サービスの規格をも国が定めるのが、経済的幸福を達成する最良の方法、と考えるのにも肯定すべき面があった。
多様な知恵の社会においては、商品、サービスはもちろん、雇用や勤務の形態や人々の帰属対象までもが多様化する。ここでは、各個人がそれぞれの好みによって、人生の目的とその達成手段とを選び得る個人の自由を、社会全体として最大にすることが重要である。
また、各個人が自由を追求できるためには、相互の了解としての「公」の概念が形成されねばならない。自立した多数の個人が相互に自由を尊重しながら、競争による経済の成長と生活の楽しさを追求するためには、その社会の構成員として尊ぶべき共通の感覚、「公」の概念というべきものが不可欠である。
2.人権と尊厳が守られる経済社会
少子高齢化が進み、グローバル化した多様な知恵の社会の中で、経済の成長を恒久的に維持するためには、激しい競争を通じて磨かれた個性と創造性によって新しい技術、産業、文化がきらびやかに登場することが必要である。しかし、こうした競争社会には失敗者や社会的弱者も少なからず存在する。「あるべき姿」の経済社会では、すべての人々の人権が完全に守られ、成功への挑戦の機会と人間としての尊厳が保たれなければならない。
ただし、守るべきは個人の人権であって、経済的利権や行政的権限ではない。生活の保護や失敗者の救済が、経済的利権となるようなものであってはならない。「あるべき姿」の経済社会では、すべての人々の人権と尊厳を十分に守る「安全ネット」が必要だが、そのための経済・社会的負担をする側にも大きな不満が生じないことも重要である。
「あるべき姿」の経済社会は、国民全体の不満が最少になる均衡点が追求される仕組みでなければならない。
3.成長を維持する経済
人口の停滞減少の中でも国民1人当りではもちろん、総体としての国民経済も成長を維持すべきである。総体としての経済規模の縮小は、
ア) 官民の設備と負債が過剰化する。
イ) 官民の投資対象を減少させる。
ウ) 設備の老朽化と人事の膠着を招き、利権重視となる可能性が高い。
エ) 新技術、新組織の参入を制限し、経済の循環的な活力低下を招く。
オ) 次代に夢を失わせ、活発な組織と個性が海外に流出する。
カ) 少数現役世代が負う高齢層の生活支援や老朽施設の補修負担が過大となり、世代間の対立感情を深める可能性がある。
などの悲惨な状況に陥るからである。
「あるべき姿」の経済社会は、多様な補充源を持つとともに、急速な人口減少に歯止めがかかるような仕組みと気質を備えていなければならない。
第4節「あるべき姿」の概念(コンセプト)〔多様性と創造的変革〕
以上の条件を満たし、目標を達成し得る経済社会を考えるとすれば、以下のような経済社会の構造と気質が浮かび上がってくる。
1.自立した「個」を基盤とした経済社会
まず、見えるのは、自立した「個」を基盤とした経済社会である。
人類文明が多様な知恵の時代に向かう中では、日本の戦後体制である官の主導と各業界の協調によってリスクを社会化し、日本式経営によって高度成長を目指すことは不可能である。当然、日本式経営の一部である長期継続雇用や年功賃金体系を従来どおりに保つこともできないし、それを前提とした「会社人間」が大部分を占める社会構造も維持できなくなる。
これからは、経済社会のすべての基盤は自立した個人にある。各個人はそれぞれの個性を発揮し、好みに応じてすべてを選択する権利を持つ。従って、ここでの行為は原則として上下に結ばれた「縦」の関係ではなく、個人相互も企業も政府も平等な「横」の関係となり、社会の営みは相互行為になる。
その一方、機能組織においては、意思決定の迅速さと明確さが求められる。これまでの日本の組織には幾重ものヒエラルキーがあり、下から上へと意思が伝えられる集団主義が採られてきた。「あるべき姿」の社会ではトップの意思決定と周囲の実行とが密接にかみ合った組織活動が求められる。
2.多様多角的な繋がりのある複属社会
「個」を基本とした社会を維持し、良化して行くためには、最良のコミュニケーション環境を創り上げなければならない。それは、すべての人々が自ら考え表現する発想と慣習と技能を持つことから始まる。教育は個性と創造力と情報受発信力を持つ人材を育てることに重点を置くべきである。また、すべての人々があらゆる時間と場所で情報受発信の権利と技能と機器を持ち、相互に多様多角な繋がりを持つことが望ましい。
また、各個人が自らの好みによって帰属意識の対象を選ぶことになる。これまで人類は、大小の家族(血縁共同体)や地域社会(地縁共同体)、職場職業団体(職縁共同体)などを形成し、多くはそのいずれかに全人格的に帰属してきた。戦後の日本では、大部分が職場に強い忠誠心と帰属意識を持つ「会社人間」と化した。
これからも、家族や職場にのみ帰属する「単属者」であり続ける者もいるが、多くは、これらに加えて好みの縁で繋がった集団(好縁共同体)にも帰属意識を持つ「複属者」となる。その意味でも「あるべき姿」の経済社会は多様な職業、信条、趣味の人々が混住する刺激性と流動性の強い都会的な社会となるだろう。
3.経済社会における「官」の役割
政府(官)の役目は、自立した個人が自らの好みに基づく自由なる選択を行い、個性と独創性を発揮し得る社会的条件を整え、それを維持するためのルールを明確にし、適切に運営することに純化する。
これまでの日本では官が路線を定め、スケジュールを決めて経済社会を主導し、民間企業がその枠組みの中で活動した。消費者としての国民は、官の定めた規格の製品やサービスの範囲内から選択する仕組みだった。
それは規格化された製品やサービスの供給では効率的であったが、新たな技術や新しい供給を開発する機能性は乏しい。官の手で行われる路線の決定では、先例が重視され経験が尊ばれるので冒険的な新事業や飛躍的な技術開発は望み難い。戦後の日本に新技術や新製品が導入されたのは、外国に優れた先例があったからである。
これからの社会は、各個人が自らの好みで製品やサービスを選び、好みの使い方をする。ここでの官の役目は各人が好みによって製品やサービスが選べるように経済社会のルールを定め、それが守られるように監視し、生じた事故を適正迅速に処理をすることにある。
「あるべき姿」の経済社会では、すべての人々が自らの技能と思惑によって製品やサービスを発売し、消費者たる個人は自己責任原則の下、好みに応じて選択することができる。つまり新規参入の自由と消費者主権が確立されるわけである。そのことによって新しい技術や商品も開発され、さらに需要が喚起される。ここで重要なことは、多数の消費者に商品やサービスを売る者は、その性能や機能などすべてを正確に、余すことなく明らかにする「供給者の情報公開義務」である。
これに対して消費者には、消費生活を秘匿する権利が守られなければなら ない。消費者の選択が歪められないためにも、「プライバシーの保護」が不可欠である。
4.創造的に変革する企業経営
「あるべき姿」の経済社会においては、社会の単位である個人の活動を組織化した経済活動の主体となるのは、民間の企業や団体である。
これらの企業や団体は、激しい競争の中で、常に市場動向に敏感でなければならず、新しい技術やデザインの開発、経営方法の刷新や人材の発掘に熱心でなければならない。
これまでの近代工業社会は、規格大量生産の効果が大きかったため、巨大な設備と組織を持つ大企業が有利だった。ここでは組織(企業や団体)は人間から離れた資産保有の主体として実存しており、人間(個人)はこの組織に部品としてはめ込まれる形になっていた。
これからの多様な知恵の時代では、組織は人間によって構成されるものとなる。
知恵の値打ちの創造が経済成長と企業利益の主要な源泉となる世の中では、最大の生産手段は、人間そのものと切り離すことのできない「知恵」と「経験」と「感性」である。企業や団体が存続し繁栄し続けるためには、常に創造的な変革を続けなければならない。これからの企業経営にはそうした慣性をビルトインすることが必要になる。非営利の団体などもこの例外ではない。「あるべき姿」の経済社会では、そのような企業や団体が相互に競い合い、より大きな満足をより効率的に提供できる企業や団体が発展する。
5.多様な補充源のある経済社会
少子高齢化が深化する中で、総体としての経済成長を保ち、グローバル化する世界でモノ、カネ、知識情報が集散する経済社会を築くためには、強い刺激と必要な機能や要素の補充が欠かせない。そのためには、年齢性別を超えた人材の活用はもちろん、外国からの機能等の補充も必要となる。
ここではまず、高齢者や育児期間の人々も働き易い条件、―例えば労働時間の短縮、家事や育児のアウトソーシングのできる産業と施設の配置、通勤・通学・通院などの時間的精神的負担を軽減する街づくり、高齢者などに適した勤務日程や作業方法の普及など―が重要である。また、楽しい暮らしと快適な生活を営むのに必要な商品とサービスを、十分にかつ適正な価格で提供できる体制の整備も欠かせない。特に2007年頃からの少子高齢社会を想起すれば、文化的刺戟や教育から生活支援サービスや介護まで、広範な分野で多様な補充がなければ、満足な社会運営ができなくなることもあり得るだろう。
経済社会を限られた人口と特定の文化や慣習の中だけに限定して考えるのではなく、外国企業や専門的・技術的分野の外国人等の活用による多様な補充を検討すべきである。
このような多様な人々を心地よく受け入れ、共生し、交流が進む条件整備を考えるべきである。
第5節 経済選択の基準としての価値観〔新しい効率、平等、安全と自由〕
「あるべき姿」の経済社会が実現し、維持され、適切に運営される根底には、常に世の中の動く方向を選ぶ基準としての価値観が必要である。
これまでの近代工業社会を形成する戦後社会の価値観では、①効率、②平等、③安全が「正義」であった。これからも、この三つは変ることない正義であり続けるが、より明確かつ意識的な定義が必要になる。また、これらの正義に④自由が加わり、好みの選択と間断なき競争によるイノベーションが強く支持されることになる。
1.効率
効率は近代工業社会における基本的な「正義」であり、戦後前半(50年代、60年代)では最優先すべきものとされた。21世紀の「あるべき姿」の経済社会においても、産業競争力の強化や技術革新のみならず、人材と社会施設の配置や活用においても、効率性を重視しなければならない。このためには、日本において効率的に生みだすことのできない部分(資源、製品、サービス等)は、グローバル化の中で補充して行くことが必要になる。少子高齢化の進むこれからの日本では、社会全体の効率向上はこれまで以上の重みを持つ。
2.平等
平等は近代思想における重要な正義であり、とりわけ戦後は、世界的にも重視されてきた。
平等には、すべての人々が等しい挑戦のチャンスを持つという意味での「機会の平等」と、所得格差の是正や消費の規格化による公平感を重視する「結果の平等」とがある。生産手段の国公有化や官僚統制によって、事前的に「結果の平等」を図る社会構造が20世紀には世界の多くの国で試みられたが、結果は失敗に終わった。
「あるべき姿」の経済社会において、「平等」は極めて重要であり続けるが、その内容は「機会の平等と事後の調整」の組合せとなる。主要な生産手段が人間の持つ知識と経験と感性となる社会では、それを国公有化したり、法人が専有することは難しい。ここでの平等は、まず、すべての人々が自らの意思で何事にも参加し得る機会を持つことである。そして、その結果として生じる経済的格差を是正し、みんなが生きられる仕組み(安全ネット)を確立することである。
3.安全
安全は戦後日本で最優先された正義であり、今後とも不可欠な正義であり続ける。
安全の第一は平和と治安である。平和の維持と良好な治安は今後も守られなければならない。自由な「個」を基礎とした競争社会を確立し、多様な補完を認めた上で、平和と治安を維持する考え方と方法を、社会的合意によって確立する必要がある。
安全の第二は無事故・無災害である。戦後、事故や災害防止に巨額の費用が投入され、労働基準や各種製品の安全基準なども強化された。しかし、安全対策が規格基準を満たすことに注力されすぎ、時と所に適した対応が欠ける傾向も現れた。これからは事故や災害の防止には一段と力を注ぐべきだが、「官」の基準にのみ頼らず、それぞれの現場に適した方法によって対処するべきである。
安全の第三は財産の保全である。これまでは金融保護や需給の観点からの参入規制など、「官」が国民財産の保全を目的とした規制を行ってきた。これによって、個人の自由な選択を狭めただけでなく、社会的な損失と産業技術の停滞を招いた。これからは、「官」による財産の保全は、原則として正確な情報の提供と、安全ネットの確立に限り、人々が自らの判断によってリスクを取ることを自覚すべきである。
安全の第四は健康である。戦後の日本は、公害汚染の除去、医療の全国民への普及などに、大きな努力を傾けてきた。これからの世の中では、「個」の自由なる選択と、「公」の観念と、「官」のルール造りおよび事故処理という原則に基づき、より健康的な生活ができるようにすべきである。
特に、「あるべき姿」の経済社会においては、「安全」の概念を、全地球的規模に拡げて、地球環境の美化と保護とを正義の一部に加えるべきである。つまり、地球環境の美化と保護は、「あるべき姿」の経済社会においては、人類全体の長期的安全を守る正義である。
4.自由
日本では、歴史的に自由が社会正義とは認識されていなかった。戦後においては、効率、平等、安全が相互間で抵触、対立する場合に、国民的な論争が起こり、政治問題として論じられ、担当官庁間の協議の末に、一定のところで合意が作られてきた。効率と平等(例えば、全国おしなべての画一的な施設整備)、効率と安全(例えば、自動車の速度制限)などの間では、そうした妥協が行われており、技術の進歩や社会風潮によって、その線は揺れ動いた。
ところが、自由は正義として認識されていないため、自由と効率、平等、安全とが抵触した場合には、政治的議論となる前に、行政の判断で自由が抑えられてきている。
「あるべき姿」の経済社会では、自由は、効率、平等、安全と並ぶ正義の一つとなる。これなくしては、「個」を基盤とした「横」に繋がる社会の形成も、激しい競争による生産性の向上や経済成長の維持も、不可能である。
「あるべき姿」の経済社会が個の自立と競争による繁栄と楽しさを追求する経済の仕組みと気質を持つためには、「自由」が社会正義と認識されなければならない。この点を曖昧にしたのでは、日本は世界経済の主要なプレーヤーにとどまることができない。
第一部 「経済社会のあるべき姿と経済新生の政策方針」策定の意義
第1章 戦後の経済発展と歴史的大転換
第1節 戦後の日本の市場システム
戦後の日本における市場システムの特徴は、個人、企業、政府等経済主体相互のかかわりや組織内部の構成員の間における安定的関係を基礎として、協調の利点を重視しこれを活かす点にあった。これは、主に欧米諸国の技術を導入することによる発展が可能であり、目標が明確でリスクの小さな時代においては、比較的有効に機能してきた。しかし、そうしたキャッチアップ型経済成長の終焉により、自らフロンティアを開拓していくことが必要になったため、効率性、競争原理の徹底した追求が必要不可欠となり、これまでのような協調関係に重点を置いたシステムの修正が迫られることとなっている。
80年代後半に発生したバブルの背景にも、戦後形成されてきた日本経済のシステムが時代の変化に適応できなくなったことがある。キャッチアップ過程の終了後に新たなフロンティアとしての投資先を見出せず、行き場を失った大量の資金が資産市場に流れ込み、地価や株価の急騰をもたらした。80年代にはすでに歴史的な転換期に差しかかっており、国内の制度改革が必要であったにもかかわらず、景気が過熱気味に拡大する中で本格的な経済社会変革の必要性が十分に認識されず、従来型のシステムが慣性的に維持されてきた。歴史の流れと現実のシステムの不整合による行き詰まりは、90年代に入りバブルの崩壊とそれに伴う深刻な景気低迷の中で、極めて差し迫った形で突きつけられることになった。
第2節 歴史的転換の内容
日本の経済社会システムに大きな変革を迫っている内外の歴史的な大転換の潮流は、以下の4項目に大きく整理することができる。
1.多様な知恵の時代への移行
すでに付加価値の源泉は情報と知識の量と内容、そしてその処理技術にシフトする傾向をみせている。これからはこの傾向がますます強まり、知識や知恵を新たに創造したり、使いこなしたりすることによって生み出される価値が、経済成長、企業収益並びに人々の満足を高めるための原動力となる。
また、情報通信技術は、小型化、高速化に加えてネットワーク化への発展が80年代後半から急激に進んだ。90年代に入ってからはインターネットの実用化とその急速な普及が、これまでのネットワーク化を急速に進め、情報の流通面で全世界を一つに結びつけている。こうした情報通信技術の革新とその普及は、新たな発展基盤を形成し、経済全体の効率性を飛躍的に高める可能性をもっている。
2.少子高齢化の進展と減少に転ずる人口
明治以降130年間で4倍増した日本の人口は、今後10年程度で減少に転じる。人口増加の下で機能してきた雇用システム、年金・医療などの社会保障制度、都市・国土などの基盤整備政策を現行のまま維持することは難しくなっており、構造改革が要請されている。このことは産業、就労の形態や教育のあり方に大きな影響を及ぼすとみられる。
3.グローバル化
財・サービスの貿易や資本移動の国家間の障壁は低くなり、多くの市場が相互依存関係を深めている。また、途上国の発展と旧東側諸国の市場経済移行によりグローバル市場の規模は急速に拡がった。さらに、情報通信技術の革新とそれに伴う通信コストの低減は、国内のみならず国際間でやりとりされる情報量の飛躍的増大をもたらしている。
他方、国際的資本移動における不安定性等の問題が発生しており、グローバル化はその便益の一層の増進を図るため、今やその欠点を是正する仕組みを模索するべき新しい段階に入っている。
4.環境、食料、資源・エネルギー問題による制約の高まり
環境問題は、企業の活動や人々の日常に深く関わる広がりを見せている。大量生産・大量消費・大量廃棄型経済社会システムのもと、先進国ではこれまで物質的な豊かさを実現してきたが、地球環境問題、廃棄物による環境負荷など未解決の環境問題の山積は、こうした経済社会システムの限界を示唆している。
食料、資源・エネルギー問題も経済活動に対する一層の制約要因となる可能性がある。世界の食料需給は、需要の大幅な増加に見合った食料供給を確保するうえで種々の制約要因が明らかになってきており、中長期的にはひっ迫の可能性がある。また、第二次石油危機による混乱が収束して以降のエネルギー資源の過剰状態が、将来も続くとは限らず、特に、開発途上国の人口増加やアジアにおけるエネルギーの域外依存の高まりは今後の大きなリスク要因である。
第2章 「あるべき姿」を選択する必要性
歴史的な大転換期にあり、これまで有効に機能してきた経済社会システムがもはや機能しなくなっている現在、経済社会システムを抜本的に変革することが不可欠である。この変革は、これまでのシステムの延長線上で漸進的に制度を調整していくという対応では、到底対応が不可能なものであり、人々の行動様式から発想に至るまで、まったく異なる枠組みへの転換を伴わざるを得ないものである。
現在我々が直面している問題は、これまでのようにほぼ国民的な合意の得られた方向性に沿って、その詳細な内容をいかに設計、調整していくかということではない。いずれの方向へ進むかについて、国民の選択がまず必要であり、その大きな方向性について解答を出すことが求められている。
大きな選択を行う場合、その結果実現されるであろう姿とその手段が明確に示されていることが極めて重要である。経済社会の「あるべき姿」として第二部で示す姿は、今後21世紀へ向けて我々が選択すべき方向性と、その結果として実現されるであろう経済社会の姿を描いたものである。また、第三部において、それを達成するための政策方針を示している。第二部以下で示す「あるべき姿」を国民がその合意の下に選択し、新しい経済社会の発展に向けて、自信を持って進んでいく必要がある。
第3章 「経済社会のあるべき姿と経済新生の政策方針」の基本的役割とその実行
第1節 基本的役割
「経済社会のあるべき姿と経済新生の政策方針」の基本的役割は、①21世紀初頭の日本の経済社会のあるべき姿について、選択の方向を明らかにすること、②今後10年程度にわたって政府が行うべき経済運営の基本方向・課題を定めるとともに、重点となる政策目標と政策手段を明らかにすること、③家計や企業の活動のガイドラインを示すこと、にある。
時代の転換期にあたって、先行きの不透明感が経済主体の活動を萎縮させている現在、21世紀初頭の経済社会のあるべき姿と経済新生の政策方針を示すことの意味合いは極めて高い。
また、日本の経済社会が目指す方向と政策方針を世界に向けて発信することの意義も大きなものがある。
第2節 政策方針の実行
「あるべき姿」を実現していくためには、示された政策方針に沿って政策の着実な推進を図っていく必要がある。特に、本政策方針の中では大きな方向性を提示するにとどまっているものについては、政府内で早急に具体化の検討に着手し、その結果を分かり易いプログラムとして示すこととする。
また、本政策方針の実効性のある推進を図るため、毎年、経済審議会は、内外経済情勢及び施策の実施状況と具体化の検討状況を点検し、毎年度の経済運営との連携を図りつつ、その後の政策運営の方向性につき政府に報告するものとする。さらに、日本を取り巻く諸情勢に急激な変化が生じた場合、または、その発生が予想される場合には、経済審議会は、随時、本政策方針に示した展望を見直すとともに、取るべき方策について提言を行う。
(注) 中央省庁等改革に伴い経済審議会は廃止されるが、本節に述べる経済審議会の任務は、内閣府に設置される経済財政諮問会議の任務の一部として行われると考えられる。
第二部 経済社会のあるべき姿
我々が21世紀に築いていくべきは、グローバリゼーションという条件の下で、次の三つの課題に応えた経済社会である。
第一には、規格大量生産型の経済社会体制から、多様な知恵の時代に相応しい経済社会へと脱皮していくことである。
第二には、高齢社会・人口減少社会に備えた仕組みに変革し、生産性を高め活力を維持することである。
第三には、顕在化している環境制約を克服し、環境と調和した経済社会を構築していくことである。
これらは、日本のみが当面する課題ではなく、遅かれ早かれ世界の多くの国が共通に解決しなければならない課題である。日本がこれらの課題に応えた経済社会を築くことができれば、国際社会において敬愛され、主要なプレーヤーとして世界の秩序形成に積極的に参画していく力となる。
こうした経済社会を築くためには、絶えざる改新の気質に満ち、自己責任原則のもとに個々人が夢に挑戦できるより大きな自由と、しっかりした安全ネットを備えたシステムが必要である。また、「公」のことは官に任せればよいとの風潮を廃し、個々人が地域コミュニティー、NPOなどを通じて、「公」の問題に取り組むことが求められる。
第1章 多様な知恵の社会
多様な知恵の社会においては、「個」の自由と自己責任が基本的な行動原理となる。人々は自らの価値観に従い、より自由に人生の選択を行う。社会においては、独創性、多様性が尊重され、人々はそれぞれの個性をより強く発揮する。個々人の「夢」に挑戦できる環境が整備され、人々は自己実現に向けて活発に行動する。
第1節 経済活動の自由が備わり多様性と独創性が発揮される社会
経済面においては、市場における活動の自由が最優先の課題となり、知恵の社会において求められる人々の多様性、独創性が十分に発揮される。市場メカニズムの活用が最優先の原則とされ、あらゆる制度、システムがこの原則に反しない方向で組み立てられる。経済的な規則や制度は自由な活動を促すインフラとして位置づけられ、「原則自由」への発想の転換がなされる。自由な市場にもルールは不可欠であるが、そのルールには説明可能な目的が必要であり、すべての規制には説明責任が伴うと認識される。
従って、需給調整規制の原則廃止による新規参入の自由化、情報の非対称性の解消等により、消費者の市場における自由な選択が財・サービスの生産等に適切に反映されるという、消費者主権が確立され、自己責任原則のもとで、市場メカニズムの機能が効果的に発揮される。
多様な知恵の社会においては、これまでの横並び的発想とは違った発想が必要であるが、外国人、外国文化との交流はそのための有効な手段となり得る。これに資するような専門的・技術的分野の外国人労働者や、外国人研究者及び外国人留学生の受入れが積極化している。
第2節 個々人が「夢」に挑戦できる社会
多くの人々が「夢」に挑戦し、その中から新しい創造性が生まれる。挑戦するに相応しい成功報酬が備わっており、個人が自己責任のもとに自立した存在であるとの認識が高まっている。
そうした社会においては、創造的価値の生産やリスクをとることによって大きな所得を獲得することが可能となる。成功者と失敗者の間で所得格差が拡大する可能性があるが、挑戦とそれに伴うリスクに相応する報酬は正当な評価であり、それによる格差は是認される。また、その前提として、すべての人に対して公正な機会が与えられている他、失敗した場合の最低限の安全ネットと再挑戦の可能性が確保されている。
「公正な機会」を付与するため、社会がある程度流動的となっている。既得権益に結びついた者が有利な条件を享受するといった、「機会の不平等」は解消されている。また、「再挑戦の可能性」を確保するものとして、転職を阻害しないように外部労働市場が整備され、自らの適性を探り得る多様な選択肢が備わっている他、事業の失敗に対する円滑な清算の仕組みが整備されている。
第3節 性別にとらわれない社会
男女が、社会のあらゆる分野において、互いにその人権を尊重しつつ責任も分かち合い、性別に関わりなく、その個性と能力を十分に発揮することができるようになる。
「男は仕事、女は家庭」といった性別による固定的な役割分担意識が払拭されるとともに、女性の多様なライフスタイルの選択を困難にしている社会制度等の見直しも進む。
雇用の分野においても、性別に関わらず、個人が主体的に職業選択を行い、その能力を十分に発揮し、充実した職業生活を送ることができるような環境整備が進む。
第4節 多様な個人の帰属先
自由を基盤とし、個人が自己の夢を追求する社会では、個人の独立・自立の度合いが高まり、その帰属先も広く多様化し、個人の選択の幅が広がる。会社中心主義の典型である職場単属主義は是正され、多種多様な帰属先が存在するようになる。家族の役割は相対的に高まるとともに、趣味サークル、スポーツクラブといった新たな帰属先が形成される。
人的ネットワークが複合的に形成されることで、多様な価値観の共存と個々人の自己実現が達成される。個人の社会参加意識も高まり、個人の人間性と社会の一体感が維持される。こういった状況の中でNPOは、個人の社会参加意識を高めることによって、広く社会を支え、潤いを与える重要な役割を果たす。
第5節 多様性のある国土
東京を頂点とする階層型の国土構造から、個人や地域の自主性、多様性を尊重することにより、効率的で生産性の高い国土構造に転換する。同時に、時間的・空間的ゆとりといった豊かさの増進・持続、国土の安全・安心が実現する。例えば、大都市における国際競争力のある都市機能、地方都市の個性的・自立的発展の源泉となる突出機能、中山間地域・離島等における国土・環境の保全等の多面的機能等といった、各地域の特色ある機能が、自立的かつ戦略的に高度化されるとともに、地域間の有機的で水平的な連携・交流が確保され、諸機能の分担、相互補完を通じて、さらなる高度化が図られる。
1.大都市における国際競争力のある都市機能
大都市においては、高度な都市機能や情報発信機能を発揮し、日本の経済社会全体の活力の維持・発展に積極的に貢献する。さらに、国際的な都市間競争に対応できるような都市機能の高度化が図られる。すなわち、国際取引機能、事業所統括機能、経営判断機能などを最大限に発揮するとともに、国際的な人・物・情報の流れの国内と国外の大きな接続点としてゲートウェイ機能を果たす。
また、国際都市として遜色のない生活環境を備える観点から、日常生活とそのフットワークにおいて、生活にうるおいをもたらす「空間」のゆとりと、移動時間等をできる限り短縮することによる「時間」のゆとりが確保されるとともに、安全性、快適性、利便性、効率性が向上する。
2.地方都市の個性的・自立的発展の源泉となる突出機能
地方都市においては、商業、業務、教育、文化等の都市機能や情報発信機能が高められるとともに、発展を支える国際競争力をも備えた地域独自の突出した機能が創出され、またはその高度化が図られる。これにより、東京一極集中から機能分散が図られる中で、東京主導の雁行型発展ではなく、地域が個性的・自立的発展を遂げ、むしろ地域もまた日本経済全体を牽引し得る活力を持つ。
3.中山間地域・離島等の多面的機能
中山間地域・離島等は、国土・環境保全等の多面的機能の維持・発揮を通じ、地域住民のみならず、都市住民を含む国民の生命・財産と豊かな暮らしを守る防波堤としての役割を果たしている。このため、中山間地域・離島等においては、人々が定住しうるに十分な稼得機会としての産業・物流体制等の確立、中山間地域・離島等に住むために必要な生活基盤の確保、国民レベルでの多面的機能への理解の促進が図られ、この地域の持つ生産力、国土・環境保全等の多面的機能が永続的に発揮される。
第6節 情報通信ネットワーク化
情報通信技術の革新は、21世紀の新たな技術的発展基盤として経済社会のすみずみにまで拡がり、個人の生活や企業活動、国土構造に大きな影響を与える。
個人の生活の面では、従来のメディアによる情報の一方方向への流れが、情報通信ネットワーク化により双方向化することにより、個人から社会に対しての情報発信機能が高まる。これにより、幅広い人間関係の形成が助けられる。
企業活動の面では、これまでの企業グループ内での情報共有の利点を活かした固定的な取引関係から、外部との情報のやりとりを通じた多様化した取引関係へと変化し、企業自体は系列や業界にとらわれない「個」としての性格を強める。
これらは全体として、コスト低下と組織内の意思決定の迅速化を通じて、経済全体の生産性を飛躍的に向上させる。その際、情報通信ネットワークへ「知」を送り込む発信者と、「知」の創造者が極めて重要となる。また、情報通信ネットワーク関連の新たな技術革新も経済発展と活力に重要な役割を果たす。>
第7節 人材の育成
知恵を創造するのは人間であり、自由な個人の発想を育むような教育システムを構築できるかどうかが発展の鍵となる。地域社会の連携により子供の教育環境が充実されるとともに、特色のある学校が存在することによって、教育についての選択の幅が拡がる。また、社会人の学習機会は大幅に拡充されるとともに、職業能力開発や職業能力評価の充実を通じて、技術や技能と知恵の融合を図り、知恵の時代を担う人材が育成される。
第2章 少子・高齢社会、人口減少社会への備え
21世紀初頭には日本の人口は頭打ちから減少に転ずる。こうした大きな変化に備え、そのマイナスの影響を最小限に抑えつつ、プラスの影響を最大限に引き出すような経済社会のシステムが構築される。
第1節 経済成長の重要性(成長を続ける日本)
人口減少は供給・需要の両面から経済成長にマイナスの影響を及ぼすが、総体としての一定の経済成長は国の活力を維持するためには重要な要素である。仮に、経済が恒常的に縮小すると、国家財政の継続的な縮小を必然とし、多様な行政ニーズに対応した財政運営が困難になるとともに、現在のように財政赤字が膨らんでいる状況では、その返済において将来世代にかかる負担がより大きくなる。また、新規投資の規模が縮小し、最新の技術やノウハウの蓄積が遅れる可能性も考えられる。その結果、経済の活力が低下し、若年者に夢を与えることや勤労者に将来の安心感を与えることもより難しくなる。
こうした事態を回避し、経済の活力を維持していくためには、生産性の向上が極めて重要であり、それによって人口減少によるマイナスの影響を補い、総体としての経済成長を民需主導で維持することが重要である。
第2節 長期的な人口の動向
2010年頃までを展望すると、人口減少のテンポはそれほど急速ではない。また、構造改革などを進めることによる生産性向上の余地が大きい。このため、21世紀初頭に向けて、中長期的にプラスの経済成長を持続していくことは十分に可能である。
しかし、より長期的観点からみれば、仮に今後人口の減少テンポが高まり、際立った技術革新も生じない場合には、やがて経済規模の縮小に陥る可能性もある。また、それが経済活力の低下につながった場合、企業や人材の流出をもたらし、さらなる活力低下の悪循環を招くことも否定できない。こうしたリスクを回避するためには、急速な人口減少という事態に陥らないことが好ましい。
第3節 年齢にとらわれない社会
就学、勤労、職業生活からの引退などの時期は年齢にとらわれず、個々の意欲、能力等に応じて選択することが可能になる。また、それらの機会は希望により繰り返し可能で、個々の生活設計は多種多様なリカレント型となる。
教育に関する画一性や横並びは薄れ、それぞれの能力や適性に応じた人生設計に基き、各自が進路を定めることができる。義務教育終了後の学校教育については年齢にとらわれず、個人の能力や適性、進路希望等に応じて入学したり、教育課程を履修したりすることが可能となる。また、一旦就職した後も本人の希望次第で休・退職し、あるいは就業しながら、生涯のいつでも自由に学習機会を選択して、更に高度な教育やその他の分野の教育を受けるなどの様々な学習活動が可能となる。
高齢期においても働き方の多様化・柔軟化や労働時間の短縮等によって希望に応じて職業生活を継続することができる一方、会社を早期に退職して、地域やNPO等の活動に従事することもできる。個人のキャリアにおいて、一つの会社に長く勤めようとする働き方だけではなく、多様な就業機会から職業を複数回選択しようとする働き方も可能となり、かつそうした意識も高まり、転職はより一般的になる。
第4節 職業生活と家庭生活が両立しうる社会
働き方の多様化、柔軟化や労働時間の短縮、子育て・介護サービスの整備等によって、男女ともに職業生活と家庭生活の両立が可能となる。家庭においては、家事や育児は女性に負担が偏ることなく、家族の共同で行われる。職場においては、出産や育児・介護により一時的に休業した労働者が、本人の希望次第で休業に伴うハンディキャップなしで復職したり、勤務時間短縮等の労働者の家族的責任に配慮した措置により、育児・介護を行いながら就業を継続することができるような環境整備が進む。
育児・介護を理由に退職した者についても、円滑に再就職することができる開かれた労働市場が実現する。
第5節 安心でき効率的な社会保障制度
少子・高齢社会において、国民がそれぞれの「夢」を追求しつつ、経済活動、社会活動に積極的に参画できるためには、安心でき効率的な年金・医療・介護等の社会保障制度が必要である。こうした社会保障制度には、以下の条件が備わっている。
ア)公的年金は、将来の給付と負担の内容が予測可能であるとともに、長期的に安定した制度であること。公的年金と自助努力による私的な備えとの計画的な組合わせにより老後の所得保障が図られること。
イ)世代間の公平を図る観点からも、将来世代の保険料負担について過重なものにしないこと。
ウ)医療と介護など関連する制度間の連携が図られるとともに、国民のニーズに適切に応えた効率的なものであること。
第3章 環境との調和
これまでの大量生産・大量消費・大量廃棄型経済社会システムは限界に達し、21世紀には、循環型経済社会の形成と地球環境問題への対応が進み、持続可能な経済社会システムが確立される。
第1節 循環型経済社会の形成
社会を構成する全ての経済主体について健全な物質循環と経済社会の持続的発展性の確保に係る責任が明確化され、廃棄物の発生抑制と効率的なリサイクルが経済社会システムに内在化されている。
行政の基本スタンスは廃棄物の適正処理に重点を置いたものから廃棄物の発生抑制とリサイクルを促進するものへと変革されており、また、生産者、消費者、行政等の各経済主体が、廃棄物の発生抑制とリサイクルに係る自らの責任を自覚し、その責任を効率的に果たすインセンティブが働くシステム基盤が形成されている。
さらに、リサイクルに対応した産業構造と技術基盤が形成され、リサイクル費用が大幅に低減し、高品質かつ低環境負荷のリサイクル財の安定的な供給が実現されている。
第2節 地球環境問題への対応
地球温暖化問題に代表される地球環境問題については、環境への負荷の少ない社会の実現に向けた国内の取組とともに、国際社会に占める地位にふさわしい国際的取組が進められている。
その中で、地球温暖化問題については、国内的にも温室効果ガスの排出量をまず減少基調に転換させ、さらなる長期的・継続的な排出削減が進められる。都市・地域構造、交通体系、エネルギー供給構造、生産構造から生活様式まで広範な社会経済システムが転換される。その過程で、新たな投資や技術革新、ビジネス等が創出されていく。
第4章 世界における位置づけ
第1節 世界の主要プレーヤーであり続ける日本
軍事大国とはならない日本が、国際的に安全を確保し得る地位にあるためには、経済社会面で世界の主要プレーヤーであり続けることが必要である。
そのために、本第二部第1章、第2章、第3章で述べたような、21世紀に対応した経済社会を世界に先駆けて国内に創り上げる。多様な知恵の社会への対応、少子高齢社会・人口減少社会への備え、環境との調和といった課題は、いずれも21世紀において、世界の多くの国々で取り組まなければならない課題である。これらの面で日本の経済社会が世界のモデルとなる。
また、国際的ルール作りにおいてリーダーシップを発揮する。開かれた世界経済においてのみ、安全、安定そして繁栄を実現し得る日本の発展は、国際的なルールのあり方に大きく依存している。同時に、グローバリゼーションの進展が、一国のみで経済変動を調整することをますます困難にしている。積極的な危機管理を行うためにも各国間のマクロ経済政策協調の一層の緊密化やIMF等を中心とする国際的な金融危機管理システムの整備・強化に積極的に取り組む。
第2節 日本発の未来文化
日本が国としての魅力を高め、結果として「敬愛される国」となるため、ルール作りにおける先進性を発揮していることに加えて、知識や知恵の創造・発信において、世界の中核の一つとなる。自然科学分野のみでなく、社会科学分野、人文科学分野、それらを統合した分野においても、国内外の最高知識・技術の共有化が進み、その改良・発信能力が飛躍的に向上し、それらを求めて国内外を問わず最優秀の人材が集積する。
ゲームソフトやアニメ等は、これまでの日本発の世界文化の代表例であるが、今後も、こうした環境の中から、ロボット、コンピューター頭脳等の先進的な技術、情報知識など、世界を先導する日本発の未来文化が数多く世界に発信され、広く共感を得て受入れられる。
日本の経済社会が本第二部で示すような「あるべき姿」へと変化していく中で、日本発の未来文化が形成されていくことに合わせて、日本人が単に経済のみを重要視するのではなく、豊かな心の持ち主であるという評価が確立する。
第3節 アジア地域発展への役割
2010年頃における日本の経済規模は、依然としてNIES、ASEANに中国とインドを加えたものに匹敵する。また、日本は多くのアジア諸国と稠密な貿易・投資の相互依存関係を形成していよう。こうした中で、アジア地域の持続的な成長に向けて、日本が技術面で常に先進分野を切り開き、各国に対する技術支援や直接投資等による技術移転を進めるとともに、商品市場、投資市場の両面で日本の市場を率先して開放することにより、アジア地域発展への役割を果たしていく。
また、アジア地域内の経済統合においても主導的な役割を担う。経済面での各国間の制度上の差異が縮小することで、グローバリゼーションが進展する一方で、世界主要地域においてはEU(欧州連合)やNAFTA(北米自由貿易協定)といった、従来の国家を超える新たな経済共同体が形成されつつある。そうした中で、日本としては、WTO等の場におけるリーダーシップ発揮を通じて、世界的な自由貿易投資体制の維持強化に努める一方、地域毎の経済共同体形成が多角的貿易体制を補完する機能を果たすという側面もあることを踏まえ、APEC(アジア太平洋経済協力)の場等も活用し、アジア地域の経済連携の促進に積極的な役割を果たす。
第5章 政府の役割と新しい「公」の概念
第1節 新しい政府の役割
官から民へ諸機能が移管され、企業活動や産業に対する政府の関与は極力縮小される。こうした中で、経済政策における政府の役割は、市場ルールの整備、危機管理、安全ネットの整備、外部(不)経済への対応、景気変動への対応等に純化される。
また、国及び地方公共団体の役割の分担については、可能な限り国から地方へと権限が委譲され、地方分権が進む。これによって、生活に直結した行政サービスの提供が、地域住民のニーズにより適合したものとなる。また、自由で活力があり、多様性のある地域社会の形成が促される。
第2節 新しい「公」の概念
個人の価値観がより自由や多様性を求めるようになると同時に、個人の自己責任意識が高まる。こうした意識変化が進むと、「公」のことは「官」に任せればよいとの風潮が薄れ、個々人が社会全体に貢献しようという新しい「公」の概念の確立につながる。
新しい「公」の概念は、個人の帰属する場が多様化することにより、個人と社会とを結ぶチャンネルが増えることを通じてより強固になる。とりわけ、個人の自発的な参加によって創られる人的ネットワークとしてのNPOは、個人が「私」を活かすことによって「公」を育てる有力なコミュニティーとなり得る。
第三部 経済新生の政策方針
第二部で示した「経済社会のあるべき姿」に向けて日本の経済社会を新生していくために、今後実施していくべき重要な政策方針を示す。
第1章 多様な知恵の社会の形成
第1節 市場と事業環境の整備
1.透明で公正な市場と消費者主権の確立
日本の市場を透明で公正なものとするとともに、自己責任原則の下で、消費者の市場における自由な選択が財・サービスの生産等に適切に反映されるという消費者主権を確立する。このため、以下の施策を実施する。
ア)行政全般において求められる「透明性」「説明責任」「経済社会情勢の変化への適合性」の三つの視点を規制改革においてもさらに重視する。また、日本の経済社会をグローバル化に対応したものとする上で特に重要な役割を果たすと考えられる物流、情報通信の分野について、21世紀初頭において世界の最先端を行く効率的で魅力的な事業環境を整備するための包括的な改革方策について早急に検討を行い、明確なスケジュールの下に施策を実施する。
イ)規制に関する政策評価の実施に当たっては、規制改革の視点を明確に位置づけ、その客観性を高めるために各種分野における「費用対効果分析」や「規制インパクト分析」等の手法の確立及び共通化を推進する。
ウ)事後チェック型行政への転換に当たっては、許認可等の直接規制に係る体制のスリム化を進めるとともに、明確なルール作りとそのルールが守られているか否かの監視を重視した体制に移行する。さらに、国民の生命、身体、財産の保護等に支障が生じないことを前提として、基準認証等について、自己確認、自主保安、第三者認証への移行を促進する。
エ)事後チェック型の行政に転換していくことに併せて、消費者・事業者双方の自己責任に基づいた経済活動を促すための公正で明確なルールを確立する。また、こうしたルールの実効性を確保するため、司法が果たす役割の重要性の増大に対応して法曹人口の増員等の方策を検討するとともに、自由と自己責任に基づいた消費行動を促す消費者教育を行う。
オ)民民規制について、苦情・要望への対応において市場開放問題苦情処理体制(OTO)もできる限り活用するとともに、独占禁止法の厳正な適用を行う他、私人による差止訴訟制度を含む民事的救済制度の整備を図る。
2.魅力ある事業環境の整備
日本の市場を国際的にみて魅力あるものにするとともに、国内的にも創業・起業がしやすく、また失敗した場合にも再挑戦のできる環境を整備することが必要である。このため、以下の施策を実施する。
(国際的にみて魅力ある事業環境の整備)
国内企業の事業再編や外国企業の対日進出を促進するため、以下の施策を講ずる。
ア)企業の組織形態の多様化に対応し、内外の企業による事業再編の円滑化を進める観点から、会社分割制度、倒産制度等の整備・充実を図る。また、必要な税制についても検討する。
イ)内外企業の活動範囲の拡大に対応するため、各国競争当局間の協力を推進する。
ウ)不動産の証券化を促進するなど土地取引市場の活性化を図る。
エ)知的所有権に係る権利保護を強化するとともに、権利者及び利用者がともに活用しやすい制度とする。
(創業・起業の促進)
オ)リスクに見合った高い報酬が可能となる環境を実現するとともに、直接金融からの資金調達を容易にするため、店頭市場の改革を行う。
カ)創業・起業予備軍の層を厚くするため、産業界と学校との人的交流の一層の促進、インターンシップの促進等を通じ、起業家精神醸成に向けた教育を実施する。
3.個人がより自由に選択したり挑戦できる環境の整備
創業・起業に限らず、個人が自らのキャリア形成等において、挑戦したり、性別にとらわれることなく、その個性を十分に発揮することのできる環境を整備するため、以下の施策を実施する。
ア)長期継続雇用等特定の雇用システムを有利とする制度や、自らの希望による労働移動に抑制的な制度を、中立的なものに見直す。また、労働者派遣事業及び職業紹介事業に関する規制改革、企業年金のポータブル化(確定拠出型年金の導入)等を通じて、労働移動に対応した外部労働市場の整備を図る。
イ)自立した個人が主体的に仕事に向かい、そうした働き方を通じて自己実現を目指したり、創造的な能力が発揮できるよう、労働基準法による裁量労働制の的確かつ効果的な活用を進める。
ウ)個人の幅広い能力開発の取組を支援するため、教育訓練給付制度の対象範囲拡大や、社会人も対象となっている奨学金制度の周知・充実を通じて、能力開発に必要な費用面への支援を行うとともに、多様な休暇制度の導入や労働時間の弾力化に向けての企業の取り組みへの支援を通じて、能力開発に必要な時間への支援を行う。
エ)個人の意欲や能力による公正な評価、適正な処遇を受けることができるよう、男女共同参画社会基本法の広報・啓発や、男女共同参画社会の形成の促進に関する取組みを推進する。また、特に雇用の分野における性差別禁止に向けての取組みを推進する。
第2節 多様な人材の育成と科学技術の振興
1.教育の充実
従来の横並び的な発想を根本的に転換し、独創性が重視される多様な知恵の社会に適応できるよう、知育偏重から創造性や豊かな感性を育むことを重視した教育へ移行する。
このため、特色ある教育を推進することとし、小学校から高等学校段階において以下の施策を実施する。
ア)多様な学校の設置や通学区域制度の弾力的運用の促進など、学校選択機会の拡大に向けた総合的な施策について、検討し、推進する。
イ)学校教育における社会人の活用を促進する。
ウ)学校に関する情報公開を進める。
エ)地域社会の連携により自然体験活動などの体験機会の充実を図る。
さらに、グローバル化とネットワーク社会に対応できる人材を育成するため、初等中等教育の段階から実用的な外国語教育、なかんずく国際語となりつつある英語教育や、インターネット活用等の情報教育の充実を図る。このため、特に教員の外国語指導能力やコンピューターを使った指導能力の向上を図る。
2.外国人労働者の受入れによる多様性と活力の確保
進展するグローバリゼーションの中で、多様な知恵の時代を迎え、日本がこれからも世界の中で豊かさを維持するためには、多様で異質な才能の積極的活用や創造的な発想に基づく経済活動の拡大が不可欠である。こうした観点からは、日本国内で海外の異質な文化的背景をもつ人々や企業が日本人や日本企業と協力し合い、あるいは、競い合いながら活躍するという状況を創り出していくことが望ましい。このため、次の点を基本的方向として、専門的・技術的分野の外国人労働者の受入れを積極的に進めるための具体的方策等を検討し、推進する。
なお、いわゆる単純労働者の受入れについては、日本の経済社会と国民生活に多大な影響を及ぼすとともに、送出し国や外国人本人にとっての影響も極めて大きいと予想されることから、国民のコンセンサスを踏まえつつ、十分慎重に対応することが不可欠である。
(1)専門的・技術的分野の外国人労働者の積極的な受入れ
専門的・技術的分野の労働者や外国の文化に基盤を有する思考または感受性を必要とする分野の労働者の受入れは、日本の経済社会の活性化に資するものと考えられる。また、日本において開かれた経済社会を構築し、異質の文化を持つ外国人が安心して日本で就労・滞在しその能力を発揮できるようにすることは、日本の経済社会の多様性に資するものと考えられる。
こうした観点に立って、専門的・技術的分野の労働者の受入れをより積極的に進めるための方策を推進する。このため、構造改革などを進めることにより、内外の人材にとって魅力の高い就労、生活環境をつくる。また、留学生宿舎の整備等支援策の充実により、留学生の受入れ拡大を図ることや卒業後の就職支援等を推進する。
(2)経済社会の状況変化への対応
在留資格及び在留資格に関する審査基準によって規定される外国人労働者を受け入れる範囲については、今後も日本の経済社会の状況変化に対応して見直していくことが必要である。ただし、受入れ国としてみた日本には、周辺に巨大な人口を有しかつ経済的に発展途上にある国が多いことから、巨大な潜在的流入圧力が存在していることに留意すべきである。このため、日本の産業及び国民生活に与える影響その他の事情を勘案しつつ、雇用情勢の悪化など日本の労働市場の状況を反映して的確かつ機動的に入国者数の調節ができるような受入れのあり方についても検討する。
3.科学技術の振興
科学技術については、新産業創出や情報通信の飛躍的進歩、地球環境や食料、エネルギー、資源等の地球規模の問題の解決、高齢化問題への対応、環境負荷の少ない経済社会づくり等、社会的・経済的ニーズに対応した研究開発を、開発された技術の普及、利用促進も念頭に置きつつ、研究開発投資の重点化を図って推進する。また、世界人類の知的資産の拡充に貢献し、今後の科学技術分野の発展の基盤となる基礎研究についても、積極的に振興を図る。さらに、自然科学のみならず、社会科学、人文科学についても、経済のグローバル化、社会構造の変化等、現代社会が抱える課題の解決に貢献し、長期的な経済社会、文化の発展に資するものとして、積極的にその振興を図っていくことが重要である。
その際、創造的な研究開発により開発成果の質的向上を図るため、人材の確保・育成を図るとともに、研究者にとって柔軟かつ競争的で開かれた研究開発環境を整備する。また、産学官や、地域間・国際間、研究開発分野間の連携の強化を図り、さらに研究開発の厳正な評価を実施する等、新しい研究開発システムを構築する。また、研究機関等の施設・設備、情報通信基盤、計量標準、生物資源情報等の知的基盤を整備する。同時に、科学技術に関する国民の理解増進に努める。
一方、これまで日本経済にとって大きな役割を果たしてきた「ものづくり」についても、その重要性を改めて認識すべきである。これまで蓄積されてきた技術、ノウハウを継承・発展させていくために、ものづくり基盤技術振興基本計画を策定し、ものづくり基盤技術に関する施策を総合的かつ計画的に推進する。さらに、日本の技術士制度を、技術の変化に柔軟に対応し、より広範囲な技術者のために活用できる国際的に整合性のとれた制度に改善することにより、海外の技術者との相互移動を促進するとともに、技術者の活性化を図る。
第3節 多様な知恵の社会における地域経済と社会資本
1.「小さな大都市」構想(ゆとりの「空間」とゆとりの「時間」の街づくり)
大都市において、様々な高度な都市機能がコンパクトに集積し、ネットワーク化された、「小さな大都市」構想を推進する。すなわち、生活空間の良質化と拡大を図り、安全性、快適性、利便性の向上を図るとともに、ゆとりの「空間」を確保する。併せて、それらの近接化・複合化と高度な交通・情報通信インフラを介したネットワーク化を進め、移動時間の短縮等により、ゆとりの「時間」を確保する。同時に、ネットワーク化を通じて、広域的な機能補完や地域間連携と多様で迅速な人流・物流・情報交流を実現する。
このため、面的整備事業等による既成市街地の再編を推進し、計画的な土地の有効高度利用と用途複合等を通じて、様々な生活空間の良質化、拡大とこれらの近接化、複合化を図る。その際、都市計画等の土地利用計画における用途規制について、地域特性に応じ、より広範な用途複合を図ることを検討する。
2.独自の産業・文化を持つ地域づくり
地方都市の自立的発展を支えるため、地域間連携を図りつつ、独自の産業、文化を持つ地域づくりを進める。このため、以下の施策を実施する。
ア)中心市街地の活性化等により、商業等地域完結性が高く、地域の安定的な経済基盤の確立に貢献する地域密着型産業を振興する。
イ)地域資源の有効活用、知的インフラの整備、地域からの情報発信能力の向上といった取組みにより、地域独自の産業を創出し、その競争力の強化を図る。
ウ)生活基盤については、日常の都市的生活を充たしうる基礎的な機能の確保を図る。また、より高度な機能については、都市規模も勘案しながら、地域の特色を活かした重点整備を図るとともに、交通・情報通信ネットワーク機能を活用した地域間連携を進めることにより、確保する。
3.中山間地域・離島等の活性化
中山間地域・離島等の活性化に当たっては、食料安定供給機能と国土・環境保全等の多面的機能を今後とも適切かつ十分に発揮していくことが重要である。併せて、都市との連携を始め、広域連携、機能分担も視野に入れつつ、生産基盤及び生活基盤を効率的に整備する等、十分な利便性を確保することが必要である。これを実現するため、以下の施策を実施する。また、中山間地域・離島等以外の農山漁村地域についても、国民の生命・財産を守り、安らぎのある生活を確保する観点から、基幹産業である農林水産業を始めとする地域の産業の発展や生活環境の向上等のために必要な施策を適切かつ効率的に展開する。
ア)地域、産業等の分野を超えた意欲ある担い手が知恵や技術等を十分に発揮できるよう、居住、研修、就業等に係る環境を整備し、地域の担い手を確保する。
イ)活力ある農林水産業等の展開、都市等との広域連携等を踏まえた地域の観光資源と地場の独自産業の一体的な振興を図る総合観光産業の構築、環境産業の振興、知識集約型産業等の誘致を図り、地域の就業、稼得機会を確保する。
ウ)交通・情報通信施設、医療福祉施設、商業施設等の生活基盤的施設の効率的な整備と、周辺都市を含む広域連携、ネットワーク化により、十分な生活基盤を確保する。
エ)集落の再編整備等による機能の強化、多面的機能に対する国民意識の醸成、同機能を効率的に発揮する農林漁業等のシステムの構築、都市との交流、連携及び共生を促進する。
4.多様な知恵の社会を支える社会資本整備
21世紀における「多様な知恵の先進国」を目指すため、以下の施策を実施する。
ア)情報通信ネットワークについて、市場経済の原則に基づき、通信ケーブルの光ファイバー化と接続中継点における各種情報通信機器の高度化を進め、日本列島の中核に世界最大級の高速・大容量を持つ情報通信ネットワークの形成に努める。
このため、公共空間の有効活用という観点から、道路、河川、下水道等社会資本と民間光ファイバーとの一体整備による国土情報スーパーハイウェイを構築する。また、次世代インターネットや高速・大容量の通信が可能な衛星通信等に関する技術開発への積極的支援を行う。
イ)公共分野の情報化の一環として、電子政府の実現を目指す。特に、国民や企業等に対し、パソコンまたは身近な場所(例えば、郵便局、農協等)で各種の行政サービスを提供するワンストップサービスを推進する。また、交通関連社会資本を情報通信関連技術と融合し、スマートウェイ(知能道路)等をスマートインフラとして効率的・整合的に計画・整備・運営する。
ウ)国際競争力強化のため、国際的な規模と機能を有した競争力の高い国際空港、国際港湾等の国際拠点の整備と、高速交通ネットワークの整備による国際拠点へのアクセスの強化を進めるとともに、国際拠点の24時間化を総合的に進める。また、国際都市として遜色のない水準の道路、公園、下水道、河川、住宅、文化施設や情報通信施設等の整備、外国人子女教育の充実など生活基盤の整備を図る。
第4節 首都機能移転の検討
首都機能移転は、東京一極集中の是正のための基本的対応として重要である。また、地方分権、規制緩和、行財政改革等の国政全般の改革と並行して検討を進めていく必要がある。さらに、大規模災害時に復興の司令塔となる首都機能と経済の中枢との同時被災を免れること等を通じて、災害対応力の強化に資する。加えて、移転先に新しく建設された都市が、都市形態等において、先導的なモデルを提示することとなる他、人心一新や新たな日本文化形成にとっても大きな意義がある。
また、東京を頂点とする階層型の国土構造の下では、互いに顔を合わせて対面する慣習が定着したが、これからの情報通信ネットワーク化が進展する世の中では、こうした慣習の見直しが必要である。
以上のように、新たな国土構造への転換にとって大きな効果を有する首都機能移転について、「国会等の移転に関する法律」に則り、その具体化に向けた積極的検討を進める。
この場合、首都機能移転は、国民の意識や価値観に密接にかかわるとともに、21世紀における我が国の政治、経済、文化等のあり方に大きな影響を与えるものであり、開かれた公正な手続きの下で国民の合意を図っていくことが必要である。
第2章 少子・高齢社会、人口減少社会への備え
第1節 安心でき、かつ効率的な社会保障
1.公的年金
公的年金制度については、今後ともその役割を十分果たしていけるよう、将来にわたり安定した信頼される年金制度を構築することが要請されていることから、21世紀を展望して、公的年金制度を活力ある長寿社会の実現に資するものとするために、給付と負担の均衡を図り、将来世代の負担を過重なものとしないよう、制度全般にわたり見直しを行う。
このため、公的年金を長期的に安定して運営できる制度とする観点から、将来にわたって確実な年金を支給するとともに、将来の保険料を負担可能な範囲に抑え、その範囲内に収まるよう今後の給付総額の伸びを調整するため、厚生年金の給付水準や支給開始年齢などについて所要の改正を早急に行う。
なお、現在各方面から指摘されている年金制度に関する諸問題については、今後とも幅広い議論の積み重ねが求められる。
2.高齢者医療と介護
今後の高齢者医療については、高齢者の生活の質の向上を図ることが重要である。このため、介護との適切な連携と役割分担を行い、高齢者のニーズに対して、より的確に応えた効率的なサービス供給を実現する必要がある。
また、医療・介護については、多様で効率的なサービスを提供するために、公的部門が社会保険制度の安定的な運営に責任をもって取り組む一方、新たな制度が導入される介護については、サービスの供給について利用者保護の観点から、それぞれの事業の性格に応じ、サービスの質、事業の継続性・安定性の確保などを十分考慮しつつ、民間事業者など多様な提供主体の参入を図る。その際には、医療・介護サービスについて、利用者による適切な選択ができるよう、情報提供の充実を図る。
第2節 年齢にとらわれない経済社会
向こう10年間のうちに厚生年金の支給開始年齢の引上げが開始され、最終的に65歳からの支給という状況になる場合には、当面60歳台前半層の雇用機会の創出は最重要課題である。このため、65歳まで希望者全員が雇用される継続雇用制度の普及、促進を図る。
さらに、今後少子高齢化の進展により、労働力人口が減少するとともに、労働力が高齢化すれば、年功的な賃金・処遇制度を前提としたこれまでの雇用システムの維持は困難となり、高齢者の意欲と能力を活かせる雇用システムに変更していくことが必要となる。その際、これまでの年功賃金・処遇制度は、高齢者雇用の制約要因となりかねないことから、こうした年功賃金・処遇制度等の企業の雇用制度の見直しが求められる。
なお、定年制については、定年年齢になれば、意欲と能力にかかわらず雇用契約を終了させるという側面を持つ一方で、その年齢までは概ね雇用が保障されるという制度であり、年功序列型の給与体系や昇進システムとも密接な関係がある。今後、個人の能力、貢献度に応じた賃金・処遇制度の普及状況等を踏まえながら、高齢者の雇用促進の観点から、年齢差別禁止という考え方について、定年制と比較し、検討していくことが求められる。その検討をも踏まえ、高齢者雇用対策を推進する。
第3節 リカレント型のライフコース
リカレント型のライフコース実現のニーズの高まりに対して、学校をはじめ、行政機関、企業、NPO等広範な主体において、既成の枠組みや固定観念にとらわれず多様な教育、スポーツ、文化等のサービスが提供され、生涯にわたり様々なライフコースを選択できることが必要である。
このため、大学等高等教育機関における社会人の積極的な受け入れを促進するとともに、地域において多様なニーズに応じて教育、スポーツ、文化活動を行うことのできる生涯学習環境の整備を進める。
第4節 少子・高齢社会における街づくり
1.歩いて暮らせる街づくり
これからの少子高齢社会にあっては、日常生活における移動等が、安全に、かつ、短時間に済ませられることが求められる。
このため、日常生活とそのフットワークにおいて、ゆとりある「空間」や市街地環境を確保しつつ、様々な都市機能のコンパクトな集積と高度な交通・情報通信ネットワークの構築を進めることにより、安全性、快適性、利便性、効率性を向上させるとともに、移動時間等の短縮を図る。
住宅については、広くて良質な住宅を様々な選択肢の中から選べるようにするため、良質なファミリー向け住宅やバリアフリー化された高齢者向け住宅など多様な居住ニーズに対応した良質な住宅ストックの整備を促進する。
また、歩行空間、公共空間のバリアフリー化、電線類の地中化や交通安全対策を推進するなど、歩いて楽しめる歩行空間、公共空間を確保する。
2.少子・高齢社会にふさわしい社会資本
高齢者等が安心して快適に生活できるよう、社会資本整備について以下の施策を実施する。
ア)公共施設や情報機器等について、可能な限り改善や特別な設計を必要とすることなく、すべての人々にとって使いやすい設計とするユニバーサルデザイン化を推進する。
イ)幅の広い歩道の設置を進めるとともに、段差の解消、公共交通ターミナルにおけるエレベーターやエスカレーター等の設置による公共施設のバリアフリー化を推進する。
ウ)高齢者等災害弱者が自然災害、事故災害から生命・生活を守れるよう、防災拠点や防災公園等を整備する。
また、豊かで活力ある少子・高齢社会を実現するためには、経済社会全体の効率(生産性)を高めることが重要である。移動時間の短縮や物流の効率化のために、都市鉄道や道路の整備等による交通容量拡大、時差通勤及び相乗りの促進、トランジットモール(公共交通機関だけが通行可能な歩行者天国)の導入等、交通需要マネジメント施策・マルチモーダル施策等といった交通円滑化のための総合的な対策を進める。
第5節 少子化への対応
結婚や出産は個人の選択であるが、固定的な性別役割分業や雇用慣行の是正、職場や地域における仕事と育児との両立支援など、個人が望む選択ができるような環境整備を行っていくことが必要である。
こうした観点から、以下の施策を実施するとともに、検討を深めたうえで、少子化に対応するための基本的な方針を策定する。
ア)固定的な性別役割分業や職場優先の企業風土の是正。
イ)育児休業制度の活用、在宅勤務等の仕事と育児の両立が容易となる多様な働き方の推進等、育児をしながら働き続けることのできる環境整備。育児のために退職しても不利になることなく再就職できる開かれた労働市場の実現。所定外労働の削減等による年間総実労働時間1800時間の達成・定着、フレックスタイム制の普及等による自律的、創造的かつ効率的な働き方の実現。
ウ)延長保育や低年齢児保育の推進等多様な保育サービスの確保。認可保育所に係る規制緩和の推進。
エ)安心して子供を産み、ゆとりをもって子供を健康に育てるための環境づくり。住宅及び生活環境の整備。ゆとりある学校教育の推進と学校外活動・家庭教育の推進。
第3章 環境との調和
環境と調和した経済社会を実現する観点からは、特に廃棄物・リサイクル問題に焦点を当てた循環型経済社会の構築、地球環境問題への適切な対応及び安全な持続的発展社会を支える社会資本が必要である。
第1節 循環型経済社会の構築
1.リサイクルのための行動基盤の形成
廃棄物の発生抑制とリサイクル(リユースを含む、以下同じ)を促進する国民共通の行動基盤を形成するために、以下の施策を実施する。
ア)発生抑制に最大限努力した後に止むを得ず排出された廃棄物について、リサイクルに伴う新たな環境負荷の発生等に留意しつつリサイクル可能な品目を可能な限りリサイクルするという基本原則を徹底し、法制度等の整備、充実を図る。具体的なリサイクルシステムの構築については、個別品目・業種ごとの特性や取引実態等を踏まえて定める。
イ)排出者、製造者、廃棄物処理事業者、リサイクル事業者、行政等各主体の適正かつ効率的、効果的な役割分担を明確にし、今後、それぞれの責任のあり方について幅広く検討する。
ウ)廃棄物処理・リサイクル体制の見直しにあたっては、環境コストを価格へ適切に反映させるために、一般廃棄物処理において従量料金制の本格的導入を推進する他、各種経済的手法の活用を検討する。
エ)需要者が、商品、サービス及びこれらを供給する企業等の環境配慮について適正に評価することができるよう、環境ラベル制度を充実する。さらに、企業等による環境会計、環境報告書の公表等のリサイクル関連情報の公開を促進する等、市場を通じたリサイクルの評価の仕組みを整備する。
オ)行政においては、引き続きグリーン購入に積極的に取り組むとともに、公共事業においてリサイクル財の利用拡大を促進し、当面のリサイクル財への需要を確保する。
カ)国際間の相互理解と協力の下に、廃棄物処理やリサイクルに係る各国制度の整合化、リサイクル財等に係る国際的基準・規格の充実等に積極的に参画する。
2.産業構造・技術基盤の形成
リサイクル費用を大幅に低減し、高品質なリサイクル財を低環境負荷の下に安定的に供給することを可能とする動脈・静脈一体型の産業構造・技術基盤を形成するために、以下の施策を実施する。
ア)製品ライフサイクル全体の環境負荷を評価、把握するライフサイクルアセスメント手法を確立する。これにより、製品ライフサイクル全体を考慮した最適化設計、開発を進める。併せて、動脈部門の生産工程を極力廃棄物の発生を抑制するよう見直すとともに、静脈部門である廃棄物処理・リサイクル工程を育成及び強化するための集中的投資を促進する。
イ)廃棄物ゼロを目指して、産業等の集積とそのための基盤整備等の支援措置を講ずることにより、一企業や一産業等で努力してもなお発生する廃棄物のリサイクルを促進する。
ウ)廃棄物処理事業者とリサイクル事業者の連携の強化、廃棄物の区分等の見直しの検討も踏まえた施設許可の統一化等を含む統合処理を通じた、広域的・複合的な事業展開の促進等により、廃棄物処理・リサイクル産業の効率化を進める。
エ)革新的な廃棄物処理・リサイクル技術の開発、導入を行う企業等に対し支援を行うとともに、動脈・静脈両産業間の技術情報共有化の仕組みを構築する。
循環型経済社会の実現のため、各種施策について検討し、プログラムを具体化し推進する。
第2節 地球温暖化問題をはじめとする地球環境問題への対応
1.国際的枠組み作りと途上国への技術支援等
地球環境保全に関する国際交渉に積極的に参画し、国際的な枠組み作りに取り組む。特に、地球温暖化問題については、京都議定書の早期発効の条件整備に向けて、国際的なルール作りの作業に積極的に参画していく。
開発途上国に対しては、環境分野の政府開発援助を積極的に実施する。とりわけ以下の点に注力する。
ア)各国の実情に応じた環境技術の移転、人材養成
イ)日本の公害経験の紹介による開発途上国自身の対処能力の向上
ウ)環境教育の推進
エ)これらに対応するための環境専門家の養成等、国内の基盤整備
また、政府開発援助をはじめ、海外において行われる事業等の実施に際しては、適切かつ効果的な環境配慮を推進する。さらに、地球環境に関する調査研究や観測の促進、革新的な環境・エネルギー技術等の地球環境保全に資する技術の研究開発と普及の促進、地球環境に関連する分野の開発途上国の研究者等の養成の推進等を図る。
2.国内的な取り組み
地球環境問題のうち特に注目されている地球温暖化問題については、地球温暖化防止京都会議における合意を踏まえ、温室効果ガス排出削減のための取組を積極的に推進していくことが必要である。このため、以下の施策を実施する。
ア)自動車、家電・OA機器等のエネルギー利用機器のエネルギー消費効率の改善、住宅・建築物における断熱性の向上、工場・事業場におけるエネルギー使用合理化の徹底、省エネルギー技術開発・普及等、産業、運輸、民生の各分野における徹底的な省エネルギー対策を強力に推進する。
イ)交通体系については、鉄道、バス、路面電車等の公共交通機関の利用促進、バイパス・環状道路の整備等による交通渋滞の緩和、鉄道・内航貨物輸送の推進(モーダルシフト船の建造促進等)、駐輪場の整備等による自転車の利用促進等を進める。
ウ)省エネルギー的な生活様式、社会意識を確立するためには、消費者に対するエネルギー及び環境保全関連の各種の情報提供が重要であり、国、地方自治体、企業等は、国民に積極的に情報提供を行うとともに、省エネルギーや省資源を織り込んだ生活様式を目指した教育を重視する。
エ)エネルギー供給の面での対策としては、太陽光発電、風力発電等の新エネルギー等の積極的な開発・導入を推進するとともに、原子力について安全性の確保を前提に、国民の理解を得つつ、その開発及び利用を進める。
また、幅広い排出抑制効果を確保するためには、規制的措置のみならず、クリーンエネルギー自動車・低公害車、低燃費車や太陽光発電等対策の導入に際してのコストの制約があるものが多いことを踏まえ、技術開発・排出抑制・対策導入を誘導するような経済的措置を活用したインセンティブ付与型施策を重視していく。
第3節 環境にやさしい安全な持続的発展社会を支える社会資本
環境にやさしい安全な持続的発展社会を築くという観点から、以下の施策を実施する。
ア)再利用可能物の需給情報データベースを整備するとともに、PFI方式等により効率的に廃棄物処理施設やリサイクル関係施設等を整備する。
イ)交通騒音等の防止等の生活環境の保全、地域の歴史・文化・風土や自然環境と調和した美しい景観の形成や生態系の維持に配慮し、積極的なアメニティの確保や健全な水循環系の構築を進め、多自然型社会資本等を整備する。
ウ)国土保全施設整備や災害情報の充実等防災対策の促進により、安全な国土を効率的に構築する。
第4章 世界秩序への取り組み
第1節 世界経済のルール作りへの取り組み
グローバリゼーションの進展に貢献し、その利点を最大限享受していくために、世界経済のルールや基準の形成に積極的に取り組んでいく。
1.WTO交渉における働きかけ
企業活動が一層グローバルに展開する中では、国際的な経済取引の枠組み作りに参画することの重要性が一層増している。特に、従来からの貿易に関する論点に加えて、各国における企業活動に関連する諸制度、すなわち、投資や競争、さらに知的所有権制度等への関心が高まっている。また、情報通信技術の進歩により、電子商取引という新たな国際取引が現実のものとなる中、これに対する制度設計の必要性が高まっている。
そこで、次期WTO交渉において、以下のような項目を含む包括的な交渉が行われるように働きかけ、また、これらを中期的な課題として積極的に位置づけること等により、新しい時代に相応しい国際的な経済取引の枠組み作りに取り組む。なお、貿易・投資の自由化は経済成長に多大な貢献をなす一方で、無原則に行われれば、環境に悪影響を及ぼすおそれがあり、貿易・投資政策と環境政策は相互に支持的であることが求められる。
ア)開発途上国の経済状況に応じた適切な配慮を行うことを前提とした上で、投資の適切な保護と自由化、さらには紛争処理メカニズムを含む包括的な多国間ルールを策定すること。
イ)競争に関する国際的枠組み形成。さらに、その主要論点である透明性、無差別性というWTOの基本原則の競争分野における確保、途上国における競争法制の整備、競争分野における国際協力の推進等に係る議論の深化。また、競争を歪める貿易救済措置の見直し。
ウ)電子商取引において、インターネット等を通じ電子的手段によって提供される商品につき、物理的媒体によって確保されていた内国民待遇、最恵国待遇、数量制限の禁止といったWTOにおける規律の適用の可否等、既存のルールとの関係も踏まえ議論の深化が必要。また、同取引に関するプライバシーや知的所有権の保護。
エ)知的所有権に関する、①途上国における権利侵害の取り締まり強化及び権利者と使用者相互の利益に配慮した上での途上国への技術移転の促進、②米国の先発明主義の転換及び早期公開制度の導入、③国際的権利取得システム(世界特許システム)の構築。
2.国際金融資本市場におけるルール作り
先般のアジア通貨危機にみられるような、近年の国際通貨金融体制の不安定化は、①現行の国際通貨金融体制による秩序維持への疑問、②先進国の機関投資家等のリスク管理能力への疑問、③開発途上国及び市場経済移行国の自由化プロセスへの疑問、等を呼び起こしたところである。日本としては、21世紀における安定的な国際通貨金融体制を構築していくための適切な対応を関係諸国とともに行っていくことが必要である。このため、以下の施策を実施する。
ア)国際通貨金融危機を予防、解決し得る安定的な国際金融システムの確立に向けて、IMFを中心とする危機管理システムが更に有効に機能し得る枠組みの整備を働きかける。具体的には、「最後の貸し手」としてのIMFの資金調達の多様化、緊急時における迅速な資金供給を可能とする弾力的な融資制度創設等の改革を進める。また、IMFが危機に陥った国に融資条件として提示する経済調整プログラムの効果向上のために、当該プログラムの妥当性、透明性確保、及び危機に適切に対処し得る手続きの構築などを進める。
イ)国際通貨金融システムの不安定性につながる短期性資本の流出入に対しては、資金の流れを把握するモニタリング機能の強化を図るとともに、資金の受け取り手である金融部門の経営健全性確保に向けた規制について改革を行う。
ウ)開発途上国及び市場経済移行国において、段階的に順序だった自由化と、その前提条件として健全な金融システム、金融機関のリスク管理体制等の整備が行われるよう支援していく。
第2節 アジア地域の中での役割
アジア経済は、遠からず現在の経済的混迷から脱し、21世紀の初頭には再び世界の成長センターとしての役割を担っているものと考えられる。その中で、アジアにおける日本の位置づけは大きい。日本とアジアとの緊密な経済的結びつきを考慮し、日本はアジア地域の中で次のような役割を果たしていく。
ア)アジア地域の域内連携推進に向けて先導的な役割を果たしていく。単なる現在の経済的混迷脱却に向けた緊急支援に留まらず、アジア地域の持続的な成長路線への回帰と発展に向けて引き続き支援することを通じて、アジア地域全体の貿易・投資の自由化に向けた動きを維持、高揚させる。また、民間直接投資が主導する経済発展の流れを加速するため、競争政策・制度などの制度設計を支援する。さらに長期的には、制度の調和にも踏み込んだ「共同市場」を形成することを念頭に置き、その第一歩として最も近い隣国であり経済発展段階が比較的近い韓国との二国間の経済面における環境整備を図る。
イ)先の「アジア通貨危機支援に関する新構想」に基づく対策を順次実施していくとともに、今後もアジア開発銀行等国際機関及びアジア各国と協調して、危機予防のための体制を整えていく。具体的な枠組み作りにおいては、IMFのグローバルな危機管理機能を補完するものとして、域内監視の充実や機動的な支援体制の確立等によるマニラ・フレームワークの強化はもとより、危機への対処方策として地域的に流動性を融通する枠組みを強化するために、IMFとの役割分担を明確にした上で、いわゆるアジア通貨基金の設計、構築に向けて積極的に提案を行っていく。これらを通じてアジア地域における危機管理メカニズムを実効性の高いものへと強化する。
ウ)アジア諸国において、自国通貨ひいては経済の安定を図るために通貨バスケットの構成要素として円のウェイトを高めることや、貿易・資本取引における決済通貨としての円の活用等に関心が向けられている。こうした中、いわゆる「円の国際化」が進展するような円の利便性を高める諸施策に取り組む。
第3節 世界への情報発信
世界における知的活動の拠点となるため、第一に、個別の情報を発信する個人や組織の自由な活動が生み出されるような社会を醸成する必要がある。このため、以下の施策の有効性・必要性等の検討を踏まえた上で、包括的なプログラムの策定等に取り組む。
ア)社会的には有用であるものの、市場機能では供給されない文化・学術関係等の諸情報の保存・整備・発信。
イ)情報通信ネットワークの拡大と利用コスト低下に向けたインフラ整備。
ウ)情報通信技術に関する利用から開発に亘る教育の充実。
エ)諸外国の高等教育機関等への留学機会の拡大支援。
オ)研究機関等の非営利活動を支援するような行為に対するインセンティブ措置。
第二に、日本からの情報発信量の増大とそのための情報発信力の拡大が必要である。インターネットや携帯型コンピューターの普及・進化が、積極的な情報発信を後押ししている。インターネットを中心とした情報通信インフラの高度化・整備を図る他、情報教育及び外国語教育を充実させる。さらに、諸外国における日本への理解を促進するため、日本語の国際社会への普及を促進する。
第4節 国際経済協力のあり方
国際政治経済情勢が変化し、グローバリゼーションの進展が世界経済のあり方を大きく変化させている状況を踏まえると、国及び援助実施機関のほか、民間企業、NGO、地方公共団体、国際開発金融機関等、多様な主体が関わっている国際経済協力については、21世紀へ向け、以下のような方向で対応する必要がある。
ア)人材育成や技術支援、あるいは途上国側の金融などの制度改革アドバイスといったソフト面を充実・強化する。
イ)国民の理解と協力がより重要になってくることから、持続可能な開発の達成の観点も含め、国際経済協力のあり方を検討しつつ、期待される効果を可能な限り明確にしたうえで、実施段階でのモニタリングや事後評価を行い、その情報を国民に分かりやすくかつ積極的に開示・提供する。
ウ)限られた資源の最大限の有効活用のため、多様な主体による役割分担と一層の有機的な連携が望まれる。国際経済協力における公的部門と民間部門の分担・連携に際しては、市場と政府の役割を整理し、政府の役割としては民間の市場メカニズムだけでは資源配分が適切に行われない分野に重点を置いていくことで、国際経済協力全体の効率性を高めていく。また、平成11年10月1日に発足予定の、政府開発援助(ODA)、その他公的資金(OOF)をともに行う機関である国際協力銀行の機能を十分発揮し、国際経済社会に対して一層機動的かつ効率的な貢献を行うことが大切である。さらに、地域に密着した援助、専門性あるアドバイス等が可能なNGO等による援助活動については、一層の連携及び支援を図る。
エ)以上の観点を踏まえ、開発途上国経済を巡る中長期動向について考察を深めるとともに、国際経済協力に関わる多様な主体による役割分担・連携に配慮しつつ、21世紀における国際経済協力の展望を明らかにする。
オ)なお、透明性、効率性の向上を図るため、関係省庁の連携の下、ODA中期政策(仮称)をすみやかに策定する。
第5章 政府の役割
第1節 行政の効率化と財政再建
1.組織の簡素化と事業効率の向上
21世紀にふさわしい行政組織を構築するには、まず、国家行政の機能とその責任領域を徹底的に見直し、行政の効率化を推進することが必要である。国の行政に関しては、内閣機能を強化し、行政機関を平成13年より1府12省庁に再編成するとともに、行政組織の減量、効率化等を推進することとされているが、その後も、さらに引き続き、行政組織が行政ニーズに的確に対応するよう配慮しつつ、絶えず組織の簡素化を進め、組織の硬直化を防ぐ努力を行う。
また、公共サービスの効率的、効果的な提供を可能とするため、費用対効果分析を含めた総合的な事業評価を充実するとともに、事業の時間的効率性を向上させるために、時間管理概念を導入する。このため、事業の遅延がもたらす時間的損失を算出し、その公表を通じて情報の共有化を進め、行政機関同士の調整や関係者との調整の促進を図るための制度を検討する。
さらに、より価値の高い公共サービスを提供するため、民間活力の導入が効果的・経済的と判断される事業について、PFI(民間の資金とノウハウを活用して優れた公共施設の整備やサービスの充実を促す新しい事業方式)を積極的に推進する。その際、PFI事業を具体的に推進していくにあたっては、次の点に留意する。
ア)関係省庁による実施方針の雛形の早期提示、先導プロジェクトの発掘を行うとともに、普及・啓発活動を実施する。
イ)PFI事業計画の策定、民間事業者の選定、PFI事業の実施といった一連のプロセスを通じて、市場原理と国民によるチェックが機能するよう、公平・透明な手続と積極的な情報公開を行う。
ウ)より多くの事業分野にPFIを導入するためにも、規制緩和を推進するほか、必要な法制上の措置を講ずる。
エ)各々の事業に適した官民の役割分担・責任分担のあり方、公共施設等の設置・管理に関する法律その他関係法について個別具体的に検討を行う。また、国公有財産の活用を進める。
2.生産性向上のための組織編成、人事管理
組織の生産性向上のためには、組織の構成員の努力を十分に引き出す仕組みの設計も重要である。そのため、高い視点と広い視野からの政策の企画立案と効率的な行政サービスの提供を目指し、企画立案機能と実施機能の分離を基本とし、それぞれの機能特性に応じ、最適な組織編成を行う。また、「中央省庁等改革の推進に関する方針」(平成11年4月27日中央省庁等改革推進本部決定)を踏まえ、以下のような国家公務員制度改革を積極的に推進する。
ア)能力、実績に応じた処遇が不可欠であり、従来の年功的な運用を見直し、年次の逆転を含め、採用試験の種類、事務官・技官、性別等にとらわれない弾力的な人事運用を推進するとともに、複線型の人事管理への移行を推進する。
イ)在職期間の長期化を可能とする人事システムを構築するとともに、早期転身の円滑化を図るなど、退職パターンの多様化を進める。
ウ)多様で質の高い人材を確保するため、外部からの中途採用の拡大に資する仕組みの整備に努めるとともに、人事交流を促進する。
3.財政の健全性確保
日本の財政は、平成11年度末の公債発行残高が 327兆円にも達すると見込まれ、国及び地方の債務残高の対GDP比が主要先進国中最悪の水準となるなど、極めて厳しい状況にある。
かかる財政状況が放置されれば、少子・高齢化が進展するなかで将来の世代に過大な負担を残すこととなる。また、最近では、財政状況に対する市場の反応が敏感になってきているとの見方もあり、民間資金需要の動向等から公債発行額の増大が長期金利の上昇圧力の一要因となり、民間設備投資の阻害など経済にマイナスの影響を及ぼす可能性も否定できない。
さらに、多額の公債費負担により財政構造が硬直化し、多様な行政サービス需要に応じた機動的な財政運営が困難となる可能性が大きい。
以上のような弊害を防止するとともに、中長期的に経済の成長を持続させていくうえでも、財政の健全性の確保が極めて重要である。これは、主要先進国の共通認識となっており、各国において財政健全化に向けた努力がなされているところである。
なお、短期的に財政の健全性確保、経済の活力と安定性確保を同時に達成することが必ずしも容易でない場合にも、その時々における両者の望ましいバランスを保つべく、適時適切な経済情勢の判断を行っていく必要がある。
4.財政再建方策
現下の極めて厳しい経済状況にかんがみ、景気回復に全力を尽くすとの観点から財政構造改革法については当分の間凍結されたところではあるが、経済が回復軌道に到達した後には、多様な手法の活用により着実に財政再建を推進していく必要がある。
中長期的に財政の健全性を確保していくためには、官と民、国と地方の役割分担の見直しを踏まえつつ、行政改革の推進による中央省庁再編、地方分権の流れに沿った形で、公的部門全体につき思い切った見直しを行い、歳出、歳入の両面においてあらゆる手段を駆使することが必要である。
まず第一に、歳出面においては、行政の合理化・効率化を積極的に進めるとともに、制度の根本にさかのぼった洗い直し、施策の優先順位の厳しい選択を行っていく必要がある。
また、行政の簡素化の実現という観点から国営機関等の事業のあり方、事業内容等について検討を進め、PFI手法の活用、外部委託、民営化等による公的サービスの外部委託化を図り、積極的な事業の減量化・効率化を促進する。
歳入面においては、規制緩和等による経済構造改革を推進し新しい産業の発展と意欲的な起業の創出に努め、経済を活性化させることが必要である。これにより歳入の増加が図られれば、財政再建に資することになる。
さらに、少子・高齢化等の社会経済の構造変化や、経済・財政状況等を考慮しながら、将来を見据え、課税ベースの見直しを含む税負担の公平性等に配慮しつつ、行政サービスを賄うために必要な税制のあり方について検討を進める必要がある。
また、国有財産については今後とも不断の見直しを行い、集約、立体化等有効活用を図りながら、一層の売却を進める。政府が保有する株式については、政府保有の意義を改めて問いなおし、真に保有が必要なものを除き積極的に売却を進める。
これらの方向性の下に、日本経済が回復軌道に到達した後、財政再建の具体的プログラムを策定する。
5.行政の透明性確保
財政の健全性確保に加え、行政運営の透明性及び信頼性を確保するとともに、国民に対する説明責任の徹底を図るため、行政活動に対する外部からの監視機能がより働きやすいものとする。具体的には、公共サービスの成果指標を設定し、目標を極力定量化したうえで、その達成状況を定期的に公表、管理する。
また、政府会計について、国民がより監視しやすいものとするよう、財政に関する情報の一層の公開に努める。また、様々な技術的問題はあるものの、諸外国において貸借対照表の作成など企業会計的要素の導入が試みられていることにかんがみ、日本においても資産と負債をどのように示すことができるのかに関し、企業活動に比較的近い活動を行っているものをはじめとして、検討を進めていく。
第2節 地方の自立
1.地方分権の推進と地方の自己決定能力の向上
地方の自立を促すため、国から地方自治体への権限委譲を進め、地方分権を引き続き推進していく。
地方の税財源のあり方については、地方歳出規模と地方税収入との間に乖離が存在していることから、国庫補助負担金の整理・合理化や、課税自主権を尊重しつつ地方税の充実確保を図ること等により、この乖離を縮小する。これにより、住民の受益と負担との関係の明確化を図り、地方の自己決定能力と自己責任を強化する。
地方税については、地方における歳出規模と地方税収入との乖離をできるだけ縮小するという観点に立って、課税自主権を尊重しつつ、その充実確保を図る。また、今後、地方分権の進展に伴い、国と地方公共団体との役割分担を踏まえつつ、中長期的に、国と地方の税源配分のあり方についても検討しながら、税源の偏在性が少なく、税収の安定性を備えた地方税体系の構築について検討する。
国庫補助負担金については、その整理・合理化を積極的に進め、存続する国庫補助負担金についても、その運用・関与の改革を進める。公共事業については、個別補助金を交付する事業を限定するとともに、統合補助金を創設し、地方公共団体に裁量的に施行させる。
地方債については、発行に際しての許可制度から協議制度への移行が予定されており、これに伴い、市場における地方債の発行条件の改善等を図る観点から、償還財源としての地方税財源の充実確保、地域住民に対する情報公開の充実や、地方債の共同発行促進等による流通性向上等の取組みを進める。
2.行政の広域化の推進
地域の実情や住民のニーズを最も的確に把握できる基礎的自治体の役割が重要になってきていることにかんがみ、地方交付税における激変緩和措置や、合併後の街づくり支援のための財政措置の拡充等により、市町村合併を積極的に推進し、市町村の行政体制の整備を図る。この他、広域連合等の活用等により、広域行政の推進に努める。
さらに、中長期的には、市町村の機能強化を踏まえ、都道府県合併も視野に入れて、都道府県の持つべき機能とその機能にふさわしい適切な規模について検討する。
その上で、道州制の意義について、幅広い観点から検討を行う。
以上により、行政の広域化を推進する。
3.住民参加の拡充
地域住民やNPO等の地域づくりへの積極的参加と合意形成を促進することが必要である。このため、広報活動や十分な情報公開を通じ、説明責任を向上させるとともに、公聴会開催や情報交流のための拠点整備等、住民等の声を幅広くくみ取るための措置を講じることにより、行政と住民等の間で、情報の交流と共有を強化する。さらに、住民等の地域活動に対する支援措置を講じる。
また、住民の価値観の多様化等に伴い、合意形成に至るまでの住民間の利害調整は、近年一層難しくなっている。こうした状況に対応するため、行政の適時の対応と判断や、地方議会における幅広い住民等の意思の提示、活発な議論及び迅速な決定が必要となる。さらに、高い識見を有する専門家による調停や住民投票のあり方も含め、調整の手法について幅広い検討が求められる。
第6章 回復軌道へ向けての政策課題と新しい成長の姿
第1節 回復軌道へ向けての政策課題
1.日本経済の現局面
日本経済は、平成9年度、10年度と2年連続のマイナス成長に陥っているが、今日の深刻な経済状況には、短期循環、長期循環、歴史的転換という三重の波が重なり合っている。
まず、短期の循環では、97年度の消費税率引上げに伴う駆け込み需要の反動減が予想以上に大きく現れ、その後回復に向かったものの、秋以降の金融機関破綻による金融システムへの信頼低下やアジア経済・通貨危機等の影響があり、景気は減速・停滞を続けることとなった。
次に、長期波動においては、戦後一貫して成長拡大してきた日本経済が、80年代末のバブル景気を境として、安定成熟局面に入っている。これには、人口の少子高齢化、グローバリゼーションの進展、環境問題の重大化等、経済成長に対する様々な制約条件が加わったことも影響している。
さらに、より大きな歴史的発展段階の転換がある。日本は明治以来百年余、規格大量生産型の近代工業の育成強化に努めてきた。ところが世界経済と人類文化の歴史的潮流は、規格大量生産型の近代工業社会を超越して、多様な知恵の時代へと変わりつつある。このため、これまでの制度や慣習の中には、今日の経済社会に不適合なものが増えている。
こうした中、短期の循環においては、金融システムの再生のための法的整備や予算措置がとられたことに加え、昨年11月の過去最大規模の経済対策の効果もあり、景気はこのところ下げ止まり、概ね横ばいで推移している。
2.回復軌道へ向けての政策課題
今後、適切な政策運営が行われることにより、着実な景気回復に向かっていくことが期待されるが、その回復軌道を単なる短期循環における回復にとどめることなく、長期循環や歴史的転換の波の新たな盛り上がりにつなげていくためには、本政策方針で示したような日本の経済社会のシステムを抜本的に転換させていくための施策を着実に実行することが重要である。
また、今後期待される日本経済の回復軌道においては、以下のようなリスクがあるが、こうしたリスクが顕在化しそうになった時には、それを防ぐために適切かつ機動的な政策の実施が求められる。
第一に、厳しい企業経営や雇用情勢を反映して、家計所得の改善が遅れるとともに、将来の雇用及び所得に対する不安から消費マインドが低迷する可能性がある。
第二に、企業の期待成長率が低下するなかで、設備投資の調整がなお続く可能性がある。現状においては、製造業、非製造業を問わず、不採算部門の整理、縮小に迫られている企業が多く、従来の回復局面のように、設備投資の回復が起きるパターンは期待しにくい。
第三に、資産価格のうち、地価は今後ともしばらくは下落を続ける可能性もある。地価の一層の下落は、資産として土地を所有している者にとっては、資産価値の低下を意味し、金融機関等に対し影響を与える可能性がある。ただし、金融再生法等の成立、金融機関の公的資本増強により、地価下落が金融システムの不安定化を通じて実体経済に与える影響は、より小さくなっていると考えられる。
第四に、厳しい企業のリストラが、解雇等までに及んだ場合、これまでの日本企業の強みであった良好な労使の協調関係を損ない、対立関係を生み出すリスクがある。特に、製造業における高い労働生産性と国際競争力は良好な労使関係も寄与しているとみられ、その関係が崩れれば、日本経済のパフォーマンスを一層悪化させる可能性が高い。
第五に、世界経済については、97年のアジア通貨・金融危機の影響は減衰する一方で、米国経済の大幅な減速など、新たな不確定要因が存在する。
こうした回復へのリスクの影響を防ぐため緊急避難的な対応を行う場合でも、それは中長期的に日本の経済社会のあるべき姿の実現を念頭においた政策方針と整合的なものでなければならない。
まず第一に、民需主導の回復が明確になるまでの間、財政・金融面からの適切な対応を図る必要があるが、その際、単なる需要追加ではなく、長期的視点からの施策がとられるべきである。特に、公共投資については、第三部に示した社会資本整備の施策について、重点的に進められる必要がある。
第二に、現下の厳しい雇用情勢に対応するために雇用対策が極めて重要な課題となっているが、新しい雇用の受け皿を積極的に創出したり、労働市場の需給調整機能を強化することや、職業能力開発、職業能力評価を充実することを通じて、労働力の有効利用を促進する方向での対策がとられるべきである。その対策は、企業のリストラに伴う労使協調関係の悪化を防止する観点からも重要である。同様に、過剰設備廃棄においても、資本が不採算部門から成長部門に円滑に移動できるよう、新たな投資環境が創出されるような施策を併せて講ずることが必要である。また、雇用の維持・安定に向けた対策については、景気の変動等による一時的な雇用調整への対応を重点的に行う必要がある。
第三に、金融システムの安定性を確保していくためには、整備された法律等の適切な運用が求められるが、金融は市場機能による効率的な資金配分がなされることが基本であり、市場参加者の自己責任原則が追求されなければならない。
第2節 新しい成長軌道におけるマクロ経済の姿
本第三部で述べた施策を講じることによって実現される新しい成長軌道は、バブル崩壊前とは異なる新しい成長軌道である。
実質経済成長率はバブル崩壊前のような高い率を中長期的に期待することはできない。日本の労働力人口の伸びはすでに鈍化しつつあり、2005年頃を境に減少に転じるものと見込まれ、成長率に対する労働の寄与は見込めなくなろう。こうした中、経済社会全体での効率性が高まるとともに、個人の能力を最大限に発揮できる経済社会が実現され、生産性向上が全体を牽引する形で新しい経済成長の姿が実現することになろう。
物価については、技術革新、競争激化等の価格安定要因が一層強まる一方、国内の需給が均衡化していくことにより、継続的な物価の下落が心配される現在の状況が解消し、安定した状況が継続していくこととなろう。
雇用については、内外での競争激化の中で産業構造の変化が速まり、産業・職業間のミスマッチが拡大すると見込まれること、若年層における自発的離職失業の傾向的な増加の可能性があること、労働力供給の高齢化の下で若年層に集中した労働力需要を前提とすれば年齢間のミスマッチが拡大する可能性があること等、完全失業率を高める要因は多い。こうした中、適切な経済運営や労働力需給のミスマッチ解消、職業生涯を通じた職業能力開発、職業能力評価の充実に努めること等により、完全失業率をできる限り低くするよう努める必要がある。
対外バランスについては、財・サービス収支の黒字はGDP比で縮小すると見込まれる一方、投資収益収支の黒字が拡大すると見込まれ、経常収支黒字の中身は現在と大きく変化することになろう。
(参考) 2010年の経済社会
目次
第二部で述べたような経済社会のあるべき姿をわかりやすく示すため、以下では、2010年頃までの経済について展望するとともに、2010年頃に実現するであろう国民生活の姿をできる限り具体的に描く。
第1章 経済の展望
第1節 経済成長率
新しい成長軌道に回復した後、2010年頃までの中期的な実質経済成長率を、資本の寄与、労働の寄与、技術進歩等(全要素生産性)の寄与の和で説明する「成長会計」で表現すれば、1%程度の資本の寄与、若干のマイナスの労働の寄与、1%強の技術進歩の寄与の合計で、年2%程度の成長率になるものと見込まれる。需要面からみると、設備投資が資本係数の頭打ち等を背景に過去に比べてやや低めの伸びにとどまる一方で、個人消費が消費性向の上昇を背景に堅調な伸びとなる姿が想定される。
また、名目成長率は年3%台半ばと見込まれる。
第2節 物価
経済が新しい回復軌道に復帰し、財市場、労働市場における大幅な需給緩和が解消するにつれ、物価、賃金のある程度の上昇が見込まれる。今後、技術革新、競争激化等の価格安定要因が一層強まることが予想されているが、最近の米国においても完全雇用に近い状態で2%強の物価上昇率(97年、98年の食料・エネルギーを除く消費者物価上昇率は、それぞれ2.4%、2.3%)がみられている。日本においても、最近の米国をやや下回る年2%程度の消費者物価上昇率になると見込まれる。
第3節 失業率
内外での競争激化の下で産業構造の変化が速まり、産業・職業のミスマッチが拡大するとみられるなど、完全失業率を高める要因は多い。こうした中、2010年頃の完全失業率は3%台後半~4%台前半と見込まれるが、適切な経済運営に努めるとともに、新規雇用機会の創出、職業能力開発や職業能力評価の充実、労働力需給の調整機能の強化を図ること等により、できる限り低くするよう努める必要がある。
なお、将来の労働市場の構造変化を反映し、例えば、勤労者の意識の変化や就職しやすい労働市場の整備等を背景に、自発的離職失業が増加する可能性がある。このような変化を背景としているのであれば、完全失業率の水準が表す意味合いについては、従来と異なる面を持つようになると見ることができる。
第2章 国民生活の姿
第1節 働き方
1.働く場
(1)伸びていく産業・職業分野
グローバルな競争の中で、どの産業がどの程度の規模になっているのかを展望することは困難であるが、第一部第1章で指摘したような時代の潮流に適合した産業は、大きく伸びていくことが期待される。具体的には、情報通信技術の革新に適合したハード、ソフト両面での「情報通信ネットワーク関連産業」、高齢化の進展に適合した「介護サービス産業」や高齢者のニーズに合った財・サービスを生み出す産業、環境問題の制約の高まりに適合した「環境関連産業」等があげられる。雇用面でもこうした産業において拡大が見込まれる。
また、少子高齢化が進み、労働力人口が頭打ちから減少に転じていくとともに、オフィスや生産現場での機械化、情報通信ネットワーク化が進む中で、多様な知恵を生み出す専門的・技術的職業、機械による代替が困難なサービス職業等は拡大していくと見込まれる。
(2)創業・起業の活発化
2010年頃の社会においては、既存の企業等への就職に加え、自ら創業・起業を行っていくことがより一般化しているものと考えられる。近年の日本の開業率は4%程度であるが、米国では14%程度、イギリスでは13%程度で、主要先進国の中で日本の企業の開業率の低さが際立っている。しかしながら、2010年頃の日本は、米国等のように、創業・起業が活発な社会になっているものと予想される。
また、こうした創業・起業の活発化の背景として、魅力ある事業環境が形成されており、国内での創業・起業とともに、海外からの直接投資の流入も活発化する。対外直接投資と対内直接投資の比率(国際収支ベース)をみると、98年度の概ね5対1から、2010年頃には主要OECD諸国の平均的な値に近づき、概ね2対1になっているものと見込まれる。
2.労働市場の変化
外部労働市場の整備や職業能力開発、職業能力評価の充実により、成長産業などへの労働移動の円滑化等適材適所の労働力配置が実現され、限られた人的資源の有効活用が図られている。また、キャリア形成を図る観点から転職を行う労働者も多くなっているとみられる。労働者の転職指向が高まると、自発的離職失業が増加する要因になると考えられる。
一方、職業能力開発、職業能力評価の充実と外部労働市場における労働力需給調整機能の強化により、失業の発生が抑制されるとともに、顕在化した失業者の早期再就職が促進され、失業期間は短期化されよう。ここでは、労働市場の硬直性により特に長期失業者の割合が高くなっているとみられる欧州諸国等については捨象し、日本と米国について、99年2月時点の調査で失業期間別にみた失業者の割合をみよう。失業期間の長短は景気情勢によって影響を受けるものであり、日米間で現下の景気局面が異なること及び米国の短期失業率が水準としては日本よりかなり高いことに留意する必要があるが、日本の場合は1カ月未満の失業者が全体の12.8%、6カ月以上の失業者が全体の44.4%であるのに対し、米国の場合には5週間未満の失業者が全体の38.0%、27週間以上の失業者が全体の12.4%となっている。このように現状では日本の失業者の平均的な失業期間が相対的に長いが、2010年頃には、短縮しているものと見込まれる。
3.多様な働き方
経済・雇用構造の変化や価値観の多様化を反映して、日本の労働者の働き方も変化し、パートタイム労働、派遣労働、在宅就業等多様な働き方を選択する者が増加することが見込まれる。
特に、パートタイム労働者は、日本の労働市場において量、質の両面で大きな一角を占めるに至っており、今後は補助的・臨時的な労働力としてだけではなく、基幹的労働力として位置づけられる者、正社員として短時間勤務する者等も増加すると見込まれる。
また、情報通信機器を活用して個人が自宅等で仕事をするという働き方(テレワーク、SOHO)も、ますます身近なものとなっているであろう。
4.女性・高齢者の労働力率の高まり
国立社会保障・人口問題研究所が97年に試算した日本の将来推計人口によると、総人口は中位推計で2007年をピークに減少に転ずるものと見込まれている。また、15~64歳の人口は、95年をピークにして既に減少に転じている。今後、年齢にとらわれない社会、性別にとらわれない社会となっていく中で、高齢者の労働力率は上昇し、女性の労働力率も各年齢層において上昇傾向になると見込まれるが、労働力人口に占める高齢者比率の上昇により全体の労働力率が低下することもあり、労働力人口(中位推計をもとに試算)は次第に伸びを鈍化させ、2005年頃をピークとして減少していくと見込まれる。
男子高齢者(60~64歳)の労働力率は米国で55%程度であるのに対し、日本は75%程度(いずれも97年)と高い水準にある。このため、高齢者の労働力率は将来的に大幅な上昇は望めないものの、就業環境の整備等により、現状に比べれば上昇していくものと試算することができる。
女性の労働力率については、出産・育児を機に一旦労働市場から退く女性が存在する等のために、20~24歳層と45~49歳層を左右のピークとし、30~34歳層をボトムとする、いわゆるM字カーブがみられるが、これは女性が働きやすい環境を整備することにより解消の方向に向かうと見込まれる。育児支援策の大幅な拡充を前提に、6歳未満の子を持つ女性の有業率が、乳幼児の育児責任を持たない女性の有業率と同じ程度にまで上昇すると想定した場合、30~34歳層の女性の労働力率は、97年の50%台半ばから2010年頃には70%台半ばまで上昇するものと試算することができる。
第2節 学び方
1.多様な学校
画一的な教育は薄れ、学校教育においても、子供の発達段階に応じて、基礎的な教育に加え独自の特色をもった教育を行う多様な学校が存在するようになる。スポーツ、芸術等の才能を伸ばす学校、外国語教育や情報教育に力を入れる学校、起業家教育に積極的な学校など、特色のある学校が生まれ、多様なカリキュラムが学校ごとに編成される。
こうした多様な特色ある学校の中から、教育の受け手がそのニーズに応じて学校を選択できる機会が拡がり、学校側では教育の受け手のニーズに応えるべく努力が払われることとなる。
2.リカレント教育
人々が生涯のいつでも自由に学習機会を選択して学ぶことができる生涯学習社会の構築が進むとともに、リカレント型のライフコースが一般化しよう。例えば、一度社会に出た人々が再び学習の場に戻るケースが増加する。97年度には、一般入試とは異なる社会人を対象とした選抜方法による大学の学部への入学者数は、4,728人(学部入学者の125人に1人)、同じく大学院への入学者数は6,112人(大学院入学者の12人に1人)であるが、2010年に向けてこれらの人数はより一層増加するものと考えられる。
第3節 消費生活、余暇
1.一人あたり国民所得
21世紀初頭における日本全体としての経済成長率は、労働力人口が頭打ちから減少に転ずるなかで、やや鈍化することが避けられないものの、生産性の向上を反映して、国民一人当たりでの所得は着実に増加し、人々の金銭面での豊かさは増進していよう。一人当たり国民所得を推計すると、97年度の310万円程度から、2010年度には350万円程度(97年度価格)に増加するものと見込まれる。
2.可処分時間
人々は所得とともに時間についてのゆとりも追求する。ここで、時間的なゆとりの指標として、睡眠時間、家事に要する時間、労働時間、通勤時間等生活に必要な時間を全体から差し引いた時間、すなわち余暇として自由に使うことのできる時間を「可処分時間」と定義すると、年間総実労働時間1800時間の達成・定着等により、「可処分時間」は2010年頃に向けて着実に増加するものと見込まれる。
(1)平均的な有業者にならした場合の可処分時間
96年における労働者の年間休日日数は120日程度であるが、2010年頃には完全週休二日制の普及、年次有給休暇の完全取得等が実現しているとの想定をすれば140日近くまで増加すると期待される。これは年間で20日程度の休日の増加であり、仕事以外の余暇活動に対して打ち込むことのできるまとまった時間が生まれることを意味する。
また、96年における有業者の通勤時間を年間に換算すると175時間程度(往復、全国平均)であるが、在宅勤務、サテライトオフィス(職員の通勤時間の節約等のため郊外に開設された小型のオフィス)勤務の増加により、2010年頃には135時間程度に短縮されると見込まれる。
これらにより、可処分時間は、男女を併せた平均的な有業者でみて、96年の年間2150時間程度から、2010年頃には2300時間超に増加するものと見込まれる。
(2)個別の事例
なお、上記のような平均的な有業者等にならした姿でなく、個別の例を挙げてみれば、極めて長い通勤時間をかけている人(首都圏の男子勤労者の9%程度が片道1時間半以上)が、土地の用途複合等により都心居住を実現し、片道30分の通勤時間となれば、平日1日あたり2時間以上の可処分時間の増加が実現する。
また、子育てサービスの整備や家事の外部化等が進むことにより、育児に携わる者が、仕事と育児を両立することができるようになったり、育児から一時的に解放されて、余暇を楽しむことができるようになると思われる。例えば、託児サービスの整備等により、育児から離れて自分の時間を持ち、気分転換を図ったり、趣味を楽しんだ場合、数時間程度の可処分時間の増加が実現される。
これまで女性に偏っていた家事の分担は男女間で平準化されよう。これは、家事に費やす時間が男女間で平準化され、女性が可処分時間を増加させたり、仕事と家事を両立することができるようになることを意味する。この場合、男女双方で労働時間等の短縮が進展し、男性の可処分時間が減少することなく家事を行う時間を増やすことが可能となろう。
3.インターネット社会
インターネットを通じて国土全体で情報が迅速に流れる。インターネット加入者数は98年度の1700万人程度から2010年頃には4500万人程度へと、大幅に増加しているものと見込まれる。
消費生活においても、インターネット上での商品の販売やオークション等が広く行われることとなろう。こうした形態の販売は、在庫を極力抑えることが可能になることからコスト削減を可能とする。特に、多品種、少量販売においてその利点が大きい。
オフィスワークにおいても、組織内外での報告書の作成等において、コンピューター・ネットワークが一般的に利用され、業務の効率性が一層高まる。
4.解消に向かう内外価格差
国内の規制改革によりサービス産業の生産性向上が進むとともに、日本的経営の変化が法人需要を減少させていくものと考えられ、食料品やレジャーなどの国内価格が国際的にみて割高であるという、内外価格差は解消に向かう。
経済企画庁の生計費調査によると、95年には円高が進んだこともあり、東京のニューヨークに対する内外価格差は1.59倍となった。その後、内外価格差は縮小し、98年にはニューヨークに対して1.08倍、パリに対して1.15倍、ベルリンに対して1.21倍となっている。今後、さらに内外価格差が解消に向かっていくことで、人々の実質的な暮しは向上するものと考えられる。
第4節 家族、地域、コミュニティー
1.家族の絆の強まり
夫不在の生活を作り出し、父子関係や夫婦関係を希薄にしてきた企業中心型社会から脱して、人々は心の安らぎを得るという「情緒面」での機能など、家族の持つ機能を再度見直し、家族の絆が強まる。一方、家族の構成員はそれぞれ家族の中だけでは完結し得ない自分自身の関心・活動領域を持つ。
2.歩いて暮らせる街づくり
(1)ゆとりの空間
既成市街地の再編を通じた土地の有効高度利用等により、住宅、買い物、オフィス、文化、娯楽空間や道路、公園等の公共空間は、利用し易くなるなど、質的に向上するとともに、ゆとりが確保される。
住宅については、一人当たり床面積(平成5年時点で31㎡)が、今後5年間でヨーロッパ並みの水準(英・独・仏一人当たり40㎡弱)に達し、ホームパーティーなどもやりやすくなる。
また、都市中心部での良質な家族向け賃貸住宅、高齢者向け賃貸住宅や共同住宅の供給が進むほか、住宅の耐久性(住宅の更新周期は、日本:30年、米・独・仏:80~100年)と機能の向上等を通じて、中古住宅流通市場が成長する。一方、建築基準の性能規定化、合理化工法の開発・普及等により、住宅の建設コストの低減が図られ、比較的低廉な価格で供給されるようになる。この結果、小さな子供を抱える共働き夫婦が、手狭な郊外部の賃貸住宅から都市部の職場に近い賃貸住宅に住み替えたり、子育てを終えた老夫婦が、二人で十分に生活できる手頃な広さで便利な都心部の賃貸住宅や共同住宅に移り住むなど、その時々の仕事、家計や家族の状況に応じた住み替えが進む。
段差が5m以上あり、かつ、一日の乗降客数5千人以上の鉄道駅について、原則として2010年までに所要のエレベーター、エスカレーターが整備される。また、幅広い歩道の設置、段差の解消、電線類の地中化が進むとともに、トランジット・モール(公共交通機関だけが通行可能な歩行者天国)が幅広く導入される。こうして、安心して歩いて楽しめる空間が確保される。
(2)ゆとりの時間
様々な生活空間の近接化・複合化と高度な交通・情報通信ネットワークは、移動時間を短縮し、利便性、効率性と時間的なゆとりをもたらす。例えば、住宅と保育所の一体的整備、駅周辺の保育所など、子育てをしながら働きやすい環境が整備される。また、役所での申請書類の電子化やワンストップサービスが推進され、用務時間が短縮される。さらに、道路交通システムの高度情報化が進み、高速道路での料金支払いの手間が省けたり、道路交通情報の提供を通じて、渋滞によるタイムロスが無くなるなど、時間的なゆとりが確保される。加えて、住宅の情報化が進み、テレワーク、SOHOといった通勤を伴わない勤務形態も十分可能となる。
(3)新しいコミュニティー
このようにゆとりの空間とゆとりの時間が生み出されることにより、これまで以上に家族とのコミュニケーションが楽しめるようになる。また、人と人との多様な交流や様々な情報の受発信が促進されることにより、文化活動、娯楽活動、スポーツ、NPO活動等にみられるような、趣味や志の縁により個人が緩やかに結合し、開放性の高い、新しいタイプのコミュニティーに積極的に関与するようになる。地域社会においては、家族、地域、会社、文化サークル、娯楽サークル、スポーツクラブ、NPO等多様なコミュニティーが重層的に存在し、その中で、幅広く、ゆるやかな人間関係が形成され、個人の自己実現と豊かさの実現が図られる。
3.中山間地域・離島等のコミュニティー
(1)地域を支える多様な主体
交通・情報通信ネットワークの進展により、中山間地域・離島等と都市、外国との垣根が低くなり、人・物・金・情報の交流が拡大する。これに伴い、従来の地縁に結びついた単一的・固定的なコミュニティーから、文化、スポーツ、旅行、健康、NPO活動等の自己実現を図るための多様なコミュニティーが生まれる。しかし、一方では、少子高齢化が進み、住民が極端に減少する地域もある。
このような中で、地元の農林水産業や商工業等を支える者と、地域の魅力を求め、都市部から移住、交流する者とが、知恵を出し合い主体となる地域では、活力が高まる。
(2)地域の資源と知恵を活かした産業
地域活性化の根源として、地域の資源と知恵を活かした環境産業、知識集約型産業、観光産業等の新たな産業やベンチャー企業等が生まれ、地域再生の顔となり、地元の雇用力は高まる。また、子育てサービス等の整備、道路、建物等のバリアフリー化、デマンドバスの運行等の進展により、女性、高齢者も働きやすくなり、地域全体としての稼得能力が向上する。
さらに、中山間地域・離島等に居住する有能な者を求めて、外国企業等も含めた企業立地も大きく変化する可能性がある。
(3)都市的サービスを享受できる日常生活
生活面では、地域においても一定の都市的サービスを享受できるよう生活基盤が整備される。地域の中心部から離れた集落でも、郵便局、農協等にコンビニ機能を有する施設が併設されるなどにより、行政や生活関連のワンストップサービスが24時間体制で受けられる等、地域住民に対するサービスの向上が図られ、日常生活に不自由はない。
さらに、高度な情報通信が整備され、居ながらにして、最新の書籍やCDのバーチャルショップでの購入や、国内外の経済、芸術、娯楽等に係る最新情報も瞬時に入手できるとともに、多様なグループやコミュニティーの活動にも積極的に参加できる。
(4)活発化する都市との交流
清浄な水、空気や景観、広々とした住居等に憧れて、地域にセカンドハウスを持ち、都市部から地域に定期居住したり、定住する者が増加する。このような人々を含め、就農したい、森林を守りたいという者に対しては、地域の農業法人等が就農を支援し、NPO等が森林保全活動を組織する等により、都市住民と地域住民の交流が活発化する。
こうして、交流を基礎とした多様な地域コミュニティーが形成され、地域が活性化する。
第5節 老後
1.消費・余暇生活を楽しむ高齢者
2010年頃に新たに高齢期に入っていく世代は、若い時期に豊かな消費・余暇生活を体験した世代であり、所得と時間両面でのゆとりを手に入れることにより、自らの満足を充実させるために、消費・余暇生活を十分に楽しんでいるものと考えられる。その面で、年金を受け取りつつ子供や孫のために貯蓄を行うという、これまでの高齢者像とは大きく異なる。
こうしたことから、2010年頃の高齢者の貯蓄率は、現在の高齢者の貯蓄率に比べ低下しているものと見込まれる。また、若年者よりも相対的に貯蓄率が低いと考えられる高齢者の比率が高まることもあり、日本全体としての家計貯蓄率も低下するものと見込まれる。
こうした高齢者の旺盛な消費需要を背景に、高齢者向けのレジャー、ファッション、情報等の市場は大きく拡大するものと見込まれる。
2.公私の年金、稼得、資産運用の組み合わせ
2010年頃の高齢者の収入面をみると、公的年金を中心とし、自助努力に応じた私的年金が、公的年金に上積みされる。
また、希望に応じて仕事を続けることが可能である。希望に基づく仕事の継続は本人の生活の充実につながるとともに、公私の年金に加わる収入の稼得機会となる。
さらに、高齢者の収入としては、これまで蓄えた貯蓄からの利子、配当等も無視できない。資産運用の方法が収入の多寡に大きな影響を与える。ハイリスク・ハイリターンからローリスク・ローリターンまで、自己責任により多様な金融商品の選択が可能である中で、ファイナンシャル・プランナー等資産運用を専門的に行うサービスが一般化するものと考えられる。
3.社会全体での介護
老後の介護は高齢社会の大きな課題である。現在でも、要介護者を持つ家族は在宅介護を自らの手で行う場合、多大な時間的拘束を受けている。特に、外に仕事を持つ男性に比較して、主婦である女性にその負担が重くかかりがちである。また、施設介護については、必ずしも医療施設に入院する必要のない者まで入院している実態があり、非効率な医療費の拡大を招いている。
今後、介護サービス需要の高まりを見越した供給の増加が見込まれ、2010年頃には、ホームヘルパーが増加すること等により、訪問介護(ホームヘルプサービス)等の在宅サービスを基本として、施設サービスも含め、介護サービスの供給体制の整備が進む。その結果、要介護者を持つ家族がそのニーズに応じて、最も望ましい介護形態を選択することが可能となる。
また、介護保険制度も定着し、費用の負担面からも、これまでの家庭内における介護から、社会全体での介護となっている。