「構造改革のための経済社会計画―活力ある経済・安心できるくらし―」の推進状況と今後の課題
―平成10年度経済審議会報告―
平成10年12月
- 目次
- はじめに
- 第1章 内外経済情勢の展開
- 第1節 国際経済情勢
- 第2節 我が国経済の現状
- 第3節 現行経済計画との乖離状況
- 第2章 乖離の要因
- 第1節 諸要因の整理
- 第2節 今後に向けての留意点
- 第3章 今後の経済運営の方向
- 第1節 経済再生のための優先課題
- 第2節 中長期的な経済政策
- 第4章 新しい経済計画の策定
- 第1節 新しい経済計画策定の必要性
- 第2節 新しい経済計画に求められるもの
- おわりに
- (別紙)「 高コスト構造是正・活性化のための行動計画」の進展状況
はじめに
平成 7 年 12 月に閣議決定された現行経済計画「構造改革のための経済社会計画-活力ある経済・安心できるくらし-」(以下、現行経済計画)においては、「毎年、経済審議会は、内外経済情勢及び施策の実施状況を点検し、毎年度の経済運営との連携を図りつつ、その後の政策運営の方向につき政府に報告する」こととされている。これに基づき、経済審議会においては、本年 9 月より企画部会を設置して審議を行い、平成 8 、 9 年度に引き続き、現行経済計画の進捗状況と今後の課題について取りまとめたので、ここに報告する。
審議に当たっては、現行経済計画策定後約 3 年が経過したことに鑑み、
- 現行計画の想定と現実との乖離
- 将来の経済社会のマクロ的変化
- マクロ経済政策、雇用政策
等について重点的に検討を行い、その結果を取りまとめた。特に、現行経済計画における想定と現実の経済動向との乖離について、その要因を整理・分析し、今後の経済運営の方向性や新しい経済計画策定の必要性について提言している。
第1章 内外経済情勢の展開
第1節 国際経済情勢
世界経済は、アメリカの好調とヨーロッパ諸国の景気回復によって、 1996 年、 97 年と先進国で高めの成長となったほか、市場経済移行国でも 96 年のマイナス成長から 97 年にはプラス成長に転じたが、 97 年 7 月のタイ・バーツ危機に端を発するアジア通貨・金融危機の影響からアジアで成長率が鈍化した。アジア通貨・金融危機は域内の経済成長を低下させただけでなく、輸出の減少や一次産品価格の低下等を通じて、世界経済全体にも影響を及ぼし、ロシアや中南米諸国等の為替・金融市場にも動揺が広がる結果となった。そのため、 98 年の世界全体の成長率は減速が見込まれている(表 1 )。
(表1) 世界各国の実質GDP成長率 (単位:%)
実績 | 見通し | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
94年 | 95年 | 96年 | 97年 | 98年 | 99年 | |
世界計 | 3.9 | 3.7 | 4.2 | 4.1 | 2 | 2.5 |
先進工業国 | 3.2 | 2.5 | 3 | 3.1 | 2 | 1.9 |
アメリカ | 3.5 | 2.3 | 3.4 | 3.9 | 3.5 | 2 |
日本 | 0.6 | 3 | 4.4 | ▲ 0.4 | ▲ 2.2 | 0.5 |
EU | 2.9 | 2.4 | 1.7 | 2.7 | 2.9 | 2.5 |
ドイツ | 2.7 | 1.2 | 1.3 | 2.2 | 2.6 | 2.5 |
フランス | 2.8 | 2.1 | 1.6 | 2.3 | 3.1 | 2.8 |
イギリス | 4.4 | 2.8 | 2.6 | 3.5 | 2.3 | 1.2 |
イタリア | 2.6 | 2.7 | 0.4 | 2.3 | 2.1 | 2.5 |
発展途上国 | 6.7 | 6.1 | 6.6 | 5.8 | 2.3 | 3.6 |
アジア | 9.6 | 9 | 8.2 | 6.6 | 1.8 | 3.9 |
NIEs | 7.6 | 7.3 | 6.3 | 6 | ▲ 2.9 | 0.7 |
ASEAN | 7.8 | 8.2 | 7.1 | 3.7 | ▲ 10.4 | ▲ 0.1 |
中南米 | 5.2 | 1.2 | 3.5 | 5.1 | 2.8 | 2.7 |
市場経済移行国 | ▲ 7.1 | ▲ 1.5 | ▲ 1.0 | 2 | ▲ 0.2 | ▲ 0.2 |
ロシア | ▲ 12.7 | ▲ 4.1 | ▲ 3.5 | 0.8 | ▲ 6.0 | ▲ 6.0 |
( 出所 ) IMF “World Economic Outlook” 、経済企画庁経済研究所国民経済計算部「季刊国民経済計算」、各国・地域統計より作成。
(注)1.日本の数値は年度ベース。
2.ASEAN は、 ASEAN4 か国 ( インドネシア、タイ、マレイシア、フィリピン ) の合計。
アメリカ経済は景気拡大が 8 年目に入ったが、個人消費に牽引された内需中心の拡大が続いている。失業率は低水準で推移し、物価は安定している。しかし、このところ家計貯蓄率が大幅に低下しており( 98 年 10 月、▲ 0.2 %)、家計部門のバランスシートが大幅に悪化している可能性もある。また、 98 年 7 ~ 9 月期の設備投資の伸びはマイナスとなり、鉱工業生産の伸びに鈍化がみられるなど、先行きに対する不安材料もみられる。
ヨーロッパでは、イギリスが 6 年にわたる景気拡大を示すとともに、大陸ヨーロッパ諸国でも 96 年半ばからの為替の減価傾向により外需を中心に景気が回復した後、 97 年から 98 年にかけては、 99 年 1 月からの単一金融政策の実施に向け持続的に行われている低金利政策などもあり、これが内需に波及する形で景気が拡大している。
通貨・金融危機の影響が本格化しているアジア諸国は、 IMF や我が国を中心とする関係諸国の支援の下でマクロ経済の安定化と構造改革に取り組んでいるところである。但し、通貨の安定と対外収支の改善はみられるが、投資・消費の落ち込みは深刻なものとなっており、雇用情勢も悪化している。
国際金融市場では、ドルの実質実効レートが 95 年以降継続的に上昇した。また、ニューヨーク市場などでは、アジア通貨・金融危機やロシア金融危機などにより不安定な動きがみられるものの、予防的な金利引き下げに伴う株式価格の上昇がみられる。一方、国際商品価格と原油価格は、日本及び東アジアの景気低迷等による需要減退などから低水準で推移している。
第2節 我が国経済の現状
(厳しさを増す景気の低迷)
現行経済計画策定後の我が国経済の動向を振り返ってみると ( 表 2) 、平成 8 年度には実質 GDP 成長率が 4.4 %となるなど景気回復が本格化する兆しもみられたが、平成 9 年 4 月以降、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動減があり、また、同年に生じたアジア通貨・金融危機や国内の金融システム不安もあって、今日に至るまで厳しい低迷状態を続けている。消費性向の低下や設備投資の低迷に現れているように、将来の不透明感から家計や企業が防衛的な経済行動をとることによる景気の落ち込みが激しい。こうした中で、去る 11 月 16 日に政府は総事業規模にして 17 兆円を超え、恒久的な減税まで含めれば 20 兆円を大きく上回る規模の緊急経済対策を決定し、平成 11 年度ははっきりとしたプラス成長へ転換するための諸施策を実行することとしたところである。今回の対策を含め、去年 11 月以降 3 回の経済対策による需要喚起や構造改革による活性化策の成果が、早急に発現することが期待される。
雇用情勢は厳しい状況にあり、雇用者数は減少し、勤め先や事業の都合による失業者が増加している。完全失業率は平成 7 年度 3.2 %、平成 8 年度 3.3 %、平成 9 年度 3.5 %となった後、平成 9 年度末以降上昇テンポを速め、平成 10 年 8 、 9 、 10 月ともに 4.3 %とこれまでの最高水準で推移している。有効求人倍率は平成 9 年末以降急速に低下し、平成 10 年 10 月には 0.48 倍と、過去最低水準で推移している。特に、世帯主の失業が増加している他、実質賃金の低下に表れているように、雇用が全体として維持されている業種でも、賃金の相対的に低い雇用形態のウエイトが高まっている例もみられ、これらが全体の雇用情勢をより深刻なものにしている。このため、現下の雇用情勢を改善し、将来に対する不安を払拭することが、まず第一の課題である。
物価については、平成 9 年度には消費税率引き上げの影響等もあり、前年比で消費者物価上昇率 2.0 %、国内卸売物価上昇率 1.0 %となったが、消費税率引き上げの影響が一巡した平成 10 年度には、景気の低迷と輸入物価の下落、規制緩和の影響等により、消費者物価は伸び率が鈍化し、国内卸売物価は前年比マイナスで推移している。経済が沈滞し、実需の減少と物価の下落が相互作用的に進行する、いわゆるデフレスパイラルにすでに入っているとは考えられないが、現在の我が国経済は、こうしたデフレスパイラルの入り口のすぐ脇を通っているものとみるべきであり、景気の動向については十分な注意を要する状況になっている。
(表2) 主要経済指標の実績
平成7年度 | 平成8年度 | 平成9年度 | 平成9年 | 平成10年 | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|
10~12月 | 1~3月 | 4~6月 | 7~9月 | ||||
実質 GDP 成長率(%) | 3 | 4.4 | ▲ 0.4 | ▲ 0.9 | ▲ 1.2 | ▲ 0.7 | ▲ 0.7 |
完全失業率(%) | 3.2 | 3.3 | 3.5 | 3.5 | 3.6 | 4.2 | 4.3 |
有効求人倍率(倍) | 0.64 | 0.72 | 0.69 | 0.69 | 0.61 | 0.53 | 0.5 |
消費者物価上昇率(%) | ▲ 0.1 | 0.4 | 2 | 2.2 | 2 | 0.4 | ▲ 0.2 |
国内卸売物価上昇率(%) | ▲ 1.0 | ▲ 1.5 | 1 | 0.9 | 0.3 | ▲ 2.3 | ▲ 2.1 |
( 出所 ) 経済企画庁「四半期別国民所得統計速報」、総務庁「労働力調査」「消費者物価指数」、労働省「職業安定業務統計」、日本銀行「卸売物価指数」。
(注)1. 実質 GDP 成長率 ( 四半期 ) は、季節調整済前期比。完全失業率、有効求人倍率 ( 四半期 ) は、季節調整値。
2.消費者物価上昇率、国内卸売物価上昇率 ( 四半期 ) は、前年同期比。
(対外バランス、財政の状況、金融情勢)
対外バランスについてみると、平成 7 年度、 8 年度に縮小傾向にあった経常収支黒字は、平成 9 年度に入り大幅な拡大に転じており、平成 10 年度に入ってからも引き続き拡大傾向にある。このように経常収支黒字が拡大傾向に転じたのは、平成 7 年半ば以降の円安傾向を反映して、平成 9 年頃から輸出数量が増加したことにより、輸出金額が高い伸びで推移したこと、また、平成 10 年に入ってからは、輸出金額の伸びが低下しているものの、国内景気の低迷や、原油・一次産品価格や製品類の価格低下の影響を受けて、輸入金額がそれ以上に減少したこと等によるものである(表 3 )。
(表3)対外バランス (単位:億円,%)
平成7年度 | 平成8年度 | 平成9年度 | 平成9年 | 平成10年 | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|
10~12月 | 1~3月 | 4~6月 | 7~9月 | ||||
経常収支 (GDP 比 ) | 94,817 | 71,716 | 129,491 | 35,311 | 37,038 | 36,404 | 45,626 |
-1.9 | -1.4 | -2.6 | -2.8 | -2.9 | -2.9 | -3.7 | |
輸出 | 409,442 | 448,337 | 498,886 | 126,530 | 124,071 | 124,448 | 127,654 |
輸入 | 294,201 | 360,508 | 362,546 | 91,158 | 85,940 | 82,265 | 85,611 |
(出所) 日本銀行「国際収支統計月報」等。
(注) 1.経常収支、輸出、輸入とも季節調整値。
2.10 年 7 ~ 9 月は速報値。
財政の状況をみると、バブル崩壊後、税収の伸び悩むなか、累次の経済対策を実施した影響等から、多額の公債発行にいたっており、財政事情は極度に悪化している。平成 10 年度第3次補正後の公債発行額は 34.0 兆円(うち特例公債 17 兆円)、公債依存度は 38.6 %、公債残高は約 299 兆円に達し、極めて厳しい状況にある。また、地方財政の借入金残高は 166 兆円(平成 3 年度の 2.4 倍)となっている(表 4 )。国際的にも、他の主要先進国で財政再建が進められているなか、我が国の平成 10 年度の国及び地方の財政収支の対 GDP 比は▲ 15.1 %、債務残高の対 GDP 比は 111.7 %と、主要先進諸国のなかで最悪といえる状況になっている(表 5 )。
(表4) 財政の状況
平成6年度 | 平成7年度 | 平成8年度 | 平成9年度 | 平成10年度 | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|
国及び地方の財政収支(兆円) | ▲ 27.3 | ▲ 32.9 | ▲ 33.4 | ▲約 30 | ▲ 75 程度 | ||
国及び地方の長期債務残高(兆円) | 367.6 | 410.1 | 449.3 | 488.5 | 560 程度 | ||
国の長期債務残高(兆円) | 268.7 | 297 | 324.5 | 354.7 | 412 程度 | ||
公債残高(兆円) | 206.6 | 225.2 | 244.7 | 255.1 | 299 程度 | ||
公債依存度(%) | 22.4 | 28 | 27.6 | 23.5 | 38.6 程度 | ||
地方の借入金残高(兆円) | 106.3 | 124.8 | 139.1 | 149.1 | 166 程度 | ||
国及び地方重複分(兆円) | 7.4 | 11.7 | 14.4 | 15.2 | 18 程度 |
(出所) 経済企画庁「国民経済計算年報」、大蔵省資料。
(注) 平成 9 年度、 10 年度は見込値 ( 大蔵省及び自治省による試算 ) 。
(表5) 1998年の財政収支・債務残高の
GDP比(国及び地方)の国際比較 (単位:%)
日本 | 米国 | 英国 | ドイツ | フランス | イタリア | カナダ | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
財政収支/ GDP | ▲ 15.1( ▲ 9.8) | 0.5 | ▲ 0.4 | ▲ 2.4 | ▲ 2.9 | ▲ 2.6 | 2 |
債務残高/ GDP | 111.7 | 57.4 | 57.2 | 62.6 | 66.4 | 119.4 | 90 |
(出所) 大蔵省資料、 OECD “ Economic Outlook ”。
(注) 1. 日本、米国の財政収支は社会保障基金を除いた値。
2. 日本の計数は 98 年度の政府推計値による ( かっこ内の計数は、国鉄長期債務・国有林野累積債務の一般会計承継に係る分を除く ) 。
また、金融情勢をみると(表 6 )、金融政策が著しい緩和基調を維持してきたこともあり低金利状態が続いている。このような状況の中で、金融機関の不良債権問題の一層の深刻化や、資産価格の下落による自己資本比率の低下などを背景に、民間金融機関が新規の貸出に慎重になっている他、一部貸出の回収を進めているなど、このところ貸出残高は前年比マイナスとなっている。このため、企業は貸出態度に対する懸念を高めており、手元流動性確保に向けての動きを強めている。
マネー関連の指標をみると、 97 年秋の一連の金融機関の破綻に対応し日本銀行が潤沢な資金供給を行ったことを背景に、ハイパワード・マネーが高い伸びとなったものの、現金-預金比率、手許現金-預金比率の高まりから、マネーサプライはハイパワード・マネーほどの伸びにはなっていない。
なお、我が国の金融システムないし金融機関に対する国際金融市場の認識も厳しさを増しており、我が国金融機関のユーロ市場等での資金調達条件が悪化している。
(表6) 金融情勢 (単位:%)
平成7年度 | 平成8年度 | 平成9年度 | 平成9年 | 平成10年 | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|
10~12月 | 1~3月 | 4~6月 | 7~9月 | ||||
M2+CD | 3.1 | 3.3 | 3.5 | 3.3 | 4.7 | 3.7 | 3.7 |
ハイパワード・マネー | 5.8 | 7.7 | 7.9 | 8.5 | 9.1 | 9 | - |
貸出残高 | 1.4 | 0.4 | ▲ 0.3 | ▲ 0.2 | ▲ 0.8 | ▲ 2.3 | ▲ 2.4 |
短期金利 | 0.765 | 0.542 | 0.667 | 0.63 | 0.932 | 0.583 | - |
長期金利 | 3.11 | 2.265 | 1.58 | 1.655 | 1.58 | 1.32 | 0.76 |
(出典) 日本銀行「経済統計年報」「経済統計月報」。
(注) 1.M2+CD は期中平均の前年度比及び前年同期比、なお 10 年 7 ~ 9 月の数値は速報値による。
2. ハイパワード・マネーは平均残高で、準備率調整後のもの。
3. 貸出残高は国内銀行ベース ( 信託勘定含む ) 、期中平均残高の前年度比及び前年同期比。
4. 短期金利は CD 平均金利 ( 期間 90 ~ 180 日未満、新規発行ベース、発行高加重平均レート ) 。
5. 長期金利は国債指標銘柄の期末値。
第3節 現行経済計画との乖離状況
(経済成長率)
現行経済計画においては(表 7 )、平成 8 年度以降計画最終年度 ( 平成 12 年度 ) までの実質 GDP 成長率を、規制緩和等の構造改革が進展した場合には、年平均 3 %程度、進展しない場合には、年平均 1 ? %程度と見込んでいる。
現行経済計画策定後の実質 GDP 成長率の推移をみてみると、平成 8 年度には 4.4 %と、現行経済計画の想定を上回るものとなったが、平成 9 年度には▲ 0.4 %となり、平成 10 年度については▲ 2.2 %程度と見込まれている。この結果、平成 8 ~ 10 年度の平均で 0.6 %の成長にとどまっており、構造改革が進展した場合の 3 %程度はおろか、構造改革が進展しない場合の 1 ? %程度をも大きく下回る結果となっている(参考図表 1 - 1 )。
これを内外需別に分けてみると、内需寄与度は平成 8 年度には 4.4 %と現行経済計画の想定 ( 構造改革が進展した場合には年平均 3 %程度、進展しない場合には年平均 1? %程度 ) を上回る形となったが、平成 9 年度及び平成 10 年度にはそれぞれ▲ 1.8 %、▲ 2.7 %程度(実績見込み)と計画から大きく下方に乖離した。また、外需については平成 8 年度には▲ 0.0 %の寄与度とほぼ想定どおりとなったものの、平成 9 年度及び平成 10 年度には内需の不振等により、それぞれ 1.4 %、 0.6 %程度(実績見込み)と、想定よりも高い寄与度を示している(参考図表 1 - 2 、 1 - 3 )。
(表7) 現行経済計画における計数とその後の実績値 (単位:%)
計画 | 実績 | 実績見込み | ||
---|---|---|---|---|
平成8年度~平成12年度 | 平成8年度 | 平成9年度 | 平成10年度 | |
実質経済成長率 | 3% 程度 (1% 程度 ) | 4.4 | ▲ 0.4 | ▲ 2.2 程度 |
うち内需寄与度 | 3% 程度 (1% 程度 ) | 4.4 | ▲ 1.8 | ▲ 2.7 程度 |
名目経済成長率 | 3% 程度 (1% 程度 ) | 2.9 | 0.2 | ▲ 2.2 程度 |
消費者物価上昇率 | % 程度 ( % 程度 ) | 0.4 | 2 | 0.3 程度 |
卸売物価上昇率 | ▲ % 程度 ( ▲ % 程度 ) | 0.4 | 1.2 | ▲ 2.1 程度 |
完全失業率(最終年度) | 2% 程度 ( 3% 程度 ) | 3.3 | 3.5 | 4.3 程度 |
(注) 1. 計画の( )内は、構造改革が進展しない場合の計数値。
2. 経済成長率は実質、名目とも GDP (国内総生産)の伸び率。
3. 卸売物価上昇率は平成 10 年度は国内卸売物価上昇率、その他は総合卸売物価上昇率。
4. 卸売物価上昇率の計画時の数値は平成 2 年基準、実績値は平成 7 年基準。
(物価上昇率)
物価上昇率についてみてみると、現行経済計画においては、消費者物価上昇率は、構造改革が進展した場合には年平均 ? %程度、進展しない場合には年平均 ? %程度、また、卸売物価上昇率は、構造改革が進展した場合には年平均▲ ? %程度、進展しない場合は年平均▲ ? %程度、とそれぞれ見込まれている。これに対し、各々の実績をみると、消費者物価上昇率は平成 8 年度には 0.4 %、平成 9 年度には 2.0 %となり、平成 10 年度については 0.3 %程度と見込まれている。また、卸売物価上昇率は平成 8 年度には 0.4 %、平成 9 年度には 1.2 %(総合卸売物価)となり、平成 10 年度については▲ 2.1 %程度(国内卸売物価)と見込まれている。このように、ともに平成 9 年度には消費税率引上げの影響等もあり高まっているが、平成 8 ~ 10 年度の 3 年間を平均してみると、消費者物価上昇率は 0.9 %、卸売物価上昇率は▲ 0.2 %となっており、当初の想定に比較的近似した推移となっている。これは、現行経済計画の想定と比べて内需が不振であることが物価上昇率押し下げ要因として働く一方で、為替の円安化が物価押し上げ要因として働いたことによるものと考えられる(参考図表 1 - 4 )。
(失業率)
現行経済計画においては、計画最終年度である平成 12 年度の完全失業率は、構造改革が進展した場合には 2 ? %程度、進展しない場合には 3 ? %程度と見込まれている。これに対し、これまでの推移をみると、平成 8 年度には 3.3 %、平成 9 年度には 3.5 %と上昇気味に推移した後、平成 10 年度については 4.3 %程度と大幅に上昇すると見込まれており、現行経済計画における最終年度の想定を大きく上回った水準に達している。現在の経済成長率が現行経済計画の想定を大きく下回っていることから、失業率は今後とも楽観することのできない状況であり、現行経済計画の最終年度の想定から乖離することになるものと見込まれる(参考図表 1 - 5 )。
第2章乖離の要因
第1節諸要因の整理
計画策定当時は、累次の経済対策の効果もあり、フロー面で経済の好循環の兆しが現れていた。しかし、ストック面では、不良債権問題がなお未解決であった他、地価も下げ続けており、依然大きなリスク要因を抱えていた。こうした状況の下、ストック面での不良債権問題が顕在化し、アジア通貨・金融危機など様々な要因が重なって、フロー経済の好循環の腰を折ることとなった。以下ではその要因を5つに分けて整理した。
(1)政策の影響
平成9年度についてみると、不良債権問題の経済に与える影響の深刻さについての認識が不十分ななかで、官需から民需へのバトンタッチを見込んで大幅な財政収入の増加と歳出の削減が実施されたが、結果としては、後述のような様々な要因もあって民需の順調な回復は実現しなかった。
平成9年度における国民負担増と財政支出の抑制という財政政策の影響が、同年における景気後退の原因として指摘されることがある。しかしながら、こうした財政政策の影響により景気の足どりが緩やかになる中で、不良債権問題の顕在化やアジア通貨・金融危機等様々な諸要因が連動した結果、現状のような厳しい景気低迷が引き起こされたものと考えるべきである。
(国民負担増)
平成9年度に入ってからの消費税率の引上げ、特別減税終了などによる国民負担増が、同年の景気後退の直接的な原因として言及されることがある。こうした政策が、家計の可処分所得の減少を通じて個人消費にある程度の影響を与えた可能性があることは否定できないが、その景気に対するマイナスの効果としては、事後的に計量モデルにより試算してみても、平成9年度の実質 GDP 成長率に対して1%以下にとどまるものである。また、消費税率の引き上げを含む税制改革は、少子・高齢化の進展という構造変化に税制面から対応したものであり、わが国の将来にとって極めて重要な改革であったことに留意すべきである。
なお、消費税率引き上げによる駆け込み需要が平成8年度に、また、その反動による需要減少が平成9年度にそれぞれ2~3兆円程度で発生したことから、これらがなかった場合に比べ統計上、平成8年度の成長率は 0.5 %程度押し上げられた後、平成9年度の成長率は1%強押し下げられている。本来これは、需要の発生するタイミングのずれの問題であり、それ自体として経済のトレンドを大きく左右するものではないが、このように駆け込み需要とその反動減は予想以上に大きく、その影響は長引いた。
(財政支出の抑制)
財政の支出面をみると、財政構造改革の基本路線、必要性については現行経済計画でも示されていたが、その内容、施行時期など具体的な道筋については、必ずしも計画には明記されていなかった。
財政支出の大きなウェイトを占める公共投資については、現行経済計画では平成 6 年 10 月に閣議了解された公共投資基本計画(弾力枠を含め平成 7 ~ 16 年度に 630 兆円)を前提としていた。しかし、公共投資基本計画はその後平成 9 年 6 月に改定され、計画期間の 3 年間延長等の措置がとられた。また、平成 9 年 11 月に成立した「財政構造改革の推進に関する特別措置法」(以下、「財政構造改革法」)に沿って、平成 10 年度当初予算が編成され、公共投資関係費は前年度比 7.8 %減とされた。これらを反映して、 GDP ベースの公的固定資本形成は名目、実質ともに、平成 7 年度をピークとして、平成 8 、 9 年度と連続して前年比マイナスとなった。
平成 9 年度について、仮に、名目公的固定資本形成が前年度比横ばいのケースと、現実のパターン(前年度比▲ 6.1 %)を計量モデルにより比較すると、同年度の実質 GDP 成長率に対して 0.6 %程度の差がみられる。
なお、現行経済計画における各分野毎の社会資本整備目標の進捗状況は別紙の通りである。
(2)国際経済環境の変化
現行経済計画策定時に想定していなかった需要の下振れの原因となる国際経済動向としては、アジアの通貨・金融危機等が挙げられる。
第 1 章で指摘した通り、外需の動きとしては、現行経済計画の想定よりも実績が上回って推移しており、全体としてはプラスの効果が強かったことになる。
しかし、 97 年 7 月から始まった一連のアジア通貨下落とそれに伴うアジア諸国の金融部門の破綻は、貿易や資本移動の相互関係を通じて需要の下振れ要因となっている。まず、アジアの通貨・金融危機によって、同地域に対する我が国の輸出は鈍化している。また、現地に進出している企業は、アジア通貨下落によって価格競争力の改善という利益を得る面もあるが、中間輸入財の高騰や現地経済の不振により不利益を被っている。このような進出企業は、我が国の国内にある親企業等との商品取引及び資本取引で密接に関連しているため、企業内取引を経由した国内への影響が心配されている。
さらに国際貸付銀行の対外債権の不良化や、為替下落によって生じる資産膨張による自己資本比率低下を防ぐための国内での貸し渋りの影響も考えられ、我が国の需要の下振れの一因として無視できないものである。
(3) 不良債権問題等負の遺産の処理の遅れ
(金融機関の不良債権問題)
現行経済計画では、健全で活力ある金融システムを構築することが、我が国が新たな経済社会のフロンティアを切り開いていく上で不可欠との認識の下、金融機関の経営の健全性を確保するため、金融機関の不良債権について、概ね 5 年以内のできるだけ早期に積極的な処理を進め、問題解決の目処をつけることとしていた。しかしながら、金融機関は多額の償却・引当、共同債権買取機構への債権売却等による不良債権の処理を進めたものの、金融機関のリストラが遅れた他、景気低迷や資産価格下落の継続等により新たな不良債権が発生する等結果的に十分でなく、不良債権問題の厳しさが増した(参考図表 2 - 1 )。こうしたなかで、平成 9 年 11 月には、経営が悪化していた金融機関に対する株式市場や短期金融市場における信認が失われたこと等により、複数の大型金融機関が破綻した。
このため、金融システムに対する国民の不安感の高まりから、景気の先行きに対する不透明感が増し、個人消費や設備投資に悪影響を及ぼすこととなった。この点は現行経済計画で想定した姿とは異なるものであり、現実と想定の乖離の要因の一つであると言える。
(資産価格の下落とバランスシート調整の遅れ)
地価公示及び市街地価格指数で全国平均の地価動向をみると、バブル崩壊により急激に下落した後、現行経済計画策定後今日まで、下落幅は縮小しているものの、依然低下傾向が続いている。株価も日経平均株価や東証株価指数( TOPIX )でみると、バブル崩壊以降、低迷を続けている。現行経済計画の策定前後である平成 7 年後半から平成 8 年前半にかけては一時持ち直したものの、平成 8 年後半以降、再び下落基調となっている。このように、地価・株価等の資産価格はバブル崩壊以降低迷状態で推移した(参考図表 2 - 2 )。
こうした状況の下、家計においては、負債比率(可処分所得比)が、平成 2 年にピークを過ぎたものの依然として高水準にあり、消費者負債利子(可処分所得比)も、金利低下により低下傾向にはあるものの、なお高い水準にある。このような家計のバランスシート調整の遅れは、消費低迷の一因になっているものと思われる(参考図表 2 - 3 )。
企業は、資産価格が上昇したバブル期に資産を借入やエクイティで増加させたが、バブル崩壊により資産価値の下落に直面し、負債比率を引き下げるべくバランスシートの調整を余儀なくされた。しかし、資産価格のさらなる下落と収益の低下の中で、バランスシート調整が大幅に遅れている。バランスシート調整圧力の高止まりは、企業のリスク許容力を低下させ、企業の積極的な設備投資を抑制することとなっている。また、資産価格の下落は担保価値の下落による資金調達力の低下を通じても設備投資にマイナスの影響を与えている。
一方、金融機関にとっては、こうした資産価格の下落が自己資本比率の低下要因となり、平成 10 年 4 月の早期是正措置の導入を控えて自己資本比率の低下を防止しようとする姿勢が、いわゆる貸し渋りや資金回収につながった。
このように、株価・地価等資産価格が現行経済計画策定後も現状のように引き続き大幅に下落したことは経済活動全般に対し抑制的に働くこととなり、このことが現行経済計画の想定と現実との乖離の要因の一つとなった。
(4)構造改革の効果
(計画に盛り込まれた政策の進捗状況)
規制緩和等の構造改革の推進についてみると、概ね現行経済計画に示された基本的な方向に沿って進められていると言える。規制緩和を全体として進めるため、平成 7 年 3 月に 1091 項目の具体的項目を含む「規制緩和推進計画」が閣議決定された後、平成 8 年 3 月、平成 9 年 3 月には、それぞれ新規事項 569 項目、 890 項目を盛り込んだ同計画の改定が行われた。また、昨年 12 月には行政改革委員会が規制緩和に関する内容を盛り込んだ「最終意見」を総理に提出し、それを最大限尊重する形で、本年 3 月に、 624 (うち新規 327 )にのぼる事項を盛り込んだ「規制緩和推進 3 か年計画」が閣議決定された。また、規制緩和を含む経済構造改革に向け、平成 9 年 5 月には「経済構造の変革と創造のための行動計画」が閣議決定された。
また、経済審議会では平成 8 年 12 月に、高度情報通信、物流、金融、土地・住宅、雇用・労働、医療・福祉の 6 つの分野における抜本的な構造改革推進策を盛り込んだ「 6 分野の経済構造改革」について内閣総理大臣に建議を行ったところであり、その後その提言の多くについて具体的な進捗がみられている。
一方、現行経済計画の方向に沿って進められている施策のなかにも、ようやく最近になって実際の措置がとられたもの(独占禁止法改正による会社合併・営業譲受等の届出制度、株式保有の報告制度及び役員兼任の届出制度の見直し、多様な投資家がベンチャー投資を行いやすくするための「中小企業等投資事業有限委任組合契約に関する法律」の制定等)もあれば、なお検討中ないし準備中であるもの(商法における会社分割規定の整備、有料職業紹介事業の取扱職業の更なる拡大や労働者派遣事業の対象業務の拡大等)もある。構造改革の効果の発現にはある程度の時間が必要であることを考えれば、現時点で意味のある構造改革の効果を期待しようとするためには、より早い時期により強力な施策が実施されていることが重要となる。
また、構造改革の成果による経済全体としてのシステムの変革は、様々な分野の施策がそれだけで十分な効果をあげられるものではなく、全体としての施策が揃って初めて十分な効果をもつものである。この点からも、計画期間中に可能なものから順次進めていくというアプローチでは不十分であり、より早期にかつ集中的に施策を推し進めていくことを考慮すべきであったことは反省すべきである。
このように必要な施策が未だ十分に実施されていない点は、構造改革の成果が現在までのところ想定どおりに発現していない要因の一つである。
(「高コスト構造是正・活性化のための行動計画」に盛り込まれている諸施策の実施状況とその効果の発現状況については、別紙にまとめたとおりである。)
(需要低迷下における構造改革の効果)
現行経済計画では、構造改革が進展しない場合には 1 3/4% 程度の成長にとどまるものの、構造改革が進展した場合には 3% 程度の成長が可能であると想定していた。
構造改革の経済に与える影響としては、【1】生産性向上や経済全体の活性化等供給面を通じて我が国の潜在的な成長力を押し上げる効果と、【2】新規事業への企業進出や供給面での経済の活性化が設備投資等の新規需要を創出する効果、の二つがある。
このうち供給面を通じた効果は、現下のように需要が大幅に下振れしている状況下においては、一般的には実際に目に見える形では発現しにくい。潜在成長力が高まったとしても、需要不足により資本や労働がフル稼動しないため、潜在成長力を発揮できないからである。
これに対し、供給面での経済の活性化が進展した結果として新規需要が創出されれば、その効果は現下の需要低迷下においても成長率の押し上げ効果として発現し得る。しかし、現状をみると、電気通信分野等一部の分野において当該産業の生産の増加やそれに伴う設備投資の増加などの効果がみられるものの、経済全体へその効果が波及しておらず、需要面からの成長率の押し上げ効果が十分に発現していない。この背景には二つある。
第一に、本来、構造改革による経済の活性化は、生産要素である労働・資本・土地の配分が最適化に向かうことによってもたらされる。しかし現状では、規制緩和等によりこれら生産要素の流動化を図ろうとしても、 ( イ ) 景気の厳しい下振れのために雇用吸収力が弱まっていること等により、労働の最適配分が阻害されていること、 ( ロ ) 金融システムの不安定性や金融機関による貸し渋り等により資本の最適配分が阻害されていること、 ( ハ ) 景気の厳しい下振れによる土地需要の減退等により土地の流動化が遅れていることが障害となって、経済の活性化が妨げられているものと考えられる。
第二に、経済が順調で期待成長率が高い時には、構造改革に誘発される新規需要は大きいものの、現在のように景気が落ち込み期待成長率が低下している時には、期待成長率が高い場合に比べて新規需要は小さくなるという効果も働いたものと考えられる。
(5) 景気後退を強めた将来の不透明感
我が国は今日、経済の成熟化、グローバル化、情報化、少子・高齢化と今後の人口減少のトレンド、地球規模の環境問題の顕在化等といった諸情勢の変化に直面しており、歴史的な大転換期にある。こうした大転換の時代の中にあっては、将来の経済社会の行く末にどうしても不透明感が伴いがちである。
こうしたなかで平成 9 年度以降景気が再び後退局面に入った他、財政状態の悪化等が、国民の将来への不安感を高めており、これらが家計や企業に防衛的な経済行動をとらせることとなった。
家計においては、【1】企業や金融機関の経営破綻等を背景とした景況感の冷え込み、【2】雇用情勢の悪化に伴う生活不安に加え、【3】財政収支の悪化と将来の負担増への懸念等といった不安によって消費マインドは悪化している。これは、平均消費性向の低下(平成 8 年の 72.0 %、平成 9 年の 71.9 %から平成 10 年 7 ~ 9 月期の 69.6 %(季節調整値)へ)として顕著に現れている。
また、企業も、景気の低迷の度合いが厳しさを増すに伴って、将来に対する不透明感を強めている。これは企業の予想成長率の低下にもつながっていると考えられる。経済企画庁「企業行動に関するアンケート調査」により我が国企業の今後 5 年間の予想実質経済成長率をみると、平成2~3年度の 3 %台後半から、平成 6 ~ 8 年度には 2 %台前半に低下したが、平成 9 年度、平成 10 年度にはさらに低下し、平成 10 年度には 1.7 %となっている。
このように大転換の時代において元々不透明感が強い中で、現行経済計画策定後、特に平成 9 年度以降の景気後退が家計や企業の不安感を一層高まらせたことが、現行経済計画の想定から現実の経済動向が乖離した重要な要因の一つであると考えられる。
第2節 今後に向けての留意点
平成4年6月に策定された前経済計画である「生活大国5ヵ年計画」においても、計画の想定から現実の経済動向が下方へ乖離したこと(実質経済成長率の想定3 ? %程度に対し、実績1.5%)を勘案すると、経済計画の想定からの現実の経済動向の下方乖離の問題は、バブル崩壊以降の期間に共通した問題として考える必要がある。第1節で整理した諸要因をも踏まえて、今後経済計画を策定する場合、できる限り経済計画が現実から乖離しないようにするために留意すべき点をあげる。
(経済のストック面に留意した経済運営)
今後は、不良債権処理をはじめとして、ストック面の問題に十分に留意した経済運営が必要である。
例えば、不良債権処理を概ね 5 年以内という期間のなかで徐々に進めると同時に、迅速に財政再建を行うという政策に当たっては、不良債権問題が深刻で、処理の過程でのデフレ効果が大きい場合には、全体として整合的に政策を進めるべく、政策の推進に当たって優先度をつける必要があった。今回について言えば、財政再建の必要性には変わりがないものの、適切なタイミングと施策面での十分な手当てにより、まずは不良債権問題を短期集中的に処理することが、政策の優先度の観点からは適当であったと考えるべきである。
現行経済計画策定時には、不良債権問題の先行きに関する状況認識が必ずしも十分であったとは言えない。今後はこうした経験を踏まえて、同じ過ちを繰り返さないよう、ストック面への十分な配慮を行う必要がある。
(成熟経済下での下振れリスク)
右肩上がりの成長の時代には、消費者の財・サービスに対する購買意欲や生産能力増強のための企業の設備投資意欲が旺盛であり、それらが需要増加圧力となる。また、キャッチアップ過程にある経済下では、家計にとっても企業にとっても将来の展望が比較的はっきりしており、先行き不透明感によって長期に需要が低迷するリスクは小さい。
これに対し、今日のような成熟経済下においては、消費のウエイトが必需的なものから裁量的なものにシフトしているとみることができ、消費を牽引する新しい商品・サービスの出現には相応の努力が求められるとともに、教育、医療、介護等潜在的に需要が見込まれる分野においても、今後の需要増大のために、一層の環境整備が必要となる。さらに、期待成長率の低下から企業の資本ストック調整圧力も強い。さらに、国民がキャッチアップ過程におけるような明確な目標と展望を持ちにくくなっている。このため、前節( 5 )でも述べたように、景気の足を引っ張る要因が生じた場合、需要が大きく下振れするリスクが高まっていると考えられる。
こうしたことから、今後の成熟経済下においては、景気の回復力の弱さや経済成長の下振れリスクを十分に念頭において、より厳しいシナリオを想定し、対策を用意しておく必要がある。
(構造改革の効果についての認識)
先述の通り、一般的に、需要低迷下においては、生産性向上による供給面での成長率押し上げ効果は顕在化しにくい。現在のような需要下振れの状態では、結果的には、現行経済計画における構造改革の効果の想定が過大であった。
また、個別制度は互いに補完的になっているため、規制緩和等の効果については、ある個別制度の改革が遅れると、それがネックになって全体の構造改革の効果が十分に発現しないことがある。
これらの点を踏まえれば、我が国経済を安定的な成長軌道へ乗せるためには、規制緩和等による供給サイドの強化のための構造改革を推進するとともに、必要な場合には適切な需要喚起策がとられるべきである。構造改革は今後とも強力に推進していく必要があるが、即効性を持った景気振興の目的で構造改革の諸施策を位置づけることは適当ではない。
(世界経済との多面的な相互依存関係)
情報・通信分野における技術進歩や長年にわたる貿易・投資の自由化・円滑化交渉の結果、世界経済の一体化と多面化が格段に進展している。世界経済の変化は複数のルートを経て我が国経済に波及し、我が国経済の変化もまた世界経済に波及している。このような多面的な相互依存関係が深化した中では、国内経済の中長期的な展望を行なう際にも、各国経済の動向やこれらを結ぶ国際的な市場環境の変化に対して十分な留意をする必要がある。
例えば、アジアの通貨・金融危機の場合、各国の抱える金融部門の脆弱性や不健全性と国際的な資本移動が相互に結びつくことが基本的な構造であった。具体的に、世界最大の資本供給国である我が国との関係では、不良債権問題に代表される低収益環境から脱却できずにいる中で、国際金融・資本市場に流出した資金は、ドルペッグにより為替リスクが小さい下での高い成長期待とそれを裏付ける相対的な高金利によってアジア諸国に流入したとの見方もある。こうした現象は必ずしも現行経済計画で想定されていなかったが、先に指摘したように我が国経済の動向に無視できない影響を及ぼすものとなった。
世界経済の中で確たる地位を占める我が国やアメリカ及び EU の経済運営は、周辺諸国の経済運営に対して多大な影響を与えるだけでなく、これらの国々との多面的な相互依存を経由して再びそれぞれの経済に影響してくる。このような大国としての認識の下で経済運営を行なうことは、世界経済の安定化を実現するための前提であるといえる。
第3章 今後の経済運営の方向性
今後の経済運営においては、第一に、当面の厳しい経済状況から早急に脱却し、我が国経済再生を図ること、第二に、経済再生を実現した後、中長期的にバランスのとれた成長軌道を確実にするとともに、 21 世紀の新しい経済社会の仕組みを築き上げていくことが必要である。
第1節 経済再生のための優先課題
我が国経済再生のためには、まず、景気の底割れ要因となりかねない金融システム不安・信用収縮のリスクに対して万全の対策を講じるとともに、併せて、十分な需要喚起を行うことによって景気の回復を図ることが必要である。需要喚起策のみを十分に行っても、金融システム不安やそれに伴う信用収縮が急速に進行すると、底が抜けたように民間需要が減少し、景気の落ち込みが加速する可能性がある。
(金融システムの安定化・信用収縮対策)
金融システムの安定化が経済再生のための必要不可欠な条件であるとの観点から、本年 10 月に成立した「金融機能再生法」及び「金融機能早期健全化法」において、それぞれ 18 兆円、 25 兆円の政府保証枠が措置された。また、本年 11 月に決定された「緊急経済対策」においては、金融システムの安定化策として、金融機関の資本増強制度の実効ある運用や金融機関に対する検査監督行政の効果的運用などを図ることとされた他、信用収縮対策として、中小企業のみならず中堅企業向けなども対象として、事業規模 5.9 兆円程度を追加し、貸し渋り・融資回収対策を強化することとされた。
今後とも、金融システム全体の危機的な状況を絶対に起こさない、日本発の金融恐慌を決して起こさないとの固い決意の下、金融面でのリスク回避に対しては万全を期すことが重要である。また同時に、金融機関には抜本的なリストラの断行が求められるが、そうした金融機関の努力を前提として、今回の措置を金融機関の資本増強のために大胆に使い、健全な金融機関の体力回復を促していくことが必要である。
(景気回復策)
次に、景気回復のための需要喚起策としては、即効性、波及性に加え、 21 世紀に向けた未来性の 3 原則に沿って実施することが重要であるとの認識のもと、本年 11 月の「緊急経済対策」においては、【1】先端電子立国の形成、未来都市の交通と生活の先取り等を狙った 21 世紀先導プロジェクトの実施、【2】ゆとりと潤いのある生活空間の倍増等のための生活空間活性化策、【3】産業再生・雇用対策が盛り込まれた。また、これらをも踏まえ、社会資本整備にあたっては、事業規模 8.1 兆円程度を追加し、情報通信・科学技術、環境、福祉・医療・教育、物流効率化・産業競争力強化、農山漁村等地域活性化、民間投資誘発等都市再生、防災の 7 つの分野に重点的な投資を行うこととされた。
また、個人所得課税、法人課税について 6 兆円超の規模で恒久的な減税を行うこととされた他、住宅建設・民間設備投資等の政策税制について検討することとされた。
金融システムの安定化・信用収縮対策や景気回復策が着実に実施されることによって、一両年のうちに我が国経済が回復軌道に乗ることが期待される。
第2節 中長期的な経済政策
(1) マクロ経済政策
第1章でも指摘したとおり、累次の経済対策による財政面からの需要刺激策がとられたこと等により、我が国の財政状況はさらに悪化し、極めて厳しい状況となっている。少子高齢化社会の到来を目前に控え、現在の極めて厳しい財政状況を考慮すると、経済が安定軌道へと回復した後には、再び中長期的に財政の健全化を図っていくことが必要となる。その意味で、現在凍結されている「財政構造改革法」の目指すべき方向性は尊重されるべきである。その際、経済状況と整合性のとれた財政健全化の道筋を明確に描くことが必要であるが、いたずらに明るい姿のみを描くのではなく、正確な情報提供を行っていくことが国民の理解を得るために不可欠である。
また、タイミングについては十分に慎重であるべきである。経済が安定軌道へと回復したと考えられる場合にも、様々なリスク要因を考慮し、景気の先行きを十分見極めた上で、慎重に対応することが必要である。
もちろん、景気動向の把握については、認知ラグを短縮することで、より早くより正確に行い、早期からこうした政策転換について幅広い議論がなされるための判断材料の準備をしていくことが重要である。
(2) 構造改革
(需要低迷下での構造改革)
第 2 章で指摘した通り、需要が大きく下振れしている現状においては、一般的に、構造改革の効果の発現は小さくなっている。しかし、こうした中においても、構造改革を一層強力に進めることにより、内外の環境変化に対する我が国経済社会の「供給面」での対応の遅れを早急に取り戻すことが必要かつ喫緊の課題である。この場合、経済の活性化という視点から構造改革の効果をより一層高めるためには、問題を個別分野のみの問題として捉えるのではなく、個別分野の成果を広く他の分野に波及させて、全体としての活性化を図っていくというアプローチの検討が必要である。
しかし、こうした構造改革やシステム変革を進めると、短期的には痛みが生じることは避けられない。経済の活性化や生産性の向上、新規需要の創造等を通じたプラスの効果の多くは中長期的に発現してくるものであり、即効性をもった景気の押し上げ効果を構造改革に期待することは難しい。このように構造改革は短期的には痛みを伴うものであるが、我が国経済が 21 世紀に向けて再生を図るためには避けては通れない痛みであり、これを先延ばしにするならば、我が国経済は将来においてより大きな苦しみに直面することになる。このため、現下のような景気の低迷下においても構造改革に大胆に取り組んでいくべきである。
一方、当面の需要低迷に対しては、経済状況に応じた適切かつ機動的な財政金融政策によって、総需要を喚起することが必要である。これとともに、早期に構造改革の諸施策を推進していくことにより、 21 世紀における我が国経済の発展基盤が築かれることになり、経済再生後の中期的成長軌道をより確かなものとすることが可能となろう。
(デフレ懸念の下での高コスト構造是正の考え方)
先に述べたように、現在の我が国経済は需要減少と物価下落の悪循環であるデフレスパイラルの入り口のすぐ脇を通っている。こうした状況の下で高コスト構造の是正を進めると、物価下落を加速させ、我が国経済をデフレスパイラルに陥れることになるのではないかとの見方が一部にある。
しかし、高コスト構造が認められる分野において生産性向上が図られ、その実現により価格が低下する場合、需要減少による物価下落とは異なり、一概に企業収益が圧迫されるとはいえない。このため価格の低下が進んでも、それが直ちに企業収益の圧迫を通じた需要減少に結びつき、さらなる物価下落をもたらす要因とはならない。高コスト構造を是正する際に、雇用や中間投入が削減される場合には、それが需要減少につながるといった影響は避けられないものの、適正な価格形成が行われれば、中長期的には需要増加をもたらす要因となる。
したがって、足下の需要低迷に対しては、適切なマクロ経済運営により対処し、同時に持続的な経済成長を確保するため、中長期的な経済活性化を見据え、高コスト構造是正への取り組みを引き続き着実に推進していくことで道を拓くと考える必要がある。
(3) 雇用政策
企業におけるリストラや人員削減が進むとともに、失業率が高水準で推移する昨今の厳しい雇用情勢のなか、構造改革を推進しつつ早期に雇用の安定を図ることは、我が国の国民生活の安定に向けた最重要課題の一つである。
産業構造の転換に対応しつつ雇用の安定を図るためには、起業や新規事業の展開を促進して新たな雇用の場を創出していくと同時に、新規事業を担う人材を確保するためにも、労働移動を円滑化していくことが重要である。そのためには、労働移動に対応したポータビリティの確保を含め、確定拠出型年金について、公的年金制度改正に向けての全体的な検討作業とともに、その導入を検討することや、退職金に関する課税・控除制度などの在り方を検討すること、有料職業紹介事業や労働者派遣事業等の規制緩和による労働力需給調整機能の強化を図ることが必要である。
また、今後においては、正規労働者に加え、パートや派遣などの多様な就業形態を視野に入れて雇用創出に向けた取り組みを進めていくことが必要であり、労働者が、多様な選択肢の中から働き方を主体的に選択することができるよう、正規労働者に比較して遜色なく安心して働くことのできる環境を整備することが必要である。
さらに、失業中、在職中を通じて職業能力開発の支援・充実を図ることは、経済社会に必要な人材を供給するためにも、また、余儀なくされる転職や進路変更に対し、国民の失業への不安感を払拭するためのセイフティネットの一環としても重要である。特に、失業時においては、失業者が再就職しやすいよう、労働市場の需要に応じた的確な職業能力開発を図ることができる支援体制を整備・強化する必要があり、また、在職時においては、労働者が企業内外にわたって通用する能力を身につけ、自らのエンプロイアビリティ(雇用可能性)を常に高めていくことができるよう、職業能力開発費用の支援や労働時間の短縮促進、教育訓練休暇の整備など、個々の労働者が主体的に職業能力開発を図っていくことができる環境整備を進めていくことが必要である。
第4章 新しい経済計画の策定
第1節 新しい経済計画策定の必要性
第 2 章でみたように、現行経済計画におけるマクロ経済の姿や政策運営の指針は現状とはもはや適合しなくなっており、政府の経済運営として様々な問題が生じている。このため、以下のような観点から、新たな経済計画を早急に策定することが必要となっている。
(1) 人々の将来不安の解消
我が国経済の先行きに関する不安感や不透明感が、家計及び企業のマインドを萎縮させており、それが現在の景気低迷の一つの要因となっているが、我が国は経済的・社会的に強固な基盤を有している。新しい経済計画を策定し、大きなリスク要因については、それらをも含んだ明確な将来展望を示すとともに、政策対応によってリスクを克服し、経済再生と中長期的な持続的経済社会の発展が可能であることを、国民に示すことが求められる。
(2) 中長期的な経済政策の指針
現行経済計画策定以降、経済の状況が大きく変わり、また足元の財政収支が悪化する中で、政府の政策スタンスが緊縮型から拡張型へと大きく転換しているほか、構造改革や需要喚起の観点から様々な政策が実施されつつあり、国民にとって政策の全体像がとらえにくい状態となっている。従って、中期的な経済政策の指針となる新しい経済計画を策定することによって、各種の政策間の整合性を確保しつつ政策の全体像を国民にわかりやすく提示することが求められる。
(3) 中長期の経済成長率等マクロフレームの提示
経済計画における経済成長率等のマクロフレームは、政府が作成する様々な個別分野の中長期計画と整合性のあるべきものであり、現在のように経済計画の想定したマクロフレームが現実から乖離した状態を放置すると、個別分野の長期計画自体がそれぞれ実効性を失ってしまうおそれがある他、各計画相互間の整合性も確保できなくなってしまう。このため、今後の経済社会の姿をわかりやすく示すためにはどのような指標を盛り込むかべきについて十分に検討したうえで、新しい経済計画を策定することによって新たにマクロフレームを示すことが課題となっている。
(4) 世界へ向けての情報発信
世界経済の先行きに不透明感が出てくるなかで、世界経済に大きな影響を及ぼす日本経済への世界的な関心が高まっている。新しい経済計画により、明確な展望を示し、日本経済の中長期見通し及び政府の政策スタンスについて世界に向けて情報発信することで、世界経済の一翼を担う国として、我が国の世界経済に向けた姿勢を示す必要がある。
第2節 新しい経済計画に求められるもの
現行経済計画の想定から現実の経済動向が乖離してしまった要因としては、第 2 章でまとめたとおり、現行経済計画策定時には予期しがたかった問題があったこと、認識が不十分だった問題があったこと等があるが、一方で、実際の経済政策運営において、現行経済計画が指針としてのその機能を十分に果たし得なかったという問題もある。こうした反省に立ち、今後、新しい経済計画を策定する際には、次のような点に留意することが必要である。
なお、個人や企業の活発な活動がより重要となる今後の経済社会においては、「計画」という名称が適当か否かを含め、新たな発想で、我が国経済社会の指針のあり方を示すことを検討すべきである。
(1) 政策相互間の整合性確保と優先順位の明確化
経済計画は様々な個別政策の単なる寄せ集めであってはならない。
財政再建と規制緩和の推進のように短期的には副次的にデフレ効果をもつ政策が同時にとられると、本来の政策目的とは裏腹に経済に悪影響を及ぼすことがある。右肩上がりの成長経済下では吸収できたデフレ効果が、成熟経済下では十分に吸収しきれなくなるリスクが大きいことに注意すべきである。
また逆に、本来の目的が相互に相殺し合う複数の政策を同時に進めることも避けるべきである。産業構造の転換を図る施策を推進する中で、景気対策のための公共事業の追加や雇用対策を実施する場合には、それらが従来型の産業構造の維持につながるのではなく、新しい産業構造の構築に結びつくものとなるよう十分な企画がなされるべきである。
経済計画においては、こうした政策相互間の整合性の確保を十分に図るとともに、必要な場合には時間的な優先順位を明確に示すことが必要である。
(2) 政策指針の設定とその柔軟性の確保
重要な政策については、政府の政策スタンスを明確に国民に示すために、経済計画のなかに政策指針を盛り込むことも検討すべき課題の一つである。これにより、実際の政策が経済計画に沿って行われているかどうかを事後評価することが可能になるからである。
一方、外的な状況変化があった場合には、経済計画のマクロフレームや政策指針を柔軟に修正することも検討すべき課題の一つである。外的な状況変化にもかかわらず、現実に適合しない政策指針に基づいて、当初と同じ政策に固執すると、経済計画と現実の経済動向とがさらに乖離してしまうこととなる。
(3) リスク要因の考慮
経済計画で示す経済動向のシナリオには必ずリスクが伴う。今後とも、景気回復の道筋、国際経済環境、将来の人口動態等に関するリスクを無視することはできない。こうしたリスクが現実のものとなった場合に、経済計画全体がその実効性を失ってしまうことのないように、あらかじめリスク顕在化の可能性を念頭において、リスクが顕在化した際の政策の方向性を想定しておくことが必要である。
(4) より長期的な展望の必要性
経済社会の仕組みの歴史的大転換期にある今日においては、持続的発展が可能な我が国経済社会の展望を国民にわかりやすく示すことが経済計画の重要な役割となる。現在のように将来に対する不安感や不透明感が景気低迷の大きな要因の一つとなっている状況下では、展望の提示そのものが景気回復のために極めて重要となる。このため、人口減少等の大きなトレンドのなかで、財政赤字削減の道筋、雇用、年金等老後の所得保障等の将来の姿等、国民が強い関心を抱いている事項について、計画期間にこだわらず長期の期間を念頭において、できる限り明確に示すことも検討すべき課題である。
(5)経済計画の策定過程の重要性
経済計画は、我が国の将来の経済社会の姿やそれに向けた重要な政策の方針をまとめるものであり、すべての国民に何らかの形で影響を及ぼす重要なものである。したがって、その策定過程においては、幅広く国民の声を吸収し、国民全体のコンセンサスを形成していくことが必要である。また、国民に対するガイドラインとしての機能を十分に発揮するためにも、国民にとってより身近であり、実効性のある経済計画とすることが求められる。国民が経済計画策定の議論に対し、幅広く、有効に参加していくことのできるような一層の工夫が検討されるべきである。
おわりに
本年度のフォローアップ報告では、現行経済計画である「構造改革のための経済社会計画」策定後の経済動向の変化と、それに伴う政府の政策スタンスの変更を受けて、現時点でとるべき中長期的な経済政策をまとめるとともに、もはや現行経済計画が機能しなくなっており、新しい経済計画を早急に策定すべき状況にあることを指摘した。
新しい経済計画の策定においては、第 4 章でも指摘したような留意点を踏まえるとともに、新しい 21 世紀の我が国経済社会の指針としてふさわしいものとするため、その内容・構成等についても従来の経済計画の型にとらわれない斬新なものとなるよう、大きな発想の転換が求められる。
今後できる限り早期に新しい経済計画が策定され、それが我が国経済社会の指針として国民に共有されることが必要である。
(別紙)「高コスト構造是正・活性化のための行動計画」の進展状況
高コスト構造是正・活性化のための行動計画における10分野(物流、エネルギー、流通、電気通信、金融サービス、旅客運送サービス、農業生産、基準・認証・輸入手続等、公共工事、住宅建設)については、それぞれ規制緩和等の実施に一定の進展があり、エネルギー、電気通信など価格、料金の低下がみられる分野もある。しかし、施策の効果発現には分野ごとに差が見られ、経済全体としての構造改革を今後さらに進めていく必要がある。
(1)物流
各輸送機関別においては、生産性の向上等の好ましい動きがみられる。今後とも、規制緩和の推進、商慣行の是正、中長距離の幹線輸送における鉄道・海運の積極的な活用を通じた適切な輸送機関の選択の促進による複合一貫輸送の推進、物流コストの低減や輸入貨物の国内輸送の円滑化等に資する物流拠点の整備、積合わせ輸送等の推進による積載効率の向上等を推進することにより、物流コストの低減を図る必要がある。
輸送機関別の国内貨物輸送量(トンキロベース)を平成8年度と9年度で比較すると、内航海運、鉄道ともにやや減少、自動車はほぼ横ばいである。複合一貫輸送に対応した内貿ターミナルからの陸上輸送の半日往復圏の割合(目標約80%)は、平成9年度末で約72%(前年と同ポイント)となっている。鉄道貨物におけるパレタイズ貨物の割合(目標2割程度)については、平成9年9月~10年8月までの平均は20.1%となっている。また、RORO船、コンテナ船(モーダルシフト対象)の船腹量は平成2年度との比較で年平均10.4%の伸び率になっており、従来の水準を上回っている。
個別分野についてみると、トラック事業の新規参入者数については、平成9年度には2476件となっており、引き続き増加傾向にある。営業区域の拡大については、関東圏区域・中部圏区域・近畿圏区域が設定され、着実にその拡大が図られている。実働率・積載効率は概ね横這いで推移している。営業用トラックの輸送分担率は着実に増加している。幹線共同運行についても推進が図られ、21区間において延べ49事業者が参加して行われている。
内航海運については、船齢構成を総トン数の推移でみると、船齢14年以上の老朽船の比率は平成8年度で26.4%と前年度比2ポイント減少し、船齢7年以上14年未満の不経済船の比率は平成8年度で32.8%と前年度比2.4ポイント増加している。船齢7年未満の経済船の比率は平成8年度で39.6%と前年度比0.5ポイント減少している。船種別平均総トン数の推移については、平成7年度から平成8年度にかけて総じて上昇しており、船舶の大型化が徐々に進んでいる。一方で、物的労働生産性も上昇傾向を示している。また、平成10年5月には、船腹調整事業が解消され、船舶建造の自由度が高まっている。さらに、荷役サービスの向上に向けて、現在、運輸政策審議会において港湾運送事業の規制緩和等について審議中である。
鉄道貨物については、JR貨物の物的労働生産性を輸送トンキロベースでみると、平成8年度から平成9年度にかけて約4ポイント向上している。また、鉄道貨物輸送トンキロに占めるコンテナトンキロの比率をみると、平成8年度81.2%から平成9年度82.8%と1.6ポイント増加しており、年々コンテナ化が進んでいる。列車の長大化については、1200トン以上の列車が平成9年3月ダイヤ改正時の62本から、本年10月改正時の81本へ19本増加している。
(2)エネルギー
ガソリン・電力・ガスともに規制緩和等の施策により、価格の低下、効率性の向上等の効果が発現している。電力・ガスについては、更なる競争原理の導入、規制のあり方について検討が進められている。
ガソリンについては、平成8年3月に実施された「特定石油製品輸入暫定措置法」の廃止により、輸入に係る規制が大幅に緩和された。これにより、ガソリンの輸入業者は平成8年度には急増したが、国内販売価格の低下により、平成10年11月現在、輸入業者は対前年度比1社のみの増加。輸入量は本年上期で見た場合、前年同期比46%減となっている。また、ガソリン価格については、輸入自由化に向けての議論が開始されて以来、競争が激化し、大幅に低下している。(平成6年1月:122円/l →平成10年11月:92円/l )
電力については、平成7年4月に改正された「電気事業法」により卸発電部門への参入の原則自由化等の措置が講じられ、平成8年度から10年度の3回にわたり卸電力入札が実施された。平成9年度の入札では募集規模に対し5.0倍、平成10年度の入札では5.1倍の応募があり、平成9年度の落札価格は、回避可能原価(電気事業者が自ら発電所を新設した場合の平均的な発電原価)を概ね2割半ば~4割強下回る結果となった。
さらに、コストを中長期的に低減する基盤の確立に向け、電気事業の供給システム全般の見直し、発電事業分野における更なる競争原理の導入、電力負荷平準化に向けた具体的な取組、電力流通設備の在り方等について電気事業審議会(平成9年7月開始)において検討し、平成9年12月には中間報告がとりまとめられた。
都市ガスについては、平成7年3月に施行された「ガス事業法」による、一般ガス事業者による供給区域外の大口需要家への供給については5件、一般ガス事業者以外の者による大口需要家への供給については8件となっている。ガス料金については、平成8年1月の料金の改定時よりヤードスティック方式による査定等が導入され、大手3社平均で0.47%の引き下げが行われた。今後は、事業者間の競争条件の整備に配意しつつ供給範囲を含めた大口供給に係る規制の在り方等について検討を行い、必要に応じて所要の措置を講ずる。
(3)流通
商業における多段階性の解消、情報化、共同化の進展により、効率性向上の成果が一部みられるが、更なる生産性の向上が望まれる。
商業の就業者一人当たり実質GDPでみた労働生産性は上昇傾向を示しているものの、その水準は平成8年で製造業の65%となっており、製造業の生産性向上が強まるなか、製造業と比較した商業の労働生産性は平成4年を境に低下傾向にある。また、商業のマージン率については、平成8年度は、平成6年度と比較して、卸売業で横ばい、小売業でやや上昇しているなど、改善の結果は未だ現れていない。
一方、W/R比率(卸売業の販売額を小売業の販売額で割った数字)の推移をみると、長期低下傾向を示しており、流通の多段階性の解消が図られつつあるとみられるほか、POS、JICFS(JAN[JIS規格化されている共通商品コード]商品の登録情報のデータサービス)の導入件数やフランチャイズチェーン数及び加盟店の着実な増加等にみられるように、商業における情報化、共同化の進展を通じた効率性向上の成果が一部にみられる。
(4)電気通信
規制緩和による競争の活発化を通じ、料金の低廉化、サービスの多様化等の効果が発現している。今後は、高度情報化社会の実現に向け、これらの効果を他産業へ十分に波及するなど、経済社会全体への浸透を図っていくことが必要である。
通信料金低廉化の状況を見ると、大幅な低廉化が図られるとともに料金に応じた多様なサービスの選択が可能となり、行動計画策定時(平成7年12月)と比較すると、国内長距離通話料金(100km超)は約3分の1に低下し、料金の遠近格差はNTTの場合で9倍(行動計画策定時は17倍)に縮小し、ほぼ欧米並みとなる一方、国際通話料金(日米間)も約3分の1に低下した。また、携帯・自動車電話も契約時の負担が非常に少なくなり、かつ、通話料金も約半額になった。平成9年度には、選択的グループ料金制や市内通話料金割引サービス等、12件の新規サービスの導入が行われ、新規サービスの導入状況は、行動計画策定時(平成7年度)以降で合計44件(平成10年9月現在)となっている。
こうした著しい通信料金の低廉化や新規サービスの導入は、規制緩和による新規事業者の参入等の競争の激化(事業者数は第二種電気通信事業者を中心に大きく増加しており、平成10年11月1日現在で、新第一種電気通信事業者154社(他にNTT、KDD、NTTドコモ9社)、 特別第二種電気通信事業者84社、一般第二種電気通信事業者6269社となっている。)と光ファイバーやデジタル技術等の技術革新によるものと考えられ、こうした状況の下、インターネットの普及も急速に進んでいる(平成10年7月現在で、インターネットに接続される我が国のホストコンピュータ数は約135万台で、3年間で約8.5倍に増加している。)。
(5)金融サービス
規制緩和の推進等により、金融商品の多様化等が進んでいる。今後は金融自由化・国際化の進展に対応しつつ、内外の金融サービス利用者の、更なる利便の向上を図ることが望まれる。
内外の金融サービス利用者の利便性の向上について、金融商品の多角化の状況を示す指標である預入期間5年以上預金残高は平成9年度末に前年比26.6%増の後、本年6月末にも前年同期比26.0%増と順調に増加している。有価証券市場の状況を示す指標である国内公募普通社債の発行額も、計画策定時である平成7年10~12月期の約1.5兆円から、本年4~6月期には約3.7兆円となるなど増加傾向にある。また、国際的な金融・資本市場の状況を示すユーロ円債の発行規模等も引き続き高水準で推移している。
(6)旅客運送サービス
企業による自発的な経営効率化を促すためのインセンティブを盛り込んだ価格設定方式の導入が進められており、各分野ごとに料金設定の多様化に進展がみられる。比較的早期に幅運賃制が導入された航空においては競争の兆しが見られる。一方、タクシーにおいては競争促進が、また鉄道においても事業の効率化・活性化が着実に図られてきているが、いずれも新方式の導入から十分な期間が経過していないこともあり、新制度を活用していない事業者も多いことから、今後更に新制度の活用が着実に進展していくことが望まれる。
航空については、平成9年4月にダブル・トリプルトラック化基準が廃止されており、ダブル路線は昨年の35路線から37路線へ、トリプル路線は24路線から25路線となっている(平成10年4月現在)。また、本年9月には新規航空会社が参入し、航空各社の競争の促進が期待される。
タクシーについては、平成9年4月におけるゾーン運賃制の導入により、ゾーン上限以外の運賃を29ブロック、345者、2743両が採用し、初乗距離短縮運賃については、19ブロック、133者、5640両が設定したが、本年8月現在、ゾーン上限以外の運賃を36ブロック、485者、3326両、初乗距離短縮運賃については、21ブロック、139者、5753両が採用している。また、増減車の弾力化については、本年度において東京地区では増車可能車両数900両、うち新規免許可能車両数180両とした。
鉄道旅客については、運賃・料金について、平成9年1月の上限価格制の導入後、平成9年10月時点では、24社、4455区間において認可された上限額を下回る運賃を設定していたが、本年10月現在では、38社、5978区間に増加している。
(7)農業生産
効率的・安定的な経営体が中心となる農業構造の実現を目指し、農地の流動化等が着実に進められている。今後は農業構造の変革を進めるため、意欲ある担い手に施策を集中し、多様な担い手を確保・育成し、農業経営の一層の発展を図る必要がある。
このため、農業構造の改革を含めた農政の全体の改革のあり方について、食料・農業・農村基本問題調査会の答申が9月に総理に提出され、さらに、答申を踏まえて、具体的な農政改革の方向について、「農政改革大綱」及び「農政改革プログラム」が12月にとりまとめられた。今後、これらに沿って、農政改革に向けた施策を着実に実施していく必要がある。
なお、これまでの状況をみると、第4次土地改良長期計画(財政構造改革の趣旨を踏まえ、計画期間が平成5~18年度の14年間に変更された(当初10年間))の本年度1次補正予算までの進捗率が49.5%と農業生産基盤及び農村生活環境等との一体的な整備が計画的に推進される中で、地域の担い手として期待される認定農業者数は、年々着実に増加し、本年10月末現在で約12万6千経営となっているほか、新規就農青年数も引き続き増加し、平成9年には9千人台となるなど、効率的・安定的な農業生産の担い手となる経営体等が増加している。
また、農地の権利移動面積は、近年、増加傾向にあり、平成8年には11万haに達し、農地の流動化が一層進展している。例えば、稲作経営における3ha以上層の占める割合(都府県)は平成10年には15.4%に増加し、農業生産における大規模経営の占めるシェアは高まる傾向にある。生産資材費等については、ほぼ横ばいないし低下傾向にある。
(8)基準・認証、輸入手続き等
輸入の拡大を図り関連のコスト低減を図るため、基準・認証等制度の見直しを進め、輸入手続きの一層の簡素化・迅速化を推進するよう施策が着実に進められている。
本年3月に閣議決定した「規制緩和推進3か年計画」においては、「基準・認証、輸入関連」として99事項に及ぶ規制緩和措置が盛り込まれている。また、運輸技術審議会「経済社会状況の変化を踏まえた運輸技術施策の基本的なあり方について」答申(平成10年3月)においては、技術基準における性能基準の活用、認証制度における民間能力の活用、技術基準及び認証制度の国際化などの基準認証制度に関することをはじめとする運輸省の技術施策の今後のあり方について提言がなされた。
市場開放問題苦情処理対策本部は、本年3月に市場アクセスの一層の改善に資する9項目(医薬品・医療用具・化粧品関係、建設関係等)についての対応を決定した。
(9)公共工事
公共工事のコスト縮減については、「公共工事の建設費の縮減に関する行動計画」(平成6年12月建設省策定)等に基づき具体的施策が着実に進められてきた。
また、平成9年1月に全閣僚を構成員とする公共工事コスト縮減対策関係閣僚会議が設置され、同年4月に「公共工事コスト縮減対策に関する行動指針」が決定された。
同行動指針においては、【1】計画・設計等の見直し、【2】工事発注の効率化、【3】工事構成要素のコスト縮減、【4】工事実施段階での合理化・規制緩和等の4分野(19項目)について、広範囲かつ具体的な施策が示され、平成11年度末までにこれらの施策を完了し、4分野における数値目標として公共工事のコストを、少なくとも10%以上縮減することを目指すこととされている。また、同行動指針の実施状況については、公共工事コスト縮減対策関係閣僚会議において定期的にフォローアップし、結果を公表することとされている。本年4月の公共工事コスト縮減対策関係閣僚会議において、平成9年度のコスト縮減実績は3.0%と報告され、初年度としてはおおむね順調なすべり出しであると考えられるものであり、引き続き同行動指針に基づく施策を着実に実施することが重要である。
(10)住宅建設
住宅建設の高コスト是正の着実な実施を図るため、本計画では、標準的な住宅の建設コストが、平成12年度までに、これまでの水準の2/3程度に低減することを目指す、とされている。
このため、「住宅建設コスト低減のための緊急重点計画(建設省・法務省・厚生省・通商産業省)」(平成8年3月)を策定し、合理化工法の開発・普及等による生産性の向上や、建築基準法の改正(建築基準の性能規定化等)・水道法の改正(給水装置の工事業者規制の見直し等)等による規制の合理化、二国間相互認証制度の導入に向けた協議の推進等による海外建築資材の導入の円滑化等に関する具体的な施策が推進されている。また、建築種類別の建築費指数(「建設物価建築費指数」(財)建設物価調査会による)を見ると、平成4年をピークに減少に転じているところである。