第3回国際マクロ経済問題研究会議事概要

1.日時:

平成10年11月17日(火)16:00~17:30

2.場所:

共用第三特別会議室(401号室)

3.出席者:

近藤剛座長、中山真一、黒柳雅明、岡田靖、石本聡、小川英治、大坪滋の各委員

高橋審議官、牛嶋審議官、大西計画課長、染川計画官他

4.議 題:

  1. 委員報告:「日本経済の現状と見通し」
  2. 通貨・金融危機の短期的対処策、日本の役割

5.審議内容:

「委員報告:日本経済の現状と見通し」について

(報告のポイント)

  • ヘッジファンドに代表されるような国際的な投資家は、検証されていない事実を検証するために投機をやっているところがある。例えば、アジア経済に金融的に不安定性が内在しているという誰も知らないことを発見するのが、投機の成功であり、それが間違いならば、投機に失敗するということ。
  • 世界経済に対するの基本認識としては、19世紀大英帝国の支配下で成立した金本位制と自由貿易体制、これによって作り出されたグローバル経済がソビエトの消滅、中国の市場経済移行をきっかけに再び展開。今回のグローバル経済のキーポイントになるのは、IT(インフォメーション・テクノロジー)。前回のグローバル経済は、蒸気船、汽車、電信といったものが技術的な裏づけとしてあったが、今回の場合、典型的にはインターネットというように情報通信の基本的なツールがグローバル市場を形成する推進力になっている。
  • 数は少ないが極めて高水準の教育を受けた労働力が存在し、こういう人達とITが結びつくことによって、アメリカにおいて従来と違った知的資本を集約的に使うような分野に比較優位が発生。一方、そのITは既存の製造業における生産技術の知識等を途上国に急激に移転させる効果もある。その結果、成功している途上国の場合、低賃金とそうした情報等を梃子にして徐々に製造業の比較優位を獲得していくという方向にある。
  • これがグローバルなデフレ経済というものが非常に強調される理由。既存の工業製品の供給者は全世界にものすごい勢いで低賃金を梃子にして広がっており、供給能力の過剰傾向は容易に克服できないのではないか。
  • このように形成されたグローバル経済は、非常に大きなねじれを内包している。つまり、今回のグローバル経済の覇権国アメリカが資本の純輸入国であるということ(前回のイギリスは資本の輸出国であった)。日本は世界最大の資本輸出国であるが、国内は新たな産業テクノロジーへの適応の失敗でバブルに突入し、更にその遺産として国内金融システムに深刻な問題を抱えている。その結果、グローバル経済の物質的・実物的な拡大とその裏側にある金融的な拡大の間に極めて深刻な軋轢が発生する必然性が内包されている。
  • しかし、前回のグローバルエコノミーに比べると、安定的な部分もある。それは通貨制度が、金本位制の場合と違ってドル本位の変動相場制であるために、資本還流の自動的なメカニズムが存在していること。問題なのは、産業構造が転換の過程にあるため、還流すべき資産はリスク資産に向かう必要がある。国内的には、新しい情報産業に投資・純貯蓄が回らなければいけない。グローバルには、大規模製造業が徐々に途上国に移転する場合、そちらに向かって投資が向かわなければいけない。ところが、最大の資本供給国たる日本で国際金融市場を相手にした情報収集・情報分析力あるいはリスク管理能力が非常に劣っているため、自力でこういった還流をうまく行うことが出来ない。
  • それゆえ、ヘッジファンドが日本の「リスク回避マネー」とグローバルな「リスク投資機会」の間に介在して、超低金利の円貯蓄をキャリートレードという形で世界に流していく役割を果たした。ところが、今回のロシア危機の結果、この還流経路が閉じてしまう恐れが出てきている。
  • アメリカの実体経済については、市場参加者に「今回の危機は一時的なものである」という非常に強い安定的なコンセンサスが存在している。金融市場に関しては、銀行間において相互不信というものが依然として消え去っていない。
  • 危機が始まった原因は、明かにヘッジファンド等がエマージング経済に対し過剰な短期資本を投入し、あっという間に流出させたこと。更に、ドル高が急激に進行したこととドルに対して固定相場制を引いていた途上国経済が潜在的な危機に直面していたということである。97年の春以降になると明かに意図的にドルの水準を引き上げようという情報が次々とアメリカから流れてくる。なぜドル高を必要とするかと言えば、第1に、アメリカの経常収支の赤字が景気の長期に渡る拡大の結果、ついに本格的に拡大してくる。それを埋めるのに足りる資本の流入を持続させるためには、当然、ドルの収益率を金利以上に引き上げる必要がある。第2には、インフレの天井にぶつかり、企業収益もこれまでの上昇局面からかなりはっきりと下振れしてくるような状況の下で、なおかつ企業収益を名目上引上げ続けるには、交易条件を改善しつづけるということが一つの方法としてある。ドル高は結果的にアメリカの交易条件の改善になって、アメリカ企業の収益拡大をサポートし、アメリカのインフレなき繁栄を実現させた。しかし、同時に一次産品をはじめ、新興工業国に対するダメージを産み出し、結果的にはグローバルな有効需要の減少を引き起こしている。
  • しかし、輸出入を合計したアメリカ経済の国際経済に対するエキスポージャーは着実に上昇。この結果、アメリカがアジア経済やあるいは一次産品諸国からの所得移転によって一時的に潤ったとしても、結果的にはグローバル経済の有効需要の減少が、アメリカに跳ね返ってくることになる。アメリカの景気指標等にはネガティブな信号が徐々に出始めてきている。
  • 円・ドルについて、なぜ130円は危機的ではなくて140円台の後半だと危機的な雰囲気になったのか。150円を超えて180円という数字がある程度中期的にマーケットに定着するような世界がこれから展開するならば、プラザ合意のところで形成された日本経済の実力についてのパーセプション、あるいは、こういった実質為替レートの大幅な変化の結果、直接投資の流れのパターン等が80年代前半に戻ってしまうということを含意しているため。つまり、80年代の前半の世界が正しいならば、90年代に形成されたアジア経済は、一種の幻想に過ぎなかったということになる。その結果、世界経済にものすごく大きなインパクトを与える不良債権問題を引き起こすことになる。それを世界経済が受容出来ないのであれば、147円というのは限界であっただろう。ドル高政策、こと円に関する限り、あれ以上推進するのは出来なかった。
  • 世界経済全体に対してこのような見通しで考えると、日本経済について幾つかの結論が出てくる。今までの我々の経験から言うところの、設備投資の中期循環と政策のバランスでは説明できないような事態に、既に日本経済は突入している。この後、設備投資は機械受注統計等の数字から判断しても、更に大幅に減少していくプロセスにあり、まさに危機的というのに値するひどい状況。ここで言えることは、金融システムの不安定性というものと財政の引き締めのタイミング、それから為替が複合的にこれまでの数年間の日本経済の状況を規定してきたいうことになる。しかし、ここまで事態が悪化して来ると、今迄と姿がかなり変わってきている。典型的には金融機関を中心にして、事業会社でも従来は忌避されてきたような本格的な意味でのリエンジニアリング的なリストラ、一部の企業で始まっているような、収益がないわけではなくても部門毎切り売りしていくようなタイプの調整が始まっている。例えば、高い労働分配率から判断して、うまく行ってゼロ成長の下でも民間企業が自助努力をすれば、少なくとも2%は雇用が減るだろう。失業率でいえば6%に乗ることは避けられない。
  • このような状況の下で金融政策は非常に拡張的な政策を続けている。マネタリーベースは依然として10%弱のところで増加を続けている。それから公共事業については、直近数ヶ月についてやっと拡大に転じてきている。
  • つまり、グローバルに見てもアメリカ経済がある種の限界に近づいているプロセスで世界経済全体にマイナスのインパクトを与えるような調整圧力を発生させた。そして日本経済は自分自身の中で政策的な問題を含めて非常に困難な状況にある。こんな状態の下でこれから日本経済が良くなり得るのかどうかというのが最終的な問題になる。7~8年続いてきたバブル崩壊後の我が国の景気低迷は最終段階に入ってきた。最終的というのは、これが終わった後、自動的に回復するというのではなくて、これ迄続いてきたものが一度ご破算になるという意味での最終局面に入ってきている。なぜこの状態から容易に回復できないかというと、80年代前半に既に問題になっていたことを未だに克服できていないということ。我が国の金融機関は80年代においてバランスシートこそ立派だったかもしれないが、既に貸出先がない状態、取引対象を探すために必死になっていたところにバブルが起こって、資金が不動産市場に流れ込むということを引き起こした。今、目先の景気対策等で事態を改善しても、15年前からの課題を解決しないことには、問題からの本質的な脱却は出来ない。都市銀行ではバブル期間中に中小企業に対する貸出が急激に増える一方、もともと中小企業向け貸出の多かった地方銀行については変化が起こっていない。つまり、インパクトは都市銀行で一番大きかった。主要銀行(都市銀行+長信銀+信託銀行)の貸出残高は、20兆円以上減少していることが確認される。
  • 今後の戦略については、2つある。1つは国内の既存の制度等をあまりいじらないで、発生していく経常黒字を還流するメカニズムをうまく作り、国際投資家として生き残る金融大国路線である。もう一つは規制撤廃等で国内の投資フロンティアを広げていく路線である。ただ前者については、我が国金融機関が極めてシビアな調整過程にあるということなどから、この路線は事実上既に破綻している。そうすると、規制緩和、規制撤廃戦略というのが残るが、95~96年の頃はこれが成功して、大店法の緩和と携帯電話の売り切りというようなことだけで、1年以上設備投資の増加性を保つということが起こった。しかし、現状では、特に昨年の11月以降は、もはやそういったタイプのことを期待できない局面に入ったと考えられる。そうすると、当面バラマキ型の公共投資で既存の構造を維持しつづけるのか、それとも、新たな産業基盤の形成に向けて集中的に公共投資を投入するのかということかということであるが、金融政策についてはもはややれることの余地はないわけであり、公共投資を如何に使うかということになる。しかし、集中的な産業基盤投資への公共投資の路線変更というのは困難ではないか。こうなると景気が悪くなる度に巨額の公共投資が行なわれる。けれども、設備投資の自律拡大に結びつかず、一時的な景気の拡大に終わる。その途中で、財政赤字の累積が問題となって、緊縮財政に転換する。民間投資の自律回復がないため景気は悪化し、赤字の拡大を再び起こすという60年代にイギリスで起こった金融政策での「ストップアンドゴー政策」の財政版が日本で始まるというのが最悪のシナリオ。
  • 昨日発表された経済対策の効果も出てくることは間違いないので、恐らく来年の秋ぐらいには一応の底というのは見えてくるが、それが民間設備投資を自律的拡大を引き起こすタイプを引き起こすのか、それとも単なる景気の一時的な踊り場に過ぎないのか、今の段階ではなかなか判断を下すのは難しい。

(コメント)

  • 1,200兆円と言われる日本の個人資産が実際に動き出した時に、これがアジアの経済を根底から翻す可能性がある。実際にアジアで金融危機を引き起こしたのは数百億ドル位の規模であり1,200兆円という額は何十倍という額である。したがって、日本の金融セクターが安定してなければ、資金の流出入の動き方が急激になるのではないか。そのため、中途半端な日本の個人投資家の金融自由化が進んで、海外投資のインストゥルメントが増えてきた場合に攪乱要因になるのではないか。
  • 長期的な日本の金融の将来像として、公的金融で補うことが本当にいいのか。巨大になってしまった公的金融があっていいのか気になる。どこかでフェイドアウトする必要がある。海外融資等でも民間金融機関が撤退しているわけで、それを公的な金融機関が穴埋めしている。しかし、同時にノウハウもなくなる。これが民間になくなってしまえば、次の成長経路に乗ろうとした時に困るはず。
  • ファンダメンタルズは問題ないが、自己実現的な投機でダメになっていくということがある。いい投機と悪い投機の区別するところが重要。
  • 財政については、財政乗数が低下したという話がある。消費者の消費者マインドや企業家の投資マインドのために公共投資をやっても効かないということがある。確かに、バラマキ型は良くないが、それよりも公共投資をやっても効かない理由を考える必要がある。
  • 日本の個人資産1,200兆円が海外にシフトし始めるような事態、つまり、マネーが祖国を捨てるようなことになるとただ事ではない。報告の例でいえば、147円がバウンダリーだというのは当てはまらず、200円であろうと250円あろうと円安に変動し、日本から資金と人材が大量に流出するということが、日本経済が最期の日を迎える時の姿である。それはアジアを巻き添えにしながらの国際金融恐慌のような形である。

【2】通貨・金融危機の短期的対処策、日本の役割について

(IMF等の対応について)

  • IMFがプログラムを策定する時に、数値目標を設定し、同時に構造調整政策が課されるが、マクロのフレームワークと構造調整の中身とのリンクが足りないのではないか。例えば、クレジットクランチの問題で、マネーの流通速度が低下し、あわせて信用乗数も低下している。数値目標を作るときに、構造調整政策がマネーの流通速度に与える影響がおそらく考慮されていないのではないか。銀行部門の様々な改革が行われてきてはいるが、それがマクロ経済に及ぼす影響が無視されていて、それが金融面でのクランチを起こし、実物経済にも波及している。
  • IMFの処方箋の中で、通貨危機の場合、高金利政策をとることは多いが、成功する時は1ヶ月くらいで低金利政策に戻す。今回の場合、高金利政策を長期間続け、それがダメージを大きくした面があった。
  • IMFの政策というのは、短期で効く時には非常に有効であり、2回、3回とスタビライゼーションを打っても成果が上がらなかった時にはひどい結果になっているというのが経験則からも分かっている。
  • 今回の危機に対しては、短期間のうちにIMFの譲歩がみられる。以前のパキスタン、フィリピン、ブラジル等の場合は、長期間に渡って交渉をし、コンディショナリティーを緩めてきたが、今回は対応が早かったことは確か。

(日本の行動について)

  • アジアの経済回復に対する効果の大きさを比べると、「日本経済の早期回復」よりも「円・ドルレートの安定化」の方が効果があるのではないか。円・ドルレートをある程度円高の方向にもっていくことが、アジアの経済回復には役立つのではないかという気がする。
  • 円・ドルレートを内生変数として扱うべき。景気のことは考えず、金利を上げて、円・ドルレートを高めにしたほうがよいという意見もよくみられるが、景気が回復して金利が上昇し、結果として円・ドルレートが高くなると考えなければならない。
  • 通貨安定のための短期的な小手先の介入策はうまく行かない。長期的に円・ドルレートはどこに向かうかということを金融当局がしっかりした分析を基に見識を示し、政府がその為替レートを仮定して動いているということを民間が分かれば、長期的には収束に向かうはずである。政府が基本的にこういう政策を行っていって、適正な水準の為替レートは生産性からみてこの程度である、生産性にまつわる投資計画からこの程度である、といったビジョンを示せるのがよい形ではないか。
  • 反自由化の流れを考える際に、資本のコントロールとの整理をする必要がある。その際に投機と実需の区別は概念的には区別がつくが、実際の資金の流れは連続的であり、区別をどのようにつけるのかが難しい。
  • 「資本の自由化はよい」というときに、直接投資は問題ないとする意見は多いが、ローカルコンテンツなど輸入障壁を設けて直接投資を呼びこんでいる場合には、生産の効率や資源の配分という観点からみると悪くなる。
  • 例えば円を各国中央銀行が準備資産として保有していくと不安定性は高まるのではないか。為替レートの安定化に寄与するのかどうか円の国際化のいろいろな側面を考慮する必要がある。

今後のスケジュール:

次回の国際マクロ経済問題研究会(第4回)は11月27日14:00~15:30に開催する予定。

なお、本議事概要は、速報のため、事後修正の可能性があります。

(連絡先)

経済企画庁総合計画局国際経済班

TEL03-3581-0464