経済審議会経済社会展望部会報告書 平成10年6月

目次

  1. はじめに
  2. 第Ⅰ章  危機脱却に向けた政策運営の基本的考え方と回復のシナリオ
    1. 1.我が国経済の長期低迷の要因
    2. 2.政策体系における優先度と重点
      1. (1)最優先課題としての金融システム不安の解消 
      2. (2)金融システム安定化と両輪で行うべき不良資産問題への対応 
      3. (3)財政構造改革とマクロ経済政策 
      4. (4)経済構造改革の一層強力な推進 
      5. (5)雇用問題に配慮した政策展開 
    3. 3.回復の道筋
      1. (1)不良債権処理は喫緊の課題
      2. (2)我が国経済の中期展望
      3. (3)「失われた10年」から「新たな10年」へ
  3. 第Ⅱ章  我が国経済社会の構造改革後の展望
    1. 1.長期的に目指すべき我が国経済社会の方向
    2. 2.開かれた「透明で公正な市場システム」
      1. (1)透明性と効率性の確保 
      2. (2)高度情報通信社会における透明で公正な市場 
      3. (3)グローバリゼーションの視点から見た透明で公正な市場
      4. (4)新しい経済社会における公正の位置づけ
      5. (5)システミックリスクへの備えと危機管理
    3. 3.環境と調和した社会
      1. (1)CO2排出削減対策の経済成長等への影響
      2. (2)低排出型社会へ向けた見取り図
    4. 4.プラスのストックの将来世代への継承
      1. (1)柔軟・創造・挑戦型産業構造
      2. (2)流動性と安定性を兼ね備えた労働市場
      3. (3)効率的で魅力ある金融・資本市場
      4. (4)世代間公平を基礎とした財政・社会保障制度
      5. (5)ゆとりある土地・住宅環境
      6. (6)プラスのストックが我が国経済に持つダイナミズム
    5. 5.内外経済の長期展望とそのインプリケーション
      1. (1)新しいグローバル時代における世界経済の課題と展望
      2. (2)我が国経済の長期展望
  4. むすび

はじめに

我が国経済は現在、バブル崩壊によってもたらされた過去からの「負の遺産」と急速な高齢化、地球環境問題の深刻化、グロ-バリゼ-ションの深化と広がりという大きな潮流変化の中で、戦後最大の経済危機にある。21世紀を間近にした我が国経済はこのような過去と未来からの挑戦の中で戦後の成功物語を書き上げた経済社会システムの改編という「革命」を図り、将来世代のためにもう一度この「日本」という国の再生を図らなければならないという課題に直面している。

現在進められている様々な構造改革はこのような日本経済の再生に向けたものであるが、現在の低迷を抜け出すことは可能なのか、そしてこの暗いトンネルを抜け出した後の未来にはどのような世界が待っているのであろうか、という閉塞感・不安感がある。そして現在の厳しい経済情勢が、見えない未来に対する不安感と相俟って、現在の経済活動を萎縮させ、改革への取り組みとその効果を弱めることとなっている。現在の混迷を抜け出すためにも成長軌道回復の道筋と、未来に関する客観的な情報を共有し、改革の必要性を踏まえて日本経済を語ることが急務の課題となっている。

このような大きな課題を検討するために経済審議会経済社会展望部会は97年6月に発足した。以来、9の個別テ-マを検討するワ-キング・グル-プの作業と並行して本部会は13回の審議を重ねてきた。

本報告書はその審議結果をとりまとめたものであり、2章構成になっている。まず第Ⅰ章では現在の低迷の背景をさぐり、そこからの脱却の方途と道筋を示した。第Ⅱ章ではこのような短期から中期にいたる時間経路を引き継いだ後のより長期における我が国の経済社会が目指すべき基本的方向や、このような経済社会を構成する産業、労働、金融、財政・社会保障の具体的姿、さらには長期的な課題を解決した後のマクロ経済の姿を示した。

本報告書が我が国経済社会の現状と今後の中長期的な方向についてのさらなる建設的議論に資することを願うものである。

第Ⅰ章 危機脱却に向けた政策運営の基本的考え方と回復のシナリオ

1.我が国経済の長期低迷の要因

我が国経済は、バブル崩壊後累次の経済対策による財政出動にもかかわらず、91年度~97年度の実質経済成長率が年平均で1.4%程度に止まるなど、かつてないほどの長期的低迷に陥っており、安定成長軌道への回復が遅れている。特に、最近は最終需要の停滞の影響が生産や雇用等実体経済全体にまで及んでおり、景気は停滞し、一層厳しさを増している(参考図表1-1、1-2)。こうした背景としては以下の4点が挙げられる。

(1)バブル崩壊に伴い発生した不良債権問題や企業の財務状況の悪化等、いわば「負の遺産」ともいうべき問題の処理の遅れによって、我が国経済の先行きに対する企業や家計の信頼感が低下している。

特に金融機関の抱える多額の不良債権の問題は、我が国金融システムに対する内外の信頼の動揺を通じて成長軌道回復への足かせとなっていると考えられる。さらに、株価の低迷が長引く中、景気の先行不安を背景とした信用収縮等に加え、早期是正措置の導入なども睨んだ銀行等の貸出態度の慎重化も相俟って、我が国経済の低迷に拍車をかけている。このように、バブル崩壊に起因する問題により我が国経済は悪循環に陥っている。

(2)内外の環境変化に対する我が国経済社会の「供給面」からの対応が遅れている。

戦後のキャッチアップ過程では我が国の雇用システム(内部労働市場における長期雇用システムと年功序列賃金)、企業間関係(長期継続的取引関係に基づく系列)、金融システム(メインバンク制による企業統治)等が制度補完性をもって有効に機能してきた。しかし、こうしたいわゆる「日本型経済システム」は、経済の成熟化、グローバリゼーションや少子・高齢化の進展など内外の大きな環境変化の中で、かつての合理性・効率性を失うとともに、これまでの競争制限的な規制や慣行等が、高コスト構造や企業活動の活力の喪失等の産業・雇用面における構造的問題を引き起こし、国際分業・国内市場における資源配分上の歪みをもたらす要因になっている。

(3)こうした困難の中で、昨年4月の消費税率引上げ等による負担感の増大や不良債権問題にも起因する国内金融システムの動揺、さらにはアジア通貨危機等といった要因によって国民の景気の先行きに対する不安が増幅し、これが「総需要」の低下を招いている。

(4) このような状況に加え、現在進められている構造改革の重要性については国民的なコンセンサスが得られているものの、構造改革の結果実現される経済社会の具体的な姿が十分明確に見出せないことや、来るべき少子・高齢化社会における潜在的に大きな政府や大きな負担といった問題が、国民の間に不安感をもたらしている。

こうした「将来への不透明感」からくる不安感は需要面から我が国経済の回復の遅れにもつながっていると考えられる。さらに現状の深刻な経済の低迷は、経済の将来に対する先行き不透明感の増幅を通じて、構造改革の推進を失速させかねない要因ともなっている。

以上のように、現在まで続いている我が国経済の長期低迷は、「負の遺産」の処理の遅れ、経済の「供給面」での対応の遅れや「総需要」の低下、さらには「将来に対する不透明感」といった問題が相互に複雑に絡んでいることによるものである。

2.政策体系における優先度と重点

現在の我が国経済の低迷の背景を以上のように捉えるならば、従来の構造・システムや「負の遺産」を温存したままの総需要追加策、あるいは総需要追加策を伴わない構造改革だけでは、現在の難局を乗り切るための政策体系とはなりえない。「負の遺産の迅速な処理」、「供給面への対応(構造政策)」、「総需要喚起」、「将来への明確な展望」といった4つの柱がパッケージとなってはじめて現在の危機を脱却し、我が国経済を持続的成長へとつなげる政策体系となりうることを認識すべきである。

「負の遺産の迅速な処理」や「総需要の喚起」のためには、不良債権問題やこれに端を発する金融システム不安等に起因する経済の危機的状況を脱却し、国民の我が国経済の将来に対する信頼感を回復していくことを最優先の課題とすることが望まれる。

一方で「供給面への対応」である構造改革の推進という政策スタンスを堅持することが重要である。「負の遺産処理」や「総需要喚起」といった政策体系がより短期的な視点から景気回復や危機管理を図ることを目的とする一方で、構造改革の推進は中長期的観点から市場原理を貫徹させ我が国経済の発展基盤を強固なものにしていこうとするものであり、ともすれば両立不可能な政策体系となりかねない。しかしながら短期と中長期、市場原理と危機管理というトレードオフ関係を踏まえつつ、一体的に推進されることにより我が国経済の成長軌道への回復が確かなものとなる。

もとより改革は短期的には痛みを伴うものであるが、その痛みは、将来世代のために、我が国経済が21世紀に向けて再生を図るためには避けては通れない痛みであり、これを先延ばしにするならば、我が国は将来においてより大きな苦しみに直面しないとも限らないことも認識すべきである。その際、改革をより円滑に進めるためにも、失業の増大等の痛みを和らげるような労働市場の整備・改革をも十分に進めていくことが必要である。また地域経済の動向にも配慮する必要がある。

また、当面の政策体系は我が国経済の問題の解決のみに目を向けた「内向き」のものであってはならない。世界各国の政策の潮流が市場の活力を引き出す方向に向かっている中、我が国においても世界の潮流に対応した政策展開を行うことが肝要である。

以上のような基本的考え方を踏まえ、今後の我が国経済の成長軌道への回復に向けた政策体系の姿を、金融システム、不良資産、マクロ政策、経済構造改革及び雇用といったいくつかの側面から具体的に示す。

(1)最優先課題としての金融システム不安の解消

我が国経済の成長軌道への回復を図るためには、現在の悪循環の一因となっているクレディビリティ・クライシス(信認の危機)を解決し、金融不安を解消することを通じて、我が国金融システム、ひいては経済の将来に対する内外の市場参加者の信頼感を回復することが最優先課題である。

1998年2月には、金融システム安定化のための時限的な緊急措置として、預金等の全額保護の徹底を図る体制を整備するとともに、優先株・劣後債を公的資金で引き受けることにより金融機関の自己資本の充実を図るという金融システム全体の危機管理のための制度が創設された。こうした措置は、我が国金融システムに対する内外の信頼感を確保し、経済の安定成長につながるものとして重要である。但し、今後金融システム改革の推進を通じて実現すべき市場原理の貫徹する金融システムにおいては、経営の破綻した金融機関については市場からの円滑な退出を促すことが基本となることから、こうした危機管理的措置は、中長期的な視点に立って、市場原理のルールとの整合性を確保することが重要である。それゆえ、金融機関のリストラクチャリングと不採算な金融機関の思い切った整理が促進されることが必要である。

(2)金融システム安定化と両輪で行うべき不良資産問題への対応

このような金融システム不安の背景には「負の遺産」ともいうべき不良債権問題があり(我が国金融機関の不良債権処理の現状等については3(1)にて詳述)、この根底には、不良債権担保不動産の未稼動という問題がある。すなわち、金融機関等が抱える不良債権の多くは、その担保として不動産と結びつき、その担保不動産の多くが、虫喰いや不整形の土地形態、多重抵当の設定、不当な第三者の介在等の理由により未稼動状態となっている。こうした不良債権担保土地等は相当規模存在しているものと考えられ、これが過去の「負の遺産」のリスクとして、金融機関の「貸し渋り」にもつながっているものと考えられる。このため当面の金融システム安定化のための措置に加え、不良債権担保土地等について、これらに絡みつく種々の障害を取り除き有効活用を図ることにより、「プラスの資産」への転化を図り、不良債権問題の処理を完了させることが求められている。これに際しては、第Ⅱ章で後に述べるように、これまでキャピタルゲイン期待の下で資産とみなされてきた土地が、今後は、経済資源とみなされ収益性に基づいた地価形成がなされると考えれば、不良債権担保不動産についても、まず競売手続きの簡素化・迅速化等を図るほか、その収益性を低めている障害要因を取り除き、原則市場メカニズムの下で有効活用を図る必要がある。また、その後の都心部の虫喰いや不整形の敷地の整序・集約等に際しては、コストや事業リスク等の理由で市場メカニズムによる解決が困難な場合には、「都市の再構築」との観点から、公的機関の適切な活用を通じた土地の有効利用促進を図る必要がある。

(3)財政構造改革とマクロ経済政策

現在の我が国財政事情についてみると、国及び地方の債務残高の対GDP比が97年度で94.5%、国及び地方の財政赤字の対GDP比が97年度で5.9%となるなど非常に厳しく、将来世代に過大な負担を残すなど「負の遺産」となりかねない状況にある。こうした状況を踏まえれば、中長期的な視点から財政の健全化を図ることが不可欠であるのは言うまでもない。しかしながら、時々の経済情勢に応じて、減税措置や公共投資等財政面から弾力的な措置をとることも重要である。その際、低迷を続けている個人消費や住宅投資等に配慮すると同時に、より長期的な観点から、法人・所得課税について国際的な水準を考慮し、国民の意欲が引き出せるような税制について検討を進めるべきである。

その際重要なことは、こうした減税措置に当たって、歳出面の一層の合理化・効率化によって中長期的には財政赤字を拡大させない努力が必要となるとともに、歳出内容については歳出合理化等の観点から、需要創出効果が大きく、かつ21世紀を見据えて、豊かで活力のある経済社会の構築に向けて、真に必要となる分野、例えば、研究開発、高度情報通信、福祉、地球環境等への選択的な配分を行っていくなど中長期的に我が国経済の体質を改善・強化する経済構造改革の方向と整合的なものとすべきである。

(4)経済構造改革の一層強力な推進

規制緩和などの経済構造改革の狙いは、第一に競争制限的な規制によって保護されてきた分野における競争環境を高めること、第二に新規企業が参入できる環境を整え、民間企業の活力を取り戻すこと、第三にこれらを組み合わせることによって、労働、資本等の我が国経済の有効な資源を生産性の低い分野から高い分野に、衰退分野から成長分野に移動させ、これまでの高コスト構造と資源配分上の歪みを是正し、我が国経済の中長期的な発展基盤としての新しい比較優位構造に基づく高い生産性と雇用の確保を同時達成することである。

この際重要なことは、生産要素、特に労働移動に伴う社会的コストを小さくし、需給のミスマッチを小さくするよう労働市場における高い需給調整機能が備わっていることであり、このことがマクロ経済政策の有効性を高め、かつ改革の果実を享受できるか否かのポイントになる。

なお、経済構造改革は必ずしも中長期的な視点からのみで取り組むべき課題ではない。我が国経済の成長軌道への回復のためには、特に情報通信、流通、物流、エネルギー、福祉などといった非貿易財であるサービス産業における効率化、生産性の向上を図ることが重要である。

(5)雇用問題に配慮した政策展開

我が国経済が低迷を続ける中で、完全失業率が依然高い水準で推移するなど、現下の雇用情勢は厳しさが増しており(97年度3.5%、98年4月4.1%)、かつてに比べ、マクロ経済の需要不足が失業率に及ぼす影響が大きくなってきている。また、ここ最近の消費者マインドの悪化の背景にも、こうした雇用情勢に対する不安感が現れていると考えることができる。このように厳しい雇用情勢については、労働需要は財・サービス需要からの派生需要であるという性質上、景気回復に向けた諸施策の効果から、その回復を期待せざるを得ない面があるものの、特に雇用問題の重要性に鑑みれば、以下の点に配慮した政策展開を行うことが重要となる。

(1)民間活力の導入等を通じて、今後長期的に需要の伸びが見込まれる産業(例えば情報通信、福祉産業)での雇用創出を図り、これらの分野への労働移動を図ること

(2)労働市場のルール整備を前提として、労働者派遣事業や有料職業紹介事業等の一層の規制緩和を通じて労働力需給調整機能を強化し、労働移動の円滑化を図ること

(3)労働者の職業能力開発のための環境整備を通じて、失業のリスクの緩和を図ること

3.回復の道筋

現在の景気低迷局面から脱却するためには、まず何よりも我が国経済の先行きに対する国民や海外各国の信頼を回復することが重要である。そのための政策体系としては、既に述べたように「負の遺産の処理」や「供給面での対応」及び「総需要喚起」を適切に組み合わせることに加え、我が国経済の姿についての明確な将来展望を描くことが重要である。ここでは不良債権問題の処理について概観しつつ、成長軌道回復に向けた我が国経済の中期的な展望を示すこととする。

(1)不良債権処理は喫緊の課題

既に見たように不良債権問題という「負の遺産」は企業・家計のマインド面及び実体経済面から我が国経済に対し悪影響を及ぼしており、当面我が国金融機関の不良債権問題がいつまで続くのかといった不安が我が国経済に影を落としていることは確かである。こうした認識の下、ここではアメリカにおける不良債権処理の経験を踏まえつつ、我が国金融機関の不良債権処理について現状と課題を示すこととする。

バブル崩壊以降の我が国金融機関における不良債権の処理は、80年代半ば以降のアメリカにおける状況と比べると、大きな進展はしておらず景気回復の足かせになっている。

まず総資産に対する不良債権額の比率についてみるとアメリカの場合は91年をピークに約3年間で急速に低下しているのに対して、我が国においては不良債権額を破綻先・延滞先(6ヶ月以上)債権の合計で見た場合には92年以降、傾向としては変化していない。

こうした不良債権を処理面からみると、我が国は貸倒れ引当金及び償却のいずれもアメリカにおける進展と比べて遅い(参考図表1-3)。

アメリカでの不良債権の処理過程における金融機関の総資産収益率(ROA)をみると、貸倒れ償却による運用利回りの引下げ効果によって、処理が急速に進んだ80年代末から90年代初頭においてはROAは低下しているが、この間の金融緩和政策によって低下幅は緩和されていると同時に、不良債権の処理がほぼ完了した93年頃からはROAは大きく改善している。一方、我が国は90年代初頭からの金融緩和にもかかわらず、不良債権処理の進展の遅れから、償却による運用利回りの引下げ効果は依然として大きく、また景気の低迷の中でROAが反転する兆しも見えていない。

このように、アメリカにおいて不良債権処理が短期間の間で完了した背景としては、第1に金融緩和政策によってマクロ経済が好転し、不動産価格にも底値が見え新たな不良債権の発生が減少したこと、第2は既存の不良債権処理に成功したことである。後者については、金融機関のリストラや貸倒れ引当金、償却などの会計上の処理が迅速に行われたこと、さらには適正評価を前提にRTC(整理信託公社)による公的資金導入を伴った処理スキームを皮切りに不良債権の流動化(証券化、バルクセール等)が進展したことという二段階での処理が進んだことがある。

我が国では、98年3月期には不良債権処理に向けて前進が見られた。具体的には、全国銀行協会加盟の都銀、長信銀、信託銀(以下主要19行)は、合わせて3.9兆円の赤字決算を組み、10.5兆円の不良債権の償却(貸出金償却・債権償却特別勘定純繰入額等の合計額、信託勘定を除く)を行った。この結果、主要19行ベースの公表不良債権(破綻先、6ヶ月以上延滞先、金利減免等債権)は、97年3月末の14.7兆円から0.9兆円低下し、13.8兆円となった。新たに開示することとされた3ヶ月以上延滞先債権等を加えると主要19行ベースの不良債権額は21.1兆円となるものの、今後新しい不良債権の発生がなく、銀行のコスト削減による抜本的合理化等を前提とすれば、早期に引き当てを終了することも可能とみることができる。

但し、既に見たように、90年代の我が国における不良債権処理の特徴には、アメリカと異なり、景気の低迷や資産価格の下落の低迷が長引いていること等により、新規の不良債権が長期間にわたって発生し続けてきたことがある。98年3月期にも銀行が多額の貸倒れ引当金を計上しているが、不良債権の処理が依然途上にあるのはこうしたことの影響があると考えられる。今後についても景気動向や資産価格の推移等によって、新規に不良債権が発生していく可能性は残されており、現時点での残存する不良債権の引当てに一定の目途がついたことのみをもって今後の動向を楽観視することはできない。

さらに、不良債権をバランスシートから外し、円滑な金融機能を回復するための方策について、現在、政府及び与党で積極的に検討が行われているところである。

以上、我が国の不良債権処理の動向及び米国の経験を踏まえると、一刻も早く景気回復を確実にし、新たな不良債権が発生しないように努めるとともに、金融機関の一層の合理化努力に加え、不良債権や不良債権担保不動産の流動化や債権債務関係の整理を促進するなど、金融再生のための総合的な施策を進めることにより、金融システム改革のスケジュールを念頭に置き、不良債権問題の早期抜本的解決を最優先課題としていくことが必要である。

(2)我が国経済の中期展望

~我が国経済は中期的に安定成長軌道にのるのか~

以上のように、今後不良債権問題が順調に解消されていくか否かは、我が国経済を早期に回復させ、不良債権と景気の悪循環を断ち切れるかどうかにかかっている。

こうした観点を踏まえつつ、本年4月に決定された総合経済対策および財政・経済構造改革を考慮した中期的な我が国経済の展望について試算を行う(図表Ⅰ-3-1、参考資料Ⅰ)。

我が国経済の中期的な先行きを展望するに当たっては、現在の厳しい雇用情勢や金融面での不安を背景として低下している消費者マインドがいつ頃回復するのか、また現在進められている経済構造改革や金融システム改革の効果がいつ頃、どの程度現れるのかなど不確実な要素が多く、先行きを高い精度で予測することは極めて困難である。そこで、ここではこのような将来の不確実性を踏まえ、今後の中期的な経済成長率については2から3%と幅をもってみた。

このような幅をもってみた今後の中期的な平均経済成長率を前提とした上で、ここでは中庸な見方として、98から2003年度の経済成長率は2%台半ばと見込む。その上で今後の回復軌道の時間的経路を展望すれば、当面は今回の総合経済対策や不良債権の抜本的な処理策などによって本格的な回復へと繋げる底固めの期間と捉えることができるとするならば、ここ2、3年は2%台半ばよりやや低めの成長であり、それ以降は構造改革に伴う新規需要が発生してくること等から2%台半ばより高い成長によって本格的な回復が実現されるという姿を展望できよう。

但し、中期的な経済成長に関しては、今回の総合経済対策や不良債権問題への対応によって今後消費者マインドが早期に回復し、かつ経済構造改革の効果も早く実現される場合には早期に安定成長軌道に回復するが、逆に消費者マインドの回復が遅れたり、経済構造改革の効果の発現が先に延びた場合には、安定成長軌道から大きく下振れする可能性もあり、状況によっては、臨機応変な政策運営が要請されることもありえよう。

なお中庸的な2%台半ばの経済成長を仮定した場合の他のマクロ経済変数の動向を展望すると、まず失業率については足元の4%程度から2003年度には3.5%弱に低下するものと見込まれる。また経常収支(対GDP比率)は1%台半ばまで低下する。さらに財政赤字対GDP比率も財政構造改革を着実に推進することにより、足元の約6%から次第に縮小し2005年度には3%目標を下回るものと見込まれる。

図表Ⅰ-3-1 我が国経済の中期展望
                                       単位:%

 

実績
97年度

試算

1998年度~2003年度

実質GDP成長率

▲0.7

2.5

( 2 ~ 3 )

GDPデフレータ
上昇率

 1.0

0.2

2003年度

完全失業率

3.5

3.3

経常収支
(対名目GDP比)

2.6

1.5

財政収支
(対名目GDP比)

▲5.9

▲3.4

(注1)この中期展望は経済構造改革、財政構造改革等を推進した場合の姿である。

(注2)実質GDP成長率の欄の( )内は、幅をもってみた成長率の姿である。

~中期的な潜在成長率はどの程度あるのか~

 潜在成長率の測定には技術的な困難がともなうが、ここでは失業率とGDPとの関係から潜在成長率を計測してみると80年代は3%台半ば、90年代は2%程度であった。

 今後の中期的な潜在成長については上で述べたような将来の不確実性、特に経済構造改革による生産性や技術進歩の上昇の程度によってかなりの幅をもってしか予測できないが、仮に今後の経済成長率を中庸的な2%台半ばとみて、かつ足元は需要の下振れによって一定の需給ギャップが存在しているとすれば、今後の中期的な潜在成長率は2%台半ばよりやや低いと推測できよう。ちなみに今後の全要素生産性上昇率については90年代の0.5%から0.5%ポイント高くなり1%程度(これは80年代の我が国や90年代のアメリカと同じである)と仮定し、かつ今後の労働力人口については女性や高齢者の労働市場への一層の参入を見込むなどの前提で推計される潜在成長率は98年から2003年度で約2%強と予測される。

 このような潜在成長率と上でみた中庸的な成長率を前提にするといわゆる需給ギャップと需要不足に伴う失業率は2003年度に向けて縮小していくという姿を展望することができる(参考図表1-4、参考資料Ⅱ)。

(3)「失われた10年」から「新たな10年」へ

 我が国経済の成長の基調を以上のようにみるならば、将来について過度に悲観的になる必要はない。労働力供給の伸びが今後鈍化していくことを考慮すれば、ここで描いた基調としての中期的な成長軌道は国民一人あたりの実質所得を確保する成長力であるといえる。そしてこのような我が国経済の実力を実現するためにも、90年代の「失われた10年」の成長阻害要因を早期に取り除くことが一刻も早く求められている。そのような観点から、先に述べたような政策体系にもとづき、当面需要面の落ち込みをマクロ政策で下支えをするとともに 、不良債権問題等の「負の遺産」の早期抜本的処理を図り金融システムを強固にすること、さらには90年代 に浪費をした資本・労働の再活性化を図れるような改革を通じて供給面を強化することが当面の最大の課題である。

 そしてこのような成長阻害要因の除去に成功することによって、我が国は21世紀にさらに直面するであろう課題に挑戦する実力を備え、「新たな10年」を切り開くことができるのである。 

第Ⅱ章 我が国経済社会の構造改革後の展望

1.長期的に目指すべき我が国経済社会の方向

~我が国経済が長期的に克服すべき課題は何か~

 第Ⅰ章で述べたように、経済構造改革など構造改革の推進を政策運営の基本とし、時々の経済情勢に臨機応変に対応したマクロ経済政策や雇用問題への対処方策を適切に組み合わせたポリシーミックスを展開することにより、中期的に我が国経済は安定成長軌道に乗るものと考えられる。

 一方、より長期的な視点に立てば、我が国経済は、(1)少子・高齢社会の到来から派生する(1)労働力供給の減少、(2)大きな政府あるいは過大な国民負担への潜在的な圧力への対処、(3)経済システムと調和した財政・社会保障制度の構築の必要性、(2)グローバリゼーションの進展による産業・雇用面の調整、(3)地球環境問題への対応など様々な難問に直面している。

 我が国経済にとって今必要なことは、これまでの経済社会システムからの訣別を果たし、構造改革の推進により、上述のような問題に応え、新しい経済社会システムの構築を図ることである。こうした中で、将来我が国経済社会の活力が削がれ、仕事と生活はどうなるのか、年金はどうなるのか等といった不安感が存在しているが、今後我が国が内外の環境変化に適切に対応し、構造改革を通じて経済社会の構造を効率的で活力あるものにすることにより、後に詳細に述べるように、こうした問題は克服されるものと考えられる。

~構造改革の推進を通じて新しい経済社会を見る視点は何か~

 経済・社会活動が繰り広げられる土台としての経済社会システムの姿は国によって様々である。我が国の経済社会システムは、これまで全く問題がなかったというわけではないが、諸外国に比べて比較的良好なパフォーマンスを示し、また安定性を保ってきた。しかしながら、我が国経済社会システムはこれまで見てきたように、内(バブルの生成・崩壊、少子・高齢化の進行等)と外(グローバリゼーションの進展等)に起因する諸事象によって様々な綻びが目立ち始めてきており、さらに、地球温暖化等環境問題の一層の深刻化など従来の枠内にとどまっていては解決困難な状況にも直面している。

 それではこのように制度疲労を起こし始めたこれまでのシステムに代わるべきもの、あるいは今後構造改革の推進を通じて目指すべき我が国の経済社会の基本的方向性は一体どのようなものなのであろうか。

 それは「透明で公正な市場システム」であり「環境と調和した社会」である。 

 「透明で公正な市場システム」とは、すなわち、「行政や企業等の積極的な情報開示の下で、行政の裁量に代わる客観的なルールを支配原理とし(透明)、かつ、あらゆる市場参加者を差別なく公平に扱う(公正)市場システム」である。そこでは価格をシグナルとして生産要素が柔軟に移動し、積極的にリスクテイクを行う主体にはリスクに対する適正なリターンが得られることとなる。

 また「環境と調和した社会」とは、エネルギーや資源を大量に使用することを前提とした従来の「大量生産-大量消費-大量廃棄」の社会から180度転換した資源節約型でかつ環境への負荷がより少ない社会であり、環境と経済が両立した持続的な成長が可能な社会である。

 このような「透明で公正な市場システム」、「環境と調和した社会」といった各主体が経済社会システムの中で活動していく際のインフラ的基盤とも言うべき二つのシステムを整備することにより、我が国がこれまで蓄積してきた人的能力・技術・文化、物的資産・金融資産及び構造改革を経た制度等の「プラスのストック」を将来世代に継承していくことで、将来世代は豊かな経済社会を享受することが可能となる。

2.開かれた「透明で公正な市場システム」

 今後目指すべき我が国経済社会の基本的方向性の一つは、上で述べたように「透明で公正な市場システム」である。

(1)透明性と効率性の確保

~「透明で公正な市場システム」が有効に機能するための前提条件は何か~

(1)情報開示と市場監視機能の強化

 こうした市場システムが有効に機能するためには、市場ルールの設定や運用に係る情報、企業情報や商品・サービス情報を、市場に参加している者が必要とあらばいつでも入手できるということがまず何よりも重要であり、行政や企業等が保有する情報の積極的な開示が前提となる。

 行政においては裁量の余地の少ない市場ルールを明確に設定・公表するとともに、行政情報については、国民に行政文書の開示を請求する権利を定めた情報公開法案が国会に提出中であり、その早期成立が待たれるところである。

 商品情報や経営状況等企業等が保有する情報については、以前より開示される情報が増えてはいるものの、未だ財・サービスの供給者と消費者の間には情報の非対称性が存在する場合も多く、特に、金融、住宅・土地、医療・福祉等、財・サービスの流通や購入に際して専門的知識を要するような分野ではそうした傾向が強く認められる。市場における多様な選択肢の中で消費者が自己責任原則の下、安心して的確な判断を行うためには、財・サービスに係るリスクや性質・性能等に関する情報(信頼性が高く客観的でタイムリーな情報)を十分に開示することが必要であり、今後、情報開示を促す環境整備をいかに進めていくかが重要である。例えば、金融については、金融商品の多様化が進む中、個人、企業、機関投資家等が資産運用に関して不測の事態を未然に防止し、かつ有効・適切に資産を運用するために総合的な判断を行わなければならないという観点からも情報開示は重要である。

 併せて、市場における透明性の確保や開示情報の流通に当たっての知的財産権の保護や個人情報の保護、不当競争の防止等市場監視機能の強化も重要である。また、労働市場における最低労働基準の遵守や性・年齢等による差別の禁止等ルールの整備はもとより、それらの遵守を監視する機能の強化は、市場における競争を有効に働かせる前提条件となる。

 さらに、市場における紛争の適切かつ迅速な対応等を行う司法は、消費者取引、金融取引、土地取引等において、市場監視機能の前提としての役割を果たすものである。労働市場においては、人事管理の個別化が進む中で労働契約における個別的な契約の役割が高まることが考えられるが、こうした契約の交渉、解釈、履行において生じる苦情・紛争について、労働者にとって簡易・迅速に処理することが可能となる制度を整備することが必要である。

 このような適切な市場監視を行うことは、市場参加者の当該市場に対する信頼を増すことにも通じると考えられる。

(2)労働・資本等の柔軟な移動の確保

 また、こうした市場システムは、労働力や資本等が各々賃金や金利等をシグナルとして市場の需給に見合って効率的に配分されるという各生産要素の柔軟な移動等が前提となる。以下、生産要素の中でも特にヒト、モノ、カネの柔軟な移動に向けての課題を示す。

 ヒト(人材)については、既に述べたような労働市場の機能強化等を通じて、これまでの比較劣位産業、衰退産業から今後の比較優位産業、成長産業への円滑な移動を図ることが重要である。また、経済的価値を有しながらも後継者不足等の理由により事業をやめざるを得ない状況にある企業等への人材移動の円滑化を図る必要がある。さらに長期的視点から見ると少子・高齢化に伴う労働力減少が予想されることから、労働面からの成長制約要因を緩和させるためにも働く意欲のある女性や高齢者の能力が発揮できる環境整備を行う必要がある。また、高齢化が進む中では、各世代が年齢を問わず労働と学習を自由に選択し、各々の人的能力を高めることができる環境を整備することが重要である。

 モノ(技術)については、産学官連携の推進により大学等で生まれた研究成果の民間への移転を促進することや休眠特許の有効活用等特許の流通を促進すること等により、必要な分野に幅広く波及させることが重要である。これにより、新規創業や既存企業の新分野進出が促進される他、地球環境保全等の国際貢献や高齢化社会への対応の円滑化が可能になる。

 カネ(資本)については、金融ビッグバンを通じた金融・資本市場の総合的な改革により、新規事業等に対して多様な資金チャンネルを通じて資金が流れるようにすることが重要である。約1200兆円(ネットで約830兆円)にのぼる個人金融資産は、今後到来する高齢化社会において、活力ある経済を支えるための重要な資源となり得るものである。こうした資産運用の収益性を高め、個人にその恩恵を帰属させること、また、このストックとしての個人金融資産が、経済全体、なかんずく次代を担う成長産業や効率的な社会資本整備等に円滑に供給されていくことが重要である。さらに、我が国の豊富な資本は、世界経済の発展のためにも有効な経済資源となりうるものである。

(2)高度情報通信社会における透明で公正な市場
~情報通信の高度化のメリットを享受するためにどう対処していくべきか~

 情報通信技術の急速な進歩は、経済社会に大きな影響を及ぼしつつあり、様々な分野での変革の原動力となっている。このような動きは世界的規模で進展しており、各国経済の国際競争力を決定する重要な要因ともなっている。しかしながら、我が国はこれまでは特に情報通信技術の活用において他の先進諸国等に比較して遅れている面が多いことは否めず、今後は、より積極的な取組みが民間部門、政府部門の双方に求められる。

 情報通信の高度化のメリットとしては、生産活動や取引活動の効率化を通じた経済全体の生産性向上と国民生活の利便性の向上等があげられるが、これらを享受していくためには、様々な課題に対処する必要がある。例えば、取引における情報通信ネットワークの活用に際しては、第三者による不正な介入等の不正行為、通信エラーや事故等によるトラブルの発生等の種々のリスクの拡大といった問題が存在する。また、現在の市場ルール・制度や慣行が新商品・新サービスの出現やデジタルデータを用いた市場取引を想定したものとは必ずしもなっていないことから生じる種々の問題もある。

 こうした課題に対処し、情報通信の高度化によるメリットを市場において最大限引き出すような環境整備が重要であるが、その際には「透明で公正な市場システム」の基本原則と整合的な対応が必要である。

 すなわち、第一に、電子商取引等の情報通信ネットワークを活用した取引に当たっては、取引条件はもとより取引システムそのものの安全対策も含めて徹底した情報開示が前提となる。第二に、「電子認証」等の制度・ルールの整備や安全対策、不正行為・不公正取引への対策、プライバシー保護策等を講じる必要があるが、その際には、民間部門の創意工夫と市場競争を損なうことのないよう、政府による関与は最小限にとどめるべきである。情報通信技術の分野では技術革新が極めて速く、かつ、安全対策等の課題については技術開発と市場競争を通じた淘汰によって対処可能となる場合が多いと考えられることから、これを阻害しない観点が極めて重要となる。第三に、情報通信技術を活用した新たな商品・サービスや取引方法等の導入にとって既存の制度が阻害要因となる場合には、規制の撤廃・緩和を進める等既存の枠組みを迅速に改めていく姿勢が重要である。第四に、電子商取引等の国境を越えた利用や起業家等にとって国際的にも遜色のない事業環境を整備する観点から、制度の構築・改革に当たっては国際的な整合性を重視すべきである。第五に、国民一人一人が情報通信技術を活用し得る環境整備を図る観点から、情報化投資の促進、技術の標準化の推進、障害者や高齢者にとっても利用しやすい機器やソフトウェアの開発も含めた研究開発の促進、情報化教育の推進等が重要である。

(3)グローバリゼーションの視点から見た透明で公正な市場

~グローバリゼーションが改革に持つ意味合いは何か~

 グローバリゼーションの進展は、非効率的な企業から効率的な企業、比較優位喪失産業、衰退産業から比較優位産業、成長産業への資本・労働等の生産要素の移動を推し進め、少子・高齢化に伴う労働力減少時代を乗り越えるための「効率的」かつ「高付加価値的」な産業構造の実現を促す(参考図表2-1)。

 こうしたグローバリゼーションのメリットを享受し我が国経済を発展させていくためには次の二点が重要である。第一には、規制緩和等の経済構造改革により、円滑な労働力の移動を実現できる高い調整能力を備えた労働市場を整備し、また企業の国籍の内外を問わず、「公正なルール」の下「透明な市場」の中で競争できる環境を創出することであり、第二には、本部会のグローバリゼーションワーキンググループの推計によれば、企業のグローバリゼーションの進展に伴う担税基盤の流動化を通じて個人税依存度が高まると推測されるが、そうした中でも勤労意欲や経済の活力を阻喪させることのないよう財政・社会保障制度改革を成功させることにより国民負担率の上昇を抑え、効率性を重視したスマートな「小さい政府」を実現することである。国内改革が遅れれば遅れるほどグローバリゼーションのメリットを享受することはできないということを認識し、グローバリゼーションの進展を国内改革推進の梃子にしていくべきである。

 なお、人のグローバリゼーションについては、経済的にはより一層の効率性をもたらすと考えられるものの、経済面のみならず社会面に及ぼす影響をも考慮する必要がある。我が国がいわゆる単純労働者を受け入れるか否かは、異なる生活慣習の人々を社会に受け入れることによる様々な影響を勘案した上で国民全体で判断するべき重要な課題である。

(4)新しい経済社会における公正の位置づけ

(1)これまでの公正基準と新しい公正基準

~「結果としての平等」重視がもたらす非効率性~

 我が国は戦後これまで世界に類を見ない高い成長と所得格差の小さい社会(平等社会)を実現・維持してきた。これを可能とした基本的な要因としては、高い成長によってその果実が国民全般、なかんずく中間層に行き渡り、そのことが人々の勤労意欲を高め、さらにはその高い勤労意欲が高い成長に寄与するという「成長と平等の好循環」が働いてきたことが挙げられる。そしてこのような好循環を保証した制度や仕組みとして「結果としての平等」を指向した各種の制度や規制の存在が指摘できる。例えば、これまでの比較的高率な累進課税や各種控除等、いわゆる弱者保護の名目の下での各種規制・補助金、さらには比較的厚めの所得保障政策などがこれに相当する。

 しかしながら、少子・高齢化、グローバリゼーションの進展等内外環境の急速な変化が予想されるとともに、これまでのような高い成長が期待できないこれからの時代においては「結果としての平等」を過度に重視したこれまでの制度や規制を固守していたならば、かえって「非効率性の罠」に陥ることが明らかになりつつある。すなわち、これまでの各種制度や規制は高い成長率を前提として有効かつ効率的に機能してきたのであるが、その前提が崩れつつある中、あえてそれらを維持し「結果としての平等」政策に固執することは、高コスト構造の温存、今後の労働力減少による経済成長へのマイナスの影響の拡大、さらには、大きな政府、大きな将来負担に伴う弊害の増大につながることになりかねないと考えられる。

~新しい公正基準としての「機会の平等」と「再挑戦可能性」~

 従って、規制緩和をはじめとした経済構造改革により実現される新しい市場システムの下で、内外環境の変化に対応しつつ、活力ある経済社会を構築していくためには、「結果としての平等」を重視しすぎる面のある従来の考え方に代わり、規制緩和をはじめとした構造改革による効率の追求を一層進めることによって我が国経済のパイを大きくすることが結果的には公正につながるという考え方を重視していくことが必要である。これとともに、情報開示及びそれに基づく自己責任原則を共通のルールとした上で、これまで軽視されてきた「機会の平等」、「再挑戦可能性」を代替的な公正基準とすることが重要であり、経済全体において結果として生じる不平等をある程度容認することも必要である。但し、その場合においても、低所得層に対する実質所得の伸びを保障しつつ、「結果としての大きな不平等」は回避すべきであることは当然である。

~「透明で公正な市場システム」は所得分配を過度に悪化させるか~

 なお、規制緩和等によって市場原理が貫徹する結果現在のアメリカのように所得分配が大きく悪化するのではないかという指摘がある。しかし、我が国では、これまで規制自体が賃金の不平等をもたらしてきたというケースが多く見られ、今後の規制緩和によって産業間の賃金格差はむしろ縮小することが期待される。

 もとより、競争的な経済環境においては、賃金格差が生産性上昇の度合いの差によって拡大することは否定できないが、その際にも生産性の低い部門を規制等の手段によって保護し、当該産業にとどまる労働者の賃金を人為的に引き上げて賃金格差を是正するのではなく、労働者の能力開発への支援等により、より生産性の高い部門への労働移動を円滑に行えるような労働市場の整備を行うことによって賃金格差是正に向けての環境整備を図るべきである。

 また、規制緩和等によって生産性が向上し、成長が刺激されると、それだけ国民の所得が増大していくという側面や、現在のアメリカとは違い、我が国の場合は今後労働供給の伸びがマイナスになり労働市場がタイトに推移する可能性が高く、このことが賃金上昇圧力となって働くという側面もある。これらを通じ、全体としては所得が底上げされることが期待できる。

(2) セイフティネットの基本的考え方

 「機会の平等」や自己責任に基づく市場原理が貫徹する社会においては、個人の力のみでは対処し切れないリスクに対応した適切なセイフティネット(安全網)が必要になるが、これについては、前述のように比較的高率な累進課税や各種控除等、いわゆる弱者保護の名目の下での比較劣位産業・衰退産業への補助等「結果としての平等」を過度に追求するものであってはならず、「機会の平等」や「再挑戦可能性」を担保するための必要最小限のものである必要がある。

 セイフティネット整備の際の課題としては、第一に、例えば、傷病者、障害者等何らかのハンディキャップを持ち、そうでない人々と同じ条件では構造改革後の新しい経済社会システムに参加し得ない「真の経済的弱者」を、いかにして年齢、職の有無等の形式的な基準のみによる「見せかけの経済的弱者」と峻別するかという問題がある。また、これに加え、第二に、セイフティネット提供者である政府と被提供者との間の情報の非対称性に起因するモラルハザードを惹起しないような制度を整備しなければならないという問題がある。これらの課題を克服してはじめて経済システムと調和した効率的かつ公平なセイフティネットの構築が可能となるであろう。

(5)システミックリスクへの備えと危機管理

 構造改革後の市場メカニズムの働く下で成り立つ経済社会においては、市場における競争の活性化により、供給者間に優勝劣敗の状況が生み出される。その場合、経営の立ちいかなくなる企業等が発生する頻度が高まることも考えられる。

 特に金融については経済の血液である資金を円滑に供給するという公共的な役割を担っており、金融機関の破綻により、決済リスク等といった事態が生じる可能性があるなど市場メカニズムの円滑な働きを脅かすような事態が生じうることは否定できない。このため、このようなシステミックリスクを引き起こさないような危機管理のシステムが市場に組み込まれている必要がある。こうした仕組みは、決して個々の金融機関の破綻を防止するものであってはならず、むしろ破綻した金融機関の市場からの円滑な退出等を図ることにより、個別の金融機関の破綻が金融システム全体あるいは経済全体に波及することを防ぐものであるべきである。その際、経済の安定性に関する重大な懸念のため公的資金の導入が必要となる場合も十分ありえるが、そうした場合にも公的資金の導入によって金融機関のリストラが促進されるような制度的な仕組みが備わっている必要があり、市場メカニズムの危機に対する備えは、あくまで「透明で公正な市場システム」という原則の徹底をもって取り組むという姿勢が肝要である。

 また、金融分野はグローバリゼーションの進展が著しい分野であり、内外の資本移動が活発化し各国の市場間競争が促進されるなど、今やマネーが国を選ぶ時代となりつつある。昨夏のタイバーツの下落にはじまるアジアの通貨危機等もこのような流れの中で生じたものと考えられ、我が国を含め各国は、グローバルな金融・資本市場ではマネーそれ自体が力をもち、規制等のコントロールが十分及ばないものであるとの現実を改めて認識し、より魅力的で効率的な市場を育成するための措置を講じていく必要がある。また、投資家は各国の経済政策を含めたファンダメンタルズにより一層着目してきており、各国は国際的な協力の下、適切な為替・金融政策、財政規律の確保等の政策運営を図ることが引き続き重要である。

3.環境と調和した社会

 我々人類を一つの構成要素とする運命共同体である「宇宙船地球号」を、我々が前世代から受け継いできたように後世代へ確実にかつできるだけ望ましい姿で受け継いでいくためには、「環境と調和した社会」の実現を図り,持続可能な経済社会を構築していくことが重要である。

 地球環境問題への対応策には、市場経済における経済主体の活動を通じたものである「市場的な対策」と、それ以外の、例えば見識や価値観の転換などを図るための環境教育等の「非市場的な対策」の二つがある。「市場的な対策」については、良好な地球環境の保全及び持続可能で効率的な資源利用、エネルギー消費のためには市場メカニズムを積極的に活用していく必要がある。なお、こうした市場的な対策は、いわゆる「市場の失敗」を是正する方向に向けて構築されるべきである。また地球環境問題は、もとよりグローバルな側面が強いため,各国の協調的な政策等も要請される。一方、「非市場的な対策」に関しては、環境教育の充実を図るなど、個人一人一人の地球環境問題に対する日頃の注意を喚起し、環境により負荷を与えないライフスタイルへと転換していくことが求められる。

 したがって、CO2などの温室効果ガス排出削減への取組みは、多岐にわたるチャネルを通じて我々の社会・経済活動及び我が国経済全体の動向へ直接的にも間接的にも影響を与えることとなる。

(1)CO2排出削減対策の経済成長等への影響
~CO2排出削減対策は経済活動にどのような影響を与えるのか~

 97年12月に開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議(京都会議、COP3)の結果採択された京都議定書においては、我が国についての数値目標として、6種類の温室効果ガス全体について、2008~2012年において1990年比6%削減することとされた。京都議定書により我が国に課された目標の達成は、地球温暖化防止へ向けた重要な第一歩である。

 京都会議に先立つ97年11月の「地球温暖化問題への国内対策に関する関係審議会合同会議」報告書では、エネルギー起因のCO2排出量を2010年に90年水準まで戻すための具体的な対策(以下「合同会議対策」)が積み上げられた。政府は、当面の対策として、合同会議対策に加えて現在想定していない技術革新や国民各層の更なる努力を見込んだ上で、京都議定書において定められた我が国の温室効果ガス排出削減目標(90年比▲6%)を達成するため、「CO2、メタン、亜酸化窒素の排出を90年比▲2.5%とするのに加え、代替フロン等3ガスの排出抑制対策、植林等の吸収源対策や共同実施、クリーン開発メカニズム、排出量取引などの活用」を図ることとしており、合同会議対策の着実な実施に加え、これらの対策を総合的に推進することが必要となっている。

 こうした温室効果ガス、とりわけCO2排出削減への取組が経済等に与える影響をみるための試算を行ったところ次のような結果が得られた(図表Ⅱ-3-1、参考資料Ⅲ)。

(1)「合同会議対策」(現時点で見通される2010年のエネルギー消費量4億5600万klの約12%に相当する5600万klを減少させる対策)は、マクロ経済への悪影響を最小限にしつつエネルギー起因のCO2排出量を大幅に削減できるという点において極めて意義が大きい。具体的には、合同会議対策の実行によって2010年時点のCO2排出量は1990年比でほぼ横ばいに削減できる(図表シナリオB)。逆に言えば、合同会議対策に盛り込まれた技術対応を図らずに、CO2排出枠の強制割当や、経済的手法を用いるなど、何らかの方法を使って2010年のCO2排出量を1990年水準に抑制しようとすれば、マクロ経済への無視できない影響(年率で1.3%のGDP成長率の低下)を及ぼすことになる(図表シナリオC)。特に、CO2多排出型の素材産業の生産活動は大きく低下する(▲4.5%)(参考図表2-2)。

(2)さらなる一層の追加的技術対策(ここでは、低公害車、待機電力の削減、高性能工業炉の業務部門への導入(注)を想定して約2000万klのエネルギー節約を仮定)を上積みすることにより、マクロ経済への悪影響を拡大させることなく、1990年比でかなりのCO2排出の削減(約5%)となるとの試算を行ったが、これらの想定の実現可能性については、実際には制度的・経済的・物理的な問題が種々あることに留意する必要がある(図表シナリオD。なお、本シナリオの仮定及び試算結果は、本部会地球環境ワーキンググループ報告書によるものであり、詳細については同報告書を参照)。

(注)i)自動車生産量のうちハイブリッド車の占める割合を1999年に1%、2000年に5%、2001年に15%、2002年に30%、2005年に70%、2008年以降は80%と加速的に増加させていき、2010年時点にガソリン車の74%、ディーゼル貨物車の38%(ともにストックベース)がハイブリッド車となること、ii)2000年以降待機電力消費型の電気機器(テレビ、ビデオ、オーディオ機器、ファクシミリ、電話など)の生産を廃止し、2010年の家庭の電力消費見通し量の約10%が削減されること、iii)高性能工業炉が業務部門(事務所、卸小売等)においても導入されることにより2010年時点で400万klの省エネを達成すること、の三点を想定した。

  図表Ⅱ-3-1  エネルギー起因CO2排出量と我が国経済の姿(2010年)

 

CO2排出量(90年比)

GDP成長率(シナリオAとの差)

シナリオA

18.2%

シナリオB

0.3%

0.0%

シナリオC

0.0%

▲1.3%

シナリオD

▲4.7%

0.0%

(注)シナリオAは2001~2010年度の平均経済成長率を2%程度と仮定している。

このように本試算からは、経済成長への悪影響を最小限にしつつCO2排出量の削減を可能とするためには、「合同会議対策」を含む技術面での対応が極めて重要であることが確認される。

なお、試算に用いたモデルでは、国際的な相互連関を十分には考慮されていないことなどに留意し,ある程度の幅をもってみる必要がある。地球環境はいわゆる「国際」公共財であり、一国のみによる対策に比べ、国際的な協調に基づく対策を講じる方が,より小さい費用で効率的に削減目標を達成できること、また炭素の脱漏あるいはただ乗りを防止できること等といったメリットがあると考えられる。京都議定書においてもこうした国際的取組について、先進国間における排出量取引や共同実施,先進国と途上国におけるクリーン開発メカニズムなどが定められているところであり、このような協調的な国際的取組によって、より効果的に温室効果ガスの排出を削減することが可能となるものと思われる。また、合同会議によるCO2排出削減対策では、原子力発電の着実な推進や新エネルギーの普及拡大等、エネルギーの供給サイドにおける対策が総合的に講じられることも求められており、こうした対策が十分に進まない場合には、CO2排出量の90年比安定化を図ることは厳しくなることに留意する必要がある。

(2)低排出型社会へ向けた見取り図

持続可能な経済社会を達成するためには、エネルギーや資源を大量に使用することを前提とした従来の「大量生産-大量消費-大量廃棄」の社会から、資源節約型で環境負荷の少ない環境と調和した社会への転換が必要であり、地球温暖化対策という視点からは、CO2排出のより少ない社会、すなわち「低排出型社会」への転換が必要である。

上記試算結果をも踏まえつつ、こうした「低排出型社会」の実現に向けた課題を「技術」、「産業構造・企業行動」、「社会システム・インフラ」、「ライフスタイル・社会意識」といった4つの側面から検討してみる。(参考図表2-3)

(1)技術

上記試算結果からも明らかなように、CO2排出削減が経済に及ぼす影響を最小限に抑えるためには、新技術の開発・導入が非常に重要な役割を果たすこととなる。低排出型社会を構築するための代表的な技術としては,太陽光発電、低公害・低燃費車、家電の効率改善、待機電力のカット、ビル・住居の断熱構造化等が挙げられるが,このような省エネルギー・省CO2排出型技術を持った製品の普及及びその支援に関する方策が必要となる。こうした省エネルギー・省CO2排出型の技術開発を進める際には、補助金や政府による環境への負荷の少ない製品の率先的導入等の諸施策を通じて、政府がその開発・改良・普及を推進していくという明確な態度を国民や産業界に示すことにより、企業に新技術開発の誘因を与えていくことが重要である。また省エネルギー関連技術の開発は民間企業の活動が主たるものであるが、鍵となる技術を政府が選択し、その開発・普及スケジュールを明確化し、企業活動等に指針を与える「戦略的技術開発政策」が有用な場合もある。

(2)産業構造・企業行動

企業は、CO2制約を省エネルギー・省資源型の新しい事業展開の機会としてとらえ、それに対応した新技術、新製品等の開発を推進していくことが重要となる。そうした過程でCO2多排出型社会から、より低排出型社会へのシフトが促進される。他方、CO2排出制約が強化される場合は、産業構造の転換に伴う摩擦的影響に対して十分留意し、適切な対策を講じていく必要があるが、経済構造改革を着実に推進していくことにより、円滑に機能する資本・労働市場等を整備することで、資本・労働力といった生産要素のより効率的かつ効果的な使用が可能となり、また環境関連等の新しい産業が興り市場が広がることによって、我が国経済の新たな成長の機会を見いだすことが可能となる。

(3)社会システム・インフラ

社会システム・インフラを形成するものとして、リサイクル、DSM(Demand Side Management)、ESCO(Energy Service Company)等、ソフト面に関するものと,高度情報通信化、物流・交通システム等、インフラ整備を前提とするハード面に関するものとが考えられる。

これらの環境関連のインフラは市場経済に内部化され拡大していくことが期待される。例えばESCOは民生用の省エネルギー改善に関わるノウハウ・資金などの一連の業務を請け負うビジネスであり、欧米では省エネルギー関連産業の重要な一翼を担っている。我が国においてはまだ緒についたばかりであるが、今後ESCOビジネスが本格化していけば、我が国では約300万klの省エネルギー効果を生みだすとの試算もある。

こうしたシステムの形成には、生産者、流通業者、消費者等の各経済主体が,省エネルギー・省資源という共通の意識を持つことが重要である。そうした意識を共有することで,社会全体のエネルギー・資源の浪費が減少していくものと考えられる。

(4)ライフスタイル・社会意識

これまで述べてきた「低排出型社会」に向けた技術、産業構造・企業行動、社会システム・インフラが実現できるか否かは、最終的には国民一人一人が、環境への負荷が少ない製品を選択するか、また収益には直接寄与しにくい環境保全行動をとる企業を積極的に評価するかという国民のライフスタイルや価値観にかかわってくるといえよう。それゆえ、このような低排出型社会の構築の基礎となるライフスタイル・社会意識を確立するためには、まず環境保全関連の各種の情報提供が極めて重要である。また、国・自治体・企業等は、国民に積極的に情報提供を行うとともに、省エネルギーや省資源を織り込んだライフスタイルを目指した環境教育・環境学習を重視する必要がある。

(5)低排出型社会の構築へ向けての施策等

低排出型社会とは、行政、住民、企業等社会を構成する各主体の様々な活動において、省エネルギー・省資源に対する配慮が組み込まれている社会であると言える。このような低排出型社会を構築し、温室効果ガス削減目標を達成する上で、政府が講じる諸施策も重要な役割を果たすことになる。

政府は、規制的措置、経済的措置(税・補助金等)を適切に組み合わせることによって、CO2削減効果を確実なものにしていく必要がある。経済的手法については、そのCO2排出削減上の効果、国民生活・経済活動や財政への影響等を総合的に検討する必要がある。経済的措置の一つである炭素税については、現時点においての導入については慎重を期すべきであるが、その導入の是非については今後の状況に応じて引き続き検討することが必要である。

行政、住民、企業等の連携を図ってCO2排出削減を推進していく上で、地方自治体は、より住民に密着した存在として、また中核となるべき存在として期待される役割が大きい。さらにこうした地方自治体の活動は、民間の非営利団体(NPO)等と協力して進めていくことによって、より大きな効果を上げることが期待できよう。

なお、地球環境問題の解決のためには、中長期的視点からの努力も必要であり、21世紀全体にわたってCO2等の排出量を抑制・削減していくためには、世界一体となった技術の開発・普及に取り組んでいく必要がある。

4.プラスのストックの将来世代への継承

未来に継承されるべき最大の資産は、これまで述べてきた「透明で公正な市場」と「環境と調和した社会」である。将来において目指されるべきこのような経済社会の基盤的システムの下で、産業構造や労働市場、金融・資本市場、財政・社会保障制度等は、地球環境問題、グローバリゼーションや少子・高齢化の進展などの大きな潮流変化に的確に対応したものとなり、我が国がこれまで蓄積してきた金融資産や人材、技術等といったストックを望ましい形で将来世代に引き継がれていくものと考えられる。本節では、経済社会を構成する、いわばサブシステムとも言える諸制度・システム等の将来の具体的な姿を描くこととする。

(1)柔軟・創造・挑戦型産業構造

規制緩和をはじめとした経済構造改革を進めることにより、我が国産業全体の生産性が向上する中で、特に低位にある非製造業のうち第3次産業における生産性が製造業との格差を縮小する形で向上し、経済の高コスト構造、内外価格差問題が是正される(図表Ⅱ-4-1、参考資料Ⅳ)。その結果、2010年には、生産要素の柔軟な移動、各経済主体の創造的な活動と積極的なリスクテイキングが活発に行われ、様々な環境変化に対して柔軟かつ積極的に対応可能な産業構造、すなわち「柔軟・創造・挑戦型産業構造」が構築される(参考図表2-4)。

こうした産業構造を実現する上では、研究開発の促進、ものづくり基盤技術の継承・強化等の我が国経済の発展基盤の強化が重要である。

併せて、新規企業、既存企業を問わず新規事業のダイナミックな展開を推進することが重要である。このため、規制緩和をはじめとした構造改革を積極的に推進することにより新規創業・新分野進出の際の障害を取り除くとともに、中小企業をはじめとするベンチャー企業等がリスクへ果敢に挑戦していくための環境整備を図ることが必要である。このためには、(1)創業初期段階における資金供給の充実、(2)投資家からみた資金回収のための選択肢の多様化、(3)産学官連携の推進、(4)新規事業展開をサポートする人材の活用・育成、(5)ベンチャー企業等の有する技術の評価、等を総合的に進めていくことが必要である。

図表II-4-1 構造改革に伴う生産性の向上

また、「柔軟・創造・挑戦型産業構造」においては、企業と企業、企業と個人の間で、人材、物資、資金、技術、経営ノウハウ、情報等の生産要素(経営資源)を仲介する機能が要請され、その機能を十分に発揮する新しいビジネスが今後より一層重要性を増すと考えられるため、仲介機能発揮のための環境整備が重要である。規制の撤廃・緩和等の構造改革による仲介機能の強化を通じて、我が国産業の発展基盤の継承・強化や新規事業展開の促進といった課題への対応が図られる等その仲介対象となる分野の活性化と拡大につながるとともに、この機能を担う産業自体がさらに発展するという好循環が期待される。

~今後の技術革新の姿はどうなるのか~

技術革新に誘発される技術進歩は、資本、労働と並んで経済成長を決定する最も重要な要因の一つである。したがって技術革新の動向は少子・高齢化、地球環境問題等による成長制約を、技術進歩という形で補う意味でも、また「環境と調和した社会」を支える柱の一つと言う意味でも、今後の経済社会を展望するに当たり非常に大きな意味を持つものである(参考図表2-5、2-6、2-7)。

今後の技術革新の動向を展望すると、

(1)インターネットなど情報通信技術を利用した世界的な高度情報ネットワーク社会の実現、

(2)現在進行中の基礎研究と実用化との関連がより一層密接になる、

(3)製造業のみならず非製造業においても研究開発への取組が強化される、

(4)地球環境問題等新たな社会的ニーズに対応した研究開発が進められる、

などとなるが、そのためには、

(1)「科学技術基本計画」を踏まえた、大学及び国立試験研究機関の研究開発・教育機能の抜本的強化及び産業との連携強化(2)企業が行う基礎研究への支援の強化、製造業及び非製造業における研究開発の促進

(3)新技術の利用を促進する制度的枠組みの整備、技術革新を阻害する規制の廃止等による技術利用の促進

等が行われることが必要である。

その結果、現在比較優位にある産業技術の優位性の確保と比較劣位にある産業技術の改善・向上が図られるとともに、技術革新が金融業等非製造業においても企業間競争の主要な手段としての重要性を増す。また、以下にみるように情報通信技術を利用した経済システムの革新が引き起こされる。また地球環境保全、省エネルギー、高齢化社会への対応の円滑化等新たな社会的ニーズへの対応も促進される。

このように、研究開発及び技術利用を促す条件整備等を前提とすれば、我が国の技術革新力は衰退するものではなく、「プラスのストック」として未来へ継承することが可能である。

~情報通信の高度化によって産業はどのような影響を受けるのか~

情報通信の高度化の進展による産業面への影響としては、例えば以下のような側面があげられる。

(1)情報通信関連分野や医療、教育などの分野において新商品・新サービスが出現し、消費者の利便性が増大するとともに、ベンチャー企業等の新規事業の展開と雇用の創出が促進される。

(2)LAN(構内情報通信網)やCALS(生産・調達・運用支援統合情報システム)などの企業内・企業間情報通信ネットワークの活用により、企業や企業グループにおける設計・開発・製造・流通の各段階を通じたコストの削減、製品・サービスの品質の向上、製品開発期間の短縮や経営の迅速化等が推進される。この場合、特に管理部門や流通部門において生産性向上の実を上げるために、組織のフラット化・分権化等の企業組織の再編成を伴うこととなる。

(3)透明で公正な市場ルールの下での企業と消費者との間の電子商取引の活用により、企業にとっては流通・販売の拡大と効率化、顧客対応の迅速化・柔軟化が、消費者にとっては選択肢の多様化と満足度の向上等が実現される。

(4)企業間あるいは企業と消費者の間の電子マネー・電子決済の利用により、資金決済の効率化と利用者利便の向上が図られる。

(5)情報通信ネットワークの活用による在宅や分散型オフィスでの勤務などが普及することにより、就業時間や就業場所に制約のある個人が労働市場に参入し易くなり、労働力供給の制約が緩和されるとともに、より柔軟な勤務形態が実現することにより、生産活動の効率化が促される。

(6)オープンな情報通信ネットワークの活用により、人材、物資、資金、技術、経営ノウハウ等の生産要素の仲介機能が強化・効率化され、経済全体としての資源配分の最適化が促進される。また、ベンチャー企業等にとっては、こうした仲介機能の活用を通じて、自らに不足する経営資源の調達や外部資源の利用、取引への参入が容易となる。

このように「透明で公正な市場システム」の下での情報通信の高度化は、産業活動への好影響を通じて、我が国経済全体としての生産性と活力の向上、国民生活の利便性の向上を促すことが見込まれる。

~産業別GDPはどのように変化していくのか~

2010年の産業別GDPについては、今後の経済のサービス化の進展を背景として、製造業がそのシェアを低下させ、第3次産業のシェアが増加すると考えられる(参考図表2-8、参考資料Ⅴ)。特に、高齢化の進展の中、高まる医療・福祉需要に効率的に応えかつその需要を充足していくような医療保健・福祉関連産業が、NPOの活動の活発化に後押しされて、拡大していくことが見込まれる。また、地球環境制約の下、国民の環境意識の高まりなどを背景として、我が国産業構造は、省資源、省エネルギー技術を組み込んだ形へと変化していくと考えられる。

構造改革が各産業に与える影響としては、政府サービスを除く第3次産業については、規制緩和等による新製品・新商品の提供、価格の低下等を反映して、そのシェアが高まる。製造業の中では、情報通信分野における規制緩和等の効果や我が国における高い技術革新力による設備投資の増加を反映して機械産業等のシェアが高まる。他方、建設業と政府サービスについては、財政・社会保障改革等の影響により、そのシェアが低下すると見込まれる。

(2)流動性と安定性を兼ね備えた労働市場

今後目指すべき経済社会は、価格をシグナルとして生産要素がそれを必要とする各需要主体に最適に配分されることにより、構造調整が柔軟に行われる変化に富んだ社会である。このため、労働面においては、雇用の不安定性が高まるなどの懸念要因もある。しかしながら、構造改革を推進していくことを通じて、魅力ある事業環境を国内外に提供することによって、ベンチャー企業等の新規創業や既存企業の新分野進出の活発化をはじめとした経済の活性化が図られることから、新しい雇用が創出され、雇用の安定性につながる。

同時に、労働市場におけるルール整備、市場監視機能の強化や紛争処理システムの整備等人々が安心して働くことのできる環境の整備を行うことを前提に、労働者派遣事業や有料職業紹介事業における一層の規制緩和等により外部労働市場が強化される結果、産業構造の変化に対応可能な労働力の円滑な移動が確保され、労働者の自己選択に基づく職業能力開発を積極的に推進することにより、個々の労働者に職業能力が適切に蓄積され、構造調整に耐え得る安定性が確保される。

こうした新規事業展開の活性化、労働移動の円滑性の確保、職業能力開発の推進等により、構造調整に係るコストの最小化が図られる。(参考図表2-9)

~労働力供給の減少により経済成長の制約要因が強まるのか~

労働力人口については、その伸びは今後も次第に鈍化し、2005年の6894万人をピークとして減少に転じ、2010年には6771万人になると見込まれ、21世紀初頭から我が国は初めて「労働力減少経済」に直面する。

   図表Ⅱ-4-2 労働力供給の将来推計

図表II-4-2 労働力供給の将来推計

また、労働力人口の構成も少子・高齢化の進展等により大きく変化し、97年に13.4%であった60歳以上の労働者の割合は2010年には約20%に上昇する一方、97年に24.1%であった15~29歳の労働者の割合は2010年には約18%に低下するものと見込まれる(図表Ⅱ-4-2、参考資料Ⅵ)。労働力率についてみてみると、全体の労働力率は、高齢化に伴い人口のウェイトが労働力率の低い高齢層へシフトするため、97年の63.7%から2010年に62%に低下する。

こうしたことから、今後、労働供給制約が経済成長の制約要因となることが懸念されるが、これについては、「量」と「質」の両面から新たな労働力を確保していくことにより対処していくことが必要である。

そのような観点から、まず第一には、賃金の柔軟性を確保しつつ、女性や高齢者が労働市場に参加し得る環境を整えることが重要である。具体的には、女性が、結婚や育児、介護等といった理由にもかかわらず生涯を通じてその能力を十分に発揮できる環境を整備することが必要である。そのためには、育児・介護休業制度の定着や保育施設の整備と弾力的な運用等が重要となる。また、現在の税制(配偶者特別控除等)や企業の配偶者手当て、さらに公的年金制度における第3号被保険者の取り扱い等が、全体として女性の労働力供給を阻害しているという指摘もあり、女性の働きやすい環境を整備していく中で、そのあり方に関し、十分な検討が求められる。(参考図表2-10、2-11、参考資料Ⅶ、Ⅷ)。併せて、高齢者の労働市場への参加を促進するため、高齢期まで高い学習力を維持し、能力を発揮して充実した職業生活を送ることができる環境を整備することも必要である。また、企業の側からの女性の働きやすい環境整備への積極的な対応や、後に述べるような労働市場の柔軟性を阻害しないような社会保障制度の設計も不可欠である。ここで、97年と比較した2010年の労働力人口の増減数について、高齢者や女性の労働市場への参画が活発化することを仮定し、女性(25~39歳)や高齢者(60歳以上)の労働力率の上昇を見込んだ場合と、それらの労働力率が97年から一定のまま推移すると仮定した場合について比較すると、いずれの場合も2010年における全体の労働力人口は減少するものの、97年から労働力率が一定と仮定した場合には184万人の減少であるのに対し、上昇を見込んだ場合は16万人の減少に止まる。また、女性及び60歳以上の労働力人口はそれぞれ69万人、100万人程度増加するという結果が得られた(図表Ⅱ-4-3)。 

第二に、このような労働力の「量的」な増大とともに重要なことは、我が国経済の比較劣位産業が途上国に代替されることによって解放された労働力を、生産性のより高い比較優位部門において有効利用することによって、マクロ経済全体としてより高い生産性を確保するという労働力の「質的」向上を図ることである。第三に、労働力の「量的」不足を補う労働節約的な技術進歩を支援することによって労働の質を高めることである。このような労働力の量的、質的増大が図られるならば、今後の我が国経済にとっては労働力供給の減少による成長制約要因は緩和されると展望できる。

図表II-4-3 女性、高年齢者の労働力率上昇による労働力

~就業構造はどのように変化していくのか~

2010年の就業構造についての推計結果を95年と比較すると、産業別就業者シェアでは、製造業、卸・小売業等で減少する一方、医療保健・福祉関連及び企業活動支援関連業種の拡大を背景に、医療・保健衛生や対個人サービス等を含むその他サービス業において、95年の23%から2010年には約30%と増加することが見込まれる(参考図表2-12、参考資料Ⅸ)。今後労働力供給の伸びが予想される女性や高齢者については、こうしたサービス業でその能力を発揮していくことが期待される。

また、職業別シェアでは、専門技術の従事者が95年の12.9%から2010年には約16%と高まる一方で、生産、労務関係の労働者が95年の29.9%から2010年には約27%と低下しており、今後も内外の経済の環境変化に対応可能な高度で専門的な職業能力を求める傾向が一層強まると思われる。また、サービス職業従事者については、80年の7.0%、95年の8.1%から2010年には約9%と今後も増加する傾向にある。

~失業率は今後高まるのか~

このような流動性と安定性を兼ね備えた労働市場において、今後長期的に失業率はどのように推移するのであろうか。

労働市場の構造変化を背景とした構造失業率(労働市場の求人・求職が等しくなる失業率)はこれまで長期的に上昇傾向にあるが、こうした背景には、グローバリゼーションの進展や産業構造の高度化等により職業能力の陳腐化のスピードが速まっていること、高齢化、労働者意識の変化等から労働力需給のミスマッチが拡大しやすくなっていることがある。今後についても、労働者の意識変化や産業構造の調整及び産業内の競争激化等を背景として、その水準が上昇することが予想されるが、中長期的には労働力人口が減少していく中で、失業の痛みを緩和し、個々の労働者の意欲と能力を十分に発揮しうる経済社会の実現という観点から、既に述べたように労働市場機能強化のための改革や労働者の自己啓発等による職業能力開発を支援するシステム(例えば奨学金制度等による支援、インターンシップの推進、職業能力開発に関する積極的な情報提供等)の構築等を図っていくことが必要である。

(3)効率的で魅力ある金融・資本市場

金融・資本市場においては、金融システム改革の進展により、市場原理の働く環境が整備されることを通じて、業態・業種を超えたメガコンペティションが実現されるとともに、流通業等金融業以外の業種からの進出も加わりメガアライアンスが実現される(参考図表2-13)。こうした厳しい競争環境の中では、いわゆる「護送船団行政」の下での「仕切られた競争」の中で同質的、画一的な金融商品・サービスを提供するというこれまでの経営のあり方に代わって、各金融機関がマーケティングの強化等により顧客のニーズを把握し、技術革新を基礎とした創意工夫によっていかに質の高い金融商品・サービスを提供できるかが生き残りの鍵となる。このため各金融機関は自らにとって低収益の分野から撤退して特定の業務・商品・地域に重点化し、営業基盤を強化していく動きもでてくる。この結果として、我が国金融・資本市場には、ユニバーサルバンク、インベストメントバンク、スーパーリージョナルバンク、コミュニティバンク等多様な形態の金融機関が現れる。

また、金融商品については、金融の担い手の新商品開発意欲が高まり、デリバティブ取引等の複雑な金融商品や米国において急成長している資産担保証券など、様々なリスク・リターンの組み合わせによる多彩な商品・サービスが提供されるようになる。中でも、個人にとって運用が簡便・効率的でリターンが期待できる金融商品として投資信託の役割が高まる。「透明で公正な市場システム」の下では、多様化する金融商品について、そのリスク・リターンに関する情報が十分に開示され、透明性の高い価格形成がなされることが期待される。

~1200兆円の個人金融資産はどのように運用されていくのか~

我が国の個人金融資産は、欧米と比較して、預貯金などの安全資産がその大半を占めている。こうしたポートフォリオの傾向は今後の人口構造の高齢化や所得水準の向上によってのみでは大きな変化が生じるものではない。しかしながら、今後は、(1)金融ビッグバンの進展により我が国金融システムが市場原理や自己責任を原則とするシステムへと制度改革が行われること、(2)「透明で公正な市場システム」の下、金融商品についての情報開示が十分なされることにより、個人のリスクに対する認識が変化し、多様な選択肢の中から、自らの選好に適したリスクとリターンを持つ金融商品を選べるようになる。その結果、個人金融資産のポートフォリオは、総じて、預貯金など安全性の高い資産から、より高いリターンが期待できるリスク性の資産へとその傾向が変化することが考えられる。なかでも、今後は投資信託などファンドを通じた個人金融資産の運用が注目され、国際分散投資やベンチャー投資等の動きが活発化することが予想される。また、98年4月の改正外為法の施行により、個人による海外資産運用という選択肢も広がるようになる。

このような個人金融資産のポートフォリオの変化については、定量的には予見しがたいが、仮に1975年のメーデー(アメリカの金融自由化)後のアメリカの個人金融資産ポートフォリオの変化を基に単純な推計を行うと、定期性預金は45%から23%に、保険・年金が25%から38%に、株式が7%から9%に、投資信託が3%から15%に変化するものと見込まれる(図表Ⅱ-4-4、参考資料Ⅹ)。

図表Ⅱ-4-4  我が国個人金融資産のシェア

図表II-4-4 我が国個人金融資産のシェア

~住宅金融市場は今後どのように変貌するのか~

このように金融ビッグバンが本格化すれば、我が国の個人金融資産が流動化することが期待され、証券化等により、個人向け住宅融資債権はミドルリスク・ミドルリターンの魅力的な投資対象にもなり得る。民間金融機関は今後こうした個人向け住宅融資を増加させると考えられるが、現状の超低金利がこのまま続くとは考えにくく、信用力に応じた選別融資が行われる可能性や、景気動向による資金供給のばらつきも予想される。資金供給の安定性を確保するためには、市場を補完する意味で、公的な保険・保証制度によるリスク分散や住宅債権証券化のサポート(信用付与、二次市場創出)が必要となる。

~証券による資金調達が主流となり銀行の機能は縮小するのか~

現在我が国おいては、企業(非金融法人部門)の資金調達の中で借入金の有価証券に対する比率は、アメリカ、イギリス等欧米諸国と比較して高い水準にある(96年末で1.45)。ビッグバンが進む中で、このような企業の金融負債構造は今後フローベースでは金融・経済情勢の影響を受け時々で変化しつつも、ストックベースでは緩やかに借入金の割合が低下し、社債等を中心とした有価証券の割合が上昇していくものと考えられる。

このうち、大企業においては、より低コストな資金を求めてグローバルな視点で国内外の金融・資本市場からの資金調達の多様化を進める結果、銀行借入を中心とする間接金融に依存する割合はより限定的なものとなり、直接金融を通じた調達割合が増加する。一方で多くの中小企業の中にはなお融資に依存せざるを得ないものもあるが、中小企業に特化する金融の担い手の出現もあり資金調達チャネルは多様化する。

このような新たな金融システム下における資金調達等の構造変化の中で、我が国のメインバンクの機能も、大企業よりはむしろ中小企業等との関係がその中心となるであろう。

(4) 世代間公平を基礎とした財政・社会保障制度

現在我が国では、95年には14.5%であった総人口に占める65歳以上人口の割合が今後30年間で12.9%ポイント上昇し27.4%となると見込まれるなど、世界に例を見ないスピードで少子・高齢化が進展している。

しかしながら、

(1)少子化については、人口減少による経済規模の縮小、労働力の減少等需要と供給の両面から我が国経済の中長期的な成長経路を下方に屈折させる影響力を持ち得ること、

(2)高齢化については、社会保障給付増大等に伴う世代間負担の不公平感を助長し経済社会の活力の低下をもたらす可能性があること、

など、少子・高齢社会の到来がもたらすであろう問題点を的確に認識し、以下に続く節で見るような適切な対応策等をとるならば、こうした少子・高齢化の進展に伴う問題点は回避されることが分かる。

~潜在的な世代間不公平はどれくらいあるのか~

従前のままの財政構造等が維持された場合、将来世代には巨額の政府債務が残され、世代間負担の不公平性がさらに増大することが指摘されている。そこで、世代会計の手法を用いて、(1)財政構造改革等が行われなかった場合、(2)同改革等が行われた場合及び(3)同改革等に加え社会保障構造改革が行われた場合のそれぞれの受益・負担を推計し比較を行ったところ、次のような結果を得た(図表Ⅱ-4-5、参考資料XI)。

(1)財政構造改革等が行われなかった場合には、将来世代を含む49歳以下(95年時点以下同じ)では負担が受益を上回り、50歳以上では受益が負担を上回る。

(2)財政構造改革等が行われた場合には、(1)の場合と較べて、50歳以上では純受益額が減少するのに対して、将来世代を含む49歳以下では純負担額が減少する。

(3) 財政構造改革等に加え社会保障構造改革が行われた場合には、(2)のケースとの比較では、40歳以上の世代では純受益が減少、将来世代を含む39歳以下の世代では純負担が減少する。

図表II-4-5 一世帯あたり生涯の純受益額(政府からの受益-負担)

以上の結果から、構造改革の推進により、若年世代、将来世代の負担超の部分が縮小するなど世代間の公平性が改善するが、このことは、将来に対する不安感を除去することを通じて、経済社会の活性化を促すことにもつながるものと考えられる。

~社会保障制度改革のインパクトとは~

(1)公的年金制度改革

公的年金制度改革の具体的内容については、今後、検討されることとなるが、ここでは、仮に、(1)特別支給の老齢厚生年金報酬比例部分の支給開始年齢を定額部分と同様に65歳に段階的に引き上げる、(2)2025年時点の全受給者の平均年金額の平均賃金に対する比率が、今後新たな改革を行わないとした場合よりも10%程度低下するよう平均年金額を2001年から段階的に引き下げるというケースを想定し、2025年時点の社会保障の給付・負担への影響を試算した。なお、ここでは、年金制度改革と同時に労働改革等経済構造改革が進展するものとし、改革後の社会保障制度は維持可能かどうか、また将来負担はどうなるのかという点について目安をつけるために2001年から2025年の年平均経済成長率を1%台半ばと固めに想定した(2010年までのマクロフレームについては後の5(2)を参照。また2010年以降は、5(2)で述べるケースⅠを念頭において、2010年以降の労働力人口については年率0.5%の低下、技術進歩率は2010年以降はそれ以前よりも若干低下するとの前提の下で試算を行っている。公的固定資本形成については「公共投資基本計画」期間中の2007年度までは名目GDP比で低下(8%程度→6%程度)、それ以降は2007年度の名目GDP比で一定、政府消費については実質で横ばいと想定している)。

~改革後の年金制度は維持可能か~

まず2025年度における社会保障基金積立残高対GDP比率は約26%(1996年度は45%)となり、社会保障制度の持続性は維持されている。このように、年金資金が枯渇し年金制度は崩壊するという可能性はありえない(図表Ⅱ-4-6、参考資料XVII)。

図表II-4-6 改革が社会保障に与える効果

次に、負担面をみると2025年度の社会保障負担対国民所得比率は約16%(96年度は13.2%)となる。また国民負担率もここで想定したような政府支出と社会保障改革を前提とすれば、40%台半ば(96年度は36%)に留まる(なおここで想定した社会保障改革を行わなかった場合には社会保障負担対国民所得比率は約8%ポイント、国民負担率は約10%ポイント高まる)。このように年金改革によって将来世代の負担が軽減され、その合意が得やすくなるという意味で制度の安定性が高まることになる。

~将来の年金額は低下するのか~

現在、公的年金制度改革に関しては、議論が進められており、多様な方法が提案されつつある。給付水準の削減が俎上にのぼっているため、自分は将来年金をもらえないのではないかとか、年金額が減ってしまうのではないかとかの不安を抱く人もいる。年金制度改革は、社会保障制度の根幹としての年金制度を安定的に維持するために進めるものであり、もらえなくなるのではないかといった不安を抱く必要はないといえる。

また、既に年金を受給している者に関しては、給付水準については、原則として、抑制されるのは年金額の伸びであり、現在受給している年金額が引き下げられるわけではない。次に、将来的には、物価の上昇に応じた引上げが想定されており、年金額は現状より上昇する。更に、年金制度の成熟化に伴って加入期間が伸びることにより、給付水準が上昇するといった要因もある。この他、経済成長による賃金上昇を勘案するのであれば、これも年金額の上昇要因となりうる。

参考図表2-14は、モデル年金の給付額を先のケースで試算してみたもので、一定の前提を置いたものであるが、2025年度には500万円強となっている。この増加分は物価上昇分、賃金上昇分などから構成されている。

将来の年金額は今後の年金制度改革により改めて見通されるべきものであるが、このように、いたずらに不安を抱く必要はないことが分かる。

~賦課方式か積立方式か~

次に、年金改革によって各世代が生涯を通じて受け取るネットの年金額(年金受取額-年金保険保険料負担額)の生涯賃金に対する比率(これは年金の保険料負担額に対する年金受取額の収益率である)に与える影響を試算してみる。ここでは今後の長期的な賃金の上昇率と労働力の伸びの和がほぼ金利水準に等しい場合を想定すると、年金改革を行わない場合においては将来世代は支払い超過(収益率がマイナス)となっているが、年金改革を行った場合においては受取超過(収益率がプラス)になっており、この面からも年金改革による制度の持続可能性が保障されることがわかる(参考図表2-15-(1)、参考資料XII)。つまり、今後経済構造改革が進み、また女性や高齢者の労働市場への参加によって労働力人口の減少が緩和され、ある程度の成長(実質賃金の伸び)が維持されると、ここで想定した程度の改革によって年金制度の持続性は維持されることになる。

しかしながら、今後の長期的な労働力人口の伸びと賃金上昇率との和が金利水準を下回ると状況は異なってくる。すなわち、このような場合には、ここで想定したような年金改革を行っても将来世代のネットの年金受取額(収益率)はマイナスになることから(参考図表2-15-(2))、今後は、「賦課方式」の要素が強い現在のいわゆる「修正積立方式」から「積立方式」へと制度の切り替えを念頭におく必要もあろう。

「積立方式」に移行する方法には、保険料引上げスケジュールの前倒し等により積立要素を拡大する方法と財政方式を積立方式に改める方法があるが、ここでは年金財政方式として「修正積立方式」から「積立方式」への移行が長期的に経済に与える影響について一定の前提を置いて計量的な試算を行ったところ、積立方式への移行により、資本蓄積が高まり経済成長率が高くなるという結果が得られた(参考図表2-16、参考資料XIII)。但し、積立方式へ移行する際には、過去期間に生じた年金の債務負担が顕在化するため、現在の現役世代に対して「二重の負担」が生じることや積立金の運用のあり方等が問題となる。

上記試算については、前提の置き方によって、その結果がある程度は左右されるものの、経済構造改革を通じてある程度の経済成長を維持しつつ、将来世代に過度な負担を残さない経済システムと調和したな制度を将来にわたって構築し維持していくことが可能であり、社会保障制度の安定性と信頼性を高めることにつながると考えられる。

(2)医療制度改革と介護

近年国民医療費は、国民所得の伸び率を大幅に上回って増加しており、将来的にもこれまでのような高成長が期待できない中、高齢化の進展、医療技術の高度化等により医療費は相対的に高い伸びを示すものと思われる。また、これまで急激な高齢化に伴い急増してきた要介護高齢者のニーズに対して介護サービスの供給が追いつかなかったこと等から、主に医療サービスで対応せざるを得なかった結果、いわゆる「社会的入院」が生じている。これは要介護者にとって不利益であるばかりでなく、医師、病床等医療資源の非効率な利用の原因ともなっており、結果的に医療費を高める一因となってきた。このような経済の安定成長と国民医療費の構造的な不均衡は、医療保険財政を悪化させており、このままでは医療保険制度を維持できなくなる事態も懸念されると同時に、保険料負担も上昇し、世代間での不公平が拡大してしまう可能性もある。

医療については、「全ての国民が比較的安価な自己負担で自由に医療サービスを受けることができる」という目的を達成する必要上、これまであまり競争原理の活用がなされてこなかった。しかし、医療サービス供給者と医療サービス需要者との間に存在する情報の非対称性の是正や診療報酬体系における包括払い制度の活用等により、非効率な資源配分をもたらす要因を可能な限り排除することなどを通じて、市場メカニズムが働きやすい環境を整えた上でその活用を図ると同時に、従来からの高齢者保健福祉政策に加え、「社会的入院」の減少や高齢者が要介護状態に陥るのを事前に予防するためなどに介護保険制度を適切に運用していくことにより、医療制度の効率化を実現し、世代間の負担の過度な不公平性の是正及び医療保険財政の健全化を達成していく必要があろう。

~財政・社会保障制度改革による果実~

財政・社会保障制度改革を実施することにより、我々現在世代が将来世代へ残すことができる果実としては、「世代中立的(ジェネレーションニュートラル」で「エイジフリー(年齢中立的)」、「ジェンダーフリー(男女間で差がない仕組み)」な経済社会の構築が挙げられる。

まず、高齢者の比率が急速に高まる環境の下で、後世代により大きな負担を転嫁する現在の公的年金制度から、将来世代に過度な負担を残さない経済システムと調和した制度に改革していくことなどにより人口構成の変化に対してもより世代間の負担の均衡が確保される「世代中立的」な年金制度が実現される。また、現在の公的年金制度等は高齢者を年齢により一律に退職者や弱者と見なすことで、高齢者の就業を抑制する側面があると考えられる。このような高齢者を画一的にとらえる仕組みを弾力化することにより高齢者の社会進出が促進される「エイジフリー」な制度が実現されることが考えられる。また、介護施策の充実を図ることなどにより、旧来のような「男は外。女は内。」といった家族・家庭観から脱却し、男女双方が応分に家族的責任を担うことで、女性の社会進出がより一層促進される「ジェンダーフリー」な制度が実現できる。こうした考え方の背景には、これまでの世帯中心の財政・社会保障制度の考え方から、個人単位のものへの変化がある。例えば、公的年金では、女性の年金権を確保するため、サラリーマンの一定の収入以下の配偶者が、個人としての保険料なしに基礎年金を受給できる(第3号被保険者)制度があるが、これは同一の保険料を負担する単身・共働き世帯と比較して個人単位で見ると、受給の不均衡を生じさせているのではないかと考えられる。また、既に述べたとおり、こうした第3号被保険者制度に加え、現在の税制(配偶者特別控除等)や企業の配偶者手当て等が、全体として労働供給を阻害しているとの指摘がある。今後、女性や高齢者が重要な働き手となる社会では、現実の女性の就労の実態等社会状況を踏まえた上で個人の就業の有無にかかわらず個人としての負担と給付の公平にも配慮しながら、働く意思に中立的な効果を持つ制度を含め検討する必要がある。こうした社会の実現は、高齢者や女性といったこれまではどちらかというと非労働力化していた人々が労働力化し活用されることで、来るべき少子・高齢化社会における労働力減少問題の緩和に資するものとなる。またこれは、少子・高齢化が進行する中にあっても、財政・社会保障制度の持続可能性に対する信頼等を高める結果、我が国経済と財政・社会保障制度との間にポジティブなフィードバック効果をもたらし、我が国経済の中長期的な成長に資するものとなろう。

(5)ゆとりある土地・住宅環境
~緩和基調の土地需給の中で地価の下落は続いていくのか~

今後の土地需給については、中長期的・マクロ的に見れば、人口・世帯数の減少や社会的移動の変化、経済の成熟化等により従来のような土地需要は見込めず、他方で、市街化区域内農地の宅地化、不良資産の流動化、定期借地権の普及等により供給圧力が高まることから、緩和基調の需給関係が形成されていく。こうした中、現在バブル前の水準近くまで落ち込んでいるといわれる地価については、中長期的に見れば、土地本位的な従来のキャピタルゲイン期待から土地の収益性に基づく地価形成がなされていくものと考えられる。

~人口・世帯数の減少によって住宅事情はどう変化するのか~

今後、当面は世帯増加率の鈍化にもかかわらず、高齢世帯、単身世帯を中心に世帯数は増加し続ける。また、2010年頃には第二次ベビーブーム世代が30代後半の持家取得層に達するとともに、建替需要の増加も見込まれることなどから、2010年頃までの新設住宅需要は年間120~140万戸程度で推移していくと見込まれる。

しかしながら、近い将来には、人口や世帯数が減少する時代が到来し、新規住宅需要の漸減が見込まれ、我が国の住宅需要は、建替え、住替え、増改築・リフォーム等を中心とするストックの時代に突入していく。これとともに、今後は、ライフスタイル・価値観の多様化を反映して、住宅に対する需要はかなりの程度多様化するものと見込まれる。例えば、賃貸住宅については、現在、市場において良質なファミリー向け住宅の供給が少ないことなどにより持家指向が依然として高いものの、今後は従来のようなキャピタルゲインが期待できないこと、消費を優先する考え方が広まっていくこと等を背景に、都心居住を中心に賃貸住宅に対する需要が増加していく可能性がある。また、定期借家権の導入は借家市場における歪みを是正し、借家の供給意欲の向上を通じて、良質な賃貸住宅の供給に寄与することが期待される。なお、賃貸住宅の供給方式として、定期借地権付住宅の普及を図るとともに、容積率の特例制度や補助制度等のインセンティブ制度を併せて活用することにより、さらに3割程度も安価なファミリー向け賃貸住宅の供給が可能となると考えられる(参考図表2-17、参考資料XIV)。

(6)プラスのストックが我が国経済に持つダイナミズム

少子・高齢化やグローバリゼーションの進展、地球環境問題による制約など我が国経済を取り巻く内外の経済環境は、これまで以上に変化に富んだものになってきている。このような中で、我が国経済社会は、構造改革を通じて、将来に向けて「透明で公正な市場システム」と「環境と調和した社会」を達成し、「プラスのストック」を継承していく必要があることは以上に述べた通りである。ここでは、上で見た幾つかのサブシステムの展望を踏まえつつ、我が国を取り巻く環境変化と構造改革への取り組みが、我が国経済の今後のダイナミズムを規定する三大要素たる、労働力、資本、技術進歩にいかなる影響を与えるかを展望する。

(1)労働力

少子・高齢化の進展は、「規模の経済」の喪失や「創造性」の喪失によって一国経済の成長のダイナミズムを失わせるとの悲観論がある。しかしながら、このような悲観論は必ずしも的を得た見方ではない。

まず、「透明で公正な市場システム」と調和した「ジェンダーフリー」、「エイジフリー」の財政・社会保障制度の下では女性や高齢者の労働参加率が高まることが期待され、彼らの創造性や能力が最大限に発揮されることになる。また将来世代の負担を抑えることに成功するならば労働インセンティブへの悪影響を小さくすることができる。

また、今後の産業構造は、貿易財部門に関してはグローバリゼーションの進展とともに既存の比較優位産業が短期間のうちに比較劣位化するといった比較優位構造が厚みの薄いものになったり、非貿易財部門に関しては高齢社会に見合った介護や福祉等の新しい産業の台頭が予想されるなど変化のスピードが一層高まると考えられるが、流動性と安定性を兼ね備えた労働市場において、労働者は、再挑戦可能性と機会の平等が保証された「柔軟・創造・挑戦型」市場経済の枠組みの中で、円滑な労働移動を図りながら自己の能力を高め、発揮することができる。このように、創造性喪失の懸念を除去することができるならば、労働力減少は大きな成長制約要因とはなりえない。また、労働力減少による労働節約的技術進歩が促進されるという面も無視できない。

(2)資本

少子・高齢化の進展はデモグラフィックな要因のみから考えるとマクロの貯蓄率を低下させるため、資本供給の面から見るとマイナス要因となる可能性を持っているが、将来世代に過度な負担を残さない経済システムと整合的な社会保障制度への改革により、マクロの貯蓄率が増加し、長期的には資本蓄積を通じて経済成長にはプラスの影響を与えるものと考えられる。

また、グローバリゼーションの進展に伴って、「マネーが国を選ぶ」という市場原理がより強化・徹底されることから、少子・高齢化の進展によって国内の貯蓄が低下するような場合においても、一国の投資が一国の貯蓄によって制約される程度はますます小さくなることが予想される。構造改革等の成功により我が国経済が内外の市場参加者にとって魅力的なものとして再生するならば、直接投資を含め海外からの資本が流入することが期待される。

さらに、現在約1200兆円といわれている個人金融資産については、財政健全化への取り組みや効率的な社会資本の供給、さらには金融機関等の不良債権処理が進む中で、金融ビッグバンにより実現される多様な資金チャネルを通じて、「柔軟・創造・挑戦型産業構造」を構成する新規企業の資本形成に効率的に供給されることが期待される。

(3)技術進歩

世界のフロンティアに到達した我が国経済における技術の先行きについては悲観的な見方があるものの、既にみたような研究開発及び技術利用の促進などの技術面での取組がなされ、さらには不確実性の高い先端的な技術を引き出すために適した直接金融市場がビッグバンによって発展することを前提とするならば、今後の情報化社会の進展の中で成長制約、環境問題、高齢化社会という長期的課題を解決しうる技術革新力が「プラスのストック」として未来に継承されていくという姿を展望できる。

特に、情報通信技術を利用した高度情報ネットワークの発達により、製造業はもとより、金融、流通等の非製造業においても、規制緩和をはじめとした経済構造改革の進展と相まって、種々の商品開発等が促進される。これにより、製造業に較べて生産性が低かった非製造業においても生産性が高まり、経済全体としての生産性も高まることが予想される。

また地球環境問題に対応して、環境により負荷を与えない経済社会を実現するため、より一層の技術開発等が行われれば、生産要素としての技術進歩は向上する。

以上、「透明で公正な市場システム」、「環境と調和した社会」、「プラスのストックの将来世代への継承」という今後の経済社会を見る三つの視点を労働、資本、技術という3つの生産要素から展望したが、今後少子・高齢化や地球環境問題等の成長制約要因はあるものの、我が国を取り巻く内外の環境と我が国経済社会との間に相互にダイナミックかつポジティブなフィードバックの経路が存在する限り、我が国経済の活力が失われることはあり得ないものと考えられる。

5.内外経済の長期展望とそのインプリケーション

(1)新しいグローバル時代における世界経済の課題と展望

世界経済はこの10年間大きな変動をみせた。東西ドイツの統一、ソ連邦の崩壊で始まった90年代は戦後の冷戦構造から市場経済を軸に新たな統合と秩序の構図を模索した時代であった。こうした大きなうねりの中で各国(地域)経済の動向について鳥瞰すれば、まず、アメリカ経済は所得分配面では問題を抱えているものの、80年代の経済困難を克服し再び経済的繁栄をみせた。欧州は今後解決すべき課題を抱えつつも単一通貨圏の形成へと歩みを始めた。アジアは世界の成長の核として「奇跡の成長」を遂げていたが、最近になって金融・通貨危機に見舞われている。また市場経済への移行をはかった旧計画経済諸国は依然として経済困難から脱却しえていない。

こうした各国経済の状況を踏まえつつ、21世紀最初の10年間の世界経済を定性的に展望すると、まず情報化の一層の進展とともに、世界の金融・資本市場はますます一体化し、WTOの枠組の中で、世界各国とも貿易・投資といった実物的国際取引はさらに自由化され、国内の経済的枠組もますます外に開かれた市場指向的になることが予想される。こうして新しいグローバル時代に入る「新たな10年」は世界市場で展開される競争による効率のメリットの獲得をめぐって世界各国がしのぎを削る時代になる。

他方、グローバル化の進展は新たなる課題をもたらすことも考えられる。第一は金融・通貨面からのリスクが事前的な予想を越えて顕在化する可能性である。90年代に起こったラテンアメリカ、ヨ-ロッパ、アジアの金融・通貨危機の経験を踏まえつつこうしたシステミックリスクへの制度的対応策については一国経済の枠組みを越えた国際的な協調を模索しなければならない。第二は一国の経済・社会制度をいかに市場の論理と調和させるかという点である。すなわち、グロ-バリゼ-ションの進展による世界の経済的統合によって、各国はこれまでの一国市場経済のもとで形成されてきた既存の経済・社会制度の改変を迫られるが、その際生じるであろう調整のコストを小さくし社会的な安定をいかに図るかという課題に直面する。この課題への対応を怠るならば、世界経済はかつてのように保護主義へと再度回帰をする危険性を秘めている。このような観点からも、効率の追求と両立する新たなる公正基準を、各国とも追求する必要がある。

以上のような定性的な展望をも念頭に置きつつ、ここでは今後の通貨・金融面や社会面での安定性が維持されるとの前提のもとに、人的資本や投資などの供給面からみて2010年までの世界経済はどの程度の成長のポテンシャルを有しているのかを試算した(参考資料XV)。その結果によるとASEANの一部やNIES諸国においては、最近の金融・通貨危機や生産要素の蓄積が進んだことなどによってこれまで高い水準にあった成長率に鈍化がみられるものの、世界経済全体としては過去25年間と概ね同じ程度の成長が見込まれる。

また、こうした成長を前提にすると、2010年までの世界貿易は年平均3%台半ばの拡大が見込まれるが、自由化による影響を含めると4%強まで高まるものと推測される(参考資料XVI)。ただし、本試算では考慮していない直接投資による貿易拡大効果を加えると、さらに高い伸びを示すものと期待される。

(2)我が国経済の長期展望

~我が国マクロ経済の姿はどのようになるのか~

少子・高齢化に伴う労働力減少経済の到来や、大きな政府、大きな潜在的な国民負担への圧力への対処など長期的な課題と真剣に取り組むことなくして、これまで我々の祖先が営々と築き上げてきたこの「日本」という国家、世界有数の規模を誇るまでになった我が国経済を次世代へ受け継いでいくことはできない。

しかしながら、これまで見てきたように、労働力減少経済に対しては、(1)グローバリゼーションの進展の下、我が国産業の比較優位部門での新規産業創出を通じた新たな雇用を創出しつつ、比較優位喪失産業から速やかに撤退し海外産業からの輸入に代替するなどよりダイナミックな国際分業体制を築き上げることで、比較劣位産業から比較優位産業への効率的な労働力移動を押し進めること、(2)地球環境問題に対処する中で生じる産業構造の変化に伴い創出される労働力の有効な活用、(3)これまで我が国経済社会の中で定着してきた固定的な男女間の役割分担をライフスタイルをも含めて全面的に再考し女性の社会進出が一層促進される「ジェンダーフリー」な経済社会、また高齢者を画一的に捉える仕組みを弾力化する「エイジフリー」な経済社会の構築を通じて、これまで非労働力化していた高齢者や女性の労働力化を図ることなどで十分対処可能であるとの展望を示した。また大きな政府・大きな潜在的な国民負担という問題に対しては、財政構造改革の推進や経済システムと調和した社会保障制度を構築することなどで十分対処可能であるとの展望を、「環境と調和」した「透明で公正な市場経済」を構成する様々なサブシステム及び資本、労働、技術進歩という生産要素の面から示した。

このような様々な要素を包摂した我が国の長期的なマクロ経済の将来像を展望するに当たって、今後の労働力人口の推移や経済構造改革による生産性(技術進歩)の向上、さらには財政・社会保障制度改革について一定の仮定を置き、次のような二つのシナリオに基づく試算を行った(図表Ⅱ-5-1、参考図表2-19、2-20、2-21、詳細は参考資料XVII)。

まず第一のシナリオ(「ケースⅠ」)としては、主要な前提として、(1)今後の技術進歩率は80年代並みの1%程度、(2)2010年の労働力人口は、女性や高齢者の労働市場への参加の増加により97年比でほぼ横ばい、(3)一定の社会保障制度改革を行う(老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢は段階的に65歳に引上げ、年金対賃金比率は2025年で約60%)、(4)財政構造改革等の実行(公的固定資本形成については「公共投資基本計画」期間中の2007年度までは名目GDP比で低下(8%程度→6%程度)、それ以降は2007年度の名目GDP比で一定等と仮定)と想定した。

第二のシナリオ(「ケースⅡ」)では、(1)今後の技術進歩率は「ケースⅠ」の2倍の2%程度、(2)2001から2010年の労働力人口は90年代とほぼ同じ伸び(0.5%)、(3)社会保障制度改革は「ケースⅠ」と同様、【4】財政構造改革等の実行(「ケースⅠ」と同じ)と想定した。

このような主要な前提の下に、2010年までの長期的なマクロ経済の姿を展望するとおおむね以下のように描くことができる。

(1)「ケ-スⅠ」

2010年度までの実質経済成長率は2%程度と見込まれる。また国民一人あたりの成長率も2%程度となる。これは、他の先進国と比較しても遜色のないものである(90年代:日本1.4%、アメリカ1.3%、ドイツ1.0%、イギリス1.6%、フランス1.0%)(参考図表2-22)。また経常収支はほぼ均衡し、財政赤字対GDP比率も1%程度にとどまる。

(2)「ケースⅡ」

2010年度までの実質経済成長率は、高い技術進歩率と90年代並みの労働力人口の伸びを反映して3%程度となる。しかしこのような高成長を実現するためには、2010年度の労働力率が現状にとどまった場合に比べ、毎年60万人の女性や高齢者の労働力の増加が必要である(因みに、女性の労働力率がアメリカ並みに上昇した場合でも毎年約20万人の増加にとどまる)。また、高い経済成長が、低排出型社会と両立するためには技術開発をはじめ、環境面での制約を克服する相当の努力が要請されることになる。

以上の試算結果及び4(4)での試算結果を踏まえると、我が国経済は今後、経済構造改革と財政構造改革、社会保障改革を着実に実施していくことにより、(1)一人あたりの経済成長は維持され、(2)国民負担率は40%台に留まり、(3)年金額は現状より上昇するという長期の姿を描くことができる。

以上のように、少子・高齢化は悲観すべきではなく、経済構造改革、財政構造改革、社会保障制度改革等の推進により、「小さな政府」すなわち「低い負担」と効率的な経済構造を実現することで、一人当たり成長が確保され、またこれまでの経済社会システムとは異なる「透明で公正な市場システム」及び「環境と調和した社会」を基盤とし、様々な「プラスのストック」を将来世代に継承することで、将来世代は、活力と魅力ある「日本」を享受できることになろう。

図表 Ⅱ-5-1 我が国経済の長期展望

 

 

ケースI

ケースII

 

1991年度~2000年度

2001年度~2010年度

2001年度~2010年度

実質GDP成長率

 1.7%

2%程度

3%程度

一人あたり

実質GDP成長率

1.4%

2%程度

3%程度

 

1997年度

2010年度

2010年度

経常海外余剰

(対名目GDP比)

2.8%

ほぼ収支均衡

1%台半ば

国民負担率

36.4%

  (96年度)

4割程度

4割程度

財政収支

(対名目GDP比)

▲5.9% 

 

▲1%程度

1%台半ば

(注)この長期展望は、42ページで述べたような、経済構造改革、財政構造改革、社会保障制度改革等を推進した場合の姿である。

むすび

本報告書においては、我が国経済が長期の低迷に陥っている背景は何か、この暗いトンネルを抜け出す方途は何か、我が国経済が直面する長期的な課題にどう挑んでいくか、さらには、どのような未来が待っているのかを述べた。
まず当面の課題については不良債権問題等の早期抜本的解決を最優先課題とし、あわせて総需要喚起のためのマクロ経済政策と供給サイドの大胆な構造改革を組み合わせた政策体系を展開することによってこれまでの「失われた10年」における成長阻害要因を除去することに成功し「新たな10年」へと挑戦する実力を備えることができるとみた。
我が国経済社会が挑戦しなければならない長期的な課題はさらに重い。しかしながら、それらの課題を解決し、新しいグロ-バル時代の中で日本経済が世界に貢献しうる「可能性の窓」は開かれている。そのためにはこれまでの経済社会システムに大きな変革を伴わなければならない。本報告書では今後の我が国が目指すべき基本的方向として「透明で公正な市場システム」と「環境と調和した社会」という2つの視点を踏まえ、地球環境問題やグローバル化に対応した産業構造の高度化、労働市場の柔軟性の確保、金融・資本市場の効率化、経済システムと調和し、将来世代に過度の負担を残さない財政・社会保障制度の設計等によって労働力、資本、技術など経済のダイナミズムを支える諸要素が効率的に利用されるならば、持続的な経済成長が維持され、環境を守り、新しい基準としての社会的公正を確保することが可能となり、このシステムと果実を「プラスのストック」として将来世代に継承していくことができると展望した。
本報告書が我が国経済社会に対する将来展望についての一助となるとともに、今後の構造改革を始めとする中長期的な政策運営に関するさらなる建設的議論の糧となることを期待する。