ライフスタイル ワーキンググループ報告書
平成10年6月22日
目次
- はじめに
- 1.経済社会の変化とライフスタイルの変化
- (1) これまでのライフスタイルの変化
- (2) 外部環境の変化により促進されるライフスタイルの変化
- 2.今後実現されるライフスタイル
- (自立した個人による自己責任・多選択肢の下での「多元価値実現化ライフスタイル」)
- (1) 年齢・性を越えて積極的に自己実現を図るライフスタイル
- 【1】主体的に選択するライフスタイル
- (従来は単線型ライフコース)
- (希薄化する年齢規範)
- (複線型ライフコース)
- (個性化するライフコース)
- (積極的に自己実現を図るライフスタイル)
- 【2】女性がリードするライフスタイル
- (男女共同参画の更なる進展)
- (新たなシステムに主体的・積極的に対応する女性)
- (ライフスタイルをリードする女性)
- 【3】豊かで多様な高齢者のライフスタイル
- (少子・高齢社会の到来)
- (社会保障制度等の整備・充実)
- (金融資産の有効活用)
- (安心・多様なライフスタイル)
- (2) 地域の特徴を活かして多様化するライフスタイル
- (従来は仕事が決める暮らし方)
- (多元価値を実現する暮らし方)
- (地域を動かすライフスタイル)
- (3) 国境を越えて展開するライフスタイル
- (24時間化、ボーダレス化の進展)
- (国内から国外へと選択肢が拡大)
- (国や人種を越えるライフスタイル)
- 3.今後のライフスタイルを実現する上での課題及び提言
- (1) 自己の価値基準の確立に向けたソフトインフラの整備
- (2) 世代間・男女間の連帯の強化
- (3) 地域間の連帯の強化
- (4) グローバル化に対応した環境の整備
ライフスタイル ワーキンググループ 委員名簿
(座長) | 井原 哲夫 | 慶応義塾大学商学部教授 |
稲増 龍夫 | 法政大学社会学部社会学科教授 | |
岡澤 憲芙 | 早稲田大学社会科学部教授 | |
小林 佳子 | (株)博報堂キャプコ取締役 | |
矢野 眞和 | 東京工業大学大学院社会理工学研究科教授 |
はじめに
(1) 人々の価値観と経済社会システムは、互いに影響し合いながらともに人々の行動に影響を与えている。近年、少子・高齢化、グローバリゼーション、高度情報化の進展や、地球環境問題の顕在化といった外部環境の変化により、人々の価値観の変化はより加速されてきており、そのような変化に従来の経済社会システムが適応できなくなってきている。
(2) このような状況の下で、我が国の経済社会の状況は、斑模様の姿を見せながらも、かなりのスピードで変化しつつある。しかし、それに応じたソフトインフラは未整備であり、また、人々が新しいタイプの社会に慣れていないこともあって、信頼、安定感のないリスキーな社会の到来と投影され、個人や企業に対し、守りの姿勢をとらせていると考えられる。
(3) 現在進められている「6つの改革」等による経済社会の変革は、このような変化に対応したトータルとしての新たな経済社会システムの構築を図るものといえる。しかしながら、経済社会システムは、その時代、時代の外部環境、価値観等に応じたセットとして機能しているものであり、そのメリットのみを残し、デメリットを解消することは困難である。
このため、「6つの改革」等により実現される新たな経済社会システムは、価値観の変化や外部環境の変化等に対応する多くのメリットを持っているが、同時にデメリットも必然的に伴うものである。
(4) したがって、本ワーキンググループにおいては、新しい価値観や「6つの改革」等による変革後の新たな経済社会システムの影響下にある21世紀初頭のライフスタイル(価値観とそれに基づく行動の集合)について展望し、ライフスタイルとのかかわりで、我が国の良さを活かしつつ、新たな経済社会システムのメリットを引き出し、できるだけデメリットを顕在化させないような対応策を提言する。
1.経済社会の変化とライフスタイルの変化
(1) これまでのライフスタイルの変化
【1】「画一的・標準的」から「多様化・脱標準化」へ
高い所得水準を目指して大きく右肩上りの経済成長を実現していた時代における我が国経済社会においては、豊かさの概念が明確であった。例えば、あらゆる分野の商品にその商品が与えてくれる満足度によるランク(上、並、下)が形成されており、あらゆる個人や家庭が、低い生活水準からの解放、我慢からの解放を目指し、所得の増加に向け努力し、上のランクの商品・サービスを求め、同じような上位ランクの商品を手にして満足していた画一的な社会であったといえる。
ところが、高い所得水準を実現すると、今度は生活を前向きに楽しく生きるための商品やサービスを志向する等、物の豊かさから心の豊かさを重視するように価値観が変化し、これまでのような画一的・標準的な商品やサービスでは人々は満足を得られなくなり、必然的にそれらに対して多様性を求めることとなった。
【2】「組織」重視から「個人」重視へ
また、右肩上がりの経済成長の過程においては、会社等の組織を重視する組織重視型・会社重視型の人間関係が標準的であったが、高所得を達成した今日においては、人々は組織の利益や論理よりも個人の価値観、欲求を重視し、それに応じた行動をとることとなった。
【3】「物」重視から「時間」、「環境」重視へ
このように、人々の価値観が物の豊かさから心の豊かさを重視する方向へ、また、余暇の充実やゆとりを重視する方向等へと変化するにつれて、時間へのニーズが高まり、誰にでも平等に与えられている時間を、自分の価値観に応じていかに使うかというところに価値が置かれるようになってきた。
また、余暇の充実等により、ゆとりある生活環境や豊かな自然環境の中での生活を求める人々が増えることにより、環境に関心を持つ層が増加している。
【4】「量」から「効率よく選択」へ
従来の経済成長社会では、人々は商品・サービス等の大量消費により上位の生活をめざし、経済成長に合わせてあるいはそれ以上のペースで、生活を拡大させることで高い満足を得てきたが、近年の低経済成長と個人の価値観の多様化、個性化の中で、自己の満足度を高めるために、不要なものは削り必要なもののみを効率よく選択する行動が増大している。
【5】「結果の平等」から「機会の平等」へ
このように価値観が多様化、個性化し、個人を重視するようになるにしたがって、多くの人々にとっては、「結果の平等」を確保するために自由な選択を制限することよりも、多様な選択肢の中から自らの価値観に合ったものを自由に選択できるという意味での「機会の平等」を保証することの方がより重要とする認識が高まってきている。
(2) 外部環境の変化により促進されるライフスタイルの変化
こうした価値観の変化は、21世紀に向けさらに進展するとみられる少子・高齢化、グローバリゼーション、高度情報化、地球環境問題といった外部環境の変化によってさらに促進あるいは影響される。
【1】 経済成長の停滞、国民負担率の上昇、雇用への不安等に加え、今後の少子・高齢化時代の本格的な到来は、人々の更なる負担増加への懸念を増幅させることとなり、将来に対する信頼感(コンフィデンス)を失わせ、人々はますます安定・安心を求めるようになっている。こうしたことから、無駄な消費は控えて貯蓄する等、効率的に選択するといった行動が多くの人々にますます広がるとみられる。
少子・高齢化の進展等人口構造の変化は、労働力人口構成の高齢化や働く女性の増加等により(図表-5)、社会構造や産業構造に大きな影響を及ぼすとともに、これらの者の価値観の変化が社会全体の価値観の変化にも影響をもたらす。
【2】 グローバリゼーションが進展する中、地球規模での市場化・効率化を促進する動きが世界的にみられる。こうした状況の下、我が国においても、ものの考え方等の国際標準への適応が進むなど、社会的価値観の国際化が進展している。一方、このようなグローバリゼーションの中にあっても、世界共通化の必然性のないもの(文化、伝統、風土等)については、その国固有のものとして価値を高めることも考えられる。
このような社会的価値観の国際化と固有化へのダブルスタンダード化の間で、個人の価値観は、グローバリゼーションの進展に伴う労働、生活、余暇等の24時間化、ボーダレス化等により、一層多様化することになる。
【3】 インターネットの普及等の高度情報通信インフラの発展により、あらゆる国・地域等から多様な情報を入手する手法の多様化・効率化をもたらし、人々の情報収集力を高めることにより、価値観の多様化が促進されることになる。
また、これは、個と個を直接つなぐインフラが整備されることでもあることから、個人は家庭や会社等の組織を通さず直接外部(市場等)と接触するようになり、個性化(孤立化)が一層促進されるとともに、一方では同じ価値観を有する者を新たに結びつける機能を果たす。
【4】 これまで人々は大量生産・大量消費・大量廃棄を前提として、物による豊かさを追求してきたが、近年、資源の有限性、持続的な環境資源の有効活用等の地球環境問題という大きな課題への取り組みが急務となり、政府、企業、NPO等による取り組みがなされつつある。こうした中、個人レベルにおいても、従来型の環境負荷の大きい行動は社会的に認められにくくなり、環境に配慮した行動が顕在化していく。
2.今後実現されるライフスタイル
(自立した個人による自己責任・多選択肢の下での「多元価値実現化ライフスタイル」)
現在、政府が推進している規制緩和等の経済構造改革をはじめとする「6つの改革」等により実現される経済社会システムは、自己責任原則に基づく市場原理社会であり、従来の画一的・標準的価値観、「結果の平等」を重視した制限的なシステムではなく、多様化・脱標準化した価値観の下に「機会の平等」を保証する市場化・効率化した柔軟なシステムである。
多様化・脱標準化といった人々の価値観の変化は、従来のシステムの中でも進んでいたが、市場化・効率化した新たな経済社会システムの中では、前述の外部環境の変化による影響とも相まってさらに加速していく。こうした価値観の実現が図られるのに適した環境の中で、人々は多様な価値観に沿った個性化したライフスタイルを展開していくことになる。
即ち、多くの選択肢の中で自立した個人の自己責任に基づく自由な選択と決定により、多元化した価値観に基づく欲求を各々が実現する「多元価値実現化ライフスタイル」ということができる。
以下では、新たな経済社会の特質を「市場化」と「効率化」で、価値観の変化を「個性化」のキーワードで代表させ、これとライフスタイルとの関係をみることとする。
(1) 年齢・性を越えて積極的に自己実現を図るライフスタイル
【1】 主体的に選択するライフスタイル
(従来は単線型ライフコース)
(ア) 従来、企業等は学(校)歴を重視して人材を採用するなど潜在能力評価システムに基づくことが一般的であった。こうしたことから、親が子供の多額の教育費を負担し、子供は、その資金に依存して学習に励み、多くの人々は、「よい」学校→「よい」会社を志向してきた。就職後は「よい」会社におけるいわゆる「終身雇用・年功的賃金制度」により、親が投資した以上の収益を期待し、高齢化した親の面倒をみるというライフコースが標準的であった。つまり、人々のライフコースは概して年齢によって規定された単線型であったといえる。
(希薄化する年齢規範)
(イ) しかしながら、新たな経済社会においては、企業等は自らの存続・発展のためにいわゆる「終身雇用・年功的賃金制度」を見直さざるをえず、流動性の高い労働者の割合を高めると予想される。また、企業等は、従来の年齢や学(校)歴による潜在能力から顕在能力へと評価基準を変え、更にその能力も短期的な成果により評価されるようになる。従って、人々は、顕在能力・短期的成果に応じた仕事と所得が得られる社会に対応するために、年齢、世代を越えて常にキャリアアップを図る動機を持つようになる。
このため、その時々に応じた知識、技術を身につける必要があることから、年齢、世代を越えて多様な学習コースの中から自分に最も適切なコースを選択し学習する傾向を強め、学習の年齢規範が希薄化することとなる。既に高等教育機関への社会人の積極的な受入れが進展しつつあり、平成10年1月から放送大学の全国放送が開始されたほか、通信制大学院(修士課程)の制度の創設等、多様な学習機会の提供を図る方向性が打ち出されている。
また、学習の年齢規範の希薄化による学習の目的、内容、時期等の多様化に対応して、例えば、教育・学習費の負担者は、従来の単線型における「行政」、「家計」から、就業後の自己開発のための学習までを含め、「行政」、「家計」、「企業」、「NPO」へと拡大する。
図表-1 年功主義から能力主義へ変化する処遇制度
(注)
調査対象は、東京、大阪、名古屋の証券取引書第1部及び第2部上場企業のうち金融・保険業を除く企業2117社。
回答企業数は1334社(製造業801社、非製造業533社)で、回答率は63.0%。
(出所)
経済企画庁調査局景気統計調査課「日本的経営システムの再考-企業行動に関するアンケート調査報告書-」(平成10年4月)
(複線型ライフコース)
(ウ) 顕在能力評価システムによる年齢規範の希薄化は、柔軟で選択可能な雇用システム(意欲・能力に合わせた多様な就業形態の整備、年功的賃金・処遇制度の見直しによる高齢者の雇用・就業機会の拡大等)の下で、従来であれば学習が一般的であった若年層においても、親の金に頼らず働きながら学習する、或いは、ある一定期間働いてから学習する等、仕事と学習の組み合わせによるライフコースの選択肢の幅が広がる。また、中高年齢層においても学習しながら仕事をする、或いは一旦仕事を辞めて学習する等によりキャリアアップし、より好条件の仕事へと転職する可能性が広がる。さらに、高齢者においても年齢で差別されることなく顕在能力に応じた仕事を選択できるチャンスが広がるため、学習の必要性と機会が増え、ライフコースは多様な複線型となる。
例えば、1つの会社の中で入社時から定年後までの長期複線型人事制度が導入されるケースもみられる。A社では、社員の高齢化に対応した高齢社員の有効活用と規制緩和による競争の激化に対応したスリムな体制づくりを目的に、55歳以上の高齢社員について、就業形態の選択や転職の機会を広げるため、早期退職や週4日の短縮勤務、定年退職後の嘱託契約等自由選択できる6コースを用意するなど、就業形態の選択肢を多様化させている。また、若手社員についても、新卒者の職種別採用や専門分野別の人材育成を図る等、複線型の人事を進めている。
(個性化するライフコース)
(エ) このように、21世紀初頭においては、年齢による差別がなく、世代を越えて、学習や仕事の選択の可能性が広がる「複線型ライフコース社会」となる。こうしたシステムにおいて、人々は学習のコストと利益を常に比較した上で、学習や仕事(職種、働き方等)を選択し、それぞれの価値判断により一人一人異なる個性化したライフコースを設計し、実現に向けて努力することとなる。
また、労働時間の短縮・弾力化(フレックス制等)や勤務時間等の柔軟な就業形態(パート、契約社員等)の増加、外部サービス供給体制の整備等により時間を作り出すとともに、高度情報化の下で必要な情報を入手し、選択、決定することにより、余暇活動(レジャー活動、ボランティア活動、地域活動等)においても労働や学習とのバランスの中で自らの価値観にあった多様な活動が可能となり、この面からもライフスタイルの個性化が進展する。
(積極的に自己実現を図るライフスタイル)
(オ) 従来の選択肢が少なく、その中から選択することにより「結果の平等」を保証した経済社会システムは、あえて自己責任に基づきそれ以外の選択肢を選択して失敗した場合等のやり直しのコスト(経済面、制度面、意識面等広義の意味でのやり直しに伴う不利益や不都合)が大きいシステムでもある。したがって、人々の多くは、一定の制約の範囲内でライフコースを選択してきたといえ、このような経済社会の中で生活してきた人々は、自己責任を求める方向への経済社会の変化をリスキーな社会の到来と受け止めがちである。
しかし、個人の能力、費用負担力、予想される利益等により多様なライフコースの選択が可能な「複線型ライフコース社会」では、学習コース、仕事コースの選択肢は多岐にわたっていることから、一旦選択したライフコースが失敗したとしても、市場化、効率化された学習、労働市場等を通じて、従来に比べより低いコストでやり直すことが可能となる。実際、企業のリストラ、金融ビッグバン等の衝撃を乗り越えるため、個人が専門知識や資格、技能の取得を通じてスキルアップする機運が高まっているが、一方で企業からリストラ対象になっている社員の再就職を請け負うベンチャー企業が現れる等、雇用流動化への対応を支援する産業が形成されるとみられている。こうしたこと等から人々は、自己実現に向けて、失敗を恐れず繰り返し積極的にチャレンジすることが可能となる。
【2】 女性がリードするライフスタイル
(男女共同参画の更なる進展)
(ア) これまでも男女共同参画に向けた各般の施策が実施されており、女性の活躍の場、機会は広がりつつある。しかし、男女の賃金格差や女性にとって労働供給抑制的な税制・社会保障制度の存在、女性の家事・育児・介護等(アンペイド・ワーク)に対する負担が男性に比べ大きいこと等、社会参画における男女間の格差問題は未だ残されている。
しかしながら、少子・高齢化の進展により女性の積極的な経済社会への参画がますます必要とされる中、新たな経済社会システムでは、企業等において個人の顕在能力に基づく評価が一般化し、男女の役割規範が希薄化するとともに、女性が働きやすく、能力の発揮しやすい就業形態の整備や労働時間の弾力化、保育施設の整備等が進む。また、工場等における生産施設や生産工程も女性向きに改善される。こうしたこと等から、女性の就業率が高まるものと考えられる。
例えば、B社では、生産現場でより多くの女性や高齢者を活用するため自動車組み立てラインの改善を行い、2000年を目途に重労働作業を半減させることを表明している。
図表-2 潜在成長力の維持に欠かせない女性の労働力
(出所)
日本経済新聞社総合経済データバンク(NEEDS)
「女性の社会進出で日本経済の将来はどう変わる-NEEDS長期モデルによる予測とシミュレーション-」
(新たなシステムに主体的・積極的に対応する女性)
(イ) このように、新たな経済社会システムにおいて女性は、男性とともに積極的に社会に参画することが可能となる。さらに、女性は男性に比べて働き方や生き方が序列化されていないことから、多様な選択肢の中から個性化された価値観に沿って自由な選択ができる新たな経済社会システムに、男性に比較してはるかに主体的かつ積極的に対応できる。
例えば、“均等法世代”の女性の働く意識についての調査結果をみると、「キャリアアップを図りたい」と答えた人は77%と、「ある時期まで働ければいい」の22%、「その他」の1%を大幅に上回る結果になっている。このキャリア志向を年代別にみると、二十代後半が68%、三十代前半79%、三十代後半が89%と、仕事の経験が豊富な人ほどキャリアを高めたいという考えが強い一方、一つの企業内でのステップアップに難しさを感じる女性の間では、キャリアを活かすために起業に向かったり、派遣社員や契約社員を選択する動きも出ており、地方自治体がこれら女性起業予定者への支援施策を講ずる動きもみられる。
また、新たな経済社会システムにおいては、女性の就業率が高まり、経済力のある女性が増加するとともに、労働時間の短縮や弾力化等による男性の家事・育児等の負担能力も高まること等から、例えば、家庭内におけるアンペイド・ワークの分担関係も変化し、夫の負担割合の増加・妻の負担割合の軽減(男女の役割分担の近似化)が進む可能性もある等、学習、労働、余暇等において、女性が主体的・積極的に対応するための環境が整えられる。
(ウ) しかしながら、女性の望ましい生き方についての現状認識を、平成9年度国民生活選好度調査でみると、女性自身は64.1%が「仕事と家庭を両立する」とし、「家庭を優先する」あるいは「家事に専念する」とする女性は29.9%となっているのに対して、男性は、「仕事と家庭を両立する」が44.7%、「家庭を優先する」あるいは「家事に専念する」は46.1%となっており、男女間で考え方に差がみられる。
このため、新たな経済社会システムの下では、女性を家庭内労働力として、あるいは、女性の子育て機能等を過度に重視する従来の考え方を払拭する必要があり、まず、男性の意識改革が必要と考えられる。
更に、制度面においても、夫は仕事、妻は家事という固定的な役割分業を行っている家庭を前提とした各種制度の改革、例えば、税制の配偶者控除・配偶者特別控除や公的年金の第3号被保険者制度の見直し等について、検討が求められることになると考えられる。
図表-3 男女間で差がある理想の生き方
(出所)経済企画庁国民生活局「平成9年度国民生活選好度調査」(平成10年2月)
(ライフスタイルをリードする女性)
(エ) このように、女性が主体的・積極的に対応するための環境整備が図られる中で、女性の社会参画度合いの上昇や所得水準の向上等により、女性の仕事、結婚、子育て、高齢期の生活等に関する考え方は女性のみならず男性にとってもそのライフコースの選択において従来以上に大きな重みを持つようになっている。
例えば、結婚をみると、女性は、従来一般にみられた男性の経済力に頼った結婚生活の選択から、その経済力の向上により、非婚等のライフスタイルを選択する可能性が高まる。また、離婚、再婚等のやり直しのコストが低下することとも相まって、女性は、未婚、結婚(早婚、晩婚)、非婚、離婚、再婚等、多様な選択肢を持つことになる。仕事についても、女性の働き方の多様化等が、夫婦の役割分担の近似化等を促進し、これらを通じて夫の働き方を変化させる可能性がある。即ち、女性の経済力の向上は、女性の家計負担力を高め、従来、家計を担っていた男性の働き方等の自由度を高める。
このように、新しい経済社会システムにおいては、男性に比べ働き方等が序列化されていない女性が、結婚、仕事、子育て等においてどこに価値を見いだし、多様なライフスタイルの選択肢の中からどれを選択するかが、男性の働き方や家族の姿(核家族、三世代同居家族等)等に大きな影響を及ぼすこととなるなど、女性がライフスタイルをリードしていく可能性が高まる。
なお、就業における女性の参画が進むことは年金問題等の観点からみた場合、非就業の女性や女性の就業に抑制的に作用し非就業の女性を優遇する制度等に対する批判を高める可能性がある。
【3】 豊かで多様な高齢者のライフスタイル
(少子・高齢社会の到来)
(ア) 現在(1995年)、総人口の約15%を占めている高齢者(65歳以上)は、少子・高齢化が進展することにより、2010年に約22%、2025年には約27%を占めるとみられていることや平均寿命の伸長等から、個人がそれぞれの価値観に応じたライフスタイルを実現する上で、その高齢期の生活をいかに豊かで安心できるものとするかに一層の関心が高まっている。
しかし、経済が低迷する中、少子・高齢化の進展は、公的年金制度や医療制度等における負担の増大をもたらし、現行の社会保障制度のままでは、社会保障負担率(社会保障負担の国民所得に対する相対的な規模)が2025年度には約24%に達すると見込まれ、世代間における負担の公平性の問題が顕在化している等、今後の社会保障制度の行方に対する不透明感等から、人々の高齢期の生活に対する不安感が増大しているのが首・闔臂陲任△襦・・鹿霈w)w)首・闔臂(社会保障制度等の整備・充実)
(イ) しかしながら、新たな経済社会システムにおける社会保障制度については、介護保険制度の創設(平成12年度開始)が既に決定されたほか、今後は、公的年金制度の給付と負担の適正化や年金、医療、介護等の社会保障制度の再編成が図られることとされている。
これにより、多様化している社会保障の需要に対応しつつ、2025年度における社会保障負担率が約16%に軽減される(経済審議会経済社会展望部会財政・社会保障ワーキンググループ試算)等、国民経済と調和した安定的な制度運営が確保され、高齢期の生活に対する不安が軽減されるものと考えられる。
図表-4 社会保障負担率の推移(試算)
(注)改革ケースでの想定は次のとおり。
(1)特別支給の老齢厚生年金報酬比例部分の支給開始年齢を、定額部分と同様に、現行の60歳から65歳に段階的に引き上げ
(2)年金給付の賃金に対する比率を2025年時点で6割程度に抑制
(3)医療費の伸びを国民所得の伸びを考慮して抑制
(4)女性や高齢者の労働市場への参入が促進される
(5)今後の技術進歩率は80年代並みの1%程度
(6)財政構造改革等が実行され、経済構造改革も進展する
(備考)経済審議会経済社会展望部会財政・社会保障ワーキンググループ試算
(多様な介護サービスが受けられる環境の整備)
平成12年度より実施される介護保険制度は、高齢化の進展に伴う要介護者の高齢化、介護期間の長期化が進む一方、高齢者世帯の増加、女性の社会進出等による家庭の介護機能が低下する状況の下で、要介護者が多様な在宅・施設介護サービスの中から自らに最適な介護サービスを選択することを可能とするとともに、介護サービスの外部化により経済的にも、精神的・肉体的にも家族の介護負担の軽減に資することになる。また、民間部門でも、介護保険制度の導入の動きと併せて、メーカー、金融機関等の異業種企業の介護サービス産業への参入が増え、本制度が実施される平成12年度には、在宅介護市場は5.1兆円に達するとの推計(ニッセイ基礎研究所)もある。このように、新たな経済社会システムの下、介護保険制度等により、多様で安心できる在宅介護等のサービスが受けられる環境が整備されることとなる。
(金融資産の有効活用)
(ウ) また、高齢期への不安の解消に向けての1つの方策としては、高齢者の個人金融資産を、如何に有効に活用し、高齢者の豊かなライフスタイルの実現に資していくかがポイントとなると考えられる。
高齢者(60歳以上)の個人金融資産のポートフォリオの現状をみると、定期性預金の割合が52.8%と高く、以下、保険が22.5%、株式、債券等が15.3%となっている。今後、金融システム改革プラン(日本版ビッグバン)により市場原理が徹底される金融システムが確立され、様々なリスク・リターンの組み合わせによる多彩な金融商品・サービスが提供されるようになれば、高齢者においてもポートフォリオが変化して、金融資産の運用においてより高いリターンを享受するチャンスが広がる。
しかし、自己責任がより徹底される社会においては、高齢者も金融商品に関するリスクを認識する必要があり、例えばリスク性のある資産の選択においては、ファイナンシャルプランナーや評価機関の活用もポイントとなる。
さらには、こうした金融資産の効率的な運用とともに、今後、リバースモーゲージが普及する等土地・住宅等の固定資産を長期消費財として有効活用することにより、豊かで安心できる高齢期の生活の実現を図っていくことも可能となる。
(安心・多様なライフスタイル)
(エ) このように、新たな経済社会システムにおける高齢者は、公的年金等の社会保障制度の活用の他、個人の金融資産や固定資産を有効かつ計画的に活用することにより、安心できる生活を担保し、自己実現を図ることが可能となる。また、新たな経済社会システムにおいては、バリアフリー化、高度情報化の進展等インフラ整備が図られるとともに、高齢者関連の新規事業が展開されること等から、高齢者のニーズに対応した多様な商品・サービスの提供が図られる。例えば、シルバー市場の規模が1991年の61兆円から2010年には261.5兆円になるとの予測(朝日生命保険)もある。
今後、本格的な高齢化時代に対応したこれらソフト・ハード両面のインフラ整備が図られる中、高齢者は、仕事につき積極的に働く者、学習に励む者、ボランティア活動に参加する者、余暇活動を楽しむ者等、年齢にとらわれない「複線型ライフコース社会」の中でそれぞれの価値観に応じた豊かで多様なライフスタイルを実現することが可能となる。
(積極的に仕事等に取り組み豊かなライフスタイルを実現する高齢者)
今後予想されている高齢社会において、高齢者の生活をいかに支えていくかが関心を呼んでいるところであるが、厚生省の推計(「介護保険のポイント」平成8年7月)によれば、高齢者のうち寝たきりになる者は当該年齢層全体に対して、65歳~69歳で1.5%、70歳~74歳で3%、75歳~79歳でも5.5%、80歳~84歳でようやく1割に達する程度であり、寝たきり者を除く要介護の痴呆性高齢者も70歳~74歳で0.5%、75歳~79歳で1%、80歳~84歳でも3.5%程度と、イメージと比べてはるかに元気である。そのような元気な高齢者が自己実現を図るために積極的に仕事や余暇活動等に取り組むことは、十分に予想される。
例えば、我が国の65歳以上層の労働力率(男子)は、36.7%(1997年)となっており、米国の16.9%(1996年)、ドイツの4.4%(1996年)と比べて極めて高い。これは、欧米諸国に比べ、我が国の年金の給付水準が引けを取らず、同じ程度に引退の自由を持つとみられる中で、我が国の高齢者の高い勤労意思を示していると言っても良いと考えられる。こうした勤労意思とともに、高齢者雇用対策の充実等により、1997年現在、7.0%となっている労働力供給に占める高齢者(65歳以上)の割合は、2010年には、10.9%に上昇すると見込まれる(経済企画庁総合計画局推計)。今後、高齢化時代に対応したソフト・ハード両面のインフラ整備が図られる中、積極的に働きながら経済的基盤の充実を図る等により豊かなライフスタイルの選択を可能にする高齢者が増加するものと考えられる。
また、2010年頃には、それまでの高齢者層以上に個人を重視し、組織の改革を通じて自己実現を図ることを重視する傾向が強いといわれている「団塊の世代」が高齢者の仲間入りをし、組織から解放されて地域や家庭に戻ることから、活動的な性格を持ち、量的にも大きな割合を占める彼らによる新たなシルバー世代が誕生するのではないかとの見方もあり、仕事、余暇、学習、ボランティア等に積極的に参加する高齢者が増加するものと考えられる。
図表-5 労働力供給の将来推計(暫定推計)
(注)
1997年までは総務庁「労働力調査」、2000年以降は経済企画庁総合計画局による推計値。
国立社会保障・人口問題研究所の人口推計(平成9年1月 中位推計)をもとに推計。
(備考)経済審議会経済社会展望及び経済主体役割部会雇用・労働ワーキンググループ報告書
(2) 地域の特徴を活かして多様化するライフスタイル
(従来は仕事が決める暮らし方)
(ア) 従来、人々は、組織や会社を重視したライフスタイルを展開していたことから、ライフコースの選択に際しては、まず第一にどの仕事を選ぶかを優先した。これにより、生活の場は就業場所によって左右され、単身赴任もやむなく受け入れる等仕事に制約されるケースが多くみられた。従って、その地域において供給されるサービスや環境等が自らの価値観にあったものかどうか、求める余暇活動に適した地域かどうかといった視点等については、二次的なものであったと考えられる。
(多元価値を実現する暮らし方)
しかしながら、住宅を購入した既婚家庭の夫婦が住宅選びの際に何を重視したかをみると、男性は通勤時間等を重視しているのに対して、今後のライフスタイルをリードしていくものと考えられる就業女性は、生活環境、教育環境等を重視する傾向がみられ、今後は、男性も含めて、人々の生活の場の選択基準がこうした方向に変化していくものと考えられる。
図表-6 住宅選びの際の重視ポイント
(注)
調査対象は、1995年7月~1996年5月の間に住宅購入契約をした既婚家庭。
集計数は291家庭。夫は291名全員についての数字であり、妻は291名のうち会社員である88名についての数字である。
(備考)(株)リクルート 週刊住宅情報 編集部 調べ(1996年8月)
このように人々の選択基準が変化していく中で、新たな経済社会においては、「複線型ライフコース社会」における労働市場への参入・退出の円滑化等が実現されるとともに、都市では生活の利便性を重視した住宅、施設、環境等が整備され、地方でも、高度情報化が進む中で、通信のインフラ整備等が図られること等により、在宅勤務や遠隔地勤務等が進む可能性が高まる。
これらにより、人々は、生活する上で必要な所得を得る仕事を確保することを前提としながらも、従来に比べ就業場所に制約されず、住宅、環境、文化、余暇活動等について自己実現を図るべく幅広い選択肢の中から自らのニーズに最も適した生活の場や生活様式を選択することが可能となる。
また、人々が、就業場所ではなく、生活環境等を基準として居住地を選択する傾向を強めるとすれば、企業は有能な人材を得るために、そのような人々の選択基準を考慮して立地を決めざるをえなくなることも考えられる。
例えば、米国でシリコンバレーやワシントン大都市圏等の都市に優秀な人材や企業が集まるのは、ビジネスを支援する仕組みや交通インフラが整っているからだけではなく、自然環境、居住条件、文化活動を含めて家族が豊かな暮らしを楽しめる条件が備わっているからであるといわれており、これらが居住地や企業立地の選択のポイントとなっている。
また、米国では「テレコミューター」と呼ばれる在宅勤務者が急増して全米の就労者の約1割に達しており、インターネットの普及が後押しとなって特に人手不足に悩むハイテク業界では人材確保など競争力維持のために在宅勤務制度を整える必要に迫られている。更に、インターネットでメーカーと消費者を直結する「仮想流通業」も台頭してきている。今後、我が国においてもハード・ソフトの両面にわたってインフラの整備が進めば、同様の利便性が享受できるようになる。
(ウ) 住宅については、需要側は、従来のようなキャピタルゲインが期待できないこと、消費を優先する考え方が広がっていること等を背景に、所有よりも利用を重視するようになる。一方、供給側は、定期借家権の導入や定期借地権付住宅の普及等各種制度を併せて活用することにより、都市においても安価なゆとりあるファミリー向け賃貸住宅を供給する等、多様なニーズに応えた賃貸住宅を供給することとなる。こうしたこと等から、人々は、シングル、ファミリー、女性、男性、高齢者、都市生活者、地方生活者等それぞれの価値観やライフコース、ライフステージにあった住宅を利用することとなる。例えば、加齢に従い、都会のマンション→郊外の戸建て→都心のバリアフリーのマンションへと、ライフステージにあわせて賃借により快適な住宅を得ることができる。
(エ) 累次の経済対策による土地・住宅関連の規制緩和や優良田園住宅の建設促進等により、セカンドハウスも、高額所得者による例外的なものではなく、平均的な個人や家庭が自己実現の手段として購入又は賃借することが普及する。平日は都会に居住し、週末は郊外や地方のセカンドハウスで各々の自然環境や文化の下でゆとりを求め、余暇時間を過ごしたり、地域活動、ボランティア活動をすることができる。このような都会から地方への流れだけではなく、平日は地方に住み、週末等に仕事、学習、美術館・イベント等のアメニティ等を求めるために、都会あるいは他の地方にセカンドハウス(ワンルームマンション等)を持つことも普及するなど、仕事、学習、余暇等のライフスタイルに応じた暮らし方が普及する。
現在の我が国のセカンドハウス保有率は極めて低いが、将来的にはフランス並になっていくことも考えられる。
図表-7 セカンドハウスの国際比較
|
日本 |
アメリカ |
フランス |
---|---|---|---|
世帯数(千世帯) |
40,971 |
94,724 |
22,131 |
総住宅ストック(千戸) |
45,879 |
106,611 |
26,976 |
セカンドハウス(千戸) |
369 |
3,088 |
2,544 |
セカンドハウス/世帯数 |
0.9% |
3.3% |
11.5% |
(資料)総務庁「住宅統計調査」他
(注)
日本は2次住宅、アメリカは季節住宅(Seasonal Units)、フランスはセカンドハウス(Les residences secondaires)
(備考)経済審議会経済社会展望部会土地・住宅ワーキンググループ資料
(地域を動かすライフスタイル)
(オ) このように、地域を越えて個人の多様な価値観、ライフスタイルに適った生活の場、生活様式が選択される中、各々の地に、多様な価値観を持つ人々の合意によって活力あるコミュニティが形成され、また、地方と地方、地方と都市といった地域間の交流が活発化することになる。これにより、各地域が人々を引きつけるために居住者、週末住民、来訪者等への利便性向上に資するようなサービスの供給等について競争したり、連携し協力する等の動きが活発化する。しかしながら、一方では、例えば、高齢期の生活の安心のために介護制度の整った市町村への福祉移民が発生することも考えられる。
(3) 国境を越えて展開するライフスタイル
(24時間化、ボーダレス化の進展)
(ア) 近年、我が国では、海外旅行や留学、海外勤務といった形で、海外を経験する人々が増えるのみでなく、インターネット等を通じた海外の情報や商品・サービス等の取得等により国内にいながらにして海外に接する機会も増えている。また、外国人労働者や留学生等の海外から日本への流れもあり、国際化は着実に進展しているものと考えられる。
更に、21世紀初頭においては、市場原理の徹底、規制緩和の推進、グローバリゼーション、高度情報化等の一層の進展が図られ、国、企業、個人ともに国際的関係が益々活発化、直接化することから、人々の活動の24時間化、ボーダレス化が顕著となる。また、これにより、人々の知識や考え方の急速な共有化、平準化が進み、外国に対する違和感は縮小すると見込まれる。
(国内から国外へと選択肢が拡大)
(イ) このような環境の下で、今後の「複線型ライフコース社会」では、自己実現やキャリアアップを図るために最適な仕事・学習コースの選択が必要となる。また、暮らし方、余暇や高齢期の過ごし方についても空間的な制約は縮小し、コストとゆとりや豊かさや満足度といったものを含む広い意味での利益との秤量で選択、決定することとなるため、これらの選択肢は内外を問わないこととなろう。
こうしたことから人々のライフコースの選択肢の幅は、「国内のどの地域を選ぶか」から、「世界のどの地域を選ぶか」へと広がることになると考えられる。人々は、各国の政治、行政、税制、福祉、文化、自然環境等を自らの価値観により判断し、その実現に最もふさわしい国・地域での仕事、学習、高齢期の生活等を組み込んだライフコースを選択するケースが増えるとみられる。現在でも、定年後、一年を国内と海外の両方で楽しむ生活をおくる人が増えてきており、今後ますますこの傾向が強まるのではないかとみられる。
また、これとは逆に、我が国の文化、自然環境等を求め、我が国を長期的な生活や活動の場として選択する外国人もまた増加すると考えられる。これらのことから、日本人、外国人を問わず、同一人であっても出生国、居住国、国籍が異なるなど、従来の国の概念が大きく変化し、学習移民、仕事移民、所得移民、税制移民、年金移民、環境移民、老後移民等が増加するとみられる。
図表-8 出入国者(永住者を含む)数の推移
(資料)法務省「出入国管理統計年報」
(国や人種を越えるライフスタイル)
(ウ) このような物理的な移動に伴うボーダレス化の進展ばかりでなく、高度情報化の進展等に伴い、従来の地理的、社会的制約の下で形成されてきた組織、コミュニティを越え、例えばコンピュータネットワーク上のバーチャルコミュニティへの参加も可能となる。これらのことから、年齢、性、地域だけでなく国境をも越えて、同じ価値観や問題意識を有する人々が、新たなグループやベンチャービジネス、NPO等を形成することができる等、国籍や現住所にとらわれず、自己実現に向けての諸活動が可能となる。
また、人々の地球環境問題等のグローバルな課題への関心が高まっているが、こうした課題に対して、国際的なNPO等への参加などを通じた取り組みが広がる。なお、環境問題については、省エネ・省CO2等に資する新しい社会システムの構築等により、個人レベルの生活においても環境負荷の低減につながる行動をとる場面が多くなる。
3.今後のライフスタイルを実現する上での課題及び提言
以上のように、今後、「6つの改革」等により市場化、効率化した柔軟な経済社会システムにおいては、個々人が多元的な価値の実現に向けた個性的なライフスタイルをとることが可能となるが、このような経済社会システムにもこうしたメリットと同時にデメリットが伴っている。
このため、21世紀初頭の新たなライフスタイルの実現に伴うデメリットやリスクに着目し、その課題を明らかにするとともに、対応策について提言する。
なお、これらの提言の前提として、これからの社会は多元的価値が実現できると同時に、経済社会システムとしては1つしか選択できないという現実を認識すること、及び、1つの経済社会システムを円滑に動かすためには、そのシステムを受け入れることについての国民の合意形成及びそのための手法の確立が重要である。
(1) 自己の価値基準の確立に向けたソフトインフラの整備
新たな経済社会システムにおいては、多数の選択肢の中から自己責任により判断し、積極的にチャレンジすることにより自己実現を図かっていくことが可能となる。しかし、その反面、自らの価値基準を持たない人々にとっては、第三者のフィルターを通した安全な少数の選択肢ではなく、リスクの高いものも含まれる多数の選択肢から直接選択しなければならない不安な社会でもあり、また、能力に応じて格差が拡大するシステムでもある。
このようなシステムの中で主体的・積極的に生きていく(自己実現度を高める)ために、個人は従来の組織中心社会、談合的社会に訣別し、自らの価値基準をもった自立した個人(自己決定、自己選択、自己投資ができ、自己責任がとれる個人)となる動機が高まるが、それを実現するためには、次のようなソフトインフラの整備が不可欠である。
提言1 情報開示等の徹底と法制度等の充実
個人に自己責任を求めるからには、国、地方自治体、企業等の情報開示が不可欠である。政府は、各経済主体の情報開示制度や説明責任原則を徹底するほか、真に国民が情報を理解し、活用することができるようにするため、明確かつ公正な評価システムや国民に自己責任によらない不利益が生じた場合の救済制度等を整備する必要がある。そのためには、現在、国会に提出中の情報公開法案や、準備が進められている消費者契約法(仮称)等の早期制定・実施等、新たな経済社会システムに適合した法制度等の着実な整備が不可欠である。また、当該法制度が効果的に機能するよう、裁判官、弁護士等の拡充・強化を図る等実効面に着目した環境整備を十分行う必要がある。
提言2 情報対応能力・技術と自己選択・決定能力を訓練する機会や場の提供
自己責任を原則とすることは、多選択肢の中で、自己選択、自己決定できる権利を個人に与えていることである。したがって、個人は、適切な判断を行うために情報等を効率よく収集し、正しく理解する情報対応能力・技術が必要になる。今後、情報公開が進むと、情報対応能力・技術を持つ人はより有利になる一方、そうでない人々には逆にハンディになっていく可能性があり、若いうちから情報対応能力・技術の養成のための訓練、学習を受ける機会や場を社会が提供する必要がある。
更に、個人は、情報等を収集し正確に理解するだけでなく、それに基づき適切な判断が行えるよう自己の価値基準を形成し、これに従って自己選択・自己決定できる能力を訓練する必要があり、この訓練の機会や場の提供についても、家庭、学校を含め社会のシステムに組み込む必要がある。この場合、特に、価値基準の形成については、「複線型ライフコース社会」においても、物づくりの重要性や労働、職業の尊重の重要性を踏まえて、教育、訓練する必要がある。
提言3 敗者復活と弱者救済に配慮した施策の実施
自己責任原則に基づく市場化・効率化社会においては、個人レベル、企業レベル、地域レベル等において様々な格差が生じることとなる。これは、いわゆる「結果の平等」という観点からは不平等拡大型の社会であるともいえるが、「機会の平等」が保証される新たな経済社会システムにおいては、やり直しのコストの低下により何回もチャレンジが可能であり、チャレンジの敗者(選択の失敗者)は存在するものの、敗者が常に新たなチャレンジを行うことができる場合にはチャレンジの弱者は存在しない。
しかしながら、例えば、現実には、労働意欲はあっても、不景気や労働力需給のミスマッチ等により失業し再就職が困難である等の問題が発生する可能性は常にある。このため、彼らに対する雇用保険による失業給付制度や新たな職業能力を開発するための教育、職業訓練等のやり直しを支援する制度等のインフラ整備は不可欠である。なお、経済的な事情等により、やり直しの能力を身につけるための教育、訓練等を受けることが困難な人々に対しては、機会の平等を保証するため、何らかの公的支援が必要であることはいうまでもない。
また、例えば、高齢者であるからといって、高齢者全てが弱者となるわけではない。しかしながら、高齢化の進展により、寝たきりや痴呆性の高齢者が増加する懸念がある。また、高齢者に限らず、病気や事故等により、物理的な面でハンディを負う人々等も存在することから、自己責任原則の下で、自己選択、自己決定により自己実現を図る社会といえども、こうした人々が救済されるシステムは不可欠であり、社会保障制度やバリアフリーのインフラ整備等を推進する必要がある。
これら敗者復活の支援や弱者救済のためのインフラの整備(セーフティーネットの構築等)に当たっては、支援・救済される人々の範囲(所得水準等)、その水準等について早急に国民の合意を得る必要がある。また、その実施に際しては、一層進展する人々の個人重視等の価値観の変化の方向を踏まえ、セーフティーネットの構築や行政による再分配機能等について再検討する必要があり、例えば従来の公的部門による一律的サービスではなく、公的部門がサービスの基礎的部分を供給し、民間がその付加的部分を供給する等の組合せにより選択肢の多様化を図る等、より効率的・効果的な施策を講ずることが重要である。
(2) 世代間・男女間の連帯の強化
「複線型ライフコース社会」は、年齢規範や男女の役割規範を希薄化させるとともに、今後、少子・高齢化が進展し、女性や高齢者の社会参画がより一層進むことから、学習、仕事、余暇等生活の様々な分野において、世代間、男女間の競合する場面が生じやすくなるものと考えられる。
世代間では、年金、教育費、医療費、税制あるいは賃金体系等に関して摩擦が高まることが予想されるが、このような世代間の葛藤を引き起こさず、安全・安心とこれを確保するための負担を世代間で分かち合うこと等について合意が得られる環境を整えておくことが重要な課題となっている。
また、男女間の連携が図られないまま、女性の社会参画が進展した場合には、晩婚、非婚の増加等により少子化が更に進む懸念がある。
こうしたことから、世代間・男女間の相互理解を深め、その連帯・連携を強化するため、以下のような取り組みを実施することが必要と考えられる。
提言4 世代複合型社会空間の整備
世代間の相互理解を図るには、日常生活の場において互いに接触する機会を設けることが有効であると考えられる。このため、例えば少子化の進展により、児童数が減少していくこと等を考慮して、小学校等の施設に高齢者福祉施設や高齢者を含む地域の人々等が利用できる図書館、スポーツ施設等を併設することや技術を持っている高齢者を活用して、例えば不用品の修理、リサイクル等の市民活動を行う場を整備すること、あるいは、インターネット等の情報通信機器を活用して世代間の交流を図る場や機会を設けること等、ハード、ソフト両面に亘るインフラの整備により、世代複合的な社会空間を積極的に創設することが必要と考えられる。
また、このような空間を活用することにより、世代間の相互理解が進むだけでなく、今後の長男・長女中心の少子化社会、個人重視の社会の中で円滑な社会生活を営むのに不可欠な「人とつきあう技術」の習得の推進も図られることとなる。
図表-9 世代間交流の促進を図った事業等の事例
都道府県名 |
市町村名 |
事業の概要 |
---|---|---|
東京都 | 文京区 | 全国に先駆けて区内の湯島小学校に高齢者在宅サービスセンターを併設。委員会をつくり、小学生と高齢者の交流プログラムを実施。 |
愛知県 | 新城(しんしろ)市 | 住民に多様かつ高度な機能を提供するため、中学校の屋内運動場、柔剣道場と公民館を複合化し、積極的に相互利用を行い、双方でメリットを享受。地元の人材を活用した各種入門講座を実施。 |
大阪府 | 交野(かたの)市 | 市の中心部に世代交流センター、高齢者健康センター、高齢者いきがい創造センター、障害者(児)機能センターの4つの施設を配置。日常的な活用のほか、高齢者を指導者に迎え、しめ縄づくりの講習会等のイベントを実施。 |
島根県 | 邑智(おおち)町 | 町の中心地に、世代間交流と地域間交流の拠点として、交流館、健康館、高齢者の活動拠点である創作館等の他、スポーツ館、屋内人工芝コート等を整備。高齢者の生きがいのため、各種創作活動の場を提供しているほか、高齢者の技能を活かして子供たちに竹トンボづくりを教える等のイベントを毎月1回以上実施。 |
提言5 暖かさとゆとりのある家庭空間の整備
市場化・効率化した社会での自己責任原則の徹底や価値観の多様化による人間関係の流動化は家族関係にも及び、家族に対する意識は、「家族のための自分」(家族中心)から「自分のための家族」(個人中心)へと変化し、家族のフロー化(例えば、夫婦は動かし難い単位ではなく、気に入らなければ我慢せず、すぐに離婚し気に入った相手を探す等、個人が単位であるような関係への変化)が進展し、家族の持つ意味が大きく変化する。
このような環境の中で、世代間の相互理解、相互扶助を促進するためには、祖父母、父母、子供が一緒に生活する家庭環境のメリットを見直すことも重要であり、そうした家庭環境を求める家族のニーズの実現を阻んでいる要因を極力取り除くことが必要である。例えば、所有から利用への意識改革とともに、土地・住宅に係る規制緩和の推進とその実行を確保するための手順や責任の明確化、必要な各種支援措置等によるゆとりある住宅の供給促進、あるいは介護サービスの充実等を着実に図っていくことが重要である。
また、こうした取り組みは、少子化問題への対応という視点からも重要である。
少子化の抑制については、固定的な男女の役割分業や長時間残業、結婚・出産退職等の慣行、制度を是正するとともに、子育てに対する社会的支援によって結婚や出産を阻む要因を取り除く対応が重要と指摘されている。このため、上記のゆとりある住宅の供給促進の他、男女双方の意識改革、労働時間の短縮や育児休業・介護休業制度の定着・活用、更なる雇用、福祉等のインフラ整備等により、男女間のアンペイド・ワーク・シェアリングを推進する等、家事・育児・介護等に係る就労女性の負担やストレスの軽減を図る必要がある。
(3) 地域間の連帯の強化
自己責任原則に基づく新たな経済社会では、個人レベルに限らず地域レベルにおいても、各地域が住民の理解と納得に基づいて自ら判断し、自らの資源等によりその地域・住民が望むライフスタイルの実現に適した施策を実施していくことが求められることから、そのための条件整備が必要である。
一方、地域毎に地理的条件、自然環境、人口規模、財政基盤、インフラの整備度合い等の諸条件が区々であることから、講ずる各種施策の範囲、水準において地域間で格差が生ずることとなるが、どの地域の住民も自己実現を図るライフスタイルが実行できるよう最低限の生活環境を確保する必要がある。
これらのためには以下のような地域間の連帯の強化が重要となる。
提言6 地方分権の推進と広域行政圏施策等の活用
地方行政は、当該地域に係る住民等がその地域で自己実現を図るための多様なライフスタイルが実行できるよう、その地域の特徴を活かした多様なサービスを供給する必要があるが、そのためには地方行政が自らの判断に基づいて効率的・効果的な施策を講ずることができるよう、可能な限り地方分権を推進することが重要である。この場合、資源の適正配分を図る観点から、都道府県と市町村間の役割分担を明確化する必要がある。
また、地方行政は、地域住民の多様な価値観に基づく欲求を満足させることができるよう、多様な選択肢を確保する必要があるが、活用できる資源が限られていることから、例えば、各市町村にある医療施設、介護施設、文化施設、レジャー施設等のインフラを相互利用するなど、地域間で互いに補完し合う関係を構築することが重要である。
更に、介護問題等については、過疎等に起因する財源や人的資源の不足等の問題を克服してどの地域においても最低限の生活環境は確保されるよう、行政の規模等の格差を考慮し、既存の市町村等の枠組みに執着することなく、広域行政圏の考え方あるいは市町村合併等の手法を活用する必要がある。
例えば、高齢者の比率についても地域間のばらつきは大きく、平成7年の国勢調査によると、人口に占める老年人口(65歳以上)の割合が最も小さい千葉県浦安市が5.7%であるのに対し、最も比率の大きい山口県東和町では47.4%に達しており、介護問題等に適切に対処していくためには地域の実情に応じて受益と負担の平準化を進める対策(広域行政圏施策等)が必要とされると考えられる。
図表-10 広域行政圏の設定状況(平成9年4月1日現在)
区分 |
圏域数 |
市町村数 |
人口(百万人) |
面積(万Km2) |
---|---|---|---|---|
広域行政圏 |
365 |
(97.4) 3,147 |
(74.0) 92.7 |
(96.1) 36.3 |
広域市町村圏 |
341 |
(90.6) 2,928 |
(57.1) 71.5 |
(93.5) 35.3 |
大都市周辺地域広域行政圏 |
24 |
(6.8) 219 |
(16.9) 21.2 |
(2.6) 1.0 |
全国 |
- |
(100%) 3,232 |
(100%) 125.3 |
(100%) 37.8 |
(注)
1.広域市町村圏とは、圏域人口が概ね10万人以上であり、一定の要件を具備した日常社会生活圏を形成し、または形成する可能性を有すると認められる圏域(2.に掲げる圏域を除く。)をいう。
2.大都市周辺地域広域行政圏とは、圏域人口が概ね40万人程度の規模を有すること、地理的歴史的又は行政的に一体と認められること等の要件を具備した圏域をいう。
3.人口は、平成9年3月31日現在の住民基本台帳人口である。
(出所)自治省資料
(4) グローバル化に対応した環境の整備
新たな経済社会システムにおけるライフスタイルは、国境を越えて展開することから、海外と関係を持つ日本人の数はますます増加する一方、グローバリゼーションの進展等により我が国に関係する外国人も増加する。
このような環境の下で、諸外国との摩擦を高めることなく、各々の効用や利益を高めるためには、以下のような取り組みを推進する必要がある。
提言7 在外日本人及び在日外国人の権利等についての検討の促進等
海外で生活する日本人が潜在的棄民とならないよう、彼らに対する教育、年金、医療、選挙権等の問題あるいは日本人としてのアイデンティティの付与について検討する必要がある。
一方、我が国に居住する外国人についての生活環境の整備(住宅、教育、社会保障、賃金、複数言語での情報提供等)についても、諸外国における事例を勘案しつつ、検討を進める必要がある。
また、今後、グローバリゼーション・高度情報化が進む下で外国との相互理解を深め、自らが求めるライフスタイルを実現できるようにするためには、情報能力やコミュニケーション能力の一層の養成、共通言語(外国語)の習得を図ることが重要である。このため、これらの能力養成や言語習得については、学校教育において一層の充実を図るとともに、企業におけるOJT、OFF-JTや地域活動においても、このような場や機会を整備する必要がある。また、NPO活動への積極的な参加も有効である。