経済審議会経済社会展望部会 技術革新ワーキンググループ報告書
平成10年4月27日
目次
- 経済審議会経済社会展望部会技術革新WG委員名簿
- はじめに
- 1.我が国の産業技術の分野別の水準と動向
- 1.1製造業
- 電気電子情報分野(半導体を含む。)
- 機械分野(自動車を含む。)
- 素材分野
- 化学分野(医薬及びバイオテクノロジーを含む。)
- その他(宇宙航空、エネルギー)
- 1.2 非製造業
- 1.3 環境保全と省エネルギー・省資源
- 1.4 高齢社会と技術
- 2.研究開発の促進
- 2.1 研究開発の全般的な動向
- 2.2 研究開発促進のための課題
- (1) 基礎研究及び産学官連携の強化
- (2) 人材の育成と確保
- (3) 知的財産権の強化
- (4) 開放的な市場の確保
- (5) リスク資金の確保
- (6) 我が国の特長を生かした国際貢献(地球環境問題への対応)
- (7) 高齢社会を支える技術の研究開発の促進
- (8) 非製造業も含めた全産業における研究開発活発化への期待
- 3.新技術の利用の促進
- 3.1 技術の円滑な利用の重要性
- 3.2 情報通信技術の利用促進のための課題 ―ネットワーク型の技術革新の推進―
- (1) 情報の体系的なドキュメンテーションとデジタル化の推進
- (2) 技術革新を踏まえた新たな制度的枠組みの整備
- (3) 標準化の推進
- (4) 情報通信インフラの効率的な整備
- (5) 情報教育の充実
- 3.3 規制緩和・制度的枠組み整備と技術革新
- 4.展望と提言
- 4.1 今後の技術革新の展望
- 4.2 提言
- (1) 研究開発の促進のために
- (2) 技術の利用の促進のために
経済審議会経済社会展望部会技術革新WG委員名簿
座長 | 長岡 貞男 | 一橋大学イノベーション研究センター教授 |
伊藤 和彦 | トヨタ自動車㈱東京技術本部長 | |
伊藤 康平 | (株)ファナック専務取締役 | |
大山 尚武 | 工業技術院機械技術研究所次長 | |
後藤 裕一 | 日本電気㈱支配人 | |
三上 喜貴 | 長岡技術科学大学教授 |
はじめに
今後の経済社会を展望するに当たり、技術革新の動向は非常に重要な要素の一つである。地球環境問題、高齢社会への突入など経済成長への制約要因の強まりの中で、経済成長を維持していけるかどうか自体が技術革新に依存しているからである。加えて、今後資本市場が国際的に統合されていけば、技術進歩の活発な国に資本も流れるようになり、我が国内での投資水準自体も我が国における技術革新により強く依存するようになる。したがって技術革新を促す環境を整備していくことが、一人当たりの所得の伸びを維持していくのに非常に重要である。
技術革新には新技術を創造する側面と既に国の内外で利用可能な新技術を産業に活用しこれを革新していく側面がある。経済成長を高める目的に照らすと、技術の利用の側面も重要である。我が国産業には電気・電子・機械産業や自動車・工作機械産業など世界的に見て高い生産性を実現している産業もあるが、他方で非製造業部門を中心に国際的に見て生産性が低い産業も多い。その主要な原因の一つは規制や制度的な制約及び新技術を利用するために必要な社会的な条件の不備等のために、利用可能な技術が十分生かされていないことにある。産業構造の中で製造業のウエイトが低下してきていることを考慮すると、こうした非製造業における技術革新の推進が重要になってきている。特に最近の発展が著しい情報通信技術は幅広く産業の生産性を大きく高める効果があると考えられ、その活用が推進される環境の整備が重要となっている。
技術革新ワーキンググループでは、以上のような認識の下に、技術動向についての文献資料を整理・検討し、また専門家へのヒアリングを行って、研究開発の促進及び研究開発の成果である新技術の産業界における利用の促進の両面について技術革新の動向を展望し、これを推進していく上での課題を検討した。
以下の報告は全体で4章からなる。第1章では製造業を中心に業種別の技術動向のレビューを国際比較を踏まえながら行う。第2章では最近の我が国の研究開発の全般的な動向をレビューし、研究開発促進の今後の課題を述べる。第3章では情報通信技術の活用と規制緩和等の環境整備に焦点を当てながら新技術の活用の重要性とその促進のための課題を述べる。第4章では展望と提言をまとめる。
1.我が国の産業技術の分野別の水準と動向
1.1製造業
我が国の平成8年度における全産業の科学技術研究費は約10兆円と報告されている。このうち製造業が約9割の約9.3兆円を支出しており、製造業が我が国の研究開発の主要な担い手となっている(図1-1、業種別は図1-2)。研究開発への高水準の投資を行ってきた電気電子産業、機械産業、化学産業等では総じて高い生産性の伸びと産業の成長を実現してきた。また、こうした産業は我が国の国際的な技術取引でも中心的な産業であり、世界的な技術革新の成果を吸収しまたそれに貢献していく上でも重要な役割を果たしてきた(表1-1、表1-2)。
我が国の産業技術を便宜的に電気電子情報分野、機械分野(一般機械、自動車等)、化学分野(産業化学、医薬品等)、素材分野、及びその他(航空・宇宙、エネルギー)に分けて、貿易動向、特許動向、専門家による技術評価などから見た産業分野別の技術水準の現状と動向を整理すると以下のとおりである(図1-3、図1-4)。
・電気電子情報分野(半導体を含む。)
我が国産業は米国産業と肩を並べて高い技術力を維持しており、欧州産業に比べては優位に立っている。半導体などの電子部品、電気製品及び電子製品などの製造技術については、我が国の産業は世界の最高水準にある。精密加工技術、高水準の品質管理、速いスピードでの新製品の開発等がその背景にある。微細化を追求してきた半導体産業では、最先端の研究は量子力学を用いたナノテクノロジー技術の開発が中心となり、基礎研究に密着している、あるいは基礎研究そのものと言えるが、この分野では我が国も優れた成果を挙げている(【参考1】)。また通信インフラのための光電送等の基礎技術においても我が国の技術力は世界の最高水準にある。
他方、ソフトウエア、マイクロプロセッサ、コンピュータ通信等の分野では、米国が圧倒的な優位に立っている(【参考2】)。コンピューターのOS、ネットワーク用ソフトなど主要な新技術の開発の大半が米国で行われている。こうした産業における米国の優位性の背景には米国の大学における研究の水準の高さやそれをベースにしたベンチャー・ビジネスの隆盛、国防研究を通した新技術への投資の蓄積などがある。同時に、米国ではエレクトロニック・コマース(EC)、広告、証券取引、トラベルサービス、職業紹介等、インターネットを利用した多くの新規産業が発生していることも新技術開発への重要な契機となってきている。
・機械分野(自動車を含む。)
自動車産業においては、製造品質では最も高い水準にあるが、特に米国及び欧州産業が90年代に入って生産性及び品質の両面で急速に我が国産業との差を縮めた。日本的生産方式(リーン・マネージメント)の採用など米国産業の大幅なリストラが効果を上げたためである(【参考3】)。産業用機械など一般機械の分野では日米欧の産業が肩を並べる水準である。欧州は高度な機械製造能力になお優れており、米国は情報技術に強さを持っているが、我が国の産業は機械製造技術(メカニクス)と情報技術(エレクトロニクス)を融合することによって、NC工作機械、カーエレクトロニクス、ロボット等のメカトロニクス分野で独自の地位を築き、高い国際競争力を保持し続けている。特に汎用品の分野では我が国が優位である。
・素材分野
日米欧が肩を並べる水準である。新素材の基礎研究では、米国産業が全体として日欧産業に対して進んでいる。一方、素材の加工技術や生産技術で我が国の産業は高い技術力を有している。例えば鉄鋼業の高炉製鉄における出銑から鋼製品製造までの工程管理技術、あるいは合成繊維における紡糸の工程管理技術等、生産技術においては情報技術の有効な活用に成功していることもあって我が国の産業の技術は世界の最高水準にある。また高級鋼の生産など需要家との協力によって高品質素材を開発していく能力も世界で最高水準にある(【参考4】)。
・化学分野(医薬及びバイオテクノロジーを含む。)
全般的に見ると、米国が大幅に優位であり、我が国の産業は欧州と比べても技術的に劣位の状態にある。特に、医薬品及びバイオテクノロジーの分野では、新薬の開発、特許取得動向、輸出動向等においても米国が圧倒的な強さを持っている。バイオテクノロジーは基礎研究とのつながりが強く、米国におけるこの分野での大学及び国立研究機関の基礎研究の強さが米国産業の競争力に反映している。新薬開発に要する資金の巨額化と期間の長期化も背景に、欧米では企業のM&Aも進み研究開発の強化が進んでいる。我が国の各企業の研究開発投資は欧米の主要な企業と比べるとかなり小さいままである(【参考5】)。また、遺伝子組替え技術を利用した種子の開発においても米国企業が圧倒的に優位にある。
石油化学工業分野においては、大型の技術革新は一巡していると言われているが、研究開発で欧州と米国とが肩を並べており、我が国はなお劣位の状態である。
・その他(宇宙航空、エネルギー)
航空・宇宙については、米国産業そして次いで欧州産業が強く、我が国の産業は差を縮めつつあるが欧米と現状でも大きな差がある。国防や宇宙開発への投資の蓄積の差などの影響が大きい。エネルギーの分野でも欧米産業がより優位にある。ただし、プラント設計・製造に関する技術では、日米欧の産業が拮抗した状況にある。
1.2 非製造業
我が国経済の大きな特徴は、特に非製造業部門で労働生産性の水準が低い点である。エレクトロニクス産業、自動車産業などの労働生産性は米国より高いが(図2-10)、経済の大部分を占める非製造業の生産性が低いために、購買力平価ベースで見た経済全体の我が国の労働生産性(1人当たり実質GDPで見た)は米国の約8割程度となっている。1970年から94年の間の各産業の全要素生産性のパフォーマンスを先進工業国間で比較をすると、製造業及び商業では我が国の生産性のパフォーマンスは比較的高いが、これを除くと他の産業では先進7カ国の中ですべて最低又はそれに近いことがわかる(表1-3)。日米の比較では、運輸・通信、及び電気・ガス・水道等規制産業で我が国の生産性のパフォーマンスが低い。米国では規制緩和が多くの技術革新を促してきたものと思われる。航空産業におけるハブ・スポーク・システム、ロード・マネージメント・システム、コンピューター予約あるいは金融業における派生商品取引の開発、証券化等の例が見られる。
我が国では、非製造業分野での研究開発はまだ産業全体の8%程度と少ない。他方、米国では1993年の時点で産業の研究開発の約3割弱が通信業、(独立した)ソフトウエア業などの非製造業となっている。85年から93年までの米国の民間研究開発費の増分の内、約4分の3が非製造業部門によるものである(図1-5)。なお、日独は同様の傾向である(図1-1、図1-6)。米国では金融機関の中にも研究開発に専念する部署を設けている企業もある。
米国の経験が示すように、特に情報通信技術は非製造業部門の今後の技術革新に大きな役割を果たすと考えられ、そのための環境の整備が重要な課題となっており、非製造業部門自身も情報通信技術を活用した研究開発に主体的に関与していくことが望まれる。確立されたシステム部門の定型的な部分などについては、徹底的なアウトソーシングにより効率性の向上を図ることが極めて重要であるが、今後の規制緩和によりますます競争が激化していく中で常に他者に先駆けて先取性のある新技術を取り入れていくには、非製造業においても技術応用を始めとして研究開発に主体的に関与する、例えば製造業との共同研究を行ったり、さらにはその共同研究を主導し、あるいは自ら独自に研究開発を行うといったことまで念頭に取り組むことが重要である。非製造業が研究開発に主体的に取り組むことにより、当該研究開発分野での製造業と非製造業との異業種交流により競争が活発化して研究開発が促進されることが期待される。こうした研究開発により予想もつかないような業態が生まれる可能性もおおいにあり、新規産業の創造という意味においても重要である(【参考6】、【参考7】)。我が国の製造業は、研究開発に努め新技術を率先して取り入れて自動化・情報化を徹底的に進めることにより、生産性を大きく向上させ国際的にも強い競争力を確保してきた。新技術が非製造業を大きく革新する可能性が出てきたこの時代においては、非製造業においてもその生産性の向上においてこうした製造業での手法・経験が大いに参考になるものと考えられる。
なお、従来の非製造業の研究開発費の統計については、農林水産業、鉱業、建設業、運輸・通信・公益企業が対象となるのみであったが、平成8年度にソフトウェア業が初めて対象に加えられた。今後、これらの非製造業以外の流通業、医療福祉サービス業、金融業といった分野での研究開発も重要となっていくと考えられるが、現在の統計では当該分野での研究開発実態を的確に把握することができない。
1.3 環境保全と省エネルギー・省資源
人類の持続的な発展を図っていくためには、経済活動と地球環境との調和が避けては通れない重要な問題であり、省エネルギー・省資源・地球環境負荷軽減に対する取り組みの強化が全世界的な重要課題となってきている。技術革新は、地球環境問題の解決のための一つの大きな可能性を秘めている。例えば、自動車産業の分野では、最近のハイブリッド・カー(図1-7)や直噴エンジン等の環境対策・省エネルギー関連技術の開発が進んでいる。機械技術においては、製品の高性能化の観点からも小型化と同時に精密化が求められている。また、従来小型化と精密化は両立し得ないものであったが、ナノテクノロジーの発達により、最近では柔らかくても精度が出せるため精密化と同時に小型化が可能となった。同じ精密加工を行うにもエネルギーは千分の一、重量は1万分の一のオーダーで済むようになり、省エネルギー・省資源が同時に進むことになる。このように、省エネルギー・省資源のマイクロファクトリーの技術体系を構築するという大きな流れがある。
これまでの製品に対する評価基準は性能とコストであり、省エネルギー・省資源・地球環境負荷軽減は外部的な対策課題であった。しかしながら、これからの製品の評価基準は性能とコストに加え、省エネルギー・省資源・地球環境負荷軽減が製品の評価基準として内部化されてゆき、設計・生産・廃棄の技術体系から設計・生産・解体・再生の技術体系へと抜本的に変えられると言われている(【参考8】)。
1.4 高齢社会と技術
北欧をはじめとする欧州各国そして我が国等の先進国が共通して抱える課題の一つに高齢社会への対応がある。高齢化の進展に伴い、健康・医療・福祉分野に対する社会的ニーズがますます高まっている。医療の検査・診断に使われる機器は高度技術に依存する面が多く、我が国の産業技術の高さを反映してX線検査装置、超音波診断装置等は、我が国の強い分野である。例えば従来の術技による胆嚢摘出手術では50日間の入院が必要とされたが、高度医療機器を用いる低侵襲手術によれば15日間の入院で済み、患者の苦痛の大幅な軽減になるとともに国民医療費軽減にも資している。このような低侵襲手術で使用される内視鏡は、我が国の光学機械産業が強い分野である。また、産業用ロボット技術を活用して、人間だけでは実施不可能な微細手術となる低侵襲の脳腫瘍手術支援システムの研究開発等にも取り組まれている。
一方、車椅子、電動ベッド、人移動用リフト、立ち上がり補助機、補聴器等の福祉用具の開発においても、我が国の優れた電気機械、電子機械、一般機械などの製造技術が活用されており、医学と工学との共同、さらには産学官の連携といった姿をとって研究開発が進められている。現在では、家屋建築側や機器製造側だけでの対応ということではなく、食事・就寝・洗顔・入浴・排泄等生活者の一連の活動をよりよく支援することを目的とし、家屋と福祉機器等の好ましいトータルシステムを研究開発することが各地で行われおり、高齢社会に対応する技術活用に向けた努力がなされている。また、高齢者のインターネット活用による社会参加確保に向けた試みとか、そのための高齢者にも見やすく使い易い機器を開発する研究も行われている。さらに、世界の最先端に位置する我が国の産業用ロボット技術を活用した人間支援用ロボット(人間の力に負けるロボット、人間に怪我をさせないロボット)等の研究開発も行われている。
以上のように、人間あるいは生活者を重視ということを中心に据え、医学、福祉学、工学、化学等の学際的かつ産学官が連携した姿をとるなどしながら、医療機器、福祉機器の研究開発が行われており、高齢社会を支える技術といった点においても、我が国が得意とする産業技術の活用発展が期待されている。
2 .研究開発の促進
2.1 研究開発の全般的な動向
我が国の研究開発システムは、全体として見ると最近まで順調に発展してきたと言えよう。我が国の研究開発投資の現在の水準は、ヨーロッパの主要国を上回り米国に次ぐ水準になってきている。すなわちGDPに対する研究開発費の割合あるいは労働人口に占める研究者の割合でみると、現在我が国は世界でも最高水準にある(図2-1、図2-2)。また支出の絶対的な規模(購買力平価ベース)でも、我が国の支出は米国の約半分であり、ドイツ、フランスそしてイギリスを合計した規模に拡大している。ただし、我が国の研究開発投資は、90年代に入ってその伸び率が低下し(図2-3)、一部の製造業では研究開発費を削減してきている(図2-4)。
我が国の研究開発の大きな特徴は、研究開発投資が主として民間企業によって負担されていながら、同時に急速に拡大してきた点にある。我が国の研究開発費の約8割を民間部門が負担している(図2-5)。これは先進工業国の中で最も高く、米国とドイツがそれぞれ約7割と約6割であり、フランスが約5割であるのと比べて大きな対照をなしている。
研究開発の成果においても、科学技術論文あるいは特許の被引用回数の指標でみて我が国の地位の大きな向上がみられる(表2-1)。科学技術論文の被引用回数の各国シェアをみると、1994年で我が国の8.0%は米国の52%にははるかに及ばないものの、イギリスの11.6%、ドイツの9.2%に近い水準になっている。81年では日本のシェアは5.4%であったから、我が国のシェアは80年代に大幅に高まった。民間企業による基礎研究の成果を含めて、基礎研究の分野でも国際的に高い評価を得ている研究実績も得られるようになってきている。また、特許で見ると日本人出願による米国特許が引用される回数のシェアは、92年で26%になっており、米国のシェア57%よりは低いが、ドイツの5.4%やイギリスの2.4%よりはるかに高い水準になっている。80年で12.4%であったのと比べると倍以上になった。
このような成果を挙げてはいるが、同時に我が国の研究開発システムは現在大きな限界に直面している。第一に、国際的に見た我が国の技術力は、基本技術が確立した産業において製造技術の開発や消費者ニーズを捉えた新製品の開発に優れているが、今後の技術革新において重要な位置を占めると考えられるバイオテクノロジー等の新技術の分野で我が国産業の国際的な競争力は総じて弱い。これらの産業は現在進展中の基礎研究の進展と密接な関連がある分野である。また、バイオテクノロジーだけでなく、基本技術が確立した産業も含め、例えば電子デバイス、微細加工技術、新素材等の多くの分野で基礎研究と実用化との関連がより密接になってきている。先端分野では基礎研究が直接的に製品開発につながり、また逆に製品開発が基礎研究を進めるという側面がある。技術の高度化が進み、製品の更なる性能の向上には新しい科学的理論に根ざしたブレークスルーが必要となる局面が多くなってきているということである。こうした先端分野では、大学や国立研究機関における基礎研究と人材の蓄積、これらをベースとした新製品開発が重要である。
基礎研究の水準は、我が国も優れた成果を出しつつあるが、大半の分野で米国と比べて著しく低く、また、欧州と比べても低い水準にある分野が多い(図2-6、図2-7、図2-8)。また生物系といった基礎研究と密接な関係がある産業分野では90年代に入って米国での技術革新が大幅に進み、我が国の遅れが大きくなっている分野も多い(表2-2)。特許取得の動向を見ても、化学・医薬品、通信といった科学との関連が強い産業分野では我が国企業の特許取得は少ない (図1-3、図2-9)。
我が国の国際的役割という観点でも、我が国が独創的な研究を強化していく必要性は高い。よく知られているように、例えばノーベル賞の各国別受賞者をみると我が国はベルギー、オーストリア等の欧州の小国並の実績しかない。米国に次いで世界第二位の経済大国であることと基礎研究でのブレークスルーへの貢献の小ささとのギャップは極めて大きい。我が国が基礎研究を強化していくことは、欧米に根強い我が国の基礎研究へのただ乗り論を克服していく上でも重要である。
第二に、従来我が国産業が得意にしてきた製造技術の分野において、自動車産業に見られるように、欧米産業は我が国産業にキャッチアップしてきた(図2-10、図2-11)。同時に半導体産業に見られるように韓国・台湾等の新興工業国も製造技術で急速に実力を高めつつある産業分野も多い。我が国の製造技術は依然高い水準にあるが、それが国際競争での決定的な決め手にはならなくなってきた。独創的な技術開発の能力が強化されなければ、従来我が国に強い比較優位のあった産業でも我が国産業の国際的な生産性の相対的な高さを維持することが困難となる危険もある。
2.2 研究開発促進のための課題
我が国においては、平成7年11月に「科学技術基本法」が制定された。同法は、科学技術の振興に関する施策の基本となる事項を定め、科学技術の振興に関する施策を総合的かつ計画的に推進することにより、我が国における科学技術の水準の向上を図り、もって我が国の経済社会の発展と国民の福祉の向上に寄与するとともに世界の科学技術の進歩と人類社会の持続的な発展に貢献することを目的とするものである。平成8年7月には同法に基づき「科学技術基本計画」が策定され、現在、様々な措置が実施されつつある。研究開発促進のための課題と必要な措置については、「科学技術基本法」に基づいて進められることが基本であるが、以下では特に民間の研究開発促進の観点から重要と考えられる課題を指摘する。
(1) 基礎研究及び産学官連携の強化
多くの産業において、技術革新を進める上で基礎研究の果たす役割が大きくなってきている。例えば、微細化を追求してきた半導体産業では、最先端の研究は量子力学を利用したナノテクノロジー技術の開発が中心となってきている。このために基礎研究と生産技術の開発が非常に密接となり、民間企業と大学等との共同研究も活発になされるようになってきた。同様に、医薬品産業では新薬の開発において遺伝子構造の解明という基礎研究の裏打ちが重要となってきている。米国においてはこうした分野の技術開発の促進に大学が大きな役割を果たしている。
我が国では半導体など一部では大学との共同研究が活発になり成果を上げている分野もあるが、バイオテクノロジー等を含め多くの分野で産学連携が質量ともに進んでいない。我が国で産学官連携が進まない理由として、第一に大学等での基礎研究の水準が国際的に見ると総じて弱いという問題がある。民間企業の研究能力が著しく向上したこともあり、企業の研究開発の進度は速く、ともすれば大学や国立研究機関での研究が陳腐化してしまう事例もある。民間企業はグローバルな市場で競争をしており、産学官連携についても世界的なスタンダードで成果を出し得る機関と協力をすることになる。したがって大学を含めた公的研究機関の研究機能の抜本的強化が重要である。国立研究機関においてはエイジェンシー化も検討されているが、民間企業との研究者の交流、競争原理の導入、国際的な人材の登用などを積極的に進めるとともに、また境界領域の研究にも効果的に取り組めるような制度改革が重要であろう。
また第二に、産学官連携への大学自体の意欲が従来低かった点も指摘される。大学や国立研究機関において業績として評価されるのは主として学術論文であり、産学官共同研究の結果生ずるかもしれない発明への特許取得は余り評価されてこなかった。また特許を取得・維持するにも弁理士等のサポートが必要であるが、大学においては人材も予算も不足している。さらに大学におけるライセンス収入の研究費へ還元させるためのスキームも整備が不十分である。産学官連携を強化するためには、こうした研究開発の実施を取り巻く条件の整備も重要である。
(2) 人材の育成と確保
革新的技術を創造するのは研究者であり、優れた研究開発成果を上げ得る人材を育成していくことが極めて重要である。したがって我が国の大学が人材育成においても国際的に競争力がある存在になることが重要である。また研究開発の競争はグローバルであり外国の研究人材の雇用が円滑になされるような条件の整備も重要である。米国の大学及び研究機関に世界各地からの優秀な人材が集まっている重要な原因は、研究者採用のプロセスがグローバルであることともに、米国で大学院教育を受けた留学生の多くが米国に職を見いだして留まることが多いからである。我が国での教育が世界的に通用するようになっていけば、アジアからの優秀な学生を集めることも可能となろう。また大学などの研究機関での雇用を外国人にもよりオープンにすることや彼らの永住権を積極的に認めていくことも重要であろう。
研究開発にかかる人材育成においても、産と学官との間の人材の交流を活発化させることも重要である。そのためには、大学や国立研究機関の研究者を民間へ長期派遣することが可能になるよう人事面での制度等の更なる整備が重要である。
今後の研究開発において学際分野が重要なものとなっている。例えば、新薬開発に重要な技術となりつつあるバイオ・インフォマティックスは、遺伝子に関することと情報処理に関することの統合された知識を必要とする。また、福祉機器の研究開発も、機械・情報に関することと医療・医学・福祉に関することとの両方に関わるものである。従来の学問分野の区分の上ではこうした分野での論文がなかなか評価されず、博士号も取り難い。こういった学際分野、融合分野等新規分野での研究と人材育成に大学や研究機関が柔軟にかつ機敏に取り組むことができるような制度改革も重要な課題である。
(3) 知的財産権の強化
我が国の従来の知的財産制度は、パイオニア的な発明に幅の広い高度な保護を与えるよりも発明の早期公開と技術のライセンシングによる技術の移転を強く促すものであり、また権利侵害に対する抑制力も強いものではなかった。しかし、独創的な技術の開発に強いインセンティブを与えるために、パイオニア的な発明に対してより幅の広く強い保護を与えることが課題となっていると考えられる。
また、経済の情報化の進展により、こうした分野への研究開発投資が拡大していくことに対応して、知的財産権保護の範囲もソフトウェアー、データベース等の領域にも技術開発投資の保護と知識や情報の普及の便益を適切にバランスさせた保護のスキームが適用されていくことが重要である。
(4) 開放的な市場の確保
ハイテクノロジー産業は研究開発への高い水準の投資を行うので、一般に輸出への依存度は高く自由にアクセスできる市場の大きさが重要である。我が国のハイテクノロジー産業でも輸出への依存度は一般的に高い(表2-3)。研究開発における規模の経済を生かし同時に国際的な研究開発の重複を避けて研究開発の効率性を高めるためにも、貿易の自由化が世界的に推進されていくことが重要である。また、貿易政策による障壁が減少するに従い、現在は国ごとあるいは地域ごとに設定されている標準の世界的な統一や強制法規における標準・基準への適合性評価手続きに係る政府間相互承認の促進も重要となってきている。
国際的な標準の形成においては、企業間のデファクト・スタンダード(de facto standard)を巡る競争の結果進んでいる分野もあるが、通信、環境、安全などの分野では標準化機関による調整の結果決定される標準あるいは規制当局の選択の結果決定される標準、すなわちデジュアな標準(de jure standard)が依然重要である。また、欧州においては、欧州標準をデジュアな国際標準とすることに企業が戦略として取り組むとともに、政府もそれを積極的に支援しており、米国企業もその取り組みを強化してきているという状況にある。我が国の国際標準化への取り組みは、国際標準化機構における幹事国業務について我が国が引き受けたものは欧米諸国の3分の1を下回る水準であることが示すように、従来、総体としては受動的であった。産業競争力確保の上での国際標準の重要性にかんがみれば、デファクト・スタンダードへの取り組みに加えて、デジュアな国際標準の形成において我が国の技術が適切に評価され反映されていくよう我が国の国際標準の提案能力の強化と国際標準化機関における標準決定手続きの迅速化、公平化の確保を図っていくことが重要である。
(5) リスク資金の確保
研究開発の推進には人材と並んで、リスク資金の円滑な確保も重要となってくる。製造業の大企業では現在リスク資金へのアクセスが研究開発投資への大きな制約になっている状況にはないが、長期的には日本市場でエクイティー・ファイナンスが安価に出来ることが、研究開発投資を含む企業の成長への投資に非常に重要である。
ベンチャー企業は、独創的な技術力を持つ技術者・研究者、この技術を理解する企業家、リスク資金を提供する投資家グループの三者が揃って始めて成長する。ベンチャー企業が米国において盛んであるのに対し我が国においてなかなか育っていない最も重要な原因は、技術者及び企業家の人材の面でベンチャー企業育成には大きな制約があるものと思われる。したがってリスク資金の供給のみが制約要因ではないが、ベンチャー企業の株式上場への特則市場の発足、エンジェル税制の導入、厚生年金基金の運用自由化(5・3・3・2規制の撤廃)等が今後リスク資金の供給拡大につながることが期待される。
また、我が国では企業内ベンチャーの発展も重要である。我が国の産業においては企業内ベンチャーから新規産業が生まれ、国際的に強い競争力を持つ企業に発展した事例もある(【参考9】)。持ち株会社は、企業内で異なった雇用システムを導入することを容易にし、また企業の責任を出資金の範囲に抑えることでベンチャーに対して成功への強い誘因を持たせることも可能である。税制面などの条件整備が早く進み、持ち株会社が社内ベンチャーへの投資に効果的に利用されることが期待される。
(6) 我が国の特長を生かした国際貢献(地球環境問題への対応)
我が国の産業技術の大きな特長は、環境規制の厳しさと高いエネルギー価格もあって公害防止と省エネルギーの分野で世界的に見ても高い成果をあげていることである。エネルギー価格が安く、資源が豊富な米国とは異なった技術開発の方向付けがあった。自動車産業の分野では、ハイブリッド・カー等の開発に見られるように、環境対策・省エネルギー関連技術の開発では我が国産業が現在世界的に見て最高水準となっている。また、工作機械の分野でも精密加工を小型の工作機械でも実施可能とする技術開発が進みつつあり、省エネルギー・省資源のマイクロファクトリーの技術体系を構築するという大きな流れがある。発電などプラント産業でも公害防止、省エネルギー分野では国際的に競争力のある技術が開発されてきた。最近、省エネルギー・省資源・地球環境負荷軽減問題は全世界的に見ても重要な課題となってきており、公害・環境問題への対応において優れた成果を上げてきた我が国が更にこうした分野での研究開発を強化し、技術面でも国際的にも貢献していくことが重要であろう。その一環として、設計・生産・廃棄というワンスルーの技術体系から、設計・生産技術に解体技術や再生技術も含めて設計・生産・解体・再生のサイクルを描く技術体系の構築が必要になってこよう。
(7) 高齢社会を支える技術の研究開発の促進
我が国が欧米先進国以上の本格的な高齢社会を迎える時期が目前に迫っている。高齢先進国の代表と言われるスウェーデンが、高齢化社会に入ってから高齢社会に至るまでには90年程の期間があった。フランスの場合は、120年近い期間があるものと見込まれる。一方、我が国の場合は、70年代前半に高齢化社会を迎え、97年に高齢社会を迎えていることから、急速な高齢化が進展している状況にある。さらに21世紀の早い時期にはスウェーデンよりも高齢化が進展する可能性もあるものと見込まれている。このように高齢社会への対応は大きな課題であり、社会制度全般の改革が求められているが、その基本は、高齢社会における介護労働力の観点や財政負担の観点はもとより、高齢者が自立できるよう支援することである。このためには技術の活用が望まれるが、そのためには技術革新への経済的誘因の強化が重要である。例えば、介護労働力を節約する技術の開発とその利用への強い経済的な誘因が生ずるような医療制度の構築と運用が重要である。医療・福祉・保健分野における技術活用、研究開発は既に行われているが、今後はさらに海外との協力の活発化、医学、福祉学、工学、化学等の専門分野の協力、産学官の連携や一般からの参加協力といった体制の強化を図り、情報通信技術を取り入れた検査・診断・治療機器の高度化、使い勝手のよい福祉機器の開発等、高齢社会のニーズに的確に対応できる技術の開発・活用の促進が必要である。高齢者にとって働きやすく、生活しやすく、同時に非高齢者の負担が少ない社会の実現に技術革新が貢献していく仕組みを構築することが重要である。
(8) 非製造業も含めた全産業における研究開発活発化への期待
研究開発と経済社会との関係を踏まえると、製造業、非製造業を問わず産業界全体において活発な研究開発の実施が期待される。電子情報産業などでは商品価値の大きな部分がソフトウェアやコンテンツによって左右されるようになりつつある分野もあり、こうしたソフト分野の革新がハードウェアの革新の価値を引き出す補完的な関係にある。米国ではソフトウェアや通信の分野で研究開発が活発化している。我が国においてもソフトウエア業はもとより、流通業や医療サービス業等でも積極的に研究開発に取り組み成長している企業も見られる。
また、研究開発費に関する国の統計については、平成8年度からソフトウェア業が追加されたが、先に述べたように、それ以外の非製造業についてもその研究開発動向を的確に把握し政策立案にも資するため、調査対象に加え統計を充実することが重要である。
3.新技術の利用の促進
3.1 技術の円滑な利用の重要性
国内そして海外で開発された技術を産業の革新のためにどの程度効果的に利用できるかどうかが、経済成長を高めていく上で決定的に重要である。我が国において研究開発の太宗を行っている製造業の比重はGDPの3割程度にすぎないが、新技術を利用した革新の可能性は流通、金融などを含めた産業全体に存在する。特に我が国の非製造業は、製造業と比べて欧米産業との生産性格差の大きい産業が多く、新技術はもちろん既存技術を利用して実施可能な技術革新の余地も大きいと考えられる。せっかく優れた新技術が開発されたとしても、規制によって新技術は死蔵されたり、逆に適切な制度的枠組みが速やかに整備されないことによって当該技術の活用が図られなかったり促進されなかったりして、実際の経済活動に活かされない。以下では幅広い産業の今後の技術革新に重要であると考えられる情報通信技術の活用と規制緩和及び新たな制度的枠組みに焦点を当てながら新技術の効果的な利用を促進するための課題を検討する。
3.2 情報通信技術の利用促進のための課題 ―ネットワーク型の技術革新の推進―
経済社会全体の新技術の活用において今後大きな役割を果たすと考えらるのが情報通信技術である。コンピューターの処理能力の上昇、小型化、値段の低下及びインターネットの急激な普及は、金融、流通等多くの産業に大きな技術革新の機会をもたらしている(コンピュータ、インターネット等の普及の状況は図3-1~図3-8、表3-1)。事業所のみならず、多くの家庭にパソコンが普及する結果、企業と消費者の間で情報を互いにコンピュータにデジタル化された形で蓄積・整理しながら双方向での交信が可能となる。その結果例えば銀行業・証券業・保険業等の金融業においては、預金の引き出し、投資、保険購入などのリーテイル・オペレーションのかなりの部分がPCバンキングへ移行し、同時に顧客との取引情報の徹底した電子化が行われていく可能性が現実のものとなりつつある。それによって消費者利便は大幅に高まり、同時に金融業の生産性も大幅に上昇していくことが期待される。加えて、政府や企業の公開情報が産業や消費者の間で幅広く共有されて、情報の流通の効率化と経済取引きの円滑化が大幅に促進されていくことも予想される。
こうした技術革新において先行しているのは米国である。これには次のような三つの理由が指摘できよう。第一に、米国ではパソコンの普及率が高く、かつインターネットと接続されている割合が高い。米国では97年に約4割の家庭にパソコンが導入されているが、我が国ではまだ十数%であると推計される。これに加えて、米国ではパソコンを保有している家庭の4割弱がインターネットを利用している。その背景として入力のためのキーボード操作が欧米では通常のタイピングの技術の延長であることも指摘できよう。ただし我が国でもパーソナル・コンピューターとインターネットは今後急速に普及していくと考えられる。
第二に、インターネットを利用している家庭の数と関連するが、米国ではインターネットを利用する場合の通信料金が我が国と比べて著しく低い(表3-1、表3-2)。米国では料金体系が定額制であり、インターネットの接続時間が長くなっても料金は増加しない。また通信の容量も大きく、高速に大量の情報にアクセスできる。
第三に、金融産業を始めとしてサービス産業において米国では規制緩和が進んでいるために、インターネットを利用した商品が活発に提供されている。このため電子マネーを含めて、ネットワーク技術を利用するソフトウェア技術の研究開発も進んだ。他方我が国では、例えば証券業では株式売買の手数料が規制されているために、店頭取引と大きく異なる形態の取引サービスを消費者に提供する誘因が金融機関の方にない。また銀行、証券、保険など業体ごとの参入規制もインターネット上ではすべての金融サービスを消費者に対して一括して提供できるメリット(すなわち品揃えのメリット)を活用できなくしている。
ただし、我が国でも他国に先駆けて情報通信技術を効果的に利用した業態の抜本的革新を進めて成功している産業もある。製造業の分野では、我が国は世界的に見ても情報技術を最も効果的に活用してきた実績のある国の一つであると言えよう。鉄鋼業等における生産工程管理情報技術、メカトロニクス製品の開発がその好例である。また、小売り流通業においても、情報通信技術を活用することによって多数の店舗から集まる商品及び顧客情報を分析し、消費者ニーズにあった商品の品揃え、鮮度管理、在庫管理、物流の合理化等を効率的に行うとともに、各店舗においても本社において分析された全国的な情報と各店舗独自に蓄積整理している情報を活用しながら独立的に販売戦略を立案・実行するという業態を形成して発展している企業もある。こうした産業では本業での高い技術力があり、情報通信技術を活用して更にその技術力を生かすことが出来たと言える。したがって、条件が整えば金融分野などの産業でも情報通信技術の利用は今後急速に進むものと考えられる。
ただし、現在の情報化が従来の情報化と決定的に異なる点がある。それは各企業のスタンド・アローンの情報化ではなくネットワークとしての情報技術革新という点である。その結果企業内の各部門のみではなく、政府、消費者が同時にコンピューターの利用が進むことによって情報化の効果が大幅に高まる点にある。すなわち各経済主体の情報化にはネットワーク外部性が働くと考えられる。このため、効果的に情報化を進めるには特にその初期には企業内そして社会全体のコーディネーションが円滑に進むような積極的な投資が重要である。また情報化が一旦進めば、非常に幅広い社会の変革が予想される。金融、流通、広告宣伝、医療(特に遠隔からの診断・治療)、教育、経営や法律等のコンサルタント業などのサービス業、在宅勤務、高齢者の社会参加の促進等である。
このように新しい情報通信技術による革新はネットワーク性を持った技術革新であり、それを有効に促進するには環境整備のための政府の強力なイニシアティヴが重要であろう。「経済構造の変革と創造のための行動計画」においても、「2001年頃を目途に、日本の産業の企業間、企業・消費者間のすべての分野の取引きにおいて、ネットワークを活用した受発注、共同設計・開発等の本格的な普及を実現することを目指す」として、制度整備、技術開発、標準化の三課題を挙げているが、特に、以下の事柄が重要であろう。
(1) 情報の体系的なドキュメンテーションとデジタル化の推進
企業でも政府でも情報がしばしば人に属することが多く、デジタル化の前提となるドキュメンテーション自体が進んでない。文書の標準化も進んでない。こうした基本的な点から先ず取り組む必要がある。また企業内そして政府内の情報のデジタル化を推進する必要がある。ナショナルワイドの情報ネットワークを構築する可能性を最も大きく持つのは政府であり、我が国経済社会全体の情報化の起爆剤の1つとして期待され、民間における情報化を促進するためにも先ず率先して政府が“電子政府”を目指して、統計、各種報告書、審議会報告書、政府への申告などをデジタル媒体としてオンラインでアクセスし提出することが可能となるような取組みが必要である(【参考10】)。
(2) 技術革新を踏まえた新たな制度的枠組みの整備
電子マネーを始めとする様々な電子商取引を利用可能にするためのデジタル署名の認証に関する法的な枠組み創設、書類保存義務緩和、在宅勤務の法的な位置づけの明確化等、情報通信技術をより有効に活用できるようにするための新たな制度的枠組みの整備が必要であろう。また、情報通信技術を始めとして昨今の技術革新は非常な速さで進展しており、これら新技術の利用を円滑化するためには、コンピューター機器や先端的なソフトを装着した高度な産業用ロボットなどといった経済的陳腐化が速い資本財については減価償却期間の短縮を検討する必要があろう。
(3) 標準化の推進
情報ネットワークを有効に利用するには標準化が是非とも必要である。従来我が国の企業はしばしば自社内専用の情報システムを開発してきたためデータの互換性への配慮が弱かったが、今後は業界での標準のインターフェースの開発等に積極的に取り組む必要がある。従来の標準化はともすれば強力なベンダーによって設定された業界標準を中心に進展してきたが、今後は、情報システムの利用者自身のイニシアティブによる標準化が重要となろう。
(4) 情報通信インフラの効率的な整備
情報通信条件を飛躍的に改善するためのインフラ整備が鋭意なされており、この整備の着実な進捗が重要である。さらにネットワーク利用の実際を見ると、通信コストが特に米国よりかなり高い(表3-1、表3-2)ことがネットワーク利用への制約になっている。今後画像情報の共有化を進めるには、大量のデジタル情報が安価に送信される必要性がある。また、暗号技術等についても更に信頼度を高める技術開発が必要であろう。通信価格の規制において、原価にとらわれるのではなく、ネットワーク拡大効果を内部化した戦略的な通信価格の設定が重要であろう。
(5) 情報教育の充実
インターネットによって世界中の情報に容易に子供でもアクセス可能となっている。したがって、小学校の時点からパソコンを使い、インターネットで英文の情報にもアクセスし、外国の子供との交流が出来るようにすることが重要である。そうした教育・訓練は、現在の日本人の多くが持っているキーボード操作への抵抗感や、英語へのハンディキャップをなくし、情報通信技術を自由に使いこなす土壌を形成していくことと考えられる。
3.3 規制緩和・制度的枠組み整備と技術革新
技術革新は企業間競争の主要な手段であるが、規制によって競争が阻害されると企業は技術革新への強い誘因を失ってしまう。例えば、新技術を利用した製品・サービス開発への主要な誘因は、顧客により利便性の高いサービスをより低コストで提供することによって競争力を高めることであるが、料金規制は、こうした新商品・サービスの開発への誘因を削いでしまう。さらに、金融サービスや輸送サービスのようなネットワーク型のサービス業におけるイノベーションは、規模の経済の追求を主要な契機の一つにしている。サービス提供のネットワークをより大規模に構築することにより、顧客に対してはより低コストで広範囲の商品選択を供給することが可能となり、また経営資源配分もより大域的なレベルで最適化を達成することができるようになるからである。需給調整等の観点から行われてきた営業範囲の規制はこうした規模の経済の追求を不可能にしてしまう。
したがって、規制の緩和・撤廃はイノべーション促進の重要な前提条件である。例えば、「金融ビッグ・バン」は、営業範囲を業種の垣根と国境を超えて拡大することにより、情報通信技術を活用した金融新商品ができる前提条件となっている。輸送業においても同様である。トラック輸送業における営業区域規制等の緩和やマルチ・モーダル化推進のための規制緩和は、情報通信技術の活用とあいまって輸送ネットワークにおける規模の利益を実現する上での必要条件となっている。実際に規制緩和が70年代の後半から積極的に進められた米国では、金融、運輸、通信などで、規制を続けた国と異なって多くの技術革新を生むことに成功した。今後、技術革新の観点からも行動規制、参入規制など規制の緩和・撤廃の徹底が必要である。
また同時に、新技術を活用できる制度的枠組みの整備も重要である。新規な技術が登場したために、既存の制度上でどのように位置づけるべきかについての社会的合意が存在せず、企業家も事業化に伴うリスクを測ることができず、結果として新技術の社会的採用が行われないという事態が生じうる。実際、情報通信技術の適用によってもたらされると予想される多くの新規サービス分野でこの問題は既に現実化している。先に述べた電子マネーや金融派生商品の登場などはこうしたケースであり、新技術に対応した新たな制度的枠組みの創設がイノベーション促進の必要条件となっているケースである。このように新技術を経済活動に活かしていくには、規制緩和と併せて従来想定していなかった新たな制度的枠組みを整備していくことも必要である。
4.展望と提言
4.1 今後の技術革新の展望
技術革新ワーキンググループでは、新技術を創造する側面と既に国の内外で利用可能な新技術を産業に活用しこれを革新していく側面の両面に着目しながらその動向を我が国経済の今後の発展との関連で調査し、技術革新を促進するために必要な事項について検討してきた。次節にまとめた提言実現への効果的な措置がとられることを前提として、2010年頃を見通しての技術革新について以下のような展望をたてることが出来る。
第一に、経済社会との関係で近未来で影響が大きいものの一つとして、インターネットなど情報通信技術を利用した世界的な高度情報ネットワーク社会の実現である。このことは、高度情報ネットワークの形成を背景とした世界規模での競争の激化を意味する。高度情報ネットワークにより製造業はもとより、金融、流通、運輸等の非製造業においても、業態変革を含めた大きな変革をもたらす可能性がある。特に金融業等の非製造業でも規制の撤廃と改革によって、技術革新が企業間競争の重要な手段となってくると予想される。その結果、インターネットを通じて預金、保険、証券などを統合した金融取引が実現して消費者利便が高まるとともに、デジタル情報処理により業務効率が格段に向上することが期待される。また、流通でもリアルタイムの在庫管理が可能になり生産性が大幅に向上する。運輸においても情報化により、地理情報や混雑情報を利用した効率的な運転が実現し、最終的にはITSといった高度な交通システムの構築への大きな前進がなされよう。インターネットを利用して国民の間で公開情報の幅広い共有も進展しよう。
第二に、現在進展中の基礎研究と産業の技術革新との連携が格段に強化されることである。民間企業のパイオニア的な研究開発への取り組みの強化、並びに大学や国立研究機関の研究水準の高まりと産業との連携強化によって、我が国でも基礎研究に根ざした新技術の開発がより高い頻度で行われるようになることが期待される。その結果として新規産業の創出と既存産業の革新が進み、また同時に生産技術の高度化と平行した新製品開発技術の発展が期待される。こうした発展が、バイオテクノロジー(遺伝子解析技術や遺伝子操作)、電子デバイス、微細加工技術、新素材等を含めた、新技術分野で期待される。
第三に、規制緩和等によって、製造業のみならず非製造業においても技術革新が企業の主要な競争手段へ変化し、その結果、研究開発への取組みも強化されることである。多くの非製造業分野でもその業務とサービスの革新のために研究開発が組織的になされるようになり、その生産性が高まる。
第四に、新たな社会的ニーズに対応した研究開発が進められることである。これについて一つは、全世界的課題として地球環境保全の問題があり、地球環境保全に向けた技術革新の進展が期待される。我が国では、ハイブリッド・カーや直噴エンジンの開発など既に低公害で省エネルギー度の高い自動車の開発が実際に進んでいる。また、工作機械産業の分野でもマイクロファクトリーの構築への技術革新が進みつつある。さらに、設計・生産・廃棄の技術体系から設計・生産・解体・再生の技術体系への変革に向けて研究開発が進められる。こうした環境負荷軽減・省エネルギー・省資源に効果の大きな技術革新が我が国で強力に進められれば、CO2規制による我が国経済の成長制約を緩和し、同時に世界的な課題になっている地球環境保護にも技術面から大きな国際貢献を果たすことができよう。次に、我が国社会の高齢化の急速な進行の問題がある。高齢社会へ対応するための諸般の社会制度をサポートするものとしてとして、高齢者にとって働きやすく、生活しやすく、同時に非高齢者の負担が少ない社会の実現に貢献することが期待される。地球環境問題、高齢社会等の新たな社会的ニーズに対応した技術革新を推進していくには、新技術の開発と新技術の利用の両面での経済的誘因の強化が重要である。
以上のような動向を展望すると、以下で述べる必要な条件整備を前提とすれば、我が国の技術革新力は衰退するものではなく、「プラスのストック」として未来へ継承され得るものと考えられる。
4.2 提言
我が国における技術革新を推進して行くには、「科学技術基本法」に示されているとおり、技術革新の源泉とも言うべき研究開発の促進が必要である。それと同時に、国の内外にある利用可能な新技術を産業に活用してこれを革新していく側面も重要である。技術の活用を進めるには単に技術開発だけではなく、技術革新を阻害する規制の廃止、新技術の社会的な認知を促進する新たな制度造りといった社会的な環境整備も不可欠である。こうした観点から、今後取組みを強化することが必要と考えられる事項についての提言を以下に示す。
(1) 研究開発の促進のために
研究開発の促進については、「科学技術基本法」の制定により国のコミットメントが示されたが、その効果的な実施が必要であり、「科学技術基本計画」の着実な実施とともに以下の取組みが必要である。
【1】民間企業におけるパイオニア的な研究開発の促進
- 企業が行う基礎研究への支援の強化
- パイオニア的な発明への知的財産権による強い保護
- 国際標準化の取組み強化、基準適合性評価手続きの相互承認の推進、国際協調の促進等による開かれた市場の国際的推進
- リスク資金の円滑な確保
- 社内ベンチャー育成への持ち株会社の活用
- 製造業のみならず非製造業での研究開発への取組み強化及びその研究開発実態把握のための非製造業の研究開発費に係る統計の整備
【2】グローバルな水準に適う大学及び国立研究機関による研究及び教育機能 の強化
- 民間企業との研究者交流強化等産業との連携強化
- 競争原理の導入
- 国際的な人材登用。
【3】新たな社会的ニーズに対応した研究開発の強化
- 環境保全・省エネルギー・省資源等の地球環境保全に資する技術分野での研究開発と新技術利用への経済的誘因の強化
- 高齢社会への円滑な対応
(2) 技術の利用の促進のために
技術の利用の促進については、情報通信等新技術の経済社会活動への導入・活用を促進する環境整備が必要であり、以下の取組みが必要である。
【1】情報通信技術の活用促進
- 国内最大のネットワーク参加者である政府部門が先導して電子政府を目指したデジタル化の推進(政府保有情報の公開、申告のオンライン化等)。
- 情報通信インフラの整備及び通信利用料金についての米国並みのサービスと価格の実現
- 標準化による情報の互換性の推進
- 小学校からの情報教育の充実
【2】技術革新を阻害する規制の廃止と規制の改革
【3】新技術の利用を促進する制度的枠組みの整備
- 新製品、新サービスの社会的な認知を促進する制度の整備
- 急速な技術革新の進展を踏まえた、経済的陳腐化の速い資本財の減価償却期間の短縮