民々規制ワーキンググループ報告書
平成10年4月7日
目次
- 1.基本的認識
- 2.業界団体等による民民規制について
- (1)民民規制の定義
- (2)民民規制の実態と問題点
- 【1】 民民規制の類型と事例
- 【2】 民民規制を存在させる背景
- 【3】 民民規制の問題点
- (3)民民規制の見直し・解消に向けての対応策
- 【1】 独占禁止法等の運用の強化、見直し
- 【2】 行政指導等行政のあり方の見直し
- 【3】 国民からの情報等を収集し対処できるシステムの構築
- 【4】 民民規制解消に向けた国民意識の高揚
- 3.今後の業界団体について
- (1)業界団体のこれまでの役割と問題点
- (2)今後の業界団体の機能の見直しと意識改革
経済審議会 経済主体役割部会 民民規制(業界団体の役割)WG委員名簿
(座長) | 荒木 襄 | 日本損害保険協会専務理事 |
(座長代理) | 中条 潮 | 慶応義塾大学商学部教授 |
佐藤 治正 | 甲南大学経済学部教授 | |
滝上 宗次郎 | グリーン東京社長 | |
長谷川 徳之輔 | 明海大学不動産学部教授 | |
宮村 健一郎 | 東洋大学経営学部助教授 |
1.基本的認識
(1)現在、我が国においては、急速な経済成長を遂げた戦後半世紀から新たな世紀へと時代が転換しつつあるのみならず、グローバリゼーションの進展による大競争時代の到来、消費者ニーズに対応した高次な成熟経済社会への転換の必要性、情報通信の高度化等による新たな産業の創出が見込まれる等、大きな潮流の変化が生じつつある。我が国が、こうした潮流の変化に適切に対応していくためには、市場の活力を十分に発揮できるようにしていくことが重要であるが、競争制限的な規制等が存在する現在の経済社会構造は、こうした変化にうまく対応できていない。こうしたことから政府は現在、新たな時代に対応した経済社会の構築に向け、規制緩和をはじめとする「6つの改革」を推進している。
(2)しかしながら、「6つの改革」等により公的部門の規制緩和が進んだ後においても、業界団体等による競争制限的な規制(民民規制)の存続により、高コスト構造の残存等経済の活性化や豊かな国民生活の実現が阻害される恐れがある。
この民民規制については、一般的に、漠としては存在を感じているものの、その実態と弊害が十分に認識されていないばかりか、こうした規制を当然視する風潮さえみられ、その見直しに向けての取り組みはこれからというのが現状である。
こうしたことから、民民規制について、その問題点、対応策を明らかにすることにより今後の我が国経済の活性化等に資するとともに、官と民との役割分担が見直され「民で可能なことは民へ」という基本方針の下で公的規制の緩和が進む中で、民民規制の主たる実施者となってきた業界団体の機能を見直すことが重要であると考える。
(3)以上のような基本認識の下、本ワーキング・グループにおいては、
【1】民民規制の実態(事例)を分類・整理し、把握することにより、民民規制の問題点について明確化
【2】これらを踏まえた上で、民民規制の見直しに向けた環境整備等の是正策の提言
【3】更には、公的規制の緩和等が進む中での、今後の業界団体の機能の見直し等についての提言
を試みたものである。
2.業界団体等による民民規制について
(1)民民規制の定義
民民規制については、国民一般に十分認識されていないとみられることから、今後その見直し・解消を促進する上で、定義を明確にし、周知を図る必要がある。
民民規制については、行政改革委員会、産業構造審議会、市場開放問題苦情処理推進会議の各種報告書等においても触れられていることから、本ワーキング・グループにおいては、これらの定義、分類等を踏まえ、「国の法令に基づく規制以外の、業界団体等による、あるいは民間事業者間における事業活動に対する規制であって、直接国民生活に、あるいは事業活動に与える影響を通じて間接的に国民生活に影響し、不利益を与えるもの」と定義することとした。
従って、業界団体等が、社会公共的な目的等に基づいて構成事業者の事業活動について自主的な基準・規約等を設定し、その利用・遵守を申し合わせるような活動(自主規制)が必ずしも民民規制ということではなく、こうした規制のうち、実態として、事業者間の競争を制限すること等を通じて、あるいは直接、国民生活に不利益をもたらしているものが「民民規制」である。
(2)民民規制の実態と問題点
【1】 民民規制の類型と事例
ア.民民規制は、産業分野ごとの特質や公的規制との関わり方等によりさまざまなパターンのものが存在することから、本ワーキング・グループにおいては、独占禁止法との関係、公的規制や行政指導等公的部門との関係、規制主体の意識や優越性等の視点から類型化するとともに、国民経済に与える影響が大きいもの、日常身近にあるもの等の中から、民民規制の事例を幾つか取り上げることにより、民民規制の実態を把握し、問題点を明らかにすることにした。但し、民民規制の類型については、民民規制の複合的な性格等を反映して類型間でオーバーラップするものがあり、また、事例についても複数の類型に関係するものもあると考えられるが、もっとも関係が深いと思われる類型に分類した。
イ.類型
(ア) 公的規制等を背景とした独占禁止法等の無理解によるもの
例えば、福島地区のハイヤータクシーの団体は、幅運賃制等の公的規制を背景に運賃の横並び対応が一般的な雰囲気の中で、独占禁止法に対する認識が希薄化し、運賃引き下げをした組合員業者に対し、共通乗車券にかかる手数料率の引上げを実施しようとしたり、駅構内及びタクシー乗り場の使用自粛を要請する等の行為を行った。これに対し、公正取引委員会より独占禁止法違反の恐れがあるとして警告(平成9年10月24日)がなされた。なお、同団体は、公正取引委員会の審査開始を受け、こうした行為を取り止めることを決定した。
このように、公的規制等を背景に、独占禁止法等に対する認識が希薄化(独占禁止法に対する無理解)したことによる競争制限的行為と考えられる事例がみられる。
(イ) 公的規制等を背景とした独占禁止法等の無視によるもの
例えば、有料老人ホームの業界団体は、老人福祉法上、有料老人ホームの入居者の保護を図るとともに、同ホームの健全な発展に資することを目的とする唯一の団体として規定されているが、新規入会希望者に対して、過度に厳しい入会審査を行う場合には、公正かつ自由な競争を図る観点からも問題があり、また、同団体の入居案内誌に公正な競争を阻害する恐れがある不当表示の恐れのある事例が多く認められたことが、公正取引委員会「有料老人ホームにおける消費者取引の適正化について」(平成9年6月)において指摘されている。不当表示に対する指摘は、同団体の会員事業者によるものも含めると、公正取引委員会並びに総務庁行政監察局から過去5年余で6回に及んでいる。こうした不当表示は、「消費者は介護に期待しているものの具体的なイメージをもっていない」「警告を受けるリスクよりも不当表示のメリットのほうが大きい」「入居者からは苦情は出にくい」といった構造的要因から生じていると指摘されている。
このように公的規制等を背景に、独占禁止法等を無視したことによる競争制限的行為と考えられる事例がみられる。
(ウ) 独占禁止法上の適用除外を背景としたもの
上記(ア)、(イ)にみられる公的規制等を背景とした民民規制の中には、個別事業法等による規制を背景としたものの他、独占禁止法上の適用除外とされている分野において、適用除外制度の趣旨・範囲を誤解・逸脱して規制を行うものも含まれると考えられる。
例えば、事業者同士のカルテルが独占禁止法の適用除外として認められている分野において、事業者団体等が適用除外制度の趣旨や範囲を逸脱して、又は、誤解して、適用除外とされていない部分にまで規制を加えるなど、独占禁止法の適用除外制度が温床となって競争制限的な行為が行われるのではないかとの指摘がみられる。
(エ) 行政指導等を通じて競争制限的となっているもの
上記(ア)、(イ)にみられる公的規制等を背景とした民民規制の中には、法律等によるものの他、行政指導等を通じて実施されているものがあると考えられる。
例えば、シルバーサービス事業の団体は、シルバーマークを認定しているが、かつて、国が、同事業への新規参入に当たり同マークの取得を指導したり、特定のサービスの委託について極力同マーク取得事業者に委託するよう地方自治体を指導したり、社会保険庁等の所管する福祉用具に関する公的助成等の対象となる事業者を同マーク取得事業者でかつ福祉用具供給者の業界団体の会員に限定したりするなどの指導を行っていたことを背景として、マークの認定に当たりシルバーサービス事業の団体又は特定の事業者団体の構成員かどうかによって取扱いに差を設けるなどの行為を行っていたことが公正取引委員会「平成8年度年次報告」(平成9年12月)等で指摘されている。なお、国は、平成9年1月にシルバーマークに係る関与を廃止している。
このように、行政指導等を通じた競争制限的行為と考えられる事例がみられる。
(オ) 公的規制等が以前存在したか、現に存在する分野において、本来その規制が及んでいない分野にもかかわらず、規制があるとの誤解によるもの
例えば、信託銀行等作成の適格退職年金予定利率の企業向け説明書では、特段の行政指導は存在しないにもかかわらず、「行政指導により年5.5%とする」旨の表示がなされていたことが行政改革委員会規制緩和小委員会の第4次論点公開(平成8年7月25日)において確認されている。なお、本件利率表示は、既に是正されている。
また、証券投資信託の団体は、販売証券会社と証券投資信託会社との間で締結された販売手数料の割引を同団体会則により禁止し、末端価格を拘束することにより、消費者等の利益を損ねていると考えられる。これは、同団体が、証券投資信託法により、投資者の保護を図るとともに、証券投資信託の健全な発展に資する唯一の自主規制団体とされていることもあり、こうした規制が正当であるとの誤解があるためと考えられる。なお、本ワーキング・グループの調査の過程で、同団体は当該会則を改正し、販売手数料の割引禁止規定を廃止した。
このように、公的規制が及んでいないにもかかわらず、規制があるとの誤解による競争制限的行為と考えられる事例がみられる。
(カ) 本来の規制主体に基準作成能力がない等の理由により、特定の集団の規制が公的規制の代わりを担うもの
例えば、土地家屋調査士の報酬については、土地家屋調査士法に基づき、各調査士会が法務大臣の認可を受けて「土地家屋調査士報酬額表」を定めている。この報酬額表の報酬額は、あくまでも、個々の調査士が報酬額を決める際の基準とされるものにすぎないのに、これを確定額として運用するよう業界団体が指導している疑いが認められ、独占禁止法に違反する恐れがあるとして公正取引委員会より警告(平成9年10月9日)がなされた。なお、同団体は、昨年9月こうした指導の是正措置を講ずる旨決定している。
このように、国等の本来の規制主体に基準作成能力がない等の理由により、特定の職能集団の規則が国全体の規制として競争制限的に作用していると考えられる事例がみられる。
(キ) 優越的立場を背景として不公正な取引等が行われているもの
例えば、放送事業者と番組制作会社との間の、企画から完成品の納品までを制作会社が行う番組制作契約では、優越的立場を背景として、放送事業者が当該番組の二次利用管理窓口権を取得するケースがあるといわれており、この場合、制作会社は当該番組並びにその素材の主体的な二次利用ができないだけでなく、放送事業者が二次利用を行おうとしない場合には、当該番組並びにその素材が有効活用されない恐れもあると考えられる。
また、業界団体が提供する各種の便益の享受は、団体への加入・非加入によって左右されること等から、こうした便益等を求めて団体へ加入を希望する事業者は、過度に厳しい加入要件であっても従わざるを得ない場合がある等、一般的に、業界団体は事業者に対し優越的立場にあるものと考えられる。
例えば、かつて、相互銀行が普通銀行に転換するに際し、普通銀行の業界団体への加入を要望したが、団体関係者等から加入条件として「支店の配置転換を5年間行わない」、「公金取引については控えめに行う」ことを求められたこと等により、同団体への加盟が引き延ばされたという例がみられた。このことは、その後の相互銀行(当時)、信用金庫等の普通銀行転換意欲を萎縮させた可能性もあると考えられる。
このように、優越的立場を背景とした競争制限的行為と考えられる事例がみられる。
(ク) エッセンシャル・ファシリティ(不可欠設備)について特定の企業等が独占権をもっているもの
上記(キ)のような優越的立場を背景とした民民規制の中には、エッセンシャル・ファシリティに対し特定の企業等が独占権を有することにより、公正な競争が阻害されているものがあると考えられる。
例えば、電気通信産業においては、電気通信ネットワークの構築に際し、電力、鉄道、道路等に係る管路、電柱等のエッセンシャル・ファシリティを用いて新規参入を望む事業者(新規参入事業者)が存在するが、これらのエッセンシャル・ファシリティを関連企業等がいわば優先的に使用しており、他の競争者が同様な条件でその利用を行うことが困難となっていると指摘されている。
「民間企業等が自らの資産等である管路、電柱等の施設を私的契約の下に他事業者に貸与することは自由である」との主張もある。しかしながら、電力、鉄道、道路等に係る企業等は、電気事業、鉄道事業、あるいは道路管理の遂行という公益的な本来業務のために特別の便宜等を得て管路、電柱等を確保したものである。従って、新規参入事業者が、本来業務以外の目的(通信等)で当該管路、電柱等を使用する場合、本来業務に支障があると客観的に証明されない限り、競争を通じて国民の利益に資するよう自社子会社・関連企業等と新規参入事業者との公平を図るべきと考えられる。
なお、既存の電気通信事業者が確保する管路等のエッセンシャル・ファシリティについても、関連企業等と新規参入事業者との公平を図る必要があることは言うまでもない。
このように、エッセンシャル・ファシリティについて特定の企業等が独占権をもっていることを背景とした競争制限的行為と考えられる事例がみられる。
(ケ) 業界全体で広く行われている慣行的なもの
例えば、LPガス販売事業については、本来競争的な産業のはずであるにもかかわらず、LPガス販売業者間においても、都市ガス事業との関係においても無償配管を通じた顧客固定化等のさまざまな競争制限的ないし不透明な商慣行の存在がかねてから指摘されていることが、公正取引委員会「平成8年度年次報告」(平成9年12月)において明らかにされている。なお、「液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律」における取引の適正化の実効をあげるための改正(平成9年4月1日施行)をうけて、当業界においても今後は競争が適正に行われるようになっていくとみられている。
また、労働条件の事前協議制による休日の一律化等、労働慣行として業界で広く行われているものの中で、競争制限的に作用していると考えられる例もみられる。
このように、業界全体で広く行われている慣行的なものよる競争制限的行為と考えられる事例がみられる。
ウ. 以上、幾つかの民民規制の事例を分類し取り上げてみたが、当然のことながら、これらは民民規制のうちのごく一部の事例であり、民民規制は、さまざまな分野において数多く存在するものと考えられる。また、個々の民民規制ごとに、それらが存在する背景や問題点等も異なっているものとみられる。以下では、ここでの分類事例を踏まえつつ、民民規制が存在する一般的な背景や問題点について検討する。
【2】 民民規制を存在させる背景
ア.民民規制の類型をみても分かるように、民民規制の存在には、個別事業法、独占禁止法の適用除外、行政指導等による公的規制等の存在、あるいはかつて存在したなど、公的部門が何らかの形で影響している場合が多くみられる。
逆に、エッセンシャル・ファシリティの独占権を有する等により優越的な立場にある特定の企業等が存在する分野について、公正な競争を確保するための公的なルールがないために、民民規制が存在する場合もみられる。
また、このような公的規制の存在等とともに、広く民民規制が行われてきたさらなる背景として、規制的行為に容認的な談合体質があることが指摘されている。こうした談合体質は、従来の右肩上がりの経済成長を達成していた時代においては、「結果の平等」を実現する上で一定の役割を果たしていたものと考えられるが、一方では、コスト意識を希薄化させ、既得権者の保護や供給者の都合等を優先した競争制限的な行為が業界団体等によって行われやすい状況をつくってきたとみられる。
イ.情報開示が不徹底な我が国経済社会のシステムもまた民民規制を温存するものとして寄与している。本来、商品・サービスの供給サイドとこれを購入しようとする需要サイドとの間には、圧倒的な情報の非対称性が存在することから、両者が対等の取引を行うためには、こうした格差を是正する徹底した情報開示制度の整備が不可欠である。しかしながら、我が国においては、情報開示制度等の整備は未だ不十分な状況にあることから、商品・サービスの情報を掌握している業界団体等が、結果的に国民生活に不利益となるような民民規制を行いやすい状況となっていると考えられる。
ウ.業界団体等が、当初、消費者の安全、安心の確保を目的として実施してきた規制(いわゆる社会的規制)が、時代の変化とともにその必要性が希薄化したにもかかわらず、上記ア、イのような事情、状況の下で存続し、本来の目的から離れて不必要な民民規制として機能することにより、国民生活に不利益をもたらしているものもあると考えられる。
エ.こうした社会的規制を実施している業界団体等の中には、法律によって公認されている自主規制団体もある。しかし、当該団体による規制についても、情報開示が不徹底な経済社会システムの下、団体の理事の全てまたは大多数が事実上当該業界から選出されること等により、自主規制機関としてのガバナンスの適正化が図られず、本来の目的である消費者保護等の社会公共性よりも業界の利益を優先した取り組みがなされ、結果として、民民規制として機能しているものもあるとみられる。
ア.民民規制には、上記事例でみたように、業界団体あるいは先発者等が新規参入や事業活動に制約を課していると思われるものや、業界で広く行われている慣行的なものが拘束的な価格設定につながっているもの等がある。民民規制は、こうした新規参入や価格の制限等を通じて事業者の競争の自由を奪うことにより、コスト削減等の努力を阻害し、結果として、業界の高コスト体質を国民に押しつけるなど、国民生活に多大な不利益を及ぼす。また、公共事業関連分野等においては、財政負担の縮減が妨げられることとなり、国民経済的にも不利益をもたらすことも考えられる。
イ.民民規制は、事業者間の競争を制限し、消費者への多様な商品・サービス等の供給を妨げるのみでなく、消費者等が欲する情報や本来知らされるべき情報の適正な提供を阻害することにより、自己責任原則が求められる中で、消費者のリスクを増大し国民生活の利益を損なうと考えられる。
ウ. 民民規制が存在する限り、現在積極的に推進されている公的部門の規制緩和の効果が十二分に発揮されず、我が国経済社会の活力ある発展が実現されないことが懸念される。さらに、公的部門の規制が緩和されても、規制の主体が民に移るだけで、競争制限的規制が新たに行われる恐れもあり、公的規制であれば責任の所在が明らかであったものが、民民規制となることで責任の所在が不透明となり、結果として、市場機能を活かした新たな経済社会システムの構築が妨げられる可能性もある。
(3)民民規制の見直し・解消に向けての対応策
以上のことから、21世紀に向け、我が国が真に活力ある経済社会を構築していくためには、現在政府が推進している公的規制の緩和と併せて民民規制の見直し・解消を着実に推進していくことが不可欠である。
しかしながら、民民規制の存在には、公的規制のほか、情報開示の不徹底や我が国経済社会の談合体質等、さまざまな問題も絡んでくることから、業界団体等の自主性に委ねるだけでは、その問題解決の早急な進展は困難とみられる。
このため、我が国経済社会に現存する民民規制の見直し・解消に向けた環境を整備する必要があり、具体的には以下の4点を提言する。
【1】 独占禁止法等の運用の強化、見直し
民民規制は、業界団体等の競争制限的行為により、事業者間の競争が妨げられ、国民生活に不利益をもたらすことから、民民規制の見直し等については、基本的には独占禁止法によって対処されるべきであると考える。
しかしながら、今後、民民規制の問題がより重要性を増すとみられることから、さらに以下の取り組みが必要であると考えられる。
ア.民民規制の解消に向けて、競争当局のより積極的な取り組みが望まれる。今後、民民規制に対する国民の意識が高まることにより問題となる案件が増加する可能性があること、公的規制が緩和される中で業界団体等が自主的に規制を行っていくケースが増加する可能性があること等から、競争当局の人員や予算の増加等による独占禁止法の運用強化により、独占禁止法違反事件について、広く積極的に対応し、民民規制の解消・是正に努める必要がある。
イ.新たな経済社会システムにおいては、消費者等が自己責任原則の下で、市場におけるプレーヤーとして主体的・積極的に行動することが求められる。消費者等が、このような役割を的確かつ適切に果たすためには、その阻害要因となっている民民規制に対しても早期に是正するための手段が必要と考えられる。例えば、独占禁止法の中に私人が差し止め訴訟を起こすことができるような制度を創設することを検討すべきである。また、その実効性を確保するため、裁判官や弁護士等の増強等司法制度の充実を図る必要がある。
ウ.独占禁止法の適用除外は、自由経済体制の下ではあくまでも例外的な制度である。仮に、適用除外の趣旨や範囲を逸脱した行為が民民規制として行われることとなれば、事業者等の経営改善努力が阻害されることになり、国民の利益が損なわれる恐れがある。このように、独占禁止法の適用除外は、民民規制の温床となる可能性もあることから、あくまで必要最小限とし、不要なものは廃止していくべきである。最近では、「規制緩和推進計画の再改定について」(平成9年3月28日閣議決定)において、適用除外制度の見直しが決定されており、こうした取り組みを着実に推進していく必要がある。
エ.また、優越的な立場にある特定の企業等が存在する分野においては、公正な競争を確保するための公的ルール作りについて検討する必要がある。
特に、エッセンシャル・ファシリティについては、今後、公的規制の緩和が進み、新規事業の展開が活発化していく中で、本来業務と否とを問わず新規参入を求める者が、当該施設の独占権を持つ特定の企業等に対し、その開放を求めるケースが増加すると考えられる。しかしながら、現時点ではエッセンシャル・ファシリティの利用等について公的ルールが整備されていないため、その運用は民間事業者等に委ねられており、運用の仕方によっては新規参入者にとって事業を展開していく上でボトルネックとなる懸念がある。
このため、エッセンシャル・ファシリティの開放に向けた公的ルール作りについて関係行政機関等は早急に検討する必要がある。
【2】 行政指導等行政のあり方の見直し
民民規制の存在の背後には、公的規制の存在等公的部門がなんらかの形で影響している場合が多く見られることから、各行政機関は、民民規制を民間の責任として放置することなく、その実態把握に努めるとともに、当該結果に基づき適切に対応する必要がある。
ア.競争制限的に作用する恐れのある行政指導については、責任の所在を明らかにする意味からも、真に必要なものについては可能な限り法律により明確に位置づける。そうでないものについては、行政の関与を排除し、その旨周知・徹底を図る必要がある。
イ.また、以前存在したか、あるいは現存する公的規制が本来規制していない部分について民民規制がなされることがないよう、行政は当該規制の内容等について明確にし、その周知・徹底を図る必要がある。
ウ.法律に基づく自主規制団体については、所管行政機関は、第一に、当該自主規制が時代の変化等を勘案して必要な規制かどうか再検討する必要がある。第二に、必要な規制であるとすれば、その規制を自主規制団体に任せることが適切かどうか検討し、第三に、自主規制団体に任せることが適切な場合には、消費者保護等、当該自主規制の目的の成就により利益を受ける者(消費者等)の意見が適切に反映される運営を確保する等、当該団体のガバナンスの改善に努める必要がある。
【3】 国民からの情報等を収集し対処できるシステムの構築
民民規制は、あらゆる分野、事業活動のさまざまな局面において、先述の複数の類型に重複した複雑な態様で存在すると考えられること、また、公的規制が緩和されても、業界団体等が新たな規制を課す場合には、責任の所在が不明確となりやすいこと等から、その把握が困難となる可能性がある。従って、その実態を把握し、改善を図るためには、以下のようなシステムの構築を検討することが必要となる。
ア.政府部内に国内版OTO(Office of Trade and Investment Ombudsman(市場開放問題苦情処理体制))を設置することにより、幅広く国民からの情報、意見、要望等を収集し、公的部門の関与の疑いがあるような民民規制については、関係行政機関に対し、公的部門の関与の有無や規制の仕組みを明らかにするとともに、適切な対応を求めることが考えられる。公的部門が関与していない民民規制については、当該規制を行っている業界団体や事業者にその見直しや解消について対応を求めるとともに、公正取引委員会に情報提供を行い、適切な対応を促すことが必要である。
なお、これら民民規制の内容や対応結果を公開することも検討する必要がある。
イ. 上記の仕組みを地方公共団体レベルにおいても設けることや、国民生活センター等に民民規制に関する相談窓口等を設け、当該情報を国内版OTO(公正取引委員会を含む)等に提供することも有効である。さらに、消費者団体等の民民規制に係る取り組みを支援することも考えられる。
【4】 民民規制解消に向けた国民意識の高揚
「談合」に容認的な国民意識そのものが民民規制の解消や見直しを阻害している要因となっているとの指摘もある。従って、このような談合に対する意識改革等の促進も含め、今後とも民民規制についての議論を継続し、これらの情報を国民に提供すること等を通じて、民民規制に対する国民意識の高揚を図るとともに、国民一人一人が積極的に民民規制等について学習し対応できる環境を整備するため、以下のような取り組みを検討する必要がある。
ア.今後とも民民規制について継続的に議論し、民民規制の実態を国民の前に明らかにしていくためには、官や民から独立した法定の第三者監視機関を設け、民民規制についてさらに調査、検討を重ねることにより、その実態を明らかにし、業界団体や民間事業者に対してはその解消を求め、必要に応じ、関係行政機関、競争当局に対して情報を提供し適切な対応を促すとともに、検討結果等を広く国民に公表していくことが有用である。また、前述のように独占禁止法の運用強化や国内版OTO等の設立により、当該事務局等から積極的に民民規制に係る情報を広く提供していくこと等も必要となる。
しかしながら、こうした情報提供だけでは、民民規制について国民の意識を十分高めることには限界があることから、学校教育等において独占禁止法等に関する教育を徹底すること等により、民民規制に対する国民意識の高揚を図ることが重要となる。
イ.消費者と事業者等との間には情報の非対称性が存在する等不公平が存在することから、独占禁止法等のみによる対応だけでなく、消費者保護政策の充実も必要であり、現在経済企画庁で検討が行われている取引・契約の適正化のための民事ルールに関する法律「消費者契約法(仮称)」が出来る限り早期に施行されるよう努めるとともに、その実効性を高めるために中立的な行政主体の関与も必要である。新たな経済社会においては、このような環境整備の下で、国民一人一人は、自己責任原則に基づく行動が求められることを認識し、こうした法制度、民民規制等について自ら積極的に学習する姿勢が重要である。
ウ. 一方、業界団体等においても、意識改革が必要となる。現在、談合体質による業界内における仕事等の「公正な配分」(フェア・シェア)の維持が可能であった高度経済成長期からその維持が困難な低経済成長期への移行により、我が国経済社会を取り巻く環境は、「結果の平等」を保証するフェア・シェア重視から競争の機会を保証する「機会の平等」(フェア・オポチュニティ)重視へと大きく変化している。事業者においては、こうした変化とこれを加速させる「6つの改革」が実施されている現下の状況を好機と捉え、談合体質から脱却する主体的な行動をとることが期待される。また、業界団体においても、従来の談合体質や各種規制を自ら改める他、談合体質から脱却しようとする事業者の意向を尊重した行動をとる等、民民規制の見直し・解消に向けた積極的な取り組みが必要となる。
3.今後の業界団体について
以上、民民規制の類型、問題点、対応策等についてみてきたところであるが、最後に、これまで民民規制の主たる実施者となってきた業界団体の今後の機能の見直し等について、公的規制の緩和の深化やグローバル化の進展、地球環境問題の顕在化、消費者保護体制の整備の重要性の増大等現下の環境変化を踏まえ、検討する。もとより、業界団体は、当該産業の発展を主目的に組織されたものであり、両者の盛衰は一義的に当該業界団体及び構成事業者の責任と権利であることはいうまでもないが、それによって、国民生活に不利益をもたらすことは認められない。
(1)業界団体のこれまでの役割と問題点
我が国の業界団体の数は、独占禁止法第8条第2項に基づく届出によると、平成9年3月末現在で15,437団体に上る。
これら業界団体の役割のほとんどは、当該産業の発展にあり、そのために、会員の指導、教育、統計資料作成、情報の収集・提供、規格・標準化、広報等の諸活動、行政庁への要望・意見表明、行政による政策・指導等の周知・徹底などを行っている。欧米の業界団体が、相対的に圧力団体的性格が強いとされるのに対し、我が国の業界団体は、行政との密接な関係の中、行政と事業者の双方向に情報伝達等の役割を果たしてきたことが大きな特徴とされ、そのことが戦後日本の高い経済成長に寄与してきたとの評価がある。その一方で、官民の役割分担を曖昧なものにしてきたとの指摘もある。
我が国経済社会の発展に一定の役割を果たしてきたとされる業界団体ではあるが、最近十余年の間の独占禁止法違反行為の約三分の一が業界団体によるものであることにもみられるように、現在、市場原理に基づく新たな経済社会システムを構築すべく公的規制緩和等が進められる中、時代の変化に十分対応できずに民民規制等の弊害を残存させている等マイナス面が多くみられるようになっている。
(2)今後の業界団体の機能の見直しと意識改革
業界団体については、統計資料作成、情報収集・伝達、広報等の活動、行政庁への要望等の従来からの業務のほか、今後は、地球環境問題等のグローバルな課題やグローバルスタンダード競争における我が国の主導権確保への対応等、個別事業者では対応が困難であるか非効率である場合、または業界横断的対応の方がより効果的な場合の担い手としての機能もあると考えられる。
例えば、経済同友会「『市場中心の経済システム』にむけた業界団体の役割」(1997年6月)の中では、自由で競争的な市場の構築・維持、消費者重視の活動への取り組み、地球環境問題への取り組み、標準化にかかわる国際活動の4点が提言されており、既にこれらの活動に積極的に取り組んでいる例も見られる。
但し、こうした機能については、民民規制として作用し、国民生活に不利益をもたらすことがないよう、業界団体においては、以下のような取り組みが必要である。
ア.情報開示や説明責任の徹底による透明性の確保
市場化と国際化が進む今後の新たな経済社会において、国民が自己責任・自己選択の下で積極的なプレーヤーとなるためには、業界団体及び構成事業者は、当該業界の商品・サービスや活動等について、従来の供給者本位主義を需要者本位主義に改め、情報開示や説明責任を徹底することが必要とされる。さらに、ただ情報を流せばよいということではなく、国民誰にでも、また国際社会にも理解できるものであることが重要である。
業界団体は、こうした情報開示・説明責任(アカウンタビリティ)の徹底等を積極的かつ適正に推進するとともに、これを担保するための監視機能として、業界団体に外部監査人やオブザーバーのような形で学識経験者や弁護士等外部の人材の参画を求めるとともに、これら外部の人材が固定化することのないように定期的に入れ替えること等を検討する必要がある。
イ.開かれたメンバーシップの確立
業界の健全な発展を通じて国民生活の向上に寄与するためには、業界団体も、国際的視野、国民生活者の視点、めまぐるしく変化する時代等に適時適切に対処することが求められる。このため、例えば、外資系事業者等新規参入者の業界団体への受入れ等について、オープンなメンバーシップを徹底し、「来るものは拒まない」、「拒否する場合は説明責任を負う」といったルール化を検討する必要がある。
ウ.自主規制を行う業界団体等のガバナンスの改善
自主規制を実施する業界団体等については、社会公共性を確保するという見地からガバナンスを改善するため、その理事会の構成員として、当該業界のユーザー、一般消費者、学識経験者等の適切な参画を求める必要がある。また、これら外部メンバーが固定化することのないように定期的に入れ替えること等を検討する必要がある
なお、当然のことながら、自主規制は、法律に基づいて、公正なガバナンスが確保された団体によって行われることが適当である。さらに、業界団体等は、法律に基づく場合であっても当該法律の趣旨・範囲を逸脱して行う規制や、法律に基づかず自らの責任で行う自主規制が、競争制限的に作用する場合には、独占禁止法に抵触する可能性があることを十分に認識する必要がある。
エ.業界団体の自己責任の確立
現在、公的規制の緩和が進められているが、その中で、ともすれば「官の後ろに民がいる」との指摘もあり、真に実効性のある規制緩和に向けて、このような仕組み自体の改善も急務となっている。今後、市場原理が適正に機能する経済社会を築くためには、業界団体についても自己責任原則を確立した存在であることが求められる。業界団体は、公的規制・公的活動等を理由に、自らの責任の所在を曖昧にすることはせず、本来行政がすべきことは行政に返す等、官民の役割分担の明確化を積極的に推進する必要がある。