安全で安心な生活の再設計
日本人は、これまで、安全で安心で経済的に繁栄した国を作ってきたと信じてきた。
しかし、近年になって、日本社会の安全と安心に陰りが見られ、それを支えてきたシステムも揺らいでいるように思われる。そこで本年度の国民生活白書では、国際比較を広範に取り入れながら、日本社会と国民生活の安全と安心の状況を幅広く分析することにした。
いままで、日本が経済的に安定し、それゆえに社会の安全と安心が保たれていた要因を考えてみると、初等・中等教育が、基礎的で標準的な学力を広範に身につけさせるという観点から優れたものであったこと、企業が、日本的雇用慣行により、この有能な労働力に職場訓練を与え、安定した雇用環境を実現していたことが挙げられる。
失業率が低く、夫の所得が安定していたことは、離婚率や、ひとり親世帯の比率を低くすることに貢献していたと思われる。また、仕事があることは、当然に、犯罪率も低めていたと考えられる。
一方、個人の立場から、ライフサイクルにしたがって、安全と安心の課題を考えてみると、人は誕生し、教育を受け、仕事を求め、家庭を作る。やがて年をとり、これまでの蓄えと年金に頼って生活し、人生の最後を迎える。この過程で、生活環境の災害、病気などの危機に会うことも多い。そこで、教育、仕事、家族、生活環境、病気、老後という順で、安全と安心について考えることとした。
なお、安全と安心の違いについて考えると、安全とは、命に関わるような問題であるが、安心とは、より広い概念であって、不安がなく心やすらかに生活できる状況が保たれているかどうかをさす言葉である。安全にはおのずと保たれるべき水準があるが、安心には限りがない。したがって、安心な状況をつくり出すためには、無限のコストがかかりかねない。しかし、安心の状況についての意識調査や国際比較などによって、日本のような豊かな国としてあるべき安心の水準は、おのずと限定できると思われる。本白書では、安心の限界も考慮して記述を進めた。
本年度の白書第I部では、日本の安全と安心についての現状、これまで保たれていた要因、それが崩れるとすれば、安全と安心を守るために何が必要かを分析した。
また、第2部では、1995年度の家計を取り巻く経済社会の動向を概観し、家計の動向を分析した。また、95年度は、情報機器が家庭に大量の購入された年でもあるので、この動向も扱っている。さらに、全国消費実態調査により、80年代末のバブル前後の消費構造の変化を調べ、バブル期に消費の構造変化があったのか否かを検討する。
教育は人間としての教養を身につけ、個人の価値を大切にし、自主的精神に充ち、勤労と責任を重んじる人間の形成を期して行われるものである。国民が教育に求める安全と安心 について考えてみよう。
学力については、様々なとらえかたがあるが、現在目指している教育の方向においては、単に知識の量で測るのではなく、自ら課題を見出し、考え、主体的に判断し、課題を解決してゆく資質や能力ととらえる考え方に立っている。現在の子供たちの学力の状況について一概に分析し、論ずることは難しいが、ここではいくつかの指標を用い、国際的な位置づけなどをもとに学力の状況について見ていこう。
小中高生の学力について第2回国際比較調査の結果によると、まず数学では中学生が第1位、高校生は香港に次いで第2位と、世界の中でも非常に高い水準にある。
しかし、理科の結果をみると、日本は一般に高い水準にあるものの、学校段階が上がるにつれて相対的に低下し、高校生では調査対象15ヶ国の中で中位となっている(第I−1−3図)。
次に、日本の子供の学力の国際的な位置がどのように変化したかを中学生の数学、理科について、各回を通じ共通して出題された問題の正答率をもとに考えてみる。まず、数学で は、日本の中学生の学力は一貫して高い。理科については、第2回では、依然高い水準にあるが、他国の成績も向上している(第I−1−5図)。
学力は国際的にみて高いのにもかかわらず、小学生から高校生へと学校段階が上がってゆくにつれ、国語、算数・数学、理科が嫌いだという子供が増加傾向にある。
福武書店「学校基本調査報告書」によれば、小学生から高校生まで約3割の子供が算数・数学を「嫌い」と答えている。国語と理科については、小学生から高校生まで学校段階が 上がるにつれて「嫌い」が増加している。
日本人の国際化に対応する能力の1つである英語力について、英語能力検定試験TOEFLのデータをもとにみると、他の国は上昇しているが、日本は横ばいである。
日本の得点をアジア諸国・地域の中で比較すると、60年代には中位にあったが、90年代に入ると低い成績となっている(第I−1−7図)。また、得点の内訳をみても、日本は「語意と読み取り力」、「構成と書き取り力」、「聞き取り力」とも低い。日本人の英語能力は「読めるが話せない」と言われているが、読む力も十分ではないことがわかる。
教科書の総ページ数をみると、長期的には教科書は薄くなっている。主要5教科で中学校の3年間に使用する教科書の総ページ数の推移をみると、1970年代に大きくページ数が減 少し、その後横ばいを続けている(第I−1−9図)。1956年と比較すると、現在の教科書は、5教科合わせて約1000ページ近く薄くなっている。
教科書のページ数ではさほど大きな減少がみられなかった英語でも、指導される文型、単語数、文法事項とも大幅に精選され減少している。
登校日数については、欧米諸国に比べて日本は、220日と長い。しかし、これは日本は始業式、終業式などの出席日数が多いためで、年間の授業時間(自然時間)で比較すると、日本は9歳で829時間、14歳で961時間であり、それほどには長くない(第I−1−13図)。
中学校における1年間の外国語の授業時間をみると、日本は117時間であり、オランダの約303時間、フランスの約173時間、ドイツの約151時間など、ヨーロッパの非英語国の授業時間数と比較すると、かなり短い(第I−1−15図)。
ヨーロッパ諸国は、母国語と言語体系の類似した英語の授業に長い時間を割いているが、日本は、日本語が英語と言語体系が異なり、ヨーロッパの諸国と比較して英語の習得に長時間を要するにもかかわらず、英語の授業時間は短い。
生まれたばかりの子供は、肉親に囲まれて成長し、やがて学校に通い、多くの人々と関り成長してゆく。子供達が最初に体験する「小さな社会」である学校は、子供達にとって安全で安心な場所であるのかを検討する。
現在深刻な社会問題となっているいじめは、日本だけの問題と考えがちであるが、多くの先進国で深刻な社会問題となっている。
日本のいじめは同級生同士で発生するのが特徴で小中学生とも7割がいじめた相手をクラスの友達と回答している。これに対し、欧米のいじめは上級生が下級生をいじめるのが特徴である。
いじめられた子供達は、小学生の約半数が、「やめるように言ったり、さからう」と抵抗するが、学校段階が上がるにつれてその比率は減少する。また、中高生の3割が「黙ってやられる通りにしている」といじめに対して無抵抗である。
また、いじめる側の反応としては、「おもしろかった」が学校段階が上がるにつれて増加する(第I−1−18図)。反面「かわいそうだと思った」や「後でいやな気分になった」は学校段階が上がるにつれて減少しており、子供達のいじめは学校段階が上がるにつれて罪 悪感が薄れる傾向にある。
先生にいじめを相談する子供は全体の2割である。いじめを担任に話さない理由は、「先生に言ったことがみんなにわかると、よけいにいじめられるから」という答えが小学生では46%、中学生では34%、高校生では21%となっている。
実際に先生にいじめについて話したところ、4〜5割のいじめは解決し、「よけいひどくいじめられるようになった」のは2%前後である(第I−1−19図)。
1983年度に全国の公立中学校・高等学校で4,000件を超えた校内暴力事件も80年代の後半に一旦沈静化の動きがみられたものの、その後再び増加傾向に転じている。最近は、器物損壊と生徒間暴力の比率が増加している。
登校拒否については、小学生では80年代半ば以降、中学生では70年代末以降急増しており、50日以上欠席した登校拒否児童生徒の発生率でみると、94年にはそれぞれ0.14%、1.10%となっている。登校拒否に陥った直接のきっかけについては、中学生で約4割が「学校生活での影響」によるもので、そのうちの半数が、いじめなどの「友人関係をめぐる問題」となっている。
大学はより広い視野とより高い職業能力を持つ人材を育成するものとして機能しているだろうか。この点について経済的観点からの分析を試みる。また、大学は教育機関であるとともに研究機関としての性格も持っている。教育機関、また研究機関としての大学について分析を試みる。
大学教育を受ける目的のうち、将来の高い所得に対する期待に着目すると、教育費の支出は、将来得るであろう所得に対する投資であると考えることが出来る。その投資効果について、高校卒業後すぐに就職する場合と、大学で4年間教育を受けて就職する場合を比較して試算する。ここでは大学卒、高校卒の両者に対し、就職後稼得した実質賃金から教育に要した費用を控除したものを全て貯蓄するものと仮定し、大卒者と高卒者の退職金を含めた所得が同一になる利子率を教育の収益率と考える。
その結果、35年生まれでは11.1%、50年生まれでは8.1%、65年生まれでは9.0%と、35年生まれに対し、教育の収益率は大きく低下した(第I−1−23図)。
次に男性について教育による産業ごとの収益率を試算した。高卒の産業計の生涯所得を大卒の産業ごとの生涯所得と比較したものを「産業別の教育の収益率」として試算を行うと、金融・保険業が全世代を通じ収益率が最も高い(第I−1−23図)。
同様の分析を女性について50年生まれと65年生まれについて行ってみると、収益率は50年生まれで10.7%、65年生まれで11.8%と男性平均と比べはるかに大きい(第I−1−23図)。
学生は大学に対し、仕事で必要とされる実用的知識を求めるようになっている。「大学生にふさわしい知識教養を得るため、また学生生活を充実させるため、大学で行われている正課教育、課外教育で不足しているものは何か」という問に対しては全体の約4分の1が各種資格試験の勉強と答え、その外では外国語、情報化への対応に関するものが多い(第I−1−25図)。
学生の大学に対して求めるものや、ダブルスクール現象などから学生の求めるものと大学の講義内容の間のミスマッチがあることがわかる。同時にミスマッチ解消に向けてカリキュラム改革等大学側の取り組みもみられる。
本章では、教育についての安全・安心について検討を行った。日本の小中高生の学力はこれまでの教育により、世界でもトップクラスのものとなっているが、同時に国語、算数・数学、理科を嫌いと答えるものは学校段階を上がるにつれ増加傾向にある。語学力については日本はアジアの中で低い位置にある。
いじめ、校内暴力、登校拒否、体罰等の問題については、その解消に向けて様々な取り組みが行われているもののなお憂慮すべき状況にある。
教育費を将来得られるであろう所得に対する投資とみると、大学教育の収益率は低下しているが、いまだ投資として見合うものである。大学は学生の求めているものを踏まえながら改革に取り組み、学術研究の実績は向上しつつあるが課題もある。
日本の教育の安全・安心のために家庭、学校、地域等の協力によるいじめの防止、社会で必要とされる技能に対し教育機関が今後一層敏感になることが求められている。
日本的雇用が、すべての雇用者に適用されているのではないにしろ、それが社会の安心をつくり出してきたことは事実である。雇用が安定しているという安心と、所得が年功的に上昇し、結果として生活の必要に応じて所得が支払われることになるという安心は、これまで結果として国民生活の安心をもたらしてきた。それが崩れるとすれば、個人と社会は、今後どのような対応を迫られるのだろうか。
雇用者数、実質賃金、失業率について、日、米、欧の長期的動向を比較すると、アメリカでは雇用が増大し、失業率が低下したが、実質賃金は低下している(第I−2−3図1〜6)。
スウェーデンを除くヨーロッパ各国では実質賃金は高まったが雇用は伸びず、失業率が高まっている。これに対し、日本はヨーロッパ同様実質賃金が上昇し、雇用も増加している。しかも欧米に比べて雇用の変動も小さく、失業率も低かった。概して日本の雇用情勢は欧米に比べて良好であった。
これまで、「長期雇用」や「年功賃金」に代表される日本的雇用が日本の安定的な雇用の拡大を支えてきたと評価されてきた。勤続年数を国際的に比較すると、日本の男子労働者の勤続年数は、12.7年と、ドイツの12.1年、フランスの10.6年とはさほど変わらないものの、アメリカの7.5 年、イギリスの9.2 年と比較すると長くなっている。
また、年齢別賃金カーブを国際的に比較すると、ブルーカラー、ホワイトカラーともに日本の年齢別賃金カーブは各国に比べ急である。さらに、年齢別賃金カーブを企業規模別にみると、10〜99人規模の小企業においても年齢別賃金カーブの傾きは急であり、中小企業労働者にも年功賃金が適用されている(第I−2−6図1)2))。このように、日本的雇用は中小企業労働者、ブルーカラー層にも広くみられるものである。
バブル崩壊後、我が国の雇用情勢は悪化し、これまで高い評価を得てきた日本的雇用も、今後は部分的な変化が避けられないとの見方が強まっている。
日本的雇用慣行の下では、企業は景気後退期でも人員整理をできるだけ避けようとするため、新規学卒者等の採用抑制などにより調整を行う。したがって、景気後退期に新規学卒者 の就職状況が厳しくなり、若年層の失業率が高まる一因となる。
バブル崩壊後の景気後退期は、第2次ベビーブームの世代が新規学卒者となる時期にあたっており、このことが、新規学卒者の雇用をより悪化させたとの見方がある。しかし、新規 学卒者の全体は、92年には減少に転じており、新規学卒者が多くなったために若年失業者が増加したとの議論は妥当でなく、景気後退による労働需要の減少が、若者の雇用を悪化させたと いえるだろう。
企業は90年代に入り中高年層の賃金の伸びを抑えている。高卒、大卒別に80年以降の年齢別賃金カーブの推移をみると、いずれも中高年40代を中心に下方にシフトしており、年齢賃
金カーブが緩やかになっている(第I−2−11図1)2))。しかし、これを学歴計でみた場合には、下方シフトは確認できなくなる(第I−2−11図3))。
これは、労働力構成の高学歴化によって、より勾配の急な大卒賃金カーブの適用を受ける労働者が増え、各年齢階級の平均賃金が上昇したためである。さらに、賃金カーブを学歴別にみた場合でも、50歳代後半以上の年齢階級では、賃金の低下がほとんどみられない(前掲第I−2−11図1)2))。
この理由は、80年代半ば以降、60歳定年制の導入が進んだことによる。一般に、定年後、離職して再就職する際、賃金の低下が伴うことが多く、50代後半で年齢別賃金カーブが低下する要因の一つとなっている。ところが、定年年齢の延長によって、勤続年数が長期化し、50代以上の労働者の平均賃金は結果として高まることになった。
先にみたように、バブル崩壊後の新規学卒者の就職環境の悪化は労働需要の低迷によるものであった。したがって、今後景気の回復が本格化し、労働需要が高まれば、若年層の雇用 情勢も好転するものと思われる。
日本的雇用制度研究会「日本的雇用制度アンケート調査」によると、今後5年間の中高年層の余剰人員対策については、「早期退職優遇制度を拡充する」「グループ外の企業に出向 ・転籍させる」などの厳しい方策をとろうという企業はそれぞれ9.3 %、 8.5%と比較的少数にとどまっている。一方、財連合総合生活開発研究所「サラリーマンの企業帰属意識と職業転 換能力に関する調査研究」で、労働者に大量転職時代などの論議に関連する意見をたずねたところ、「雇用を守るという会社の経営陣の責任は重く、軽々しく社外に出さないはずだ」とし た労働者はわずか8.2 %と低く、会社の方針とは対照的に、労働者はあまり会社を信頼していないとも考えられる。
日本的雇用慣行が女子労働者に適用されているか、まず平均勤続年数でみると、女子の平均勤続年数は7.4 年とアメリカの5.9 年、イギリスの6.3 年よりは長いものの、ドイツの8.0 年、フランスの9.6 年より短く、国際的に見て特に長くはない。次に、年功序列賃金について、国際的に年齢別賃金カーブを比較すると、ブルーカラー、ホワイトカラーともに、日本も 各国同様に年齢上昇に伴う賃金上昇はみられない(第I− 2−15図1)2))。
大半の女性に日本的雇用が適用されてこなかった中で、専門的・技術的職種に進出する女性が増大してきた。専門職は、出産・育児・介護による一時退職によって仕事の上で不利に なることも少ない。薬剤師や小中学校の教師は、女性の占める割合がそれぞれ約6割、約5割となり、女性が比較的多い職業として定着している(第I −2−18図)。司法試験合格者も80年代後半以降増え始め、最近では20%を女性が占めるようになった。その他、歯科医、医師、公認会計士、証券アナリストなどに占める割合も着実に増えている。
日本的雇用制度研究会「日本的雇用制度アンケート調査」により、企業に対して、賃金に見合うだけの貢献をしていないと思われる社員の割合を年齢階級別に聞いたところ、中高年 層ほど高くなっている(第I−2−21図)。しかし、会社への貢献と給与とが見合っている、または貢献が給与以上であると答えた労働者は、いずれの年齢階級においても高く、ほぼ9割前後となっている。
連合総研「サラリーマン調査」において、転職を妨げている要因をたずねたところ、「長くいるほど賃金が高くなる仕組みの中にいるから」「定年までいた方が退職金が有利になる 仕組みがあるから」がとりわけ多くなっている(第I−2−22図)。他にも、金銭・処遇の面で長く勤めることが有利であるとする回答が多く、会社への信頼を強調した回答は相対的に少ない。労働者の会社への信頼度が相対的に低いのは、今後、年功賃金体系の変化等から、雇用環境についても、かつてほど安心できなくなってくると考えているからではないかと思われる。
日本的雇用の下では、長期雇用を前提に会社が教育・訓練投資を行ってきた。しかし、今後転職が増加すれば、会社が労働者に訓練を行うインセンティブは弱まり、労働者は自ら他の会社でも通用する能力の形成を考えなければならなくなる。また、こうした変化に伴い、これまであまり重視されていなかった大学等における職業能力を高めるための教育へのニーズが高まっていくだろう。
日本的雇用慣行を取り巻く環境は変化してきている。若者も中高年も雇用環境が悪化している。企業は、これまでの賃金制度、退職金・企業年金制度の年功的性格を変更しようとしている。企業は、雇用調整については慎重な態度を示し、長期雇用を守ろうとはしているが、労働者は余り会社を信頼していないようである。
年功賃金体系が変化していくことは、考えようによっては、日本的雇用が適用されていなかった女性にとってのチャンスとも考えられる。既に専門職への進出にみられるように、女性が自ら活躍の場を求める動きも、今後さらに高まっていくものと思われる。
日本的雇用慣行を取り巻く環境変化のなかで、個人も新しい生き方が求められている。会社に依らず、会社外で通用する技能を身につけることが仕事の安心のために必要となっている。また、生計費の上昇とともに増加する年功賃金をあてにすることなく、生活を設計することが生活の安心のために求められている。
家族は社会の最も基本的な単位であり、生活の糧を得、子供を生み育て、老親を介護し、精神的安らぎを与え、文化を継承してきた。特に、子供にとって、家族は自分を保護し、 安心を与えてくれる必須のものである。
社会の安全・安心のためには、家族の安全・安心が保たれていることが必要であり、家族の機能の崩壊は、当然に社会を崩壊させる。
日本の家族が離婚、ひとり親世帯、婚外子といった面でどのような状況にあるかをみる。
離婚率の上昇に伴って、貧困の女性化が進行している国もある。アメリカで貧困の基準とされている貧困線以下の世帯の世帯主の男女比率をみると、59年には男性が約60%を占め ていたが、60年代後半に男女の比率が逆転し、女性が6割弱を占めるようになった(第I−3−4図)。これは離婚に伴い、母親世帯が増えたためと考えられている。
日本について、生活保護を受け始めた世帯の世帯主の男女比率をみると、70年代後半から80年代の初めにかけて女性の比率がわずかに上昇したが、再び低下し、男性が依然として 7割を占めている。
欧米では結婚する前、あるいは法的な結婚の代わりとしてコーハビテーション、すなわち事実婚を選択する人が増えている。
これらの国では子供が生まれてから法律婚の手続きをとる人もいると言われているが、少なくとも生まれた時でみると、婚外子の割合が増加している(第I−3−5図)。アメリカでは92年には、30.1%が婚外子となっており、ヨーロッパでは特にスウェーデンが高い。これに対し、日本は1%という低い水準で推移している。
日本はひとり親世帯が増えてはいるもののその比率は小さく、貧困の女性化現象も起きていない。法的手続きを踏んで結婚する人が多く、事実婚は少ない。しかし、日本でも、離 婚率が徐々に高まり、ひとり親世帯が増加するなど、諸外国ほどではないが、変化してきている。
日本の家族は生産の主体から精神的結びつきを中心としたものに変わってきている。国際的な意識調査により、家族の安全・安心に関する家族観をみていく。
既にみたように、どの国でも離婚率が高まっている。22カ国の共同プロジェクトである「国際社会調査」(1994年)で「子供がいれば夫婦仲が悪くなっても別れるべきではない」 かと尋ねたところ、日本は男性の61.7%、女性の52.3%が賛成しており、子供はかすがいとなっている(第I−3−7図)。これに対し、ア メリカは男性が19.2%、女性が11.2%賛成しているにすぎない。ヨーロッパ諸国もほとんどがアメリカと同じ水準にある。
男女年齢別にみると、アメリカは年齢によっても全く差がみられず、日本は男女共年齢の若い人ほど「子はかすがい」意識が薄れており、30歳代の女性では30.6%が賛成している にすぎない。ヨーロッパ諸国では日本とほぼ同じ傾向があり、年齢の若い人ほど「子はかすがい」意識が薄れている。
離婚についての考え方がより柔軟になるとともに、男女の役割分担意識も流動化している。
「国際社会調査」で「男性の仕事は収入を得ること、女性の仕事は家庭と家族の面倒をみること」という役割分担についての考え方を尋ねると、日本では、男性の43.8%、女性の 35.4 %が賛成している(第I−3−9図)。アメリカでは、男性25.8%、女性17.5%と日本より少ない。特に、77%の女性が働いているスウェーデンでは、アメリカよりさらに少ない。
役割分担意識を男女年齢別に見ると、日本は男女共若い人ほど賛成が少ない傾向がある。20歳代の女性で賛成する者は21.6%にすぎず、同じ年代の男性を大きく下回っている。ア メリカも日本と同じ傾向にあり、同じ年齢でも男女の差が大きい。
家族形態の多様化が進み、外で働く妻が増える中で、離婚や男女の役割分担に関する意識も変わりつつあるが、家族の安全・安心が大切であることには変わりはない。家族の絆を 保つために、従来の固定的な役割分担に囚われず、家族が互いに助け合っていくことが求められている。
夫の安心とは何かを考えると、経済的に安定しているといった経済的な安心、家族から信頼されているといった精神的な安心が挙げられる。
戦前は夫が名実ともに家長であり、権威を持っていた。戦後はサラリーマン化して家庭が生産の場ではなくなったため、家族が夫を助けて共に働くことは少なくなった。これにより70年代央までは専業主婦が増加したが、その後第三次産業の発達に伴い、パートタイムを含め女性の雇用機会が増大し、家庭の外で働く妻も増えている。
さらに、単身赴任などで、夫が家族と離れて暮らす場合も少なくない。全国の約1万4千の事業所を対象とした調査によると、単身赴任者数は着実に増加し、95年には3万7千人となっている(第I−3−12図)。帰宅時間の遅さに加え、単身赴任が増えて、家庭内で夫が過ごす時間は少なくなっている。また、安らぎを与えてくれる家族から離れて一人暮らしをすることも夫にとって大きな負担といえる。
現在では51.2%の妻が何らかの形で働き、収入を得ているが、妻の就業選択は夫の収入に影響を受ける。「世帯主は家計を支えるために働くが、世帯主の収入が低ければ、その他の家族も収入を確保するために働きに出る」というダグラス−有沢の法則と呼ばれる経験法則がある。
この経験法則はかつてのアメリカで成立することが示されたが、現在のアメリカでは、以前と比べ成立しなくなっている(第I−3−16図)。曲線は最近になるほど上方に移動しており、妻の有業率が全体的に高まっている。これは、70年代以降アメリカ男性の実質賃金が伸び悩んだため、家計補助のため、またより豊かな生活を求めて女性が働き出したことが大きな要因と考えられる。他にも、失業率が高まり夫が失業する可能性が高まったこと、離婚する可能性が増大したこともあると思われる。
一方、日本ではこの法則が現在でも成り立っている。総務庁「全国消費実態調査」の個票を用いて集計した結果によると、94年では傾きが緩やかになり、曲線も上方に移動しているものの、依然概ね右下がりの関係がある。
現在でも日本でこの法則が成り立っているのは、70年代のアメリカのような大きな社会経済変化が起きていないためと考えられるが、第2章でみたように年功賃金体系の変化等から夫の雇用環境についてもかつてほど安心できなくなってきており、夫の収入に関わらず、妻も働くようになっていくかもしれない。
次に、女性が仕事を持つことに対する意識をみてみよう。「国際社会調査」で「女性が自立するためには、仕事を持つのが一番良い」、「今日では多くの女性が、家計を支えるた めに働かざるを得ない」か尋ねたところ、多くの国では男女とも「自立」のためより「家計」のために働かざるを得ないという意見のほうが多い(第I−3−17図)。意識の上でも女性は家計補助のために働き出していることが確認できる。
日本においても欧米諸国と同じように、家庭と仕事の両立のための制度が整備されつつある。しかし、末子が就学前である既婚男女雇用者2,000 人に対し育児休業の取得の有無に ついて尋ねたところ、取得したことがあるのは女性が60.9%、男性は2.0 %である((財)連合総合生活開発研究所「勤労者家族問題の総合的調査研究報告書」1994年)。
また、95年4月からは全ての事業所に対して育児休業制度が義務づけられるようになった。さらに、介護休業制度等については、95年6月に法制化され、99年4月から一律に事業主 の義務となる。これを機に、取得しやすい環境を整備していくことが望まれる。
また、働く女性のための国や自治体への要望は「育児サービスの充実」や「介護サービスの充実」が大きく増えており、仕事と家庭の両立のために、育児、学童保育、介護サービ スの一層の充実とそれを利用しやすい環境整備が求められている (第I−3−20図)。
家族を巡る社会経済情勢が変化し、家族形態や家族観も変わっている。働く妻が増加し、家族の精神的な結びつきの重要性が高まっている中で、家族の絆を保つために、家族一人一人、特に夫と妻が従来の役割分担に囚われることなく、努力することが求められている。
社会の安心のためには、国民の身近な生活が、安心なものでなければならない。住宅が、妥当な価格で利用できるだろうか。地震・災害から、国民は守られているだろうか。危険な商品や公害から、守られているだろうか。また、私たちは、良好な環境を子供たちに残していくことができるだろうか。日本の犯罪を、世界的にみても低いままに保っていくことができるだろうか。これらの関心事について、国際比較と時系列比較によって生活の安全と安心を守っていくために何が必要であるかを考えたい。
住宅環境の安全水準を危険又は修理不能住宅の総住宅に占める比率でみると、93年で全国の持ち家の0.2%、借家の0.6%が修理不能な危険住宅となっている(第I−4−1図)。さらに、大修理を要する住宅を加えた比率も、93年で持ち家の4.0%、借家の7.3%が修理不能あるいは大修理を要する危険住宅となっている。
欧米諸国と比較して日本の住宅をみると、1人当たり床面積については、日本は30.9m2で主要国中最低の水準にあり、アメリカの半分の水準でしかない。借家の一戸当たり床面積は45.1m2と、主要国中最も低い水準となっており、アメリカの4割の広さにすぎない。
1m2当たりの戸建住宅価格(円換算)で比較すると、東京、大阪とも主要都市中最も高く、ニューヨークと比べて7倍以上の価格差がある(第I−4−4表)。さらに、住宅を購入するために何時間働かなくてはならないかと考えると、東京、大阪では主要都市中最も長く、ニューヨークと比べて、3.7〜5.0倍の時間となる。
以上みてきたように、日本の住宅の安全水準は、必ずしも改善しているとはいえない。
住宅の広さについては、時系列的には着実に改善しているものの、国際的にみると、低い水準にあり、特に、借家の居住水準が著しく低くなっている。また、住宅価格はバブル崩壊後、低下しているものの、国際的にみれば、住宅価格、アパート家賃とも主要国中で高水準にある。今後とも、良質な住宅・良好な住環境の整備を図っていくことが求められている。
95年の阪神・淡路大震災は、地震の恐ろしさや、日本が地震列島であることを思い起こさせた。今回の地震の被害を振り返り、地震からの安全・安心の方策を検討する。
日本は、これまで様々な自然災害に見舞われてきたが、阪神・淡路大震災の死者は6,308人、行方不明者は2人にのぼり、一つの災害で、戦後のいずれの年の自然災害による死者・行方不明者総数をも上回る大きな被害を記録した。
建物等の被害をみると、階数の高い建築物が低い建築物よりも被害が大きい(第I−4−7図)。また、同じ階層の建築物で比較すると、建物の全体又は一部を柱で支え、そこを自由に通れるようにした空間部分であるピロティをもつ建物の方が、それをもたない建物よりも被害が大きい。
この被害状況を、94年1月にロサンゼルス市で発生したノースリッジ地震と比較してみると、阪神・淡路大震災の方が地震の規模、被害の状況ともに大きい(第I−4−10表)。阪神・淡路大震災は負傷者、被災建物がノースリッジ地震の5倍前後であるが、死者は110.7倍と特に大きくなっている。今回の地震の教訓の一つは建築物の耐震性をいかに確保するかである。築年の古い建築物が被害を受けたときにも、少なくとも生命は守れるだけの耐震性が最低限必要とされる。
阪神・淡路大震災の経験を踏まえ、災害対策基本法などの関係法令の改正・制定、防災基本計画等の見直しなど様々な防災関係の対策がとられている。公共施設等の耐震改修では橋脚等の補強対策が実施され、鉄道、港湾についても耐震補強が行われている。
防災に関しては、国民自らが災害に対して危機意識を常に持ち、自分の身はまず自分自身で守るという意識を持つことも重要である。また、阪神・淡路大震災では地震発生から1ヵ月間のボランティア数は1日平均2万人で、発生から3ヵ月間で延117万人がボランティアに参加した。国民自ら災害をわが身のものと考え、地域連帯意識を持ち合わせることも防災対策として欠かすことはできないだろう。
個々の消費者は、商品や取引の安全性について判断する情報や能力が事業者より劣っている状況にあるため消費者を支援し、消費生活の安全・安心を確保することが重要である。
95年7月から施行された製造物責任法は、被害の円滑かつ適切な救済という観点から、製造業者に「過失」がなくても製品の「欠陥」があれば賠償責任を負わせることにより、被害者の立証負担を軽減するという趣旨で導入された。製造物責任制度の導入以前に比べ、製造物責任法の周知度が高まってきており、製造物責任法が浸透してきていることがうかがえる(第I−4−13図)。
消費の安心を確保するためには消費生活に関する情報が消費者に届いていることも重要である。その情報の一つである商品テスト誌は、各国とも様々な種類のものが発行されている(第I−4−14表)。日本においても消費者に対し積極的に情報提供を行い、豊かな消費生活の創造を一層支援することが求められているといえよう。
マルチ商法は、他人を連れてきて加盟させることで利益が得られるといった儲け話をして新たにビジネスをする人を誘い、その条件として入会金や商品購入等の名目で金銭的負担をさせる商法である。マルチ商法では、商売の経験が乏しい主婦や青少年が組織に加盟することが多いことから、売れない商品を抱え込んだり、初期投資を回収するために知人に対して無理な勧誘を行う等の問題を引き起こす可能性を有している。
訪問販売法では、勧誘時や解除を妨害するための不適正な行為を禁止し、連鎖販売業の概要や契約内容を記載した書面の交付を義務づけるとともに、加盟者が一定期間内は契約が解除できるクーリングオフ制度を設ける等の措置を講じている。
販売方法や契約取引の形態はますます複雑になっている。消費者の安全を守るためには、消費者と事業者との間の取引においては、事業者に対して契約の条件や内容を消費者に十分に説明することが求められる。また、契約内容そのものの適正化を図ることなどが必要である。一方、消費者自らも契約の条件や内容を理解し、その安全性に十分留意し、消費者被害に関する情報などを入手していくことが大切である。
生活に適した環境を次世代の子供たちに残していくためには、環境への負担を最小限に抑え、自然と共生できるようにすることが大切である。
総理府「環境保全とくらしに関する世論調査」(1995年)等により環境への関心分野をみると、近年は地球環境問題への関心が高まっている。地球温暖化に対して二酸化炭素など温室効果ガスの排出量の削減が全地球的に重要な課題となっている。
二酸化炭素について、我が国の排出量をみると、一人当たり排出量では少ない方にあり、特にGDP当たりでは最も少ないものの、排出総量では世界第4位である(第I−4−18図)。
人間の生活は環境の恵みを受けている。わが国でも国民一人ひとりが自分自身の日々の生活と環境との関わりを認識し、その自覚にたって行動することが不可欠である。
わが国の治安は、これまで諸外国に比べ良好であるといわれてきたが、近年は薬物事犯検挙者の増加や駅構内での射殺事件など、社会の安全・安心が脅かされている状況にある。
薬物事犯による検挙者数をみると、数としては覚せい剤取締法違反が特に多く、80年代後半から減少傾向にあったが、95年には急増した。年齢別には大麻取締法違反は未成年者や20歳代の検挙者の割合が高い。また、95年には少年の覚せい剤取締法違反者が急増した。
銃器の押収丁数はこの数年大きく増加しており、92年以降、暴力団勢力以外からの押収丁数の割合が大きく上昇し、一般の国民生活の中にけん銃が流入しつつあると思われる。(第I−4−23図)。
どのような生活も生活環境が将来にわたり安全・安心を満たしていなければ、もろく壊れやすいものである。生活の豊かさを自由や快適に向けるだけでなく、安全・安心にも振り 向け、これを確保していくことが必要であろう。
病気になり、働けなくなることは、古くから困窮の大きな要因であり、大きな不安の元だった。また、年をとれば病気にかかりやすくなり、働くことが難しくなる。公的年金と国
民皆保険制度は、国民をこれらの不安から、ある程度解放したが、高齢社会の到来とともに、財政負担の問題が大きくなっており、国民の不安も高まっている。
一方、日本の高齢者は能力もあり就労意欲も高く、また貧しい高齢者も多いものの、多くの資産を保有している高齢者も多い。
本章では、医療、年金、福祉のあり方と、高齢者の能力と資産を活用するための方策を、検討する。
医療に対して満足している人の割合は低下している。しかし、診療に対する説明不足や、むやみに投薬、注射をするなど、様々な不満や無駄があるにせよ、日本は国民誰もが低いコストで、医療にかかることができるという制度を実現させてきた。国際的にみても、GDPに占める、公的支出と患者負担を合わせた国民医療費と患者負担の医療費の比率は、日本は94年でそれぞれ、6.9%、1.4%であり、他の国と比べて特に高くはない。
次に、国民医療費を高齢化率(65歳以上人口の総人口に対する比率)を考慮してみる(第I−5−4図)。日本は1980年代央まで、高齢化率の上昇とともに国民医療費の対GDP比も上昇し、その後ほぼ横這いの状況にあったが、91年以降上昇している。しかし、欧米諸国では高齢化とともに医療費が増大している。日本は、国際的に例をみない速度で高齢化が進むと予想されており、今後医療費が増大し、対GDP比も上昇していく可能性も大きい。
こうした状況により、今後も安心して医療を受けられるためには、医療の効率化が求められている。以下一般医療と老人医療に分けて考えていく。
国民医療費に占める薬剤費の比率を、厚生省保険局資料でみると、日本は29.5%であり、アメリカ11.3%、ドイツ17.1%、フランス19.9%、イギリス16.6%と比べて最も高い(第I−5−5図)。また、93年の一人当たりの薬剤費をみても、日本は57,589円で最も高い。 さらに、日本では使用した薬剤費の額が多いだけではなく、薬価、すなわち薬の値段そのものも高い。大阪府保険医協会調査(1994年)によると、日本の薬価は、アメリカの1.1 倍、 ドイツの1.4倍、フランスの2.7倍、イギリスの2.7倍である。(第I−5−6図)。
なお、薬価を87年以前の承認薬(薬事法に基づき、販売が認められたもの)と88年以降の承認薬にわけて比較すると、88年以降の承認薬のほうが87年以前の承認薬に比べ各国とも高くなっている。
また厚生省調査によれば、日本の薬価はフランス、イギリスより高いものの、アメリカ、ドイツよりも低い。このように結果が異なるのは、大阪府保険医協会調査が日本でよく使われている薬62品目を調査しているのに対し、厚生省調査が世界的に広く使われている30品目で調査しているからである。30品目では、医療上の評価の確立した安価な薬の比重が高いのに対し、62品目では高価な新薬の比重が高くなっている。
医療費に占める検査費・画像診断費の割合もそれぞれ、10.8%、4.6%(94年)であり、両者を合わせると15.4%と、相当のものとなっている(前掲第I−5−5図)。
画像診断設備の設置状況を、人口十万人あたりの保有病院数でみると、日本はCTスキャナーがアメリカの2.9倍、MRI(核磁気共鳴画像診断)が1.6倍、ECHO(超音波画像診断装置)が3.8倍である(第I−5−8図)。
しかも、日本貿易振興会「対日アクセス実態調査報告書(医療機器)」(96年)によると、日本の医療機器の販売価格は欧米諸国に比べて高額である(第I−5−9表)。例えば、MRIは、日本の販売価格が2.5億円〜4.3億円であるのに対し、アメリカ、ドイツ、フランスでは2億円程度である。
高価な医療機器を数多く導入しているため、費用を回収する必要もあり、高額医療機器の使用率が高まることになる。このことが、医療費全体に占める「検査・画像診断」コストの上昇をもたらしている可能性がある。
医療費の増加を別の観点からみると、大きな要因となっているのは、老人(70歳以上)医療費の増加である。老人医療費の総額が伸びている原因は、老人数の増加という人口構成要因だけではなく、老人一人当たりの医療費が伸びているためでもある。厚生省「国民医療費」によると、70歳以上の一人当たり年間医療費は77年の25万4千円から93年の63万6千円へと2.5倍になっており、0〜69歳が5万8千円から12万3千円へと2.1倍に増加しているのと比べても大きい(第I−5−10図)。
こうした、高齢者の長期入院の背景に、治療よりもむしろ介護を必要とする高齢者が長期間病院に入院する、いわゆる「社会的入院」の問題が挙げられる。高齢者が一般病院に入院する月当たりの費用は、特別養護老人ホームの約2倍となっており、高価な医療資源が費やされている(第I−5−14図)。
病院は病気を治療するための施設であり、介護が必要な高齢者が、長期にわたって入院することは、高齢者自身にとっても望ましいこととは思えない。特別養護老人ホーム、老人保健施設、療養型病床群、一般病院の、法令で定められた最低居室面積を比較すると、介護形態をとる施設ほど広くなり、居住水準が向上している。要介護となった高齢者の立場からも、病気の治療を目的とする医療機関ではなく、できる限り住み慣れた住宅や介護体制の整った施設で介護サービスを受けることが望まれる。
にもかかわらず、「社会的入院」が広範に行われる理由として、在宅、施設介護サービスが量的にも質的にも不十分であることが挙げられる。なお、介護を行なう施設である特別養護老人ホームと老人保健施設の定員数は、あわせて29万2千人(厚生省大臣官房統計情報部調査、1994年)であるのに対し、要介護老人は141万6千人いる。
また、全体の医療費は高額であるが、医療機関の利用者負担は月3.9万円である一方特別養護老人ホームの場合、本人と扶養義務者の収入に応じた利用者負担となるため、高額所得者層にとって重い負担(年収800万円の平均的サラリーマン世帯で老親が厚生老齢年金受給者の場合、月19万円の負担)となることから、医療機関を利用するという側面がある。
公的年金制度は、人口の高齢化の進行とともに、年金給付費が増大しており、保険料等の負担が高まることが予想されている。こうした年金制度について、そのコストも視野に入れた安心できる年金制度、あるいは老後生活の安心をより確保するためにはどうすればよいのかについて考察する。
(高齢化の進展等に伴い負担が高まる日本)
縦軸に賃金に対する年金給付額の割合、横軸に賃金に対する保険料負担額の割合をとり、その関係を日本及びヨーロッパ諸国についてみると、ヨーロッパ諸国と比べて給付はほぼ同水準にあるのに対し、負担が低いことがわかる(第I−5−21図)。しかし、年々、日本の負担はヨーロッパ諸国の水準に近づいている。高齢化の急速な進行に伴う負担水準の引き上げにより、給付・負担比率は急速に低下している。
また、年金受給世代と現役および将来世代との間で、若い世代ほど年金給付に対する年金負担比率が高くなっている。今後、本格的な高齢社会を迎えるに当たって、給付と負担のバランスを確保し、将来世代に過重な負担を課さないことが重要な課題となっている。
今後、高齢化及び少子化の進行が見込まれる中で、国民は今後の公的年金制度のあり方についてどのように考えているのかをみる。80年調査では「支給開始年齢引上げ」「保険料増額」「年金額減額」の順で高く、96年調査でも同じ調査結果となっているものの、「支給開始年齢引上げ」「年金額減額」と答えた者が増加している。
93年度末の平均的な高齢者夫婦の厚生年金(国民年金を含む)の年金月額は198,849円となる。一方、最低日常生活費について尋ねたところ、平均で23.1万円となっており、公的年金月額だけでは3万円程足りないものの、老後の最低日常生活費はほぼ賄えているといえる。
高齢化の進展に伴い、年金、医療、福祉などの社会保障給付費は増加を続け、財政負担も大きくなっている。今後、さらに国民負担が増大していくことを避けるために、社会保障制度の効率化が求められている。
日本の社会保障制度の一つの問題点として、老人福祉が不十分であることが挙げられる。日本の社会保障給付費のGDP比の内訳をみると、欧米諸国の医療費と福祉費の比率がほぼ同じであるのに対し、日本では医療費のウエイトが極端に高い(第I−5−25図)。
さらに、年金、医療、福祉のそれぞれが独立した制度となっており、病院で入院し、医療サービスを受けている老人も年金が受給できるという仕組みとなっている。病気で入院している老人の生活費には年金をあてることも可能であろうし、寝たきりで介護を必要としている老人は、本来、病院で介護を受ける必要はないであろう。こうした点を踏まえて、それぞれの制度を連動させ、効率化することが必要である。
今後、働きたい高齢者が安心して働けるような就業機会の確保、あるいは高齢者の資産を活用することにより、老後の安心を高めることができるのではないだろうか。
日本の高齢者の労働力率は欧米諸国と比較すると相当に高く、国際的にみて、勤労意欲高い。
また、高齢者の能力全般についてのデータはないが、55歳及び59歳の体力と平均余命との関係の推移をみると、男女とも平均余命の上昇に従って体力も向上していることがわかる(第I−5−26図)。しかし、現在の高齢者は勤労意欲が高く、能力も向上しているのにもかかわらず、その雇用環境は、かなり厳しい状況にある。
企業規模別に定年制の採用状況をみると、企業規模が大きくなるほど60歳定年制を採用しており、小規模の企業ほど定年を定めていない。一律定年制を定めている企業における勤務延長制度、再雇用制度の採用状況をみると、企業規模が大きくなるほど制度なしの割合が高い。60歳台前半層への雇用延長に対する課題をみると、企業規模の大きな企業ほど「賃金体系、退職金制度の見直し」と答えている。
年金額と就業率との関係をみると、男女とも年金額が増加するほど就業率は低下している。このように政府側の対応としても、高齢者の勤労意欲を阻害することのないよう、社会保障と勤労収入とのバランスのとれた施策の実施が必要である。
高齢者夫婦世帯と標準世帯との一人当たり年間収入をみると、高齢者夫婦世帯が248万円、標準世帯が173万円と高齢者夫婦世帯の方が高い(第I−5−29図)。その一方で、高齢者夫婦世帯では、100万円未満の世帯も約8%あり、所得の低い高齢者もいる。
貯蓄現在高の世帯分布を高齢者夫婦世帯と標準世帯で比較すると、高齢者夫婦世帯の方が高くなっている。住宅・宅地資産額の世帯分布について比較すると、実物資産をみても高齢者夫婦世帯の方が高くなっている。このように高齢者夫婦世帯は、平均的にみれば、標準世帯に比べて金融資産、実物資産ともに多くの資産を保有している。
高齢者は平均的にみれば、多くの資産を保有しているが、その資産の内訳をみると、60歳代の74.6%、70歳代の78.1%が住宅・宅地のような流動性の乏しい実物資産で占められている(第I−5−32図)。
高齢者の保有する実物資産のフロー化が可能となれば、高齢者は公的年金制度のみに依存することなく、老後のゆとりある生活費を確保することができる。
こうした試みは東京都の武蔵野市や世田谷区ですでに実施されており、信託銀行の不動産担保年金融資などの金融商品としても販売されている。しかし、未解決の問題も多くあり、その解決が安心できる老後生活の実現のための課題となっている。
日本の高齢者は勤労意欲も高く、働く能力もあるのにもかかわらず、その雇用環境は厳しい。就業機会の確保のためには、これまでの年功賃金体系の見直しも必要となっている。
政府側の対応としては、高齢者の勤労意欲を阻害しないよう留意することが必要である。
高齢者は、現役世代に比べて、多くの資産を保有しているが、資産のかなりの部分が宅地などの実物資産で占められている。また、フローはなくてもストックは持っている高齢者も存在しており、資産のフロー化が必要である。
今後、本格的な高齢社会を迎えるに当たって、老後生活の安心を確保するために、年金、医療、介護の組み合わせによる福祉制度の効率化に加え、高齢者の能力や資産を活用することが必要である。
家計を取り巻く経済環境の変化や、家計の収入、消費、貯蓄の動向について概観する。
特に規制緩和と物価の関係や情報化の進展状況についてみる。
95年度の我が国経済をみると、経済成長率は2.2%増となった。物価はさらに安定基調を強めており、国内卸売物価0.8%の低下等を受け、消費者物価は0.1%低下している。雇用情勢については改善の動きが見られるものの、完全失業率が96年4〜6月期で3.5%と調査開始以来最高の水準となるなど、厳しさが続いている。
耐久財や衣料品等で価格破壊とよばれる現象が顕在化しているのに対し、サービスは、輸入品との競争もなく価格破壊といわれるほどの現象は起きていない。総理府「物価問題に関する世論調査」によれば、消費者が価格指向を強める中で、サービスの価格は割高であると感じていることがうかがえる。
個人向けサービスを中心に価格と消費の関係をみると、価格の上昇が高いサービスについては比較的消費も抑制気味になっている。(第II−1−11図)。
実際に最近規制が緩和された商品・サービスのうち自動車整備(定期点検)費、ガソリン等で概ね規制緩和を契機に価格は上昇を鈍化させるか、低下傾向にある(第II−1−13図)。
規制緩和により、競争阻害要因が除去され、生活コストが低減し、消費者に大きな利益がもたらされている。
国際比較により、日本における家庭の情報化の現状をみると、近年急速に進んでいるが米国と比較すると、その進展はこれからという段階にある(第II−1−18図)。情報化の進展が将来、国民生活に様々な利便をもたらすことが期待されているが、真に豊かな国民生活を実現するためには、個人のプライバシーの保護等、ネットワーク社会のルールづくりなど、今後取り組むべき課題も多い。
バブルの発生およびその崩壊は、家計の消費行動や消費構造に変化をもたらしたのだろうか。バブル前後を含めた中長期的視点から、総務庁「全国消費実態調査(以下「全消」)」を用いて、消費構造の変化、情報関連耐久消費財の保有に影響を及ぼす要因、消費・貯蓄行動の変化について分析する。
勤労者世帯の消費性向は、世帯要因などを考慮すると中長期的に変化は小さく、バブルの頃の金融資産効果も、勤労者世帯の消費性向を大きく上昇させるには至らなかった。
次に、所得階級別にさらに詳しくみる。一般に、所得が増えれば消費を増やすのは自然の行動である。しかし、高所得層と低所得層では、同じ金額の所得増でもその世帯の所得が大きく異なればその影響も異なる可能性がある。この効果をみるため、所得階層ごとに消費と所得の関係をみた(第II−2−3図)。多くの世帯が当てはまる30万円から50万円の層では、ほとんど変化がみられない。すなわち、平均的な所得を得ている世帯では、消費と所得の関係にはバブルによる大きな変化はみられない。
耐久財は、購入すれば通常数年間はそのサービスを享受できるので、所得が増加した時に購入し、その後しばらく減少することが考えられる。耐久財について、バブル前後の動向をみると、自動車および教養娯楽用耐久財は、バブルの頃拡大し、その後縮小している(第II−2−6図)。
このように、バブルの頃、購入が増加した耐久財もある。しかし、消費支出全体でみれば、構成比としては小さく、構成比を大きく変えるには至らなかったといえよう。
バブルの頃支出が拡大した自動車について、売上側の統計から、増加要因を新車・中古車別にみると、新車販売は90年をピークに減少しているのに対し、中古車販売は90年以降も微増ではあるが伸び続けており、中古車の寄与が大きかったことが確認できる。また、中古車の増加を「全消」を用いて世帯主の年収階級別にみると、高所得者層にも中古車の購入が浸透しはじめたことが分かる(第II−2−8図)。
単身世帯は、今や世帯全体の25%を占める。ここでは特に若年勤労者単身世帯(30才未満)の消費動向をみてみる。
消費支出の構成をみると、男女ともに食料の構成比が大きく減少している。男女別にみると男性では、住居、交通・通信、教養娯楽等の比率が上昇している。女性では、食料以外に、被服、理美容の比率が減少しており、住居および教養娯楽の比率が増加している。
情報家電の保有にどのような世帯要因が影響を及ぼしているかを中長期的視点からみる。
パソコン、ワープロ、ファックス、ビデオカメラについて分析する。
共通の特徴をみると、所得が多いと保有も多い。また、核家族世帯は、高齢者と同居している世帯と比べ保有が多い等、所得など経済的な要因の他に、年齢や家族構成など世帯属性も影響していることが分かった。
次に各財ごとにみた場合、パソコン保有では、84年には年齢による差はなく、男の子のいる世帯、大都市の持ち家世帯、民間大企業ホワイトカラーに多かった。89年には30歳代に広まり、94年には50歳代前半まで拡大した。子供効果は弱まっており、自分のために買う人が増えていると推察される一方、住宅面積が影響するようになった。
生活の将来への安心のため家計がとる手段の1つとして、貯蓄がある。勤労者世帯および無職世帯を対象に、バブル前後の消費・貯蓄行動を分析する。
年齢要因をみると、40歳代後半から50歳代後半にかけて貯蓄率が低くなっているが、これは子供の教育費増が貯蓄率を押さえている可能性がある。世帯要因をみると、高校・大学の子供がいると低い。大都市になるほど貯蓄率は低い。就業別にみると、ホワイトカラーでも大企業ほど低くなっている。大企業ホワイトカラー男子労働者は、将来の所得に安心感を持っているために貯蓄が低くなっているのかもしれない。
消費性向(貯蓄率)には所得のみならず、資産や家族要因、就業要因なども影響を及ぼしている。勤労者世帯と無職世帯でみる限り、バブルの前後で消費性向に影響を及ぼす要因として、大きな変化はみられない。
すなわち、家計はバブルの時期に消費を大幅に拡大させたわけではなく、所得増に見合った消費行動をとっていたと考えられる。
これまで日本では、「水と安全はただ」と言われてきたが、その安全について、多くの人が不安を感じ始めている。
その背景としては、1995年の阪神・淡路大震災、地地下鉄サリン事件、96年夏の病原性大腸菌O−157による集団食中毒事件などがある。また、日本的雇用慣行を取り巻く環境の変化や少子・高齢社会に向けての年金や医療・介護などの問題は、人々の生活について漠然とした不安を高めているように思われる。
日本の初等・中等教育は、基礎的で標準的な学力を広範に身につけさせるという観点からは、国際的にも優れたものと評価されてきているが、諸外国の教育水準の向上により、優位性が低下している指標も見られる。
英語能力も相対的に低下している。日本人は、「読めるが話せない」といわれているが、「読む」能力も高いわけではない。詰め込み教育の弊害が指摘される中で、学校段階が上がるにつれ、国語、算数・数学、理科を「嫌い」と答える者が増えている。学校の教科書は薄くなっている。国際的に見て日本の学校の登校日数は多いが、授業時間は長くはない。外国語の授業時間数はフランス、ドイツより短い。いじめも深刻な問題となっている。
多くの学生が大学の授業に様々な要望を持っており、資格試験や語学のために大学外の講座に通う学生も多い。もちろん、大学も自己改革に取り組み、研究機関としてのレベルを維持するために努力している。
日本の教育の安全と安心のために、いじめの防止、教育機関が社会で求められる技能について鋭敏になることが望まれている。
日本的雇用が社会の核であり、生活の安心をつくり出してきたことは事実である。
雇用が安定しているという安心と、所得が年功的に上昇し、結果として生活の必要に応じて所得が支払われる面が強いという安心は、これまで結果として国民生活の安心をもたらしてきた。しかし、バブル崩壊後の低成長において、企業では、日本的雇用を一部見直す動きが盛んになっている。
多くの企業が、中高年の労働者を給与ほど会社に貢献していないと思い、「終身雇用」を維持するためには、年功賃金カーブを低下させるしかないと考えている。労働者も、企業に対して醒めた見方をするようになっている。
日本的雇用の部分的変化によって、これまでの安心は変わりつつある。会社によらず会社外に通用する技能を身につけることが、仕事の安心のために求められている。
政府においても、労働者の保護等にも留意しつつ、民間有料職業紹介事業の取扱職業の範囲を見直すなど、参入しやすく転出しやすい労働市場を形成することが求められている。
家族は社会の基本的な単位であり、生活の糧を得、子供を生み育て、老親を介護し、精神的やすらぎを与え、文化を継承してきた。日本の家族の状況を、国際的にみてみると、離婚率やひとり親世帯の比率は、他の欧米諸国と比べれば低いものの、急速に上昇している。また、単身赴任という他の国ではあまりみられない現象もある。
「男は仕事、女は家庭」という伝統的分業関係は、家族の絆を安定させていたかもしれないが、現実に多くの女性が働いている。ほとんどどこの国でも、男性も女性も、「女性が自立するためには、仕事を持つのが一番良い」と答えるよりも、「家計のために女性も働かざるえない」と答えている。
家庭は、生産の主体から精神的な結びつきを中心としたものに変わっている。また夫と妻が共に外で働き、共に家庭を築く家族が増えている。家族が変わる中で、家族の絆を保つために、家族一人一人が、夫と妻が、これまでの役割分担に囚われることなく努力することが、家族の安全と安心のために望まれている。
社会の安心のためには、国民の身近な生活が、安全で安心なものでなければならない。
日本では、危険または修理不能な住宅の比率が高く、災害に対して、脆弱な状況にある。バブル崩壊後、住宅価格は低下しているとはいえ、国際的に見ればいまだ高い。
1995年1月の阪神・淡路大震災は、日本が地震や災害につねに直面する脆弱な国であることを改めて認識させた。阪神・淡路大震災と1994年ロサンゼルスで起きたノースリッジ地震とを比較すると、阪神・淡路大震災では、建物が5倍しか被害を受けていないのに、死者は110.7倍となっている。。
製品の欠陥により生じた被害からの救済を容易にするために、製造物責任法が施行された。消費者を支援し、事業者と消費者の格差を縮小していくことが必要である。。
人間の生活は環境の恵みを受けている。良好な環境を子孫に残していくことは、安全と安心の基本である。。
日本は依然として、国際的にみて安全な国であるが、一般国民の中に拳銃が流入しつつある。また、海外で議論されているように、最近の若者の雇用情勢の悪化が、犯罪の増加に結びつく可能性も否定できない。。
豊かさを、快適さの増大に振り向けるだけでなく、安全と安心のために費やすことも、求められている。
年をとり、また、病気になることは、大きな不安の元だった。国民皆保険や国民皆年金によって、国民の安心は高まったが、高齢化に伴う介護の負担とも合わせて、財政負担の問題が大きくなっており、老後の生活設計について再び国民の不安が高まっている。
医療と老後の安心のために、国民の享受している医療水準を落とさずにその費用を削減する可能性や、医療、介護、年金の組み合わせによって、より少ない負担でより豊かな高齢社会を実現する必要が高まっている。
日本の高齢者は、勤労意欲も高く、働く能力があるにもかかわらず、雇用環境は厳しい状況にある。大企業ほど、高齢者の賃金が高いことが定年延長の妨げになっていると答えている。柔軟な賃金制度によって、働く意欲のある高齢者の就業率を低めないことが必要である。また、貧しい高齢者も多いが、多額の資産をもつ高齢者も多い。高齢者の能力と資産の活用により、高齢社会の安心を高めることが必要である。
社会の高齢化によって財政負担の問題が大きくなっているといわれるが、財政が負担するとは、政府が負担することではなく、現在または将来の国民一人一人が、税金、保険料によって負担することに他ならない。福祉を合理化、効率化するとは、福祉を削減することではなく、将来のために福祉の安心を高めることである。
これまで日本の社会の安全と安心を支えた条件は変わりつつあるのかもしれない。
しかし、新しい状況の中でも、これまで以上の安全と安心を保つことは可能である。事実に目を向け、制度を合理化し、豊かさを、安全と安心のために振り向けることが求められている。