平成7年11月14日
経済企画庁
戦後50年、日本は廃墟の中から立ち上がり、世界にも例を見ない経済発展を遂げ、急速な生活水準の向上を得ることができた。
しかし経済的な豊かさを達成した後、バブル崩壊後の日本経済の低成長や、日本的雇用慣行を取り巻く状況変化の中で、今後の日本経済の将来に不安を持っている。また豊かな社会の中で育った若い世代に対して、一部には、豊かさを維持するために必要な規律や勤勉性、社会性を身につけていないのではないかという声もある。
さらに現在、国民はその努力にふさわしい成果を得ていないのではないかという思いを抱いている。日本は、経済面は成功したとしても、生活面では成功したのだろうかという、漠然とした不満を持っているように思われる。
このような不満や不安の背景を考えてみると、第一には、長い労働時間、内外価格差、住宅・社会資本の整備不足等のいまだ達成できていない豊かさの問題がある。
第二には、経済的に豊かになった世代が求めているものと、これまでの豊かでなかった時代に形成されたシステムが与えるものの間に齟齬があることが考えられる。
第三には、戦後の急速な社会変化の中で、人々の行動様式や価値観が急速に変化し、自分自身の生活について安定的な価値基準を持っていないことも、豊かさを味わえないことの一因かもしれない。過去と比べて豊かになったことは明らかでも、相対比較をすれば自分の地位が向上しているわけではない。豊かさが価値観の多様性と寛容さを生むのではなくて、消費と生産の双方における際限のない横並び競争を生むのならば、豊かでありながら満足できない国民が生まれることになるのかもしれない。
本生活白書は、この三つの視点を念頭において分析をすすめた。ただし、第一の内外価格差などを中心とする問題については、これまでの経済白書でも分析していることでもあり、本白書では、実態の指摘にとどめ、重点は、第二、第三の視点においた。
第I部で、戦後50年に日本が達成したことと達成できなかったことを明らかにする。変化の様相を、職場、家庭、社会に分けて分析し、それを通じて、我々がいまだ達成できていない豊かさを達成し、その豊かさを分かち合い、その豊かさを維持して後世に伝えるために、何が必要とされているのかを考えることとしたい。
また第II部では、1994年度の家計を取り巻く経済社会の動向を概観し、最近の「価格破壊」と消費の多様化の様相を分析することとする。
戦後、日本社会は急速な発展を遂げ、国民の生活水準も着実に向上してきた。しかし、その一方で、日本の経済力からみると豊かさが実感できないという意見も強い。
戦後50年を経て、日本人の生活において、なし遂げたこと、なし遂げられなかったことを整理し、豊かさを実感するための課題を考察したい。
1.人口構成の変化
(人口の高齢化)
出生率と死亡率の急速な低下により、人口の高齢化が進行している。人口ピラミッドを1950年と90年の二時点で比較すると、1950年は年齢が上昇するにしたがって人口が減少していく「富士山型」であったのに対し、90年は年少人口が相対的に少なく、中高年人口が多い「つぼ型」となっている(第I−1−1図)。
(世代の移り変わり)
戦後50年間で、社会の世代構成も変化した。戦後生まれの世代は、1975年に50.6%と半数を超え、94年には66.5%となった。高度成長によって豊かさが実現された71年以降に生まれた「団塊ジュニア以降の世代」も、94年で29.9%と総人口の約3分の1を占めるに至り、豊かさ世代が社会の主流となりつつある。
2.所得水準の上昇と国際社会への復帰
(所得水準の上昇)
日本社会は終戦直後の壊滅的な状態から着実な復興を遂げ、世界でも有数の経済力を持つに至った。ドル建ての一人当たり国民所得は、1972年にイギリスを抜き、87年には急激な円高もあってアメリカを抜き、主要国中最も高い水準となった(第I−1−7図)。
国民一人当たり実質国民所得も、急速に増加し、93年には戦前期(34年〜36年平均)の約8倍となった。実質国内総生産の第一次石油危機以降(1974 年〜93年) の年平均成長率を国際的に比較すると日本は年率3.6%と、主要国の中では高い成長率を維持している。
(世界に占める日本の経済的地位の向上)
全世界の国内総生産に占める日本の割合も上昇し、1960年には4.1%であったが、93年では18.3%を占めるに至っている(第I−1−15図)。
日本は終戦直後、アメリカ、世界銀行等の援助を受けながら戦後復興に取り組んできたが、50年代央から援助供与国となり、世界有数の経済力を有するに至った現在、世界一の援助供与国ともなっている(第I−1−18図)。
3.産業構造の変化とサラリーマン化
産業構造、就業構造の両面で第一次産業の減少、第三次産業の増加の現象がみられ、経済のサービス化が進行している。
さらに、社会環境の大きな変化のひとつとして、国民のサラリーマン化があり、就業構造の変化などを背景として、女性の職場進出も進みつつある。
4.都市化
工業・サービス業への産業構造の変化は、都市部に多くの就業の場を生み出し、農村から都市への人口流入をもたらした。総人口に占める市部人口の割合を、1920年以降についてみると、戦時期の疎開による減少を除いて増加傾向にあり、都市化が進行している。
ただし、53年〜60年頃までの大規模な市町村合併により、多くの市が農村部を含むようになり、市部人口に基づく都市化率では、正確な数字が把握できなくなった。
そこで、人口集中地区(DID)人口割合をみてみると、終戦直後の47年から急増しており、この頃から都市化の急速な進行が始まったと考えられる。こうした都市化の進行は、核家族などの小規模世帯を増加させ、平均世帯人員は、55年以降減少傾向にある。
5.高学歴化と教育費負担の増加
所得水準の向上に伴い、高学歴化が急速に進んだ。高校進学率は戦後急速に上昇し、1974年には90%を超え、94年には95.7%となっている。大学・短大進学率も上昇した。女子の大学・短大進学率は、89年に初めて男子の進学率を上回り、94年時点で、男子40.9%女子45.9と男子よりも高い。また、大学院進学率も80年代前半より上昇傾向にある。高学歴化の進展に伴い、教育費支出が増加している。
その内訳をみると、学塾など補習教育への支出割合が、63年の5.1 %から94年には25.4%へと急増している。
6.生活水準の向上
(消費水準の上昇)
所得水準の上昇により国民の消費水準も向上した。エンゲル係数は、1947年の63%から94年には24%へと低下した。その一方で大幅に増加したのが交通通信費であり、教養娯楽費や交際費などの「その他消費支出」も増加している。「三種の神器」と呼ばれた家庭電化製品も急速に普及し、クーラー、乗用車の普及も着実に進んだ。
(地域間格差の縮小)
地域間格差は確実に縮小した。一人当たり県民所得の格差指数をみると、1961年を境に減少傾向にあり、県民所得の高い県と低い県との地域間格差が縮小している。
また、横軸に55年の一人当たり県民所得をとり、縦軸に55年〜92年の伸びをとると、55年時点で一人当たり県民所得が低かった県ほど所得の伸びが大きくなっていることがわかる(第I−1−32図)。
(住宅環境の変化)
戦争による住宅滅失のため、終戦直後の日本の住宅数は大量に不足していたが、その後の住宅建設により総住宅数は着実に増加してきた。1968年には総住宅数が、総世帯数を上回り、一世帯一住宅を達成した。
所有形態別にみると、持ち家の割合が減少し、借家の割合が増加している。また、住宅の建て方別にみると、一戸建て、長屋建ての割合が減少した一方で、共同住宅の割合が増加している。
住宅の広さについて、一人当たり住宅延面積でみると、戦前(34年〜36年平均)と比較して東京で2.2 倍、全国で2.7 倍と急速に改善しており、戦前、ほとんど改善がみられなかったのと対照的である(第I−1−36図)。住宅延面積の増加と世帯人員の減少に伴い、一室当たり人員も1963年の1.16人から93年には0.62人と減少しており、個人のプライバシーが重視されてきたことを示している。
住宅の設備について、便所専用率、台所専用率、浴室保有率をその指標としてみると、住宅設備も着実に改善している。
このように、住宅環境は質、量ともに着実に改善してきた一方で、住宅の取得自体が困難となってきているという問題も生じてきた。住宅価格の推計値をみると、全国、首都圏ともに上昇し、勤労者世帯の平均年収との格差は依然として大きい。
7.労働時間の短縮
製造業の年間総労働時間の推移を、個人側からの調査である総務庁「労働力調査」、企業側からの調査である労働省「毎月勤労統計調査」でみると、共に労働時間は減少する傾向にある(第I−1−40図)。労働省調査でみると総労働時間は、1993年に初めて2,000時間を下回り、94年には1,957時間(調査産業計では1,904時間)となっている。
労働時間短縮の要因をみると、景気により左右される面のある所定外労働時間よりも、長期的には出勤日の減少が大きく寄与している。70年代前半と80年代後半〜90年代前半には、週休二日制が急速に普及し、この頃に労働時間が大きく短縮した。
総実労働時間の着実な減少の一方で、有給休暇付与日数は小幅ながら増加しているものの、取得率はほぼ横ばいの状態が続いているという問題もある。
日本社会の現状を国際的比較と意識調査により考察し、豊かな生活を実現するための課題を探る。
1.「生活の豊かさ」の現状と国際比較
(内外価格差)
日本国民が、日本の経済力に見合うだけの豊かさが実感できない要因の一つとし て、内外価格差の問題がある。
内外価格差を過去に遡って推計すると、この問題が発生したのは1980年代後半以降のことだとわかる(第I−1−42図)。60年代まで日本の物価はアメリカの半分であった。ところが今や内外価格差は、アメリカの1.5 倍程度となっている。
また、ドルで表示した日米の94年物価水準を費目別に比較をすると、政府補助の度合いの大きい医療・保健を除くすべての費目でアメリカの水準を大きく上回っている。特に、食料・飲料、住宅建築、土木工事、非電気機器が高くなっている。
ドル建てで換算した日本の一人当たり国民所得は、主要国中最も高い水準にある。
しかし、内外価格差を反映した消費財・消費サービス購買力平価で換算した一人当たり民間最終消費支出でみると、その結果は異なる。日本は、94年でアメリカ、ドイツなどより低い水準である。為替レートは、長期的な傾向としては貿易財の生産性で決定されるのに対し、国民の消費水準は国内の消費財・消費サービスの生産性に依存するからである。
(社会資本の整備)
社会資本の整備状況を下水道普及率、便所水洗化率、水道普及率、道路舗装率の4つの指標でみると、社会資本の整備状況は着実に改善している(第I−1−45図)。
しかし、日本の歴史的、地理的条件の違いを考慮する必要はあるものの、十分な水準には至っていない。
水道普及率は、95.3%とほぼ普及しているが、道路舗装率は71.9%である。下水道普及率は、上昇傾向にあるが、94年度に初めて50%を超えた状況にある。ただし、便所の水洗化率は75.6%の水準にある。
日本の社会資本の現状を国際的にみると、国により指標の定義が異なり、単純に比較することはできないものの、下水道普及率、便所水洗化率は、主要国の中で低い水準にある。また、一戸建て住宅や神社仏閣の境内地がオープンスペースの不足を多少緩和しているが、東京の一人当たり都市公園面積は、主要国中最低の水準にある。
国内総生産に占める公共投資比率をみると、日本は他国に比較して、70年代前半以降、高い割合で推移している。しかし、後述する地価の高さに加え、地形、地質、地震の有無などの自然条件、他の産業などと同様、内外価格差の問題に直面していることなどが社会資本の建設総額を高くしており、多額の公共投資にもかかわらず社会資本整備が遅れている原因のひとつとなっている。また、道路、港湾などの社会資本整備の遅れが、物流コストを高めるなど内外価格差を拡大させる要因ともなっている。
2.国民の生活満足度の現状
日本国民の所得水準は世界でも有数の高い水準にあるものの、住宅、社会資本などの分野は、今なお遅れている。この中で、国民の意識にはどのような変化があったのだろうか。
総理府「国民生活に関する世論調査」より、「お宅の生活の程度は、世間一般からみてどの程度と思うか」という質問に対する回答をみると、「中流」と答える者が1967年に89.2%となった後、現在までほぼ9割を維持している。
次に、同調査より「お宅の生活は去年の今頃と比べて向上していると思うか」という質問に対する回答を、わかりやすくするため、「向上している」と答えた者の割合から「低下している」と答えた者の割合を引いた値の推移でみると、第一次石油危機後の74年にマイナスに転じその後マイナスで推移している(第I−1−51図)。
ところが、同調査により国民の生活満足度について、「満足」と答えた者から「不満足」と答えた者を引いた値の推移をみると、第一次石油危機前後に低下したが、その後上昇傾向に転じている(第I−1−52図)。高度成長期ほどの所得の増加はなくても、生活全般をみれば満足の度合いは低いわけではない。
また、総務庁「世界の青年との比較からみた日本の青年」より満足度の国際比較をみると、全般的に高くはない(第I−1−53図)。
職場生活については特に低く、家庭生活の満足度も低い。ただし、社会についての満足度はそれほど低くはない。
戦後、日本は経済面では輝かしい成果を遂げた。ドル建ての一人当たり国民所得でみれば、アメリカ以上の水準にある。しかし、意識の面からみると、相対的な向上感は乏しく1974年の安定成長期以降は経済面での不満が増えてきている。
生活の満足度は国際的にみて低い水準にあるものの、傾向としては改善してきている。日本の経済成長に見合っただけの豊かさや満足感はいまだ多くの国民が感じていないようである。
ドル建てでの国民所得と、生活のために必要な財・サービスの実質購買力との格差は、内外価格差の問題であって、これは国内産業の生産性を向上させることによって縮小されるべき問題である。このことは、既に1967年度経済白書において、生活の向上には能率の向上が必要と指摘されているとおりであり、本年度経済白書においても、規制緩和、商慣行などの是正により内外価格差を是正・縮小すべきことが分析されている。また、社会資本の整備についてもコストを削減し、効率を向上させることなどが必要である。
本白書では、このような経済分析に重点をおくよりも、むしろ、客観的な生活水準の上昇にもかかわらず、それを認識できない意識に注目し、職場、家庭、社会のそれぞれにおいて、現実と意識の変化を考察することとする。
戦後50年は、勤労生活の面において日本的雇用慣行が開花する時代でもあった。
高度成長の時代、日本的雇用慣行は、会社に貢献する人々に大きな報酬を与えることができ、それはまた会社中心の生活スタイルを生むことにもなった。しかし、日本的雇用を取り巻く状況は変化をみせており、また人々の意識にも変化がみられている。
(日本的雇用慣行の源流とそのひろがり)
長期雇用や年功序列賃金、企業別労働組合といった「日本的雇用慣行」は、1920年代における大規模近代産業の導入とともに徐々に広がっていったものである。すなわち、それまでは我が国においても工場労働者の高い解雇率がみられたのが(第I−2−1図)、この時期における電動力の普及や欧米、特に米国からの先進技術の導入による大規模な重化学工業の発展とともに、近代的な熟練工を養成し、 定着させるために、これらの制度がまず大企業等によって取り入れられたのである。
このように、日本的雇用慣行は、近代的大企業における技能・職務の標準化・細分化・専門化に伴う基幹労働者不足という状況の中で企業のために「子飼い」の熟練工を育成・定着させるために成立した、経済合理性をもつものであった。そして、それが戦後において高度経済成長と豊富な若年労働力が供給されること、日本経済が欧米先進国へのキャッチアップという発展段階にあり、同質的な人材への需要が 高かったこと等に適合して広がっていった。
(日本的雇用慣行の内容)
日本的雇用慣行としては、具体的には、労働者の勤続年数が長い「長期雇用」、年齢や勤続が上昇するにつれて賃金が上昇する「年功序列賃金」、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)等企業内での訓練を重視すること等が挙げられる。
長期雇用の動向について欧米先進国と比較してみると、日本はドイツ、フランスなどとともに長期勤続者の割合が高いが、これらの国と比べても20年以上の勤続者が多いなど、より長期勤続の傾向がみられる。また、賃金上昇の累進度について年齢別賃金カーブを他国と比較してみると(第I−2−3図)、各国とも賃金上昇の累進度がみられるが、日本はその累進度が高くなっている。
(長期雇用の合理性とメリット・デメリット)
日本的雇用慣行は、一定の合理性をもつものである。長期雇用については、労働者の能力を長期にわたって観測できることから、より適正な労務・人事上の判断を可能にするとともに、企業特殊的な熟練(一緒に働く仲間の人柄や機械のくせについての知識、さらに企業ごとに異なる組織及び業務の内容やその具体的処理方法についての知識等)の形成への契機ともなる。
また、企業にとっては募集や訓練の費用を、労働者にとっては職探しの費用を節約することにもなる。さらに、企業内部において信頼関係が醸成されやすく、内部での情報交流の活発化、情報の共有、蓄積を可能にする。労働者にとってみると、雇用が長期にわたって一般には安定的に保障されることから、生活上の不安がなく、生活設計を立てやすいというメリットがある。
しかし、このように雇用システムの下では、長期間の競争への高いインセンティブや職務分担の曖昧さが、ともすれば長い労働時間、有給休暇をなかなか取らないといった要因になることが指摘される。これは、企業に心身ともに帰属する「会社人間」的な意識と行動が生まれることになりやすいという議論もある。
(年功序列賃金の合理性とメリット・デメリット)
賃金が年齢・勤続に従って上昇する点についても、様々な説明が試みられている。
まず、勤続が長くなることにより労働者が熟練、特にその企業に特殊的な熟練を身につけることにより生産性が上昇するために、賃金が上昇するとされる。このような年功序列賃金体系は、労働者の企業への定着度を高めるので、長期雇用と密接に結びつくことになる。
ところで、若年期に生産性より低い賃金を受け取り、高年期に生産性より高い賃金を受け取るというしくみは、労働者と企業との間で賃金について長期の貸借関係が結ばれているとも、労働者がその若年期において企業に対して一種の「出資」をしているとも考えることができる。そして、企業が当初予想していたよりも成長が鈍ったり、より高年層の比重の高い労働力構成になると、生産性より高い高年層の賃金は企業にとっては負担と感じられるようになる。
(日本的雇用慣行における競争システムの存在と「会社人間」)
年功制は、ただ単に「長期間働いていさえすれば賃金も地位も上がる労働者にとって楽なシステム」では決してなく、実際には、内部において激しい競争へのインセンティブが働いている。例えば、内部昇進が一般的な中で、昇進・昇給に差をつける時期を遅くすることは、長期にわたる競争へのインセンティブを維持することになる。このようなシステムは、労働者に対して企業へのより高い寄与を絶えず要求することになり、こうしたことが行き過ぎた場合には、労働者の行動はいわゆる「会社人間」的なものになりやすくなるということも考えられる。
ただし、「会社人間」的な行動様式には、年功制下における競争システムの中で賃金の累進的な上昇や地位の上昇といったメリットを労働者が享受するための合理的な行動という面がある。
(日本的雇用慣行の変化の背景)
日本的雇用慣行は、歴史的な経済合理性に基づいて成立したものであり、またそれゆえ維持されてきた。しかし、環境が変化すれば、それに対応して変化していくものである。
日本的雇用慣行を支えてきた条件として、若年層が多いという労働力構成や高い成長率などが挙げられる。しかし、労働者の年齢構成をみると、近年、高年層に重心が移動してきており、また高度成長期のような高い経済成長率は見込めず、これに伴って日本的雇用慣行の見直し論が盛んになってきている。
(日本的雇用慣行の変化の内容)
具体的には雇用システムにどのような変化がみられるのだろうか。年功序列賃金について、男子、大卒の管理・事務・技術労働者の年齢別賃金カーブの変化をみると、1970年以後、賃金の累進度が下がっている。なお、男子、高卒の生産労働者については、年齢別賃金カーブの変化は小さなものであった(第I−2−7図)。
これは、生産労働者では年功序列賃金体系がもともと緩やかであったのに対し、管理・事務・技術労働者の賃金カーブの急な傾きが修正されてきているとみることもできよう。
管理職層について人員過剰感が生じており(第I−2−9図)、部課長への昇進時期は次第に遅くなっている(第I−2−10図)。また、管理職の数をみると93年以降減少している(第I−2−11図)。このことは、企業からみると管理職層の数を適正な水準に保とうという姿勢の現れといえるが、労働者個々人からすると管理職となる機会が減少していることになる。
(日本的雇用慣行の変化の意味)
日本的雇用慣行のうち、年功制について修正の動きがみられる。企業によっては、労働者からの「出資」に対して十分に応えることが困難になるケースが生じている。
このような変化は、労働者の企業に対する期待を低下させ、企業の求心力を低下させる可能性がある。一方、こうした報酬が期待しにくくなることは、「会社人間」的な行動の合理性を減退させることにもなるとも考えられる。
(日本的雇用慣行の変化と意識)
年功制に変化がみられる中で、勤労者の意識にも変化がみられる。「会社人間」は、それにみあって、昇進・昇給等の報酬が得られたのであるが、企業によっては、このような報酬を与えることが困難になり、「会社人間」的な行動の合理性は減退してくる。
(勤労者の意識変化の背景)
現実に、企業によっては勤労者の期待に以前ほど十分に報いることができなくなってきた。ある時に就職した若者が何年か後に何倍の給料を得たかをみてみると(第I−2−16図)、1935〜39年生まれの世代は40〜44歳の時に20〜24歳の時の4倍の実質賃金を得たが、1950〜54年生まれの世代は2倍の実質賃金しか得られなくなっている。実質賃金の上昇は企業の成長と経済全体の成長があいまって生じたものであるが、かつての高い賃金上昇により、企業への帰属感をより高めた人も多かったと考えられる。また、逆に世代が若くなるほどこの倍率が低下していくことは、労働者の企業に対する期待を低下させることになると考えられる。
年功序列制を肯定する者の割合は減少しており、能力中心の賃金制度への切り換えを肯定する者の割合は高まっている。
(余暇意識の動向)
勤労者の意識変化と労働時間の短縮が進む中においては、余暇活動の位置づけが高まっている。収入と自由時間のどちらを選ぶかを尋ねた結果をみると、収入への選好が低下し、自由時間への選好が高まっている。また、余暇活動の「会社離れ」もすすんでいる。新入社員に休日を誰と一緒に過ごすかをきいた結果をみると、「会社の先輩や仲間たち」が減少する一方、「会社以外の友人など」が増加している。
このように、余暇を職場と切り離して過ごしたいという意識が強まっている(第I−2−26図)。
(「会社人間」と勤労者の意識の変化)
「会社人間」的な意識や行動は、その合理性を減退させつつあり、また勤労者自身、そのように受けとめる者が増えているようである。しかし、そのような意識や行動の変化には世代により違いも大きい。中高年世代の中には、企業への期待と企業から実際に得られる便益が乖離する中で、どのように振る舞ったらよいのか戸惑っている者もいる。
(20歳代にみられる新しい「仕事人間」意識)
一方、若年層においては新たな勤労意識の萌芽がみられる。「選好度調査」において「気に入った仕事なら私生活を犠牲にしてもかまわない」という考え方への賛否を尋ねたところ(第I−2−27図)、「そう思う」という回答の割合(「そう思う」と「どちらかといえばそう思う」の合計)は、男性の場合、50歳代が最も高く、以下40歳代、30歳代と下がり続けるが、20歳代になると再び上昇し、50歳代とほぼ同じ割合となっている。一方、女性の場合は、年代が高いほど「そう思う」という割合が低く、「そう思う」という回答が最も多いのは20歳代である。
しかし、「現在の職場で自分の能力や希望にあった仕事ができなければ、転職した方がよい」という割合は20歳代の方が50歳代よりかなり高く、20歳代では50歳代に比べて企業への定着よりも能力の発揮を重視していることがわかる。
1920年代に生まれた日本的雇用慣行は、高度成長の中でひろがっていった。しかし、日本的雇用慣行の一部は変化しつつあり、勤労者の意識にも変化がみられる。
このような変化の中で、企業によっては勤労者の期待に十分に報いることができなくなり、勤労者の求めるものと企業が提供するものとのミスマッチという問題が生じているとみることもできる。しかし一方、こうした変化によって「会社人間」的な行動様式の合理性は減退し、勤労者も仕事と仕事以外の生活とのバランスがとれた暮らし方を重視するようになっている。
こうした変化は、女性や高齢者など労働力構成の多様化によってさらに進んでいくものと考えられる。女性や高齢者が労働力に占める割合が上昇することは、多様な働き方の提供や「やり直し」「仕切り直し」がきくしくみの確立への要求を高めることになろう。そして、こうしたしくみの確立は、男性労働者にとっても多様な選択の機会を提供するものとして認識される必要があるだろう。
家族は、戦後50年の社会変化の中で大きく変わった。女性の社会進出、晩婚化、未婚化が進み、子供の数が減少した。結婚、夫婦、子供に関する行動と価値観の変化は、経済社会環境の変化に個々人が合理的に対応してきた結果でもある。
(家族の機能とその変化)
家族の機能としては主として4つの機能を挙げることができる。第一に、農家や自営業の家庭においてみられるように生活の糧を得るために家族として田畑、商店、工場などの生産手段を所有し、ともに働くという生産機能がある。
第二に、子供を生み育て、教育する機能がある。第三に、老親や一人では生活できない病人を助ける介護・扶養機能がある。第四に、家族は一人一人にとって休息、安らぎを得るという精神的機能がある。これらの家族の機能がどのように変わったのかをみていくこととする。
(世帯のサラリーマン化と生産機能の低下)
産業構造は第一次産業中心から第三次産業中心へと変化し、農家、自営業者が減ってサラリーマン化が進んだ。このため職住分離が進み、夫だけが家族とは離れた場で働くようになり、妻や子供が担っていた労働力としての役割は薄れ、家族の生産機能は低下していった。
この結果、サラリーマン世帯の増加につれ、1960年代央まで専業主婦化が進んだ。
専業主婦が増加したのは80年頃までであり、85年以降は減少傾向にある(図 サラリーマン化とともに 増加した専業主婦数)。
(少子化と子供の養育機能の低下)
子供の数も年々減少している。92年度国民生活白書で扱ったように、少子化の要因は未婚化、晩婚化であり、その背景としては女性の高学歴化および社会進出が進み、女性の稼得能力が上がって子供を持つことの機会費用が大きくなったことがある。
ひとりの女性が一生のうちに生む平均子供数(合計特殊出生率)と既に出産期を終えていると考えられる結婚持続期間15〜19年の夫婦の平均子供数の推移をみると、 結婚した女性は2人生むという傾向が続いているが、少子化が進行していることがわかる(第I−3−2図)。家族における子供を生み、育てる機能のウエイトは小さくなっている。
(都市化の進行と介護・扶養機能の低下)
サラリーマン化を背景に都市化が進み、その後、高齢化が進んだ。老年人口比率は、70年の7%から95年には14.5%に上昇し、高齢者の同居率は低下している。90年に65歳以上の者がいる世帯(広義の高齢者世帯)のうち、親と子供から成る世帯と三世代世帯等は合わせて約6割であり、1960年の9割と比べ減少している。
また、高齢者のみの世帯の所得の内訳をみると子供の仕送りは少なく、そもそも離れて住んでいる場合には家族の介護・扶養機能は働きにくい。これは、年金制度の整備が求められた社会背景であるともいえる。
さらに、人間が人生の最期を迎える場所をみると、かつては自宅が多かったが、徐々に減少し、77年には病院が自宅を上回り、その後も割合が増加している(第I−3−5図)。家族の介護・扶養機能は薄れている。
(核家族化は頭打ち)
戦後核家族化が進行したといわれているが、1920年においても核家族の割合は54.0%であり、世帯数そのものは増加したものの、割合は長期的にみても増えておらず、単独世帯の増加によりむしろ最近はわずかずつであるが減少傾向にある(第I−3−6図)。
(家族をめぐる状況を反映する意識の変化)
家庭の持つ役割のうち何を重視しているかを72年と95年の2つの世論調査で比較した。選択肢及び回答方法が異なるため単純な比較はできないが、72年に「子供を生み、育てること」と回答した人は男性が16.2%、女性が18.7%であったのに対し、95年には複数回答であるにもかかわらずそれぞれ10.9%、10.8%と低くなっている。
家族の機能として「子供を生み、育てる」ということが意識の面でも低下している。
経済、子供を生み育てる、扶養などの機能が小さくなる中、休息・安らぎなど、家族の機能は精神的機能に純化している。49年に結婚した夫婦では20%に過ぎなかった恋愛結婚が次第に増加し、91年には87%と恋愛が一般的になっていることからも、精神的つながりを重視するようになっていることが裏付けられる(厚生省「結婚に関する人口学的調査」(83年) 、「人口動態社会経済面調査(婚姻)」(91年))。
結婚という意思決定に影響を与えると考えられる要因について考えてみよう。
まず、ベネフィットについては、経済生活の安定、社会的な信用の獲得、子供をもうける・育てること、愛する人と一緒に生活すること、などが挙げられる。コストとして、これまでの社会的慣習を前提とすれば、男性は妻や子を養うことにより、自分のために使える所得が減少すること、女性は仕事をやめたり中断したりすることで個人としての所得が低下することや、家事労働の負担がある。こうした結婚の決定要因も変化し、結婚に対する意識も変わっていることが予想される。
当庁「選好度調査」(92年) で自分が結婚の際に相手の条件で最も重視するものと、一般的に異性が相手の条件で重視すると思うものを尋ねたところ、20歳代および30歳代の独身女性の80.6%が「性格が合う」ことをあげたのに対し、同年代の独身男性では46.8%に過ぎない。男性は女性が何を求めているかに気付いていないといえる。また、20歳代および30歳代の独身女性の59.0%が「女性も男性と全く同等に社会に出て仕事をすべきである」と考えているのに対し、同じように考えている独身男性は37.3%である。女性の意識は変化しているが、男性がその変化に対応しきれていない。
1.結婚をめぐる状況
(未婚化および晩婚化の進行)
未婚率は、現在は低い水準にあるが、増加傾向にある(第I−3−9図)。90年には一般的に生涯未婚率といわれる45〜49歳代の未婚率が、女性は4.5 %となり、男女とも1.5 %であった50年と比較すると、3倍に高まっている。
(若い世代に顕著な離婚率の上昇)
最近、中高年離婚が増えているといわれている。妻の年齢で、例えば40歳代をみると80年に約2万4千件であった離婚件数は、94年には約4万6千件に増え、全体に占める割合も17.0%から23.6%へと増加している。しかし、中高年の離婚増には団塊の世代前後で人口が多く、かつ結婚している比率も高いという人口要因によるものがあると考えられるので、中高年離婚の最近の傾向をみるためには、より正確にデータを検討する必要がある。離婚は結婚している者のみから発生するのに対し、粗離婚率の分母人口には独身者が含まれていること、また人口の年齢別構成の影響を受けることから、年齢別有配偶人口に対する離婚数の比率をコーホート(同一の時期に生まれた人のグループ)別にみると、中高年の離婚率が急激に上昇しているわけではなく、一般に若いコーホートほど離婚率が高くなっている(第I−3−11図)。
2.結婚をめぐる状況の背景
(戦後の専業主婦化と女性の職場進出)
未婚化、晩婚化、離婚率の上昇の背景には、男女人口のアンバランス、高学歴化の進展、就業構造の変化と女性の職場進出が挙げられる。戦後は専業主婦化が進んだが、その後女性は再び職場へ進出している。また、フルタイムで働く女子一般労働者の賃金は上昇しており、男女格差は緩やかであるが縮小している。
3.結婚をめぐる状況を反映する意識変化
女性の職場進出により、場合によっては職を離れなければならない結婚のコストが上昇し、年金制度の充実により未婚の機会費用が低下している。この結果、未婚者が増え、人々の意識も未婚や離婚を肯定する方向へ動いている。
(対等意識の高まり)
高学歴化や女性の職場進出により男女の対等意識が高まり、家事分担にも変化がみられ、男女とも「夫は外で働き、妻は家庭を守る」という考え方は減っている(第I−3−21図)。
NHK「国民生活時間調査」により男性勤め人の家事時間の推移をみると、週全体の家事時間が増えているが、欧米諸国に比べるとかなり短い。
ここで、賃金の男女格差をみると、日本では依然として欧米諸国と比べて大きい。
家事協力度と男女賃金格差との関係をみると、格差が小さい国ほど家事協力度が高い傾向がある(第I−3−26図)。男女の家事分担と稼得能力の差にも関連があると考えられる。
かつて子供は労働を担い、親の面倒をみて、家を継ぐ存在であった。しかし、現在の子供には労働力としての役割はなくなり、親は子供を「家庭に明るさを与えてくれる」存在であると考えている(総理府「青少年と家庭に関する世論調査」(93年))。
社会において家族の役割が明確で社会移動の機会も少ない時代には、家族が子供に求めるものも明らかだった。しかし、現代では必要な「一人前」の基準が明確でなく、かつ、何が十分であるのかもわからなくなっている。サラリーマン化が進んだため、子供の「できるべきこと」の具体的な目標が見つけにくくなってきている。
子供の幸せを願う親の期待は、昔と比べて上昇していると考えられる。親の期待と自分の希望があっている子供は幸せだが、子供が常に親の期待に応えられるとは限らない。
(家族の多様化)
戦後50年間を経て家族は多様化している。家族の生産機能が薄れ、分業が進んだことにより、家族が具体的に助け合うことは少なくなっている。更に、夫と妻、親と子の間でミスマッチがおきている。しかし、人間は一人では生きられない存在であって、家庭においては夫婦の愛情と家族の安らぎを求めている。家族は、旅行や年中行事といったイベント消費によって家族の絆を保とうとしている。
東京都「都市生活に関する世論調査」(93年)によると、お正月、節分の豆まき、お盆といった伝統的な行事の実施率は高く、さらに誕生日のお祝い、母の日などの新たなイベントも家族が集まる場となっている(第I−3−38図)。
豊かさの中で家族も多様化し、個人の選択肢も増大している。多様化に戸惑うのではなく、それをチャンスと認める豊かな生き方が求められている。政府としても社会保険制度などが女性の職場への参加を抑制しないようにすることなど、個人の選択をより自由にすることも求められている。
コラム アメリカの女性はなぜ働きだしたか
60年代まで、アメリカの男性の実質賃金は着実に増加してきたが、70年代以降それが伸び悩んだ
(図 アメリカの男性の実質賃金は伸び悩んでおり、80年代以降減少している)。
このような状況の中で、女性はより豊かな生活を目指して、20歳代から40歳代までの年齢層を中心に管理職・専門職をめざしてビジネス界に入り、本格的に働きだし た。当初は彼女たちも必要な能力を持たなかったが、フルタイムで働くようになって能力も身につき、管理・専門職などの職種に就く女性が増えて高収入を得るようになった。彼女たちは、より豊かな生活を送るためにビジネス界に入り込み、そして強くなっていった。
日本においても、実質賃金の伸びが低下するとすれば、近い将来、似たような現象が起こることも予想される。短大への進学希望者が減り、専門学校や四年制大学、なかでも社会科学系の学部を目指す女性が増えている。今後も、管理・専門職といった職種への職場進出が進むことが期待され、男女賃金格差が縮小していくと考えられる。その結果、日本の男と女の関係も、家族も変わっていくのではないか。
日本は豊かさを手に入れたが、一方で、経済面では成功したとしても、社会面では成功してはいないのではないか、という感情も国民の間に広まっている。豊かさは貧しさから生まれる飢えや犯罪などの社会問題を癒すが、すべての問題を解決するものではない。豊かな社会は国民に多様な生き方を可能にするものであるが、多様さと寛大さはまた、豊かさを持続させるために必要な規律の弛緩をもたらすのではないかという危惧もある。
(社会の安定性指標)
社会の安定性を示す基本的指標である犯罪をみてみると、刑法犯(軽犯罪法犯などを除く。)発生率は、経済の成長につれ1970年代央までは概ね低下傾向に推移していたが、80年代からはわずかながら上昇傾向にある(第I−4−1図)。
しかし、凶悪犯発生率は長期的には減少している。主要先進国との比較でみても、犯罪発生率は相対的に低い水準にある。また、失業、高校中退、個人破産など社会の不安定化を表す指標あるいはその要因となる指標をみてみると、豊かさの向上とともに改善した指標が多いが、80年代以降は横ばいないしわずかながら悪化している指標もある。ただし、国際的にみれば、日本社会の規律が許容できないほど弛緩しているというわけではない。
(社会意識の変化)
このような社会指標の変化に対して、国民の社会に対する意識がどのように変化したかをみていこう。
「国や社会のことにもっと目を向けるべきだ」(社会志向)という意見と、「個人生活の充実をもっと重視すべきだ」(個人志向)という意見のうち、どちらの意見に近いかを聞くと、80年代央を除き、ほぼ一貫して社会志向が個人志向を上回っている(第I−4−9図)。
また、社会志向は70〜80年代よりも90年代に高まっているのに対し、個人志向は大きく増加していない。
しかし、個人の暮らし方をより具体的に聞くと、「金や名誉を考えずに、自分の趣味にあったくらし方をする」などの個人生活重視の意識が高く、「世の中の正しくないことを押しのけて、清く正しくくらす」「自分の一身のことを考えずに、社会のためにすべてを捧げてくらす」などの社会的な意識は低く、一見したところ矛盾した結果である。
そこで、個人志向について、コーホート( 同一の時期に生まれた人のグループ)別にみてみると、個人志向は若い世代ほど高いという傾向がみられる(第I−4−11図) 。
ただし、若い世代の個人志向が最近高まっているわけではなく、むしろ、戦前生まれの世代で高まっている。すなわち、個人志向は全体として微増であるが、その内訳をみると、世代によって意識やその変化の動きに差が見受けられる。
(価値観と世代観)
戦後50年は生活水準が急速に向上し、戦後のどの時代に生まれ育ったかが、その人の持つ意識や価値観に影響を及ぼしている。意識の変化を世代別により詳しくみていく。
意識を形づくるものとして、物心ついたときの豊かさ、育った地域、受けた教育、働いたときの状況などが考えられる。これらに注目しつつ、各世代の特徴をみていこう。
(戦前世代の生活体験と価値観)
戦前世代(1935 〜39年生まれ、現在56〜60歳) は、0〜4歳に3大都市圏に居住していた割合は37.0% であり、戦中時に疎開等でその他の地域へ転出しているが、その後徐々に3大都市圏に転入し、都市に仕事と住居を求めた世代である。住居について、東京圏を例にとって、現在、世帯主の持家率をみると都心から0〜10km帯で5割、20〜30km帯で7割以上を占める(第I−4−13図)。
意識をみると、現在の日本について「福祉が充実している」とする意識が高く、「伝統や慣習にはそれなりの意味があり、できるだけ大切にすべきだ」などの意見が高い。「家族や会社のために、自分が犠牲になって頑張ることは素晴らしい」と考える反面、社会経験の豊富さゆえか、「あまり他人を信用すると馬鹿を見る」という意識も高い。
この世代は、終戦を5〜9歳の時に迎え、神聖とされた教科書にスミをぬり、60年代の高度成長と耐久消費財のブームを支え、より多く働きより多くむくいられた世代であり、将来の年金という形でも福祉の恩恵を受けている。
(団塊世代の生活体験と価値観)
団塊世代(1945 〜49年生まれ、現在46〜50歳) は、0〜4歳に3大都市圏に居住していた割合は32.8%であるが、15〜19歳では45.1%、20〜24歳で53.5%と、就職就学時期に3大都市圏に転入している。世帯主の持家率は、東京圏を例にとると、現在、5割を超えるのは20〜30km帯からであり、40〜50km帯でやっと7割となる(第I−4−13図)。
意識をみると、「福祉が充実している」という意識が低く、「物事をマジメに考えるよりも、適当に楽しく生きて行った方がよい」という意識が一番低い。
この世代は、戦後の民主主義、新制教育の中で生まれ育ち、父の背中で街頭テレビを見た世代であり、1960年頃の集団就職、60年代末の大学政治運動でも中心的な役割を担っている。経済は安定成長期に入っていたが、賃金はそれなりに上昇した。
しかし、ホワイトカラーは現在リストラの対象とされ、年金の将来についても不安をいだいている。
(新人類世代の生活体験と価値観)
新人類世代(1960 〜64年生まれ、現在31〜35歳) は、0〜4歳に3大都市圏に居住していた割合は44.6%であり、半分近くが大都市生まれということになる。世帯主の持家率では、都心からの全距離帯で戦前世代、団塊世代よりも大きく低下している(第I−4−13図)。
意識をみると、団塊世代とともに「福祉が充実している」意識が低く、個人の生き方では他の世代に比べ「この世には自分しか信じられるものがないと感じることがある」という意見の割合が低い。
この世代は、「所得倍増計画」とともに生まれ、豊かになりつつある社会で育ち、進学率が上昇し、落ちこぼれが話題とされる中で教育を受けている
社会に出てからは、男女雇用機会均等法など女性の社会参画が話題とされる中で働き始め、男性は結婚難時代を迎えている。
(団塊ジュニア世代の生活体験と意識)
団塊ジュニア世代(1970 〜74年生まれ、現在21〜25歳) は、0〜4歳に3大都市圏に約半数(49.5%) が居住している。また、団塊ジュニア世代は20〜24歳の時の海外出国経験者が17.9%であり、新人類世代のときの6.7 %と比べて、約2.7倍となっている。
意識をみると、現在の日本については「高い経済力をもっている」「個人の自由が尊重されない」「連帯感がある」などの意見が相対的に高い。個人の生き方では、「何かしようとするとき、人からどう思われるか気になる方である」という意見の高い反面、「世間一般の人とはちょっと違った個性的な生き方をしたい」などの意見が高い。
この世代は、高度成長が完了し、物質的豊かさが達成された後に生まれ、テレビゲームが普及する中で育ち、豊かな社会において、自分の個性を重視する意識を持っている。
(豊かな社会で生まれ育った世代の特徴)
このような若い世代のもつ社会への満足度は、近年高まっており、国際比較でみても11ヵ国中4位と満足している方に分類できる。社会に不満を持ったときの態度では「積極的な行動をとらない」が半数を超え、「かかわり合いを持たない」を加えると7割近くの者が行動や関心を示さないと回答している(第I−4−23図)。
その理由は、67.5%が「個人の力で及ばぬ」からであると考えており、その割合は、11ヵ国中で最も高い。
現代の若者は、豊かな社会で成長し、豊かさにある程度は満足しているものの、日本の社会を「個人が尊重されない」と認識し、社会への不満を解決するすべがないと思っている。
次に、より若い世代の社会との関わりあいを考えるために、最近の社会現象について考察してみよう。
(ボランティア活動の広まり)
1995年1月17日に起こった阪神・淡路大震災は、戦後日本の初めての大都市直下型地震となり、死者5千5百人以上、建物全半壊20万棟以上という大きな被害をもたらした。この地震発生から1 ヵ月間のボランティア数は1日平均2万人で、発生から3ヵ月間で延117 万人がボランティアに参加している。
このボランティアに参加した人は各年齢層に渡っているが、一番多いのは20歳代の50%、10歳代の23%であり、合わせて10〜20歳代で73%を占めている(第I−4−30図)。
また、今後もその活動を続けたいとする者が61%にのぼっており、決して一時の物珍しさ意識で行われたものではないと想像できる。
戦後50年間の変化は大きかった。豊かさは社会のすみずみに広がった。豊かさがすべての問題を解決したわけではないが、豊かさの病理現象とされているものも現在までのところ許容限度内におさまっている。若い世代の逸脱現象とされているものも、彼らが場所を得ていないからだと解釈することもできる。そしてそれは、そのような場を提供できないでいる大人たちの責任と言うべきかもしれない。
経済は変化し、社会が変われば人々の意識も変わる。古い世代が新しい世代に不満を持つのは文明の発祥以来という説もあるが、世代は交替するものであって、未来は究極的には若者のものである。豊かさの中で生まれ育った若者には、社会の規律と繁栄を維持し、その繁栄を人々と分かち合い、後世に伝えることが求められているが、それは当然大人たちの責務でもある。
(家計の収入及び消費動向)
94年度の我が国経済をみると、経済成長率は、0.6%増となった.物価は安定基調を強めており、国内卸売物価は1.3%低下と下落を続け、消費者物価も0.4%と上昇率が鈍化し、失業率が調査開始以来最も高い水準になるなど雇用情勢は厳しさが続いている。
(勤労者の年齢別の収入と雇用状況)
一般労働者(パートタイムを除く) 男子の年齢別名目賃金(年間賞与などを含む)をみると、93年はどの年代も上昇率が鈍化し、40歳代が最も低くなっている(第II−1−12図)。94年については、年間賞与などを含まない「きまって支給す る現金給与額」についてのみデータが得られているが、40歳代を中心に伸び悩んでいる。
失業率を男子について年齢別にみると、92年以降すべての年齢層で上昇している。
とはいえ、失業率の水準は25歳未満及び55歳以上の年齢層で高くなっており、40歳代を中心とする世代は水準も低く、上昇の程度は他の年齢層に比べて緩やかなものとなっている。
雇用情勢の厳しさが増すなかで、男子一般労働者は、20歳代や50歳代後半は失業により、40歳代は賃金上昇率の低下という形で、調整が進められていると考えられる。
(首都圏でも可能になったマンション取得)
94年度の新設住宅着工は、持ち家系住宅(持ち家+分譲住宅)の好調を受けて3.4%増の156万戸となった。しかしながら、四半期でみると、持ち家の着工戸数が94年度後半以降鈍化するなど、高水準ながらも頭打ち傾向がみられる。
新設住宅一戸あたりの床面積は、87年度には79.3m2/ 戸となったがその後緩やかに増加し94年度は93.9m2/ 戸となった。
生活の基盤となる住宅が手に入れられやすいか否かを、首都圏の住宅の年収倍率(住宅価格/ 勤労者世帯平均年収) でみてみると、戸建て、マンション(70 m2換算)ともに、94年にはマンションは5.6 倍、一戸建ては6.7倍となった(第II−1−18図)。
95年上半期についてみると、年収は推計であるが、マンションは5.1 倍となっている。月次でみると、3月と5月には5.0 倍となっており、「生活大国5か年計画」(92 〜97年度) の、「首都圏において勤労者世帯の平均年収の5倍程度で住宅取得を可能にする」という目標に一時的ではあるものの、到達した。
「価格破壊」現象が景気低迷により一時的に生じているものなのか、あるいは今後も持続する構造的なものなのかについて検討する。
消費者物価指数で価格低下がみられた費目は、家事用耐久財、冷暖房用器具、男子洋服、テレビ・ステレオなどであり、「価格破壊」で話題になった商品に対応している。
1.家計行動にみられる構造変化
バブル崩壊後、消費者の価格志向が強まり、より価格の安い商品を選好するようになったといわれている。価格の低下がみられる品目について、価格と購入数量の関係をみると(第II−2−3図)、価格低下率が大きいものほど購入数量が増加している。今回の消費者の価格志向の強まりは、過去の景気後退局面と比較しても大きく、消費者が価格志向を強めていることが構造的な変化である可能性がある。
2.企業行動にみられる構造変化
(流通経路の見直し)
小売業間の競争が激化したきっかけは、従来の流通経路を大幅にカットすることによって低価格化を実現したディスカウントストアの進出である。店舗形態別の売上高をみると、百貨店、スーパーの売上高が低迷する中で、ディスカウントストアは順調に売上高を伸ばしている( 第II−2−10図)。
(輸入品の利用)
テレビ、ビデオテープレコーダー、電子レンジ、背広服などについて、その国内市場に占めるシェアの割合(輸入浸透度)と消費者物価指数および家計調査平均購入単価との関係をみてみると、輸入浸透度が高まるにつれ価格が低下するという関係が確認できる(第II−2−8図)。
(逆輸入の増加)
円高は、我が国製造業が生産コストの安い海外現地法人で生産し製品を輸入する(逆輸入)活動を促進させる効果も持つ。90年度から93年度にかけて円ベースで見た海外現地法人(製造業)の日本向け輸出額(=逆輸入額)は着実に伸びており、繊維、電気機械についても、全体の輸入額の伸びを上回る伸びを示している。逆輸入は海外直接投資を伴うものであり、これによって実現された価格低下は今後も持続する構造的なものである。
以上の結果から、94年から「価格破壊」として注目を浴びた現象は、景気後退をきっかけとした一時的なものではなく、今後も持続する構造的なものである可能性が強い。
「価格破壊」は、効率の向上と需要の減退という二つの要因によって引き起こされるものである。効率の向上による価格破壊は、実質所得を上昇させるものであって常に望ましい価格低下であるが、現実の価格低下が需要の減退によって引き起こされるのであれば、「価格破壊」の抑制ではなくて、政策対応によって対処すべきである。
消費行動の基本要因は所得であるが、所得以外の様々な要因も消費に影響を与えている。そこで経済要因に加えて、社会・世帯属性等がどのように影響しているかを明らかにし、多様な消費行動の現状を分析した。
分析の結果、住居が広ければシステムキッチン等が多い、世帯の人数が多ければ衣類乾燥機等が多い、さらに子供がいるとベッドやAV機器等の保有が多いなど、家族の構成によって耐久消費財の保有が変わることがわかった。耐久消費財の多様化現象の一部はセントラルヒーティングと石油ストーブのように同じ機能での上級財、下級財があることによる。また、共働きの効果のみを取り出してみると共働き世帯の耐久消費財の保有は少ない。
消費支出を世帯主の年齢別にみた場合、外食費は若い世代で多く、教育費は40歳代が特に多い。また教養娯楽費は40歳代、50歳代で少ないなどの特徴がある。年齢別の支出の違いの背後にある要因を社会・世帯要因を加えて探ってみたところ、外食費に関しては小中学生のいる世帯で多い、教育費は男女で違いがみられない、教養娯楽費は子供が多いほど増えるなどが明らかになった。
自分史としての戦後50年
すべての人々にとって、戦後史は自分史でもある。経済企画庁も、1946年に、戦後経済の復興と安定の使命を担って、経済安定本部として発足している。歴史から学び、より良い未来を作るために、この白書が多くの人々にとっての自分史の材料として読まれれば幸いである。
戦後の復興期から、日本人は生活水準の向上に努めてきた。一人当たり実質国民所得は、戦前期の8倍となり、ドルで計った一人当たり国民所得は、87年にはアメリカを抜いた。高度成長を終えた石油ショック後の日本の経済成長率も、成長著しいアジアの国々には及ばないものの、先進工業諸国の中で高い水準にある。
自分を中流と考える国民の比率は9割を占め、「生活に満足」と答える者の割合は、「不満足」と答える者の割合を常に上回っている。しかし、世界の青年に職場生活、家庭生活、社会生活の各分野についての満足度を聞くと、日本の青年の満足度は国際的に見て高くはない。
戦後の日本が果たしてきた素晴らしい成果に比べて、日本人は十分な満足感を得ていない。経済面では成功したが、生活面では成功しただろうか、という思いをぬぐいきれないようだ。そこで、次に職場生活、家庭生活、社会生活に分けて、国民生活の実態と意識について考えた。
高度成長期に開花した日本的雇用慣行
1920年代から大企業を中心に徐々に始まった日本的雇用慣行は、先進工業国にキャッチアップする戦後の大量生産、大量消費の時代に広まり、高度成長期に花開いた。ホワイトカラーの年功賃金カーブの傾きは、1970年前後にピークとなった。産業構造の変化によってサラリーマンが増大し、日本的雇用慣行の比重は高まった。
しかし、高い成長率と豊富な若年労働力の存在に助けられてきた日本的雇用慣行の一部にも変化が生うじつつある。年功賃金カーブの傾きは、低下しつつあるものと見られ、現在、大企業の7割近くが、「管理職が多すぎる」としており、中高年ホワイトカラーの過剰感が高まっている。
働く人々の意識も変わりつつある。新入社員は「休日は、主にどういう人と過ごそうと思いますか」という問いに対して、70年には、4割の人しか「会社以外の友人」と答えていなかったのに、94年では、6割の人がそう答えている。しかし、若い世代が仕事を忌避しているわけではなく、「気に入った仕事なら私生活を犠牲にしてもかまわない」と答える20代の男性の比率は、50代に劣らない。若い世代の勤勉性が必ずしも低下したわけではなく、新しい働き方を求めているだけなのだ。
精神的機能に純化しつつある家族
家族もまた変わりつつある。家族の機能として、経済基盤を確立し、子供を生み育て、老親の世話をし、休息と安らぎを与えるという機能がある。しかし、戦後、サラリーマン化によって職住分離が進み、夫だけが家族とは離れた場所で働くようになった。晩婚化・非婚化、女性の職場進出による子育ての機会費用の増大、教育費の負担によって子供の数が減少した。高齢者の同居率も低下し、平均世帯人員数 も、5人から3人以下となった。婚姻率も低下し、離婚率も高まっている。
家族をめぐる意識も変わっている。「夫は外で働き、妻は家庭を守る」という考えに賛成する男性は、ここ20年間で84%から66%へと減少した。離婚を肯定する考えも、若い世代を中心に広がっている。
家族は変貌した。しかし、人々が家族に求める精神的機能は変わっていない。家庭の役割で重視するものとして、多くの人が、「お互いに助け合うこと」、「休息・安らぎを得ること」と、答えている。家族を結び付ける精神的機能の重要性が高まっている。
豊かさが癒した社会問題
日本が豊かになるとともに、貧しさからくる社会問題は癒され、犯罪率や高校中退率や自殺率は、1970年代まで低下していった。しかし、その後は横這いないしは微増傾向にある。豊かさは社会を癒すことができても、心を癒すことはできない。
しかし、社会環境が悪化しているわけではない。80年代以降、日本がより豊かになったにもかかわらず、安心や安全に関わる社会指標のうち改善しているものが極めて少ないだけである。
若い世代は豊かさにある程度は満足しているものの、社会への不満を解決するすべがないと考え、日本の社会を「個人が尊重されない」社会と認識している。しかし一方で、若者の社会参加活動への関心も高まっている。阪神・淡路大震災では、発生から3カ月間で述べ117万人がボランィアに参加したが、その7割が若者である。
革新としての伝統
戦後50年の変化は、きわめて大きなものであった。しかし、変化を厭う理由はない。今日、我々が無意識のうちに伝統的なものと考えていることも、その歴史は浅い。日本的雇用は、1920年代にようやく始まり、戦後の高度成長期に確立したものにすぎない。自営業が大宗を占めていた戦前には、専業主婦はほとんどいなかった。
我々が伝統と考えていることの多くは革新的な現象だった。日本的雇用は、戦後の高度成長の状況に適合し、成功したシステムとなった。革新が成功したことによって、システムが強化され伝統になった。今日、我々が伝統と考えているシステムが存在することは、過去の日本社会が革新に成功してきたことの証拠である。しかし、すべての成功は、状況の中での成功にすぎず、客観状況が変われば、また変わるしかないものである。
豊かさを生かす生き方へ
戦後50年が過ぎて、人々は豊かさをいかす生き方を求めている。
働く人々も、様々な働き方を求めている。日本的雇用慣行を取り巻く状況変化の中で、企業によっては、昇進・昇給等の面で勤労者の期待に以前ほど十分に報いることができにくくなっている。企業が個人に求めるものと、個人が企業に求めるものとの間にギャップが生まれ、「会社人間」的な生き方の合理性は減退し、若年層を中心に企業横断的な専門や能力を生かす「仕事人間」意識が芽生えている。多様な働き方や、「やり直し」「仕切り直し」のきくシステムへの変化が求められている。
女性にもまた、様々な生き方が可能になっている。かつて女性にとって、結婚しないという生き方をすることは今よりも困難だった。しかし、今では多くの女性が、家庭にとどまるか職場に出るかの選択権を持っている。日本的雇用慣行を取り巻く状況変化の中で、様々な人々の様々な生き方の可能性が広がっていくことになるだろう。
子供も、若者も多様な生き方を求めており、またそれが可能になっている。若者のボランティア活動への参加は、若者の選択肢が増大していることの証拠でもあり、また、現在の若者が潜在的に、素晴らしいエネルギーを持っていることを示している。
豊かさの中で、社会は多様化し、個人の選択肢も拡大している。多様化に戸惑うのではなく、それをチャンスと認識する豊かな生き方が求められている。新しい生き方に戸惑う必要はない。日本人は、常に、新しい生き方を求め、新しい生き方を実践してきたのである。