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全文 > 第2章 > 第3節 我が国の消費者力(2/2)

2.我が国と北欧の消費者および消費者教育の比較

 スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランドなどの北欧諸国は世界有数の福祉国家として知られており、さらには、環境や人権、女性の社会進出などの先進国でもある。また近年はフィンランドを中心に生きるための知識と技能の学習到達度が高いと注目されている。これら北欧諸国は「共生」という社会理念の下、一人一人が自立した市民社会の形成を進めている。この考え方は学校教育を中心とした消費者市民教育にも貫かれており、我が国が目指す消費者市民社会や消費者市民社会構築に向けた教育の在り方を検討する上で最も重要な示唆を与えてくれるものである。
 ここでは、我が国と北欧諸国の例としてノルウェーでそれぞれの消費者を対象に行った消費生活に関する調査結果を比較検討し、両国の消費者の傾向の違いと、その結果を踏まえた我が国の消費者教育における課題を考察する。

(1)我が国とノルウェーの消費者の定性的分析

 本節前半では消費者力を客観的に捉えうる知識問題への回答結果として捉えてきた。ここでは消費者が自分自身どのくらいの知識を持っていると感じているのかという主観的な自己評価によって消費者力を捉えてみた。まず始めに、金利、食品価格、生命保険料、環境に優しい消費、電気料金、電話料金、フェアトレード製品、自然食品の8項目についての自己評価の状況を調べた結果を比較する(第2−3−11図)。
 我が国における調査結果によると、8項目すべてにおいて「知っている」または「よく知っている」と回答した人の割合が10%台であり、低い。また、項目別の違いを見ると、電話料金、電気料金、食品価格などの身近な項目についてより多く知っていると考えていることが分かる。8項目のうち我が国の消費者が「最も知らない」と答えた項目はフェアトレード製品であり、全体の86%の人が「よく知らない」または「まったく知らない」と答えた。これは、我が国におけるフェアトレード製品市場が未発達であるためと考えられる(第1章第2節参照)。
 一方、ノルウェーにおける調査によると、8項目すべてにおいて「知っている」または「よく知っている」と回答した人の割合が20%以上であり、金利については50%に達している。自己評価が低いものは自然食品やフェアトレード製品に関する社会的価値に関するものであるが、それでも一番低い自然食品で2割はよく知っていると回答している。なお、ロシア、ベルギー、英国の消費者に比べてもノルウェーの消費者は自然食品を好まないことが分かっている180。ノルウェーにおける自然食品に対する関心が低い原因は、2006年に起こった大腸菌事件まで大きな食品問題が発生しなかったことや、消費者がノルウェーで作られた食品のほとんどを自然食品であると考えていたこと181、自然食品の販売や入手がノルウェーでは珍しかったことによる182。最もよく知っていると考えている金利について、その要因の一つとして、ノルウェーでは食品市場における価格決定が金融市場における価格決定よりも多くの変動要因を持っており、はるかに複雑であると考えられていることなどが挙げられる183
 我が国においては、食品価格、電話料金、電気料金などはとても身近な情報であり、それに比べて金利や生命保険料などは複雑で難しく知識の自己評価も低くなる傾向が出ており、この点がノルウェーとの大きな違いとして表れている。

 

第2-3-11図 我が国の消費者は全般に消費生活上の知識の自己評価が低い

(2)我が国とノルウェーの消費者の統計的分析

●消費者力は三つの特性に分けられる

 前項では、消費生活に関する8項目の自己評価を定性的に分析した。ここでは、ノルウェーの先行調査を参考に我が国の消費者・生活者の自己評価を統計的な手法を用いてその特性や傾向を詳細に分析した(第2−3−12図)。
 まず、ノルウェーの消費者力は三つの要素で説明されている。この細分された三つの消費者力は、消費者力全体への寄与率の高い順に「環境・倫理的消費者力」、「経済・金融に関する消費者力」、「価格に敏感な消費者力」と名付けられている。「環境・倫理的消費者力」は「自然食品」「環境に優しい消費」「フェアトレード製品」が強く関係し、「経済・金融に関する消費者力」は「金利」「電気料金」「生命保険料」が強く関係し、「価格に敏感な消費者力」は「電話料金」「食品価格」が強く関係し、それぞれの寄与率は24%、23%、17%となっている。
 一方、我が国の消費者力を見てみると、ノルウェーと同様に三つの要素で説明されることが分かった。この細分された三つの消費者力は、消費者力全体への寄与率の高い順に「価格に敏感な消費者力」、「環境・倫理的消費者力」、「経済・金融に関する消費者力」と名付けることができる。
 「価格に敏感な消費者力」は、「電話料金」「電気料金」「食品価格」が強く関係し、寄与率は46%と突出して高い。「環境・倫理的消費者力」は「自然食品」「フェアトレード製品」「環境に優しい消費」が強く関係し、「経済・金融に関する消費者力」は「金利」「生命保険料」が強く関係する。後者二つの寄与率は極端に低く10%強に過ぎない。
 私たちが目指すべき「消費者・生活者が主役」となる社会、すなわち消費者市民社会において、消費者・生活者は、一人一人がそれぞれの幸せを追求しながらも、社会の発展と改善に積極的に参加することが求められる。そのためには、ここで取り上げた「価格」「環境・倫理」「経済・金融」についての関心および知識がバランス良く必要であると言えよう。

 

第2-3-12図 日本の消費者とノルウェーの消費者力は主に三つの特性で説明される

(備考)
1. ノルウェーはBerg(2007)に基づき内閣府作成。日本は内閣府「国民生活選好度調査」(2008年)により推計。
2. 「あなたは次のA〜Hの事柄について、ご自身がどのくらい知識を持っているとお考えですか。それぞれあてはまるものに○をつけて下さい。
A:金利、B:食品価格、C:生命保険料、D:環境に優しい消費、E:電気料金、F:電話料金、G:フェアトレード製品、H:自然食品
1:とてもよく知っている、2:よく知っている、3:普通である、4:よく知らない、5:まったく知らない」と聞いた問に対する回答を因子分析したもの。矢印はそれぞれの知識が三つの消費者力の特性のどれに強く関係しているかを示す。また、()内の数字はそれぞれの国の消費者における消費者力全体への寄与率を示す。
3. 詳しくは、付注2−3−3参照。

●女性は両国とも価格や環境に関する消費者力が高い

 自己評価による消費者力は消費者のどのような特性と相関があるのだろうか。我が国で総合的な総消費者力が高い人は、女性、年齢が高い人、学歴が大学卒業以上の人、収入が多い人であることが分かる(第2−3−13図)。
 三つの消費者力の分野別に見た場合の特徴は以下のとおりである。いずれの消費者力においても性別および年齢が統計的に有意であり、当該分野の消費者力が高い人は高齢者であった。また、家族形態として単身であるか夫婦など2人以上で生活しているかどうかについては統計的な有意性は見られなかった。性別に注目すると、価格に敏感な消費者力と環境・倫理的消費者力では統計的に有意であり、いずれも高いのは女性であった。一方、経済・金融的消費者力が高いのは男性であった。学歴は環境・倫理的消費者力と経済・金融的消費者力に正の相関が見られるが、価格に敏感な消費者力には統計的な有意性は見られなかった。また、個人収入は経済・金融的消費者力に正の相関が見られるが、価格に敏感な消費者力と環境・倫理的消費者力には統計的な有意性は見られなかった。ここでの分析では、1の(4)で見てきた消費者力検定の結果と比べ、性別、年齢において反対の結果が得られた。これは、価格に敏感な消費者力と関係が強い食品価格や電気料金、電話料金の知識をどれくらい持っているかが我が国の消費者力の構成の大きな部分を占め、こうした分野では普段、家庭において買い物や家計のやりくりを任されている中高年の女性を中心に自己評価が高かったためと考えられる。つまり、知識の客観的な取得と自己評価の差と考えられる。
 一方、ノルウェーの消費者の総消費者力が高い人は、年齢が高い人、夫婦で一緒に暮らしている人である。三つの消費者力別に見た場合の特徴的な傾向は以下のとおりである。いずれの消費者力においても年齢が統計的に有意であり、消費者力が高い人は年齢の高い人であった。性別は総消費者力では統計的な有意性は見られないものの、消費者力別では価格に敏感な消費者力と環境・倫理的消費者力では統計的に有意であり、その両者で消費者力が高いのが女性、経済・金融的消費者力が高いのが男性であった。学歴と収入に注目すると、収入が多い人や学歴の高い人ほど価格に敏感ではない分野で自己評価が高くない結果となっている。これは、学歴が高い人や収入が多い人は金銭よりも時間の不足を感じていると考えられる184
 我が国とノルウェーのどちらも、高齢の人は消費者力が高いこと、女性は価格に敏感な分野と環境・倫理的分野が高いが、経済・金融的分野では男性の方が高いことは共通している。しかし、学歴や収入、家族構成に関する消費者力への影響は異なる傾向があることが分かった。

 

第2-3-13図 日本もノルウェーも消費者の年齢、性別と消費者力の関係については同様の傾向が見られるが、学歴、収入などと消費者力の関係は異なる

(備考)
1. 日本は、内閣府「国民生活選好度調査」(2008年)による。ノルウェーは、Berg(2007)に基づき内閣府作成。
2. 主成分分析により得られた三つの主成分得点とその合計(総消費者力)を被説明変数、女性ダミー、年齢、高学歴ダミー、個人収入、夫婦ダミーを説明変数として回帰分析を行った結果を示したもの。
3. 実線はプラスの影響、破線はマイナスの影響を表し、数字は標準化ベータ係数である。また、*は有意水準5%、**は有意水準1%であることを示す。
4. 詳しくは、付注2−3−4参照。

(3)北欧の消費者市民教育に学ぶこと

 これまで見てきたように、我が国の消費者は契約や金融の知識、共生、持続可能な社会という観点から見た消費生活の知識が不足しており、学校教育や社会生活の中での教育がより一層必要であると言える。
 北欧諸国の消費者教育は、様々な教科を統合的に扱い、消費者市民社会において身に付けるべき能力を適切な教科において教えるという方法を取っている。また、その手段として批判的な思考能力の養成を重視しており、環境への配慮や倫理的行動といった責任ある市民として積極的に社会を変えていく存在、そうした意識の高い消費者市民による持続可能な社会の構築および共に生きるための価値観の形成を目指している。北欧の消費者市民教育は知識の取得よりも実践的な「生きる力」の取得を目標としていると言えよう。
 一方、我が国のこれまでの消費者教育は、主として個別の教科において行われ、批判的思考よりも知識に止まる指導が中心だったが、近年は環境教育などを総合的な学習の時間などを活用し総合的に指導する例も見られるようになってきた。こうした中、消費者・生活者として持続可能な社会の実現や複雑化する社会の中で生きる力を育む実感のある教育を実施していくことが必要である。
 第1章でも述べたように消費者・生活者に求められる役割は大きくなっており、これらをすべて現在の社会科、家庭科の中で盛り込んでいくことは困難である。こうした状況を勘案すると、今求められる教育は「消費者力」「生活者力」をつけるための教育である。実際、消費者・生活者は学校の教育で取り上げてほしいものとして、現実に消費者が行う取引で生じがちなトラブル(契約、解約、偽装表示、安全性など)への対処方法(49.1%)、商品・サービスの環境への影響(36.9%)など、より実践的なものを挙げている185。この点について、国民生活審議会においては、「例えば、学校教育においては教科横断的に行動を喚起することができる教育が不可欠となっている」ことや、そのために「働くための教育、食べるための教育、費やすための教育などを総合的に捉え、様々な教科の教育を通じて「消費者力」「生活者力」をつけていくこと」を重要な視点として、「関係省庁の協力の下、指針を作成することが求められる」と提言しており、その後、政府においては「生活安心プロジェクト」のアクションプランがまとめられている。その際には北欧の取組が参考になると考えられる。

【コラム】 北欧の消費者市民教育
 北欧諸国(デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、スウェーデン)は、北欧閣僚評議会などを通じて、消費者教育の充実のために協力を進めており、1995年に「北欧諸国における消費者教育」(北欧閣僚評議会)と呼ばれる学校教育における消費者教育のアクションプランを策定し、消費者教育のための欧州ネットワーク(European Network of Consumer Educators)を中心に、1996年から1999年の間に様々な取組が行われた。2000年にはその改訂版として「北欧諸国における消費者教育」を取りまとめ、インターネットに代表される情報技術の発展と持続可能な生活様式への変更の必要性を盛り込んだ。それではその内容について見ていこう。
 このアクションプランでは、主に消費者教育の方法と消費者教育において重要な6つの分野の教育目標を示している。
 まず、消費者教育の方法であるが、消費者教育は生徒にとって日常生活に密着した内容かつ興味が持てる内容である必要があり、対話、ロールプレイング、シミュレーションなどの方法による学習が大切であることを指摘している。また、今日の学校では、情報技術の利用拡大が進んでおり、それは生徒と教師に新しい学習活動を提供するものである。インターネットの使用を生徒に教える時は消費者問題をテーマとすることも多い。
 次に、消費者教育の内容であるが、重要な分野として、「資産管理」、「消費者の権利と責任」、「広告と説得効果」、「消費、環境と価値」、「食品」、「製品安全」を挙げている。
 「資産管理」とは、個人の資源を効率的に利用し、収入と支出のバランスをとるための手法であり、生徒は個人財産の基礎知識やスキル、自分自身と将来の家族の財産に責任を持ち、個人消費と経済のつながりを理解することを目標としている。
 「消費者の権利と責任」は、私たちの社会において、契約がどのように結ばれて実行されるのか、市場取引はどのように行われるのか、紛争はどのように解決されるのかについてルールが必要であり、消費者法は消費者の利益を保護することを目指していることを教えるため、生徒が自らの権利を行使できるようになるとともに、消費者としての責任を認識することを目標としている。
 若者は今日、営利目的のものがかなり多くの割合を占める情報を毎日のように受けている。広告は、しばしば、若者が持つ不安定な感情につけこみ、美しさ、信頼、交友、幸せという切り口で服、靴、美容ケア用品、その他の商品を売り込む。「広告の説得効果」においては、それに対し、生徒は広告の目的を見抜く力を身に付け、広告などを批判的に分析できるようになることを目標とする。
 「消費、環境と価値」では、生徒は自らの消費が環境に与える影響を認識し、環境に配慮したライフスタイルや持続可能な消費を身に付けるとともに、自らの消費が環境にどのような影響を及ぼしているのかを理解できるようになることが目標である。
 近年、家庭生活で急激な変化が起こり、ダイエットや食品についての理論的で実際的な知識が少年少女にとって必要であると考えられた。「食品」では、生徒は栄養価が高く健康によい料理を作ったり用意したりできるようになるとともに、食習慣が健康、仕事の能率、自分たちの資産状況にどのような影響を及ぼすかについても分かることを目標にしている。
 また、現代社会において製品開発の速度は急激であり、次々と新しく技術的に進歩した製品が家庭やレジャーにおいて使われる中、製品の安全問題が重要となっている。「製品安全」では、生徒が家庭やその他の環境における危険を理解し、製品の安全性に気付き、評価することができること、自分自身の安全に関する責任感を発達させることができることを目標としている。
 北欧諸国では、これら六つの分野の目標を算数、国語、美術、社会といった各種教科の中で日常生活でも役立つように横断的に教えるという学科横断アプローチ(interdisciplinary approach)を取っており、こうした教育を義務教育と中等教育で取り組んでいる。
 その後、バルト諸国との消費者教育に関する会合開催(2000年)、消費者教育における教員訓練のための目的・内容と教育方法に関する報告書作成(北欧閣僚評議会、2000年)、学校における消費者教育に関する指針作成(ノルウェー消費者委員会・教育委員会の合同、2002年)、バルト諸国における消費者教育指針作成(北欧閣僚評議会、2003年)を行い、さらに近年、IT化の中でいかに生きる力を身に付けるかを消費者教育の一部として学習指導要領に盛り込むための作業を開始するなど積極的な取組を続けている。

 


180  Berg(2001)
181  Berg(2004)
182  Torjusen, et al.(2001)
183  Berg(2007)
184  Berg(2007)
185  内閣府(2008f)

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