目次 | 前の項目に戻る | 次の項目へ進む
全文 > 第1章 > 第2節 社会変革の主体としての消費者・生活者〜社会的価値行動(3/3)

3.消費者・生活者の社会的価値行動などに影響を与える要因

●価値規範の変革が鍵

 これまで触れてきたように、昨今の社会的意識の高まりから消費者・生活者の多くは社会的価値行動の必要性を理解しつつあるが、「できる部分があれば取り組む」というのが実態であり、抜本的な生活の見直しにまで至る人は少ない。現状では消費者・生活者の側に支援したいという意識はあっても、実際の行動に結び付いていない「意識と行動の乖離」が見られる。この乖離を解明するためには消費者・生活者の意思決定がどのように行われているかを分析する必要がある。
 電気の消し忘れ、フェアトレード商品やエコ商品の購入を例に検討してみる。伝統的な経済学の立場からは、その行動から効用が生まれない、費用対効果の観点から追加的な費用が追加的な効用を上回らない、あるいは「環境」が公共財であることから、環境配慮行動を行わない人もその恩恵を受けることができ、なかなか行動に移せないと解釈される。一方、社会心理学の視点からは、「電気を消して省エネルギーに努めるべきである」という社会的規範が個人的規範にまで内面化されていないことや、「これを買っている人は非常に少ない」、「フェアトレード商品を買ってもプラスに評価されない」というようなイメージが想起され、行動に至らないと解釈できる。また、脳科学では、無意識に意思決定してしまうメカニズムと熟慮した上で意識的に意思決定するメカニズムとがその状況に応じて作用しているのではないかと考えられている。例えば、「部屋を出るときに電気を消す」ことは、外出前などの忙しい中であっても無意識でできる行動のように思われる。しかし、電気を消すという単純な行動でも実際には消し忘れることが多く、無意識ではなかなか行えないということを示唆し、無意識下で行えるようにするには潜在的な意識の変革を迫る作用が必要となってくる。また、環境配慮商品の購入時にはそれぞれのメカニズムによる、意識下の判断と無意識下の判断との二つの価値の総和が、商品の価格を上回るかどうかが重要となるが、現状では消費者の感じる価値が低く、購入には結びつかないことが多いと考えられる。
 このように消費者・生活者がなぜそのような行動をとるかについては制度設計において重要であるにもかかわらず、実態はブラックボックスのままであった。経済的インセンティブを伴わない行為については上記のように無意識の意思決定が大きな影響を与えていることが示唆される。したがって、無意識の意思決定をいかに社会的行動を促進するものに変えられるかが重要であり、教育や価値規範の変革が鍵となる。

【コラム】 脳科学の発展と応用可能性

 ものを感じる、からだを動かす、記憶する、意思決定するなど、私たちの日常生活のすべての行動が脳の働きによるものである。脳は古くから医学の研究対象として重要視されてきたが、近年、非侵襲的(外科的な処置を必要としない)方法で脳の活動を画像化する技術の進歩により、脳の各部位の働きが解明されつつあるとともに、意思決定などの関する脳のメカニズムについての研究も日々めまぐるしく進展している。
 非侵襲的方法で脳の活動を画像化する方法としては、PET(positron emission tomography;陽電子放射断層撮影)やfMRI(functional magnetic resonance imaging;機能的磁気共鳴映像法)などが代表的である。PETは放射性同位体を生体に投与し、放射性同位体から放射される陽電子が周囲の電子と結合するときに放射されるガンマ線を利用して脳の活性化した部位を捉えるものであり、fMRIは脳のある部分に活動が起こったときに、その活動部分で生じる血流量の増加を血管内における血液の磁性の変化を捉えることによって、脳の活性化した部位を特定するものである。
 これらの方法を用いると、ヒトが意思決定するとき、脳のどこがどのように働いているかを目にすることができるため、これまでの研究で得られた脳の各部位の働きと意思決定する際に活性化した部位を照らし合わせることによって、その意思決定が脳内でどのようなメカニズムによって処理されるのか知る手がかりとなる。そのため、これまで心理学における報酬や価値に基づいた行動選択などの意思決定の研究などとも融合的に研究されてきたところである。
 最近では、経済学、社会学などの人文科学・社会科学との融合が進みつつある。経済学では人間は自分の利益を最大化するために合理的な判断をすることが前提とされてきたが、近年の研究では人間の行動は必ずしもそうではないとする考え方も現れ、心理学と融合した行動経済学という分野が登場している。この行動経済学は更に脳科学との融合が進み、いわゆる神経経済学が生まれることとなった。また、道徳的判断や慈善行為と脳の活動に関する研究も進められており、神経倫理学、神経政治学という分野も生まれている。
 このように、脳科学は今までブラックボックスであった人間の意思決定などの研究を中心に様々な分野で応用的に研究され始めており、その研究成果は消費者・生活者の意思決定や行動を踏まえた政策を考える上で、今後、有用な示唆を与えうる。

お金をもらえる場合とお金を取られる場合とで脳の反応部分が違う例58

報酬予測(+150円) - 罰予測(-150円)
報酬予測(+150円) 罰予測(-150円)

(出典)内閣府(2008d)

●消費者教育の受講が環境配慮行動に影響を与える可能性

 消費者教育の受講経験の有無によってグループ分けし、商品購入時に購入検討商品が環境に配慮したものかを確認するか、また、確認する場合、確認する商品の種類はいくつかを調べてみた(第1−2−13図)。結果を見ると、「消費者教育を受けたことがある」人では、「確認したことがある」(「二つ以上の商品分類について確認したことがある」、「一つの商品分類について確認したことがある」の合計)57.4%、「確認したことがない」42.6%となっている。一方、「消費者教育を受けたことがない」人では、「確認したことがある」48.1%、「確認したことがない」51.9%となっており、「消費者教育を受けたことがある」人と「消費者教育を受けたことがない」人では「確認したことがある」と回答した人の割合に9.3%ポイントの差が生じており、統計的にも有意であった。

第1-2-13図 消費者教育を受けた人の過半数が、商品購入時に環境配慮商品かどうかを確認したことがある

●身近な人の行動が本人の行動に影響を与える可能性

 人は、自分の考えや行動を決定するにあたり、家族や友人など自分の身近にいる人に相談にのってもらうことがあるが、近年の研究では身近な人の取る行動パターン自体からも影響を受けていると言われている59。中でも、人生初期の人格形成期を共に過ごす家族の影響は大きい。そこで親の環境配慮行動と子どもの環境配慮行動との関連性を見るため、親が日頃、環境に配慮した商品を優先的に購入している(していた)かどうかという親の行動様式と自分が商品の購入を検討した際に、その商品が環境に配慮した商品であるかどうかを確認したことがあるかという自らの行動との相関を見た(第1−2−14図)。親が「環境に配慮した商品を優先的に購入している(していた)」と回答した人では、そのうちの60.3%が自分も「商品の購入を検討した際に、環境に配慮した商品であるかどうかを確認したことがある」と回答している。一方、親が「環境に配慮した商品を優先的に購入している(していた)わけではない」と回答した人で、自分が「商品の購入を検討した際に、環境に配慮した商品であるかどうかを確認したことがある」と回答した人は43.6%となっている。このことは、過去の研究結果と同様に親を始め身近にいる人が環境配慮行動を取っているのを見たり聞いたりすることで行動に変化が生じる可能性を示唆しており、親の消費者としての行動が次の世代の意識・行動を変えることにつながると期待される。

第1-2-14図 親の行動が子どもの環境行動に影響を与えている可能性がある

●新しい情報収集・発信手段の影響

 一方、従来から商品の知識を十分持っていないときや情報を持っていても商品選択の判断に確信が持てなかったときに口コミが意思決定を促進すると指摘されてきた60。高齢者層を中心にインターネットを全く利用しないという人が47.3%いる一方で、ほぼ毎日、利用する人が27.8%に達するなど、インターネットが日常に不可欠のツールとなっている61。そうした中で新たなサービスが次々に登場し、特に消費者行動への影響という観点から見ると、ブログ62や掲示板、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)63、口コミサイトなどのもたらす影響が注目される。これらは双方向性の高いコミュニケーション手段であり、一個人が自分の持つ情報や意見を多数の人に発信し、通常の自分の行動範囲では得ることができないような情報や意見を持っている人とインターネット上で接触する機会を与える。これらの「消費者発信型メディア(Consumer Generated Media)」の登場は、通常の口コミと比して匿名性が高く、弱いつながりで結ばれているが、一方で情報の受け手であった消費者に、自分の必要とする情報を容易に入手する機会を提供することから、個人と企業との情報の非対称性を弱めると言われている64。2005年の総務省「ブログ・SNSの現状分析及び将来予測」において、国内ブログ閲覧者数は2007年3月末には、約3,455万人、SNS参加者は延べ約1,042万人に達するとの推計がなされている。
 インターネット上では匿名の他人から得られた情報は消費行動に影響を与えているのであろうか。
 まず商品やサービス購入に際してインターネット情報の活用状況を見ると、日本は65%の人が商品などの選択において活用しているとしており、諸外国に比べると北欧などに次いで活用率が高い65。口コミサイトについて見ると、インターネットユーザーに限定されるものの、5割以上の人が口コミサイトを情報源として活用している(第1−2−15図)。また、ブログ認知者に対して、他人のブログを、製品・サービスを購入するときの参考にしたことがあるかを尋ねたところ、男性の32.4%、女性の47.1%が「参考にしたことがある」と回答している(第1−2−16図)。特に女性では、10代から20代で50.8%、30代で51.3%、40代で47.6%が「参考にしたことがある」と回答している。その使われ方も情報を収集する初期の段階からどこの店で買うのかというものまで多様な使われ方をしている。ブログやSNSは、ここ数年で普及し始めたサービスであり、今後利用が増えるにつれ、消費者の社会的価値行動にも与える影響も増加していくことが予想される。

第1-2-15図 消費行動において口コミが影響している
第1-2-16図 半数近くの女性が製品・サービスを購入するときにブログを参考にしたことがある

●今後の展望に向けて

 我が国でも社会の役に立ちたいという意識の高まりは見られるものの、実際に社会を変えるための行動を取っている人はまだまだ多いとはいえない。世界で行われている各種の取組なども参考にしながら、意識と行動を結び付けることが日本におけるこれからの大きな課題である。まずSRIやフェアトレードなどの認知度を上げることが重要になる。例えば、フランス、オランダ、カナダなどでは政府がフェアトレード認証団体に支援を行ったり、協定を結んだりしてフェアトレード製品の普及を後押ししている66。また、学校における消費者市民教育(第2章第3節参照)とともに、両親の行動が子どもの意思決定に与える影響を考えると家庭による実際の行動の実践が欠かせないであろう。親世代への意識改革を促す取組が求められる。
 消費者・生活者が情報を得る手段が一般的に増えているものの、必ずしも消費者・生活者の立場を強めることにつながるとは限らない。自分が必要とする情報を得るために、各種の情報入手手段を使い分け、情報を見極める情報リテラシーの向上とともに、情報自体の信頼性を高める方策が求められる。古紙偽装などの事件が起きたが、消費者・生活者が自ら偽装を見破ることは困難であり、偽装を見逃さないチェック体制整備が求められる。
 さらに「環境にやさしい」など曖昧な広告・表示の増加が環境配慮とは何かという本質的議論をぼやかしている。ISO消費者政策委員会においてフェアトレード表示の在り方に関する議論が行われ、アメリカ、ノルウェー、オーストラリアの消費者当局が環境表示のガイドラインを作成するなど、消費者・生活者に分かりやすい表示に向けた取組を積極化している67が、我が国でも消費者に誤認を与えない社会的価値表示の在り方を議論することが必要となっている。
 そして何より社会的価値行動が社会的にも評価されるという価値規範の転換こそが求められる。心理学などの最近の成果が示すように、社会的に望ましくない行動を「仕方ない」、「皆やっている」ということで正当化できる社会では多くの人たちの生活様式までを変革することはできないと考えられる。消費者・生活者の意思決定過程を学術的に解明することが不可欠であるが、欧米が実験経済学、脳科学などによる実証研究を次々と行っているのに対して、我が国では科学の知見を社会分野に生かす取組は端緒に付いたばかりである。我が国でもこうした研究を政府が支援し、消費者・生活者の意思決定過程に沿った制度設計の在り方を検討していくことが求められている。その際、教育、広報や啓発の方法なども改良するとともに、税、罰金などのインセンティブとペナルティーの双方を適切に組み合わせていくことが必要になるであろう。消費者・生活者も何が本当に社会や環境のために役立つのかという本質を理解するとともに、個人主義を責任あるものとしていく取組が必要である。

【コラム】 Think twice !

〜スウェーデンにおける持続可能な家庭消費のためのアクションプラン〜

 スウェーデンでは、2006年に政府が『Think twice !(よく考えてみよう!)』と題するアクションプランを取りまとめた。このアクションプランは「持続可能な家庭消費のための行動計画」という副題のとおり、持続可能な消費生活パターンを身につけることの重要性や持続可能な消費という問題が今や先進国のみならず、全世界的に重要な問題であることを訴えている。
 アクションプランでは、私たちがどのようにすれば持続可能ではない消費生活から脱却することができるのかという観点から、持続可能な消費を可能とする政策(例えば、有機生産を示すラベルを添付した食物の消費拡大など)、動機付けの向上(例えば、環境分野への経済的制度の導入など)、消費者の参加促進(例えば、持続可能な家庭消費に関するフォーラムの開催など)といった政府のこれからの取組を紹介し、また、私たちがどのようにすれば持続可能な消費パターンを達成することができるのか、「持続可能な食生活」、「持続可能な住環境」、「持続可能な移動手段」の三つのキーワードに焦点を当ててその方向性を示している。「食生活」においては、有機食品の消費促進やラベルに関する情報提供、学校給食や社員食堂でのガイドライン策定による食文化教育などの取組が示されている。また、「住環境」においては、家庭で使用する電力の記録や廃棄物抑制、さらに「移動手段」においては、二酸化炭素排出量による課税の提案、首都ストックホルムの通行料(渋滞税)導入の試みなどが示され、世界が目指すべき持続可能な消費への具体的な行動計画が数多く示されている。
 このように、スウェーデンでは、世界に先駆け持続可能な消費生活への転換を目指して様々な取組が行われている。

Think twice !

 


58 

機能的MRI(fMRI)を用い、プラス(お金がもらえる)とマイナス(お金を取られる)の報酬実験を行った。実験ではランダムドットモーション(点が右もしくは左のどちらの方向に動いているかを答えるもの)により点の動く方向と報酬がもらえるか否かを予め定め、被検者には例えば左方向に動いた時は報酬がもらえ、右に動いた時は報酬がもらえないことを何度か示して理解した上で実験を行った。また、損失実験ではその逆となる。

59  例1 大学生を中心とした環境ボランティア団体の参加者に対する調査において、親しい友人を5人想起させ、それぞれの友人の環境問題への関心を尋ねたところ、想起した友人が環境問題への関心が高い場合には、回答者自身も環境配慮行動を実行する率が高いとの結果が出ている。(安藤・広瀬(1999))
例2 「母子が一緒に買い物をし、母親がモデルの役割を果たすことは、消費者としての目的や技術を子どもに教える主要な手段であり、子どもは、一番のお買い得商品や金額の割には良質な商品の入手、単位当たりのコストの比較について学ぶことができ、製品や衝動買いの回避についての知識を得ることもできる」との調査結果がある(Carruth and Skinner(2001))。
例3 大学生を対象にした定性調査では、「母親は相変わらず、最も子どもの消費者としての社会化に影響を及ぼしているが、父親の果たす役割が大きくなっている」と指摘されている(Lachance and Choquette-Bernier(2004))。
60  竹村(2000)
61  内閣府(2007a)
62  ブログとは、「ウェブ上の記録を意味する『ウェブログ』の略で、時系列的に更新される日記や特定テーマについての個人やグループのウェブサイトのことである。」(総務省(2007))
63  ソーシャルネットワーキングサービスとは、「友人知人等の社会的ネットワークをオンラインで提供することを目的とするコミュニティ型のインターネットサービスである。」、「SNSの特徴としては、〔1〕会員制、〔2〕登録者の非匿名性、〔3〕各種コミュニケーションツールの充実、の3点がある。」(総務省(2006))
64  伊藤(2007)
65  内閣府(2008a)およびEuropian Comission(2008d)。日本は「よく使う」+「たまに使う」の合計。欧州ではデンマーク(84%)、オランダ(80%)、スウェーデン(79%)などで利用率が高い。
66  フランスでは外務省が2003年に560万ユーロを商品開発プロジェクトに支援、開発省がPFCEと2008年4月にフェアトレードの拡大などのために協定を締結している。
67  FTC(1999、2000)、ACCC(2008)、Forbrukerombudet(2007)

テキスト形式のファイルはこちら

-
目次 | 前の項目に戻る | 次の項目へ進む