3.壁を打ち破る動き これまで見てきたように、中途採用市場では能力や経験が重視される中、正社員としての再就職を目指す女性の多くは長い離職期間というハンディキャップを負っている。このような女性が希望の職を得るためには、[1]離職期間中においても職業能力を維持するための取組(Off-JT)、[2]再就職先で働きながら職業能力を再び向上させるための取組(OJT)などの能力開発を行うことが極めて重要となる。以下ではその両者について、内外の取組を紹介する。 (1) 離職期間中に職業能力を再構築する取組 ●実績を上げている職業能力開発機関による職業能力の再構築 女性が離職期間中に様々な職業能力を身に付けようとしたとき、国や地方自治体によって運営される職業能力開発機関を利用することが考えられる。再就職に必要な能力を身に付けることを目的とした離職者訓練は、独立行政法人雇用・能力開発機構が運営する職業能力開発センターや、都道府県が運営する職業能力開発校などで実施されており、全国で年間約19万人が受講している26。このうち女性の受講者は12万人弱と受講者の6割以上を占めている。また、受講者の年齢層を見ると30歳未満が35.7%、30〜44歳は37.0%、45〜54歳では15.7%、55歳以上で11.6%と中高年の受講も多い。   26 2004年度実績値(厚生労働省調べ)。   従来、公共職業能力開発機関では、主にブルーカラー向けの教育訓練を実施してきたが、職業構造の変化を反映してホワイトカラー向けの教育訓練も拡充されており、多くは大学や専修学校などへの委託により実施されている。受講に際しては、ハローワークに求職申込みを行っているなど一定要件が課されるほか、委託先訓練機関において選考試験が実施されるが、合格すると入学金・授業料は無料で教科書代のみの負担で訓練が受けられる。受講科目は、簿記・会計実務や医療事務、IT関連技術、介護福祉など、各委託機関の専門性を活かした幅広い教育訓練が提供されている。 これら職業能力開発機関による離職者訓練の受講者の就職率は、施設内訓練で76.6%、委託訓練で59.8%27に達しており、離職期間中に職業訓練を受けて職業能力を獲得することは、再就職に有効であることを示していると言える。   27 2004年度実績値(厚生労働省調べ)。訓練終了後の就職率で、1ヶ月以下のコースは算定から除いている。 ●アメリカのコミュニティ・カレッジ 海外では、能力開発のためにどのような取組がなされているのだろうか。ここではアメリカの状況を見てみよう。アメリカにおける能力開発は、労働者個人が大学などの教育訓練機関において自発的に行うことが基本となっている。経営に関する専門能力の養成を目的とするビジネス・スクールなどはよく知られているが、他方、より広範な人々の職業能力の向上を図る観点からは、コミュニティ・カレッジの果たす役割も注目に値する。 コミュニティ・カレッジは州または地域の基金により設立運営されている2年制の短期高等教育機関で、もともとは学士号を出す4年制大学への編入の足がかりとなる役割を担っていた。しかし今日ではそうした高等教育にとどまらず、職業訓練も対象として講義科目を提供している。職業訓練のカリキュラムは地域の企業と連携を取りながら設定されることが多く、会計、ビジネス管理、通訳、法律実務、歯科・医療補助、自動車、航空機整備など、地域のニーズに応じた幅広い分野を網羅している。 入学に際しての年齢制限や入学基準がさほど厳しくないことに加え、授業料も安価であり、職業能力を高めようとする者に対して広く門戸が開かれている。地域に根付いた運営を行うコミュニティ・カレッジは、アメリカの人材レベルの底上げに大きな役割を果たしていると言われている。 ●職業能力評価制度で客観的な能力評価 再就職のための能力開発を円滑に行うためには、企業の求める能力と自身の能力を適切に把握するための客観的な基準が存在することが重要である。イギリスでは、86年から国内の職業全体を網羅する全国職業資格制度(NVQ:National Vocational Qualifications)に基づき、様々な職種について5段階からなる基準が設定され、労働者はそれらの基準を満たすことにより、対応する資格を得ることができる。対象となる職種は2003年3月末時点で11分野758種に達し、NVQ資格取得者数も累計で403万人に上るなど、広汎に利用されている。 我が国においても、労働者が持っている職業能力や、企業が求める職業能力についての情報を共有化できるよう、労働市場で通用する職業能力評価の仕組みづくりが行われつつある。現在、政府は産業界との連携の下、各業種・職種において、仕事を遂行するために必要な能力や知識を職務レベルに応じて具体的に示した職業能力評価基準を策定しているところである。この基準により、労働者や求職者は、職業選択やキャリア形成に際して、企業が必要とする能力や自らの能力水準を客観的に把握することが可能になる。一方、企業側においても採用すべき人材や能力評価の基準が明確になるといったメリットが挙げられる。評価基準は2006年4月現在で、経理・人事などの業種横断的な事務系職種のほか、業種別のものとして電気機械器具製造業、ホテル業、自動車製造業など23の業種・職種について策定されており、今後も順次策定が予定されている。 (2)働きながら職業能力を再構築 職業能力の形成に当たっては、前述したOff-JTだけでなく、企業内において実際に働く過程で能力が身に付くOJTの役割も大きい。これまで述べたような女性の再就職に関する様々な壁がある一方で、我が国にも育児期以降の女性を積極的に採用・活用する企業が存在する。 ●段階的に正社員となる道が開かれる キャリア中断による熟練スキルの低下がある程度避けられないものであれば、再就職の過程で職業能力を再構築するという方法が考えられる。例えば、まずはパート・アルバイトとして復職し、そこで得た技能を土台にさらに正社員としての就職に挑戦するといったものである。現在パート・アルバイトを正社員に登用する制度を導入している企業は32.3%となっており、制度は一定程度普及していると言える28。しかし、過去3年間の登用実績を見ると、「1〜4人」と回答した企業が約半数、また、制度はあっても登用実績がない企業も19.1%に上っており、正社員登用制度はまだ十分に活用されているとは言えない。 しかし、雇用形態の多様化が進みパート・アルバイトの果たす役割が高まる中、パート・アルバイトを積極的に活用する企業も増え始めている。千葉県のある金融機関では、90年代後半から経営改革の一環として従業員の約4割を占めるパートタイマーの活用を進めている。同行では、かつて銀行員として働いていた主婦層をパートタイマーとして採用し主要部門に配置しているほか、通常のパートタイマーよりも広い職務範囲を担当し、正規の行員とほぼ同じ時間働く29パートタイマーである「フルタイムスタッフ制度」を2003年より導入している。フルタイムスタッフに転換するに当たっては、職務の拡大に対応するためのトレーニングが用意されているほか、正規の行員が受講する資格取得のための研修にも参加することができるようになる。賃金についても、職務内容やレベルが同じ正規の行員の賃金水準との均衡を考慮して決定されており、これまでに約70名30がフルタイムスタッフへの転換を果たしている。また、フルタイムスタッフ制度と並行して、一定条件を満たすフルタイムスタッフが正規の行員に転換できる「行員転換制度」が導入されたが、2006年4月には初の行員転換者が誕生している。同行ではパートタイム出身の支店長誕生も視野に入れて、パートタイマーの人材育成を進めている。   28 21世紀職業財団「多様な就業形態のあり方に関する調査」(2001年)による。 29 原則として残業は行わない。 30 2006年3月末時点。 ●育児など豊富な人生経験を積極的に評価し採用 子育てや地域活動をすることで培った豊富な人生経験を評価し、女性を正社員として積極的に採用した上で、能力開発を行う企業がある。 埼玉県のある建設会社においては、年齢や職業経験にとらわれず広く人材を集めているが、育児によるブランクをマイナスではなく、女性顧客のニーズ把握など仕事上必要なスキルを高めた期間としてプラスに評価しているため、特に中高年女性の中途採用が多い。また同社では社員の能力開発にも力を入れており、計画的なOJTや資格取得へ向けた費用を負担することにより、未経験の社員でも段階的に職業能力を獲得できるシステムを構築している。 東京都のある人材斡旋会社は、40代以降の中高年女性を中心に、転職や再就職の支援を行っている。同社によると、家事・育児、地域活動などの経験を評価し採用したいと考える企業も多く、既に約60名の女性を正社員としての再就職に導いている。また同社は再就職希望者に対して研修を行っているが、専門知識や技能の習得よりも意識面や自己表現力の研鑽に力点を置いている。これは職業人としての感覚を取り戻し、仕事への意欲や自信を喚起することが、再就職成功への近道であるとの考え方に基づいたものである。 * * * ●女性が自分の望むライフコースを実現できることは、少子化を抑制することにもつながる 以上見てきたように、子育て期の女性が理想とするライフコースのうち、「継続就業コース」と「再就職コース」の割合が上昇しているが、そうした理想を実現できているのは半分強である。継続就業と再就職のいずれを選ぶにせよ、自分の望むライフコースの実現が容易であるという安心感があれば、子育て世代は子どもを持つという選択をしやすい。また、男女双方において、生活と仕事の適切な調和が図られ、子育ての負担感が軽減されるとともに、負担感がいずれかに偏らないことも重要である。 このように、女性の継続就業や再就職を妨げる壁を低めることにより、女性はライフサイクルによって過度に制約されず、自らの納得できる生き方ができるようになる。さらにこれは、少子化を抑制することにもつながる。