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む す び
多様な可能性に挑める社会の構築に向けて

国民の一人一人が、人生のあらゆる段階において、希望の実現を目指して何度でも挑戦できる「多様な可能性に挑める社会」は、我が国で実現しているのだろうか。もとより、「可能性」は家族、健康、趣味、地域・社会とのかかわりなど、生活の多様な側面に存在しているものであり、そうした様々な可能性を活かすことが人生の充実につながると言えるだろう。しかしその中でも職業、あるいは働き方については、多くの場合生活の大半の時間や労力を費やすといって過言ではないとともに、生活の経済的基盤に直結することから、そのあり方が人生にとってひときわ大きな意味を持つ。こうした観点から、本白書では希望する職業や働き方を目指した再挑戦に焦点を当てて、その現状と挑戦を阻む壁について分析してきた。

以下では、これまで見てきた論点を再確認し、その背景にある要因を検討した上で、「多様な可能性に挑める社会」を構築するためには何が必要かを考えていく。

●希望する職業や働き方を目指して再挑戦する人が増えている

希望する職業や働き方を目指した挑戦は人生のあらゆる時期に行われている。若年者については、正社員としての採用枠のすう勢的な縮小や、景気低迷の長期化を背景に、新卒時に不本意な就職を余儀なくされ、捲土重来を期して再挑戦をしようとする人々が増えている。女性については、専業主婦を望む人が減り、就業意欲を持った人が増えたことから、出産後の継続就業や育児に専念した後での再就職への挑戦ニーズが高まっている。高齢者についても、これまでの世代に比べ健康に過ごせる期間が長くなるとともに、消費にも積極的であることから、60歳前後ですぐに引退することなく、再雇用・再就職に向けた挑戦が活発になっている。また地域活動などの社会貢献活動も挑戦の対象として大きな可能性を持っている。そして本白書では取り上げなかったが、リストラや勤め先の倒産などで職を失った中高年、病気や怪我により一時的に離職した人などによる再挑戦も少なくない。

●壁により再挑戦が阻まれている

これら再挑戦を阻む壁について分析したところ、以下の三つの要素が浮かび上がった。

第一は、採用に際して画一的な基準を適用する企業が多いことである。フリーター経験がある人は職業意識が低い、女性は長期間勤められない、高齢者は無理がきかないとの画一的な先入観があれば、このような人々に対する採用や人的投資は慎重なものとなる。しかし、こうした過去の経験、性別、年齢といった要件は本人が変えようがないものであるとともに、必ずしも正しいかどうかも不明確な「平均像」に基づいて個人を判断することは、人々の挑戦の機会そのものを大きく制約する結果を招いている。また新卒一括採用についても、学校から企業への円滑な移行には貢献しているものの、その硬直的な運用は既卒若年者の再挑戦を阻む側面がある。

第二は、職業能力を構築する機会の不足である。計画的に育成される正社員は、実際の仕事などを通じて職業能力を身に付ける機会に恵まれているのに対し、パート・アルバイトは専門的技能を得るチャンスがほとんどない。また職場以外での職業能力開発については、本人が費用を負担することが可能かといった問題がある。加えて、出産を機に仕事を辞めた女性は、離職期間が長くなり職業能力の低下をより招きやすい。さらに、職業能力の客観的な基準が十分に整備されていないため、企業が求める能力を具体的に知り、それを目標に自分の能力を向上させていくことが難しい。このように、現状ではパート・アルバイトや離職者が職業能力を構築することは容易ではなく、企業が求める能力と再挑戦する人の能力の間にギャップが生じている。

第三は、「仕事と生活の調和」を欠いた働き方である。正社員として働く場合、会社中心の働き方を期待される場合が多く、仕事をしながら育児をするなど、生活と仕事のバランスを取ることが難しい。その結果、育児など仕事以外の活動を断念するか、就業中断あるいは正社員からパート・アルバイトへの転職を余儀なくされるケースも少なくない。

●時代の動きを先取りする企業による壁を打ち破る動き

しかし、これらの壁を打ち破る動きが、一部において始まっている。まず採用慣行であるが、採用の対象を新卒に限定しないボーダレス採用を導入する企業が出てきている。また育児や社会貢献活動などを理由に職場から離れた経験、フリーターとして働いた経験をマイナスと評価せず、逆に豊かな経験を持ち、多様な発想ができる人材としてプラスに評価する動きも出ている。職業能力についても、パート・アルバイトにも能力開発の機会を提供した上で、能力に応じて正社員への道を開く企業が出てきている。また人材派遣会社にもパート・アルバイトの能力構築に投資する動きがある。さらに、柔軟な勤務体系の提供や、社内保育所の整備など、魅力的な就業環境を従業員に提供する企業も出始めている。

このような動きの背景には、労働力人口の本格的な減少を見越して、少しでも多くの優れた人材を獲得する必要性とともに、価値観の多様化やグローバル化に対応できる多様で柔軟な人材に対する需要の高まりなどがあると考えられる。現在のところ、このような動きは社会全体のものとは言えず、多くは時代の変化を感じ取りつつも試行錯誤の段階にあると考えられるが、一部企業では時代の動きを先取りすべく行動を起こしている。

●挑戦しやすい環境づくりを後押しするための支援が必要

希望する職業や働き方への再挑戦がしやすい社会を構築するために、このような企業の動きと呼応して政府はどのような支援を行うべきであろうか。

第一は、上述のような企業の先進的な事例を社会全体で共有できるよう、その収集や紹介に努めることである。試行錯誤の段階にある企業に、働きやすい職場環境の構築や多様な人材の活用が企業の業績を改善したとの具体的な事例を示すこと、また先進企業を表彰することで、そうした取組の拡大を促すことが可能となる。また本文中でも紹介したように、イギリスでは先進事例の提供を始めとした「生活と仕事の調和」についてのキャンペーンを政府が行っており、このような取組も参考となろう。

第二は、再挑戦しやすい環境を整備しようとする企業に対し支援することである。例えば、採用に当たって個人の能力、適性をじっくりと知るために、応募者を短期間試験的に受け入れる企業に対して支援を行うトライアル雇用制度は、再挑戦しやすい環境を整備する企業へのインセンティブとして有効であろう。

第三は、再挑戦しようとする人に対する能力構築支援である。年齢や働き方にかかわらず専門的な職業能力を身に付けられる環境の整備が重要であり、そのためには、民間委託などを活用した職業訓練メニューの拡充などに今後も取り組んでいく必要があろう。また再就職のための能力構築を円滑に行うためには、企業の求める能力と自身の能力を把握することが必要であり、職種ごとの企業横断的な客観的な基準作りが有効である。産業界との連携の下、こうした基準作りが進められているが、今後はカバーする職種の拡大などに努めていく必要があろう。

●個人の主体的な努力が必要とされる

「多様な可能性に挑める社会」は個人個人が主体的に選択をしなければならない社会でもある。企業の取組や政府の支援によって、挑戦の「壁」が低くなり、様々な可能性が目の前に現れてきたとしても、そのうちのどの可能性に挑むか、どのような努力をもって臨むかは個人の選択、そして意欲の問題である。

特に、これまで繰り返し強調してきたように、職業能力の構築は様々な可能性を活かす上で必須である。専門技能を身に付けることの重要性はもちろんだが、その土台となるべき基礎学力や、どのような分野に進むにしても必要となるコミュニケーション能力などは学校教育段階から本人が意識的に学ぼうとする意欲があって初めて効率的に身に付くものである。

また、働き方を選択する可能性が広がったとしても、その選択がもたらす結果については、基本的に自らが責任を持つべき問題であることも言うまでもない。どのような経営方針の企業で自らの望む働き方ができるか、グローバル化や技術革新の波の中で、その仕事がどのような影響を受けるかなどを見極めることは一般に難しい。しかし、国民一人一人が様々な選択肢に関する情報を理解し活用する基礎的な能力(リテラシー)を身に付けることによって、自ら納得のいく結論を出すことが重要である。

●一人一人が能力を発揮することで開かれる未来

働く意思を持った人が、自分の望む働き方を選択できるとともに、考え方や環境が変わったときにも、それに応じて円滑にやり直せる社会においては、皆が納得のいく人生を送ることが可能となり、ひいては社会全体の活力が高まる。そうした社会の実現は、我が国が現在抱える諸問題の解決にも貢献することが期待される。

一つ目は、労働力の減少を緩和する効果である。総人口は2005年に減少に転じており、生産年齢人口の減少は更に加速することが予想される。しかしながら、これまで述べてきたように、我が国には、働く意欲がありながら、壁に妨げられ働いていない人々が多く存在する。このような人々が活躍することができれば、生産年齢人口の減少に伴う労働力の減少を緩和することができる。多くの人が希望する仕事に就け、企業も多様な人材を活用できるようになれば、生産性も向上するであろう。また経済のグローバル化、技術革新の波の下で、成長著しい産業・分野に労働者が円滑に移動できることも、経済構造を柔軟に変化させる上で不可欠である。さらに2007年から団塊世代の退職が始まり、彼らが築き上げてきた熟練技術の伝承が困難になることが指摘されているが、働き続けたいと希望する団塊世代の人々が企業において引き続き活躍することができれば、その影響を緩和することが期待できる。

二つ目は、少子化を抑制する効果である。経済的基盤に不安があると、若年者は子どもを持つことを躊躇しかねない。転職ややり直しが容易となり、若年者の経済的展望が拓かれれば、結婚や出産に対してより積極的となる効果が期待できる。また、育児休業の取りにくさや保育所の不足、厳しい労働環境などから、出産後の女性にとって就業を継続することは容易ではない。いったん仕事を辞め、育児後に再就職する場合でも、正社員として就業を希望しても、多くはパート・アルバイトとして就業せざるを得ない。よって出産の機会費用は莫大なものとなり、結果として出産をためらう女性が少なくない。本人の希望に従った継続就業や再就職が可能となれば、安心して出産が可能となり、少子化の進展を食い止めることに資するであろう。またこの流れは男女共同参画社会の実現に向けた動きに大きく貢献することは言うまでもない。加えて、仕事や家事・育児負担などが軽くなった高齢者が、地域社会に円滑に溶け込むことができれば、地域の子育て支援活動などが活性化し、子育て世代にとっては大きな助けとなろう。

三つ目は、格差が固定化するリスクへの対処である。転職や中途就職の機会が年齢を重ねるごとに減少するような状況では、卒業直後の職業が、その後の就業機会や職業能力開発機会、ひいては収入に永続的な影響を及ぼし、格差を固定化させかねない。人生のいかなる段階にも就業選択の機会が開かれた社会を実現することで、人生の一時期における選択に起因する格差が固定化することを回避できる。

●景気の長期低迷を脱した今こそ取組を強化すべき

我が国経済はバブル経済崩壊後の長期的な低迷を脱し、雇用環境も全般的に好転している。その結果、若年者、育児期の女性、高齢者も含めて希望する職を見つけやすくなり、再挑戦を阻む壁は、一時的に低くなったように見えるかもしれない。しかし本白書で明らかにしたように、これらの壁は企業の人事管理や人々の能力構築のあり方にとどまらず、社会意識の根幹に関わることであり、景気が良くなれば自然と解消するというものではない。このまま手をこまねいていた場合、景気がひとたび悪化したときに、壁が再び顕在化して人々の前に立ちはだかることとなる。

多様な可能性に挑める社会の実現には、企業や政府のみならず、国民一人一人の取組が不可欠であることは言うまでもない。様々な制度や環境が整備された上で、挑戦を最終的に成功させる鍵となるのは個人の意欲と努力であろう。経済状況が安定した今こそが、国民、企業、政府がそれぞれの立場で、多様な可能性に挑める社会の実現を図るチャンスであり、これを社会全体にとっての「挑戦」と捉えて取組を進めていくべきであろう。

 
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