第2章 第3節 通貨・金融危機後の東アジアの経済回復―メキシコ危機との比較を中心に―

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(メキシコ危機との比較)

東アジア5か国の危機後の経済状況をみると,これまでのところ外需は輸入減少もあり大きく成長に寄与しているものの,それを上回る内需の収縮から全体の生産は危機後ほぼ1年ないしそれ以上たった1998年秋の段階でもいまだに底を打っていない。これに対して,94年末からのメキシコ危機以降のメキシコ経済の場合では,四半期ごとの鉱工業生産指数でみて,95年は各四半期とも前年同期比でマイナスであったが,96年1~3月期にはプラスに転じ,危機発生後1年で生産は底を打った。

また,今後の各国政府の成長率の見通しをみると,98年について,最新の見通しでは,韓国は▲5.O%,インドネシアは▲10~▲15%,タイは▲7.0%といずれも大幅なマイナス成長となっており,また,これらの見通しは,これまで改定される度に下方修正されてきた。各国政府によれば,これらの諸国がプラス成長に戻るのは,韓国で99年,インドネシアで2000年であり,危機前とほぼ同程度の力強い成長経路に戻るのは韓国で2000年とされている。また,マレイシア,フィリピンでは経済の収縮は上記3か国ほどではないものの,98年の経済成長率見通しはやはりマイナス成長ないしは低成長となっている,東アジア5か国全体についてみると,IMF支援を受けている3か国を中心に97年の危機発生以降,少なくとも2年以上はマイナスもしくは低成長が継続する見通しである(第2-3-1表)。これに対し,94年末からのメキシコ危機以降のメキシコ経済の回復ぶりをみてみると,為替減価などにより,実質輸出が急速に伸び,経済成長率も94年には4.4%であったものが,95年には▲6.2%と大きな落ち込みを示したが,96年には5.2%となり,輸出を牽引車として,約1年程度の調整期間を経て,経済は危機前の成長経路に戻ったといえる。

このように,危機の影響を強く受けた東アジア5か国が,メキシコのように輸出を牽引車として,短期間で回復軌道に戻ると考えることは困難であるが,その理由としては以下の点が挙げられる。

  • (1)東アジア5か国において成長軌道回復の牽引車と期待される輸出について前項で指摘したように,東アジア5か国においては,実質実効為替レートがメキシコ同様またはそれ以上に減価したにもかかわらず,実質輸出の伸びがメキシコほどの伸びを見せていない。この理由については,さきに述べたように,貿易金融面でのボトルネック,通貨・金融危機の地域内への広がり,日本の景気低迷などが挙げられる。
  • (2)メキシコの場合は財政赤字が経常収支赤字の主要因であったが,東アジア5か国ではこれとは違い,経常収支赤字の主因は民間部門の投資超過であった。危機の対応として,メキシコ,東アジア5か国とも金融引締めに加えて財政緊縮政策が実施された。主因が財政赤字にあったメキシコのケースでは,これが問題の直接的解決として有効であったが,東アジア諸国の場合には,これが危機以降の対策として適切であったか疑問がないとはいえない。特に,韓国,タイ,インドネシアにおいてはIMFとの合意で盛り込まれた民間金融システムの改革などの構造改革が実施されているが,これらが短期的には景気にマイナスの影響を与えうることを考えるとなおさらである。健全な財政の一層の黒字化はメキシコの場合と異なり,当該国への市場の信認をかえって悪化させるかもしれない。しかし,逆に財政緊縮政策をとらなかった場合には,金融政策をより緊縮的にしないかぎり対外不均衡の改善が不充分となり,市場の信認を得られなかった可能性もある。いずれにしても,この点について,これら東アジア3か国とIMFは経済情勢に合わせて柔軟な対応を採っており,特に近時の内需の収縮を受けて,財政政策の緊縮度を弱めるといった政策の変更を行ってきている(第2-3-2表)。
  • (3)さらに,東アジア諸国の回復における問題点として金融システムの混乱がある。東アジア5か国における金融システムの健全化は,産業界への円滑な資金供給を行い,今後の成長軌道回復に必要な輸出・生産の拡大を図るという点で極めて重要であるが,今回の危機により,対外債務が現地通貨建てで膨張したことや国内経済の混乱による回収不能・困難な不良債権の増大などにより,東アジア5か国の金融機関は,財務上厳しい状況が続いており,実体経済に大きな悪影響を及ぼしている。この問題の解決には相当程度の時間とコストがかかるものと考えられ,今後の成長軌道への回復の上での大きな制約になりうる。
  • (4)インドネシアのように,経済危機が政治的・社会的な混乱につながった国もあり,このようなケースでは更に成長軌道への回復に向けた取組に時間が必要となる。

(回復のシナリオ)

しかし,これら諸国の経済にも外需の力強さの他にもいくつかの明るい兆しがみえ始めている。まず,インドネシアを除く,韓国,マレイシア,タイ,フィリピンの各国の為替レートが98年に入ってから回復をみせていることが挙げられる。また,為替の下げ圧力が減じたことから,金利も韓国,タイなどで1月以来大きく低下してきている。さらに,韓国,タイでは,金融システムなどの分野で構造改革が実施され始めている。

こうしたこれまでの改善点を基礎としつつ,今後,東アジア5が国経済は以下のようなシナリオに沿って回復していくことが期待される。まず,各国の経常収支の大幅黒字化により,外貨準備が増加し,その結果投資家のコンフィデンスが高まる。これが資本再流入を促し,実体経済面で良い影響を与えるとともに,為替への下落圧力を軽減する。その結果,金利を下げることが可能となる。実際,韓国,タイでは既に金利は大きく低下してきており,今後他国も含め一層低下していくことが期待される。金利の低下は,資本の再流入ともあいまって,個人消費,投資を活発化する。これが,外需の力強い伸びとともに,経済を回復軌道に乗せる。

しかし,こうした回復のスピードと力強さがいくつかの要因によって左右されることはいうまでもない。国内的には,金融部門及び企業部門のバランス・シート問題がどれだけ迅速に処理されるかが重要なリスク要因である。両部門の債務残高は依然として膨大なものであり,また銀行システムは依然として不安定である。対外的には,欧米経済が順調な拡大を持続することができるか,中国が人民元を維持することができるが,日本経済がどのようなスピードで回復するかといった要因に左右されるであろう。また,東アジア域内の貿易・投資の相互依存関係の強さは,今後域内各国経済の回復が,相乗効果を持ちながら予想以上のスピードで進む可能性もあることを示唆している。

(東アジア地域の中長期的成長の見通し)

これまで高成長率を比較的長期間にわたって維持してきた東アジア諸国,とりわけ韓国及びASEAN4か国に対して,今回の危機は足元の引締め政策による成長率の低下に加えて,相当程度の痛みを伴う構造改革を強いることとなった。しかし,高貯蓄率や比較的健全な財政運営といった基礎的なマクロ経済環境,高レベルの教育水準に基づく人的資本の蓄積,貿易及び直接投資による域内の経済的相互依存関係がもたらす成長の促進効果といった,これまで東アジア諸国の高成長を長期間にわたって支えてきた諸要因は,今回の危機により大きく変わった訳ではない。こうしたことから,数年の調整期間を経た後には,今日の危機に見舞われた国々も高成長経路に戻ることは可能と考えられる。

ただし,そのためには,金融システムの安定・強化,これまで東アジア域内の高成長を支えてきた直接投資の一層の規制緩和,経済システムにおける透明性の向上など,中長期的な観点から安定した成長を継続する上で必要不可欠となる構造改革への取組が十分になされなくてはならない。また,今回の危機による為替減価は,それまで賃金の上昇などにより国際的な価格競争力を失ったセクターの価格競争力回復につながるが,今後の中長期の成長を確かなものにするためには,このような状況に安直に依存するのではなく,産業構造の高度化などの取組を併せて進めてゆく必要がある。

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