第2章 第2節 通貨・金融危機後の東アジア経済の現状

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(アジア通貨・金融危機の深まりと経済の現状)

アジア通貨・金融危機は域内への広がりをみせるとともに,各国において予想以上の深まりをみせた。IMFからの金融支援を受けている国について,98年経済成長率見通しの変遷をみると,韓国は当初3%以上(1997年12月)としていたものが,▲5.O%(98年9月)に,インドネシアは,当初3%(97年10月)とじていたものが▲10~▲15%(98年7月)に,タイについては,3~4%-(97年8月)であったものが,▲7.O%(98年8月)にと,いずれも大幅に下方修正されている。これら3か国にマレイシア及びフィリピンを加えた東アジア5か国の危機後の経済状況をみると,これまでのところ貿易収支は大幅に改善し,外需は成長に大きく寄与しているものの,それを上回る内需の収縮から,GDP,鉱工業(製造業)生産指数が全ての国で前年比マイナスとなるなど,総じて厳しい状況にある(第2-2-1表)。以下では外需と内需とに分け,経済の現状についてみてみる。

(外需の動向)

これら東アジア5か国の最近の貿易動向をみてみると,フィリピンを除いた各国では総じて貿易黒字を記録しており,特に,韓国やタイでは大幅な貿易黒字を記録している。また,GDPに対する外需寄与度について,四半期別データの利用可能な韓国とフィリピンについてみると,フィリピンでは97年は内需寄与度が高いが,98年に内需寄与度は低下し,外需寄与度が高まーっている。また,韓国では今回の危機以降,一貫して外需の伸びが大きく,98年4~6月期では対前年同期比の外需寄与度は18.6%増となっている。しかしながら,これは輸出の増加がもたらした部分以外にも,輸入の減少による部分もある。例えば,韓国では98年4~6月期には,実質輸出(GDPベース)は前年同期比16.1の増なのに対して,実質輸入(同)は同▲22.2%となっている。フィリピンでも98年に入ってから実質輸入は前年比マイナスに転じているが,この輸入の減少については,通貨減価による輸入価格の上昇,引締め政策による内需の減退の他,金融システムの混乱に伴い必要な資金手当てが概して困難になっていることや物流体系の混乱などの要因が考えられる。

さらに,東アジア5か国の輸入動向(ドル建て)を財別にみると,消費財の落ち込みが総じて最も大きいが,生産拡大に必要な中間財,資本財についてもほぼ同様な落ち込みぶりを示している(第2-2-2図)。

(輸出の動向)

次に,これら東アジア5か国の輸出動向をみてみると,ドル建ベースでみれば,フィリピンを除いて最新時点の対前年同期比ではマイナスとなっている(第2-2-3図)。しかしながら,大幅な為替減価の影響を考えれば,危機前の時期とそれ以降のドル建ての輸出を単純に比較することは必ずしも適当でない。そこで,これらの要因を除去した実質輸出の動向をみると,通貨・金融危機で大きな影響のあった東アジア5か国においては相当大きな伸びがみられることは事実である。例えば,最新時点の対前年同期比の実質輸出(通関ベース)の伸びをみると,韓国では17.6%(98年4~6月期),インドネシアでは25.7%(同4~6月期),タイでは17.7%(同4~6月期),フィリピンでは19.9%(同1~3月期)どなっており,これらは,今回の危機の影響が直接的にはそれほど大きくなかった香港,台湾,シンガポールと比較してみると,相当程度大きな伸びである(第2-2-4表)。

しかし,こうした実質輸出の伸びも,実質実効為替レートの減価率からすると必ずしも十分なものでない。例えば,近年の通貨危機の例として,94年末に発生したメキシコ通貨危機以降のメキシコの実質輸出の四半期ごとの伸びと,東アジア5か国の危機発生以降とを比較して,みると,.通貨危機以降の実質実効為替レートの減価率については,インドネシアを除く東アジア4か国とメキシコの間でそれほど大きな差はない(第2-2-3図)。しかしながら,大幅な為替減価の影響を考えれば,危機前の時期とそれ以降のドル建ての輸出を単純に比較することは必ずしも適当でない。そこで,これらの要因を除去した実質輸出の動向をみると,通貨・金融危機で大きな影響のあった東アジア5か国においては相当大きな伸びがみられることは事実である。例えば,最新時点の対前年同期比の実質輸出(通関ベース)の伸びをみると,韓国では17.6%(98年4~6月期),インドネシアでは25.7%(同4~6月期),タイでは17.7%(同4~6月期),フィリピンでは19.9%(同1~3月期)どなっており,これらは,今回の危機の影響が直接的にはそれほど大きくなかった香港,台湾,シンガポールと比較してみると,相当程度大きな伸びである(第2-2-5図)。しかし,メキシコは94年12月末の危機以降に大幅に実質輸出を増加させているのに対して,東アジア諸国の実質輸出の伸びは総じてメキシコよりも相当低いものとなっている。特に,東アジア諸国ではインドネシアを除いて97年10~12月期をピークに実質輸出の伸び悩み傾向にあることがうかがえる。

メキシコ危機以降のメキシコの輸出の伸びと比して,今回の危機以降の東アジア諸国の輸出の伸びは実質ベースでみても名目ドルベースでみても総じて低い。この理由としては主として,輸出入プロセスをとりまく環境と,東アジア諸国の景気停滞の影響が考えられる。具体的には以下の点が挙げられる。

  • (1)東アジア諸国の危機以降の金融システムの混乱により,貿易金融や運転資金の調達が困難になっている。特に,企業が,地元金融機関で輸入信用状の開設ができないといったケースでは,原材料などの輸入が停止するなどで生産に支障をきたすことになる。また,流通・物流システムも関連企業の倒産で混乱するなど,生産から実際に製品が輸出されるまでに至るプロセスを取り巻く環境が円滑に機能していない。
  • (2)メキシコ危機の場合にはその影響がそれほど広範囲に伝播しなかったが,今回の東アジア危機の場合,タイから始まった危機が韓国やASEAN諸国を中心に東アジアのほぼ全域に大きな波及効果を持ったことが挙げられる。特に,貿易相手をみると,メキシコの場合は,近時の輸出額の約8~9割がアメリカ向けであり,アメリカとの関係が極めて大きな比重を占める。これに対して,東アジア諸国においては域内貿易の比率が高い。96年においては,ASEAN4か国(インドネシア,タイ,フィリピン,マレイシア)をみると,輸出の地域別シェアはアメリカが20%,日本が20%であるが,その他アジアNIEsが29%,ASEAN域内が7%となっており,アジアNIESについてみれば,アメリカが20%,日本が9%であるが,その他アジアNIESが12%,ASEAN域内が11%となっている。東アジア諸国にとっては,このような東アジアの主要貿易相手国である域内全体に今回の危機の影響が及んでいることが輸出の抑制要因となっている(第2-2-6図)。
  • (3)メキシコにおいては,その当時のアメリカの景気拡大を背景に,対米輸出がアパレル,雑貨,自動車や自動車部品などを中心に大きく伸びたことが大きな輸出拡大要因であった。また,この時期に発効した北米自由貿易協定(NAFTA:North American Free Trade Agreement)も直接投資や貿易を促進した。95年のメキシコの対米輸出の伸びはドル建てでみて26.9%(対前年比)であったが,アメリカ国際貿易委員会の推計によれば,NAFTAが存在したことにより,このうち,メキシコの対米輸出を対前年比で5.7%分押し上げたとしている(注3)。このような状況に対して,現在の東アジア諸国については,各国の輸出において大きな比重を占めている日本も含めて内需が不振であることが輸出の抑制要因となっている。日本の東アジアからの輸入も97年後半以降ドルベースで減少している。日本の実質輸入については,統計の利用可能なアジア全体でみると,やはり98年に入って伸び悩みがみられる。

なお,ここまでは,東アジア諸国における生産,雇用に直接関係する指標として実質輸出に着目して議論を進めてきたが,経済回復のどのような側面を重視するかによって,ドル建て,現地通貨建ての輸出も大きな意味を持つことに留意が必要である。例えば,ドル建て債務の円滑な返済のためにはドル建て輸出の拡大が重要になる。

(東アジア諸国の内需の停滞)

いずれにしても,これら東アジア5か国では輸入の減少もあり外需は大きく成長に寄与しているにもかかわらず,GDPは縮小傾向にある。また,通常は実質輸出の増加に伴って増加する生産も停滞したままである(第2-2-7図)。

これは,内需の収縮が相当程度に大きなことが原因である。これら諸国では,危機の原因となった民間部門の超過投資による経常収支赤字拡大への対応として,内需引締め政策が実施されている。金融面では,高金利政策や通貨供給量の引締めが行われ,また,財政緊縮のための公共事業削減,補助金の縮小・廃止や増税などの措置が取られている。このような総需要管理政策に加えて,まず,家計部門では,通貨減価による輸入インフレや雇用情勢の悪化などにより消費が抑制される方向に働いている。企業部門では,大幅な債務負担が大きな足かせになっている。また,金融システムの混乱により,輸入信用開設が困難になったり,産業界への資金供給が進捗しないといった理由により,生産の維持・拡大に必要な資金手当てが円滑に進まず,また,資本財や中間財の輸入も困難になっていることが問題になる。特に,金融機関の抱える不良債権額が相当程度大きくなっており,これが内需の拡大に対する足かせともなっている(第2-2-8図)。さらに,資産面に目を向けると,為替減価は自国通貨建てベースの対外債務の増大をもたらしており,また,危機以前はバブル的な様相を呈していた地価や株価も危機以降は大幅に下落している。こうしたことから生ずるマイナスの資産効果も投資や消費の抑制に働いていると考えられる。

こうした内需の収縮の一部は,通貨・金融危機後のマクロ経済安定化政策によってもたらされたものであり,いわば必然的な現象ということができる。しかしながら,今回の危機の場合には,これに加えて巨額の資本流出,金融・企業部門の対外債務の急拡大,金融システムの不安定化,コンフィデンスの喪失などが消費,投資の大きな抑制要因として働いたものと考えられる。

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